083 命の危機
「ごめんなさいぃっ。ごめんなさいなのじゃぁぁっ」
冒険者ギルドに響くフラッタの泣き声。宥めても宥めても泣き止んでくれない。
……泣き続けるフラッタを見て覚悟を決める。ここでフラッタを抱きしめないなんて俺じゃないね。
泣きじゃくるフラッタの体を、正面から抱きしめる。
「どうしたのフラッタ。なんでフラッタが謝るのさ?」
無防備を晒して泣き続ける、没落予定の領主の娘。
そのあまりの美しさと実力に忘れそうになるけど、こいつはまだ13歳の少女なんだよなぁ。
「フラッタは何も悪くない。むしろ1番頑張ってたでしょ? フラッタが謝る必要なんて何処にもないよ」
なおも泣き続けるフラッタの頭の後ろを優しく撫でる。
こんなことをヴァルハールの冒険者ギルド内で見せつけて問題にならないわけがない。……が知ったことじゃない。何処からでも誰であろうとかかって来い。
ちょうどさっき竜人族は皆殺しにすると決めたばかりだからな。
たとえヴァルハールを滅ぼしてでも、俺はフラッタを抱きしめ続けるぞ。
「あああああああっ! ごめんっ、ごめんなさいいいいっ!」
優しく抱きしめながら、フラッタの頭を撫で続ける。
何でお前が泣くんだよぉ。なんでお前が謝るんだよぉ。誰だよフラッタを泣かせた奴は……!
……俺か? 俺なのか?
「ごめんフラッタ。ごめんよ。謝るから泣き止んでよぅ……」
そんな俺の謝罪も空しく、フラッタは一瞬泣き止んだかと思ったら、力いっぱい俺に抱きついて今まで以上に泣き始めてしまった。
し、死ぬっ、竜人族の全力のハグは、死ぬうううぅっ。
「ごめんなさぁい! ごめんなさぁい! ごめんなさいなのじゃあああっ!」
だからと言って、ここでフラッタから離れるという選択肢はない。絶対にそれだけはない。ありえない。
俺に縋って泣く少女の手を、どうして払う事が出来るってんだ。
……まぁ骨でも折れたら、あとで1発くらい殴らせてもらおう。
「どうしたのフラッタ? それじゃ分からない。なんでフラッタが泣いてるのか、言ってくれなきゃ分からないよ? 教えてフラッタ」
「ごめんなさぁい! ごめんなのじゃぁぁぁ!」
ダメかぁ。このままじゃ埒が明かないなぁ。
というか、この状態のフラッタがこの場にいても意味無いよな?
「なぁお前ら。もうフラッタが居なくても後始末くらい出来るだろ? 俺らもうここにいる必要ないよな?」
泣きじゃくるフラッタから視線を移し、未だオロオロとしているだけの役立たずどもに問いかける。
フラッタの用事も済んだようだし、俺の決闘も滞りなく終わってる。さっさと帰っちまおう。
「……それともお前ら、こんなフラッタにまだ何かさせる気なのか?」
しかしやはり俺の言葉には誰からも反応が返って来ない。
……皆殺しにされてぇのかこいつら。
「……3秒以内に返答しないと決闘を申し込むぞ、お前ら全員に」
「だ、大丈夫ですっ! お、お帰りくださいっ!」
いちいち脅さないと返事も出来ないのか、このクソ無能ども。
まぁいい、言質は取った。それで充分だ。
「聞こえたフラッタ? 俺たち2人とも、もう帰っていいってさ。帰ろうフラッタ。みんなのところに」
「ごめんなさいぃぃぃ! ごめんなさいぃぃ!」
「それともフラッタはここに居るの? 俺は帰るよ? ニーナも、ティムルも、リーチェもいるあの家に。フラッタは一緒に帰ってくれないの? 帰りたくない?」
「帰りたいぃぃ! 妾も帰るのじゃぁぁぁ!」
フラッタの腕の力が更に強まる。
ぐああああああ! おのれぇぇフラッタぁっ。お前、本気で俺を殺す気じゃないだろうなっ!?
