28〜30
28
「いやぁ、アリスの最後の攻撃、凄かったなぁ!」
更衣室。
授業が終わり、制服に着替えていると、ふと思い出したかの様にロゼッタが感想を溢した。
「うち、あんな勢いでモンスターとんでいくん初めて見たわ」
「俺も、まさかあそこまでの威力があるなんて想定してなかったよ。まるで細剣術スキルの《インパクトプレッシャー》みたいだったよなぁ。アリスならすぐに習得できそうな気がするよ」
思い返せば、入試の日にカフェで暴漢を撃退した時も、ものすごい筋力だった。なにせ大の大人が、片手で数メートルも投げ飛ばされていたのだ。
しかしそれにしても、ここまで力があるのに、どうしてずっとスキルを使っていないのだろうか。
そんな俺の疑問を感想から読み取ったのか、アリスは少し複雑そうな顔をした。
「無理よ、だって魔力が一滴もないもの」
(魔力がない?)
言われて、俺は首を傾げた。
MPがゼロのNPCは、ゲーム時代には居なかった。少なくとも、パーティに加えられるいわゆるお助けキャラの様なNPCには、まず見られなかった現象だ。
もしそんなキャラが居たら、特徴的すぎて忘れるわけがない。
「本当は、お母様みたいなすごいドラゴンスレイヤーになりたいのだけど……」
「ど、ドラゴンスレイヤー……?」
ゲームの頃は聞かなかった単語に、俺は思わず首を傾げた。
ドラゴンスレイヤー、という単語自体は知っている。いわゆる、ドラゴンを狩るという偉業を成し遂げた人物を指す言葉だ。
しかしこの称号は《ノタコン》には存在しない。というか、そもそも称号システム自体が無い。勝手にプレイヤーの間で二つ名がつけられることはあったが、しかしドラゴンスレイヤーなんて通り名は、俺の知る限り存在しなかった。
もちろん、ドラゴン自体は《ノタコン》の世界にも居る。劣等種であるワイバーンでさえボス級のモンスターで、本物のドラゴンともなれば、複数のパーティが結託してレイドを組まなければ、なかなか倒せないような存在だったが。
そんな俺の疑問に応える様に、知らないことが意外だという顔から自慢げな顔へと移行させながら、アリスは口を開いた。
アレイシア・ティンゼル。アリスの母親にして、冒険者上がりのいわゆる名誉男爵。階級にして最高ランクのSSSランクに世界で初めて到達した元女性冒険者で、たった一人でドラゴンを討伐するという偉業を成し遂げた剣聖。
今は王宮で剣術指南役として働いているのだとか。
ちなみにこのSSSランク、実は元々SSランクまでしかなかったものを、彼女の実力に応じて急遽増設したランクらしい。
ゲームの時に設定されていた最高ランクの、そのさらに上。
それまでの最強が束になってやっと渡り合える。
そういう人物だと言えばわかりやすいだろうか。
(マジかよ、文字通りの一騎当千じゃねぇか……)
嘘か本当か怪しい話ではあったが、しかしアリスの実力や身体能力を鑑みるに、おそらく事実なのだろう。
なるほど、それでドラゴンスレイヤー。
「マーリンってさぁ、魔法の腕とかは凄いんやけど、なーんかこういうところだけ世間知らずやんなぁ」
こんな世界的な有名人を知らないだなんて、と呆れた様に首を振るロゼッタ。
仕方ないじゃないか。俺はこの世界に来てまだ一ヶ月と少ししか経っていないんだから。
そんな抗議の声をぐっと堪えて苦笑いに変える。
「あっ、もしかして人里離れた山の奥とかで、賢者様にでも師事してたから世間知らずだったりして」
「なんかありそうやな!」
思いつきか。不意にアリスがそんな風に揶揄ってくる。
なのでこちらも、少しふざけた調子で返してみることにした。
「んー、当たらずとも遠からず、かなぁ」
実際、ゲームの世界やネットの攻略情報なんかで知識と技術を身につけていたし、ここじゃない別のどこかで修行──と言っていいかわかんないけど──していたとしても、たぶん大きく外れてはいないだろう。
「マジか」
「さすがマーリンね……」
そんな風に笑いながら話しているうちに着替えも終わり、俺たちは更衣室を後にする。
やはり、友達と話をするというのは楽しい。
