636 王様
※R18シーンに該当する表現を僅かにカットしております。
「神器は王権神授の証明。神器所有者を王と呼ぶのは当然でございましょう」
……開口一番に王様扱いされて、このまま帰ろうかと少し真面目に検討してしまった。
スペルド王国から追放したロストスペクターの連中に、最後の餞別とばかりに物資を届けに来た俺達。
運んできた荷物をロストスペクターに引き渡していると、ヴィアバタに潜伏していたスカイーパと、ステイルークに潜伏していたルービークがやってきて、静かに俺に頭を下げた。
この態度にいちいち突っかかってると話が進まないので、不本意だけどスルーしておく。
「物資、本当に助かりました。本来であれば我らが王の為に尽くさねばならないところ、誠に恐縮ですが……」
「王国から追放された奴らに尽くされても困るっての。餞別なんだから気にすんな。その代わり王国に戻ってくるなよ?」
「それはお約束致しますよ。人数的にも戦力的にも不安はありません。スペルドなど歯牙にもかけない国を築き、王を称えて見せましょうっ」
「もし本当にそんなことしたら、俺の手で滅ぼしてやるわそんな国。余計なことは考えないで、自分たちが楽しく過ごすことだけ考えりゃ良いんだよっ」
せっかくスペルド王国への憎しみから解放されたってのに、今度は神器所有者に縛られるようじゃ意味無いっつうの。
信仰するならトライラム様を信仰しろとお勧めしながら、別の話題を探す。
「そう言えば、かなり人数増えてるよね? 俺と契約を結んで居ない人も沢山いるっぽいけど、なんでこんなに増えてんの?」
「あっ、申し訳ありませんっ! 只今未契約の者を連れて参り……!」
「そうじゃねーわっ! これ以上奴隷なんて要らねーっての! 人数が増えた理由を説明しろって言ってんだよ!」
「あはははははっ! ダ、ダンさんっていっつも誰かに崇拝されてるのーっ!」
俺とスカイーパたちのやり取りを見て、ターニアが俺を指差し腹を抱えて笑っている。
……なんかターニアって、俺が困ってるところを見ると凄い笑うイメージあるよな?
あとでたぁっぷりとお仕置きしなきゃなーっ。
この会話に興味があるならおいでおいでとターニアを捕獲して、未だ笑いが収まらないターニアを抱きぐるみにして心を落ち着ける。
「そんで? 人数の件に答えてくれる?」
「ええ。王に新天地を示された我々ロストスペクターは、スペルドに残っていた同胞にも声をかけたんですよ。そして多くの者が新天地への移住を希望した、という流れですね」
「てことは、もう王国内にレガリアの残党は残ってない?」
「王国に残る事を希望した者もおりますが、ほぼ居ないと言っていいでしょう。王国に残った者もレガリアとして活動する気は無い筈ですから」
どうやら王国に残る事を希望した者は本当に少数らしく、王国内には20~30人程度しか残っていないそうだ。
王国に残る理由もレガリアとは関係なく、まだ子供が小さくて拠点が出来るまで待っていたいとか、王国内に大切な人が出来てその人と添い遂げたいとか、割と平和で前向きな理由のようだ。
「殆どの者は直ぐにこちらに来る事を望みました。その中には乳飲み子を連れている者もおります。なので王からの物資は非常に助かりましたよ」
「子供を理由に王国に残る人もいるのに、そんな小さな子供を連れて王国を出た人もいるんだね?」
「……ええ。我々にとってスペルドとは、それほどまでに許しがたく憎らしい存在でしたから。その憎しみが子供に伝わる前に連れ出したかったという気持ちは、私にもよく分かります……」
草原を走り回る子供達を見ながら、少し寂しそうに語るスカイーパ。
だけど俺は、子供達と一緒になって走り回っているフラッタが気になりすぎるんだよ? 可愛いけど。
「長きに渡って憎しみを受け継いできたからこそ、それを子供に引き継ぎたくなかったってか。ま、子供に余計なものは背負わせるべきじゃないってのは同感だよ」
「我々はもう、スペルドの民を同胞と思って接することは出来ませんからね……。スペルドに居たままでは、保護者のそういった意識は知らず知らず子に伝わってしまうでしょう」
「だろうね~。子供ってのは親を見て育つものだから」
「ですが、せっかく忘れられる機会を得たのですから忘れるべきです。神器は王の手に渡り、メナスの象徴であったレリックアイテムは失われたのですから。もう……忘れたいんですよ、我々も」
もう忘れたい、か。
憎み疲れたってことなのかな。
スペルド王国を好き勝手引っ掻き回してきたコイツらが、なにを虫のいいこと言ってやがるんだと思わないでもないけど……。
せっかく憎しみを忘れて前を向こうとしている奴らの足を、俺が引っ張るわけにはいかないかぁ……。
「小さい子供たちには移動が大変だと思いますが、出来るだけスペルドから離れようと思っています。未発見のアウターか大きめの森でもあるといいのですけど……。そこは運ですね」
「水源に川……は、プライミングポストがあれば不要か。アウターと森は、上手く行けば俺の方で何とかしてやれるかもしれない。まだなんとも言えないけどな」
「な、なんとかってなんです……? まるでアウターと森を用意するように聞こえるんですけど……」
ちょっと引き気味のルービークに、今は答えられないと返答を控える。
整合の魔器を再現できれば、森とアウターの2つが同時に発生する事になるわけだからな。
エルフェリアよりロストスペクターを優先する気は全く無いけど、エルフェリアにアウターを生み出すことが出来た暁には、コイツらにもアウターをプレゼントする事にしよう。
……今回が最後の餞別のつもりが、結局また会う事になりそうだな?
