635 重み
※R18シーンに該当する表現をカットしております。
「んー。結局ノーリッテのことは殆ど分からなかったんだねぇ」
ゴブトゴさんから受け取った資料に目を通したリーチェが、肩を竦めながら呟いた。
帰宅する前にゴブトゴさんから受け取ったノーリッテの調査結果によると、どうやらアイツの記録は全て消されていたらしく、何も見つけることが出来なかったようだ。
シャロと馬鹿殿下が自由に着服に手を染めていたことからも分かる通り、城内の重要なポストは殆どレガリアの連中で埋まっていたそうで、資料の改竄や処分なんて簡単だったんだろうなぁ。
「ま、ノーリッテは少なくとも奴隷商人を浸透させていたんだもの。国に届け出ていない奴隷商人はそれだけで重罪になっちゃうんだから、レガリアとしては記録を残しておくわけにはいかないわよねー」
「ノーリッテの事は仕方ないにしてもー……。監査員の事が殆ど分かってないのは流石に呆れちゃうのっ。素性の分からない人を国の運営に携わらせていたなんてーっ」
ノーリッテの資料が残っていないのは仕方ないと息を吐くティムルと、改めてスペルド王国の杜撰な管理体制が浮き彫りになって憤るニーナ。
よくよく考えたら、監査員の事が分かってなかった時に依頼したノーリッテの調査って、それこそレガリアの連中に筒抜けだったわ……。
それどころか、下手をするとレガリアの連中に組織のボスの調査を依頼してしまっていた気がするなぁ……。
ロストスペクターを追放した今、改めて調査すれば何か分かる可能性もあるけど……。
「ロストスペクターの追放にも成功したことだし、組織レガリアについては決着したことにしようか。後は奴等が管理してた資料関係を洗いざらい回収して終わりってね」
「……そうじゃな。構成員が居なくなり、事実上消滅した組織にいつまでも拘っても仕方が無いのじゃ」
フラッタの言葉にみんなが同意するように頷いた。
フレイムロードとの遭遇から始まったレガリアとの因縁も、コレでようやく断ち切ることが出来たようだ。
「過去の亡霊、かぁ……。歴史の真実を暴く行為って、必ずしもみんなが幸せになるわけじゃないんだね……」
「……へ? 突然どうしたのチャール?」
レガリアとの因縁をようやく断ち切れて、複雑な想いはあっても清々していたところに、沈んだ様子のチャールの呟きが耳に残った。
どうやらレガリアとは殆ど関わってこなかったチャールには、俺達の感慨深さは共有できていないようだ。
「ん~……。今まで私って、ただ漠然と楽しいって思いながら究明の道標として活動してきた気がするんだ。だけどロストスペクターの人たちを見てさ。面白半分で過去を暴いて本当にいいのかなって……」
どす黒い感情とは言え、450年以上も強い想いを抱き続けてきたロストスペクターたちに触れて、チャールが自分のやっている事に疑問を抱いてしまったらしい。
そんなチャールを抱きしめてあげると、彼女は何も言わずに俺の胸に顔を埋めて黙り込む。
そんなしおらしいチャールの姿を見て、残りの究明の道標のメンバーもそれぞれ自分の考えを口にする。
「たはは……。好奇心に疑問を持たれちゃうと少しバツが悪いね。私の研究なんて好奇心だけで突き進んでいるようなものだからさ」
「……キュールさんに同じだ。俺なんか好奇心だけで世界中を見て回ろうって思ってるからな。チャールに何にも言えねぇよ……」
好奇心の奴隷であると自覚しているキュールはケロッとしたものだけど、シーズの方はチャールの言葉に引き摺られて微妙に落ち込みかけてるな?
