632 ※閑話 失伝 世界樹
※閑話です。そして失伝です。
視点は魔法技師メルトレスティ。時系列は622『※閑話 失伝 来訪』の続きです。
「コラプサーに備える為に、異界の門を閉じる方法を見つけなければいけない、かぁ……」
コルに丸投げされた難題に、思わずひとりごちてしまう。
ガイアという世界がコラプサーによって滅ぼされたという話から、私たちは異界の門を強制的に閉じる方法を見つけなければならなくなったのだ。
「初めてこの世界に降り立った時は、異界の門を開くのに必死だったのになぁ」
暗闇の中、4人で精霊魔法を発動した最初の夜を思い出し、なんだか皮肉だと感じてしまう。
だけど異界の門からの魔力流入量が増えるほどにコラプサーの出現する危険性が増していく上、コラプサー自身が異界の門を開く能力を持っているのがほぼ確実になった以上、備えておかなければいけない。
それでもなくても魔力流入をテレスに頼りきっているこの世界は、異界の門を完全に閉じ切ることは出来ないのだ。
その事を踏まえると、万が一の事態に備えて異界の門の開き具合を後から調節する方法は、コラプサーが居なくても見つけておかなければならないことだった。
「ヒントはもうあるのよねぇ……。ただ、出力が全然足りてないってだけで……」
異界の門の周囲に発生した、強大な魔力壁を思い出す。
元々全く魔力の無かったこの世界は、本来なら一瞬でテレスの魔力に満たされていなきゃいけないのに、実際には別の魔力で満たされている。
カルが創世を行なった際に精霊魔法と混じり合って変質した魔力は、テレスの魔力と反発して魔力の流入量を抑え込んでいるのだ。
この世界の魔力は境界線が発生するほどにテレスの魔力と鬩ぎ合い、決して混じり合うことなく異界の魔力を押し留めている。
つまり、既に簡易的なフタは成立してるんだよね。
「性質の異なる魔力は決して混じり合うことは無い……。だからこの世界を独自の魔力で満たせば、それだけでテレスからの魔力流入を閉じることが出来る……。けれどこの世界の魔力は、テレスの魔力が無いと生成出来ないんだよね~……」
まるで頓知のような状況に、自分がなにを言っているのかも良く分からなくなってくるよ……。
この世界の魔力は、テレスから流入してくる魔力を変換することでしか生み出すことが出来ない。
それはつまり、この世界の魔力量はテレスから流入してくる魔力の量を絶対に越えることが出来ないという事を意味する。
そもそもこの世界の維持にも魔力を消費している以上、拮抗状態にすら持っていけていないのは、広がり続ける異界の門が既に証明してしまっている……。
「……だから、外的要因で異界の門を閉じる方法が必要、と。結局フリダシに戻っちゃうよぉ~っ!」
「こらーっ! さっきからブツブツうっさいぞメルー! 悩みがあるならみんなに相談しろーっ!」
「わわっ……! カルっ……!?」
異界の門を見上げてうんうんと唸っていると、片手に料理を持ったカルが怒鳴り込んできた。
4人の声は精霊魔法で常に繋いでいる状態だから、私の独り言は全員に筒抜けだったみたい……。
「ご、ごめんカル~……。ちょっと行き詰っちゃってさぁ~……」
「悩んでるのは分かってっけどさー。メルってばもう少し静かに悩めないかねー?」
カルは呆れながら、私に料理と飲み物を手渡してくる。
どうやらカルは私への差し入れを持ってきてくれたみたい。
ん~……。
行き詰ってるし、いいタイミングだから休憩しよっかなぁ……。
「ゴハンありがとカル。騒がしくってごめんね?」
「あんなに盛大に独り言をぶちまけんなら相談しろよーっ。耳元で一方的に騒がれるよりかは会話に参加した方がマシだからねー?」
ヒョイヒョイっと料理を摘みながら私を叱責するカル。
確かにカルの言う通りなんだけどさぁ……。
それって私への差し入れじゃなかったの~っ?