「……っと、そうだそうだ。新天地を求めて移動するのは構わないが、世界の果てには気をつけるんだぞ?」
まだまだ移動しそうな雰囲気のスカイーパに、終焉の箱庭の先で見つけた世界の果ての話を振ってみる。
ノーリッテはエンシェントヒュドラを使役していたし、ひょっとしたら元レガリアであるロストスペクターにも世界の果ての情報が伝わっているかもしれない。
そう思ったのだけど、世界の果てと聞いたスカイーパもルービ-クも、不思議そうに首を傾げるだけだった。
「果て、ですか? ソレはいったい何のことです?」
「文字通り、この世の端っこだよ。終焉の箱庭の向こう側にあったんだけど、この世界と魔力が存在しない空間との境界線みたいなものがあるんだ」
「世界の境界線……???」
「境界線と言っても、見た目には世界が続いてるようにしか見えないのが厄介でさぁ。少なくとも果ての向こう側では魔物は存在できなかったみたいだし、人が暮らせる保証も無いから。移動し続けるのは構わないけど気をつけてな」
俺の警告に首を傾げることしか出来ない様子のスカイーパとルービーク。
上手く言語化できなくてもどかしいなぁ……!
1度でも遭遇したら絶対に危機感を抱くはずなんだけど……!
「王の忠告を理解できないのは心苦しいですが、そもそもが未開の地の移動ですからね。安全には万全を期しているつもりです。ご安心を」
「……別に心配してるわけじゃないけどな。せっかく見逃してやるんだから、簡単に死んでくれるなよ?」
「あははっ! ダンさんっ、それどう見ても心配してるからっ! どう見ても相手の身を案じてるからーっ!」
はいターニア、追加のお仕置き決定ね?
まったく、コロコロと良く笑いやがってぇ……。
経産婦の癖に魅力的過ぎるよターニア……。
「っとそうだ。安全と言えば、この辺には魔物って出るの?」
「ええ、出ましたね。ただナイトシャドウやナイトウルフなど、スペルドでも出てくる魔物としか遭遇していませんよ」
「人が集まる場所には魔物が出ませんからね。コレだけの人数がいれば、集団の内側から魔物が発生することはありません。我々が後れを取る事はまず無いでしょう」
ああ。そう言えばソレ、確かに誰かに言われた気がするな? 人が多い場所には魔物が出ないって。
ソレがどうしてなのかは不明だけれど、人さえ沢山揃っていれば城壁等の囲いを作らなくても魔物の抑制効果は発揮されるそうだ。
……今までは、なんとなくそういうもんなんだろって流していたけど、唐突に1つ思い当たってしまった。
村人の職業スキルが大気中の魔力を吸い取り続ける為、人の多く居る場所の近くでは魔物が発生するほどの魔力が溜まらない、とか……?
ま、確かめようの無い情報だけどな。
「魔物が弱くっても油断しないようにね? 今まで人が暮らしていなかった分、野生動物が増えてる可能性もあるんだから」
「はい。我々も野生動物のことは警戒しているのですが、今のところ発見には到っていませんね。見渡す限りの平原ですから、野生動物も潜み難いのかもしれません」
「ところがどっこい、聖域の樹海には地中に潜む巨大な野生動物が居たんだよなー。ストームヴァルチャーのように空から襲撃される可能性だってある。精々気をつけてくれよ」
コイツらの殆どがある程度の戦闘技術を修めているそうだし、これ以上はお節介にしかならないかな。
自分の手で追放したから色々と世話を焼いてしまったけど、これ以上は流石に過保護だ。
「さて。持ってきた物資の引渡しも完了したことだしそろそろ失礼したいところだけど……。資料の移動はもう終わったかな?」
「ええ、殆どの者が戻ってきているようですから、ほぼ終わったと思いますよ。王のご家族の皆様にお手伝いいただいて恐縮でしたけど、おかげで大量の資料を一気に運び出せたようですから」
レガリアの残党狩りをしたもう1つの目的。レガリアの保有している資料の押収。
それをロストスペクターたち自身に案内させ、全て我が家に回収する事にしたのだ。
ロストスペクターたちがほぼ全ての残党を連れて国外に出奔した為、残された拠点や私財は好きにしてくれと言われてしまったけれど、そもそもそんな大量の荷物、回収するだけでも億劫過ぎた。
なので資料を管理していた本人に協力してもらい、重量軽減スキルが浸透している我が家のメンバーが各地を回って回収に当たってくれたんだけど……。
周囲を見た感じ、どうやらみんなももう戻ってきてるっぽいかな?
