053 歓迎会
ネプトゥコで警備隊の詰め所を出た後、財産も装備も全て失ったティムルのために、とりあえず皮の靴だけ購入してやった。
お金が無いので他はおいおいって感じでお願いします。
ティムルが靴を履いたのを確認してポータルを発動。
マグエルの自宅に帰還すると、ムーリさんをはじめとする教会の子供たちが、除草や掃除を手伝ってくれていた。
「ななな、なんでまた増えてるんですかーっ!? ニーナさん!? ニーナさぁぁんっ!」
俺達の姿を見たムーリさんは、絶叫しながらニーナに詰め寄っている。
「落ち着いてくださいムーリさん。ティムルの事はご存知でしょう? 彼女はこの度ご主人様の奴隷となりました。私と同じでご主人様の所有物ですね」
ティムルが俺の所有物。ニーナも俺の所有物か。
う~ん。嬉しいような微妙なような複雑な気分だなぁ。
「もう1人の女性はリーチェさんです。ご主人様がネプトゥコで餌付けしてしまいまして、家までついてきてしまいました」
「後半ーーっ! 犬猫じゃないんですからぁっ! 真面目に説明してくださいよぉ!」
慌てるムーリさんには残念だけど、リーチェに関してはニーナの説明で完全に合ってるんだよねぇ、恐ろしいことに。
詰め寄るムーリさんを振り切って、ニーナが1歩前に出る。
「お帰りなさいご主人様。お帰りなさいリーチェ。そしてお帰りなさい、ティムル。これから先もずっと、宜しくお願いしますね」
「ええ。ニーナちゃんも本当にありがとう。これからはダンの奴隷として、よろしくお願いします、先輩っ」
この2人は知った仲だし、今さらなにも心配はなさそうかなぁ?
軽く抱き合う2人を眺めていると、リーチェが少し感極まったように小さく震えている。
なんだこいつ? ほんと読めないなぁ。
「……いつ以来だろうね、おかえりなんて言ってもらえたのは。帰る場所があるって、悪くないね」
ニーナの言葉に感動してたのかよ。確かにニーナに迎えてもらうのは最高なのは同意するけどな。
しっかし押しかけてきて強引に居座っておきながら良く言うよ、まったく。
「この家に居る間は、朝はおはようからいってらっしゃい、帰ってきたらお帰りなさい。寝るときにはおやすみなさいって、毎日聞くことになるよ」
おかえりだけでそんな感動してたら、これからもたないってば。
俺たちとリーチェは基本的に別行動だろうから、スポットに遠征中は会えなくなると思うけどさ。
「あはは。ダンは本当になんでもないことのように言うね。まるで僕を家族として迎え入れてくれる、そう言ってるように聞こえるよ?」
「リーチェが詰め所で俺に言った言葉のほうがよっぽどだから。あれ完全にプロポーズだよ? お前翠の姫エルフなんだから、もうちょっと言動には気をつけてくれよ」
詰め所の人たち固まってたからね? 扱いに困ってうちに押し付けやがったのは許さないけどなぁっ。
「それでニーナ? 今日は教会のみんなも夕食を食べてくの?」
「あ、はいそうです。私たちの生活と教会の皆さんは切っても切れませんから。リーチェともティムルとも、本日のうちに親睦を深めてしまおうかと思いまして」
ふむ、確かにそのほうがいいか。教会の子供達は毎朝水汲みに来てるし、ティムルやリーチェを紹介しておかないと要らない騒動が起こりかねないもんね。
ただまぁ、ティムルの購入資金が痛すぎて、生活費的にちょっと苦しかったり……?
ま、野暮なことは言うまい。今日は歓迎会なんだから。
全員を中に招いて、賑やかな夕食が始まる。
子供達は豪華な夕食に夢中で、その中に混じってリーチェが料理の争奪戦を繰り広げている。女性陣は女性陣で固まって、話に花を咲かせているみたいだ。
ニーナ先生。リーチェは女性陣には含まれないんですかー?
