556 フェス
「イントルーダーって遭遇率が低すぎてなかなか脅威度をイメージできないでしょ? だから為政者だけでも、イントルーダーに遭遇しておくべきじゃないかなってさ」
「「…………」」
イントルーダーの実物体験ツアーにご招待したところ、ロイ殿下もゴブトゴさんも頭を抱え込んでしまった。
正直な話、アウターエフェクトとすら遭遇したことのない人になら、造魔イントルーダーと遭わせてあげれば充分かもしれない。
けれど造魔スキルの存在はなるべく秘匿しておきたいし、イントルーダーも使役可能なんて事実は出来れば墓まで持っていくべき情報だからな。
気軽に造魔スキルを広めるわけにはいかないのだ。
「って言うか大分脱線したけど、そもそも人工的なアウターの発生実験を行いますよーって話だったんだよ。大分遠回りしちゃったなぁ」
「そもそもその話がぶっ飛んでるからねっ!? そこから何処まで行ったって遠すぎる話題だよ、まったくっ!」
ロイ殿下も俺に遠慮や変な探りを入れることなく、普通にツッコミを入れてくるようになってきたなぁ。
もしかしたら妙な小細工をする余裕がないだけって可能性もあるけど?
「イントルーダー体験会は1回だけのぶっつけ本番のみだから、参加希望者はそのつもりで選定して欲しい。あともしも実施するなら、始まりの黒の探索許可を貰いたいんだ」
「……理由は? なぜ王家が管理する場所に態々入る必要があるのだ」
「イントルーダーを撃破しちゃうと、そのアウターでは魔物が襲ってこなくなるんだ」
ギロリと俺を睨みつけてくるゴブトゴさんに、イントルーダーとアウターの関係性を簡単に説明する。
この鋭い視線は俺に他意がないか疑っているわけじゃなく、始まりの黒の探索許可を得るのが面倒なんじゃないかな、多分。
「俺は各地のアウターでイントルーダーを滅ぼしてきてるから、始まりの黒以外に探索できる場所が無いんだよ。ひと言で言えば消去法だね」
「……ねぇダンさん。各地のアウターって?」
「始まりの黒以外国内のアウター全部を制覇したんだよ。暴王のゆりかごも奈落も終焉の箱庭も含めてね。だからあと残ってるのは始まりの黒しか無いのよ」
「な、奈落も制覇済み……。なんなんだこの人……」
なんなんだとは失礼な。
俺はただちょっとおっぱいが大好きなだけの普通の男ですーっ。
家族のみんなが同席していたら総ツッコミを受けていた気がするけど、誰もいないので言いたい放題だぜっ。
「ダンさんの言い分は分かったが、ぬうう……」
「あ、勿論今日中に即答しなくてもいいよ。ゴブトゴさんも忙しいだろうし、始まりの黒の探索許可も簡単には下りないのは前に聞いて知ってるからね。今回は提案と、実現するのに必要な条件を提示しただけだから」
「む……そう言ってもらえるならお言葉に甘えさせていただく。流石にここで私の独断で決められる範疇を超えている案件だからな……」
「献上品の剣の扱いも検討しておいて欲しいんだ。即日渡せって言うなら渡せるけど、せっかくだから献上の機会を即位式に組み込んじゃってくれてもいいからね。そういう意味で事前に報告に来たんだよ」
「……なるほど。確かにダン殿の正気を疑うようなひと振りだ。新王の即位式に相応しい逸品であるとも言えるな」
ゴブトゴさんがナチュラルに毒を吐いてくるけど、このくらいはスルーしてあげましょうかね。
なんだか大分心労を重ねてしまったようだし、アーティのほかにバイタルポーションも置いていこうかな?
