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【全年齢版】異世界イチャラブ冒険譚  作者: りっち
8章 新たな王と新たな時代1 色狂いの聖女
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559 再利用

「ご覧の通り、全てのスレッドドレッドを無傷のままで止める事ができましたよ」


「な……ななな……。なに、が……?」



 未だ俺に抱き抱えられているラズ殿下が、萎縮状態に陥って動きを止めたスレッドドレッドの姿に、驚愕を隠し切れないご様子だ。



 今まで使う機会に恵まれなかった魔王の職業スキル『魔力威圧』。


 殺傷能力を持たない魔力波を放って、対象の動きを止めるスキルだ。



 殺傷能力を持たない代わりに生物にも効果を及ぼし、効果範囲は自由に設定できる。


 魔力を込めれば込めるほど広範囲に効果を及ぼすことが出来るスキルで、これを喰らった相手は瞬間的に『萎縮』状態となり動きを止めてしまう。


 状態異常耐性、精神異常耐性スキルで防ぐことが出来るみたいだし、込めた魔力と同程度の魔力を有していれば自力で抵抗することも可能だ。



 ヴェノムデバイスに囲まれた時にも試してみれば良かったよ。


 でもデバイスとコマンダーの方は痛覚も意思も無さそうだったし、萎縮なんてしてくれなかったかもしれないな。



「詳しい説明は後にして、今は事態の収束を図りましょう」



 バランスを崩さないように、静かにラズ殿下を地面に下ろす。


 けど色々な事が起こりすぎて不安になっているのか、地面に降ろしたのに俺の腕の中から出ていってくれないラズ殿下。



 俺の腕の中は家族限定の専用席なんですけど?


 今は他に優先すべきことがあるからスルーするけどさぁ……。



「まずはアンクさんを解放したいんですけど、この糸って剣で切れますかね?」


「そ、そうですね、まずはアンクを助けないと……! ですがスレッドドレッドの糸は、剣さえも弾くと言われていますね。なので切れるかどうかと問われても私にはお答えできません」


「了解。じゃあ早速試してみます、ねっ」


「きゃっ!」



 剣を振るう俺の動きに驚いて、意外なほど可愛い声を上げるラズ殿下。


 家族のみんなのおかげで興奮を覚えずに済んでいるけれど、確かに魅力的すぎるわこの人。



「……っと、切れてないですね。まさか神鉄でも切れないとは思わなかったな」


「……は? し、神鉄って、ええ……!?」



 あ、やべ。ついぽろっと溢してしまったよ。


 なんだかんだ言って俺も、腕の中のラズ殿下の存在に動揺しちゃってるのかもしれない。



 生体察知と身体操作性補正を駆使して、拘束している糸のみを切るようアンクさんの生体反応ギリギリの位置を切り払ってみたのだけれど、スレッドドレッドの糸は神鉄武器の斬撃にすら耐えてしまえるようだった。


 流石は毎日毎晩ベッドの上で大運動会をしても、傷1つ付かなかったドレスの材料だ。半端な強度じゃないらしい。



「それじゃこれなら……どうだっ?」



 アウターブレイクの応用で、魔力をロングソードの正面に纏わせつつ、斬撃の拡張は行なわずに威力だけを高めて剣を振るう。


 すると今度は何の抵抗もなく糸を断つことが出来たようだ。



「ア、アンク……! だ、大丈夫ですかっ、アンクッ……!」


「済みませんラズ殿下。ちょっと待ってくださいねー」



 俺の腕を抜け出して、アンクさんに駆け寄ろうとするラズ殿下を制止する。



 粘着性の糸は拘束力こそ無くなったものの、べたついたままアンクさんの体に付着したままだ。


 うーん……。このまま触ったら、俺やラズ殿下までくっついちゃわないかな?



 確か蜘蛛の糸って燃えやすかった気がする。ならスレッドドレッドの糸も燃やせば取れないかな?


 あ、この場合は、攻撃魔法は魔物にしか影響を及ぼせないはずなのに、なぜか無機物にも影響力のあるフレイムランスがピッタリじゃない?