こんな関係が、学校を卒業してからもずっと続けばいいのに。
29
その日の学校からの帰り道。
夕日が差し込む商店街には、さまざまなかぼちゃのランタンやら蝋燭、仮装用の仮面などが並ぶ様になっていた。
「そういえば、もうそろそろ旧正月やったな」
並ぶお化けの被り物を試しに装着して見せながら、ロゼッタがそんな風に口を開いた。
「……そういえば、もうそんな時期だったわね」
嫌そうに口をムズムズとさせながら応えるのは、同じく親友のアリスである。
「お? 怖いんか? お?」
「うっ、うぅさいわね! 仮装と分かってるなら、べ、べべべべべ別に怖くなんかないわ!」
揶揄う様に被り物を身につけた頭で顔を覗き込もうとするロゼッタに、アリスが胸元で腕を組みながら抗議の声を挙げる。
「いやいや、隠せてないから」
いつかのようにやり過ぎて、また壊されてはかなわないと被り物を元の場所に返しにいくロゼッタを見送りながら、俺はそうツッコミを入れる。
「は? 隠す? 何のことよ。別にわわわ、私は仮装くらいで驚かない──ひゃあ!?」
不意に、小さな悲鳴が彼女の唇から弾け出した。
というのも、後ろからこっそり近づいてきていたロゼッタが、どこから見つけてきたのやら、こんにゃくの様なものを、彼女の制服の中に滑り込ませたからだった。
「ちょっ!? 何これ!? ロゼッタ、私の服に何入れたのよ!?」
「ん? 『デビルタン』っておもちゃやで。スライムの樹脂をな、こうゲル状に固めたドッキリグッズでなぁ、お化け屋敷とかでも使われるやつなんやけど──知らん?」
「知らないわよっ!?」
冒険者学校の制服は、ワイシャツの上からコルセットベルトを装着する。つまり、どれだけ暴れても自然と『デビルタン』が出てくることはない。
スライムの、微妙に冷たい、そしてむにゅむにゅとした気持ち悪さに全身鳥肌を立てながら、ロゼッタとキャッキャ暴れる二人。
しかしここは多くの人が行き交う場所だ、あまり暴れすぎても迷惑だろう。
「……ほら、人通りもあるんだからその辺にしとけよ?」
俺は苦笑いを浮かべると、追いかけあう二人の動きを止めて、アリスの背中から『デビルタン』を引っ張り出した。
ちなみに、触った感想はめっちゃこんにゃくだった。
あと取り出す時に触れたアリスの背中がめっちゃすべすべで気持ちよくて、思春期故のそういう興味からか、それとも怒って暴れるアリスとそれを茶化すロゼッタの輪に自分も入りたかったのか。
多分両方同じくらいの気分だったのだろう。
俺は取り出す途中であえて一回『デビルタン』を手放してやったりして彼女を揶揄ったりした。
……その後、その反応に味を占めて何回か繰り返したせいで、ロゼッタ諸共、その場で思いっきり怒られたのは言わずもがな。
「──そんなに言うなら、いっそハロウィンパーティーに参加してみればいいんじゃないか?」
寮までの通学路になっている商店街。その壁のあちこちに貼られてある広告を指さしながら、半強制的に話題を進展させた。
「え」
アリスが嫌そうな顔をしたまま固まった。
まるでハロウィンのお菓子で貰ったチョコレートの中に、カエルの肉が混ざっていたことに気がついた時みたいな表情だ。
……小学生の頃、従姉に面白半分でそういう嫌がらせというかドッキリを仕掛けられたことがあるからよくわかる。
当時の俺もあんな顔をしていた。
「それや!」
対して間髪いれずに、それどころかやや食い気味に賛成とばかりに目をキラキラと輝かせて挙手するのは、言わずともわかるだろうロゼッタである。
「だってほら、これならアリスも“仮装ならお化けは怖くない”って、身をもって証明できるだろ?」
《ノタコン》での設定もそうだったが、この世界でのハロウィンパーティーは、お菓子の交換をし合って旧正月を祝う行事である。
仮装さえしていれば誰でも自由に参加できるパーティーだから、彼女の主張を証明するのにぴったりのイベントであると言えるだろう。
「ぐぬぬ……はぁ。わかったわ、やればいいんでしょ、やれば!」