置き土産に悩む俺に、心底疲れ切った様子のロイ殿下が恐る恐る確認してくる。
「あ~……。ダンさん、もう話は無いかな? これ以上は流石に心が持たないんだけど……」
「そうだね。サークルストラクチャーとマインドディプリートの確認、魔玉発光促進とキュールさんの処遇、人為的なアウター発生実験と献上品についても語ったし……。あっ、もう1つあった」
「ひぃっ!?」
ひぃっ、じゃないから。怯えなくていいから。
切れ者で曲者で食えない男って感じのイメージは何処にやったんですかロイ殿下。
「ゴブトゴさん。即位式の日程って決まったかな?」
「ん? ああ。まだ正式な日取りは決まっていないが、現時点では7月の15日を予定している。あとの予定も詰まっているので、遅れたとしても7月中には済ませるつもりだが」
ふむ。まだひと月以上は余裕があるな。
その間丸々休暇に使ってもいいんだけれど、休暇の思い出が寝室の天井だけってのも味気ない。
まだみんなにも告げずに来たけど、きっとみんなも賛成してくれるだろうから、ゴブトゴさんにも確認を取っておこう。
「ねぇゴブトゴさん。新王の即位に際して、即位式以外のセレモニーの予定はあるのかな?」
「いや、特に予定は無いな。というか即位式まで全く余裕が無くてな。やりたくても出来ないのが現実だ」
「それじゃさ。市民で勝手にお祝いのイベントとかやっちゃっていいかな? お祭りーって感じでさ」
我ながらまるで陽キャみたいな提案だけど、この機会を活かさない手はない。
俺が来る前と後じゃ、この世界の常識が違いすぎると言われたからな。
今後も急激に変化していく王国に対応してもらうために、変化の節目を感じさせるようなイベントを催したいんだよね。
加えて、もうインベントリに入りきらないほどのお金をばら撒いて、王国中にもう少しお金を流したいって側面と、魔物狩りが活性化してお金の流通量が増えたスペルド王国に、新たなお金の使い道を創出したいっていうのもある。
この世界では時節のイベントのようなものも殆ど存在していないから、新王誕生に託けて前向きなイベントを定着させられないかなぁと思ったのだ。
「ふぅむ? 市民で勝手に祝う分には構わんと思うが……、そもそも祭りとはなんだ?」
「ああごめん。市民たちが新王の誕生をお祝いして、宴やパーティ、様々なイベントを催して雰囲気を盛り上げたいってことだよ。新たな王の誕生を、国民全員でお祝いして盛り上げようってことさ」
「それだけ聞くと楽しそうではあるが……正直手が回らん。申し訳無いが諦めてくれ」
「いやいや。ゴブトゴさんは関与しなくていいんだよ」
思った以上にシュンと肩を落としてしまったゴブトゴさんに慌ててフォローを入れる。
さっきアーティを呷っていた時の態度とかもそうだけど、ゴブトゴさんって意外と陽キャよりの思考の持ち主だったりする?
「国民が自主的に新王の誕生を盛り上げるんだ。ゴブトゴさんにお願いする仕事は無いよ」
「ではなぜ私に許可を求めたのだ? 私が関わらなくて良いなら、私への報告も必要無いのではないか?」
「後から問題が起きても困るからね。例えば即位式でスペルディアの街を王族が練り歩くっていうイベントを予定した時に、住民の祝宴が邪魔で即位式の進行に支障が出たとか困るでしょ? でもお祭りをしてるって知ってれば対応も出来るかなってさ」
それと、どんちゃん騒ぎを起こすと治安の悪化も懸念されるからな。
この世界って職業補正のおかげで誰がどのくらいの実力者なのか分かりにくいから街中で堂々と悪さする奴は少なめだけど、それでも様々なトラブルが起こるのは避けられないだろう。
だから後のトラブルを回避するために、祭りを許可したとゴブトゴさんから言質を取りたいだけとも言える。
「ふむ。絶対ダン殿は私に言っていないこともあると思うが、即位式を盛り上げてくれるのはありがたいな。特にマーガレット新女王陛下がお喜びになるだろう」
「だねー。国民全員に祝福された即位とか、マギーだったら感激しすぎて失神しそうだ」
先ほどまでの話と違って、ゴブトゴさんもロイ殿下も素直に賛成してくれる。
個人的には献上品よりもイベント開催のほうが大事だと思うんだけど、為政者側の2人は催し物の対応に慣れているのかもしれない。
「でもダンさん。市民主導でそこまで盛り上がるかなぁ?」
「今回は初めての試みだから、勿論俺達主導で動くつもりだよ。それで色々なイベントを企画してみて、それを見た人たちが次の機会に自主的に色々やってくれたら嬉しいんだよね」
「ダン殿が動くのであれば安心のような、余計不安なような複雑なところだな……。だが、要は今後の為のきっかけ作りのようなものだな。それなら自由にやってくれていいぞ」
「助かるよ。今年の後半には国中にお金が出回って、今以上のお祝いムードになると思うから、俺が主導するのは今回だけだと思う。だから楽しませてもらうね」
よしっ。無事にゴブトゴさんから言質も取れたし、早速色々考えようかなっ。
やっぱり屋台は外せないよなぁ。あとは遊戯とイベントかねぇ?
