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試着室に入り、着ていた服を全てストレージに突っ込む。
このゲーム時代から愛用しているアイテムストレージというものは、この世界がリアルになってもかなり有能だ。
壊れたものを修繕してくれるわけではないにしろ、しかし元の世界では服を脱ぎ散らかす癖があった俺にとって、とてもありがたい存在なのは言うべくもない。
さて、そんなわけで俺はアリスに手渡された衣装を試着してみることにする。
全体的に青系統と紫系統の色で統一された衣装を次々と装着していく。
試着室に設置されている等身大の姿見で確認してみれば、全体的に見て深夜アニメの魔法少女みたいな印象を受ける。
魔女がかぶる様な大きな三角帽子に、革製のベルトがあしらわれた丈の長い青いケープコート。
裾には星を象った飾りレースがあしらわれていてとてもかわいらしい。
その下には白いブラウスと無い胸を強調する様にコルセットベルトが巻かれている。
そこには手裏剣みたいな形の星の切り抜きがあしらわれていて、ブラウスの白をチラ見せさせている。
スカートの丈は短く、裾には白い一本のラインが引かれていて、それを止まり木に一羽のフクロウが刺繍されていた。
そんな、星とフクロウをモチーフとした意匠が施された、シンプルかつかわいらしいデザインに、心の奥底で名前の知らない感情がふつふつと湧き上がってくるのを覚える。
羞恥か、それともかわいいと言う感情か、何かはわからないが、なんだか心の奥底から力が湧いてくる様な……例えるなら、小さい頃にやった、戦隊モノごっこで戦っている時に、なりきりすぎて心がハイになるようなそれに少し似ていた。
「どう、着替え終わったかしら?」
アリスの声が聞こえて、俺は思わず肩をびくつかせた。
ああ、ロゼッタが恥ずかしがっていた感情がなんとなくわかる気がする。
これから友達に、いつもと違う姿を見せることになるのだ。ワクワクドキドキして緊張が止まらないのである。
きっと、さっきの彼女も、表面上恥ずかしがってはいたが、本心は褒められて嬉しかったに違いなかった。
「どう、かな? ちょっと恥ずかしいけど……似合う?」
短いスカートがヒラヒラするのが気になって、無意識に手で押さえながら二人に尋ねた。
「「……」」
しかし、二人から反応が何も来ない。
「え、えっと……?」
少し不安になって顔を覗き込んでみる。
目の前で手を振ってみて、おーいと呼びかけてみたりするが、しかし二人とも唖然として動こうとしない。
「……なんか、そのケープのスリットんとこから見えてる肩とか、大胆に露出してる太ももとかみてたらさぁ、こう、なんて言うの? えっちだなぁ……って感じになってくるわ……」
「えぇ……」
しみじみと批評するロゼッタに、若干困惑気味な声を出す。
だって、評価の仕方がまるでおっさんなんだもん……。そりゃそんな声も出るよ……。
ちなみにロゼッタは着替えずにそのままの格好を継続していた。
フーデッドケープについていた値札が外れているのをみるに、おそらく購入したのだろう。かなり気に入ったものと見えて、ニヤニヤと笑みがこぼれてしまう。
「そうね、あとは……タイツとブーツも合わせようかしら」
言って、いつの間にか用意していたらしいそれらをカゴから引っ張り出してくる。
「タイツ用意してたなら先に言ってくれれば良いのに」
そしたら、こんな恥ずかしさも少しは軽減できたかもしれない。
受け取って、再び試着室に引きこもり、装着する。
何も履いてないと股下がスースーして落ち着かないんだよな……。
うわ、でもこれ結構薄手だ……。
下手したらパンツ透けそうなんだけど……。いや、でもこれってそういう物か……?
「これでどうかな?」
困惑を押し殺しながら、再び試着室のカーテンを開く。
すると、アリスは満足げに頷いてこう言った。
「うん、余計にえっちになったわね!」
「余計にえっちになっちゃった!?」
せっかく脚隠したのに!