「まだそんなに時間が経ったわけでもないのに、本当に綺麗な女性ばかり集まりますよね。やっぱりモテるんですねダンさんって」
モテるんですね、なんて初めて言われたよムーリさん。
25年間、まともに女性の手も握ったことなかったはずなんですって。
「私、男性の視線を感じることは多いんですけど、ダンさんには気付くと視線を逸らされているというか……。私、嫌われてるんでしょうか?」
「ご主人様は結構臆病なところがありますからね。視線を逸らすというのは、逆にムーリさんに入れ込み過ぎないようになさってるんだと思いますよ」
ムーリさんの相談に至極冷静に対処してるニーナが恐ろしい。
けどまぁニーナにはムーリさんのおっぱいに惹かれている話はもうしちゃってるしな。想定された話題なんだろう。
「ムーリさん、胸が大きいですからね。無意識に見ちゃって、それに気付いて慌てて目を逸らしてるんだと思いますよ。ね? ご主人様」
ね? じゃないからニーナ。そんな話題を振られても返しようがないんだよぉ。
ムーリさんも急におっぱい隠さないで? 逆に意識しちゃうから。
「……ろ、60万リーフもしたんですか。よく払えましたねご主人様」
ティムルの購入金額を聞いて、流石のニーナも動揺してしまったようだ。
かなり高めに見積もっていたつもりだったけど、それ以上の金額を吹っ掛けられちゃったもんなぁ。
「とにかく了解しました。あとで家計を少し見直してみますね」
「お願いね。ったく、なぁにが10~15万だって話だよねぇ」
一般的な32歳の愛玩奴隷の価格がその価格だとしたら、ティムル1人で4~5人分の価値があるってことじゃないか。
……まぁ、あるかな? そのくらいの価値は。
「それだけシュパイン商会はティムルを手放したくなかったんだろうね。その理由は何であれ、さ」
それだけの商才があるなら、ティムルには無理に魔物狩りに参加させずに、なにか商売をさせる手もあるのかなぁ。
ティムルの職業育成状況は行商人LV16、旅人LV23だから、この2つを上げきったら冒険者にしてポータルを覚えさせるか? 豪商にしてお金稼ぎに特化させてもいいな。
あっと、その前に戦士は上げるべきかぁ。魔物狩りをする以上、戦士を上げない手はないよな。
「信じられる? ダンってば、私を物のように扱うかもしれないぞって脅したのよ?」
「あっはっは! ダン、流石にそれは無理があるよ。君は僕の前だけでもどれだけ彼女に愛を囁いていたと思ってるんだい? ああ、物は物でも、宝物みたいに扱うってことかい? あーっはっはっは!」
ティムルとリーチェが俺を肴に談笑している。
なぁ、本当にエルフとドワーフって仲悪いの? それともこのポンコツアホエルフだけが例外なの?
「へっ。ニーナもティムルも俺の女なんだから、自分の物は大切に扱うっての。当たり前だろそんなの」
想いは言葉にしなきゃ伝わらない、とはしょっちゅう目にしてた。
照れたり恥ずかしがったり、人目を気にしたりして心にもない事を言って擦れ違ってしまうなんて、そんな事はごめんだね。
想いはなるべく言葉にして伝える、それがこの世界で意識している事の1つだ。
……たまにぽろっと本音が出ていくのが玉に瑕。
「私も正直、奴隷として振舞うのに限界を感じつつありますからね。なるべく早く奴隷解放できるよう頑張りましょう」
「そうね。私も明日からはダンの奴隷として振舞わせてもらうわね。これでも奴隷生活も長かったし心配要らないわ」
俺もニーナを奴隷として扱うのは無理だってぇ。
もちろんティムルのことだって、奴隷としてなんて扱えないよぉ。
あーくっそー! 2人とも奴隷に落とすしかなかったとは言え、奴隷になんかしたくなかったよーっ!