「ちなみにダンさん、現時点ではどんな事を予定してるのさ?」
「えっと、色々料理を作って街中で提供したりとか、お酒を振舞ったりとかする予定? あと妻に協力してもらって、色々な衣装の発表会みたいなことをしようと思ってるよ」
「へぇ? 服の発表会? でも今からそんなの企画して、即位式までには間に合わなくない?」
「即位式は予定外だったけど、服のデザインは前から進めてもらってたんだよねー。で、せっかくいいタイミングだから、発表のタイミングを合わせちゃおうかなってね」
ふふふ……。服屋さんにはデザイン料を過剰に払って、暇がある時はどんどん色んな服を作って欲しいといってあるからな……!
衣装作りをお願いしたのは結構前だし、大量の衣装が完成しているのは間違いないだろう……!
ああもうっ! 新しい衣装をみんなに着てもらうのが楽しみすぎるぅぅぅ!
「あっ、服と言えば……。ゴブトゴ、あの件をダンさんにお話していいかな?」
「そう……ですな。どちらにしても我等は今手が空きませんし、話すだけ話してみても良いのではないですか」
「なになに? 何の話?」
学生服やスーツ姿、ナース姿にメイド姿になったみんなを想像して興奮していると、思い出したようにロイ殿下が気になる事を言い出した。
おつかいイベント発生かな?
イベント開催の許可をもらえたことだし、ここは協力を惜しまない方がいいね。
「ダンさんはスレッドドレッドて野生動物を知ってるかな? 衣装作りに欠かせない生物なんだけど」
「ん、確かドレスの素材なんかを生み出す、大型の蜘蛛型野生動物だっけ? スレッドドレッド製のドレスをうちのみんなに贈った覚えがあるよ」
「流石ダンさんっ! スレッドドレッドの糸で出来た衣装は強度も手触りも抜群で、凄く興奮するんだよねぇ……!」
くっ……! 悔しいけどロイ殿下と意見が一致してしまった……!
披露宴の後、3日3晩みんなと大騒ぎしたのに傷1つ付かない強度で、なのにシルクを思わせるようなサラサラとした優しい手触りが癖になるんだよなーっ!
あんまりにも快適すぎて、下着やらシーツやらも殆どスレッドドレッド製に変えてしまったくらいだよっ。
「……ってそうじゃなかった。そのスレッドドレッドが今ちょっと大変なんだよ。だけど俺達の手が空かなくて困ってるんだ」
「おおう。おつかいを頼まれそうな雰囲気だけど、スレッドドレッドの一大事と言われたら聞かないわけにはいかないね。どうしたの?」
強度に優れて破れや解れが殆ど起きないスレッドドレッド製の衣装だけど、下着や寝具なんかは滅茶苦茶汚しちゃうから常に新品の需要はあるのだ。
デザイン的にもどんどん新作が出て欲しい。えっちな下着とか大好物ですし?
「頭が良くて良い関係を築けてきたスレッドドレッドの飼育なんだけど、先日飼育場所の環境が激変しちゃったらしくってさぁ。スレッドドレッドたちのストレスが溜まってるみたいなんだよ」
「飼育環境の激変って?」
「えっとね。スレッドドレッドは地面に穴を掘って生活するタイプの野生動物なんだけど、主食は木なんだよ。だけど飼育場所の木がなぜか突然次々と倒れちゃったみたいでさぁ」
「うわぁ……」
なんか最高に嫌な予感がする話の流れだわ……。
でも俺に関係があろうが無かろうが、スレッドドレッドの問題を無視するわけにはいかないよなっ。
我が屋の着衣えっち生活の充実の為にっ!
