085 リレー
※R18シーンに該当する表現をカットしております。
客室の外で俺を抱きしめてくれていたニーナが、諭すような口調で移動を進言してくる。
「ご主人様。そろそろ炊事場へ移動しましょう。この姿をフラッタには見せたくないんでしょう?」
優しげなニーナの言葉に我に返る。
そうだ。ここでフラッタに会ったら、さっきまで踏ん張った意味がなくなってしまう。
「……ん。ありがとニーナ」
ニーナの胸に顔を埋めたまま、いつも俺を助けてくれる彼女に感謝を伝える。
「いっつもニーナにはかっこ悪いところばかり押し付けてごめんね……。ニーナがいなかったら、俺とっくに死んでるよ……」
「それはお互い様ですっ。さ、行きましょう。歩けそうですか?」
「ちょっと厳しいかな……? 悪いけど手を貸してくれると助かるよ」
全身に全く力が入らない。フラッタと会話しただけなのに、恐ろしいほど消耗してしまっている。
ニーナに肩を借りて炊事場に移動する。でもこの状態じゃ邪魔になるだけだなぁ……。
「ただいま戻りましたー、……ってどうしたんですかご主人様!? 真っ青じゃないですか!?」
炊事場に到着したタイミングでティムルが帰宅し、俺の顔を見て駆け寄ってきてくれる。
ティムルにもバレバレの顔色か。ちょっと良くないな。どうするかねぇ……。
「ああ、間に合って良かった」
しかしティムルの帰宅を知ったニーナは、これでもう安心と言わんばかりに胸を撫で下ろしている。
「ティムル、ご主人様を後ろから羽交い絞めにしてもらえますか?」
「……は?」
「了解でーすっ」
意味不明なニーナの指示に何の躊躇も無く従ったティムルは、困惑する俺の脇の下に腕を通して、流れるような羽交い絞めで俺を拘束する。
俺でなくちゃ見逃しちゃ……、じゃなくてなんで!?
「結局ご主人様にはこれが1番効きますから。ティムルも体勢的にきついかもしれませんけど、よろしくお願いします」
「了解でーっす!」
両手を俺の頬に添えて、少しずつ顔を近づけてくるニーナ。ニーナの言葉に元気良く応答するティムル。
ちょっと待ってお2人さん!? なんでいきなりこんな流れになってんの!?
「え、ちょ、ニーナ、ななな何を、って大体想像できるけどぉっ!?」
「ちゅううううううううう」
そして想像通りに重ねられるニーナの唇。
力も入らないし、ティムルには拘束されてるし、抵抗できずに為すがままだ。
「ちゅううううううう。はいっ!」
ニーナの口が離れる。
それと同時にニーナが俺の首を横に向ける。
今グキッていった! 首がグキったってばぁっ!
「いってええムグゥ!」
首を痛める俺に、待ち構えたティムルの口が襲い掛かる。
まわりこまれてしまった! うちのどれいからはにげられないっ!
「ご主人様。貴方が自分を嫌いになる度、私達が貴方を愛します。以前もそう言ったでしょう? 今は応急措置だけに留めますけど、今夜は覚悟してくださいねぇ……?」
耳元で囁かれる、ニーナの甘い甘い死刑宣告。
唇に重ねられるティムルの感触。
空っぽになった俺の体に、2人の愛情が染み込んでくる。
「ちゅううううう。はいっ!」
「ちゅ~~~~っ」
だから、はいっ! じゃないんだよぉっ!
口が離れたと同時に新たに重ねられる唇の感触。これじゃ逆に腰砕けになっちゃうよぉっ!
「何があったかは後で聞きますけど、私たちはご主人様の事が大好きですよ」
ニーナとキスを交替したティムルが、やはり耳元で愛を囁いてくる。
何があったかは知らないけれど、何があっても好きなんだと言ってくれる。
「ふっふっふー。ニーナちゃんが燃えてますねぇ? 今夜が楽しみですねぇご主人様っ。今夜は私も、い~っぱい気持良くしてあげますからねぇ……? ぺろぺろ」
うひいいいい。耳っ! 耳舐めちゃダメ! そこ舐める場所じゃないからぁっ! 甘く囁かれて敏感になってるからっ!
