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46〜48


 46


「お見事。実にお見事です、天使たちよ。時間がかかったとはいえ、レベル差の大きなモンスターをたったの三人で討伐してしまったのですから、いやはや、大したものです」


 ラミアクイーンが討伐され、光の粒子へと還っていくのを見届けて、パラノイアが拍手をしながら俺たちの前へと躍り出た。


「ですが──おかげで準備も整いました」


 準備……?


 彼の口にした言葉に何か違和感を覚えて眉をひそめる。


 ……そういえばこいつ、俺たちがラミアクイーンを相手にしていた間、どこに消えていやがったんだ?


「……一体何のことかしら? それは、今張られている結界と何か関係があるのかしら?」


 アリスも同じく嫌な予感がしたのだろう。問い詰めるように足を前に踏み出しながら、『ラ・ピュセル』の切っ先をパラノイアに向ける。


「おや、天使のお仲間は勘が鋭いようですねぇ。……えぇ、その通りですよ、剣士のお嬢さん」


 ネタばらしを楽しむ子供のように笑いながら、芝居がかった素振りで言葉を続ける。


「実は、正攻法ではあなたから『ノタリコンの魔道書』の原典を頂けないようでしたので、少し人質を用意させていただいていました」

「人質……?」


 もったいぶるような発言に、俺たちの顔はさらに険しくなっていく。


「えぇ。僭越ながら、テザリアの街に暮らす全ての人間を、ワタシの配下に収めさせていただきました。いやはや、大変でしたよ? この短い時間で数百人の人間の魂を汚染するのは」

「「「……ッ!?」」」


 三者同様の驚き顔を浮かべて、そして同様に怒りと自身の無力のために歯を食いしばった。


 それはそうだろう。


 どうして気が付けなかったんだ。相手も馬鹿じゃないのだ。正攻法で目的を達成できないなら、この程度の卑怯な策を講じる可能性だってあったし、対策もできたはずだ。


 だって街にはまだあの二人がいるんだ。


 俺たちがあれだけ苦戦したラミアクイーンを生け捕りに出来て、冒険者学校まで納品できるような凄腕の冒険者──カールさんとサーシャさんが!


 二人がいれば街は安全だった。そう思いたかったが──。


「中には異様に強い冒険者も何人かいましたがね。彼らの魂もきちんと汚染しておきましたので、まず援軍が来るなんて無駄な希望は、先にゴミ箱にでも捨てておいたほうが賢明──」

「──《ウォーターランス》!」


 パァン、という破裂音とともに、水の槍がパラノイアの『ペストマスク』を弾き飛ばした。


 頭に血が上ったせいか、問答無用の殺意が俺の背中を押したのである。


「ちょ、マーリン!? 何やってんの!? 話聞いてたやろ!? 相手人質おんねんで!? そんなことしたら殺されるやんか!?」

「そうよ何考えてるのよ!? 気持ちはわかるけれど!?」


 俺の突然の行動に慌てふためく二人。

 さっきまでの鬼のような形相が嘘のようだ。


「おやおや、まあまあ。粗暴ですねぇ。『まずは対話から』、ではなかったのですか?」


 赤いローブの下の何もない空洞から、ボイスチェンジャーで加工したような声が響いてくる。


「ふざけろ。これの何が対話だ。一方的な脅迫じゃねえか。だったら八つ当たりのひとつくらい許せよ」

「……ふむ、そう言われてみれば確かにその通りでしたね」


 空洞の中で、小馬鹿にするように笑みを浮かべる気配が漂ってくる。


 それから俺は、パラノイアからの交渉という名前の脅迫に応じ、俺の持つ『ノタリコンの魔道書』、その原典を明け渡すことになった。これで俺の持てる異世界でのアドバンテージは全て失われることになったが、代わりにこの街の全ての人が人質から解放されることになった。