ちなみに重量軽減スキルが浸透していないチャールとシーズ、抱きぐるみのターニア、子供達と一緒になって遊んでいるフラッタは回収作業を免除されている。
「資料の回収も終わってるならもう用は無いかな。これで失礼させて貰うよ」
前を向き始めた過去の亡霊に、過去の象徴である神器所有者の俺が関わり続けるのは良くないだろう。
できれば最終的には神器のことすら忘れてもらって、自立した価値観を生み出して言ってもらいたいところだ。
「森とアウターの件についてはまだ確実なことは言えないから、出来れば自力で見つけて欲しい。じゃあね」
「あ、待ってください王様っ。帰る前に昨日居合わせていなかった者たちに、1度神の杖を見せていただくわけにはいきませんか?」
「え、普通に嫌なんだけど……」
スカイーパが縋るように懇願してきた願いを、脊髄反射で却下した。
しかしスカイーパはそこを何とかお願いしますと、意外なほど食い下がってきた。
「我らレガリアがスペルドに留まる理由はもう無いのだと、改めて伝えて欲しいのです。王の勇姿をその目に映したかどうかは、皆の今後の人生に大きく影響してくると思うので……!」
「……お前らの人生なんて知ったこっちゃないけどね。お前らがスペルド王国に拘る未練が解消できるってんなら、今回だけは協力してやるさ」
「んふふー。拗ねたダンさんって新鮮で可愛いのっ」
スカイーパの要求に憂鬱になりかけた俺の心が、ターニアの笑顔で持ち直すことが出来た。
こんなにコロコロ良く笑う人が数年間も笑う事ができなかった呪われた日々を過ごしていたなんて、今となっては信じられないよなぁ。
「こんな可愛いダンさんを独り占めしちゃって、なんだかニーナに申し訳ないのーっ」
「ニーナは始めの2~3ヶ月は俺と2人っきりだったんだから、俺の表情はもう全部見せちゃってるよ」
「ふふっ。ニーナと2人っきりのダンさんが、拗ねた表情を見せたとは思えないけどねーっ?」
ご機嫌ターニアと頬ずりしながら、互いのほっぺにちゅっちゅっとキスを繰り返す。
確かにニーナと2人きりの時には拗ねた顔なんて見せた事は無かったかもしれないな?
でもこれからもずっと一緒に居るんだから、拗ねた顔を見せる機会なんていくらでもあるだろ。
「そんじゃスカイーパ、適当にお膳立てを頼むわ。それが終わったら帰らせてもらうからな」
「畏まりました。すぐに皆を集めて参りますねっ! 少しだけお時間をくださいっ」
俺の指示を受けて、全力で人集めに向かうスカイーパ。
そんな奴の背中を見て、コレって完全に王様と家来の関係そのものだよなぁと辟易してしまった。
ターニアをぎゅーっとしながら5分ほど待ち、集まった人々の前で視界の王笏を掲げて見せる。
輝きを増した神の杖を見た面々の反応は様々だったけど、最後は皆泣きながら俺に向かって頭を垂れた。
……いい加減、人に跪かれる事に慣れてきちゃった自分が1番恐ろしいわぁ。
傅くロストスペクターを見て爆笑しているターニアをぎゅーっと抱きしめながら、ロストスペクターたちが頭を上げる前にマグエルに転移した。
そして自宅の庭に散らばっている膨大の資料を見て、思わずため息が零れてしまった。
「…………まずは片付けから、だなぁ」
「う、嘘でしょダンさん……!? 家に入る前に片付けなんて、下手したら死んじゃうよっ……!?」
「たかが片付けに命まで懸けなくていいからね、キュール?」
片付けに関しては戦力外のキュールだけが文句を言ってくるのって、なんだかちょっと不思議な気がするなぁ。
でも折角過去の亡霊たちの因縁が断ち切れたんだから、片付けを後回しにするのはちょっと気が引ける。
「こういうのは後回しにするより、すぐにやっちゃったほうがいいんだよ。文句言ってる暇があったら動いて動いて。みんなもよろしくねー」
「……なんか、自分が家事を出来ない理由を突きつけられてる気分だよぉ……」
ゲンナリしているキュールにちゅっとキスをして、みんなで一緒に片付けようねと励ましてあげる。
ということで、整理整頓の苦手なキュールには適当に気になる資料を抜粋してもらう事にして、レガリアから押収した資料を家族みんなでニーナの建てた別荘に運び込んでいった。
455年間も紡がれたレガリアの悪意の記録が流出しないように、我が家がしっかり封印しておかないとな。




