621 皆無
※R18シーンに該当する表現をカットしております。
「あ、そうだ。アウター内施設の見学もいいけど、その前にこの先を見せていなかったな」
奈落の底で合流した家族を1人1人順番に愛しながら、この先をまだ見たことがないメンバーが少なくない事に思い至ってしまった。
アルケミストの研究施設も見学させたことだし、この機会に奈落の底もみんなに見てもらっておこうかな?
「ムーリやアウラ、それにキュールたちって奈落の底の大穴を見てないよね? せっかくだからこの機会に見学して行こうか」
「なっ、奈落の最深部を見せてくれるのかいっ……!? そ、それは嬉しいなぁっ……!」
「むしろ今まで見せてなくてごめんねキュール。じゃあ早速行こっか」
「ま、待ってダン……! こ、このまま行くのぉ……!?」
今も俺と肌を重ねているニーナが、そのまま俺に抱きかかえられたことで驚いた声をあげる。
でもニーナは家族全員の中でも軽い方だし、抱っこしたまま歩くなんて余裕だよ?
「大好きなニーナと一瞬も離れたくないからね。出来たらニーナからもしがみ付いてくれると俺も助かるんだよーっ」
「ほ、ほんとにこのまま歩くのっ……!? ダ、ダンのほうが大丈夫なら構わないけどっ……!」
俺の身を案じながらも、両手両足でぎゅーっとしがみ付いてきてくれるニーナ。
結構前に、えっちしたまま移動するなんて現実的には負担が多すぎて無理だなーって諦めた覚えがあるんだけど、職業補正と重量軽減スキルのコンボがあれば造作も無いぜっ!
「あ、そう言えばチャールたちにシルヴァが掴まってた施設を見学させるの忘れてたよ。ということでニーナ、大穴の見学から竜人族が捕まってた場所の見学が終わるまで、ずーっとこのまましようねー?」
「それは構わないけど……。あそこ、そろそろ人が居てもおかしくないんじゃ?」
「そこは察知スキルと気配遮断を活用させてもらうさ。俺だけのニーナのえっちな姿、絶対に俺以外に見せる気はないから安心してねっ」
「「…………じーっ」」
……リーチェ。ムーリ。
そんなに羨ましそうに見るんじゃないよ。
お前らでやったらおっぱいが大変な事になって、俺は1歩も動けずにおっぱいに釘付けにされちゃうに違いないからね。
そのうち2人が逃げ出したくなるほど徹底的に試してあげるから、今日のところはニーナに譲ってあげてねー。
究明の道標の3人には絶対に近付き過ぎないように念を押してから、奈落最深部の大穴に到着した。
「なん……だこれ……!? これ、全部魔力なのかい……!? まさか異界の扉がこんなにはっきり目に見えるなんて……!!」
「これがこの世界に流入してくる魔力なんだ……。凄い光景だけど、凄すぎてちょっと怖い……かな?」
「……情けないけど俺もちょっと怖いな。多分俺達、実力的にまだここに来ちゃ駄目なんだろうな……」
興奮しているキュールと、俺の服を怯えながら掴むチャールとシーズ。
この3人の中ではキュールが1番戦闘力が低いはずだけど、職業浸透数だけは多いからな。
この魔力の奔流の前に立つには、職業浸透数が重要なのかもしれない。
「ああ調査したい調査したい……! だけどこんな場所で触心を使ったら、受け取る情報量が多すぎて廃人になっちゃいそうだしぃ……!」
「無茶はしないでよー? あとこの場所を調査したくなっても1人で来ちゃ駄目だよー? 必ず俺の家族を同行させてねー」
「分かってるってば! 私だって調査を終えずに死にたくないからね。言いつけは守るさ」
俺に返事をしながらも、奈落の底の大穴から目が離せない様子のキュール。
この世界の真実を追っているキュールからしたら、この世界の魔力供給の根幹部分のように見えるこの場所への興味は尽きないんだろうなぁ。
「今の俺達にこの場所を調査する方法は無いからね。移動するよキュール。グズグズしてるとニーナがヘトヘトになっちゃうからね」
「1度離れればいいだけじゃないかぁーーーっ!! その理由でこの場を離れるのは遺憾すぎるよーーーっ!!」
キュールの全力のツッコミを無視してアナザーポータルを発動する。
アウター内施設の見学を終えるまでニーナとはこのままだって決めちゃったからね。
1度離れるなんて妥協案、採用するわけにはいかないさっ!
