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16〜18


 16


 試験は筆記と実技の両方で行われた。筆記テストでは主に簡単な読み書きや算術、冒険者になるために最低限必要な常識をどれくらい理解しているかなどを測られた。


 ちなみに、筆記試験で使われた文字は勿論日本語だった。

 日本の企業が作ったゲームがモデルになっている世界とはいえ、リアルになってもまだ日本語が使われている点にちょっとした違和感を覚えなくもなかったが、気にしては負けである。


 たぶんなんか、実際は別の言語で書かれているけど、謎の翻訳機能によって日本語に見えているだけかもしれない。しらんけど。


 あ、本題の試験の内容については、黄金の鍋亭でカールさんやサーシャさん、他にも沢山の冒険者たちから話を聞いてきていたから、ほとんど悩む必要がなかったが、それでもわからないところはあった。

 でも俺からすれば他は小学生レベルの問題で簡単だったし、合否については悩む必要はないだろう。


 次に行われた実技試験は、後衛職と前衛職に分かれて行われる様で、俺とロゼッタが希望する後衛職側は、広いグラウンドで行われることになっていた。


「はぁ〜っ、上から見た時も思っとったけど、やっぱこの学校ひっろいなぁ〜!」


 グラウンドに到着した直後。

 隣でロゼッタがそんな風に声をあげるのが聞こえてきた。


「そうですね。ワールドカップのサッカーコートが六つくらいは入りそうですよ」

「ワールド……? サッカー……?」

「あ、こっちの話なので気にしないでください」


 彼女の言う通り、たしかにこのグラウンドは驚くほど広かった。

 学校は渓谷に建てられているから、さほど平な地形は多くないのではと勝手に思っていたが、山を切り拓いたり階層構造をうまく利用して面積を獲得している様である。


 それにしても、端から端まで一体何百メートルあるのだろうか。


 そんなことを考えていると、何やら奇妙なローブを着た子供たちが、籠車に何か赤、青、緑、黄色とカラフルな板の様なものを入れて運んできた。

 子供たちはフードで顔が見えず、少し奇妙に見える。日本でいうところの黒子のイメージに近いだろうか?


「はは〜ん? 要するにこれはアレやな? それぞれの板にそれぞれの属性の魔法スキルをぶつけて威力を採点するテストやな?」


 一目見ただけで試験の内容を理解したのか。

 ロゼッタが二束の長い三つ編みを、体ごと左右に揺らしながら推察を述べる。

 結論を述べると、後衛職の実技試験の内容はロゼッタの言う通りだった。


 赤い的には火属性の魔法を、青い的には水属性の魔法を──といった具合に魔法スキルを放ち、その威力を確かめるのである。


「では、受験番号七番から、前へ」

「は、はい!」


 試験官の指示で、一人の少女が前に出た。

 茶髪の女の子だ。髪に赤いピン留めをつけている。


「受験番号七番アトリエ、行きます! 《ファイア・アロー》!」


 前に伸ばした両掌から、発生した上昇気流に紫色のケープをはためかせながら、オレンジと黄色の火の矢が放たれる。

 魔法スキルレベル一で取得できる《火属性魔術の心得》と《アロー》による魔法アーツだ。


 直線を描き放たれたそれは、しかし狙った赤い板には直撃することなく、その手前で燃え尽きて消えてしまったが。


(……込めた魔力が足りなかったな)


 魔法スキルを取得した時の影響か。

 見ただけである程度、それがどういう原因で失敗した魔法なのかを理解できた自分に、少しだけ驚く。


 それから全ての的に挑戦し、アトリエはその場をさった。

 次の受験生も、その次も、的に当てられるものはほとんど現れなかった。


 たまに一属性だけ放って、しかも命中させた受験生がいたが、おおよそ受験生たちのスキルレベルは一未満だろうと見受けられた。


「これが、受験生のレベルですか。もっと高いと思ってました……」


 せめて、相当の威力があって的に当てられるところまではできると思っていたが、どれも魔力が足りなかったり、あるいは練り込みの甘い人ばかり。


「いやいや、これが普通やから。同時に二つも魔法使えるマーリンがおかしいんやで?」

「それは否定しませんけど」


 あのアーツは本来、ステータスレベルが四十以降になって初めて取得できるようになるものだ。

 まだレベル十しか無い俺が、本来使えるはずのものでは無いし。


「いや否定せんのかい。──っと、呼ばれたわ。んじゃ、まぁうちのも見ててぇや。他の受験生とは一味違うモン見せたるから!」


 言いながら、自信満々に胸を張って的の前へと歩いていくロゼッタ。

 その手には何やらカードのようなものが握られている。

 ゲーム時代では見たことのないアイテムだ。彼女はエンジニアだと言っていたし、おそらくあれは自作のアイテムなのだろう。


「んじゃ、受験番号三十二番ロゼッタ、いくでぇ!」


 言って、カードを持った手を空に掲げた。

 するとそれは強い光を発しながら形を変えて、近未来的な造形のアサルトライフル、いや、手持ちのレールガンとでも形容すべきな兵器を、その場に現界させた。


「「……は?」」


 その場にいた全員が、呆けた様な声を出した。


(なんだ、あの魔道具……。ゲーム時代にはあんな形状のものなんて無かったと思うんだけど……)


