43〜45
43
翌日、俺たちは早速職員寮周辺で聞き込み調査を行うことにした。
一昨日の夜から昨晩まで、何か不審な人影とか騒音が聞こえなかったかを、周辺に住む住民や店、それだけではなく冒険者ギルドや騎士団の詰所まで出向いて情報を集めた。
結果、得られた情報はと言えば、『騒音なんてしなかったし、不審な人影も見なかった』とのことばかり。
捜査は足で稼ぐものだと刑事もののドラマではよく見かけるが、どうやら実際はそう簡単なものではないらしい。
「ここまで手がかりが無いのは異常だわ。きっと何かあるはずなのに──」
人差し指の関節を噛みながら、アリスが悔しげにつぶやく。
そうだ。ここまで徹底して目撃証言が無いというのは流石におかしい。昨日見たフォルルテ先生の部屋は確かに荒らされていた。あの暴れ具合なら、相当の音がしていてもおかしくはないはず。
しかし……いや、そういえばもう一つおかしな点があった。
あそこは職員寮だ。もしあの部屋で暴れたのであれば、寮の近くの住民よりもまず、近くの部屋に住む住人が気づかないはずがない。そしてもし気が付いていたのであればその日のうちに通報されていたはずで、もしそうなら俺たちがあの部屋に足を踏み入れた段階で騎士団による捜査の痕跡が無ければ辻褄が合わない。
なら、そのとき近くに誰もいなかったのだとすれば? いや、そもそもフォルルテ先生が体調不良で休む連絡があったのは確かなのだから、少なくとも昨日の朝までは確実に部屋にいたはずで──。
「あぁあぁあぁあ! もうっ、こんがらがって何が何やかよぅ分からんようなってきたわ……!」
頭をガシガシ掻き毟りながら、盛大なため息とともにロゼッタが愚痴るのに、俺も共感して苦い笑みを浮かべる。
まさにピースが足りないパズルをさせられている気分だ。足りないというか、必要なものをごみとして捨ててしまって、結果詰んでしまったかのような。
そんな風に話し合いながら冒険者学校の近くを歩いていたその時だった。学校の方からこちらの方へ向かって歩いてくる二人の人影があった。
片方は全身を緑色の装備で身を包んだ魔法使い。もう片方は、背中に大剣を背負った金髪の長身の女性。
カールさんとサーシャさんだった。
「あれ、マーリンちゃん! 今日学校──ってわけでもなさそうだけど、どうしたのこんなところで?」
真っ先に駆け寄ってきたのは、重剣士のサーシャだった。
ちょうどいい、二人にも事件の捜査に協力してもらおう。
「お久しぶりです、サーシャさん。実は、かくかくしかじかという状況でして」
しかし、それを聞いて出てきた返答は、俺たちの予想を裏切るものだった。
「ん? それはおかしいな。フォルルテ先生ならさっきラミアクイーンってモンスターの捕獲依頼完了の件で、事務室で会ったんだが」
「「「!?」」」
驚きの表情を浮かべて、三人顔を突き合わせる。
今の彼の状態は、おそらくパラノイアに洗脳させられている状態にある。
二人の様子から察するに、まだ理性が残っている状態であるらしいことは窺えたが、いつまた発狂するとも限らない。
二人に礼を言うと、俺たちは急いで事務室へと駆け出して行った。
「お、おう! 何かよくわかんねぇけど、気をつけろよ!」
44
事務室につくと、そこにはもう既にフォルルテ先生の姿は無かった。残っていた数人の事務委員さんに話を聞けば、受け取ったラミアクイーンのカードを持って第三アリーナ倉庫の方へと向かったらしいことが判明した。
今から急げばたぶんまだ追いつけるはずだ。彼があのカードを使うか何かする前に捕縛しなければ!
俺たちは急いで第三アリーナ倉庫の方へと駆け出した。
「はぁはぁはぁ……。や、やっとついた……」
第三アリーナは、一言で表すなら四角いコロッセオである。普段は剣術や魔術、その他もろもろ体を動かす授業などで利用される施設だが、今はどこか不穏な空気が渦巻いているように見えた。
俺は息を整え、流れた汗を手の甲で拭う。
秋の涼しさか、はたまたこの先に出会うだろう何かの予感からか、背筋を寒気が一撫でした。
「……行くわよ」
アリーナの、昼間のくせに黒く陰る入口に立ち、アリスが先導して足を踏み入れた。
倉庫まで向かう廊下は、いつもより少し長く感じる。
足取りが重い。心臓の鼓動が耳元で聞こえるようだ。
何かの状態異常を疑うが、しかし視界に映るHPバーの横にはそれを示すアイコンが表示されていない。
やがて三人は倉庫の前にたどり着く。この中に、パラノイアに操られているフォルルテ先生がいるはずだ。
「いいかしら。見つけたら即拘束するわよ。そしてパラノイアの居場所を聞き出す」
小声で、確認するように俺たちの目を見る。少々乱暴な作戦だが、相手は正気じゃない。初めて会った時の事もある、相手に意識と記憶があるうちに聞き出さなければ。
アリスが倉庫のドアノブを握り、力を込めた──その時だった。
「PALLLLLLLLLLL!!!!!!」
