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4〜6


 4


「あぁ、良かったよ。君は命の恩人だからね、何かあっては妻に顔向けできないよ」

「いや、あれはあの、無我夢中でしたから……」


 詰所が見えないところまで来たところで、男性はそんな風に話を切り出した。おそらく何か嘘をついて俺を助け出してくれたのだろう。


 俺は、危ない事をするなぁ、なんて思いながらも、助けてくれた事に感謝の言葉を述べた。


「いやいや、これは恩返しだからね。君のおかげで今を生きているんだから。そうだ、夕飯をご馳走しよう。どうだね?」

「あ、ありがとうございます」


 彼の言葉で思い出す。


 そうだ、俺は今一文無しだ。例えあの牢屋から出ることができたとしても、今晩の寝床どころか食事すらない。


 そうなってしまえば、まあ、たぶん飢え死にすることはないだろうにしても、寒くて冷たい、硬い石畳みの上で寝ることになったには違いない。


 その事を考えると、この男性の申し出はかなりありがたかった。


「さて、ここまで来れば、騎士の目もないだろう。今のうちに自己紹介と、それから口裏合わせと行こうか」


 大通りから少し外れた狭い路地。屋台の串焼きを片手に、二段しかない階段に並んで腰を下ろす。


「口裏、ですか?」

「必要だろう、騎士団をだますのだから、ボロがあっては怪しまれる」

「なるほど、それもそうですね」


 首肯して、串焼きの肉を齧る。


「!?」


 驚き、目をしばたかせる。味がある。塩だけの簡素な味付けだが、ゲームだったころは味覚は再現されていなかったはず。繊細な風の感触といいリアルな出血の演出といい、やはり異世界なのではないか、ここは?


 もう一口串焼きを齧りゆっくりと咀嚼する。


 ゲーム時代でもよく食べた『ウサギの串焼き』だが、実際はこんな味だったのか……と夢中になりかけた時だった。不意に頭上から笑い声が降って来て、俺は耳を赤くした。


「いや、申し訳ない。あまりに美味しそうに食べるものだから。気に入ってくれた様で良かったよ」

「ど、どうも……」


 少し恥ずかしくなって、うつむきながら口を開いた。

 男が話を続ける。


「僕の名前はマルコ。黄金の鍋亭という冒険者向けの宿屋を切り盛りしている」

「宿屋ですか!? 俺……いや、私、てっきり屋台の主人かと……」


 見かけたとき、たしかマルコさんはエプロンをしていた。だからてっきり、あの壊された屋台の主人かと思っていたのだ。


「いや、それも間違いはないよ。あれはちょっとしたうちの副業さ」

「そうでしたか」


 非常にゆっくりとした、穏やかで和やかな口調で答えてくれる彼に、少しだけ俺の心のガードが緩くなる。

 自分でいうのもなんだが、俺は人と話すのが苦手な方だ。早口にまくしたてられたり、終始硬い表情をする人には、口がわなないて頭が真っ白になって、自分が思っていないことを口にしたりしてしまう。