 ざわざわと隣の人とあれは何だと話している声が鼓膜を打つ。

 どうやら俺が知らないだけではなく、そもそもこの世界の住人もあの形状の魔道具を見たことがないようだった。

 そんな受験生らのざわめきの中、しかし彼女だけは何食わぬ顔でそれの照準を的に合わせると、おもむろに引き金を引いたのであった。


「ファイア!」


 ──ズドン!


 マズルフラッシュの如く銃口に出現した赤い魔法陣から、《ファイア・アロー》の魔法が発動し、的に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた。


 レールガンに取り付けられていた回転式の弾倉のようなものを手動で回転させる。


「ファイア!」


 続いて緑色の魔法陣が現れ、同じく魔法スキルレベル一のアーツ《風属性魔術の心得》と《アロー》の合わせ技である《ウィンド・アロー》が発射され、これまた同じく的に亀裂を生んだ。


 そんな具合で一瞬にして四つの的を全て粉砕したロゼッタは、かいてもいない汗を袖で拭うような仕草を見せながら、その謎の兵器をカードの姿へと戻し、くるりとこちらへと向き直った。


「どや、一味違うやろ?」


 こちらを向いてVサインを送ってくる彼女。

 それまでの受験生らの実力と比べれば、その魔法の精度も威力も段違いであることが窺えるだろう。


 しかし、問題点はそこではなかった。


「ロゼッタ、流石に武器を使うのは反則じゃないですか?」


 この試験はあくまで素の実力を測るためのものだろうと俺は推測していた。だからこの場にいた受験生の誰もが魔道具──武器そのものに固有スキルを有する装備アイテム──に頼らなかったし、試験官もその使用を許可するなんて一言も言わなかった。


 しかし、そんな俺の疑問は、彼女の次の一言で完璧に打ち砕かれることになった。


「え、でも武器使ったらあかんなんて一言(ひとっこと)も言うとらんかったで?」

「……まぁ、言われてみれば確かにそうですけど」


 納得いかないが、確かに彼女の言うことは正しい。

 武器の使用に関しても、それこそ魔法の威力を底上げするドーピングアイテムの使用にしても、試験官は規定しなかった。

 使っていいとは言わなかったし、そして同時に使ってはいけないとも言わなかった。


 まぁまさか、こんな反則みたいなモノを持ってくる学生がいるなんて到底予想していなかっただろうが……。


 そう思いながら試験官の方へと視線を向けると、彼はしばらく考えた末に渋々といった顔で不問とすることにしたのだった。


 17


 そんなこんなで、試験は俺の手番まで回ってきた。


(さて、どうするか……)


 場はロゼッタの謎の魔道具の迫力の余韻が残っていた。

 彼女から俺の手番に移るまで数人の受験生が的を狙って魔法を放っていたが、萎縮したのか、どうにも彼女の迫力にかき消されて微妙な雰囲気が漂っている。


 別にこれは入試であって、魔法の派手さを競うモノでは無いのだから関係ないのだが、しかしあんなものを見せられた後ではパフォーマンスが落ちてしまうのも無理はない。


 かく言う俺も、こんなラノベ主人公的な立ち位置に居ながらして、ロゼッタに派手さや凄さで前をいかれて少し焦りを覚えているのも事実。


 主人公なら、この場の誰よりも目立って、きゃー、すごーい! と、盛大な歓声を浴びるべきだし、実際俺も人見知りとはいえ目立ちたい気持ちもあるわけで。


(さて、どうやって攫っていこうか……)


 目を瞑り、魔力を適当に体内でコネコネしながら思案する。

 魔法の威力自体は、的に届かせることはできるし、ロゼッタの魔道具の威力を鑑みるに、頑張れば俺でも貫通できないこともない。

 スキルの取得に応じて、魔力の操作に関しては基本の操作の仕方なら完璧に会得できているから、もっと高レベルの魔法でなければ簡単に発動できる。


 更に、スキルレベル四にならないと取得できなかったはずの《ダブスペ》も使えるということは、チートで習得した魔力操作能力以上の操作は、俺自身の技能とセンスでいくらでも底上げができる筈。


 ……魔力量は十分にあるし、試しに《ダブスペ》を重ねがけして四種類の魔法を同時に発動させられる《クアドロプルスペル》でも作ってみるか?


