589 蔑視
※R18シーンに該当する表現を若干カットしております。
「シャ、シャーロット様が……本当は色に狂ってはいなかった、だとぉっ……!?」
早朝のスペルディア王城に鳴り響く、ゴブトゴさんの魂から搾り出したような怒号。
リーチェとシャロを抱き寄せながら昨日の馬鹿殿下との会話を説明すると、思っていた以上に強い反応を見せるゴブトゴさん。
ロイ殿下が長きに渡って実の妹であるシャロにしてきたこと。
そして歪められたシャロの本質と隠された本音。
ロイ殿下が本当は今でもシャロに固執していた事と、逆にシャロは既にロイ殿下を見限っていたこと。
なんか一方的に絡まれたので、あの馬鹿殿下の都合のいい思い込みを木っ端微塵に粉砕してやった事を報告した。
「今までの色に狂った態度は全て演技で、本質は異常な献身と自己犠牲の精神を持ったお方だった、などと……!」
「シャロはその異常性のせいで、馬鹿殿下に求められるままに色女を演じ、求められるままに不特定多数の男と肌を重ねてきた。けれどそれはシャロの本心なんかじゃなかったんだよねー」
「この王城内で婦女子を無理矢理手篭めに……! しかもシャーロット様は、当時12歳のか弱い少女だったというのに……! なんと、なんということなのだ……!」
色狂いシャーロット・ララズ・スペルディアの真実を知って、先ほどとは比べ物にならないほどの憤りを見せるゴブトゴさん。
どうやらシャロが12歳の時にはゴブトゴさんは既に城で精力的に仕事を押し付けられていたようで、自分がいながらそんな蛮行を許してしまったことが許せないようだった。
そんなゴブトゴさんを気にしないでと励ましたのは、当事者であり被害者でもあるシャロ本人だった。
「ゴブトゴが気付かなかったのも仕方ありません。私本人が色事を楽しんでいたと喧伝し、そのように振舞っていたのですから。だからそんなに気に病むことはありませんよ?」
「ですが……! もしも誰かが傷ついたシャーロット様に気付けていれば、シャーロット様は色狂いなどという不名誉な二つ名を得ることもなく、今頃はとっくに幸せな家庭を築けていたかもしれないのですぞっ!? それを……!」
「ふふ。それは困ります。愛するご主人様に会えなかったかもしれない未来なんて、想像したくもありませんっ」
そう言って1度俺と唇を重ねるシャロ。
そのまま暫くキスを続け、うっとりとした表情をしてからゴブトゴさんに向き直る。
「もう1度言いますよ? ゴブトゴが気に病む必要はありません。私が今こんなにも幸せになれたのは、色狂いと囃し立てられ数え切れないほどの男性と夜を共にした過去があってのことなのですから」
「……それも、私が言って欲しい言葉を返してくださっているだけなのではないですかな?」
「あら? ゴブトゴにしては面白い返しですね。貴方もご主人様と出会って大分変わられたようです」
くすくすと笑うシャロと、力無く微笑み返すのが精一杯のゴブトゴさん。
真面目で正義感溢れるゴブトゴさんだけど、シャロ本人がここまで幸せになってしまっていたら、怒りも憤りも抱くのが馬鹿らしくなったんだろうな。
「ふぅむ、事情は分かったが……。やはりあの馬鹿殿下が骨抜きにされてしまった理由が分からんな……」
「疑問は口に出してみんなで共有したほうが解決しやすいと思うよ。ゴブトゴさんは何が分からないの?」
「うむ……。シャーロット様の事情は分かったが、あの馬鹿がここまで腑抜けになった理由が思い当たらん。シャーロット様を陥れた事を指摘されただけで、こうも無能を晒すような男ではないと思って……」
そこでなにかに気付いたように自身の口を手で押さえたゴブトゴさんは、そのままシャロに深々と頭を下げた。
そして目を丸くする俺達の前で、苦しげに謝罪の言葉を口にする。
「……申し訳ありませんシャーロット様。被害者である貴女本人の前で、貴女を陥れただけ、などと口にしてしまって……」
「気にしないと言っておりますのに。そういう融通が利かない所こそ変わって欲しかったですね?」
やれやれとため息を吐くシャロと、私の気が済みませんからと謝罪を貫くゴブトゴさん。
2人に漂う気安い雰囲気に、なんとなくこの2人は肌を重ねたことが無いんだろうなと直感してしまった。
だからシャロはこんなにもゴブトゴさんに気を許しているんだろうなぁ。
しかし、馬鹿殿下が腑抜けた理由か。
これはあくまで俺の予想でしかないけど……。
「実はねゴブトゴさん。シャロが色に狂っていなかったように、あの馬鹿殿下も本質的には色に狂ってなんかいなかったんだよ?」
「なに?」「えっ?」「はぁ?」
俺の言葉に、ゴブトゴさんとシャロだけではなくリーチェまで首を傾げてしまった。
シャロも色狂いじゃなかったんだから、あの馬鹿殿下もそうじゃないって連想出来ないかなぁ?
