065 今後の方針を話し合う
10日振りに帰宅し、家の中を軽くチェックする。と言っても既に日は落ちているので、本当に軽くで済ませる。目立った問題は無さそうなのでヨシッ!
戸締りを確認したらニーナとティムルに装備品のチェックを任せ、俺は夕飯作りを担当する。
俺のホットサンドメーカーが火を噴くぜっ! ってそれもう丸焦げですよね。
装備品は遠征の度に武器屋、防具屋にメンテに出している。素人の俺達に出来ることは限られているからね。
遠征中の手入れは防具に破損は無いかとか、刃物に油を塗ったりするくらいで、本当に簡単な手入れしか出来ないのだ。
遠征で余った保存食はスープにぶち込み、メインはぎゅうぎゅう詰めにして焼いたホットサンドメーカー焼肉だ。表面はカリカリなのに中はふっくらと火が通っていて、最高の火加減で仕上がった。
いやぁこれを作ってくれた職人さんには頭が上がらないよ。
流石に現代日本で使っていたものと違って上下の食い合わせに少し隙間があったりするけど、そんなのどうでも良くなるくらいに便利だ。
あんまりにも便利すぎて、同じモノを何個も作ってもらっちゃった。てへ?
遠征の物資の残り物で夕食を作ってるけど、そもそも買い物できてないから残り物しかない。なので作れる料理はそんなに多くないな。
遠征用の固めのパンをホットサンドメーカー大にカットして、これまた余り物の果物をサンドし焼き上げる。フルーツトーストとか言うんだったか。
果物だけで甘み足りるかなぁ? 甘いもの好きな2人には物足りないかもしれないね。でも果物って焼いたほうが甘みが強くなるんだっけ? なら砂糖の追加は食べてもらってから判断する事にしよう。
遠征から帰ってきたばかりで疲れもあるだろうし、とりあえず1人2枚ずつくらい作れば充分でしょ。
「「おかわりっ!」」
「もう無いよっ。作ってないしもう材料もないから諦めてっ!?」
まさに、そんな風に思っていた時期もありました状態だ。提供した傍からぺろりと平らげられて、残り物で作った夕食は最早風前の灯だった。
「「ジーッ」」
「ちょちょちょっ、流石にこれは俺の分だからねっ!? 奴隷が主人の皿を狙わないでっ!?」
フルーツトーストはもう無いので、2人の前にホットサンドメーカーで作ったカリカリ焼肉をお供えする。
遠征で頑張った2人の要望は聞いてあげたいんだけど、遠征前に家の食材は使い切っちゃうし、遠征に持ち込んだ食材も明日の朝食分を残して使い切っちゃったんだよぉ。
美味しく食べてくれるのは嬉しいんだけどさぁ。材料が無いんだよ。ごめんね?
だけど2人は俺のことなど眼中に無い様子で、美味しそうに目の前の料理を頬張っている。
くっそ、うちの奴隷が話を聞いてくれない。でも可愛すぎて怒れない……!
「明日は買い物に行くとして、夕食にまた何か作ってくれる? 私、前作ってくれたふわふわの甘いパンがまた食べたいなぁっ」
「ああ、フレンチトーストね。いいよ。明日の夕食は決まりだね」
甘いもの好きのニーナはフレンチトーストがすっかりお気に入りの様子だ。
あれってかなりカロリー高いはずだけど、普段は魔物狩りしてるし、休息中も寝室で毎晩運動会してるし、カロリーの過剰摂取なんて気にしなくて大丈夫かな?