 これならきっとインパクトがあるし、みんな驚く筈。

 ウィンドウを開き、スキルポイントを確認する。

 大丈夫、まだ全然余裕ある。だけど今回はちょっと実験のために、スキルツリー弄って改造するのではなく、自力での操作でやってみよう。


 問題は選択する術式だ。

 レベル一の《ボール》や《アロー》、《ボルト》じゃあ味気ないし、実験の意味もない。


(──となると、これしかないな)


 スキルツリーの中、まだ未取得状態を示す、暗くなっているアーツの項目に目配せをして、内心ニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。


 今から驚く観衆の反応が楽しみだ。


「……受験番号三十八番、マーリン。──いきますッ!」


 四つの的を正面に迎えるようにして立つと、体内の魔力に意識を集中させて、一気に右手を横へと振り抜いた。


 すると、その軌跡をなぞるようにして火、風、水、地と四属性の《ボール》が出現した。


 どうやら自力での《ダブルスペル》の重ねがけは成功したようだ。


「「……っ!?」」


 背後で受験生らの驚く気配が伝わってきて、思わず口角が釣り上がるのを感じる。

 しかしここで集中を切らしてはダメだ。


 俺は、そのバスケットボールほどもあるサイズの《ボール》全てに、同時に意識を集中させながら、その動きを制御し、一気に野球ボールほどの大きさまで魔力を圧縮させていく。


 イメージは渦潮。

 球体の中心に向かって魔力が渦を作って流れ込み、ブラックホールのように圧縮されていく──。


 そうして五秒ほど経っただろうか。

 硬く硬く圧縮された魔力を完成させた俺は、そのイメージが崩壊しないよう、ゆっくりとそれぞれの的の前まで運んでいき──一気に解放した。


 ──ドバゴアァアァァァァ……。


 小さな爆発。その爆音と衝撃波が重なり合い、強い耳鳴りをもたらした。


 どうやら実験は成功したようだ。

 土煙が晴れてみれば、その向こう側には横長の浅いクレーターがあるばかりで、的の姿形など微塵も残っていなかった。


「すごい……」


 誰かが呟いた声が、くぐもった音の波間から聞こえてきた。


 ……うん。俺もそう思う。これ、四つ離して起爆したからこうだったけど、もし同じ箇所で起爆していたらもっとすごいことになっていたのではないだろうか?


 試してみたいけど、思ったより魔力を食ったからそう連発はできそうにないな……。


 視界左上に表示されているMPバーを確認して、乾いた笑いを浮かべた。


 18


「なんや、ものっそい盛り上がってんな?」

「えぇ、一体何が……」


 アリスの実技試験の様子を見に行くべく、敷地内の第三アリーナへ向かった俺たちは、不自然なほどに熱狂する受験生たちの声援と熱気に、不審な表情を浮かべていた。


 第三アリーナは長方形の広い体育館のような形状をしている。その周囲をコロッセオよろしく階段状の観覧席が取り囲んでいるのだが、背の低い俺たちでは、雑に集まった観衆たちが邪魔で、様子がわからないのである。


「おい、あいつやべーぞ……。アーツを一切使わずに試験官と互角に渡り合ってやがる……」


 不意に、そんな受験生と思しき少年の呟きが、熱狂する声援の隙間縫うようにして鼓膜に響いた。


 どうやら凄い剣術の腕を持つ人が今年の受験生に紛れているらしい。


 試験官ともなれば、それなりにレベルの高い人が選出されるはず。そんな人物の攻撃をアーツも使わずに対処しているとなると、相手は相当な腕前か。

 ノタコンにおけるPvP(対人戦)では、熟練度が低いとアーツを使う前に少し溜めが入り、それが隙になるから、初心者はそれをカバーする動き方を学ぶ。

 しかし熟練度が上がるにつれてその溜め時間も短くなる。試験官ともなればおそらくこの溜め時間はほとんど一瞬だろう。

 アーツを使わずに互角に戦っているのであれば、この受験生はその一瞬の隙を見抜いて攻撃するなりしていることになる。


 ……要するに、プレイヤースキルが半端なく高くなければできない芸当をしているということだ。


(一体、誰がそんなことを──)


 ちらり、と金髪碧眼のあの小柄で大食いな少女の姿を思い出す。

 その想像は、果たして──。


 俺は小さなロゼッタと逸れないように手を繋ぎながら、観衆の集まる観客席の最前線まで練り歩いた。


 途中から剣と剣がぶつかり合う音が鼓膜に届く様になって、視界が開ければ錦を裂くような気合いがこちらまで届くのが伝わってくる。


「えっ、アリスやん!?」


 ロゼッタが驚いた声で、受験生の名前を叫んだ。

 そうだ。そこにいたのは、『長い木剣』で牡牛の構えを取る、金髪の巻毛の少女──アリス・ティンゼルだったからだ。

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