「ちなみに先日聖域の樹海の樹木を軒並みぶっ倒しちゃったけど、それとなんか関係あるかな?」
「やっぱりダンさんかよっ!? 薄々そうじゃないかなとは思ってたけどさぁ!」
やっぱりって……。
もしかして、俺のことを疑ってたからこの話を振ったのか、この人? 油断出来ないなぁ。
アウターの木々が軒並みぶっ倒れるなんて異常な現象、正直俺たち以外には起こせそうもないけどさぁ。
「誤解は止めて欲しいなぁ。俺はむしろあの樹海の危機を救ったんだから。まぁその余波で大変な事になっちゃったみたいだけど?」
「大変な事になってる時点で誤解じゃないでしょ!? 侵食の森の木々を軒並みぶっ倒してでも救わなきゃいけなかった危機って何っ!?」
何と言われちゃあ答えないわけにはいかないなぁ?
ということで、俺はヴェノムクイーンの話を、ロイ殿下からはスレッドドレッドの詳細を伺うことにした。
どうやらスレッドドレッドは、終焉の箱庭と聖域の樹海が交わるような位置、王国全体で言うと南東のあたりで飼育されていたらしい。
エルドパスタムの地面の下あたりに生息しているようにも聞こえるけど、エルドパスタムからは樹海は確認できなかった気がするから、もうちょっと離れているんだろう。
スレッドドレッドたちは安全に繁殖できれば不満が無いらしく、糸を提供する代わりに主食である材木を差し入れてもらえれば、大人しくしていてくれるらしい。
しかしこの度聖域の樹海の木々が軒並み倒れてしまったことで、今後の餌の用意が不安視されているらしい。
木材なんて他の場所から引っ張ってくればいいのではと思うのだけれど、いくつか問題がある。
まず木材はポータルで運べないこと。
そして行商人の浸透が進んでいないので、重い木材を長距離運搬するのが困難なこと。
極め付けは、スレッドドレッドはアウター内に生えている木しか食べてくれないという事だった。
「なるほど。頭がいい野生動物がなんで大人しく飼育なんてされてると思ったら、アウターに生えた木しか食べないのか。野生動物はアウターを嫌う傾向があるから、人に取ってきてもらってるわけね」
「侵食の森全域に巣食う野生動物ってなにさぁ……。侵食の森が侵食されててどうするんだよぉ……。そしてその野生動物を仕留めた結果、侵食されていた木々が倒れてしまったとか、そんなのどうしようもないじゃんかぁ……」
俺とロイ殿下が、お互いから聞いた話にそれぞれ感想を漏らす。
どうやらロイ殿下にも、俺の引き起こした結果が不可抗力だと伝わったようで何よりだ。
伝わった結果、盛大に頭を抱えてしまったことまでは責任取れないんだよ?
「とりあえず、スレッドドレッドに会いに行くことはできるかな? 聖域の樹海の木が全て失われたわけじゃないから、ある程度の量なら俺が融通できると思うんだけど」
「む、済まんなダン殿。助かる。スレッドドレッドの飼育も国で管理しているものだから、ダン殿さえ良ければいつでも案内できるぞ」
「なら早速行こうかな。ゴブトゴさんへの報告も済んだし、スレッドドレッドの問題を解決して、お祭り騒ぎに専念したいからね」
スレッドドレッド飼育場への視察を決めたので、ゴブトゴさんとロイ殿下は案内を手配すると言って出ていった。
俺は案内がきたら直ぐに転移できるように、王城前まで移動させられた。
しかし案内人として俺の前に現れたのは意外な人物だった。
「お待たせしました。早速参りましょうか」
「……へ? 早速参りましょうって、俺今案内の人を待ってるんですけど」
「私がその案内人ですよ。一時的にで構いませんので、ダンさんのアライアンスに参加させてもらっていいですか?」
スレッドドレッド飼育場への案内役として現れたのは、スペルド王族色狂いコンビの片割れ、シャーロット・ララズ・スペルディア第1王女、通称ラズ殿下だった。
ロイ殿下から解放されたと思ったら、今度はラズ殿下っすかぁ……?
しかも護衛も伴わずに1人で来てるし、面倒な事にならなきゃいいけどねぇ。
※こっそりネタバレと補足
第8章で第2部は終わりとなります。が、長いです。8章だけで100話を超えます。ぐだぐだです。
ゴブトゴが祭りという言葉に反応していますが、祭りという言葉自体は知っているものの、実際に前向きな催しが行なわれた例が殆ど無いので聞き返した、と解釈していただければ幸いです。