いいいっ、今舐めちゃダメえええっ!
「はいっ!」「ちゅ~~~~っ」
「はいっ!」「ちゅ~~~~っ」
掛け声と共に交替されるニーナとティムルからのキス。
なんだよこれ!? キスのリレーかよっ!? なんで作業感あるんだよっ!? せめてそのかけ声やめてくれないかなぁっ!?
気持ちいいのにっ! 気持ちいいのにかけ声が気になるんだわぁっ!
はいっ! ちゅ~~~っのキスリレーは、フラッタが炊事場に顔を出すまで続けられた。
結局夕食の準備、なんにも出来てないじゃんかぁ。
腰砕けにされて、結局戦力外通知を受けた俺は、フラッタ共々食堂に追い出されてしまうのだった。
そして現在俺は食堂の椅子に座っている。
腰砕けにされてしまったけれど、今の俺は怒り以外の桃色をした感情で満たされている気がする。
「ふふふ、ニーナとティムルには感謝なのじゃっ。2人が夕食を作ってくれるおかげで、妾はず~っと、大好きなダンと一緒にいられるのじゃっ」
そしてフラッタは俺の上に座っている。
座った状態のお姫様抱っこ、横抱きだ。横抱きのまま俺にしがみ付いて猫のように頬ずりしてくる。
「大好き大好き、だーい好きなのじゃ、ダンっ」
「……俺もフラッタもこと大好きだけど、フラッタがそんなに俺のことを好きなのが不思議で仕方ないよ。それを言ったら、ニーナもティムルも不思議なんだけどさぁ」
頬ずりしてくるフラッタをよしよしなでなでしてあげる。撫でられてくすぐったそうに身を捩るフラッタが可愛い。
すげぇなぁ。やっぱりニーナとティムルには頭が上がらないなぁ。
あんなに、もうこの世界ごと殺してやろうかと思えた殺意が、まったくない。
いや、ないんじゃない。維持できない。持続できない。幸せすぎて怒りが保てないのだ。
フラッタから好きだと言われる度に、心の奥で疼くものがある。
だけどそれが大きくなろうとしても、さっきまでの感触が幸せすぎて、もう魂の奥底まで幸せに浸されて、怒りも殺意もどうでも良くなってしまう。
「んー? なんで不思議なのじゃ? ダンはモテモテであろう? ニーナ然り、ティルム然り。ならば妾が好きになってもおかしくないのじゃっ」
ニーナとティムルが俺を好きになってくれたことだって納得いってないんだっての。そんなに可愛く首を傾げて、さも当然みたいに言うんじゃないよっ。
「むしろなんでダンは妾の事を好きになってくれたのじゃ? おっぱいが決め手かの?」
「おっぱいが決め手なわけないだろ。俺は誰のおっぱいでも平等に愛する男だ。小さくても大きくてもおっぱいはおっぱい。おっぱいがあるというだけで女性はみな神秘的なんだ」
おっぱいがある、ただその一点だけでも価値がある。
無価値な女性なんていない、この世界には1人だって居ないんだ。おっぱいがあればそれだけで誰もが生きていていいんだ。
ありがとう、生まれてくれて。貴女が居なければ、貴女のおっぱいは存在しなかったのです。ありがとう。本当にありがとう……!
「言っている事はまったく分からないのじゃが、おっぱいは決め手じゃないと言いながら、おっぱいに対する凄まじい情熱を感じるのじゃ。おっぱいは決め手じゃないと言った説得力皆無なのじゃ」
ほれほれとおっぱいを俺に押し付けてくるフラッタ。
くっ……。超気持ちいいけど、やはり女性に理解してもらうのは難しいのか……!
おっぱいの嫌いな男子なんて居ません。そこにあるのは個人の好みだけ。大きさ、形、色、様々な趣味嗜好はあっても、男は皆おっぱいが好きなんです。
ただ純粋に、そこにおっぱいがあれば求めずにはいられない。それが男という生き物なんだよフラッタ。
そう、それは本能。男が持って産まれた本能なのだ。
「おっぱいへの情熱は否定しない。だが俺はおっぱいで人を差別しない。俺は全ての女性のおっぱいに等しく感謝しているんだ」
ムギュムギュとおっぱいを押し付けてきてくれるお礼にいっぱいよしよしなでなでする。
確かにおっぱいへの尊敬と感謝は絶対に否定出来ないけどね。
だけどおっぱいを触れなかったとしても、俺はフラッタを好きになってたと思うよ?