アリーナのグラウンドの方から、鋭い雄叫びが聞こえてきたのは。
「今のって!?」
聞き覚えのある鳴き声に、俺は顔を向けた。
直後、ドガン! という衝撃音に続いて、激しい揺れがアリーナ全域を襲った。
三人が顔を見合わせる。どうやら意見は同じ様だ。
俺たちはうんと頷くと、震源地へと急いだ。
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廊下を抜けると、そこには上半身が髪の長い裸の女性、下半身が蛇の姿をした巨大なモンスターを従えた、赤いローブと白いペストマスクを身に着けた怪人の姿があった。
なぜ怪人と呼んだのか? 簡単な理由である。ぼろぼろに破けたローブの裾から見える彼の足が人間のそれではなく、どちらかと言えば鳥類を彷彿とさせるような、黒々として太く、そして皺々な四本指だったからだ。
間違いない。魔人パラノイアだ。
「おや、思ったより早かったですね。こちらから尋ねに行く時間が省けたのは何よりと言いたいところですが……ふむ、三人でいらっしゃるとは想定外です」
パラノイアはマスクのくちばしを、これまた鳥の足のような形をした手で撫でさすりながらぽつぽつとつぶやいた。
「あ、フォルルテ先生!」
不意に聞こえたロゼッタの声に彼女の視線の先を追いかけると、そこには瓦礫の下でぐったりと横たわっているフォルルテ先生の姿が目に入った。
どうやらさっきの音は、彼が吹き飛ばされた時の衝撃音だったようだ。
「よかった、まだ先生生きとる……!」
駆け寄っていった彼女の声を聞いて安堵する。
であればまず初めにやるべきことは──。
「どういうつもりかしら?」
口を開いたのは、アリスの方だった。
「はて、どういうつもりとは、いったい何のことでしょう?」
「とぼけないで。もちろんあなたの目的を聞いているのよ。あれだけの犠牲者を出しておいて、特に理由はありません、なんてわけないでしょう?」
腰の剣を抜き、切っ先をパラノイアに向けて牽制する。すると、彼は何か納得したとでもいうようにあぁ、と頷いた。
「あれはただの実験ですよ。こちらの世界でできることを、いろいろ試していただけです。例えば、ほら」
言って、パラノイアが掌をフォルルテ先生、否。ロゼッタに向けた。
「ロゼッタ逃げて!」
瞬間、彼の手から黒いモヤの様なものが噴出して彼女に襲い掛かった。
「うおおわぁ!?」
彼女への指示と同時に、俺は《ウォール》の魔法を使う。しかしモヤは魔法の壁をすり抜けてロゼッタの前に迫った──が、それが彼女に届くことは無かった。
なぜならその寸前、高速で接近したアリスの剣が、パラノイアの腕を跳ね上げたからだった。
「私の仲間に手を出さないでくれるかしら?」
「──ッ!?」
およそ、肉を切ったとは思えない衝撃音が鼓膜に届いた。ここからでは見えなかったが、おそらく彼の目は驚きに見開かれているに違いなかった。
ドタタ、と、限りなく粘性の高い血液がグラウンドに落ちて黒いモヤを水蒸気のように上げる。地面が溶けているのか、はたまた血が蒸発しているのかは不明だったが、奴の血に触れるのは危険かもしれない。
「アリス!」
「えぇわかってるわ」
一度バックステップで身を引いて、再び牽制の為に切っ先を向けた。パラノイアの傷は、すでに癒えていた。
「実演は不要でしたかな」
芝居がかった様子でローブの裾で斬られた腕を拭いながら、不満そうに口を開く。
「いらないわね。まさか、それだけが目的のはずないでしょう? その力を使て、いったい何を企んでいるというのかしら?」
その瞬間、パラノイアの纏う雰囲気ががらりと変容した。
なんというか、それまで纏っていたマッドサイエンティストの様なおどろおどろしい感じではなく、もっとこう、自分の作品を母親に自慢したい子供の様な無邪気さへと変わったのである。
「……おや。ワタシの実験目標に興味がおありで?」
「えぇ、是非聞いてみたいわね」
彼の目的がようやく聞ける。俺たちはごくりとつばを飲み込んで、彼の言葉を待った。
「それはそれは、なんと稀有な。いいでしょう、知識欲とは我々知的生命体に与えられた生きる使命です。貪欲な探究者には、ワタシの崇高なる野望をお教えしましょう」
──が、飛び出してきた言葉は、全く素っ頓狂にもほどがあるようなものだった。
「神は、ワタシの権能で操ることができるのか──。それが、ワタシが自らに与えた研究テーマです」
その言葉に唖然とした表情を浮かべたのは、おそらく俺だけではなかっただろう。
そのあまりにも常識的に非現実的と言わざるを得ないその目的に、三人とも、どう反応するべきかわからないでいた。
しかしその非現実的とも思えた彼の目的も、次の彼の言葉で不可能ではない可能性に思い至る。
「そしてそのためにはいずれ……あなたが持つ、その『ノタリコンの魔導書』が必要なのです」
言って、彼は虚空を二度タップするように指をつついた。
(あの動作は、まさか……!?)