「ニーナさんもティムルさんも間違いなく奴隷なのに、奴隷として振舞えるかどうかを危ぶまれるって意味が分かりませんよ? というかダンさんが2人をまったく奴隷扱いしてない姿が容易に目に浮かびます」
ほっといてくださいムーリさん。その想像は俺も簡単に出来ますから。
奴隷なんて居ないのが当然の社会で生まれ育ったせいで、どうしてもこの世界の人と同じ考え方は出来ないんだよねぇ。
今でこそ安定したけど、マグエルに来るまでは苦難の連続で、横柄に振舞おうって思える余裕も無かったし。
「リーチェ。この家に居候するのは認めてやったんだから、そろそろ依頼の方もちゃんといけよ。ティムルの購入に関して協力してもらったわけだし、あまり強くは言えないけどさ、丸2日間何もしてないことになってるだろお前」
「ぐっ……。痛いところを突くじゃないか。だが君の言う通りだね。僕も1度引き受けた以上は、責任を持って依頼をこなさないと」
ぐぬぬと唸る姫エルフ。まったく英雄感がないな?
マルドック商会壊滅事件の調査だっけか。依頼の期限みたいなものは無いらしいから、実際は2日間くらいなにもしなくてもお咎めは無いんだろうけどね。
「俺たちはスポットへの遠征で留守にしてるかもしれないから、このあとリーチェとティムルのステータスプレートを家に登録してしまおうか。2人とも家では自由に過ごしていいけど、施錠だけは忘れないでくれよな」
日本を越えるテクノロジー、それがこの家の住人登録。
この家の奥の小さな1室、住人登録専用部屋の壁の中には水晶のようなマジックアイテムが埋め込んであり、その水晶にステータスプレートを差し込むと住人登録が完了する。
新しく人を追加する場合は、登録済みの人間全員がステータスプレートを差し込みながら新しいステータスプレートを差し込む必要があって、結構厳重なセキュリティになっている。
最大登録員数は10名。
現在は俺とニーナ、そしてムーリさんの3人が登録済み、今日新たにティムルとリーチェを追加して5名。つまりもう半分埋まってしまった計算だ。
登録を初期化する方法もあるらしいけど、それは俺たちじゃなくて管理人であるシュパイン商会側で管理されているもので、俺たちが利用する機会はないだろう。
「孤児院のみんな。これからは商人じゃなくこの家の住人として、改めてよろしく頼むわね」
ティムルの挨拶に元気よく返事をする子供達。
以前から我が家で夕食を共にしていたティムルとは面識のある子供ばかりなはずだ。何も心配ないだろう。
やがて賑やかな夕食会も終わりを迎える。
教会のみんなを送っていく前に、リーチェとティムルの住人登録を済ませる。ムーリさんが帰っちゃったら出来ないからね。
みんなでステータスプレートを差し込み、ティムルとリーチェの名前が水晶玉の中に追加される。これで住人登録は完了だ。
うん。これで名実共に2人はこの家の同居人になった。
教会のみんなを無事に送り届けた後、夕食の片付けをしながらこれからの予定を話す。
「ちょっとこれからの話をしようと思う。リーチェとは基本別行動になると思うけど、聞いてても聞かなくても構わないよ」
「つれないことを言わないで欲しいな。当然僕も聞かせてもらうさ」
でしょうね。リーチェが席を外すとは俺も思ってないよ。
さて、まずはお金の話からだ。
「今回予定外に散財してしまったから、当分はスポットでお金を稼がなきゃいけない。明日遠征の準備をして、明後日からまた遠征を開始しよう」
ティムルの購入は完全に予定外の出費だったけれど、魔物狩りさえ続けていれば収入には困らない。お金が無ければスポットに潜ればいい。シンプルな社会構造だと思う。
「ティムルは装備品が無い状態での遠征になる。野盗の時のダガー2本は用意できるけど、今はそれだけだ。絶対に無理はしないようにな」
「ええ、分かってるわ。せっかく貴方達の家族になったんですもの。死んでやる気はないわよ。戦闘面では足を引っ張ってしまうけど、その分荷物の運搬は任せて欲しいわ」