先王のシモンは正しく色狂いだったっぽいから、城との関わりが深いこの3人はそっちに引っ張られているのかもしれないか。
「いくらダン殿の言葉でもそれは信じられんぞ? バルバロイ殿下は10歳を過ぎた頃には既に色を知り、数多の女性を手篭めにしていたのだからな」
「そうそう。ぼくも何度声をかけられたか覚えてないくらいだよ? シモンもバルバロイ殿下も本当にしつこくてさぁ」
「私の相手をしている時も、他の時間は別の女性に手を出していたんですよあの馬鹿。好色家の存在すら知らなかったのに、です。そんなあの馬鹿が色に狂っていないなんて信じられません」
3人からの怒涛の抗議が寄せられて、ちょっとびっくりしてしまう。
あの馬鹿殿下、本当に嫌われてるなぁ。
「いやいや。あの人は色に狂ってるんじゃなくってね。そもそも根本が狂ってるんだよ。色とか関係なく狂ってんの」
「「「色と……関係無く?」」」
以前ゴブトゴさんは、スペルディア家の人間はどこか異常性を抱えているって評価していたけれど、そのスペルディア家の完成形として生まれてしまったのがあの馬鹿殿下のように思えて仕方がない。
ヘラヘラと笑いつつも常に俺の隙を窺い、勝ち目が無い時は絶対に敵対しない警戒心。
一般常識を知りつつも躊躇なく実妹に手を出す積極性。
自分に有利な点、今回の件で言えばシャロのことについてマウントが取れると判断したら全力で俺を叩きのめしに来るあの凶暴さ。
シャロに執着しておきながら、それを本人に悟られるのを嫌う自尊心。
常に本音で語りながらも本質には決して触れないバランス感覚。
恐らく頭の良いあの馬鹿殿下なら、かなり早い段階で自分の優秀さと異常性を自覚し、そして周囲を見下し始めたことだろう。
「馬鹿殿下は頭が良くて戦闘もこなせる優秀な人間だ。自分を客観視することも出来るし、相手との力量を推し量れる冷静さも持ち合わせている。普通に考えれば王の器を備えている人物と言っていいと思う」
「……狂人などと評価したとは思えない褒めようだな? だが私も同感だ。バルバロイ殿下は色に狂った点に目を瞑れば人の上に立つに相応しい人物だろう」
「多分ロイ殿下にも自覚があったんだと思うよ。自分は最も優れた人間で、王として国民を統べる存在だってね。けれど実際にこの国を統べていたのは、無能で有名な父親だった」
誰よりも優れた人間であるはずの自分が、誰よりも無能であると評判のシモンに逆らうことが出来ない。
そんな状況はロイ殿下を歪ませていくには充分だったのかもしれない。
『無能なシモン陛下か崩御するまで、自分はこの無能な男に頭を垂れて生きていかなければならないのか』
自己顕示欲の強いロイ殿下にとっては地獄に等しい屈辱の日々だったのだろうね。
だけどそこで終わらない程度に優秀なロイ殿下は、恐らく気付いてしまったんじゃないかな。
王の選出に口を挟むことが出来る、レガリアという古い組織の存在に。
「無能な王の上に立つことは絶対に出来ない。けれど無能な王に諾々と従うなんて真っ平だ。だからロイ殿下はレガリアと接触し、実質的に王族よりも立場が上の組織に属することを選んだのかもしれない」
