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翌日から、早速パラノイアの捜索が始まった。ただ、探すと言ってもむやみに街をパトロールするだけではいまいち効果が薄い。目撃情報を頼りにしようにもこの時期だ。『ペストマスク』で仮装している人なんてごまんといるだろう。
あまりにも他の案が思いつかないので、昼休み以降は一昨日話にも出てきた、パラノイアと思しき男が探していた魔導書とやらについても学校の図書室で調べてはみる。
しかし悲しいことにヒットする内容は一件も無し。一応神話関連の物や天使についても教会を当って調べてみたが、俺の使うウィンドウと同じ仕様だろう権能が使えたらしい記述はあったが、それを魔導書によるものとはされていなかった。
だが、唯一パラノイアについてはそれらしいことが書かれた文献を教会の資料室で発見することができた。
曰く、年の移り変わりの時期に魂の収穫に訪れる魔人で、若く精力の強い魂を好むという。パラノイアはその魂を汚染して、自らのしもべとするのだそうだ。だから年の瀬には魔界の住人に変装することでパラノイアから襲われないようにしたのだそう。
これがこの世界での旧正月の祭り──ハロウィンの始まりだとか。
「若くて、精力の強い魂……」
要するに、思春期の子供ってことか。フォルルテ先生は少なくとも見た目は子供と言うほどではなかったが、酔っ払って女性店員に詰め寄るくらいには精神的に幼くて性欲も旺盛と言う点では当てはまるだろう。
だとしたら、俺たち三人が集まって人気のないところに居れば、簡単にパラノイアが釣れてしまうのではないだろうか。
そんなわけで早速決行する──が、効果は無し。小一時間ほど人通りの少ないところで軽くだべりながら待っていたが、パラノイアが訪れる気配はしなかった。
ゲーム時代、パラノイアに直接プレイヤーサイドが襲われるなんてことはなかったし、おそらくだがその設定も引き継がれてしまっているのではないだろうか。
囮作戦失敗の帰り道、そのことを二人に伝えると、その可能性はあるだろうと納得された。
そんな風に話しながら街を歩いていると、不意にあるものが目に止まった。
「これは……」
ある武器屋のショーウィンドウ。そこに飾られていたものを見て、俺は足を止める。
「ん、どしたん急に止まって?」
「あぁ、いや。そろそろ武器も新調したいなぁって思ってさ」
小首を傾げて見せるロゼッタに、俺は自分の剣を抜いて見比べながら応える。
俺の使っている『ショートソード』は、長さや重さは申し分ないのだが、いかんせん、初期装備だけに攻撃力がかなり低い。
今のままではこれから先攻撃力に不便するだろうし、それでなくても、今よりもっと強い武器が目の前にあれば、それを欲しがるのもプレイヤーとしても道理というものだろう。
「んぁー、確かに、その剣はちょっとマーリンの戦闘スタイルと合ってへんもんなぁ。握りも微妙に合ってへんみたいやし」
見比べながら、ロゼッタがそんな風に指摘する。
「え、ロゼッタ。あなたそんなことまでわかるの!?」
「ん、まぁ。うち魔道具作りが専門やけど、厳密に言うたら魔道兵器やからなぁ。あ、良かったらうちがええのん作ったろうか?」
「えっ、いいの!?」
魔道兵器専門、というのが初耳で驚いていたその上から、さらに予想しなかった提案を繰り出してくるロゼッタに、俺は目をぱちくりさせた。
彼女の作る武器と聞いて真っ先に想像するのは例のレールガンだが、果たしていったいどんな武器になるのだろうか?
「へへん、任せときんしゃい! ついでにアリスのんもいい感じのん作ったるわ!」
「ホント!? やった、嬉しい! ありがとうロゼッタ!」
横から少し羨ましそうにしていた彼女の視線に気が付いたのだろう。自信満々にそう告げてみせるアリスに、ロゼッタは嬉しそうに胸を叩いた。
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「はぁ、全然ダメね……」
不意に、アリスが愚痴をこぼした。
翌日。今度は原点に立ち返って、街の人たちや騎士団、ついでに冒険者ギルドにも聞き込みを行いながらパラノイアについての情報や、それっぽい事件について捜査していたのだが、噂は立っているがいまいち実態がつかめない様子だった。
「普段ならともかく、今はハロウィンやもんなぁ。全く考えたもんやで、木を隠すには森の中〜ってさ」
同意する様に、ロゼッタも背もたれにもたれかかりながら談話室の天井を仰いだ。
ゲーム時代のハロウィンイベントの攻略手順は、被害者に対する聞き込みだけだった。
被害者を見つけてパラノイアからの脅威を取り去り、正気に戻ったところでパラノイアについての情報を収集するを繰り返す。
しかしこの街はそれなりに広い。ゲーム時代ならマップ内で入れる場所と入れない場所がくっきり分かれていて、捜索範囲も狭かったから何とかなったのかもしれないが、現実となった今となってはその範囲はたった三人で探すには広すぎて、被害者に遭遇する事すらままならなかった。
「誰か手近な被害者が近くに居れば話は早いんだけど……」
不謹慎ではあるかもしれないが、そういう人でも居ない限りこの捜索は終わらない……いや、待てよ?
