627 新事実
「俺達の目的はレガリアという組織の壊滅であって、構成員のその後にまでは口出しする気は無いんだ。ってわけで、これからじっくり話し合おうじゃんか」
軽く腹を満たし、こちらの目的も相手に伝わったはず。
なるべくこれ以上の血を流さずに、けれどレガリアを完全に消滅させる為に、コレからが本番だ。
「まず始めに確認したいんだけど。正直な話、レガリアとしてちゃんと活動してた人ってこの中に居るの?」
王国の陰に潜み、闇に紛れて王国民を蝕み続けてきた組織レガリア。
そのあまりにも狡猾な組織と目の前の愚鈍な集団の姿が、さっきからどうしても重ならない。
「レガリアに与していたことで甘い汁を吸っていた人は多いだろうけど……。スペルド王国を憎悪しているはずのレガリアが、いくら必要とは言え王国貴族になんか就きたがるもんなのかな?」
「うっ……そ、それはだな……」
「……そう言えば、王城に現れたレガリアたちの死体もゴブトゴに調べられたみたいですけど、その身元は結局分からなかったみたいですね。少なくとも、王国貴族や重要な役職についている者ではなかったようです」
目の前の領主達が口ごもる中、ゼノンと共にスペルディア王城を襲撃したメンバーの身元の調査が行なわれた事と、調査の結果結局身元が判明しなかった事をシャロが教えてくれた。
転職の履歴は見れるらしいけど、それを閲覧できるのはレガリアしか知らないらしいから意味は無い。
なら人頭税の納税記録から辿れないかと思ったけど、納税処理ってパーティメンバーが代行できるから、身元を隠したければ納税処理を代行してしまえばいいだけなんだよなぁ。
実際に野盗団なんかはそうやって人頭税の滞納を回避しているとこもあるらしいし、野盗にさえ出来る対策をレガリアが取っていないわけがないか。
「しっかし、野盗なんかやってる奴らがちゃんと納税する意味が分からないな? 普通に踏み倒しちゃえばいいのに」
「んーとね、私も詳しいことは分かんないけど……」
俺の問いかけを受けて、自信なさげに唸るティムル。
何でも知ってるティムルお姉さんでも、流石に野盗の事情にまで精通しているわけじゃなさそうだ。
「納税って、つまりは王国との契約みたいなものでしょ? そんなものをどうやって成立させているのかは知らないけどねぇ」
「あ、確かに教会のみんなのステータスプレートには税金の滞納が記載されてたね?」
「そうそう。だから税金を滞納したままだとステータスプレートが王国と繋がっちゃって、そこからアジトがバレてしまうんじゃないのかしらぁ?」
「なるほど……。王国との繋がりを絶つ為に、あえて納税を済ませているってことか。ありえるね」
分からないなりにも、結構納得の行く推論を提示してくれるティムル。
……犯罪者になっても納税から免れる術は無いなんて、思ったよりも人頭税の縛りってキツかったのかもなぁ。
「……これもそう言えばって感じですけど、聞いたことがありますね」
「シャロ?」
そしてこれまた王女のシャロが、俺とティムルの会話を聞いて何かに思い当たったようだった。
「あまり自由度は無いそうですけど、国という単位で法律や規則を広範囲に浸透させるマジックアイテムがあるらしいのです。貴族登録なんかもそれを利用しているそうで、基本はゴブトゴに管理されていると聞いた事があります」
「あ、シャロさん。それなら知ってるよ。恐らく『オーダーディフューザー』のことでしょ? 帝国でも利用されてるから見たことあるんだ」
王女のシャロですら見たことの無いマジックアイテムをサラッと答えてみせるキュール。
我が家の奥さん達が有能すぎて怖いんだよ?
……ベッドの上ではみんな獰猛になるんだけど?
「マジックアイテムに国を設定してね。その国に所属していると認識している人に強制的に誓約を課すことが出来るんだ。誓約を破ってもステータスプレートにそれが表示されるくらいだから、結局は別箇に取り締まらないと駄目なんだけどねー」
「いや、それでも強力すぎるマジックアイテムじゃ? レリックアイテムじゃないのじゃないのそれ?」
「レリック……では無いと思うなぁ。レリックアイテムなら帝国にあるとは思えないからね」
「っていうか、国民だと認識している相手に対して共通の誓約を課すって……。俺って確かこの世か……いやこの国に来た時点で納税してないって言われたんだけど……?」
っていうかちょっと待てよ……?
当時はそういうものなのかと思って深く考えなかったけど、フロイさんに取り出してもらったステータスプレートを目にした時、滞納の表示なんて何処にも無かったよな?
税金を滞納するとステータスプレートに表示されるのは、トライラム教会の孤児たちのプレートを見て知っている。
だけど俺はステータスプレートに納税の証明が無いからと、1年分の税金の免除を受けられなかったんだが……?