「表向きの序列は変えようが無い。だからレガリアに属して王家を裏から支配し、王よりも自身が上の存在であると示したかった……?」
「待ってくださいご主人様。あの馬鹿の優秀さを否定する気はありませんが、話の流れが見えません。この会話の先にあの馬鹿の色狂いの否定と、狂人である事の肯定が待っているとはとても思えないのですけど……」
ありゃ。ロイ殿下の本質を分かりやすく説明しようとしすぎて遠回りしすぎちゃったかな。
俺の認識に懐疑的なのはゴブトゴさんもリーチェも同じみたいなので、それこそ単刀直入に言ってしまおう。
「えっとね。俺が思うにロイ殿下の異常性って、自己顕示欲と支配欲だと思うんだよ。女性達を誑かすのは色事を好むという以上に、女性を思い通りにコントロールすることで自身の欲求を満たしていたんだと思うんだ」
色に溺れているという評判の割に、ロイ殿下はどこまでも冷静に見えた。
お互いに依存し合っている我が家の家族のような、狂気にも近い偏愛っぷりとは似ても似つかないのだ。
「ロイ殿下は口では女性を大切にするけど、言動の端々から女性蔑視を感じていたんだよ。彼が女性を抱くのは色に狂っているからではなく、女性を支配し見下したいからだ。シャロにそうしたようにね」
シャロが大切だと言いながら奴隷に襲わせたり、あの男にとって女性とは、自分の思い通りになるオモチャくらいにしか認識されていないとしか思えない。
好色家を得られる程度には心が通じ合っているはずなのに、とても自然に自分以外の全ての人間を見下しているのだ。
「そんなロイ殿下にとって、シャロの離別は本当に想定していなかったことなんだと思うよ。なんでも思い通りになるはずなのに、最も入れ込んでいるシャロに否定されるなんて夢にも思わなかったはずだ」
「……ご主人様を疑うわけでゃありませんが、そもそもあの男は本当に私に入れ込んでいたのですか? あの男から私に迫ってくることはありませんでしたし、関係を絶つと言った時もすんなり受け入れてくれたのですが」
「入れ込んでたはずだよ? だって俺、シャロより魅力的な人間族女性って今まで見たことないもん」
「……えっ?」
真剣な表情をしていたのに、俺の言葉にフリーズしてしまうシャロ。
何をそんなに意外そうな顔してるのよ?
最高に可愛いシャロが最高の女性だなんて、連日ベッドの上でも寝室の外でも所構わず思い知らせてやってるじゃん?
「シャロは俺が見てきた人間族の中で断トツに魅力的な女性だからね。綺麗な容姿に柔らかい体だけでも極上なのに、その心根まで美しいなんて信じられないよ」
「あ、あの……ご、ごしゅ……」
「国中の男が群がったことからも、シャロが最高に魅力的なのは証明されてるでしょ? そんな最高のシャロにあのロイ殿下が入れ込まないはずないよ」
「えっと……えっと……」
フリーズから回復したシャロだけど、両頬に手を当てて真っ赤に赤面しながら、どうしようどうしようとアタフタしている。
だからさぁ。そういうところが最高に可愛いって言ってるんだよ?