そういえば一人いたじゃないか!
同じタイミングでアリスも思い出したのだろう。バッと顔を持ち上げると、俺と顔を見合わせた。
「フォルルテ先生よ! どうして今まで気が付かなかったのかしら!」
フォルルテ先生があの店で暴れていたのは、パラノイアによる精神汚染の影響だったはずだ。
これまでのパラノイアの被害者に関する情報は、騎士団からは教えてもらえなかったが、しかし彼が被害者であることは実際に目で見て知っていたのだ。
そういうわけで翌日、俺たちはフォルルテ先生に話を聞きに行くことにした。
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「ごめんね、フォルルテ先生ちょっと体調悪いみたいでさぁ。今日はお休みなんだよねぇ。まったく、学園祭の準備で忙しいこの時期に……」
一限目と二限目の間の休み時間。
三人でフォルルテ先生に話を聞きに行こうと職員室へ行くと、困ったように笑みを浮かべながらカナミ先生が口を開いた。
「こんな時に休みって、うちらもついてへんよなぁ」
彼だけが唯一の手がかりだったのに、これではまたさらにパラノイアによる被害が拡大してしまう。
カナミ先生の言葉に落胆するロゼッタと同じく、俺も苦い顔を浮かべた。
──というわけで、一行はフォルルテ先生の家に表向きはお見舞いという体で、彼の家に行って直接話を聞きにいくことにしたのだが。
「申し訳ございません。職員寮への生徒の立ち入りは禁じられております。どうぞご理解よろしくお願いします」
冒険者学校で働く職員を寝泊まりさせるための寮、職員寮。
そこに入ろうとした瞬間、ここの管理をしている事務員から、そのような断りを受けてしまった。
「そこをなんとか!」
「いいえ。これはあなたたち生徒の皆さんを守るためのルールでもあるのです。どうか諦めてください」
「世界の危機なんやって!」
「そうですか。でもそれほどのことでしたらギルドか騎士団が既に手を打っているはずです。あなたたちは何も心配する必要はありませんよ」
「むぅ、それもそうやけど……!」
「なら、諦めてください。私、この後合コンなので、残業とかしたくないんですよ」
「いや知らんがな!?」
なんとか押し切ろうとロゼッタが試みるも、普通にあしらわれ、不貞腐れて帰ってくる。
「ちぇー。あのおばちゃん、全然融通効かへん」
「あはは」
どうやら正攻法では難しいようだ。こうなったら別の手口を考える必要があるが……。
「こうなったら、夜中に忍び込むしかないわね……」
間髪いれずにその発想が飛び出てくるアリスに、俺はロゼッタの言葉に対して浮かべていた苦笑いを硬直させた。
「……え、アリスそれ本気で言ってる?」
「本気よ。お母様なら、困っている人を目の前にして、みすみす見逃したりしないわ」
そう決意を表明する彼女の顔は真剣そのもので、俺は思わずたじろいでしまった。
彼女がこれからやろうとしていることは、志がどうあれ立派な犯罪だ。
要するに不法侵入をしようとしているのだから。
何かの本で読んだが、人間が犯罪を行うには、機会と動機、そしてそれを行うための、自分への正当化の三つが揃わなければならないらしい。
この時の彼女の心の内側には、その三つが全て揃っていた。
「それええかもしれんな! スパイみたいでちょっと面白そうやし!」
いや、正確には彼女たち、か。
「ちょっ、ロゼッタまで!? 言っとくけど、これ犯罪だよ!? 不法侵入だよ!?」
多数決で強制的に決行されようとしている犯罪を防ぐべく、慌てて二人を止めに入る。
「あなただって、正攻法じゃどうしようもなさそうなことくらいわかるでしょ? それに、これは一刻を争う事態なのよ。犯罪だからって躊躇していたら、もっと被害者が増えるわ」
「……っ」
でも、とは口にできなかった。
あの時、パラノイアに発狂させられていた男子生徒は剣を既に抜いていた。
街の外に一歩でも出れば、場所によっては凶悪なモンスターが平然と闊歩するこの世界では、一般人の武器の携帯率が非常に高い。
剣のような目立つ武器でないにしろ、ナイフのようなものは護身用に一本持っていることも多いし、何よりこの世界には魔法がある。
それなりに訓練を積めば、誰であろうと使い方次第では人を一人殺すことなんて簡単にできてしまうのだ。
人を狂わせて狂暴にしてしまうパラノイアによる被害は、あの時のように死人を生みかねない状況になることだってあるのだ。
それは俺も分かっていたつもりなのに。
グッと拳を握りしめる。どうやらまだ少しだけ、この世界をゲームの時のように甘く見ているところがあったらしい。
「……わかった。でも、やるなら徹底的にやろう。誰にも見つかることなく、フォルルテ先生の部屋まで侵入する」
「当然よ!」
「ピッキングとかやったらうちに任しとき! うちの魔道具で完璧にこなしたるで!」
こうして、俺たちの作戦が始まったのだった。