「それでは、確かに頂戴致しました」


 黒いモヤに包まれた手を直接俺の胸に突っ込んで、淡く青い光を発する球状の物体を体内から引き剥がし、パラノイアは満足そうにそれを空洞の中へと放り込んだ。


 どうやら、俺が奴から魔道書を取り返すには、魂に直接触れるような魔法が使えるようになる必要があるらしい。


 自分の大切な部分を口に入れられているような、そんな気持ちの悪い感覚がして、見ていて吐き気がする。


「約束、ちゃんと守れよ?」

「もちろんですとも」


 ニコリとほほ笑む気配。蓋を閉じるように『ペストマスク』をすると、虚空に呑まれるようにしてわずかな空間のゆがみを残しながら姿を消した。


 こうして、体感的にものすごく長く感じたハロウィンイベントは幕を閉じたのであった。


 47


 翌日、月曜日。

 俺は学校に向かう前に行くべき場所があったので、私服姿のまま、まだ開店すらしていない購買部の控え室に顔を出していた。


「すみません、昨日荷物を予約していたマーリンです」


 コンコン、と扉をノックして伝えると、奥の方からはーい、という間の抜けたような返事が返ってくる。


 一連の騒動が終わったその日。街は完全にいつもどおりで、みんなパラノイアからの襲撃があったことなんてなかったかのように日常を過ごしていた。


 カールさんやサーシャさんなど、関連のありそうな人を何人か訪ねて回ったりしたが、結局俺たち三人以外に覚えている人はおらず、それどころかフォルルテ先生に至っては怪我すらした様子は無くて、まるで人質になんてされていた事実なんて最初からなかったように見えた。


 騎士団の方に問い合わせてみれば、そもそもの話、パラノイアによる被害者──洗脳されて暴れていた人──の留置記録そのものまで初めからなくなっていたようで、そういえばゲーム時代でも、イベントが終わればみんな何事もなかったように過ごしていたことを思い出す。


 あれはゲームの仕様だから当然と思って気に求めていなかったのだが、もしかするとこれもパラノイアによる仕業なのかもしれない。


 そんなこんなで寮に帰り、明日の身支度をとウィンドウを開こうとした時だった。俺は、ある大事なことに思い至ったのである。


(まさか、お金も制服も何もかもをアイテムストレージにしまっていたことが、こんなところで裏目に出るとはね……)


 購買部のおばさんが荷物を持って出てきてくれるのを待つ傍ら、そんな回想をして苦笑いを浮かべる。


「まったく、どうしたら制服から教科書まで全部失くすのかねぇ?」

「あはは……」


 半分位イヤミの混じった言葉をつぶやきながら、二つの大きな麻袋を押し付けてくるのに、なんと返せばいいか分からず、乾いた笑いだけがれる。


 はぁ。あんな死にそうな目にあいながらも被害を最小限に抑えた英雄だというのに、事実からすべて無かったことにされるのは非常に腹立たしい。


 かと言ってこの購買部のおばさんが悪いわけでもないので、その怒りの矛先をどうすればいいか迷い、最終的に自分の内側に押し隠してしまう。


(もし次にあいつに会うことがあったら、絶対殴り飛ばしてやる)