「あ、あれ……? ど、どうしてこんなに嬉しいのでしょう……? 殿方からの歯の浮くような言葉など、耳を覆いたくなるほど聞いてきたはずですのに……」
「褒められたら普通は嬉しいんだよ? 褒め言葉を呪詛のようにしか思えなかった今までの方が間違ってただけだから、嬉しかったら素直に喜んでいいんだ。可愛いシャロが喜べば俺も嬉しいしね」
可愛いシャロを抱き寄せ、いっぱいよしよしなでなでしてあげる。
シャロの閉ざされた心にも気付けなかった男たちの言葉になんか喜ばなくていいんだよー。
可愛いシャロを抱き寄せながら、シャロを理解できなかった男の代表であるロイ殿下の説明を続ける。
「病的なまでの支配欲と自己顕示欲を持ち、それに相応しい能力を持って生まれたロイ殿下だったけど、彼にはいくつかの不幸が待ち受けていたんだよねー」
誰よりも優秀で、誰よりも高い場所に君臨するはずの自分の上に立つ、絶対的な権力者でありながら無能な父親の存在。
誰よりも魅力的で、完全に思い通りに制御出来ていると思っていたシャロからの決別宣言。
……そして、戦闘力ではどうやっても太刀打ち出来ない俺との出会い。
「誰よりも優秀で、世界中の誰よりも優れているはずの自分が、いつも最後の最後で最も欲しい物にだけ手が届かない。そんなロイ殿下が俺を敵視するのは自然な流れだと思うよ」
「……今回もガルシアさんとマギーに王の座を譲っているし、そんな時に自分から離れていったシャロがダンにゾッコンになっているのを目にしたら、色々な不利益を無視してでも敵対しちゃうかぁ……」
「そんな俺が、かつて手篭めにしたシャロを嫁に迎えたいと言ってきたので、これはチャンスだと俺を叩き潰しに来たんだよ。で、それを完全に返り討ちにしちゃったから、不貞腐れて女に甘えてるんでしょ」
「へ? なんでシャロを娶るのがダンを叩き潰すチャンスになるの? シャロがダンより自分を好きだとでも思ってたから?」
不思議そうに首を傾げて、翠の双眸で上目遣いに俺を見上げてくるリーチェ。
このお姫様可愛すぎない? 人間族のお姫様もまだあうあう言ってて可愛すぎるけど。
……じゃなくって、この感覚って女性にはあまり理解されないんだっけ?
「男って馬鹿だから、お前が愛しているその女はかつて自分が仕込んだ女なんだよ。お前以上にその女を理解しているんだよってマウントを取ってくるもんなんだ」
「えぇ? それって逆じゃないの? あとから選ばれたダンのほうがシャロを勝ち取ったわけでしょ? なんでシャロを取られたほうが勝ち誇れるのさ?」
「俺の居たところでは、『男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる』、なんて言葉があってね。女性の初めてを奪うという行為を、男は殊の外重要視してるものなんだ」
6年間もの間徹底的に陵辱の限りを尽くした妹の事を、この世界の誰よりも理解していると信じ込んでいたロイ殿下。
しかし実際はシャロの本質を見誤り、見下していた妹に相手にされていなかったと知って、シャロが離れていった時ですら取り繕っていた自尊心が木っ端微塵に粉砕されてしまったわけだ。
価値観を根底から覆すような事態に、流石のロイ殿下もどうしたらいいのか分からなくなってるんじゃないかな。
「こんな感じだよゴブトゴさん。納得してもらえた?」
「…………済まん。私から呼び出しておいて申し訳ないことこの上ないが、今日のところはこれで解散させてもらえるか……。考える時間と、受け止める時間が欲しいのだ……」
お、ラッキー。
思っていたよりもずっと早く解放してもらえたぞぉっ。
さっきから俺の腕の中であうあう言ってるシャロが可愛過ぎるし、ニーナからも許可を貰ってるからな!
これから2人を思いっきり可愛がっちゃうぜぇ! たっのしみーっ!




