503 関わり
「全職人の頂点に立つという名匠……! ドワーフが目指す最終目標に到達した者に、1人の職人として是非ともお会いしてみたいのだっ!」
職人連合が俺達に接触を図ってきた理由が予想以上にシンプルで、悪意も打算も感じられない事に逆に困惑してしまう。
職人連合の連中が俺達に敵意を抱いていないのはありがたいけれど、名匠であるティムルに会わせろだなんて面倒すぎる事を言い出してきたエウレイサとスポッタ。
……でも、クラメトーラを追い出されてドワーフたちに良い印象を持っていないティムルと、女子供は鍛冶場に入れるななんていう差別意識が根強いドワーフ族達を引き合わせるぅ……?
恐らくティムルの方はあまり気にしないとは思うけど、どう考えてもトラブルの予感しかしないよなぁ……。
「アンタらの名匠に対する情熱は伝わってきたけどさぁ……。名匠に会ってどうする気なのさ? それとも会えばそれだけで満足してくれるわけ?」
「それはお会いしてみないことには分からんなっ。だが名匠ならば全ドワーフの頂点に立つに相応しいお方だ。出来れば職人連合にお迎えしたいと思っているっ」
はいエウレイサさんワンアウトー。
ティムルをアンタらなんかに引き渡す訳ないだろ。寝言を言ってんじゃないよ。
でも、今まで全く面識の無い相手をあっさりトップに据えようとするあたり、本当に職人要素が最優先されるんだなぁドワーフって。
「詳しくは分からんが、その方はなんの情報も無く自力で名匠まで辿り着いたのであろう? まさに名匠になるべくして到達した、運命のドワーフと言っていいだろうっ。いったいどれほど才気に溢れる方なのか、お会いするのが楽しみで仕方ないっ!」
スポッタさんでツーアウトでーす。
お姉さんは面汚しとか落ち零れと言われて、奴隷として売却されるという形でクラメトーラを追われた身なんですよねー。
「う~ん。どうしたもんかなぁ……」
なんというか、まんまラトリアの時を思い出す展開だなぁ。
竜人族は戦闘力に惹かれるけど、ドワーフ族は職人に魅力を感じすぎてしまうのね。
2人の情熱をティムルに伝える事はしても良いけど、ティムルが職人連合と接触するのは誰も幸せにならない結果を生み出しそうで怖いなぁ。
ってことを、そのままの言葉で伝えてみるとするかー。
「……名匠の人物に話を通すくらいはしてもいいよ? でもきっと本人がここに来るのを嫌がると思う。そして本人が嫌がる事を俺は強制できないからね?」
「そ、その方もドワーフのはずだろう!? ドワーフ族がクラメトーラの地を嫌がることなどあり得ぬわっ!」
「そうだ! たとえその方がスペルド王国のどこかでお生まれになったのだとしても、クラメトーラは全ドワーフの魂の故郷なのだぞっ!? それを嫌がるなど……!」
俺の言葉を受け入れられないのか、そんなはずはないと否定の声を上げる2人。
……エウレイサとスポッタに悪気が無いのは分かってるんだけど、ティムルが辿ってきた運命を思うとちょっぴり燻ぶってしまうものがあるなぁ。
抱きしめているニーナの体温に意識を向けて、体の奥底に燻ぶる怒りを霧散させてから口を開く。
「……アンタらの価値観にケチをつもりは無いんだけど、その名匠って女性なんだよね」
「な、に……!? じょ、女性なのか……!?」
「しかも15歳の時に奴隷として売られ、この地を追放された人なんだよ。当時の彼女の事をこの地の人々はドワーフの面汚し、落ち零れだと罵ったそうだね」
「そん、な……! 後に名匠となるドワーフを、ワシらは自らの手で排除して……!」
名匠が女性と聞いて、その女性を追放したのが自分たちだと知って慄く2人の姿に、思った以上に何も感じない自分に少し驚く。
ティムルが熱視を発現させた時は、ドワーフの里を滅ぼそうとまで思ったんだけどな?