「はぁぁ……余裕の無いニーナ可愛い~っ。ほらほら、行くよキュール」
「ま、待って! 引っ張らないでヴァルゴさん! 自分で、自分で歩くってばぁ!」
自分で歩くと言いながらも未練タラタラのキュールを引っ張ってくれるヴァルゴと共に、気配遮断を使用してから奈落6階層に転移した。
ふむ。ニーナの言う通り人が居てもおかしくないと思ったけど、どうやら誰も居ないようだな?
竜人族の監禁場所の門は開け放たれたままで、魔物察知にも生体察知にも今のところ反応は無いね。
「な、なにこれ……!? アウターの中にこんなに立派な建造物があるなんて……!!」
「そ、その扉に大穴が空いてるのが気になって仕方ねぇんだけど……。これをフラッタがやったってマジかよぉ……」
「ふははっ! 妾のブレスなら造作も無いことなのじゃーっ!」
魔物の気配を感じられない為か、俺を掴んでいた手を離して周りを見渡すチャールとシーズ。
思いがけず褒められたフラッタがエッヘンと小さい胸を張ってくれた。可愛い。
「今のところ人も魔物も居ないようだけど、見て回りたいなら仕合わせの暴君メンバーの誰かを同行させてねー。ラトリアたちは好きに見て回ってもいいと思うよー」
「ここにシルヴァや義娘たちが捕まっていたんですね……。エマはここを訪れた事があるのよね? 案内してくれる?」
「案内できるほど私も詳しくないので、この機会に改めて見て回りましょうか」
竜人族飼育事件に関しては半分当事者と言っても良いラトリアは、エマを伴って真っ先に見学に歩き出した。
ムーリやターニアも竜人族の介抱を手伝ったこともあり、アウラと一緒に興味深げに奥へと歩いていく。
「待ってムーリさん! ターニアさん! 私もっ、私もご一緒させてもらっていいかなーっ!?」
出遅れてしまったキュールは、目的なく散策しそうな雰囲気のムーリたちに混ざろうと慌てて駆け出していった。
ここがレガリアの施設だって分かっているからか、キュールはそこまで調査に乗り気じゃなさそうかな?
「チャール。シーズ。2人にはせっかくなので妾が同行するのじゃ。14歳の嫁同士、この機会にダンの話でもしながらゆるりと見て回るのじゃーっ」
「フラッタが一緒なら心強いよーっ。フラッタがいいならお願いしようかな」
「く~っ! この場所も詳しく見て回りてぇけど、俺と会う前のダンの話とかも滅茶苦茶興味あるぜっ! 足手纏いで悪ぃけど、宜しくなフラッタ!」
フラッタ、チャール、シーズの14歳トリオが、なんだかワイワイと騒ぎながら施設の奥に消えていった。
何の話をされるのかは気になるけど、フラッタたちにも俺抜きの時間は必要だろう。
「あの調子ですと、少し時間がかかってしまうかもしれませんね。その間ニーナ1人で旦那様を受け止めるなんて、ニーナは大丈夫でしょうか……?」
「なんだかんだ言ってもダンは手加減してくれるからね。平気じゃないかな。でもこのまま待っているのは少々退屈だね。改めて見て回るほどぼくはここに興味無いし……。ダンー、ぼく達のことも相手してくれないかなぁ~?」
「ごめんリーチェ。今はニーナを抱くって決めてるから……」
リーチェの誘いを断りつつ、ひらすらニーナと肌を重ねる。