1年以上たった今思い返して、そもそも納税の証明ってなんのことだ?
ステータスプレートに表示されるのは滞納の事実だけ、だよな?
「あー……。もしかしてダンさん、それって誰かに騙されたんじゃないのー?」
「はっ、はぁぁぁっ……!? だ、騙されたって……えぇっ!?」
「ダンさんって記憶喪失で通してたんでしょ? だからダンさんの免除分のお金、誰かが懐に入れたんじゃないのー?」
ターニアの指摘に、思わず声を荒げてしまう。
だって俺がステイルークに到着した時に、俺の世話を焼いてくれたのは……!
「え、だって俺がステイルークに滞在してた時、俺の担当をしてたのってラスティさんだったはずだよっ!? あの人が俺の分のお金を滞納してたなんて、そんなことあるはずが……!」
「……ねぇダンさん。税金の話、本当にラスティから聞いたの?」
「え……えっ!?」
「私もラスティがそんなことするとは思えないの。だからダンさんは何も知らないみたいだと報告を受けた別の誰かが、ダンさんの記憶喪失に付け込んで着服したんじゃないのー?」
「ちょちょ、ちょっと待って、ちょっと待ってね……!?」
混乱する頭で、1年前の記憶を掘り返す。
そう、確か始めは難民の税金1年分は免除されると、俺も他の人たちと一緒に説明を受けたはずだ……。
だけど後から俺のステータスプレートには納税の証明が無いとか言われて、今年の分を免除分で相殺しておくからとか言われて……。
そ、そうだ……! 確か後から……ラスティさんじゃない誰かに言われたんだよ……!
それ以前にステータスプレートを見せたフロイさんやラスティさんにはなにも言われなくて、そういうもんなのかーと受け入れてしまったけど……!
い、いくら動転していたとは言え、その後に何度も村人のレベル確認をしてたのに、なんで納税表示が無かった事に気付かなかった……!?
「……って、そうかぁぁぁっ!!」
俺って鑑定が使えたから、装備を整えたあとは鑑定でレベルを確認してたんだ!
ステータスプレートにはレベル表記は無いから、自然とステータスプレートを見る機会は減ってしまっていた!?
あの時は生活に余裕が無かったし、先行きも不安で普通の精神状態じゃなかったもんなぁ……。
それにそのあと、実際に税金を滞納していたニーナに出会ったことで、全く変だと思わなかったんだ……!
そう言えば始めに装備を買ったときって、まだ税金の話をされてなかった……!?
ラスティさんを始め、冒険者ギルドの難民担当の人たちも、初日の説明が終わった後はあまり寄り合い所に顔を出さなかったんだっけ!?
「やっべぇ~……。ラスティさんに説明を受けたか自信が無くなってきた……」
てっきりニーナが現れたから職員の人が顔を出さなくなったのかと思ってたけど、元々必要以上に顔を出してはいなかった……?
だから記憶喪失の俺に嘘の報告をして、本来免除されるはずの俺の税金を自分の懐に入れた奴が居るの……?
「……少なくとも、フロイさんとラスティさんにはステータスプレートを見せて、そして何も言われなかった記憶はあるよ」
「ダンにしては珍しいね? まだティムルにも出会う前、ずっとお金に困ってた私たちって税金の事を何度も話し合った気がするんだけど、その説明をしてきた人の記憶は無いのー?」
「ごめん。マジで全く思い出せないや……」
正直あの頃に出会って顔を覚えている人たちって、ラスティさんやフロイさん、武器屋の若い店主や防具屋のアミさん、そして奴隷商のゴールさんとか、基本的にお世話になった人ばかりだ。
自分の味方をしてくれた人以外の顔を覚える余裕なんて、あの頃の俺には無かったのかもなぁ……。
「ステイルークで必死にキューブスライムやホワイトラビットを狩ってた記憶はあるんだ……。けどニーナに会う前の記憶はどうでもいいと思ったのか、割とおぼろげだね……」
「あっはっは! お金が無いからってゴールさんに交渉を持ちかけたのに、その前に金貨8枚も騙し取られてたなんて笑っちゃうのーっ! ダンでもそういうことあるんだねーっ?」
爆笑するニーナのおかげで、騙された怒りみたいなものは一切湧いてこない。
沸いてくるのは自分の迂闊さと、その場にいなかったターニアに指摘されるまで全く気付かなかったことへの羞恥心だけだ。
「ま、まさかこんなところで自分の過去と向き合うことになるとは思わなかったよぉ……」
俺、ニーナの件でステイルークの人たちに悪い印象を持ちかけてたからなぁ……。
実際にお世話になったラスティさんやフロイさんのことは鮮明に覚えてるけど、あの時一緒に寝泊りした避難民のこととか殆ど覚えてないかもしれないわ……。
「ま、騙した相手のほうが1枚上手だったと思って諦めるさ。今更怒っても仕方ないしね」
「あはーっ。国に税金の免除を申し立てる難民の数は同じだから怪しまれないし、ダンも記憶喪失で全く疑ってこなかったのねー。その上ダンが自分のものだと認識していない助成金を着服しても、犯罪職にはならないというわけねー? なかなか考えられてるじゃなぁい」
「犯罪者に感心しないでよお姉さんってば。俺が迂闊だったってだけで、他の人に同じ手口を使うのも難しそうだからね。犯人探しは止めておくよ」
はぁ~……。ステイルークの人たちには大分お世話になったつもりだったけど、やっぱり知らないうちに食い物にされてたんだなぁ……。
……逆に、俺に気付かれないようにブルーメタルダガーを割引してくれたどっかのお姉さんは、どんだけ女神だったんだって話になるな?