次の瞬間、彼の目の前に現れたのは、VRMMOプレイヤーならだれでもわかる四角い半透明の板──メニューウィンドウだった。
「ワタシのこれは、ページの破片から構築した偽典なのですが……あなたのその原典さえあれば、研究もさらにはかどり、神──ギガント=クロノスの御許までたどり着けるはずなのです」
なるほど、と納得する。
神、というのが、この世界のモデルとなっている《ノタコン》の開発社であるギガント=クロノス社を指しているなら、こいつが真に欲しているのは、本来はメニューウィンドウからできたはずであるGMコールという機能だ。
GM、つまりゲームの運営をしている管理者とつながることさえできれば、そのパスを通って精神を汚染し自分の配下に加えることができるのではないかと、おそらくそういうことなのだろう。
もとのゲームの世界ならば不可能と断言するところだが、ここはもう既に一個の異世界として形成されてしまっている。はたして可能なのかどうかはわからないが、自分にその可能性があるならと、こいつは興味本位でそれを試そうとしているわけだ。
逆に考えれば、これは俺もそのページとやらをかき集めれば、もとの世界に帰れる可能性があるというわけだが──。
「こうして巡り会えたのも何かの縁です。……どうです、ワタシのページ集めに協力していただけませんか? もし協力していただけるのでしたら、そうですね。世界の半分をあなたに、なんてお願いでも、何でも聞いて差し上げ──」
「──《ウォーターボール》」
やや食い気味に放たれた魔法が、彼の仮面の横を掠めた。
「……何のつもりです?」
パラノイアの少し怒ったような言葉に、警戒するようにラミアクイーンが蛇のように舌をちらつかせて体重を前に傾けた。
「見ての通りだよ。俺はお前に協力する気なんて一ミリもないし、これまでのお前の行動を鑑みれば、妥当な判断だと思うけど?」
そんな俺の言葉を聞いて、さぞがっかりといった風にため息を吐く。
「残念ですねぇ。もし協力してくださるのなっらば、決して痛い目には会わせないつもりだったのですが──ラミアクイーン」
パラノイアがモンスターに声をかける。するとその後ろに控えていた、黒いモヤを纏わせられているショッキングピンクの蛇の怪物が、彼の意図を察したように前に出た。
とぐろを巻いた状態とは言え、三階建ての建物ほどもある巨体が、こちらを見下ろしている。
どうやら自分は前に出ずに、フォルルテ先生から奪い取ったのだろうモンスターに相手をさせるつもりらしい。
俺たちは陣形を整えて武器を構えると、ジッと敵の動きを窺った。
そして──。
「その生意気な小娘どもを叩き潰してやりなさい!」
「PALLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!」
次の瞬間、舌を巻く様な鋭い雄叫びをあげて、ラミアクイーンが襲いかかってきた。
「散開!」
管制の指示により素早くその場から離れる。
直後、凄まじい破壊音が響いて、土煙がアリーナ中に広がった。
なんて重量だ。ゲーム時代に一度だけ戦ったことがあるけど、当時より断然動きが素早くなっている。
やはりあのモヤはゲームの時同様、戦闘能力を底上げさせる効果があるらしい。
とはいえ、本来の討伐推奨レベルは六十。現在十を少し上回った程度の俺たちではどちらにせよ火力不足だ。
討伐できる可能性があるとすれば、アリスの攻撃力の高さくらいだが、ラミアクイーンは腐ってもフィールドボス。通常の攻撃だけで何とかなるような相手ではない。
でも、それはただ時間がかかるというだけに過ぎない……!
「アリス、ロゼッタ! 作戦はヒュージ・グリーンスライムの時と一緒で行くぞ!」
「「了解!」」
回避しながら、二人に作戦を通達しながら、パーティ全体に付与術スキルの《ヘイスト》を掛ける。
このアーツは一定時間、対象のスタミナを底上げし、さらに攻撃速度、移動速度、反応速度を五割増加させる。
こうすれば今のレベルでは厳しい相手でも、時間さえかければ何とか倒せるはず……!
ラミアクイーンのショッキングピンクの瞳が、逃げた俺たちを追いかけ、そのメドゥーサのようにうねる髪の毛を自在に操ってこちらへと攻撃してくる。
後ろから背中へと迫るそれは想定よりもはるかに速く、散り散りに逃げた俺たちの足元を砕いた。
「ぐッ……!?」
何とか受け身を取ってダメージの軽減に成功する。視界に映るHPバーの変動は軽微で済んだが、もろに食らえばきっと骨折は免れないだろう。
──ズドン!
不意に、こちらに注視していたラミアクイーンの頭部に火柱が上がる。見てみれば、どうやらロゼッタが魔道具で《ファイアボール》を放って牽制しているようだった。
ズドン、ズドン、ズドン、と立て続けに上がる火柱を鬱陶しげに払いながら、攻撃をやめさせるべく彼女の方へと突進していく。
結果、ロゼッタの居た方とは対称の位置に居たアリスに背中を向ける形が出来上がった。
「アリス、今や!」
「わかってるわ!」
バックアタックボーナスを狙って走り出すアリス。
大きく跳び上がり、その邪魔な尻尾を切り落とさんと剣を振るう──が、軽い横なぎの尻尾攻撃によって弾き返され──
「せやぁあ!」
──るかに思えたが、なんと彼女は空中で重い尻尾の一撃を、体ごと回転させることで受け流し、それと同時にその硬い鱗を切り裂いたのである。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?」
攻撃の直後に発生するクリティカルヒットと、背後からの攻撃によって得られるバックアタックボーナスによる二重の大ダメージ判定である。
ラミアクイーンはその一撃で間違いなくアリスを危険認定したはずだろう。
無視できない痛みに雄叫びを挙げながら、白くしなやかな手が、空中で身動きが取れないアリスへと襲い掛かる。
しかしそこで俺たちの攻撃は終わりではない。
──ズドドドン!
ラミアクイーンの後頭部に火柱が起こり、同時にその顔面を横から殴るように水の爆弾が破裂する。
ロゼッタの《ファイアボール》と、俺の《ウォーターボール》だ。
ただし、俺の《ウォーターボール》はただの《ウォーターボール》ではない。入試の時に初めて実践して使えることが判明した、《ミニ・エクスプロージョン》の水属性バージョンである。
魔力消費は通常の《ウォーターボール》の倍になるが、まだMPには若干の余裕がある。
まだまだ問題はないはずである。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?」
アリスの攻撃同様、二重の大ダメージ判定に、攻撃を空振りさせて体勢を崩すラミアクイーン。
転倒したのだ。
今なら確実に攻撃が当たるはず!
