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40〜42


 40


 その日の晩、俺たちの作戦は早速決行されることになった。


「二人とも、準備はいいか?」


 街灯のないテザリアの街を、満月の明かりが煌々と照らす中。


 俺は物陰に隠れながら、仮装用の黒いローブに身を包みながら二人に確認する。


「ええ、もちろんよ」

「うちも万全やで!」


 小声で答える二人も、やはりハロウィン用の仮装に身を包んでいる──が。


「……」


 ちらり、二人の方へと視線を向ける。それからしばらく、果たして言うべきかどうかを逡巡して、やはり言うべきかと意を決して口を開いた。


「二人とも、その格好は流石に目立ちそうじゃないか?」


 アリスのハロウィン用の仮装は幽女(レイス)だ。

 イメージ的には、夏の肝試しに見るような女の幽霊を想像してくれれば割と近い。


 違いがあるとすれば、頭の上から被った白いベールのせいで、もう少しフリルを増やせばウェディングドレスになってしまいそうな点だろうか。


 そしてロゼッタ。

 彼女は流石にフランケンシュタイン(の怪物)衣装は、パーツが多すぎて動きづらいとでも判断したのだろう。そこは別に良かったのだが、それを配慮したせいか、遠目に見れば普通にゾンビに見えてしまいそうな風貌である。


 さらに、その上からロゼッタ作の無骨で未来的な、例えるならスマホを使ったVRヘッドセットみたいなデザインの『暗視ゴーグル』をつけているのだから、その異様さは倍増もいいところだ。


 草木も眠る丑三つ時。

 テザリアの街を歩く人影は、今となっては夜間警邏の騎士団員のみであるこの状況に、こんないかにも怪しげな三人組がもし見つかってしまえばどうなるのか。

 想像には難くないはずだ。

 まだ俺みたいに黒いローブの方が、闇夜に紛れて安全とすら言える。


「大丈夫よ、どうせ見つからないように動くし」

「それにマーリンもおるしな! なんかあったら魔法でなんとかしてくれるやろ?」


 過剰な自信と信頼に、思わず頬が引き攣る。


「魔法でなんとかって言われてもな……」


 姿を見えなくするアーツは、魔法スキルの中には含まれていない。


 もしかすると《闇属性魔術の心得》を取得すれば可能かもしれないが、残念ながらそれは魔法スキルレベル二で取得できるアーツだし、あるとすれば暗殺スキルの《ハイディング》というアーツくらいのものだ。


 しかし生憎それを取得できるスキルポイントを俺は持ち合わせてはいない。


 使える可能性があるとすれば、先日習ったばかりの手印による魔法のみだが──当然、例の十二個も覚えているはずがなかった。


「あんまり期待するなよ?」


 ため息混じりにそう返す。願わくば、誰にも見つからずに作戦が成功することを祈るばかりであった。


 41


 俺たちは建物の影から影へと飛び移りながら、職員寮を目指した。


 その様はまるで闇夜をコソコソと這い回るコソ泥のようだったが、気にすると負けな気がして──いったい何と勝負しているのかは不明だが──細かいことは気にしないことにした。


 そうやって職員寮の門前までやってきた俺たちは、警備員が見えないことを確かめると、すぐに門を乗り越えて前庭の中へ。


 無論、俺とロゼッタにはそんな運動神経は無いので、《ウォール》の魔法を階段がわりに音もなく侵入したし、アリスの方は四メートルはあろうという塀を、ただのジャンプだけで乗り越えていた。