「『赤き戦槍。紅蓮の暴虐。汝、貫きたる者よ。フレイムランス』」


「ちょーーっ!? ななななにをなさって……! アンクーっ!」



 左手にキープしたフレイムランスでスレッドドレッドの糸に触れると、一瞬で燃え広がって瞬く間に焼き切ることが出来た。


 ここまで簡単に焼き払えるなら、アウターブレイクを使った意味が無かったなぁ。



 けれどその際に一瞬ボワッと燃え広がってしまったので、ラズ殿下を思い切り驚かせてしまったようだ。


 これ以上心労をおかけするのも忍びないので、さっさとアンクさんに正気を取り戻していただきましょう。



「『永久の鹽花。清浄なる薫香。聖なる水と浄き土。洗い清めて禊を済ませ、受けし穢れを雪いで流せ。ピュリフィケーション』」



 ラズ殿下を解放する前に、放心状態のアンクさんに浄化魔法を使用する。



 鑑定した結果、アンクさんは『喪心』のバッドステータスに陥っていた。


 しかし喪心ならブルーヴァの時に何度も治療した実績があるので、ピュリフィケーションで間違いなく治療できるはずだ。



 ……なんだか今回は妙にブルーヴァとの1件がチラついて困るなぁ、まったく。



「う……。こ、ここは……? 僕はいったいなにをして……?」


「アンクっ!? 気がついたのですねっ! アンクーっ!」


「うわわ……!? シャ、シャーロット様っ!?」



 アンクさんが意識を取り戻したのでラズ殿下を解放すると、弾ける様に飛び出してアンクさんを抱き締めるラズ殿下。


 複数の男性と関係を持っているって話だけど、その1人1人をちゃんと愛していらっしゃるんだなぁ。



 それじゃ感動の再会に水を差すのもなんなので、スレッドドレッドの方は俺の方で解決しておきましょうかね。



「萎縮って確か、恐慌よりちょっと弱めのバッドステータスなんだっけか。その割には未だに1体も回復している様子が無いな?」



 萎縮についてはいつも通りリーチェに教えてもらったけれど、恐慌よりも軽めという割には回復が遅いように感じる。



 ……いや、ティムルが無防備で恐慌を受けた時も回復までにかなりの時間を要したんだったか。


 散漫という恐慌といい、この世界のバッドステータスって殺傷力を持たないものの方が強力じゃないか?



「今回コイツらが凶暴化したのは、聖域の樹海が壊滅した事により餌の供給が断たれる事を心配したからだよな? じゃあ改めて餌を安定的に供給できると示してやれれば落ち着いてくれるかな?」



 聖域の樹海は壊滅的な状況だけれど、倒木でも餌として使えるのであれば、むしろ食べてもらえる方が助かる。


 ヴェノムデバイスが寄生していた倒木は液状化してて持ち運びし難いけど、液状化してない部分をとりあえず持ってきてコイツらに見せてみよう。



「済みませんラズ殿下。ちょっと話をさせてもらっていいですか?」



 未だに戸惑った様子のアンクと、そのアンクの顔を自身の豊満なおっぱいに埋めさせながら状況の説明をしているラズ殿下に声をかける。


 ここまで喜んでもらえると頑張った甲斐があったってもんだ。



「俺はこれから聖域の……侵食の森の材木を持ってきて彼らに与えてみようと思ってますが、ラズ殿下はこのままここで待ってます? 侵食の森の中は危険なので、なるべく同行していただきたくないんですけど」


「ダ、ダンさんがこの場を離れるのに、私たちだけこの場に留まるなんて危険すぎでしょう……!? いくらアウター内が危険でも、ダンさんに同行させてください……!」


「スレッドドレッドは当分動かないとは思いますが、流石にここで待ってろってのは酷ですか。でしたらスペルディアでお待ちいただくわけにはいきませんか?」



 ポータルを使えるラズ殿下を、聖域の樹海の深くで作業している魔人族のいるところに連れて行きたくないんだよなぁ。


 下手に魔人族を利用しようと近づいたら、問答無用で殺されそうだから……。



 けれどそんな事情を知らないラズ殿下は、フルフルと首を振ってやはり俺との同行を希望する。



「ご迷惑は承知でお願いします。どうか最後まで見届けさせていただけませんか……? アンク同様、スレッドドレッドたちも私にとっては大切な存在なのです。ですから、どうか……!」