「フラッタを好きになったのは、コロコロ変わる表情が可愛いと思ったり、子供達とすぐ打ち解けられる素直さが可愛いと思ったり、振り回されるけどなんだか憎めないところが可愛いなって思ったからだよ。もちろん、最高に可愛い外見もフラッタを好きになった理由の1つだけどね」
「えへへ~。ダンに可愛いって言ってもらえるの、すごく嬉しいのじゃぁぁ」
両手を頬に当てて、照れながらも嬉しそうにニヤけるフラッタ。
……フラッタを可愛くないと言える人間とかいるんだろうか? こいつ可愛すぎるんだよね。
しかもこう、懐かれるともっと可愛い。甘えられると更に可愛い。
もうお前、可愛いの塊じゃん。最早魔物を斬り殺してる姿を見ても可愛いって思っちゃいそう。
「可愛いよフラッタ。可愛すぎるよ。可愛いフラッタが大好きだよ。ず~っと一緒だよ。俺の可愛いフラッタ」
「妾も大好きっ。ダンの事がだーい好きなのじゃっ。ずっと一緒なのじゃ。絶対に放さないで欲しいのじゃぁ……」
お互いの背中に腕を回して、もう離さない、もう離さないでと抱きしめあう俺とフラッタ。
怒りに塗り潰されそうになっていたさっきは余裕がなかったけど、改めてフラッタの愛情を受け止めて思うのは、やっぱりこいつって子供なのかなってことだ。
なんというか、愛情表現が真っ直ぐで純粋で、幼い。恋でも愛でもなく、甘えたいだけのようにも感じられる。
いや、甘えられるの大好きなので何も問題はないんだけど? ただなんとなく、俺を異性として好きになっているというよりも、父性を求めているようにも思えるんだよねぇ。
まぁ可愛いからどうでもいいかぁ。フラッタ大好きぃ。ぎゅ~、なでなで。
「ただいまー! お腹減ったよー。夕食の準備ってもう、でき、て……?」
帰宅したリーチェが食堂に突撃してきて、俺とフラッタの状況を見て固まってしまった。無理もない。
うっとりした表情で俺に抱きついていたフラッタは、満面の笑顔でリーチェを出迎える。
「おかえりなのじゃリーチェっ! 夕食はまだ出来ておらぬ。もう少し待つが良いのじゃっ!」
「じゃないよーーーーっ!? 昨日の今日だよ!? 昨日の今日だよーーっ!? いったい君たちに何があったっていうんだ一っ!?」
おお、リーチェの全力ツッコミとは珍しい。
というかこんなの、フラッタにしかさせられないだろうなぁ。
「うむっ。リーチェよ。妾はダンのお嫁さんになることにしたのじゃっ。先にダンの女になって待っておるのじゃっ」
「いやいやいやっ! 確かに時間の問題だとは思っていたけどもっ!? それにしたってゼロ距離過ぎない!? 人と人との距離って、こんな一瞬に埋まるものだったっけ!?」
リーチェの全力ツッコミが止まらない。
何だこいつ、ボケ担当だとばかり思っていたのに、意外とツッコミの素質もあるのか? フラッタ、リーチェのダブルボケユニットで考えていたけど、意外と普通のコンビでいけるか?