 俺はアリスから借りたお金で支払いを済ませると、階段を下りて急いで自分の部屋に戻り身支度を整えるのだった。


 48


「それじゃあ、街の平和を祝して──かんぱーい!!」

「「かんぱーーい!!」」


 その日の夜。

 俺たちは街の危機を救った自分たちへのせめてものささやかなねぎらいを図るべく、祝勝会を開いていた。


 ちなみに今日のラインナップは、クレープとその余りの材料で作ったミルクレープやパフェ。


 即興で考えて作ったキャラクターのクッキー、スコーン数種類にスモア──チョコは載っていない代わりにナッツ類やいちごなどの果物がトッピングされている──などである。


 こんな夜中にこれだけ食べては太ってしまいそうだが、それについては心配いらない。


 なぜなら俺たちは冒険者学校に通う学生である。

 食べた所でどうせ同じくらい体を動かすのだから、太ることはまずないのである。


 ……まぁ、魔道具頼りのロゼッタは、俺たちに比べて太りやすいかもしれないけれど、それでも授業で走り込みなんかをやらされるし、まぁ、たぶん、きっと問題ないはずだ。


「それにしても、誰も今回のこと覚えてへんの不思議やわぁ。なんかちょっと損した気分なんやけど」


 ジュースを一口含んでスモアもどきに手を伸ばしながら、ロゼッタは愚痴を呟いた。


「まあでもいいじゃない。被害は最小限に抑えられたし、それに私たちは誰かに褒めてもらいたくて今回の事件を解決したわけじゃないんだもの。街に平和が戻った。それだけで十分じゃない」

「アリスは達観してんなぁ。まぁ、その通りやねんけど」


 ぶぅ、と唇を尖らせながら、納得いかないとスモアもどきを口に放り込む。


 頭では理解していても、感情が追いついていないのだろう。


「あ、これうまい」

「でも、それを言うなら俺だって文句あるぞ。これだけ頑張ったのに、っていうのとはちょっと違うけど、アイテムストレージの中身ごと全部あのクソ仮面野郎に持って行かれたからな……」


 俺は勉強机の方にまだ山積みになったままの教科書を見やりながら、憎々しげに言う。


 クソ仮面野郎というのはもちろんクソ仮面野郎のことである。


「たしかに、それはご愁傷様ね」

「あ!? アリスなんかマーリンには甘ない!? うちのは全否定したくせに!」


 実質追いはぎに近い行為を受けた俺に同情するように苦笑いを浮かべるアリスに、しかしそこに何を感じたのか、ロゼッタが更に不満を募らせてわめきたて始めた。


「そ、そんなつもりはないわよ!? 周りからの評価がなくて不満だっていうあなたの気持ちもわからないではないわ。でもマーリンの不満とは──」

「わかっとるわそんくらい! でもなんか……でもなんか、こう、なんて言やあええんかようわからんけど……うわぁぁあああモヤモヤするぅぅううう!!」


 何が彼女をそうさせるのか、俺にはよくわからなかったが、なんとなく、彼女の言いたいことがぼんやりと伝わった。


 要するに、ロゼッタはさみしいのだ。


 彼女はこんなふうに天真爛漫に振舞っているが、実はあのラミアクイーン戦以後、ロゼッタとのものよりも若干強固になってしまった親愛度パラメータの差異に勘でなんとなく気づき、もしかするとこのままでは二人に置いていかれるのではないかと不安になっているのである。


 俺も経験があるからよくわかる。例えるなら、そう。ゴールデンウィーク明けに学校に行ってみたら、俺以外の友達がなんか以前よりちょっと親密になっている。あの感じである。


 ちなみに今回のこのギャップが生まれた原因も、俺はなんとなく察してはいる。


 例の魅了の効果だ。あの毒ガスを受けたあたりからの記憶がアリスには残っているのだろう。その影響で若干、親愛度にバグのようなものが発生している……可能性があった。


 ていうか、もはやそれしか考えられないんだよなあ。


 俺はそんな溝を埋めるべく、うがー、と呻いているロゼッタを正面から抱き寄せた。


「大丈夫、言いたいことはわかるよ。誰もどこにもいかないし置いていったりしないから、安心してくれ」

「うぅん……? うん……」


 どうやら自分でもわかっていないことだったので俺の言葉の意味もあんまりよくわかっていないようで、とりあえず面倒くさい感じになる前に頷いておくとか、なんかそういう感じの返事が鼓膜を震わせた。


 ──と、そんなかんじで俺たちは、それから月がてっぺんを超えるまで下らない話をしながら飲んで食べて騒いだ。


 途中、寮長がうるさいと苦情を言いに来そうな気配がして、慌てて寝たふりをしたりしたけど、疲れていたせいもあったのか、寝たふりが本当の睡眠に変わったことに、起きるまで気づかなかった。


 こうして、一連の事件は緩やかに幕を下ろしたのである。


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