「パンも美味しいんだけど、えぇ、なにこの肉……。外はカリカリ、中はふっくらジューシーって、なんでこんなことになってるわけ? しかも殆ど時間かかってないじゃないのっ」
「以前シュパイン商会の職人さんに作ってもらった調理器具あるだろ? あれで焼いたらこんな感じになったんだよ。気をつけないと丸焦げになるかもだけど、今回は上手くいってホッとしてるよ」
3人で賑やかな夕食を済ませ、体を拭いて遠征でついた汚れを落す。うわぁ、水が真っ黒だよ……。
2人は俺の宝物なので俺自身の手で納得いくまで磨き上げたいところだけど、お互い遠征疲れもあるのでパパッと済ませてしまうことにする。
こんな時はやっぱり、風呂に入れればなぁと思ってしまうねぇ。
俺の前でも躊躇無く裸になって体を拭いている2人がしている話を聞きながら、俺も体と服の汚れを落す。
「やっぱり前回よりだいぶ余裕があるよね? 前回はもう、寝ることしか考えられなかったなぁ……」
「ニーナちゃんの言う通りよね。前回は疲れ果てて、食事する気力すら湧かなかったもの」
平気そうな顔を見せていたティムルも、やっぱり相当疲れてたんだなぁ。ありがたいとか申し訳ないとか、色々な感情が浮かんでくるよ。
今回はティムルの負担も軽減されたようでほんとに良かった。
清潔な服に着替え、10日振りのベッドに3人で横になって、今回の遠征を振り返る。
ダン
男 25歳 人間族 剣士LV21
装備 鋼鉄のロングソード 魚鱗の盾 皮の帽子 皮の軽鎧 皮の靴
ニーナ
女 16歳 獣人族 射手LV11
装備 ブルーメタルダガー 魚鱗の盾 皮の帽子 皮の軽鎧 皮の靴
状態異常 呪い(移動阻害)
ティムル
女 32歳 ドワーフ族 戦士LV14
装備 ダガー ダガー 皮の靴
これに加えて俺は好色家LV2、行商人LV30に、ティムルは旅人LV30に到達した。
そして思い出したように好色家に職業を変更っと。
俺のレベルアップが明らかに早い。それに比べてニーナの射手はレベルアップがかなり遅い。ティムルの戦士は基本職だからか順調に伸びている印象だ。
資金面ではドロップアイテムの換金がまだなのではっきりしていないけど、魔玉が3つ完成したので15万リーフは確実に確保できた。これだけでもティムルの防具代になるはずだ。
魔玉に加えて、食料や水の販売で細々稼いだ売り上げが3000リーフを越えている。
前回のドロップアイテムの売却額も3万リーフを越えていたけど、今回はそれを更に上回る金額を期待できるはずだ。
全て含めて純利益20万リーフ到達なるか? 流石に飛躍しすぎかな?
「今回の報酬でティムルに皮の帽子と皮の軽鎧を揃えたいと思ってる。そうすれば3人とも防具の水準が揃うからね。それでいいかな?」
「いいと思う。防具が揃えばティムルももっと自由に動けるし、3人ともお揃いでちょっと嬉しいのっ」
「ええ。私もそれで問題ないと思う。というか私のために申し訳ないわねぇ」
お揃いで嬉しいとか、ニーナってば普段はすっごく頼りになるのにちょくちょく可愛いこと言うから参っちゃうよ。
火力を優先するって思ったばかりではあるけど、それは職業の話だ。武器の更新はまたの機会になっちゃうけど、今回は安全のためにまず防具を揃えることを優先する。
「武器に関しては、戦士になれたおかげであまり不足を感じないわ。私の武器は後回しでも構わないからね」
以前ティムルが装備していたダガーは、今ニーナが装備しているブルーメタルよりも上の品質の武器らしい。だけど戦士の補正のおかげで武器の不足分をあまり自覚せずに済んでいるようで良かった。
毎回魔玉が溜まったら武器の更新も捗るんだけどなぁ。その為にはもっと奥に潜らなきゃだめかぁ。
ティムルの戦士が終わったら、やっぱり豪商になってもらうのもいいかも。豪商は装備強度上昇持ちだから火力も上げられるわけだし。
魔玉の発光を促進して、どんどんいい装備に更新していきたいね。
「遠征してる間にもう9月に入っちゃってるんだっけ? 多分そろそろ礼拝日だよね。遠征はそれに参加してからにしよっか」
「あ、礼拝日があったねっ。あの修道服、結構好きなんだっ。あー……、でもティムルの分のサイズ、あるのかなぁ?」