職業補正のおかげでまだまだ無限に続けられそうだけど、たっぷり愛しあったおかげで少し冷静になれた。
ティムル、リーチェ、ヴァルゴ、そしてシャロはこの施設に特に興味は無いようで、ニーナを羨ましそうに見ながら少し退屈そうにしているなぁ。
だけど見学が終わるまでニーナとはこのままだって決めちゃったから、彼女たちの相手をするわけにはいかないし……。
「あ~……。じゃあ悪いけど頼んでいい? リーチェとシャロとヴァルゴの3人で、何か食事を用意してきてくれない?」
シャロはうちの料理を覚えたがっていたし、リーチェはもう完璧にうちの味をマスターしているからな。
この機会に我が家の炊事場に入ってもらって、リーチェの調理を見てもらう事にしよう。
それに、このまま全員で行動してると帰ってから食事を用意しなきゃいけないので、今のうちに食事を用意してもらえたら助かるんだよ。
「あらぁ3人だけ? ならお姉さんはどうすればいいのかしらぁ?」
「お姉さんには甘えさせてもらおうかなって。退屈させちゃって悪いけど、無防備な俺とニーナの傍にいてもらえると嬉しいよ」
「護衛ってことぉ? いくらしてる最中でも、ダンとニーナちゃんに護衛なんて必要ないと思うけどぉ……。まぁいいわ」
少し釈然としない様子のティムルだったけど、お姉さんも特にやる事もないしーっと了承してくれた。
少しほっぺを膨らませているリーチェたちをキスして送り出し、ティムルに見守られながらニーナと愛し合う。
「ごめんお姉さん。ちょっとだけ疲れてきたから、俺の背中から抱き付いてニーナを支えるの手伝ってくれる?」
「……そんな下手な嘘を言わなくても、抱きしめて欲しいなら素直に言っていいのよぉ?」
少し呆れたように笑いながら、俺のお願いどおりに背中から抱き付いてくれるティムル。
前からはニーナの、後ろからはティムルの鼓動が伝わってきてとても安心する。
ニーナと並んで、この世界では最も付き合いの長いティムル。
始めは他人と深く関わる事を拒絶していた俺とニーナに強引に近寄ってきて、無理矢理仲良くなってくれたティムルのおかげで、俺達はこんなに幸せな日々を迎える事が出来ている。
それなのに俺は、彼女と肉親の仲をとりなしてあげることも出来ないなんて……。
「……ごめんねティムル。せっかく血の繋がった家族が生きているのに、俺はティムルとクラーラさん達のことに何も出来なかったよ」
「ふふ、なぁに? なんで今さらそんなことを謝るの? あの人たちは他人だって言ってるじゃない」
「俺は何でも取り返してくれるってみんな褒めてくれるけど……。ティムルに家族の絆を取り戻してあげることは出来なかったんだなって、さ……」
ティムルが俺達を家族と言ってくれたことは凄く嬉しいし、クラーラさん達を家族と思えないのも無理は無いと思う。
けれど、血の繋がった肉親達が生きているのに、他人のままで過ごさせていいのか……。
どうしてもそんなことが頭をよぎってしまうんだ。
ティムルを他の誰かに委ねる気なんて一切無いけど、だからと言ってクラーラさんたちと断絶させたままで本当にいいのか?
俺に出来ることはなにか無いんだろうか?