「って、盛大に脱線しちゃったね。キュール、そのオーダーディフューザーってマジックアイテム、強力過ぎない? 例えば全女性は国王の妻だーって婚姻を結べたりするんじゃ?」
「あっはっは。残念だけど個人間の契約に使うことは出来ないね。私も詳しく知らされてるわけじゃないけど、帝国でも貴族登録や納税処理にしか利用されてないはずさ。元々設定出来る項目が限られてるんだと思うよ」
例えが悪すぎたのか、ニーナに続いて爆笑するキュール。
可愛いお嫁さん達が楽しそうで何よりですね?
何よりなんだけど、設定項目が始めから限られているマジックアイテムって、まるで前もってその為に用意されているような……。
今更なんだけど、この世界って色々おかしいよな?
エルフェリア精霊国以前にエルフって国を持っていなかったらしいのに、建国前から王家なんて者が存在していたり、そもそも国とか王の概念ってどこから生まれたんだよっていうね。
全ての住人が元々は異世界から来たって話のせいで、多少の違和感はそんなものなんだろうなってスルーするしかないんだけど、国を運営、管理する為のマジックアイテムが無から作りだせるのっておかしいでしょ。
流石にアイテム作成のレシピには載ってないらしいけど……。
脱線に次ぐ脱線で、なんかよく分からないことまで考えてしまったけど……。
この世界を作った神様って超越者とかじゃなくって、少なくとも俺達と同じような思考と知識を持った存在だったんだろうってことは間違いないだろうね。
それが分かったところでなんだって話ではあるんだけどさ……。
「……つまり俺としてはさ。王国の足を引っ張るレガリアって組織さえ無くなってくれればそれでいいんだ」
頭を振って雑念を振り払い、放置されて困惑している領主たちに声をかける。
「要するに、アンタたちが強い憎悪や拘りを持ってレガリアに参加していたんじゃないのなら、今まで吸っていた甘い汁の分は見なかった事にしてもいいと思ってるんだよね」
「い、今までの行ないを見なかったこと、に……!?」
「アンタたち1人1人に確認したい。レガリアという組織に関わらず、どうしてもスペルド王国と王国民を許せない。そんな強い意思と憎悪を持っている人って居るかな?」
俺の問いかけに、領主たちの誰もが戸惑いの表情を浮かべている。
その表情が雄弁に語っている気がする。『そんなつもりはなかった』って。
「首魁が死んで象徴も失われ、後は滅びるだけの組織にしがみ付いてでも、レガリアの目的だった『スペルドの民を滅ぼすつもりはない。しかし未来永劫苦しみ抜いてもらう』って想いに拘りたい人って、ひょっとして居ないんじゃないの?」
「…………」
俺の問いかけの言葉に答える者は誰もおらず、誰もがキョロキョロと周囲の他の誰かの顔色を窺いながら誰かが答えるのを待っている。
コイツら、レガリアに与してはいたけど、レガリアの憎悪や想いを共有していないわけだ。
つまりコイツらを排除しても特に意味は無くて、むしろ国の混乱を招くだけってか?
……これ、万一に備えてレガリアがこういう体制を整えていたっていうならかなり強かだよな。
そもそもこんな主体性の無い奴らの集まりが450年以上も破綻せずに暗躍を続けられたとはとても思えない……。
「となると、コイツらを隠れ蓑にしたレガリアの構成員が居るはずだ……」
各地の領主の事を監視しつつ、いざとなったら領主を隠れ蓑にして自分の存在を誤魔化せる相手って……。
それも、全ての都市に違和感無く常駐できるとすれば、各種ギルド員か……? いや、違う……。
「……そうだ。アルフェッカの領主の件で問い合わせた時に、確かにゴブトゴさんに言われたはずだ……。『領主が誰であっても、領主とは別に国から監査員は派遣させてもらう』って……! もしかして俺達が狙うべきレガリアの残党って、領主じゃなくて監査員だったのかっ……!?」
「「「…………っ」」」
周りで俺の言葉を聞いていたみんなが、一気に緊張感を纏う。
もしも俺の想定通りなら、俺達はまんまとレガリアの術中にハマって、囮を攫ったことになるのだ……!