「なぁに? 貴方達礼拝日に参加してるの? ってかニーナちゃん、私はニーナちゃんよりは背が高いけど、一般的に見れば普通ですからねっ? あるに決まってるでしょーっ!」
確かにティムルはモデルみたいにスラットした長身だけど、それでも175cmあるかどうかってくらいだろう。太ってるわけでもないし、ムーリさんのおっぱいを収納できる服があるんだからティムルの長身くらい余裕でしょ。
「それでさ、2人には少し想像しにくいとは思うけど、今後どういう風に成長していきたいとか、こんな役割を任されたいとか、何か希望はあるかな?」
奴隷の職業を所有者の俺が決めてしまうのは当たり前のことかもしれないけど、出来れば2人の希望を採用してあげたいんだよね。
鑑定と職業設定の情報が可視化されていない2人には想像しにくい話題なのは分かってるけど。
「例えばの話、職人になって物作りをしていきたいとか、戦闘よりもサポート面を充実させたいとか。漠然とした考えでも構わないからなにかないかなぁ?」
「私はダンと一緒に居られれば、他になにも要らないよ? ダンが必要だと思う力を選んでくれたらいいかなぁ」
「ニーナちゃんに同じ。私の望みは2人と一緒に過ごすこと、これだけよ。それに、ふふ、好きな職業を選ぶなんて贅沢すぎてね、悪いけど想像できないのよ」
2人の答えはまぁ、予想できてたんだけどね。
現状でも2人は満足してるっぽいし、自由に職業を変えられる職業設定の力は、この世界では常識外の能力だから。
ニーナとティムルが言うように、俺達の1番の目的はニーナの呪いを解くことではなくて、3人一緒に幸せに過ごすことだ。
幸せに過ごした上でニーナの呪いを解き、夫婦になる。呪いを解く為に無理をしては本末転倒なのだ。
ニーナの呪いのことを諦める気は毛頭ないけど、先の見えない目標よりもまずは目の前のこと大切にしなきゃ、だよね。
「それじゃニーナとティムルは今の職業を上げ終わったら、2人とも豪商になってもらおうかな」
一応2人の反応を確認してみるけど、2人とも普通に頷いてくれて特に不満は無さそうだ。話を続ける。
「豪商でも攻撃力、耐久力の上昇が見込めるし、インベントリも使えて更には魔玉の溜まりも良くなるんだ。この際だから年内は金策に振り切っちゃおう」
「へぇ? 凄いんだね豪商って。戦闘職じゃないのにそんなに強力なんだ? 魔玉の完成が早まるのも凄いね?」
「ご、豪商……。まさか私が豪商になれるなんて……。この年でもうジジイと肩を並べられるなんて。これも全てダンのおかげよねぇ」
いやティムル。お前、出会った時点で豪商になる資格は得てたからね? 気付いてなかっただけでさ。
ティムルの戦士は恐らく次で上げきれるだろう。豪商の効果は、好色家の次くらいには楽しみだ。
「次回から、遠征12日、休息日3日の、月2回遠征のペースに出来たらなって思ってるんだ。物資の運搬もドロップアイテムの回収量も、その日程なら多分問題ないでしょ? 今回の日程はちょっと余裕がありすぎたなって思ってさ」
余裕があるならなるべく奥に進んで、沢山お金を稼いでおきたいんだよね。今後何があるか分からないし。
例えば、60万リーフの奴隷を買わなきゃいけなくなったりとか?
「確かにお金は稼いでおきたいよね。でも12日間も遠征を続けるなんてだいじょうぶ? ダン、我慢できる?」
ニーナが心から不安そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。
そっちの心配かよっ。流石にスポットの中でまでピンク思考はしてないからっ。転職の度に好色家を上げているのはピンク思考と言えるかもしれないけどっ?
「私もそれで構わないけど……。ダン、貴方何か、無理してお金稼ごうとしてないかしら?」
大丈夫だよティムル。無理はしてない。無理はしてないはず。ただ余裕分を全部投入してお金を稼いでおきたいと思ってるだけかな。
無理はしないけど、無理の1歩手前までは全力を投入してお金を稼いでおきたい。何があってもいいように。
次回の方針も決まったところで、3人くっついて熟睡した。
好色家の効果を試すのは万全の態勢でなければいけない。今は体を休め英気を養うのだ……!