「さて、第一段階はクリアね」


 月明かりに照らされる職員寮の玄関ポーチを影の中から伺いながら、アリスがにやけ面で呟く。


 ここからの作戦は次の通りだ。


 まず、事務室に侵入して、フォルルテ先生がどの部屋に住んでいるかを調べる。


 そしたら今度はそれに従って先生の部屋へ突撃し、侵入。叩き起こして、パラノイアについての情報を聞き出す。


 あぁ、まるで本当に泥棒か暗殺者になった気分だ。


 彼女の呟きに内心苦笑いを浮かべながら、こくりと頷く。


「次は、玄関の鍵を開けて中に入らなきゃなんだけど……」

「こっちはあかんな。月明かりで外から丸見えや、裏口から侵入する?」

「そうね、その方が安全だわ」


 そんなわけで、塀の影を伝いながら建物の裏に回り、裏口から侵入する。


「じゃ、うちの出番やな!」


 月明かりの届かない暗闇で、ロゼッタがニヤニヤしながらピッキングを始めた。


「ふむふむ、なるほどそんなセキュリティは強くあらへんな。ここがこうでこうなって……よし、開いたで!」

「「はやっ!?」」


 思わず大きな声を出しそうになって、慌てて両手で口を塞ぐ。


 それにしても早すぎる。だって五秒も掛かってないんだぞ。プロの所業にしか思えない。


「まさか、あなた空き巣の経験があるの?」

「んや、魔道具ちゃう鍵くらいやったら、構造さえ分かってれば開けんのなんて簡単やで?」


 まさか、とアリスが疑い深げな視線を向けるが、しかしロゼッタはといえば、これくらいできて当然とばかりにドヤ顔で答えてみせる。


 そんなこんなで俺たちは職員寮へと侵入した。


 あたりを見渡してみれば、どうやらそこは厨房の中らしい。


「あっ」


 と、不意にアリスが声をあげるのを聞いて、俺たちは咄嗟に近くの調理台の影に身を潜める。


 彼女が見回りの警備員に気がついたのかと思ったからだ。

 しかし、後から良く考えてみれば厨房の扉は閉まっていたし、ランタンの光のようなものは視界には映らなかった。


 怪訝な顔をする俺とロゼッタ。その疑問に答えるようにアリスはこちらをゆっくりと振り向き、泣きそうな顔でこう言った。


「夜食……食べてくるのを忘れた……」


 ぐぅ、と静かな厨房に鳴り響く腹の虫の声。

 そんなアリスの言葉に思わず笑い声をあげそうになるロゼッタを、俺は急いで口を手で塞いで堰き止める。


「んぐぅ、ぅん〜〜っ!」

「ロゼッタ、静かに!」


 小声であったが、静かな厨房にはそれなりに音が響く。

 故に──物音に気が付いたのか、こちらへとやってくる足音がコツコツと鳴り響くのが聞こえてくる。


 俺はサッと入ってきた裏口の扉と鍵が閉まっているのを確認すると、三人固まって影に隠れた。


「一か八か──《スニーキング》」


 俺の取得している魔法系アーツの中にはないアーツだった。

 しかし俺はこれまでの経験から、チートに頼らなくても自分の力で魔力を練り込んで発動させた場合は、特にスキルレベルの縛りなどなく魔法が使えることを知っていた。


 故に、俺は一か八か試した。


 イメージは猫。猫の肉球が地面との接触の際にサスペンションとして作用し、音をかき消すイメージ。


 それを、俺たち三人に、《ダブスペ》の応用で同時に付与する。


「ひうっ!?」

「んぉ!?」

「ん……っ!?」


 全身がゾワゾワするような感覚に、思わず三人とも小さくうめき声をあげる。──と、次の瞬間、俺たちの手足が猫の手足のような形へと変形、ついでに猫の獣人族を彷彿とさせるかわいらしい猫耳と尻尾が、頭や腰からニョキニョキと生えてきたのだった。


(俺が猫をイメージしたせいか……?)