シーズのことも呼び寄せて、チャールと一緒にぎゅーっと抱きしめてあげる。
「2人の悩みの答えになるかどうかは分からないけど、俺は究明の道標の活動って必要なことだと思ってるよ? 誰に迷惑をかけてるとも思わないしさ」
「あ~……。必要なことだっていうのは分かってるつもりなんだけど……。えと、なんて言えばいいかな……」
どうやらチャールは、究明の道標の活動そのものに疑問を抱いているわけじゃなさそうだ。
けれど自分の言いたい事が上手く言語化できずに、もどかしそうに唸っている。
「自分の認識が軽すぎたって言うかさ、昔の人が人生をかけて積み上げてきた過去を、興味本位で扱う事に罪悪感を感じるって言うか……。なんだか少し申し訳ない感じがするんだ」
「ロストスペクターの連中だけじゃなくてよ……。ダンやキュールさん、シスタームーリとか、みんなも凄く真剣に人生に向き合ってるように感じんだよ……。そりゃあ俺らはまだ子供だけどさ、それでも本気で向き合ってるつもりだったんだ。でもその想いが、思ったより軽い気がしてよ……」
ぎゅっと俺に抱き付いて、顔を隠すように俺の胸に顔を埋めるチャールとシーズ。
自分が子供なのを分かった上でもそう感じちゃうのかぁ……。2人は大人だなぁ……。
トライラム教会の孤児は苦労してるせいか、みんな実年齢よりも成長しすぎてるよねー……。
さて。早熟なこの子たちの悩みには、なんて言ってあげるべきかな。
「……チャールもシーズも、自分の想いた認識が軽くてショックを受けてるみたいだけどさ。そもそもの話、軽いって悪いことじゃないと思うよ?」
「「……えっ?」」
俺の言葉が意外だったのか、涙が滲んだ瞳で俺を見上げてくる2人。
そんな2人をよしよしなでなでしながら、あくまで俺個人の考えだけど、と言葉を続ける。
「正にロストスペクターの奴らがそうだったように、想いってのは重過ぎると身動きが出来なくなっちゃうもんだと思う。重みが増すごとに視野は狭く、柔軟性は失われ、重すぎる想いに心が潰れることもあると思うんだよね」
「……確かにロストスペクターの人たちは、重すぎる憎悪に心囚われていたように思えたけどさ。それが軽くていいって話にはならないんじゃないの?」
「身も思考も軽いとさ。視野は広く柔軟な考え方が出来ると思うんだよ。常識に囚われず、トライラム様エルフ説を唱えたチャールみたいにさ」
「……あ」
自身の体験を例に出され、先ほどとは違う衝撃を感じたようにハッとするチャール。
異世界から来た俺よりも柔軟な思考と発想は、常識と経験に囚われた頭じゃ持ち得ないと思うんだよ?
「さっきシーズが言ったように、2人はまだまだ若いからね。知識でも想いでもさ、重みって積み重ねないと生まれないものだと思うよ? 2人の想いに重みが出るのはこれからじゃないかなー」
「……でもよ、ダンだってそんなに長い時間を王国で過ごしたわけじゃねぇだろ? だけどダンの想いは、ロストスペクターの連中にも、歴史を追ってきたキュールさんにも負けてねぇじゃねぇか……!」
「そりゃそうだ。過去の誰かの憎悪を引き継いだだけのロストスペクターや、資料や研究で歴史を追ったキュールさんとは違って、俺は全部自分で体験したんだからな。当事者なんだから外野と一緒にしてもらっちゃ困るよ」
「ぐっ……! 長年研究してきた経験を外野と一蹴されるのはキツいね……!」
あら? シーズに語りかけていたら、キュールが地味にダメージを受けてしまったようだ。
お前の研究を軽んじるつもりは全く無いよー?
ただ俺にとって、組織レガリアと王国の歴史に関する話は、全て自分の周りで実際に起こった出来事だって話でさ。
「……ダンさんはレガリアと直接対決し、メナスだったノーリッテを打ち負かして神器の正当所有者になったわけだからね。神器の話もスペルドに巣食うレガリアも、ダンさんにとっては過去じゃなかったわけだぁ……」
「そういうことだね。外野は流石に言い方が悪かった。ごめん」
「いや、客観的に見たら私は完全に外野だったよ。こうしてダンさんに迎えられて、ようやく当事者の1人になれた気分さっ」
チャールとシーズを抱きしめている俺の背後から抱き付いて、俺にスリスリ頬ずりしてくるキュール。
その言い方だと俺が歴史の中心に居るみたいに聞こえるので、速やかに撤回して欲しいんだよ?