「あ、貴方は仕合わせの暴君のダンさん、ですよね……? 僕からもお願いします……! どうか、どうかシャーロット様の願いを聞き届けてはいただけないでしょうか……!」



 ラズ殿下と共に、俺に頭を下げるアンクさん。



 しかしそんな2人の様子よりも、俺を知っているようなアンクさんの口振りが気になった。


 俺も微妙に見覚えがあるし、もしかしたら過去に会った事があるのかもしれない。



「ごめんアンクさん。俺も微妙に見覚えがあるんだけど、俺とアンクさんって会ったことあるっけ?」


「あ、あれだけのことをしておいて覚えてらっしゃらないんですか……」



 あれだけのこと? ひょっとして俺、なんかやらかしちゃいました?


 でもやらかした記憶なら忘れないと思うんだけど、アンクさんの事は記憶に無いぞ?



「僕は以前スペルディアで貴方にのされた、カリュモード商会会長の息子ですよ……。あの時は名乗りませんでしたけど、というか名乗らせてもらえませんでしたけど?」


「あーっ! 警備隊にしょっ引いてもらった人かぁっ! 思い出したぁっ!」


「その記憶の仕方、今すぐ止めてもらえますかねっ!?」



 あ、この慌ててツッコミを入れる様子にも見覚えがあるよ!


 護衛をぶん殴ったあの時も、こんな感じで慌てていたっけなぁ。



「別に俺が悪いとは思ってないけど、結果的にカリュモード商会を壊滅させちゃってごめんね?」


「かっる!? せめてもう少し真剣に謝っていただけませんかねぇっ!? ……まぁ、確かに我が商会の壊滅は自業自得でしかありませんでしたが……」


「おや? 恨み言の1つでもぶつけられるかと思ったけど、意外と冷静なんだね?」


「過去の事は気にしておりません。というかダンさんのおかけでシャーロット様に拾っていただけたのですから、むしろ感謝しているくらいです。ダンさん。シャーロット様と出会わせてくれて、本当にありがとうございました」



 ふぅん。ラズ殿下って恋人にはシャーロットって呼ばせているんだなぁ。


 まぁいいや。アンクさんも俺に愛して敵意を抱いていないようだし、ラズ殿下も俺との同行を諦めるつもりも無さそうだから、さっさと事を済ませてオサラバしてしまうべきだろう。



「じゃあ同行してもらいますけど、絶対に勝手に動かないでくださいね? 聖域の魔人族は俺のことさえ躊躇無く殺しに来るほど、非常に警戒心の強い人たちですから」


「き、危険って魔物のことじゃないんですね……。ですがダンさんの指示に絶対服従する事を誓います。全裸になって魔人族の相手をしていろと言われても従いましょう」


「そんな指示はしませんよっ! むしろそんなことをしようとしたら問答無用で殺されますから、絶対にやめてくださいねっ!?」



 ノーリッテとの因縁もあって、守人のみんなは人間族に対する警戒心が強いからな。


 色仕掛けなんて仕掛けた日には、自分の死に気付く暇さえ与えられずに槍で貫かれてる気がして仕方ない。



 あ、エロい事の暗喩ではないです?