俺は魔力回復用のポーションを一気に飲み干してMPを全快させると、二人に対して指示を出した。
「今だ、畳み掛けるぞ!」
「「了解!」」
俺の呼びかけと同時に、ロゼッタは後頭部へと魔道具による《ファイアボール》を集中的に叩き込み、アリスは剣を脇に構えながら走り抜け、とぐろを巻く尾を足場に胴体へ向けて横薙ぎの一閃を深々と刻み込んだ。
俺も片手に魔力回復用のポーションを用意しながら、水属性の《ミニ・エクスプロージョン》をできるだけ大量に打ち込んでダメージを稼いでいく。
しかしラミアクイーンの方もやられっぱなしという訳ではない。タンブルによる硬直時間が終わった瞬間、奴はグッととぐろを巻く体を収縮させると、ダンッ、と勢いよく上空に退避して、地上に向けて前転しながら尻尾を振り下ろしてきたのだ。
これはゲームでも見たことがある攻撃パターンだ。タンブル中に一定以上のダメージが入ると、空中から尻尾を地面に振り下ろしてフィールド全体に地鳴りを起こすのである。
これを食らうと次はこっちがタンブルさせられて無防備の状態になり、続く尻尾による横薙ぎの一撃で大ダメージを与えられてしまうのである。
「させない!」
俺は振り下ろされる尻尾に向けて《ミニ・エクスプロージョン》を連発。衝撃を吸収して、ただの地響きにまで威力を緩和させた。
「全員散開!」
俺の指示で二人がラミアクイーンから離れると、間一髪、先ほどまで俺たちがいた場所を鞭のようにしなる尻尾が通り過ぎて行った。
「うっひゃぁ、こいつ超硬いなぁ。あとどんだけ攻撃したら倒せるんや?」
「少なくとも、今の攻撃を何回繰り返しても俺のポーションが底をつくのが先だろうな」
ストレージにちらりと視線をやると、残りの本数は三本。一本で回復できるMPが四百だから、千二百。残りのMPが六百だから、合計で千八百。《ミニ・エクスプロージョン》九回分しか残されていない。
「それはまずいわね……ッ!」
ラミアクイーンのメドゥーサのような髪の毛が襲い掛かるのを剣で弾きながらアリスが苦い顔をする。
よく観察してみれば、幾度と打ち合った彼女の剣は、もう様々な場所にひびが入っていた。彼女の剣が折れるのも時間の問題に違いない。
「ロゼッタ、何かこの状況を打開できそうな魔道具って持ってないかッ!?」
襲い掛かる爪の攻撃をバックステップで回避しながら、その指に斬り付けるが、皮膚が硬く、薄皮に小さな傷を入れるだけで精いっぱいである。
それにいくら《ヘイスト》でスタミナを底上げしていても、もともとの量が少ないのだ。そろそろ俺も剣を振るのがきつくなってきている。
「まだ調整終わってへんけど……しゃあない! アリス、ちょっとだけそいつ惹きつけといて!」
ロゼッタは一瞬だけ考えるも、この状況ならば仕方ないと踏んだのだろう。魔道具での攻撃を一旦切り上げると、ラミアクイーンの攻撃を回避しながら俺の方まで駆け寄っていく。
「いいわよ! でも早くしなさい、剣がもたないわ!」
言って、声を張り上げながらラミアクイーンの方へと突っ込んでいく。
「それで、その魔道具って?」
息を切らせて到着したロゼッタに《ヘイスト》をかけなおしながら、怪訝な顔でせっつくように口を開く。
と言うのも、見た感じそれらしい物を携帯しているようには見えなかったからである。
「っあぁ、それな」
一瞬深く息を吸い込んで呼吸を整えると、彼女はおもむろにスカートの中に両手を突っ込み、二種類の武器を引っ張り出してきた。
そのスカートのどこにそんなスペースが、と一瞬目を見開くが、チラリとふとももに黒いカードケースが括りつけられているのが見えて理解する。
この二つの武器も、どうやらカードの中に仕舞いこんでいたらしい。
「こっちはアリスの武器。魔剣『ラ・ピュセル』で、こっちがマーリンの魔杖『スターゲイザー』や」
何かの蔓植物をモチーフにした、アールヌーボー調の彫刻が施された長剣と、自分の身長ほどもある長さで、頭に斧の刃を上向きに取り付けた様な杖である。
手渡された武器はどちらも見た目に反してかなり軽く、『スターゲイザー』の方に関しては重さを感じないレベルだった。
「剣の方は魔法斬ったらその分の魔力を吸収蓄積して、銘を唱えたらその分の魔力を斬撃に乗せて威力を強化したり、魔力の刃飛ばして攻撃できる仕様や。
杖の方はMP換算で千くらい蓄えられる自動魔力回復機能付きで、浮遊機能持たせて重さは感じひんようにしてる。でも調整まだ終わっとらんから、あんま無茶な使い方せんといてな」
早口で伝えられる説明を記憶しながら、俺はなるほどと理解する。
性能自体はそこまでチートと言う感じでもない。この程度の物なら季節のイベントや定期的に行われる他作品とのコラボイベントでゲットできる限定品であればありふれた性能だからだ。
とはいえ、今のこの状況で自動で魔力を回復してくれる機能を持つ武器が手に入るのは大きい。使い方によっては、俺の魔力容量がほぼ無限になるようなものだからだ。
俺はロゼッタに次の指示とお礼を告げると、アリスを援護するべく、試しにラミアクイーンの頭に向けて魔法を放ってみた。
「《ウォーター・エクスプロージョン》!」
さっきまで放っていた《ミニ・エクスプロージョン》ではない。さらに二倍の魔力を費やして水球の質量を上げ、風属性の魔力を併用することでさらにその周囲の大気までまとめて圧縮し、一気に解放する!
──パァン!