「それじゃ帰ろう? フラッタの荷物は何処? このままでくっついてていいから、俺と一緒に取りに行こう?」
脂汗を滲ませながらも全力のやせ我慢。
何気にこの世界に来てから1番ピンチじゃないの今? ミシミシいってない?
頑張れ俺の骨っ!
ここで折れたらフラッタはもっと泣き続けるぞ!
「うん、かえっ、帰るっの、じゃ……。あっ、ちなのっじゃ……」
俺に全力で抱きついた状態であっちと言われても、方向が分からないよフラッタ? まぁ決闘の時にフラッタが現れたあたりを探せばいいだろう。
つうか痛い! 痛すぎるってば!
でもいってぇけどさぁっ! まじで痛いんだけどさぁっ! しゃくりあげながら答えてくれたフラッタに、これ以上の負担をかけるわけにはいかないんだよぉっ。
おのれフラッタああああっ! 扱いにくすぎなんだよお前はああああっ!
歯を食いしばって痛みに耐えながら、フラッタに絞め殺されそうになりながら、なんとかフラッタの荷物、そして投げ捨てた盾を回収する。
フラッタの荷物はまぁまぁ大きめのリュックだった。着替えなのかな? こんな風に別のこと考えてないと痛みで失神しそう。
「それじゃ帰るよフラッタ。フラッタはこのままにしててね? 虚ろな経路。点と線。見えざる流れ。空と実。求めし彼方へ繋いで到れ。ポータル」
もう余計なことに時間をかける余裕はない。
最小限の確認だけを取り、小さく頷いたフラッタに殺されそうになりながら、そのフラッタの荷物まで俺が持ってポータルに入った。
「おかえりなさ……って、何があったんですか2人とも? フラッタ? フラッタ、だいじょうぶですか?」
ポータルを潜ると、家に居たニーナがすぐに異変に気付いて駆け寄ってきた。
っていうか大丈夫じゃないです! 俺のほうが、君のご主人様の方が大丈夫じゃないんですよ! たった今、ステイーダからアッチンまでの道中よりも死に掛けてるんですってばっ!
なんで決闘は無傷だったのに、パーティメンバーに殺されにゃならんのよっ!?
自分の女に殺されるなら男として本望って? いやまだこいつ俺の女じゃないからっ!
絶対誰にも渡さないけどぉ! たとえこのまま殺されようと、絶対に誰にも渡さないぞ、フラッタぁっ!
しかしニーナの声を聞いて安心したのか、なんとか俺の意識が途切れる前に、フラッタの腕の力のほうが緩まってくれた。
たた、助かったぁ……! マジで死ぬかと思ったんだけどぉ……!?
「フラッタ。家に入ろう?」
殺されかけた仕返しに、このまま抱きしめたまま放してやらないことにする。
「ニーナ、悪いけどフラッタの荷物お願い。実は俺もフラッタの話が聞けてなくてさ。家の中で話を聞こう」
「ご主人様にも分かってないんですか。まぁ……、フラッタですからね……。はい、荷物はお任せください」
ニーナがフラッタのリュックを持って、家の前でドアを開けて待っている。
さぁこっちも移動しようと思ったのだけど、なぜかフラッタが動いてくれない?
「フラッタ、どうしたの? 中に入ろう?」
「あ、足が……、足に力が、はいらっ、ない、のじゃ……」
しゃくりあげが止まらないけど、会話が出来る程度には落ち着いてくれたみたいだ。ニーナ様々だな。
だけどのそのニーナの声で気が緩んで、それで力も抜けちゃったのか。
「フラッタ。家に入るから、お前のこと抱き上げていいか? 家に入ってゆっくり話をしよう?」
「う、うんっ、うん……。なっ、なかに、なっかに、入りた、いのっ、じゃ……」
「了解。じゃあ一瞬だけ離れるけど、体勢を変えるだけだからな? よっと」
フラッタを不安にさせないように、素早く体勢を変えてお姫様抱っこする。
……軽いなぁこいつ。そもそも小さいしなぁ。
抱きあげたフラッタはすぐにしがみ付いてきて、俺の胸元を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしてくれている。
なんなんだよもぉ。無事に帰ってきてくれただけで嬉しいんだけどさぁ、んもー!