「私1人じゃいいアイディアも浮かばないし、折角だから聞いてもらおうかな。ミルとコルは?」
「ミルは養う人数が増えたからって、備蓄を増やそうと魔物を狩ったり、ガイア人の住処に相応しい場所の調査をしてるよー。コルは彼ら自身の調査だねー」
「ガイアの人たちの調査?」
「調査結果が出る前にあんま適当なことは言えねーんだけど、どうやら私たちに比べっと、彼らは大分脆弱な人種みたいなんだよー」
「え? それは仕方なくない? 私たちって越界調査の為に、最高水準の魔法強化を施してもらってるんだもん」
「メルの言う通りこっちの魔法強化がヤベーってのもあるけど、それだけじゃ説明がつかねーのよ。恐らくガイアに魔力が少なかったことも影響してんだろうね。興味あるならデータ出すー?」
私が答えるよりも先にカルが表示してくれたデータに寄れば、確かにガイアの人たちはテレス人と比べて肉体強度が低そうだった。
寿命は60~80年。
魔力が体に少ないためか魔法の適正も低く、データ上では驚くほど脆弱に感じられる。
けれど肉体の構造は私たちとほぼ一緒で、明確な差を見つけることは出来なかった。
ガイアの人たちも私たちも住んでいた世界が違うだけで、お互い『人間』であることに違いはないんだ。
「彼らに精霊魔法を教えるのも難しそうなんだよー。魔力を知覚する事が殆ど出来てなくってさー」
「ん~……。今は私たちが居るから問題無いと思うけど、文明が崩壊したっていうか、存在しない世界で魔法が使えないのは不味いね……。それも何とかしてあげないと……」
「何とかって言ってもなぁ~っ」
悩ましげにボリボリと音を立てて自分の頭を引っかくカル。
ああもうカルったら、せっかくの綺麗な髪をなんて雑に扱うの~っ!?
「ガイア人の体には魔法適正が無くて、魔力を知覚する能力に乏しいって言ったじゃん? はっきり言って魔法を習得させるのは無理じゃないのー?」
「ううん。そんなことないよカル」
「その感じだとメルには確信があるんだね? 根拠は?」
「根拠もなにも、あの人たちにもマジックアイテムの効果が反映されてたじゃない? なら魔力が全く無いわけじゃないんだよ。魔力があるなら方法はあるはず……」
マジックアイテムを仲介すれば、ガイアの人たちにも魔法効果を反映させることは間違いなく可能なんだ。
だから世界に満ちた魔力と彼らを仲介する何かを用意してあげれば……って!
「そうだよっ! 仲介だよカル! なにも魔力そのものでフタをする必要は無いんだ!」
「ほほー。なんか思いついたんだ? どれどれ、お姉さんに詳しく話してみるが良いー」
「私たちは4人とも同い年でしょっ! ってそんなことはどうでも良くって……! この世界に満ちる魔力の濃度が薄くてテレスからの魔力流入の勢いに負けちゃってるなら、その濃度を別のもので補えばいいんだよっ!」
異界の門の周囲に発生した魔力壁を見てしまったせいで、逆に視野が狭まっちゃってたなぁ~!
この世界の魔力はカルの精霊魔法によって、他の物質に変換しやすくなってるんだものっ。
だったらそれこそフタとなるモノでも生み出して、異界の門を閉じてしまえばいいだけじゃないっ!
「濃度で太刀打ち出来ないなら質量で勝負だよっ! 流動する魔力同士では押し負けちゃうなら、こっちの魔力を物質に変換して物理的に蓋しちゃえば良かったんだよっ!」
「異界の門を物質で閉じる~っ? ……本気で言ってんのメル~?」
「本気だよっ? これ以上無い妙案だと思うんだけどっ」
興奮気味の私に、カルは少し冷ややかな視線を向けてくる。
この様子だと、カルには私のアイディアの問題点がはっきりと見えているみたいだ。
「ねぇカル。貴女は何処に引っかかってるの?」
「テレスからの魔力流入量は尋常じゃないぜメルー? 生半可な物質じゃ押し切られっしさー」
「それは私だって分かってるよ。だからそこまで計算した物質を生成しようって……」
「何よりさ、物質だとメンテする必要が出てくるっしょ? メルはその辺ちゃんと考えてんだろーね? 私らが居なきゃ機能しないシステムを作るわけにゃーいかんよぉ?」
カルがびっくりするくらい冷静に、私のアイディアの問題点を指摘してくる。
でも逆に、今カルに指摘された点をクリアできれば……!