 『暗視ゴーグル』ごしのせいで色は良くわからないが、おそらく髪の色と同じ毛色だろうその猫の手の指を顎先に突き立てながら一瞬だけそんなことを考える。


「マーリン!」


 そんな俺の怪訝な表情を見てか、アリスが俺を思考の海から引き上げる。


 そうだ、今はそんなことを考察している場合ではなかった。


 俺はハッと顔を持ち上げると、急いで厨房の出入り口から死角になりそうな位置へと身を寄せた──と、同時に、厨房から廊下に出る扉の開く甲高い音が、三人の猫耳に届いた。


「……おかしいな、物音が聞こえたのだが」


 コツ、コツ、コツ。

 足音が厨房を這い回る。音の鳴る方から警備員の位置を推測しながら、俺たちは調理台をゆっくりと一周していく。

 歩くときの足音は、全て《スニーキング》の魔法が消してくれるので、警備員は俺たちに気づかない様子だ。

 そのまま俺たちは警備員の後ろをこっそり影から追いかけながら、警備員をやり過ごし──


「なんだ、ただの家鳴(やな)りだったか」


 そう結論づけて厨房を出て行こうとする警備員を見送って──


 ──ぐぅ。


「「!」」


 静かな厨房に響き渡る腹の虫の声。


 それはまるで、凪いだ水面に石を投げ込むかのように、湖面に広がる波紋はその場にいた全員を刺激した。


(アリスーッ!?)


 信じられない、という顔をして、彼女を睨むロゼッタ。きっと俺も同じ顔をしていたに違いなかった。


「だっ、だって、これは仕方ないじゃない!」

「ちょっ、待ってアリス、声が大きい──」


 ランタンの灯りが強くなり、厨房全体が明るく照らされる。


 きっと、警備員の目には両腕を胸の前に組んで仁王立ちをするアリスの姿がはっきりと映ったことだろう。


「──やはり誰かいたな! 誰だ貴様は! 何が目的だ!」

「あっ、まずっ」


 羞恥から思わず大きな声で反論したアリスだったが、しかしおかげでどうやら彼女しか警備員にはバレていないようだった。


 しかし、これは好機とも言える。

 俺は調理台の影のおかげで目を焼かれずに済んだ『暗視ゴーグル』を取り外すと、ロゼッタに小声で叫んだ。


「ロゼッタ、ここはアリスに任せて先に進もう! アリス、陽動頼む!」


 彼女のこくりと頷くのを確認して、俺はロゼッタと共に機会を窺い始めた。


「ば、バレてしまっては仕方ないわね! 我が名は怪盗ラビット! 冒険者学校に務めるある教員の研究資料を強奪に来たわ!」

「な、なに!? 研究資料の強奪だと!? それならなぜ研究室じゃなくて職員寮に来たんだ!? あとお前はうさぎじゃ無くて猫だろ!?」

「え、えーっと、それは──そ、そう! 一番大切なものは、必ず自分のベッドの下に隠すと相場が決まってるからよ! あとラビットは単純に間違えただけだから指摘しないでくれるかしら!?」


 ツッコミどころが多過ぎてどこから突っ込めば良いか分からん……!


 ……いや、まぁいい。これでも何とか時間稼ぎはしてくれている。ならば今のうちに──


「《チャーム》」


 俺は調理台の影からこっそり、警備員がアリスに釘付けになるよう、支援魔術スキルレベル一で取得できる《チャーム》というアーツを使った。


 このアーツは、本来使われた相手は術者以外を攻撃しなくなるという、挑発(タウント)系の技なのだが、今回は対象を術者本人ではなくアリスに変更した。


 これも、この世界が現実になったからこそできるようになった行動だと言ってもいいだろう。


 警備員の目が《チャーム》の効果でちゃんと文字通りハートになっているのを確認して、俺たちはそそくさと厨房を離れたのだった。


 アリスよ、君の犠牲はきっと後世まで語り継がれるだろう……!(涙)


 ──が、その直後『キエェエエ!?』という、威嚇した猫の様な奇声、というか悲鳴と、ドガンだとかガシャンだとか、何か重量物がぶつかって崩れる音が聞こえて、思わず足を止めた……ら、厨房からボコボコに殴られて顔中に青あざとかたんこぶができた、見るからに無残な姿へと変貌を遂げた警備員が、ボロ雑巾のように飛んできた。