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「『丸パン』と『スプラッシュサーモンの燻製』、『風車草とピネバッキンの炒め物』、あっ、『白葡萄とアルミラージの炒め物』も美味しそうね。それを八人前でもらえる? 飲み物は『コッコ鳥の卵スープ』をお願い。こっちは一人前で結構よ』
「おぉう、相変わらずよぅ食べんなぁ……。じゃあウチはこの『オークのステーキ、マッシュポテト添え』と『丸パン』。あ、あと飲み物は『マタンゴのスープ』で。もちろん一人前な」
「俺は……これ、この『コッコ鳥と蜂蜜のリゾット』を。飲み物は『白葡萄のジュース』でお願いします」
「か、かしこまりました……」
人外すぎる量を頼むアリスの注文内容に未だに頬を引き攣らせながら、注文をメモってその場を後にするウェイトレス。
俺もウェイトレスの経験があるから、大食漢(女だけど)に面食らうのはよくわかる。
(しかも、相手がこんなに小さな女の子なら、本当に食べ切れるのかって不安になるんだよなぁ。アリスなら本当に全部食べるんだろうけど)
同情の眼差しをウェイトレスの背中に向けながら、俺は苦笑いを浮かべた。
あれから数時間が経過していた。
俺たちはその後もブティックを梯子したり、ちょっとした小物を見ながらウィンドウショッピングを楽しんだが、さすがに夜も近いということで、一行は寮の近くの喫茶店へ足を運んでいた。
「それにしても、マーリンのアイテムストレージって言ったけ? ほんまに便利やんなぁ。結構な大荷物やったんが一瞬で手ぶらやもん」
いつしかのカールさんと同じような感想を口にしながら、切り分けたステーキを挟んだ、なんちゃってバーガーにかぶりつくロゼッタ。パンの切れ込みからあふれてくる肉汁がとてもおいしそうに見える。
「ねぇ、それってマーリンの魔法なの? それとも何かの魔道具?」
「……俺も、実はどっちかわからないんだけど……少なくともこれが、この世界の物でないことは確かだな」
今日一日ずっとどう切り出せばいいか迷って迷って口にできなかった言葉が、自然と切り出せた。
「んぇ? どゆこと?」
ロゼッタが首をかしげて、話の続きを促した。
「驚かないで聞いてほしいんだけど──」
続きを言うのが怖くなって、一瞬口を噤む。しかしこちらを覗き込む二人の視線は真剣で、もう後に引けなくなっていた。
「──実は俺、この世界とよく似た異世界から来たんだ。もっとも、異世界は異世界なんだけど、俺の元居た世界ではこの世界はゲームだったんだけどな」
自分で言っていて、なんだか少し日本語がおかしいんじゃないかと思えてきて、怖くなって、背筋がムズムズとした違和感に襲われる感じがした。しかしここまで話してしまったならもう後は勢いだ。
俺は自分がいた世界の事、ゲームだったこの《ノタコン》のことを話した。
もちろん、俺がもともと男だったことや、容姿が本来の物とは違うことを伏せた。これは騙しているみたいで少し心苦しかったが、仕方あるまい。
「なるほどなぁ」
すべてを話し終えたとき、ロゼッタはすんなりと俺の説明を受け入れた。
「信じるの?」
「だってこの世界での神話も似た様な話やったやん? それの現代版とでも思えば別に受け入れられんってことないやろ」
「神話って?」
ゲームだった時代、そういえば教会はあったけど神話なんて設定は見かけなかったなぁと思いつつ尋ねてみる。
「死神ギガント=クロノスの創世神話ね。神々が協力して作った世界に天使たちが遊びに来て、やがて娯楽におぼれて人間になった、っていう」
(ギガント=クロノス……)
聞き覚えのある名前だった。ていうか、それ《ノタコン》の制作会社の名前じゃん……。こっちの世界だと死神になってんのか……。
そしてアリスが言ってた天使たちって、文脈から察するに、これゲームのプレイヤーだな?
ということは何だ? ゲームだった《ノタコン》とこの世界って、もしかして時間的に地続きなの?