「……ちょっと脱線しちゃったけど。俺は2人の情熱を知っているからね。何の問題も感じてないかな」
「情熱……。重さじゃなくって熱さ、かぁ……」
「重さも軽さも一長一短だ。まだ重みを感じていないチャールとシーズの2人だからこそ見つけられることだってあると思う。だから焦らなくっていいんだよー?」
「……焦るなって、無茶言うなよぉ。ダンがこうやってかっこいいから余計焦るってのにさぁ……」
……シーズは隙あらば俺に告白してくるねぇ?
だけど、なんとか2人の気持ちは上向きになってくれたようだ。
泣きそうになってるよりも、そうやって色々なことを考えている2人のほうがずっと魅力的だよーっ。
「ま、軽さを感じていられるのは今だけだから、その軽さも全力で楽しんでくれればいいよ」
「え、今だけって……。そんな簡単に重みが身につくとは思えないけど……」
「そうじゃなくって、年が明けたら2人は身重になってもらう予定でしょ? もう2度と身軽にはなれないと思って欲しいなーっ」
「そっちかよっ!? なんで毎回エロで締めるんだよお前はーっ!」
そんなの決まってる! 俺がエロいこと大好きだからでーっす!
叫ぶシーズの口をキスで塞いで、出かける前に皆と一戦交えるのだった。
「ふぅ……。それじゃそろそろ出かけようか?」
チャールとシーズは少し落ち込み気味だったので、2人とはひたすらキスを繰り返しながら他の皆をしっかりと可愛がってあげた。
可愛がりすぎて疲れたのか、みんななんだか身体が重そうですね?
「頼まれた物資は用意したけど、なにしろ2000人規模の集団に渡す物資だからねー。まだ収納しきれてない分もあるから、ダンやシャロたちのインベントリにも収納させてねー?」
重点的に可愛がった究明の道標の3人が息を整えている間に、ティムルが用意してくれた物資をインベントリに収納していく。
主に食料や調味料みたいだけど、プライミングポストやエアコントローラーなどのマジックアイテム、包丁やノコギリ等の日常で使う道具なども用意してくれたみたいだ。
「って、そうか。レインメイカーじゃなくてプライミングポストを渡してやればよかったのかぁ……。すっかり抜けちゃってたよぉ……」
「いいえ? 彼らはまだ移住先を探している段階でしょ? なら使用中も持ち運べるレインメイカーの方がずっとありがたい筈よ。井戸は拠点が定まってからじゃないと使えないからねー」
自分で用意したのに、ロストスペクターに井戸はまだ早いと語るティムル。
じゃあなんでプライミングポストをと訪ねようとした俺に、リーチェが解説してくれた。
「なんとなく、ダンはコレっきりロストスペクターの連中とは関わらない気がしてね。念のために用意しておいたのさ」
「……あ~。確かにもう会う気は無かった、かな? 俺の予定なんて未定もいいところだけどさ」
「もっと言えば、必要になったら彼らが自分で王国にくればいいだけなんだけどね。彼らはポータルが使えるんだから」
ダンの過保護が移っちゃったかなー? と楽しげに笑うリーチェ。
たったひと晩で仲間や家族を自主的に引き取ったりしてるし、ぶっちゃけ俺達が支援しなくても大丈夫なくらいの能力はあるんだよな、ロストスペクターのメンバーって。
「けど、なるべく王国との接触の機会を減らしてあげるほうがいいと思ったんだ。お互いの為にね」
「それには俺も同感だよ。ありがとティムル、リーチェ」
お姉さん組に説明を受けていると究明の道標の3人も復活してきたので、みんなで手分けして荷物を収納していく。
チャールとシーズは1㎥のインベントリが3つあるだけだけど、それだけでもまぁまぁの量のドロップアイテムが収納出来るんだから、やっぱ旅人の浸透は必須だよなー。
「あははっ。凄いですねこれ!? 華奢な私でも、こんなに沢山の荷物を担げるだなんてっ」
「あ~……。これは確かに日常生活での影響が大きすぎるね……。チャールとシーズも兵士が終わったら行商人の浸透を進めたほうがいいと思う」
行商人の効果を実感しているキュールと、キュール以上の荷物を担いではしゃぐシャロ。
家事の出来ないキュールは、今まで所持アイテム重量軽減スキルを実感する機会が無かったのかな?