突如側頭部を襲った爆発によってバランスを崩し、アリスに向かって放たれようとしていた横薙ぎの尻尾攻撃がキャンセルされ、短いスタン状態になる。
頭部に強いダメージが入ると、一定の確率で気絶するのだが、どうやらうまくいったらしい。
「アリス!」
それが武器を受け取り終わった合図だと察したのだろう。
アリスがこちらに振り返ったことを確認して、俺は『ラ・ピュセル』を投げ渡した。
「待ってたわよ!」
パシ、と受け取るなり、持っていた剣を投げ捨てて、その蔓草の彫刻が施された鞘を引き抜いた。
光に白く反射するブレード。身幅はやや広めに作られており、その中心に伸びる樋には、何やら文字が刻まれているようだった。
「銘は『ラ・ピュセル』だってさ──」
魔剣の性能を伝えながら、隣に立って杖を構える。
「へぇ、それは良いわね。早速試してみたいのだけれど、何かくれないかしら」
「いいよ、俺もそのつもりだった」
杖を剣身に重ね合わせて、一気に五百ほど魔力を送る。送ったそばから大気中の魔力が杖にどくどくと流れ込んでくるのを感じて、なるほど、これが自動魔力回復かと納得する。
(秒間三百くらいの回復速度かな。思ったより結構速いな)
「手順は大体最初と一緒だ。俺が魔法で動きを止めるから、その間にアリスが突っ込んで」
剣から杖を離して、次の指示をアリスに出す。
「わかったわ。ロゼッタは?」
「さっきと一緒。フォルルテ先生を護る位置で援護射撃。俺たちはなるべくラミアクイーンがロゼッタの方に向かわないように注意を惹きつけながら戦う」
「了解」
俺は彼女の返事を聞くと、後方にいるロゼッタに向かってサインを送り、第二ラウンド開始の一撃を突進してくるラミアクイーンへと放った。
「《ウォーター・エクスプロージョン》!」
再び破裂音。スタンが解除された直後は一分間はスタン状態やタンブルにならない。しばらくは回避しながらのごり押しになるだろう。
「せやぁあ!」
「PALLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!」
二発、三発と放たれる魔法をものともせずに突っ込んでくるラミアクイーンに、アリスが脇に剣を構えながら突進していく。
「試させてもらうわよ、ロゼッタ! ──《ラ・ピュセル》!」
伸びる白い腕。アリスはくるりと受け流すように身をひるがえすと、それを切断するように真下から斬り上げた。
パァン! と、およそ人間の振るった武器から放たれるとは考えられないような衝撃音。その剣に内包された魔力が、彼女の叫んだ合言葉によって解放され、強力な光の飛ぶ斬撃となってラミアクイーンの半身ごと跳ね上げたのである。
「五百じゃ切断まではいかなかったか」
とはいえ、えぐるほどの深手を与えるだけの威力はあったようだ。今度はあそこに攻撃を集中させれば部位破壊できるはず!
俺は杖を向けて照準すると、《ウォーター・エクスプロージョン》の魔法に使った圧縮方法を工夫し、極薄の水刃として射出するように変更する。
名づけるなら、そうだな。《ウォーター・エクスプロージョン・カッター》……じゃあダサい上に長い。もう少しコンパクトにまとめて──
「《ヴェレネイル・リーパー》!」
唱えた瞬間、半分ほどまでえぐれる様に入っていた切り傷が、パシッ、という鋭い破裂音と同時に切断される。
水の刃を飛ばすのではなく、最初から狙いをつけた座標に魔法を発動させて攻撃する。圧縮された状態から完全に解放された後は、すぐに威力が低下してしまう。であれば、速度が最大に到達する位置で魔法を発動させれば、非常に回避しにくい攻撃になるはずである。
まぁ、その分狙いをつけるのが非常に難しくはなるが……今回は的が大きいので、その心配もなかった。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?」
片腕を切断されて悲鳴を上げるラミアクイーン。
いいぞ、この調子なら勝てる!
味を占めた俺は、《ヴェレネイル・リーパー》を連発してラミアクイーンのHPを削っていった。
弾ける血しぶき、響く鳴き声。しかしこのモンスターは腐ってもボスモンスターだ。こんな状態をいつまでも許すほどやさしいはずもなく、すぐに攻撃パターンを理解し、反撃に移った。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!」
再びとぐろを巻き始めるラミアクイーン。体をギュッと圧縮させるような動きを見せる。
「アリス離れて!」
接近しようとしていた彼女を呼び止めて、大きく後退する。するとそれとほとんど同時に、小さく圧縮したゼンマイが急に開くように、今までのそれよりも早い尻尾の横薙ぎの一撃が襲った。
「クッ、アリス! ラミアクイーンの行動パターンが変わるぞ! 状態異常攻撃のスモークブレスに注意しろ! 食らったらランダムで状態異常にされる! とにかく奴の背面に回るんだ! ロゼッタは俺たちが隙を作るから、その間にフォルルテ先生をアリーナの外に! あと応援の先生たちも呼んできてくれ!」
「「了解!!」」
二人の返事を聞いて、俺は杖を構えなおす。
こんな風に行動パターンが変わるのは、HPが残り半分を切った時だったはず。
これでようやく半分。結構しぶとい奴だ。
そもそも、推奨されている攻略パーティの平均レベルは六十と高い上に、レベルが六十あったからといって確実に勝てる相手でもないのだから、俺たちの様なレベル十代のパーティが相手にする様なモンスターではないから時間がかかるのは仕方ない。とはいえ、戦闘が長引けば俺の体力も直ぐに底をつくだろう。
俺はもう何度目になるかわからない《ヘイスト》をパーティ全体に掛けながら呼吸を整え、《ヴェレネイル・リーパー》を再度連発しながらヘイトを稼いで敵の気を惹く。
(こんなちまちました攻撃じゃダメだ、もっと火力の高い魔法を──!)
回り込むようにして打ち続けていた魔法を一度切り上げて、少し離れた位置で術式を練り直す。
高密度に集めていくのは、水属性と風属性の魔力。
今度は貫通力重視だ。渦を巻いて圧縮される水の槍を、風の刃を纏わせることで短時間の継続ダメージを食らわせる──!
「《ウォーターランス》!」
──バシュン!