様々な憶測が頭の中を駆け廻る──が、今はそんなことを考えている場合ではない。
話題が別の事に切り替わる前に、早くハロウィンイベントについて伝えなくては。
「でも、マーリンが天使だろうがなんだろうが、私たちの友達であることに変わりはないわ。これからも仲良くしましょ!」
「せやな。うちもマーリンの事ちょっと知れて嬉しかったし、これからはもっと仲良うしような!」
──しかし、この空気でそんなことを切り出せるはずもなく。
「あ、ありがとう二人とも……」
俺は顔を紅潮させながら話題を切り上げることしかできなかったのであった。
くそう、コミュ症が憎らしい……!
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「服を買うのがこんなに楽しかったなんて、初めて知ったよ」
喫茶店からの帰り道。俺は青いケープコートを翻しながら口を開いた。
結局、ハロウィンイベントの事に関しては言えずじまいだった。
俺の心の中のどこかには、きっと俺が解決しようとしなくても現役の冒険者や騎士団の人たちが何とかしてくれるに違いないという期待があったからかもしれない。でも、それは何だか言い訳じみた期待で、心苦しくて、目をそらすようにうつむいた。
「……」
「そう。喜んでくれたならよかったわ」
今日買った黄色を基調としたフードつきのロングコートをひらひらさせながら、アリスが前を行く。
白を基調とした肩を見せるデザインのブラウスに、黒のプリーツスカート、胸を強調する様なデザインのコルセットベルト。その上から羽織るように、これまた肩を出すデザインの黄色いロングコートを羽織り、胸元をベルトで留めている。
キツネがモチーフの、シンプルだがなかなかかわいらしいデザインだ。
「うちも、服なんていっつも適当やからこんな楽しいなんて思いもせぇへんかったわ……。あと、こんなに高いとも思わんかったわ……」
俺の肩に寄りかかりながら、ロゼッタがそんな風に愚痴をこぼす。口の端が少し笑っているから、それでも今日の事はそれなりに楽しんでいたのかもしれない。
「……っあー、明日もまた学校かぁ。こんな一日が早ぅ感じたんいつぶりやろ」
「ずっとこんな日が続けばいいのにね」
何と無しに呟いた二人の言葉が鼓膜に届く。夕日は逆光になってアリスの顔を黒く染め抜き、隣のロゼッタの横顔を照らしていた。
俺も、こんな日常がいつまでも続けばいいと思った。このまま永遠に時が止まって、嫌なことは全部認知の外に追いやって、全てのいさかいなんかが、どこか遠く離れた外国の出来事であるかのように……。
でも、このイベントが続く限り、俺たちは常にパラノイアに襲われ続けるだろう。
今回はあの姉弟だったが、次にアリスやロゼッタが襲われるとも限らないのだ。もしそうなってしまったら、俺は今日の判断を強く後悔したに違いない。
「ぁ……あの、さ!」
俺は意を決して口を開いた。唇が張り付いていたのを無理に引きはがして。
「「……?」」
二人の視線が同時にこちらを向く。頭の中に、何言ってんだこいつ? という幻聴が響く様で、つい何でもないと誤魔化しそうになる。
大丈夫。二人がそんなことを言うはずがないじゃないか。
自分に言い聞かせるようにして心で呟き、深呼吸を一回挟んだ。そして──。
「二人に、話、っていうか、その、相談があるんだけど、いいかな?」
夕日がゆっくり沈んでいく。
オレンジ色が緑と濃紺のグラデーションを作って、やがて夜の闇に。
思った以上に舌がもつれてうまく話せなかったが、しかしがんばって、ハロウィンイベントの事を伝えることに成功した。
そして、一緒に事件を解決してほしいというお願いも。
「……やっと話してくれたわね」
話し終えたころ、アリスはにっこりとほほ笑みながら俺の手を取った。
「仮面の男──パラノイア退治、私も付き合うわ。もちろんロゼッタもやるわよね?」
「そんなんあたりまえに決まっとるやろ! そんな面白そうなこと、うち抜きでとか絶対やらせへんわ。むしろ一人でやってたら無理矢理ついていくレベルやで」
どやぁ、と顔を決めながら腕組みする。
そんな二人を見て、俺はじんわりと胸の内があったかくなっていくのを感じる。年下の、それも女の子にこんなことを言わせるのも何だか情けない話だったが、しかし友達としてこんな風に協力を承諾してくれるということが、どうにも言い表せないくらいうれしかった。