シャロは荷運び人まで浸透を終えているから、キュールの倍以上の荷物を持ち上げることが出来て嬉しそうだ。
シャロとキュールが思った以上の運搬能力を発揮してくれたので、俺は空いた両手でリーチェとムーリの大ボリュームを確かめながらポータルを発動した。
重量軽減スキルにも負けないこの重要感、最高すぎますなぁ。
しかし、転移先にロストスペクターの姿は無いようだ。
「どうやら結構移動したみたいだね。ひと晩で見えない位置まで移動するとは、流石に職業浸透数が多いだけあるなぁ」
「どうするのダン? 追いかけるにしても、相手の居場所が分からないのー」
「大丈夫だよニーナ。奴隷契約のおかげで大体の場所は分かるから、このまま徒歩で向かおう」
「やった……! 侵食……もとい聖域の樹海の向こう側を歩けるなんて夢のようだよっ」
ニーナではなく、好奇心の塊であるキュールが大喜びしている。
景色的にはだだっ広い草原が広がってるだけなんだけどね。
研究者としては実際の景色よりも、ここがどこであるかという情報こそが興奮ポイントなのだろう。
奴隷契約の反応を追って、ゆっくりとロストスペクターのいる方向に移動した。
「おー、ようやく見えてきたのじゃー」
フラッタの元気な声が聞こえてきたので、腰砕けになっている爆乳2人の腰を抱き寄せ支えてあげる。
聖域の樹海の端から1時間ほど歩くと、遠くからでは気付かなかった小さな丘になっている場所があり、その向こうに沢山の人が集まって休んでいた。
なんか遠目にだと2000人どころか、5000人くらい居そうに見えるんだけど……?
「あっ、王様じゃないですか! 態々会いに来てくださったんですかっ!?」
ヴィアバタに潜伏していたスカイーパが、近付く俺達に気付いて手を振っている。
けれど俺が呼ばれているわけじゃないので華麗にスルーだっ!
「ほぉらダン。王様ですってよぉ? ちゃあんと応えてあげないと駄目じゃなぁい?」
「王様って誰のことですかねー? 女神ティムル様ならここにいらっしゃいますけどー?」
「ふははーっ! 元々暴君だったのじゃから、今更王呼ばわりされたくらいで辟易するでないのじゃーっ」
からかってくるティムルと牽制し合っていると、フラッタが全てを無視して強引に俺の手を引き、俺の身柄をスカイーパの前に差し出した。
ご注文の品、お届けにあがりましたーって? コレだからフラッタはぁ……。
「……昨日の今日だけど、追放した手前、餞別くらいはくれてやろうと思ってね」
ニコニコしているフラッタを抱っこしながら、スカイーパに話しかける。
ムーリとリーチェというエロスの巨星2人を散々弄んだ後にフラッタを抱っこすると、可愛いの概念が限界突破してくるなぁ。ぎゅー。
「でも、なんで王様呼びなんだよ? 俺はお前らの王にもスペルド王国の王位にもついた覚え無いってぇの」
「何を仰いますか。神器は王権神授の証明、神により王と認められた証ではないですか。神器所有者を王と呼ぶのは当然でございましょう」
「はっ。自国の民を追放する王様が居るかっての。まぁいいや。お前らとはこれっきりだし好きに呼べば?」
話の通じないスカイーパにちょっとイラッとさせられるけど、抱き締めているフラッタの柔らかさと暖かさが俺の気分を落ち着けてくれる。
ムキになって否定するほど広まりそうだからな。
どうせもうスペルド王国とは関わらない連中だし、俺の知らないところで勝手する分には放置しておこう。
ロストスペクターたちに王国への未練が微塵も残っていない事を感じながら、俺は過去の亡霊たちとの最後の会話に興じるのだった。