彼女はしばらくの間、承服しかねるとばかりに渋い顔をして見せていたが、しかし結局は俺のこの提案を飲み込むことになった。
そんなわけで、俺たちは翌日から早速、パーティーの準備に取り掛かることにしたのだった。
30
それから俺たちは、放課後に集まってどんな仮装がしたいかを話し合った。
その結果、俺は魔女に、ロゼッタはフランケンシュタイン、そしてアリスはよりお化けのことが怖くなくなる様、例えるならそう、アレルゲンを少しずつ取り込んで強制的に無くす様な手法を取るべく、幽女の仮装をすることになった。
そんなわけで、その仮装用の衣装を作るべく毎日夜遅くまで仲良く針仕事をしていたのだが、そのせいだろうか。
「ふぁ……」
小さなあくびをしながら、目の前で講義をする男に視線を向ける。
青い髪のメガネの男で、フォルルテ先生という。
魔法実技の担当教員らしいのだが……。
(なんか、見覚えある顔なんだよなぁ……)
白衣を纏い、映写機に似た魔道具で手元を拡大した映像を空中に投影させながら喋る彼の話をぼーっと聞き流しながら、そんなことをふと思う。
「──で、あるからして、この十二の手印を組み合わせることにより、自力で術式を演算するより素早く、より的確に術式を組むことが可能となるのである」
今フォルルテ先生が実践して見せているのは、手印と呼ばれるものだ。
ゲームだった時代には無かったシステムなのだが、彼曰く、十二種類ある手印──よく忍者がニンニンとか言いながら指を複雑に組んでるアレ──を組み合わせることで、自分で魔力を操作しなくても、半自動的に術式が組まれていって魔法系アーツを発動させることができるらしい。
試しに、テキストに書いてある通りに適当に指を組んでみる。
すると、確かに魔法が勝手に構築されていく感覚があるのはわかった。
しかし、これはダメだな。
これだと画一的な動作しか起こせない。
咄嗟にやる分にはいいかもしれないが──魔力の形質っていうの? 俺が入試やヒュージ・グリーンスライムに使った様な、途中で待機中の魔法を変更するアレ──便宜上、とりあえず《相転移》と呼ぶか──を使うには向いていないだろう。
「もっとも、そんなことをせずとも、四種類の魔法アーツを同時に発動させ、その上耐魔力塗料の塗られた板を破壊して見せた天才には無用の技術かもしれないがね、ミス・マーリン」
──と、俺の心の声が聞こえたのだろうか?
スタスタと歩きながら目の前までやって来るなり、嫌味なのか、そんな問いかけをしてきた。
しかし、ここまで顔が近くなると、やはりどこかで見た覚えがある感じが強くなるんだよな。
なんというか、この圧迫感の篭った語調が──
「そんなに、我輩の授業はつまらないかね?」
「あ、思い出した。朝からカフェで呑んだくれて暴れてた人だ」
カフェなのにお酒が置いてあったのかはわからないが、しかしあの時はずいぶん酔っ払っていたのは確かだ。
それで、暴れた時にアリスにぶん投げられて気絶した。
「ちょっと、マーリン!」
静まり返る実習室。
そんな中、俺の名前を呼ぶアリスの小声だけが響き渡った。
ちなみに、魔法実技の講義なのになぜ魔法が使えない彼女がいるのかというと、実はこの授業が必修科目だからだ。
「え、何?」
「その話、私わざわざ隠してあげていたのに、どうしてこんなところでバラすのよ。かわいそうじゃない、せっかく無かったことになってたのに」
……え、そうなの?
それは、なんか、悪いことしちゃったな。うん。
あの後駐屯してた騎士団の人に連行されてからどうなってたのか知らなかったけど、そっか、学校では無かったことにされてたんだ……。
ざわめき始める実習室。
上から聞こえてくる鼻息は少し荒くなったのがわかった。
きっと、見上げれば真っ赤に怒った彼の顔が、こちらを睨みつけているに違いなかった。
「……ミス・マーリン。放課後、我輩の研究室まで来る様に」
彼はそれだけを言い残すと、元の立ち位置へと引き返していくのだった。
「あーあ、やっちゃった」
小声でロゼッタが揶揄う様に呟くのが聞こえてきたが、とりあえずそれは無視をすることにした。