 しかしこの人はどうだろう。そんな俺の焦りなど軽く包んで受け入れてくれるような、陽だまりの様である。要するに、非常に話しやすいのだ。


「それじゃあ、次は君の話を聞かせてくれないかな?」

「俺はマーリンといいます。えと、どうしてここにいたのかは、ちょっとわからなくて。気が付いたら、どうしてか噴水の前にいたんです」


 変わらずにこやかに口を開く彼に、異世界から来ただとか言えるはずもなかったので、少し心苦しいが、濁して応えるほかなかった。


「ふむ、何か事情があるようだね。ならば詮索はやめておこう」


 マルコさんは少し考えるようなそぶりを見せてそう言った。


「いいんですか?」

「構わないさ。冒険者を相手にしているとね、そういうことはたびたびあるものさ」


 にこやかに呟いて彼は腰を持ち上げた。

 気づいたころには、すでに串焼きはすべて食べ終わっていた。


「さて、ならばそうだな……。記憶喪失という設定はどうかな。これであれば大抵の質問には『覚えていません、わかりません』で話が付く」


 こういうことには慣れているのだろう。テンプレートではあるが、しかし相手方にはそれを証明するすべなどないのだから、かなり有効的な設定であるとすらいえる。


「わかりました、それでよろしくお願いします」


 俺は深く頭を下げながら提案を了承した。

 路地を抜けて大通りを進み、目的地にたどり着く。

 黄金の鍋亭というその三階建ての宿は、部屋が各階に六つあり、一階は広い玄関ホールと食堂が合体していた。


 扉が開くのと共に鳴ったチリンチリンという涼しげな鐘の音に、食堂にいた二人の女性が振り向いた。


 片方は背の高い若い黒髪の女性で頭に白い頭巾をつけており、食堂でお皿を片付けている。

 もう片方は中年の黒髪の女性で、おそらくこの宿の女将だろう。厨房の方で何か仕事をしているのが見えた。


「あ、お父さんおかえりなさい! その子がさっき言ってた命の恩人?」


 一度物を厨房の方に運んでから、再びこちらに戻ってきて、俺の顔を覗き込む女性。

 こんなふうに女の人に顔を覗き込まれたことがなかった俺は、いきなり距離の近い彼女に戸惑いを覚える。


「やだ、あなた血で真っ赤じゃん! 怪我とかない? 大丈夫?」

「あっ、いえ、別に……」


 近すぎる彼女の顔に、少し視線を外しながらそう答える。

 気づけば、カヴィアロードの尻尾にやられた肋は既に痛くはなかった。


 ゲームだった頃も、レベルが一つ上がるとHPやMPなど、もろもろ全回復する設定だったが、どうやら現実になった今でもそれは受け継がれているようだ。


 いろいろありすぎて、レベルアップしたことに気が付かなかったけど……。そっか。あの戦いの後体だけ疲れていなかったのは、レベルが上がったおかげだったんだな。


「すごい、これ全部返り血ってこと? 相手はモンスターだったんでしょ? しかもおっきいの」

「えぇ、まぁ、はい……。攻撃パターンは単純なんで、動きも読みやすいですし……あれくらいなら、ちょっと訓練さえ受ければ誰でも倒せますよ」


 褒められて少しだけいい気分になった俺は、どやぁ、と破顔する。


 実際、あのモンスターはボスとはいえ、一番最初のダンジョンで相手にする事になる強敵だ。


 初心者でもコツを掴めばすぐに倒せるようプログラミングされてるし、今回だってちょっと強化されていたりはしていたものの、動き自体はかなり単純だった。


 最初の尻尾のカウンターは予想外だったけど、威力自体は受け切れない程でもない。

 肋骨は折れたかも知れなかったけど、興奮していたからか、アドレナリンのお陰でそこまで強い痛みは感じなかった。


「へぇ、こんなちっちゃいのに、あなたたくましいわね」


 それから俺は、改めて二人からマルコさんを助けた事について感謝の言葉を貰うと、今の格好だと血とかで濡れて気持ち悪いだろうということで、さっき話してた方の女性──ソフィアさんに、お風呂まで案内してもらう事になった。