「……そう、ですね。国と各地の領主を繋ぐ地域監査員。彼らは誰に選出されていて、何処で教育されているのか知られていなかった気がします……!」
「当然ヴァルハールにも派遣されていましたよ……! 言われてみればマインドロードの1件の後は派遣されていませんでしたが、ヴァルハールの復興に手一杯で気にしませんでした……!」
シャロとラトリアがそれぞれの立場から俺の仮説を補強してくれる。
国との連絡員なら他種族の貴族家にも違和感無く入り込めるし、レガリアに協力してくれそうな貴族の選定も容易だろうな……!
ゴルディアさんのようにレガリアに協力してくれなさそうな貴族が相手のときは粛々と業務をこなせばいいだけだし、国との連絡係だから各領主家の機密を扱っても不思議じゃない……!
「みんなはこの場で待っててくれ! 既に領主を攫っている以上、監査員が各都市に留まっている可能性は低いからな! 下手に追い詰めると自死されかねないっ」
ヴァルゴと戦うスピアオーガの為に、70名を超える人間が命を捨てたように。
アウラを守る為にカイメン以外のアルケミスト達が自分の命を投げ打ったように。
自分が正しいと信じる人間は、人の命も他人の命も簡単に捨て去ってしまう怖さがある。
「じゃあ気付かれる前にキュアライトで……!」
「……駄目だ。レガリアの構成員だったら俺達の顔はバレてる思うべきだし、ある程度の戦闘能力も考慮しなきゃいけない。監査員の顔を知らない俺達は領主を伴って行動しなきゃいけないから、キュアライトブローじゃ自死を止められない可能性が低くないよ」
「そんな……!? じゃあどうやって監査員を捕えるの!?」
「決まってる。従属魔法を使うのさ」
焦るリーチェに心配するなと笑ってみせる。
今回領主たちに従属魔法を使わなかった理由は、領主達を隷属化していることが発覚すると色々と痛くもない腹を探られかねかったからだ。
けれど元々が出身不明の地域監査員なら事情が変わってくる。
領主に比べれば隷属化してやっても問題になり難いだろうし、領主を隠れ蓑にしている奴が使い捨ての下っ端構成員のはずも無いからな。
1人でも捕えられれば、レガリアの全容が一気に明らかになる可能性は決して低くないはずだ。
「タルナーダさん! 俺と一緒に来てくれ! ヴィアバタに派遣されてきた地域監査員を俺に教えて欲しいんだ!」
「えっ? えっ? い、いったいさっきからなにを……」
「グズグズするなっ! 監査員が主犯だと分かればここにいる全員の扱いは大きく変わる! もしもアンタらの協力で監査員を捕縛できたら、罪人どころかレガリアの壊滅に協力してくれた英雄扱いだ!」
「えっ、英雄!? わ、私が……?」
「そうなるかどうかはアンタの行動にかかってるって言ってんだよ!」
さっきまで怯えるだけだったタルナーダさんが、俺の言葉になにやら都合の良い妄想を膨らませているようだ。
だけど夢を見るのはやるべき事を全て終わらせてからにしろっての!
「タルナーダさんはせっかく俺とパーティ組んだままなんだ! 急ぐぞ! 他の奴らも覚悟決めとけよぉっ!」
「わわっ!? ひ、引っ張らないでくれぇっ!?」
未だ戸惑うタルナーダさんの手を掴んで、強引に同行してもらって奈落を脱出する。
くそ……! シルヴァを助け出すまで、メナスの存在もレガリアって名前も分からなかったくらいに狡猾な組織だってことを忘れてたぜ……!
だけど今回こそは逃がさないぞ、過去の亡霊共ぉ……!
奈落の外に出た俺は、予め気配遮断を発動してから、ヴィアバタの領主邸に向かってポータルを開いたのだった。
※こっそり設定公開
ダンがこっそり騙されていたエピソードですが、言うまでもなく後付です。あとから読み直した際にこの描写はおかしくない? と自分で気付いてしまって、でも物語に大きく変化を与えるシーンでもないのでこのような扱いをさせていただきました。
ステイルークにいた頃のダンの迂闊さを表現できたと共に、弱者は食い物にされるだけだという伏線が張ってあった形になったので、結果オーライということにしておいてください。
後付ついでにもう1つ白状しますと、ここで地域監査員に言及したのも行き当たりばったりでした。自分で投稿しているお話の先を自分でも読めないのですから世話がないですね。