鋭く渦を巻く水の突撃槍が、ラミアクイーンの顔面へ向けて射出される。
しかし、さっきよりも奮発して少し多めに魔力を使ったせいか、流石に不味いと悟ったのだろう。
ラミアクイーンは咄嗟に首を横に傾げる様にして、その魔法を回避した──が。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?」
驚いた様な悲鳴が周囲にこだました。
避けたはずの魔法によるダメージによって、片耳が弾け飛んだからだ。
──ガガガガガガ! と削られ、侵食される傷に痛みを感じ、思わず耳を押さえようと片手を持ち上げるラミアクイーン。
動揺で動きが一瞬止まった。
「今だ、もう一回畳み掛けるぞ!」
「えぇ!」
さっきの《ウオーターランス》に使う魔力量を削減して、弾数と連射速度に重点を置いて乱射する。
撃ち漏らした魔法はすべてアリスが『ラ・ピュセル』で吸収していき、随時強力な飛ぶ斬撃としてラミアクイーンの背中を攻撃し続けた。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?」
やられてばかりなわけにもいかず、なんとかメドゥーサのような髪を駆使して防御に専念するが、あまりの手数に間に合っていない。
その証拠に、奴の首には一筋の切り傷が生まれてダラリと血を流し、頭部からも同じく多量の血が流れて片目を赤く染めていた。
狙ってやったわけではなかったものの、片方の視界を奪うことに成功したらしい。
どうやら思った以上にこの乱雑な連射はダメージが大きいようだ。
(この感じなら、もう後はそんなに苦労せずに押し切れるはず……!)
しかし。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!」
ラミアクイーンの咆哮。
同時に、その巨大な人間の胸に、高圧のエネルギーが充填されて、内側から赤く発光し始めているのが見えた。
どうやらここでブレス攻撃を放って、強制的にこの状況を打開するつもりらしい。
「まずい、ブレス攻撃だ!」
ラミアクイーンの背後に回っていて状況が分かっていないだろうアリスに管制を飛ばす。
ブレスの範囲はゲーム時代なら正面だけだったはずだが──。
直後、溜め込まれたエネルギーが一気に膨れ上がって奴の頬袋を膨らませ──振り返って、アリスの方に向けて口を開いた。
(この戦いでアリスに防御する手段がないことに気づいて、攻撃の対象を変えたのか!?)
「《ボール》!」
直前まで指定していた魔法の対象を急いでアリスへと切り替えて詠唱するのとほとんど同じタイミングで、ラミアクイーンの口からタバコの煙を吐き出すが如く、ショッキングピンクのブレスがモクモクと噴出された。
「アリス無事か!?」
『スターゲイザー』の飛行機能を利用して上空から風の魔法で濃霧を散らし、その場でよろよろとよろめきながらなんとか二本の足で踏ん張って立っているアリスに声をかける。
俺が展開していた球状の障壁は既に跡形もなく、それは果たしてブレスに耐えられず破損したのか、それともアリスの剣に触れてかき消されてしまったのかは判別がつかない。
いや、確かこのブレスにはランダムに状態異常を与えるというだけで、特に攻撃力は無かったはずだ。
ブレスに破られるとは考えにくいから、おそらく後者だ。
だとしたらアリスの今の状態は──。
『スターゲイザー』から飛び降りて駆け寄り、彼女の容態を確かめる。
すると、一瞬だけぼぅと光を失っていた瞳が、急に文字通りハートになって、ガバッと、俺のことを押し倒してきたのである。
……俺は、この状態異常に見覚えがあった。
「はぁ……お姉様……////」
「お、お姉様ぁああああ!?!?!?」
驚きのあまり、大きな声をあげる。
(クソッ、よりによってこんな時に魅了って……!)
吐息混じりの熱い視線を向けながら、がっちりとマウントをとって両腕を地面に押さえつけてくるアリス。
このままじゃ戦闘に支障が出るし──っていうかやっぱ腕力強いなこいつ! ビクともしない! あとめっちゃ痛い! 骨折れる!
──魅了。
それは付与術スキルレベル一で取得できる挑発系アーツ、《チャーム》によって付与することができる状態異常だ。
このアーツの厄介なところは、NPCを含む各キャラクターごとに設定されている隠しパラメーター、APP──まぁ要するに魅力値とかいう容姿の美しさのパラメーターのことだ──が高ければ高いほど強力になり、また効果時間も長くなるところだ。
俺のAPPは、自慢だけどこの世界においてはかなり高い部類に位置するわけだから、畢竟、馬鹿力アリスによる拘束時間もかなり長くなる。
そして、そうやって生まれた絶好のチャンスを見逃すほど、敵の方だって甘くはない。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!」
鳴き声とともにスイングされる極太の蛇の尾が、視界の端に映る。
「アリス頼む! 離してくれ! じゃなきゃ二人揃って木っ端微塵になるぞ!?」
思い出すのは、ガラット・カヴィアロード戦での尻尾攻撃。
あの時はレベル一だったからとはいえ、一撃で肋骨が砕ける様なダメージを負ったのである。
それが今回は壁と見間違えるほどの巨大な尾。
当然それだけで済むはずがない!
(腕を掴まれているからストレージも開けないし──畜生、このままじゃ死ぬ!)