「ここがお風呂よ。水は、ちょっと遠いけど、中庭の井戸から水を汲んできて使うの」


 言って、途中中庭を経由して持ってきた桶を浴室の床に置いた。

 連れてこられた場所は、三畳ほどの部屋だった。

 湿気対策だろうか? 床や壁、天井などが全て砂岩で作られており、壁の高い位置に換気用の窓が一つ付いている。


 それ以外には浴槽も何もないシンプルな部屋で、ここにベンチやかまどなどがついていれば、サウナルームと言われても疑わないだろう。


 ちなみに、この風呂場には扉はなくて、上から一枚、黒い暖簾のようなものが垂れているだけである。

 見た感じ、どうやら麻布に漆を塗り込んでいるようだ。


「さ、脱いで! 服着たままじゃ洗えないでしょっ!」


 ──と、そんなふうにキョロキョロ観察していると、ソフィアさんが笑顔を浮かべながら、油断している隙を突いて強引に、下着の『モスリン』ごと服を脱がせた。


「ひゃぁっ!?」


 思わず女の子らしい悲鳴が喉から漏れる。

 しかしソフィアさんはそんなことはお構いなしにと、次々と俺の汚れた服を取り去っていく。


「ちょ……っ!? ソフィアさん、待……っ!? こっ、こころの準備がぁ──っ!?」


 俺の必死の静止の言葉も聞かず、慣れた手つきで剣帯を外し、腰紐を解いて青い『プリーツスカート』をストンと落としていく。


「ほほ〜ん? やっぱり。あなた、髪の毛とかもすっごく綺麗だったけど、お肌もすっごく綺麗なのね。まるで作りたての人形みたいに傷一つないわ……」


 やがて、最後の砦である白い『紐パン』の紐を解かれ、まじまじと見られながら感心される。


「……っ」


 その視線は芸術品を見るような、あるいはどこかギラギラとした劣情を孕むようで、お尻の穴というか、もっと別のところの穴がキュッと閉まるような感覚に陥って、反射的に目を逸らした。


 頬や耳が、熱く熱を持つのを自覚する。


「そんなに……見ないでください……っ」


 頭の中が真っ白になるようだ。足を交差して、股と胸を両手で隠しながら、ぽつりと呟くように訴えた。

 するとソフィアさんは、そんな俺の訴えをわかってくれたのか。或いはもっと別の解釈をしたのか。


「ごっ、ごめんね!? そんなに見られると恥ずかしいよねっ!?」


 顔を少し赤らめると、慌てて俺に背中を向かせて、背中に濡れたタオルを押しつけた。


「──っ!?」


 押しつけられたタオルはとても冷たかったし、意外と力強く擦られたせいでかなり体が痛かったけど、俺はそれを我慢するように口をキュッと結んで、無心でそれを耐えるのだった。


 5


「うぅ……体が痛い……」


 それから紆余曲折あった後、異世界初のお風呂を終えた俺は、部屋の窓際に設置されたベッドの上にダイブしていた。


 客室のある宿屋の本館ではない、マルコさんやソフィアさんたち家族が暮らす、居住スペースの三階の角部屋。

 宿の中庭を挟んで新たに建てられた家のこの部屋は、元は冒険者になって家を出て行ったソフィアさんの姉であるクロエさんの部屋だったらしく、今は客室として使っているのだとか。


 お風呂場でソフィアさんが気を紛らわせるための雑談として話してくれたのだ。


 今俺が借りているこの胸元がレースで飾られた白のノースリーブワンピースや、その上から羽織っている丈の長い青のカーディガンも、そのクロエさんがこの家で暮らしていた頃に着ていたもののお下がりなのだとか。


 かつてとはいえ、女の子が着ていた服に身を包むというこのなんともいえない背徳感に加えて、薄い生地でちょっとした風でも裾がひらひらとはためいて心許ない感覚には、正直羞恥心が大きくて落ち着かない。

 ワンピースの丈が足首ほどまであるのがせめてもの救いだろう。


「……お日様の匂い」


 少し硬めの布団から感じる香りに、ほんのわずかな安らぎを覚える。──それと同時に、否応なく確信してしまう。

 ここは、もう十中八九異世界なのだろうということに。


 理由はいくつかあった。

 例えば周囲のNPCたちの反応がゲームだったころと違って生々しいところだ。

 突然現れたモンスターから逃げていた時の反応や、必死に注意を惹きつけていたマルコさんの視線。そしてさっきの、お風呂場でのソフィアさんの反応。こんなことはこれまでの《ノタコン》のNPCには見られなかった。


 加えて感覚がリアルすぎる点だ。物に触れた感覚、目に映る景色、臭い、味。それら全てが現実世界に居たころと遜色そんしょくないレベルで再現されていた事。


 極めつけはあのガラット・カヴィアロードの尻尾攻撃の時に感じたあの脳を揺さぶられるような感覚。あれは間違いなく、ゲーム機越しには再現できない衝撃だった。


 この考察が正しければ、メニュー画面からログアウトボタンやGMコールボタンが消失している事にも説明がつく。しかしだからと言って納得できる話ではない。


 だってここが異世界なら、帰る手段が見つからない限りもう二度と家族とは会えないのかもしれないのである。


「……はぁ」


 蕎麦殻か何かだろう、ゴロゴロと独特な硬い感触のする枕に顔を埋めながら、小さくため息をつく。


 考えたって仕方のないこととはいえ、感傷に浸らずにはいられない。もともと俺は寂しがり屋な性分なのだ。


 とはいえ、切り替えなくてはいけないだろう。


 そうでなければ、せっかく助けてくれたマルコさんの家族に余計な心配をかけてしまうし、それを聞かれるのも俺にとっては面倒だ。


 幸い、ここは《ノタコン》の世界がモデルになっているし、そこまで困るようなことにはならないだろう。


(だからまずは冒険者にならなきゃな……。そのためにも、まずはさっきのガラット・カヴィアロード戦で得たポイントでステ振りしないと)