やる気に満ちた表情で俺に頷いて見せるティムル。
1週間でティムルの行商人を上げきるのは……、まぁ厳しいかぁ。3人パーティになるし魔玉も1個増やすしで、レベリングの効率は恐らく落ちるだろう。仕方なし。
「当面はティムルの装備品の充実と、来年の税金分の貯金を目指すよ。それで無事に年が越せたら、その時はまた旅に出ようと思うんだ。もう既に俺もポータルが使えるし、この家はそのまま契約更新する方向で考えてるけどね」
資金面に関してはそこまで心配はしてないけどね。ティムルの分の装備品と税金を考えても、今の俺達の収入なら問題なく貯められるはずだ。
早めにお金を貯めて、少しのんびりと生活していきたいもんだ。憧れの異世界スローライフってね。
「え? 旅? 遠征じゃなくて? みんなはマグエルに定住してるんじゃないのかい?」
ああそうか。リーチェは俺とニーナの事情を知らないんだったね。
リーチェもこの家の同居人になるのなら、もう隠すことは出来ないよな。ニーナが頷いてくれたのを確認してから俺達の事情を説明する。
「実はニーナは呪われていてね。俺たちはニーナの呪いを解く方法を探してるんだ。その為には世界を徒歩で旅しなきゃいけないんだよ」
ニーナがリーチェに、自分のステータスプレートを見せる。
「もしリーチェも仕事で何か掴んだら、教えて欲しいと思ってるんだ」
「これは……、アウターで受けたものだね? 厄介そうだな……」
リーチェから見ても厄介な呪いなのか。
ま、厄介なのは元々分かっていたことだ。今更気にするまい。
「なるほど。今回ニーナは留守を守っていたのではなく、この呪いのせいでポータルを使えなかったんだね」
「そういうことです。呪いを解いたら私たち3人は正式に婚姻を結びますので、どうか協力してくださいね」
「勿論だよ。そういえば家賃なんかも請求された覚えはないし、家賃代わりに僕も少し調べてみる。でも期待はしないでね。依頼の合間の時間を割くくらいしか出来ないから」
片手間でもリーチェと俺たちでは、知識も経験も実力も行動範囲も実績も信頼も、ありとあらゆる事が桁違いだ。俺達の旅では見つけられない情報が引っかかる可能性は低くないはず。
フラッタの方にもアンテナを伸ばしてもらいたかったけど、アイツは自分の事で手一杯だろうしなぁ。
……そう言えばリーチェの依頼って、マルドック商会襲撃事件の調査だったっけ。
「リーチェ。もし今回の依頼の最中に、フラッタって竜人族の少女に会ったらよろしく言っておいてくれ。いつでも遊びに来いってさ」
「……君、何処まで知ってるの? なんで僕の依頼から竜人族を連想したのさ? そしてフラッタ、ね。僕に似てるって人は、竜人族の少女なんだ」
俺の言葉にリーチェが少し表情を引き締めた。
そんなに警戒する必要はないよ。大体フラッタのせいだから。
しかし緊張感漂う俺とリーチェの会話に、予想外の方向から素っ頓狂な声が割り込んできた。
「ええっ!? ダンったら私がマグエルを離れて1ヶ月も経ってないのに、リーチェの他にも誰か引っ掛けちゃってるの!?」
人聞きの悪い言い方をしないで欲しいなぁっ!?
リーチェもフラッタも、ぶっちゃけお前も始めは押しかけてきたんだろうがティムルー!
「ちょっとニーナちゃん、詳しく教えてくれるっ?」
「あー、あの娘のことは、本当になんと言いますか……。ある意味で私の責任とも言えますし……。そもそもあの子、言葉で説明するのが難しいんですよね……」
ティムルの追求にしどろもどろになるニーナ。おのれフラッタっ!
今までは、夕食が終われば寝る時間。ニーナと2人、静かな家の中で過ごすだけだった。
だけど今日は夕食が終わっても、こんなに家の中は騒がしい。
これが60万リーフで俺が買ったもの。
そう考えればまぁ……、お買い得だったかもな?