翌朝、やっぱり俺が1番最初に目が覚める。
今日は結構忙しいよなぁ。装備品のメンテ、ティムルの防具購入、ドロップアイテムの換金、食材の買出し、礼拝日の確認。やる事がいっぱいだ。
あー……、お風呂の話、進められる気がしねぇ~。
だっていうのに目を覚ましたニーナに捕獲されて、長い長い長ーいお目覚めのキスをお見舞いされた。んー、ニーナ大好きー。
12日間我慢できないのって、ホントに俺のほうなのかなぁ? そんな事を考えながら、ティムルともキスをする。ティムル大好きー。
2人とのキスを終えて朝食を食べていると子供達が水を汲みに来たので、一緒にいるムーリさんに声をかける。
「はい。礼拝日はちょうど明日ですよ。今回も手伝っていただけるなんて本当にありがたいです」
ムーリさんに礼拝日を確認するとちょうど明日だったらしい。休息日の中日だし色々とちょうど良かったな。
「礼拝日の手伝いか……。それ、僕も参加していいかな? 最近ちょっと煮詰まっててね。気分転換したいんだ」
朝食に居合わせたリーチェも礼拝日に興味を持ったらしい。
ってか、リーチェも礼拝日の手伝いに参加するの? それ自体は構わないんだけど、翠の姫エルフが教会行事の手伝いとか、礼拝客ぶっ倒れたりしない? 驚きすぎて。
リーチェを送り出したら、まずは冒険者ギルドでドロップアイテムの換金を行う。
今回の報酬は42000リーフちょっとか。前回よりも大幅に増えているけど、遭遇した魔物の種類自体は殆ど一緒だった。なのに収入が増えているのはそれだけ殲滅力が上がった証拠だろう。
ついでに魔玉3つも売却。ぎりぎり20万リーフに届かなかったなぁとちょっぴり残念な気分だ。
換金の次は武器屋に赴き、武器のメンテナンスを依頼する。当然防具屋にも行き、防具のメンテナンスも依頼する。
防具屋に来たのはメンテナンスの為だけじゃなくて、ティムルの防具を購入する為でもあるけどね。
ティムルに皮の帽子を4万リーフで、皮の軽鎧を12万リーフで購入する。
シュパイン商会にいた頃の装備と比べるべくも無い低品質の装備品ではあるけど、それは戦士の職業補正が補ってくれるはずだ。これでティムルの単独戦闘が容易になるだろう。
ティムル
女 32歳 ドワーフ族 戦士LV14
装備 ダガー ダガー 皮の帽子 皮の軽鎧 皮の靴
ティムルを鑑定をして、装備品が反映されている事をしっかり確認する。
今回遠征で20万リーフ弱稼いで、防具購入費が16万リーフか。
装備のメンテ代や矢の補充、遠征の準備なんかを諸々含めても2万リーフもあれば充分なはず。1万リーフ以上は貯蓄に回せそうだ。
装備品のメンテナンスと購入を済ませたら市場に行き、マグエルに滞在中に必要な分だけ食材を買う。ニーナのリクエストであるフレンチトースト用に、ミルクと卵も大量購入しておく。
この2人凄い食べそうだから、ちょっと……、いやかなり多めに材料を購入しておいた。
荷物持ちのティムルがめっちゃニコニコしてるのが逆に怖い。頼むから1日で食い尽くさないでくれよぉ?
買い物を終えて家に戻ると、コットンたちが花壇と畑の世話をしてくれていた。花壇と畑を覗き込んだけど、残念ながらまだ芽は出ていない模様。
ニーナとコットンの話では、早いものなら次回の遠征から帰ってきた辺りで芽を出し始める見込みらしいね。
家に入って荷物を下ろす。
ふぅ……。なんとか予定は消化できたけど、ちょっと疲れたなぁ。
買ってきた食材をチェックするけど、やっぱ多くない? この世界には冷蔵庫も無いのにさぁ。
ってニーナさん。ティムルさん。2人とも、そんな満面の笑みを向けられても困るんですが?
流石にフレンチトーストだけじゃ俺が嫌なので、夕飯にはもう少し何か作らないと。メインはフレンチトーストなんだから、しょっぱいものか辛いものがいいかなぁ?
そんなことを考えていたら、なにやら表が騒がしくなった。
なんだろ? 花壇か畑のほうでなにかトラブったかな? ニーナとティムルは今手が離せないから俺が様子を見に行こう。
そうして家の扉を開けた瞬間、俺は後悔した。
何故この時俺は、この扉を開けてしまったのかと。
「久しぶりじゃのうダン! 以前月に1度の礼拝日のことを聞いてな。妾も覗いてみようと思ったのじゃ。ということで今夜は泊めてほしいのじゃっ」
家の前に、笑顔全開のフラッタが立っていた。
こ、このタイミングで来るか、お前ぇ……。