「えっと、情報を整理するね?」
「おっけーい。メルがいけると思った根拠を詳しく話してくれーい」
「まず、魔力のままの状態で均衡を保つのは無理だと思うんだ。こっちの世界の魔力は、テレスの魔力を元にして生み出されてるんだから」
「うんうん」
ここまでは特に問題なく頷いてくれるカル。
この前提部分を履き違えていたわけじゃなくて良かったぁ。
「だから高濃度のテレスの魔力に対抗する為には、物質としての質量が必要になると思うんだよね。重さは堅さにもなりえるでしょ」
「そこまではいいよ。水や空気に近い魔力に質量で対抗する案自体には反対してないからねー」
「なら何処が引っかかってるの? 具体的に……」
「私が引っかかってるのは、実際に異界の門の蓋に使える物質に心当たりが無いって部分さー」
「……うん。ソレも一応分かってはいるんだ。カルが創世した時みたいに、テレスの魔力を真正面から受け止め続ける必要があるよね」
カルの指摘に、私は力無く同意する事しか出来ない。
テレスから流れ込んでくる膨大な魔力を受け止める硬度を持ちながら、半永久的にメンテナンスの必要の無い物質なんて、そんな都合の良いものが存在しないのは私にも分かっていたことだから。
異界の門は何もしなければ半永久的に開いたままの状態なのだから、高濃度の魔力に晒された物質はいずれ必ず劣化しちゃうだろう。
私たちが健在の間は補修も可能だけれど、私たちが居なくなった途端に破綻するような対策では意味が無いんだ。
「でもさカルっ! 魔力を受け止めつつ、受け止めた魔力をこの世界の魔力に変換し、その魔力で常に異界の門のフタとなる物質を生み出し続ける……。コレさえ出来れば……!」
「……つまり、テレスの魔力を受け止める機能。その魔力を変換する機能。そして更にそこから壁を生み出す機能を持ったマジックアイテムを作るってことかー?」
単純な物質ではなく、フタに相応しい性能を備えたマジックアイテムを生み出せばいい。
そう聞いて一瞬だけ考え込みそうになったカルだったけど、やっぱり直ぐに首を横に振ってみせる。
「でもさーメル。新たなマジックアイテムを生み出したとしても、結局いつかはメンテの必要が……」
「分かってる……。意思無き装置を産み出しても、それが永遠に機能することはないよね……」
「分かった上で意見を通そうとしてるって事は、メルには何か具体案があるん?」
「まぁね。……環境作りに慎重になってるカルには申し訳ないんだけど、それらの機能を併せ持った1本の大樹を生み出したいなって、思ってるの……」
テレスの魔力を受け止め、この世界を支える1本の大樹を生み出して、異界の門のフタとする。
命ある植物であれば魔力を受け止め続ける限り成長を続けるだろうから、メンテナンス無しでも半永久的にフタとして機能してくれるはずだ。
だけど、慎重に慎重を期してこの世界の環境を整えてきたカルの姿を見てきただけに、無限に成長し続ける巨木を生み出す事にどうしても抵抗感を覚えてしまう。
「……く、くくっ……! あはははははっ!」
だけど気まずい私とは対照的に、カルはお腹を抱えて大笑いしてしまった?
「うっそだろー!? 創世の次は世界樹を生み出すのかよ私はーっ! 国産みってレベルじゃあないんだけどっ!? あはははははっ!」
「あ、あれ……? 反対されるのも覚悟してたんだけど、意外と乗り気なの……?」
「反対なんかするもんかーっ! 環境学、地質学の専門家としちゃー確かに微妙だけどさっ、神話に挑むみたいでワクワクするってのー!」
し、神話に挑む、かぁ……。
確かに私たちのやってることって、本来なら神様がやることのようにしか思えなくなってきたなぁ……。
「そもそもこの世界は魔力で循環しているんだから、巨木が生えようが環境に影響は無いんだしさー! ぶっちゃけメルが悩んでるほうがよっぽどびっくりするよー?」
「あ……。光合成とかしてるわけじゃないんだったね……。なるほど、異界の門を閉じるほどの巨木が突然現れても、環境面では何の問題も無いわけかぁ……」
どうやら私が勝手に深刻に考えすぎていただけの話で、人の手で作り変えられたこの世界の自然環境は、今まで過ごしてきたテレスの環境とは大きく異なるのだ。
だからこそ、この世界を良くしようと真剣に頑張っているカルに申し訳ないと思ったんだけど……。
カル本人はそんなこと一切気にかけてはいなかったようなの?
「あはははっ! 私の事が大好きなメルは、私の事を思って考え過ぎちゃったんだねー?」
「うっ……! は、恥ずかしいこと言わないでよぉ……! ひ、否定はしないけどぉ……」
「でもなメルっ! この私を見縊ってもらっちゃ困るぜー? 身の安全を度外視してまで環境整備に注力する気は無いからっ。異界の門を閉じるって最優先事項を忘れたりはしないさーっ」
「……っ」
カルの指摘に思わずギクリとさせられてしまう。
コルから託された、異界の門の閉じ方の模索。
それがこの世界の崩壊を回避する為の最優先事項なのは間違いないのに、私ったらつまらない感傷でせっかく見つけた可能性を投げ捨ててしまうところだった……!