……って何の話だ。アホなこと言ってないで2人の会話に割って入る。
「俺もびっくりしてるんだけどねぇ。なんかこうなってしまった、としか言えないんだわ」
「す、凄いねぇ……。フラッタが素直になるには、もうちょっと時間が必要だと思ってたんだけどさ……。君は本当に僕の予想を軽々と超えてくるねぇ」
「おう、お前の予想なんか簡単に超えてやるよ」
まるで抱きしめているフラッタが俺を後押ししてくれているかのように、自然と言葉が零れ出す。
「お前が俺の女になれないなんて、そんな考え簡単に乗り越えて、お前を絶対に俺の女にしてやるからな。今から覚悟しとけ、俺のリーチェ」
ニーナとティムルに散々注がれて、今フラッタからもガンガン受け取ってるせいで、俺の体中に満ち溢れてる愛情がついうっかり口から零れてしまった。
「……本当に君は、なんでもないことのように言ってのけてしまうねぇ」
そんな俺の言葉を、呆れた様子で受け止めるリーチェ。
俺の言葉がリーチェの心に届いた様子は無いね。残念だ。
「ならダン。僕も待ってあげようじゃないか。君が僕の予想なんて簡単に蹴散らして王子様のように迎えに来てくれる日を、僕はいつまでも待ち続けると誓おう」
内容とは裏腹に、リーチェの言葉には感情が乗ってない。
これはリーチェが誓いを立てているのではなくて、俺に付き合ってくれているだけの、ただのポーズかな。
「……言ったね? 言っちゃったね? もう取り消させないからね? リーチェ。お前は俺の女だからな?」
まぁそれでもいいけどねっ! 俺の女になるのを待っててくれるならーっ!
「今すぐってワケにはいかないけど、そんなに待たせるつもりもないよ。なんたって俺のほうが我慢できないだろうからね」
左手がリーチェのおっぱいの感触を思い出して疼いておるわっ。
「リーチェ。お前の抱えてる事情は知らない。けど全部ぶっ壊して、運命に囚われたお姫様を迎えにいってやる」
未だにニーナの問題もフラッタの問題も全然解決の目処も立ってないんだ。問題が解決できないなんて理由でリーチェを諦める道理は無い。
ニーナやフラッタみたいに、一緒になってから問題の解決を目指したっていいはずなんだよ。
「ニーナもいてティムルもいて、今俺の膝の上にはフラッタだっているんだけど、4人目はお前だリーチェ。絶対に嫁にして、そのおっぱいを好き放題させてもらうからなぁ?」
「まだ嫁になってないのに散々好き放題にしたのは、何処の誰だったかなぁ?」
俺です。俺の左手です。
だけど将来的にお前が俺の嫁になるならギリギリセーフって事になりませんかね?
「……ああ、僕をお嫁さんにすることを諦めてくれるなら、毎日このおっぱいを好きなだけ好きにしていいよ?」
「却下だね。俺は欲張りなんだよ。おっぱいは大好きだけど、それだけで満足できるほど人間出来ちゃいないんだ。おっぱいもお前の心も全部鷲掴みにして嫁に貰ってやるよ。だからちゃんと待ってろ、俺のリーチェ」
リーチェからの魅力的過ぎる提案を即答で却下した自分にびっくりしたわ。
脳が思考する前に却下したような、殆ど脊髄反射で却下してしまったような気がする。
リーチェのおっぱいを見て、思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
毎日このおっぱいを好きなだけ好きなようにかぁ……。なんで俺、断っちゃったんだろうなぁ?
落ち込むように俯くと、ニコニコしっぱなしのフラッタと目が合った。
そうだよ。今の俺ってフラッタと抱き合いながらリーチェに求婚しちゃってたよ……。
「……ごめんフラッタ。お前がここにいるのに他の女を口説いたりして。でもリーチェのことも欲しいんだ、俺」
「構わぬよ? 妾はみんな一緒がいいのじゃっ」
俺の謝罪の言葉に笑顔で首を振るフラッタ。
「ニーナもティムルもリーチェも、大好きなみんなと一緒に、大好きなダンのお嫁さんになりたいのじゃ。だから大好きなダンが大好きなリーチェをお嫁さんにしてくれたら、妾も嬉しいのじゃ……」
フラッタの言葉にちくりと胸の奥が疼く。
……でもだいじょうぶだ。ちょっと疼いただけだ。
本当にフラッタって扱いづらいなぁ。あまりにも俺に都合が良すぎる。俺の理想そのもので、だからこそ扱いづらいったらありゃしない。
「……待ってる。絶対に、待ってるからね……」
フラッタと話していた俺の耳には確かに、その消えそうなほどに小さな呟きが届いたのだった。