 俺はベッドの縁に座り直すと、虚空をダブルタップしてメニュー画面を開いた。


 大手ゲームメーカーにして、全感覚没入型VRMMORPGを専門的に扱うギガント=クロノス社が運営していたこのゲームのコンセプトは、一言で表すならば『改造』の一言に尽きる。


 その為このゲームでは、従来のゲームと違って、レベルアップで獲得できるスキルポイントを使えば、アーツの内容を改竄したり、また複数のアーツを合体させることができるのである。


 例えば剣術スキル。

 このスキルはゲーム開始当初から標準装備されているスキルで、垂直突進斬り上げ技の《アステュート》と、垂直突進斬り落とし技の《バーチカル》の二つのアーツが発動可能になる。


 細かく言えば、魔力の消費を伴わない《剣術の心得》や《素早い斬撃》というものもあるのだが、それはともかく。

 これらのアーツは、スキルポイントを使うことによって、例えば《アステュート》の“突進”の部分だけを切り取って使ったり、或いは“斬り上げ”の部分と《バーチカル》の“斬り落とし”の部分だけを切り取って繋げて使えるようにしたりできるようになるのだ。


 他にも、十ポイント支払うことで新しいスキルを獲得したり、別のスキルと組み合わせることで新しいスキルを自分勝手に創作したりすることができるのである。


 ──というわけで。

 俺はスキルツリーをポチポチと操作して、ゲームだった時代に自分が取得していたスキル──魔法スキルを取得した──次の瞬間だった。


「〜〜っ!?」

 突如として、大量の情報が頭の中を駆け巡る感覚とともに鋭い頭痛を覚えた俺は、ベッドの上で声を噛み殺しながら転げ回った。


 おそらく、これもゲームが現実になったことによる影響の一つなのだろう。


「考えてみれば、そりゃこの世界の住人が一からコツコツ勉強なりして習得してきたものをボタン一つで使えるようになるんだ、脳への負荷も相応でかい筈だよ……」


 何も考えずにウィンドウを操作したことを若干後悔する。

 この習得速度の速さはゲーム由来とはいえ、この世界の住人からすればチートものだ。

 手数料だと思って受け入れよう……。


「よし、これで当分は大丈夫」


 俺は痛みが治った頭──頭痛それ自体は一瞬だったが余韻がすごく長かった──に手を当てながら一息ついた。

 ゲーム時代の俺の戦闘スタイルは、基本魔法スキルを遠距離から放ちつつ、抜けてきた敵は剣術スキルなどを使って回避しながら攻撃するという、回避盾型の火力魔法使いだった。


 当時レベル六十後半くらいだった頃は、多数の相手がいる場合は範囲攻撃で一掃、単体には単発の魔法で攻める脳筋戦法だったが──現実となった今となると、それは少々見直さなければなるまい。


 HPがたった三割持ってかれただけで肋が折れたんだ。

 あの時はアドレナリンの鎮痛作用でなんとかなったものの、次もそううまくいくとは限らないし、今のAGI(敏捷値)で全ての攻撃を躱せるかと聞かれれば、ゲーム時代と同じようにいくとは考えにくい。


 実際、ガラット・カヴィアロードとの戦いで使った反射神経は、ほとんど究極の集中状態(ゾーン)故の奇跡だと言っても過言じゃないし……安全マージンとって確実に敵を仕留める方向でアーツを組んだ方がいいだろう。