「あっはっはーっ! 落ち込まない落ちこまないっ! メルちゃんが私の事を大好きなのは分かってるからっ! いやーここまで思われてると流石に照れちゃうねーっ」
「んもーっ! 私が悪かったわよっ! 見縊ってごめんなさいっ! 覚悟が足りないのは私のほうでしたーっ!」
「謝らなくてもいいってば。覚悟が足りなかった分、配慮は充分だったんだからねー? さ、とっととコルとミルにも話して、世界樹の植樹と洒落込もうじゃんかーっ」
笑顔で私の頭を乱暴に撫でたカルは、こうしちゃいられないとばかりに私の手を引いて駆け出した。
んも~っ! 配慮してるのはどっちだって話だよっ! 敵わないなぁ……。
「メルとカルの意見が一致してるなら言うことないわ。早速実行しましょう」
私のアイディアを即座に採用したコルの指示で、ガイアの人たちが転移してきた異界の門の前にカルと2人で並び立つ。
カルが精霊魔法で世界樹を産み出し、私がその世界樹に魔力の吸収、変換、そして異界の門を一定の大きさに保てるような性質を付与し、異界の門を半永久的に調整するマジックアイテムに仕上げるのだ。
「あ、そうだメル。せっかくだから1本の大樹じゃなくてさー。森が広がるようにも出来ないかなー?」
「え? その位なら簡単だけど……。なんで?」
「どれだけ大きな巨木だって、時間と手間をかければ伐ることは可能だろー? だから簡単には辿り着けないようにさー」
「私たちが去った後も大樹が存在し続けられるように、だね……!」
4人で相談して、余剰分の魔力を使って周囲に森を広げる性質と、魔力の霧を発生させて視界と方向感覚を阻害する性質も付与する事に決まった。
これで、魔力を操作できる精霊魔法が無ければ、ここには容易には近づけなくなったはず。
「それじゃ行くぜメルー? いきなり巨大な木をイメージする必要は無いんだよねー?」
「うん。周囲の魔力を変換しながら少しずつ門を塞ぐべきだと思うんだ。この門を一気に閉じちゃうと、結局別の門に負担がかかってこじ開けられちゃうと思うからさ」
「りょーかいっ。それじゃ世界樹の植樹を始めるんよーっ」
カルの精霊魔法で、異界の門の中心に片手で持ち上げられそうな小さな苗木が生み出される。
その木にすかさず干渉し、魔力を操作して任意の機能を加えていく。
無事に必要な機能を兼ね備えた苗木はテレスからの魔力を吸って少しずつ成長し、数年の歳月をかけて巨大な大樹に成長しながら異界の門を想定の大きさまで押さえ込んでくれた。
世界樹が想定通りに成立してくれたあと、コルから新たな依頼が提案される。
「メル。世界樹とは他に、もう1つ魔力の吸収装置を用意してくれないかしら? 最近は異界の門の外にも魔物が現れ始めたし、何より世界樹に何かあった時の保険として、ね」
「……なら、設置場所は特定の異界の門の近くじゃない方がいいかな? いざって時に持ち運びが出来るように、門から漏れ出てしまったテレスの魔力を吸収するマジックアイテムを用意するね」
世界樹のおかげで異界の門の大きさを一定の規模に押さえ込む事に成功した私たちは、減った魔力供給量を補う為に、距離置いて幾つかの異界の門を開く事になった。
そうして開いた異界の門は安定していたけれど、完全に魔力が満ちきっていないこの世界には少しずつテレスの魔力が漏れ出していき、世界のあらゆる場所で魔物が出現するようになってしまっていた。
だけどソレは逆に、異界の門の近くでなくても魔物の資源を獲られるという事でもある。
だからこの現象はこのまま残しつつ、けれど強力な魔物が現れないように魔力を吸収して変換するマジックアイテムをもう1つ設置した。
そうこうしている間にガイアの人たちは子供を産み始め、少しずつだけど確実に人口を増やしていった。
「あははっ。やっぱり赤ちゃんは可愛いね。何か困ってることは無いかな? この子のためにも遠慮しないでくれよ?」
「ありがとうございますミルザエシス様。でも安心してください。この子も心配しないでーって笑ってるでしょう?」
「ははっ。そうなのかい? その調子で元気に成長してくれよー?」
ガイアの人たちの赤ちゃんに、ミルはすっかりデレッデレになっちゃった。
……ミルって子供好きだったんだなぁ。
まさか異世界に来てから新たな一面を垣間見る事になるなんて、なんだか不思議な気分だよ。
6人からスタートした近親交配なのが少し気になるけれど、今からそんなことを気にしても仕方ないかぁ……。
ケタケタ笑う赤ちゃんをみんなで囲みながら、この世界でみんなで幸せに生きて行こうと改めて決意した。
このままガイアの人たちと一緒に、安定し始めた世界で平穏に暮らしていけると思った頃……。
今度はエデンという世界から、またしても別の人類がこの世界に転移して来たのだった。
※こっそり捕捉
本編の記述だとかなり分かりにくくなってしまっていますが、世界樹に続けて生み出されたマジックアイテムは整合の魔器です。
世界樹と整合の魔器は対、というよりは姉妹のようなマジックアイテムなのでした。