──と、その時だった。
突然体がふわりと浮いて、俺たちの下を極太の尻尾が通り過ぎて行ったのは。
「待たせたな! 我らがロゼッタ様の参上や!」
近未来的な、無骨でシンプルなデザインのロボットスーツに身を包んだロゼッタが、ニシシと笑みを浮かべながら、俺たちを抱き上げながらこちらを見下ろしていた。
その姿を見た時に真っ先に感じたことはといえば、なんだその世界観に似合わない装備は、という呆れと、彼女の着ている赤猫のローブに妙にマッチしてカッコいいなという感情が半々に混ざったような、何か名状し難いものだった。
「た、助かったよロゼッタ!」
どういう表情をしていいのか分からずに一瞬脳がバグる中、俺はようやくそう言葉を切り出して『スターゲイザー』に空飛ぶ箒よろしく腰掛けて、力強く抱きついてくるアリスを胸に抱える。
……それにしても、胸が大きい。こうやって密着しているとモロにその柔らかな感触が伝わってくるようでとても気まずい。
意識を胸から逸らすためにラミアクイーンの方へ視線を向ける。
「お姉様、よそ見しないで……!」
しかし、そんな俺を許さないとばかりに強引に頭を引っ掴んでアリスは自分の顔の方へと向け直させた。
ゴキッ、と嫌な音が頸椎からしなかったのは、せめてもの救いだと言いたい。
「アリスやめ……ッ、落ちる、落ちるからぁ……!?」
「何やっとんねん……。ていうかお姉様ってどうゆう事や? 状況さっぱり分からんのやけど……」
アリスの暴走にブンブンと振り回される俺を、呆れた様子で上空から呟くロゼッタ。
この間にもラミアクイーンは攻撃を止めずに、メドゥーサのような髪の毛をミサイルよろしく突っ込んでくるのだから、危ないったらありゃしない。
「実は、アリスがラミアクイーンのブレスで魅了にかかったみたいで……。ある意味毒とか火傷のスリップ食らうよりはましだったかもだけど」
「なんやそれ……」
暴れるアリスを御しながら、なんとか攻撃を回避しつつ経緯を説明すると、さらに呆れた様子でため息をつかれる。
俺だってため息を吐きたい。
こんな状況でなければ楽しい時間だったろうに、今では足手まといでしかないのだから。
「あははははは! お姉様と空のデートね!」
「何がお空のデートだ、こっちは一発食らったらほぼ即死の攻撃避けるので精一杯なんだが!?」
危険な状況だというのに呑気にのたまう彼女に、つい口調が荒れる。
全く、魅了とはやってくれる。
いつの間にかアリーナからいなくなっていたパラノイアに、チッと舌打ちしてアリーナの外に続く出入り口へと視線を向ける。しかしそこにはまだ応援の先生たちの姿はない。
「あれ、ロゼッタ応援は?」
怪訝に思い尋ねてみる。すると彼女は苦い顔を浮かべながら口を開いた。
「ごめん、なんか結界張られてて外出られへんかった」
「なっ!?」
あのクソ仮面野郎……! これ終わったらお前も叩きのめしてやる……!
俺は怒りに奥歯を噛みしめると、とりあえず目下の問題を解決すべくラミアクイーンへと向き直った。
このまま魔法を撃つにしてもアリスに暴れられたらうまく照準できないと感じた俺は、もう胸の感触とか気にしている場合ではないだろう──というかそれこそあのクソ仮面野郎の手のひらで踊らされている感じがして気に食わない──と言い聞かせて、アリスの体を強引に引き寄せて密着させた。
「お姉様……!?」
「ロゼッタ、合わせて!」
「オッケー、了解! うちの新しくなった魔道兵器『カラドボルグ』の威力見せたるわ!」
『スターゲイザー』をラミアクイーンの頭に照準しながらロゼッタに指示を出す。
すると、彼女の装備していた武器がギュイーンという似つかわしくない機械音を上げて変形し、バレルが伸びて上下に分かれた。
見た目は完全に未来の兵器である。
正直言ってめっちゃかっこいい。俺の武器も同じコンセプトでデザインして欲しかったかも。
でも今はそんなことより──。
俺は杖に蓄積された魔力を斧刃の先端に集約させていく。イメージは超高圧の水蒸気ビーム。鉄筋コンクリートすら余裕で貫通するウォーターカッター。触れたものをすべて凍てつかせるほどの極低温で──。
「《フリージング・スピア》!」
「《カラドボルグ》!」
『スターゲイザー』の斧刃の先から放たれる極低温の氷のビームが、ロゼッタの『カラドボルグ』から放たれた紅い魔力の光線に巻き込まれ、そのまま轟音と共にラミアクイーンの脳天を撃ち抜く。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?」
ガツン、と首があらぬ方向へと傾いて衝撃が若干それる。それでも流石にあれだけの衝撃を受ければ首の骨くらい折れるだろう。折れて欲しい。願わくばここで決めてしまいたいものだが──まだ完全にHPを削りきるには威力が足りない。
「ならば畳み掛けるまで!」
先ほどの魔法を放つのとほとんど同じタイミングで用意していた十個あまりの《ウォーターボール》が、待機充填状態でさらに数を増やし、天空を埋め尽くしていた。
『スターゲイザー』の能力の一つ、急速な魔力回復力の応用で、魔力を集めた端から《ウォーターボール》へと置換させていたのである。
「征け、《蒼海の渦銛》!!」
──チュドガガガガガガガガガ!!
その一つ一つが海中から見た渦潮の如く螺旋を描きながら、目標に向けて一斉に細い水の槍を叩きつけていく。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!」
まさに海神の天罰とでも形容できそうな嵐の如き槍の雨。その一つ一つがラミアクイーンを地面へと縫い付け、這いつくばらせている。
「もっと、もっと魔力を──!」
ギュッと杖を固く握り締め、魔力の回復速度をできる限り底上げしつつ魔法の効果を維持し続ける。
《蒼海の渦銛》による全ての攻撃を構成する魔力は、『スターゲイザー』による自動魔力回復によって常に供給され続けるため、俺が止めるまで永遠に終わらない。
実質的に即死攻撃となりうるその水の嵐が、硬い鱗を剥ぎ取り、その下の肉を抉る様に切り裂き続けていく。
しかしラミアクイーンもただかかしのように攻撃を受け続けるばかりではない。
暴れ回り、髪による迎撃や腕による防御を試みている……が、残念ながらその悉くが渦に飲まれ風穴を開けられていく。
動けば動くほど体力を奪われていくそのさまはまさに海難事故の漂流者のごとくである。
抵抗らしい抵抗として機能しているものといえば、無限に伸び続けるショッキングピンクの髪による追尾攻撃くらいか。
──だが。
「くっ……!」
『スターゲイザー』から流れ込み続ける魔力の奔流に、それを魔法へと変換して伝達する肉体の方が先に悲鳴をあげ始めた。
くそ、でも、あともう少し……ッ!