 アンクとラズ殿下はパーティを組んでいるそうなので、俺の移動魔法で一緒に転移することが可能なようだ。


 転移する前に、スレッドドレッドたちにもう1度オーバーウェルミングをかけ直しておく。



「驚かせてごめん。だけどちょっとだけ待っててくれよな。ちゃんと餌を用意して、今まで通り一緒に暮らしていけるって証明してみせるから」



 蜘蛛たちに声をかける意味があるのかは分からないけれど、コイツら相当頭がいいっぽいからな。


 人語くらい解してくれそうな気がするので、黙って転移するのはちょっと憚られるわ。



「それじゃ行きましょう。アンク、ラズ殿下が勝手に動き回らないようにちゃんと監視しててくれよ?」


「シャ、シャーロット様は聡明な方ですっ! そのような心配はありませんっ」


「ありがとうアンク。でも監視の必要は無くとも、私の傍から離れないでくださいね?」


「勿論ですシャーロット様。シャーロット様の安全のために、常にダンさんに寄り添って行きましょう」


「甘い愛の囁きかと思ったら、安全のための注意喚起かよ!? まぁ分かってるならいいや。早速参りましょう」



 すっかり恒例となったポータルとアナザーポータルのコンボ使用で、一気に聖域の樹海の奥まで転移する。


 守人の集落は壊滅してしまったので、手伝いに来ているはずのヴァルゴの反応を頼りに転移する。



 転移先は聖域の中心部近くで、3つの集落の魔人族が共同で新しい拠点を建設しているようだった。



「あら、旦那様ではないですか。旦那様を単独行動させると妻が増えるという話は、どうやら本当なのですね?」



 直ぐに俺に気付いたヴァルゴが、同行したラズ殿下を見てニヤニヤしながらからかってくる。


 なんで妻の不在時に他の女性と一緒にいる事を、妻に喜ばれなくちゃいけないんだよぉ。



「俺の単独行動が原因で家族に迎える事になったヴァルゴが言うと、いや~な説得力があるね。でもこちらの方たちは恋人同士なので、そういう冗談は控えるように」


「む、それは失礼致しました。お2人も申し訳ありません」



 直ぐにラズ殿下たちに頭を下げるヴァルゴだけど、頭を下げられた2人のほうが微妙な表情を浮かべているのは何故なんだろうな?


 まぁ今はそんなことよりも、ここの材木を持って帰らないと。



「倒れた木々に使い道があるかもしれないのですね。それが本当なら非常に助かります」



 ヴァルゴに簡単に事情を説明すると、やはり魔人族たちも倒木の処理には困り果てていたようで、餌として活用してもらえるならと大変乗り気の様子だった。


 普通のアウターであれば、アウターの一部である倒木はいずれ吸収されてなくなるんだろうけれど、聖域の樹海の倒木はアウターに取り込まれることなく残り続けるからなぁ。



 アウターブレイクとダークブリンガーを駆使して倒木を裁断し、移動魔法で持ち運べるサイズまでカットする。


 まずはお試しってことで少量だけを持っていき、倒木を餌として消費可能なことが判明したら本格的にバラして片付ける予定だ。



「手が空いてないかもしれないけれど、ある程度倒木を解体しておいて貰えると助かるよ」


「いえ、どちらにしても片付けなければいけないものですので。ですが、今日中にそんなに量が必要なのですか?」


「ああ。スレッドドレッドの食事量は分からないけれど、少なくとも数百匹は居たからさ。1度で持ち運べる量じゃ1日分にもならないと思うんだ。餌として使えることが分かったら何度か往復する予定なんだよ」


「なるほど。畏まりました。それではある程度の量を準備しておきましょう」



 ヴァルゴと守人たちにお礼を言って、聖域の樹海を後にする。


 直ぐにスレッドドレッドの巣穴前に戻ってきたけれど、萎縮が解けたらしいスレッドドレッドたちは巣穴に戻ってしまっていた。



 しかし俺達の気配を察したのか、数体のスレッドドレッドが巣穴の入り口からこちらの様子を窺っているようだ。



「さて。これを食べてもらえるのなら色々解決しそうですけど、食べてくれますかねぇ?」


「それはなんとも言えません。ですが警戒心の強い彼らが大人しく巣穴で待っていてくれたことを考えると、スレッドドレッドたちも興味があるのではないでしょうか」



 すっかり普段の調子を取り戻したラズ殿下が、俺との間にアンクを挟みながら前向きな発言をしてくれる。



 どうやらスレッドドレッドたちは、脅威を感じると巣穴を放棄してでも逃げてしまうことがあるらしい。


 アンクを奪い去りオーバーウェルミングで萎縮させてしまったけれど、まだギリギリ信用してくれているようだ。



「お待たせー! アウターの中に生えた木を持ってきたよーっ! これならいくらでも用意できるから、食べられるか試してくれないかなーっ?」



 持って来た木材を巣穴の前に置き、警戒心の強いスレッドドレッドたちに配慮して30メートル程度距離を取る。


 俺達が距離を取ると巣穴の中はゾワゾワしだして、まるで緊急会議でも開かれているような雰囲気だ。



 頼むぜスレッドドレッド。お前たちと争うのは本意じゃないんだ。


 これを食べてもらえるなら、また共存の道も歩めるはずだから……。食わず嫌いは勘弁してくれよぉ?

※こっそり捕捉。


 アンクの初登場は216『面倒』で、392『※閑話 末路』にて再登場し名前が判明しています。

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