そんなフラッタにニーナと2人で大きなため息をついてから家に入った。
家に入ってもフラッタは俺から離れたがらなかったので、仕方ないのでフラッタを抱っこしたまま客室にあるソファに腰掛ける。
これが我が家で1番大きい腰掛なのだ。流石にフラッタを抱っこしたままベッドに座るのは気が引けた。
フラッタは大泣きこそ収まったけど、未だに小さくしゃくりあげ続けている。
とても話が出来る状態じゃなさそうだ。横抱きにしたまま頭を撫でる。
「フラッタ。落ち着いたら話を聞かせてね。その間にニーナに俺にあった事を説明しておくから。落ち着くまでそのままでいいからね」
返事はしないものの、小さくこくんと頷くフラッタ。
まったく、お前が元気じゃないとこっちまで調子狂っちゃいそうだよ。早く泣き止んでくれよぉフラッタ。
「それじゃニーナ。説明するね」
「はい。お願いします」
心配そうにフラッタを眺めながらも、まずは事情を把握しようとニーナも俺の話に耳を傾けてくれる。
「冒険者ギルドのポータルを利用すると街の入り口に転移させられるみたいでね、そこから俺はフラッタにヴァルハールの冒険者ギルドまで案内してもらったんだ」
ニーナはポータルを使用したことが無いし、もしかしたらギルドのポータルを利用する機会は一生無いかもしれないので、前置き代わりに軽い説明をしておく。
もしもニーナの呪いが解けたとしても、もう俺がポータル使えちゃうもんねっ。
「このあとフラッタは1人で自宅に荷物を取りに行ったので、冒険者ギルドで待っていた俺とは別行動になる。今から話すのは別行動中の俺の話ね?」
頷くニーナに事の顛末を掻い摘んで説明する。
冒険者ギルドで待っていた俺に、6人のゴロツキが絡んでくる。6人に決闘を申し込まれたので返り討ちにする。その後始末をなぜかフラッタが指揮し始める。
……まぁなぜかって言うか、フラッタってあの街の領主の娘なんだけどさ。
そしてその後始末中にフラッタが泣き始めたので、後始末を街の連中に任せてフラッタを連れて帰ってきた。今ここ。
こんな感じに説明した。
「いまいちフラッタが泣いた理由が分かりませんが、ご主人様も珍しいですね? 普段のご主人様だったら、穏便に済ませそうな話じゃないですか?」
「理由は色々あるね。まず第一に、対人戦の経験を積みたかったってのはある。今回はニーナやティムルもいなかったから、自分の力量を測るには良い機会だと思ったんだ」
自分の力量を測るために他人に大怪我を負わせ、もしかしたら殺してしまったかもしれない。
だけど俺と敵対した相手なんかに躊躇も遠慮もしてやる気は無い。そんなことをする余裕など無いのだから。
「第二に、相手が引いてくれなかった。こっちは一応始めは穏便に対応してたんだよ? 最終的には煽ったけどね」
穏便、だったよね? 最初から煽ってはいなかったはず。
俺を見下すだけなら気にしなかったかもしれないけど、フラッタの都合まで無視してきたからカチンときちゃったんだよなぁ。
「3つ目は、相手が弱いのは正直目に見えてたんだ。動きも悪かったし、相手の職業も分からないのに喧嘩を売ってくる馬鹿が強いはずないからね」
ヴァルハールに行く直前にティムルだって言っていた。ポータルを使える相手を侮る奴なんて普通はいないってな。
種族差だけで勝敗が決まる世界だったら、人間族の俺なんかとっくに殺されてるっつうの。
「で、相手が弱いことが分かってたから、今の俺の実力を確認したかった。1対6で、しかも竜人族相手に誰も殺さず切り抜けられる実力があるのか確認しようと思ってね」
「……はぁ~。あまり危ない橋を渡らないでくださいよぅ」
俺の話を聞いて大きく息を吐いたニーナが、探るような視線を向けてくる。
「でもそれだけじゃないんですよね? ご主人様が決闘を受けた理由。んー、この惨状を見るに、フラッタが関係してます?」
どうだろ? あの場にフラッタはいなかったし、決闘に関しては関係ない気がするなぁ。そもそもの発端となった6人の難癖はフラッタに関係するのかもしれないけど。
でもフラッタがいなくても、人間族だってだけで絡まれた気がしないでもないなぁ、あの連中の態度だと。
「いや、フラッタと決闘は関係ないよ。多分フラッタがいなくても絡まれてた気がする。そんな雰囲気は感じた」
あ、そうだ。決闘の前に気になったことがあったんだったな。せっかくの機会なのでニーナに聞いてみよう。
「ねぇニーナ。そのチンピラに俺が人間族ってバレてたんだけど、それってなんで? 人間族も他の種族も外見的には違いはないよね?」
「ああ、ご主人様は知らないのでしたね。私も説明してませんでしたし」
どうやらニーナには心当たりがあるみたいだ。
考えられるとしたら、種族で匂いが違う、とかかな? 全体的に体格の良い竜人族も、筋肉ダルマからちっちゃくて可愛いフラッタまでいるから、外見で判断するのは無理だよな?
