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13〜15


 13


 結局、彼の纏っていた黒いモヤについては何も分からなかったが、その後騒ぎを聞きつけた衛兵に事情聴取を受ける羽目になった。

 しかし、俺たちの身元が冒険者学校の入学試験に向かう受験生だったということもあり、取調べは簡単に済まされ、それどころか学校の前まで馬車で送ってくれることになった。


 やっぱり、身元がしっかりしているのはいいことだ。きっと、前回は俺の素性が不明だったばかりにあんなに長い時間拘束されることになったのだろう。


 ──そんなこんなで馬車に揺られながら二人雑談を交わしていれば、あっという間に冒険者学校前に到着してしまった。


「ここが、冒険者学校……」


 感慨深げにため息を吐きながら、どちらともなくつぶやいた。

 丁字路が合流して少し広くなった前庭。

 その中央の噴水の前に停められたコーチ馬車の客車から降りると、目の前には巨大な城が建っていた。


 高い石の堅牢な城壁。

 それを囲う大きな堀。

 そして見上げればいくつもの尖塔がそびえている。

 それらが渓谷に挟まれるようにして、まるである種砦のような威容を見せていた。


 馬車で送ってくれた衛兵にお礼を言ってその場を後にした俺たちは、他の受験生たちと同じ様にズンズンと跳ね橋を渡って冒険者学校の中へと入っていく。


「……思ってたより大きいわね。敷地だけ見れば村一つ分くらいはありそうだわ」


 アリスが呟いた通り、そこは大きめの村ほどの広さのある施設だった。

 継ぎ目のない巨大なコンクリートのような建材の城壁に囲われた敷地内はまさに城そのもので、地面には煉瓦が敷かれて整備されており、庭も手入れがしっかり行き届いていた。

 もはや本当に学校なのかすら怪しいくらいで、ここが誰かの城だと言ってくれた方が納得するのだが──


(そっか、みんな同じ年頃だと勝手に思ってたけど、未成年が冒険者になるには冒険者学校を卒業しないといけないってだけで、いろんな歳の子が来るんだ……。なんだか新鮮だな……)


 城門、もとい校門をぞろぞろと抜けていく子供たちにちょっとしたカルチャーショックを受けながら、あたりをキョロキョロと見回していると、不意に隣を歩くアリスと目があった。

 どうやら物珍しいのはお互い様の様だ。


「ふふっ。それじゃ、さっさと受付を済ませましょうか」

「そうね、さっさと済ませちゃいましょ」


 こうして、俺たちは二人して小さく笑いながら、順路に沿って受付まで向かうのだった。


 14


 試験の受付場所は、人の波に流れていった終着点にあった。


「では、資料の提示をお願いします」


 受付の女性に返事をして、書類を受け渡すべくウィンドウを開いた。


(えーと、たしかここら辺に……)


 ストレージをスクロールしていき、目的の書類を実体化させ──ようとした、その時だった。


「どいてどいてどいてぇえええええ!! そこをどいてぇええええええ!!」


 背後から聞こえてくる叫び声に振り返ると、何か大きな鳥のような物体が、ものすごい勢いで生徒の列をモーセの奇跡の如く割りながら飛来してくるのが見えた。


「きゃあ!?」

「《ウォーターボール》!」


 受付員の悲鳴を背中に、俺はとっさに、ちょうど二段ベッドを丸呑みできるほど巨大な水のクッションを作った。

 ドボン、と大きな水柱をあげて、何かが水のドームに勢いを殺されて失速していく。


「ぇえええれべらべろぼあぶわぐぶぐぶぐぼぐ……」


 突っ込んでくる勢いもあってか、しばらく白い気泡だらけだった水のドームだったが、しかししばらくすれば、そこに何か人のような影が浮かんでいるのが見えて、俺は魔法を解いた。


「ぐへぇっ」


 びちゃり、と音を立てて、人の様な物体がその場に落下する。

 良く見てみれば、それはグライダーのようなものを背負った小さな赤い髪の女の子だった。


 15


 空から女の子が降って来る。

 そう言われてまず初めに連想するなら、とある有名なアニメ映画だろう。

 首に、空を飛ぶ不思議な力が宿る石のネックレスを掛けたある王族の少女と、炭鉱だったかどこかで働く一人の少年の冒険の話。


 しかし、今目の前で半裸になって、濡れた服を乾かしながらお喋りをするこの赤い髪の少女は、きっとそんなドキドキワクワクな事件を持ってくるような子供には見えなかった。

 むしろどちらかというと、ごく一般的な、と形容した方が、随分と似合っているように思える。


 赤い髪に褐色の肌、紫がかった綺麗な瞳はとても印象的だが、神聖さは特に感じない。


 感じないが──。


「いやぁ、助かったわ……。それにしても凄い判断力やったなぁ、じぶん」

(関西弁……)


 試験の受付を済ませた後。

 俺たちは冒険者学校の保健室を借りて、彼女──ロゼッタの濡れた衣服を、保健室に常備してあった『冒険者学校の体操服』に着替えさせていた。


 ちなみに、体操服のデザインは赤色のジャージである。


「いやいや、ロゼッタさんの行動力の方が凄いですよ……。頭のネジどこに置き忘れてきたんですか」


 濡れた髪を、魔法で軽い熱と風を起こしてドライヤーのようにしながら乾かしつつ尋ねる。

 ちなみにこれは魔法スキルレベル一で取得できる《火属性魔術の心得》と《風属性魔術の心得》の合わせ技で、本来ならばスキルレベル四にならなければ使えない《ダブスペ》によって成立させている。


「ふふん、エンジニアにその言葉は褒め言葉やで?」

「別に褒めてないんですけどね」

「お姉さん、そこを何とか」


 手を合わせてこちらをチラチラと見てくる彼女に、思わず吹き出しそうになるのを堪える。


「頼んで褒めてもらうのって虚しくならない?」

「んぐ、確かにせやな……」


 ついに入ったアリスの鋭いツッコミに、ロゼッタは体操服の襟を指で引っ掛けてパタパタと扇いで遊びながら、少しだけ不満そうに口を尖らせた。


 ここからの角度だと、彼女の日焼けしていない胸元の境目や、明るいピンク色をした頂点がチラチラと見えて無防備で落ち着かない。


 ついつい視線がそちらに吸い込まれていくのを、見まい見まいとするのにかなりの精神力を消費しそうだ。


(でも、ただ考えるだけじゃなくて、実際に作ってあそこまで完成させたのは、素直に凄いと思うんだよなぁ)


 意識を逸らすべく、頭の中で話題転換を試みる。

 彼女が空から飛んでくるのに使っていたグライダーについての話だ。


 実はあの機械は、彼女が自作したマジックアイテムらしく、今日を機会に南の山頂からここまでの飛行実験をしていたそうだ。


 うまくいけば風の魔法で自由自在に空が飛べるはずらしかったのだが、どうやらうまくいかなかったらしい。


 彼女の反省によれば、翼の素材を本来ならペガサスの羽毛で編んだ布を使わなければならないところを、ケチって普通のシルクを使ったことが原因かもということらしいが……正直俺にはその知識はなかった。


 マジックアイテムなんて、練金屋に素材を持っていけば、あとはメニューを操作するだけで簡単に作ってもらえたからである。


 何だか少しだけ、ゲームの裏側を知った気分であった。

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