「となると、魔法攻撃力と発動速度に念を置いて──」


 ステータス画面を開いて、消費していなかったステータスポイントと睨み合いながらぶつぶつ呟き、能力値を調整していくのだった。


 ──ちなみに、これは後で分かったことだが、スキルの取得同様、ステータスポイントを割り振るときもそれ相応の苦痛があった。


 めっちゃつらい。

 もうほんと勘弁して。

 ゆるして……。


 6


 しばらくそうやってアーツやステータスの改造をしていると、不意にコンコンと扉がノックされるのが聞こえてきた。

 開けてみればそこにはマルコさんの奥さん──ギルダさんというらしい──がいて、『ねぇ、一緒にお茶をしないかしら?』と誘ってくれた。


 運ばれてきた茶菓子がなんだ、これはどこどこのお茶だ、なんていう他愛もない話から始まって、マルコさんを助けたお礼を言われたのち、そういえばと思い出した様にギルダさんがついに本題を切り出した。


「マーリンさんは、冒険者なのかしら?」


「あー、いえ、まだ登録してないので違いますね。いずれ登録しようかと思ってるんですけど」


 詰所で騎士の人に受けた尋問を思い出して、苦笑いを浮かべながらそう答える。

 この世界ではどうやら、冒険者になれば冒険者カードだとか冒険者証なんて呼ばれている身分証が貰えるらしいのだが、残念ながら今の俺は持っていない。


 というか、ゲーム時代にはそんなシステムなかったから、存在すら知らなかったのだが。


 そんな俺の返答を聞くと、彼女は『まぁ、そうだったのね』と驚いた様に口元に手を当てた。


「となると……今年の九月には一年生になるってことかしら?」

「九月……? 一年生……?」


 何の話かわからない、というように首を傾げる。

 冒険者って一年生とか二年生とか、そんなシステムあったっけ?


 俺の記憶が確かなら、ゲーム時代ではFランクからSSランクの八階級しかなかった気がするのだが……もしかして、これも現実になった影響、とか?


 しかし、その予想は間違いだった。


「マーリンさん、あなた今未成年でしょ? なら、冒険者学校に通わなくちゃいけないわ。未成年は基本的に学校で訓練を受けてからじゃないと、冒険者になれない決まりなの。うちも上の娘が冒険者になったからよく覚えてるわ」


 そういえば詰所で学生証がなんとかとか言ってたような気がする。


 冒険者というのはいろんな仕事があるとはいえ、リアルに考えれば基本的に危険な職業だ。俺だってゲーム時代では軽く百回くらいは死んだし、ということは当然無駄に死者が出ないように何か対策するよな、うん。


 それから話してくれたギルダさんによれば、どうやら入学するにも入学金や学費、その他もろもろお金が掛かるらしい。


 一応、奨学金もあるらしいが、親もいないし住所も不定。完璧に身元不明なこの俺ではまず受けられないに違いないだろう。


「大体の事情は主人から聞いているわ」


 さてどうしたものかと悩んでいると、ギルダさんがそんな風に切り出してくれた。


「あなた、記憶喪失なんだってね?」

「はい」


 こくりと頷く。マルコさんが何処まで話したのかはわからないが、どちらにせよギルダさんは俺に協力はしてくれるらしい。


「なら、しばらくはうちで面倒を見よう。その間働いてくれるなら、その給金を入学資金にあてがうのもいいかしらね」


 そんな会話が聞こえてきたからか、リビングを通りがかったマルコさんが『それは名案だな』とコーヒーを口に運びながら賛成した。


「いいんですか!?」


 驚いて机から身を乗り出す。

 激し過ぎて椅子を倒しそうになったのは少しだけ恥ずかしかったが、ギルダさんは笑って頷いてくれた。


「そうね。あなたは主人の命の恩人だもの。しばらくの間は、私たちを親のように頼ってちょうだい」

「そうだな。君の背丈ならば、昔クロエが着ていた制服が使えるだろう。ギルダ、確かまだ残っていたな?」

「ええ、勿論」


 二人の言葉に、目頭が少し熱くなるのを感じる。

 知らない街で一人放り出され、挙句に職につくにも学校に行かないといけないとか学費がどうとか、これからどうすべきか不安になってきていたのだ。

 そんなところにこんな温かい言葉を投げかけられては、感動しないという方がおかしいだろう。


 俺は、優しく微笑んで受け入れてくれるこの夫婦に、泣きながらありがとうを口にしたのだった。


 ──その晩は、マルコさん一家からの歓迎会が行われ、夫妻の娘として受け入れられ、ソフィアさんには新しい妹ができたようだと喜ばれたのだった。

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