「人間族以外の種族は、自分の種族が本能で理解できるんです。誰に説明されなくても、です。そして他人の種族も見れば分かるんです。直感で、としか言い様がありませんが」
…………は? ちょ、直感って、はぁ……!?
「なぜか人間族だけが、自分の種族を自覚する事も、他人の種族を知ることも出来ないんですよ。理由は分かってないそうですけど。父も人間族の友人の感覚の違いにはとても驚いたと言っていました」
俺が戸惑っているのを察して、少し補足してくれるニーナ。
……ちょ、直感ってウソだろ? さっきの種族バレってそんな理由だったのかよぉ。
ちょ、直感ねぇ……。納得いかないけど異世界なわけだし、そういう仕様だと割り切るしかないのか。そもそもスキルやパーティの仕様も直感に頼ってる部分が多いし……。
うわぁ~、そりゃあステータスプレートに種族の表記が無いわけだよぉ。この世界の住人の多くは、種族情報を必要としてないんだからさぁ。
ほんとなんなのよ、この人間族の不遇っぷりはさぁ?
などと人間族の不遇っぷりに頭を抱えていると、フラッタのしゃくりあげが止まっている気付く。
どうやら泣き止んでくれたようだな? それじゃご説明願うとするか。
「フラッタ。落ち着いた? 落ち着いたのなら今度はフラッタの話を聞かせてくれる? 俺もニーナも、フラッタの話を聞きたいんだよ」
優しく語りかけたつもりだけど反応がない。まだ落ち着いてないかなぁ?
「まだお話出来そうにないかな? フラッタがどうしてあんなに泣いたのか、出来れば教えて欲しいんだけど。ダメかなフラッタ?」
ダメだ。反応がない。頷いてすらくれない。そんなに話しにくいことなのかな?
ニーナと2人で、俺にしがみ付いているフラッタの顔を覗き見る。
……って、あれ? ちょっと待って? フラッタ、お前まさか?
「くぅぅ……。くぅぅ……」
寝てんじゃねぇかああああっ!
っとギリギリで叫ぶのを我慢した俺、凄いぞっ!
なに寝てやがんだよこいつっ! せめて、せめて説明してから寝ろよぉっ!
ニーナと顔を合わせて、もう何度目なのかも分からないため息。これだからフラッタはぁ……。
ベッドに連れて行って寝かせようとするが、強い力でもないくせに腕を解いてくれない。
寝てるならちゃんと寝ろよ! 変なところで我が侭通すなっての!
流石に一緒に添い寝するわけにはいかないし、どうしよう……?
「あー……。今回はもうどうしようもないですし……。ご主人様、一緒に寝てあげてもらえますか?」
右手で額を抑えながら、こりゃ駄目だと言わんばかりに首を振るニーナ。
「多分フラッタ、今1人にしちゃダメだと思うんですよ。なんとなく、そう思うんです」
いやニーナの言う事も分かるんだけどさぁ。フラッタと一緒に寝るってなると、俺が俺の事を1番信用できないんだよなぁ。
大丈夫かなぁ。ピッタリ密着してるし、おっぱいのガードは完璧……、だよなぁ?
流石に泣いてるフラッタに悪戯したら切り落としてやるからね? 自重してくれよ、俺の両手さん。