ビリビリと電気の走る様な感触が、『スターゲイザー』を握る手に伝わってくる。
あまりにも反動が強過ぎて、思わず手を離してしまいそうだ。
くじけそうになるのを必死に堪えながら、唇を噛んで眼下を睨む。
鱗の下は確かに抉れている。
人間部分も多く風穴が目立つ。
しかし一定以上、そこから先へとダメージが通らない。
(なんだ、何が──!)
──と、その時だった。
「マーリン、もしかしてあいつ、《自己再生》使ってへんか?」
俺の魔法の上から援護射撃を続けていたロゼッタが、ラミアクイーンの様子を観察しながら呟いた。
《自己再生》。
それは、ある程度レベルの高いモンスターであれば、ほとんど全てが身につけている回復手段。
MPの消費を必要とせず、大気中の魔力を吸収して自身の肉体を超高速で再構成する、モンスター専用のアーツである。
「なるほど、その再生速度が俺の魔法とロゼッタの攻撃によるダメージの合計と拮抗してるってわけね……」
よくよく見れば、確かに穿たれた傷がすぐさま再生していく様子が目に見えてとれた。
まぁ、再生された瞬間にまた風穴が開くのだが──その繰り返しでは、奴のHPを削り切ろうにも無理があるだろう。
カールさんはよくこんなものを相手にできたものだ……。
チッ、と舌打ちして観察から思考へ切り替える。
かといってこれ以上魔法の出力を上げると魔力回復の速度が放出速度を下回って魔法が打ち止めになるし──。
「あ、あの、マーリン……」
弱々しい声が、俺の肩越しに聞こえてきた。
アリスである。
若干声が震えている気がするが、気のせいだろうか?
「な、なんで私たち、こん、こんな……空にぃぃいいいるのかしらぁああああああ!?!?!?」
いや、どうやらそうではなかったらしい。
(あー、高所恐怖症なんだ、アリス……)
魅了されながらもやたら強くしがみつくと思ったら、なるほどなぁ……ってあれ?
「ぅお!? アリスがまともになった思ったらなんか次は震え出したで!? 情緒不安定か!?」
「だっ、誰が震えてなんか……ぅきゃっ!?」
ロゼッタの軽いイジりに歯を剥き出すものの、攻撃の合間を縫って飛来してくる髪による攻撃を避けた反動で、小さく悲鳴を漏らす。
「アリス、正気に戻ってくれたならちょうどいい」
極力揺らさない様注意しながら、下から伸びてくる髪を『スターゲイザー』の斧刃で切り裂き、現状を説明する。
「──というわけで、これを打開するための強力な攻撃手段が必要なんだ」
目をしっかりと合わせながら、アリスに告げる。
察しのいい彼女のことだ、おそらくすぐに俺の言いたいことが分かったのだろう。
顔面を蒼白にしながら、全力で首を左右に振りながらアリスが口を開いた。
「それを私にやれっていうのかしら!? 無理よ、こんな高さから落ちたらいくら私でも死んじゃうわよ!?」
「……大丈夫、ちょっと股間がヒュンってするだけだから」
(女の子もタマヒュンするかは知らないけど)
ニコリ、と恐怖心を和らげさせるべく笑顔を浮かべてそう告げてみるが、どうやら逆効果だった様だ。
まぁ、俺に捕まってもどうせ落ちる──注:降りるではない──んだから、意味ないんだけどな!
「じゃ、ロゼッタ! 引き続き援護頼んだ!」
「了解っ!」
言って、『スターゲイザー』に使っていた魔力による浮遊の効果をキャンセルし、重力に従ってラミアクイーンの脳天へと急落下した。
「ふぅああああああああ!?!?!?!?」
突然のことに脳みそが追いついていかないのか、まるで初めてジェットコースターになった子供の様な──それにしては絶望成分が割高だったが──叫び声をあげる。
「マーリン!! 後で絶対覚えてなさいよ!? 絶対仕返ししてやるからぁああああ!?」
彼女の恨みの籠った声に、一瞬、この役はロゼッタに任せるべきだったかと後悔するが、後の祭り。
どちらにしろしがみついて離れなかったのだから、結局俺がやるしかなかったのだと諦めることにする。
「わかった、恨みは後で聞いてやるから、早く体勢を整えろ! ロゼッタの援護射撃に巻き込まれるぞ!」
直後、迫り来たるショッキングピンクの髪の束に目を瞑る──が、頭上からの紅い魔力の砲撃によって蹴散らされる。
「ひぅっ!?」
耳のすぐそばを通ったそれに、アリスはきゅっと膝を抱えるような体勢をとった。
「それじゃ準備はいいな、アリス。タイミングを合わせるぞ!」
「うぅぅぅぅぇぇええぇわかったわよやればいいんでしょやれば────っ!」
涙目になりながら、若干投げやりな態度ながらも『ラ・ピュセル』を構えるアリスに倣って、俺も『スターゲイザー』を頭上に振りかぶった。
「せーのッ!」
タイミングを確認して、スゥ、と息を吸い込む。
「「──《ラ・ピュセル》!」」
最後の掛け声がかぶり、二人の一撃がほとんど同時にラミアクイーンを胸元から鼠蹊部までを切り裂きながら落下した。
「PALLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?」
断末魔がアリーナに響き渡り、大量の赤い血飛沫が、巨大な稲穂の如く飛び散った。