「あはーっ。ダンったら馬鹿ねぇ。ニーナちゃんと肌を重ねながらなんて話をしてるのよぉ」
「むしろこんな話、ニーナに甘えながらじゃないと出来ないよ……。血の繋がりってそんな簡単に捨てられるものじゃないと思うし……」
「ふふ。なるほどねーっ。お姉さんに甘えたかったってこういうことかぁ」
笑いながら、俺とニーナを抱き締める腕の力を強めるティムル。
俺とニーナが家族の中心だとするなら、ティムルお姉さんは我が家の大黒柱に等しい。
ティムルが俺とニーナを否定するなんて全く思わないけれど、ティムルの力になれなかったらそれだけでうちの家族はグラついてしまうだろう。
だからちょっと強引に人払いしてまで、3人でティムルの本音を聞きたかったんだ。
「まったくダンったら。いくら貴方が凄い人だからって、元々無かったものまで取り戻せる訳ないでしょー?」
「え……」
「貴方はとっても優しくて、そして私たちの知らない常識で動いているからねぇ。何か貴方にしか分からない理由でお姉さんを心配してくれてるんだと思うけどぉ……」
ティムルの言葉で、俺がこんな話をした理由が唐突に思い当たった。
俺はティムルがクラクラットでの生活を覚えていないのは、心的外傷による記憶の封印に近いものだと思っていたんだ。
けれどクラーラさんと会話したことで、ティムルはおぼろげながらも過去の記憶を思い出していた節があった。
そして過去に冷遇された記憶を思い出しても、ティムルは平気な顔をしたままだったのだ。
だから俺はティムルが過去の冷遇を受け入れて肉親を選んでしまうんじゃないかって、肉親との仲をとりなすことも出来ない俺に不満を持ったんじゃないかって不安になったのかもしれない。
「私とあの人たちには何も無いのよダン。貴方が取り戻すべき過去の幸福なんて、私とあの人たちの間には元々存在してないの」
「元々なにも……無い?」
「母の顔も父の名前も兄がいたなんてことも覚えていないほど、私はあの人たちと関わってこなかったのよ。家族との絆は失ったんじゃないの。元々そんなもの無かったのよ」
生まれてから15年間一緒に暮らしていた家族なのに、記憶に残らないほど関わってない?
いくら……いくら冷遇されていたからって、憎しみや恨みすらないほどに両親や兄の存在を忘れてしまうなんて、そんなことありえるのか……!?
「……もう当時のことはあんまり覚えてないけどさぁ。私だって、始めから家族の事を忘れてたわけじゃないと思うのよねー」
「え……?」
「ジジイに買われてキャリア様に鍛えられて……。そんな日々を送っている間に、何の支えにもならない幼少期の記憶を全部捨てちゃった……。そんな気がするわ……」
望まぬ相手と肌を重ねる辛さに耐える為の思い出も、努力の礎になるべき思い出も無かったから……。
知らず知らずのうちにティムルは自分から必要の無い記憶だと判断して、クラメトーラで過ごした日々を忘却していった、ってこと……?
「クラーラさんと会って、彼女が母親である事はなんとなく思い出せたの。なのに私にはなんの感情も浮かばなかったわ。私にとってあの人は母じゃなく、初対面の武器屋の店員でしかなかったの」
「母親を思い出しても感情が動かなかったなんて……。そん、な……」
「確かに悲劇的なことだったかもしれないけど、今更もうどうしようもないわ。クラーラさんたちと私は他人で、そして私は今の家族と一緒に幸せに過ごしてるの。ダン、これじゃ納得出来ないかしらぁ?」
慈しむようなティムルの問いかけに、言葉を返すことが出来ない。
家族を忘れるなんて、肉親を思い出せないなんて不幸なことには違いないのに、そもそも取り戻すべき元となる思い出が無いなんて……!
幸福だった記憶も、辛かった記憶も……。
生きていく上ではなんの役にも立たないと言えるくらいに家族と過ごした記憶が何も無かっただなんて、そんなの不幸に決まってる……!
不幸に決まってるけど、だけどもうどうしようもない。
失われる以前に、取り戻す以前に、何も存在していなかったのだから……。
ティムルにかける言葉が見つけられずに立ち尽くす俺に代わって、ニーナが俺の体ごとティムルを抱きしめてくれるのだった。