 十中八九、と言うか確実にアリスの仕業である。


 犠牲になったのは、警備員でした。

 某お茶のCMのパロディが頭の中に再生される。


「ごめんよ、警備員さん」


 俺は哀れな彼に南無、と両手を合わせると、アイテムストレージから、飲んでよし、かけてよしのHP回復用ポーションを取り出して、頭に振りかけてあげたのだった。


 42


 そんなこんなで紆余曲折ありながらも、俺たちはフォルルテ先生の部屋の前に到着した。


「んじゃ、開けんで」


 ガチャ。今度は一秒も待たずに解錠に成功する──が、ロゼッタが少し怪訝な顔をしている事に気がつく。


「鍵……閉まっとらんやん……」

「「!!」」


 その瞬間、三人は嫌な予感を覚えていた。


 俺たちは急いでドアを開けると、玄関で靴の土を落とすのもそこそこに一気に寝室まで駆け込んだ。

 しかし、そこは見ての通りもぬけの殻であった。


「チッ、遅かったか!」


 捲れ上がった布団。

 開け放たれた窓と、風に靡く白いカーテン。

 抵抗したときにかなり暴れたのだろう、部屋には縦横無尽にそこそこ深めの傷が走り、書類が入っていたのだろう本棚は無残な姿になっている。


「誰かに連れ去られたのだとしたらほぼ確実にパラノイアだな。でも動機が分からん……」


 精力の強い魂を好むパラノイア。文献には、魂を汚染して自分の配下にするみたいに書かれていたが……具体的に、配下にして何をもくろんでいるのかさっぱりわからない。


 まさか目的もなく配下を増やして暴れているなんてことはないだろう。もしそのつもりなら、たぶんもう少しこの街は混乱に満ちているはず。


 しかし、先日の男子生徒の件もある。

 最悪の事態を想定するならば、彼が無差別殺人鬼に変容していたとしてもおかしくはないだろう。


 そうなるとかなり危険だ。前回でこそアリスのおかげで何とかなったものの、一般人の場合はきっと被害は甚大なものに発展しかねない。


「まずいことになったわね……」


 アリスの言葉に、俺は頷いた。

 被害の事もそうだが、何より情報源の損失と言うのもなかなかにダメージが大きい。


 それにしても、フォルルテ先生を二度も発狂させる理由は何だ? 何が理由で彼を二度も?


 考え込むように顎先に指を当てて、散らばった書類に何かヒントはないかと目を凝らす。


 それらの大半は授業で使うのであろう資料の類だったが、それらに紛れて、一つだけ他とは違う形式の書類を見つける。


「『依頼発注書・お客様控え』……?」


 いったい何を冒険者ギルドに依頼していたのかと疑問に思い、書類を持ち上げてみる。と、横からアリスが覗きこんできて、その書面を読み上げた。


「発行日時は昨日の夜になってるわね。ということは、少なくとも彼がいなくなったのは今日の朝かしら」

「いや、さすがに朝に暴れてたら誰か気づくだろ。あるとしたらみんな出はらってる昼じゃないか?」


 アリスの推測に、俺の推理をかぶせてみる。


「それでも、どちらにせよ大きな音がしていたのは確かだわ。明日、近隣住民の方たちに聞き込みしてみるのが良さそうね」


 アリスの提案に二人とも首肯して、他の手掛かりを探すべく続きの内容に目を通す。


「依頼主は『冒険者学校』になっとるなぁ。んで、内容は……『ラミアクイーンの捕獲』? 理由は『学園祭準備の為』……あぁ、カナミ先生言うとったな。でもこれ自体はあんまり関係なさそうな気するわ」


 最後まで目を通して、ロゼッタが肩をすくめた。

 確かに俺にもこれと彼の失踪の関連性がいまいちわからないし、そもそもあまり関係なさそうだったので、もとの位置に戻すことにする。


 それからしばらくの間手がかりになりそうなものが無いか調べても特に何もなかったので、俺たちはアリスの提案でこの場を後にすることにした。

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