これは俺の腕の中に収まっているニーナのおかげなんか、ティムルが本当にクラメトーラに興味が無い事を俺が理解しているからなのか分からないな。
「職人連合の名が聞いて呆れるねぇ? クラクラットにふんぞり返ってるアンタら職人全員の目利きが、完璧に間違ってたんだからさ」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
もしも目の前の2人がティムルを売り払った張本人だったとしても、きっとティムルは怒りや憎しみを抱くことは無いだろう。
そんなものを抱くほどの興味すら無いのだ、彼女には。
クラメトーラがティムルを捨てた時、彼女もまたクラメトーラのドワーフである事を捨ててしまったのだから。
「落ち零れだ、面汚しだとこの地から追放し、安い金で売り払った少女が名匠になったんだよ。この事実を聞いてアンタらはどう思うの? まだ名匠に会いたいと口に出来る?」
「…………っ」
「きっと彼女は俺が頼めば応じてくれるよ? 彼女はアンタらのことなんてどうでもいいと思ってるから。嫌っても恨んでも憎んでもいないんだ。だから会ってはくれると思うよ?」
ティムルはクラメトーラを追われたことも、シュパイン商会で過ごした日々も既に消化して乗り越えている。
今更クラメトーラの職人と会わせたところで彼女は傷1つ負う事はないはずだ。
だからティムルをここに連れてくる事に何の問題も無いんだけどさぁ……。
「けどさ、アンタらはどの面下げて彼女に会うの? 名匠になるべく運命付けられたドワーフ? 才気溢れる人物? そんな彼女を拒絶し迫害し追放したのはアンタら自身なのに」
「あ……う……」
俺の問いかけに言葉を詰まらせるエウレイサとスポッタ。
これ以上問い詰めても時間の無駄かな? 切り上げようか。
「アンタらが会いたがっている話、間違いなく彼女には伝えておくよ。約束する。だけど実際に会うかどうかはアンタらが決めろ」
「…………そ、それは、どういう……?」
「自力で名匠に到達した最高のドワーフを追放したという事実を、自分たちの目利きの間違いを認める勇気があるなら、その時はアウター管理局を通して俺に連絡してよ」
ニーナを抱っこしたまま席を立つ。ここでの話はもう終わりだ。
彼らと俺達……いやティムルとの接触は、彼ら自身に責任を持って選択させる事にしよう。
「俺からアンタらに連絡するつもりは無いし、アンタらから連絡があるまでは彼女をこの地に連れてくることも無いからさ。アンタらがこの地でやってきたことが間違っていたと認める気になったら連絡してねー?」
「ワ、ワシらがやってきたことが……全て、間違って……?」
打ちのめされた様子で項垂れるエウレイサ。両目を大きく見開いたまま固まるスポッタ。
これまでのドワーフの価値観について、アルケミストたちの傀儡となっていたドワーフたちを責めるのは酷な話かもしれない。
けれど実際にティムルや他の多くのドワーフを迫害していたのは、この地に住まう全てのドワーフ族なのだ。
『先祖代々の土地だから』。
そんな理由で沢山の命を奪い、数え切れない数の人々を不幸に落としてきたんだ。
それら全てにもう取り返しなんてつかないけど、せめて自分達がしてきたことをが間違っていたという自覚くらいはしてもらわないとな。
職人気質のドワーフ族たちは頭が固くて頑固者が多そうだ。
だけどそんな彼らを味方につけることが出来れば、ドワーフ族は種族一丸となって栄えることが出来るかもしれない。
……その為には、今のドワーフ族に蔓延る価値観が邪魔だ。
「今までのドワーフ族は、間違った知識で種族全体の首をじわじわと絞めていただけなんだよ。その結果、名匠という到達点に誰も辿り着けなくなった。それだけの話だ」
「なっ……!」
「何が故意に失伝させただよ。他の種族に利用される恐れ? 他の種族と対等な関係を築く自信が無かっただけだろ。ドワーフ族に他種族に歩み寄る勇気があれば、それぞれが手を取り合う未来だってあったんだよ、このビビりども」
人の悪意を見抜ける目利きスキルを多くの者が持っているくせに、その悪意にビビって逃げ出すとか腰抜けすぎるだろ。
お前らが追放したティムルは、商人として常に人の悪意と向き合って生きてきたんだぞ?
「はっきり言っておくけど、今のクラメトーラと職人連合には何の価値も無いんだ。お前らと交流しようがしまいが、俺達には何の影響も無いんだよね」
利益に聡いロイ殿下もラズ殿下も、この地に一切興味を示さなかった。
今のクラメトーラは敵対されても何の痛痒も感じない相手であり、味方に引き入れても何の恩恵もない相手なのだ。
つまり今のドワーフ族は、相手をするだけ時間の無駄だと思われているんだよ。
「自分達が取るに足りない存在だと自覚するんだね。クラメトーラなんて狭くて閉じた世界でだけ職人として崇められていたければ話はこれで終わりだ。だけど……」
「け、ど……?」
「自分が如何に無力で無知で無価値な存在であるか思い知って、それでも名匠の存在を追い求めるなら……。その時はもう1度俺達に接触してくるといいさ」
言葉を返してこない2人に背を向けて、若いドワーフが転がる中を避けるようにして出口に向かう。
言うべき事は全て言った。
だからここから先は、彼ら自身に責任を持って選んでもらわないとな。
「じゃあね。また会える事を祈っておくよ」
けれど部屋を出る前に、ついつい余計な事を言ってしまった。
……ドワーフ族の扱いは難しいなぁ。
俺にとってはティムルを不幸に落とした加害者でもあると同時に、アルケミストによって困窮を強いられていた被害者でもあるから、感情を割り切る事が難しい。
そんな複雑な胸中を振り切るように、ニーナを抱きかかえて集会場を後にした。
「……やっぱりティムルの話になると、私は子供なんだなって思い知らされちゃうの」
「ニーナ?」
建物を出たところで、ニーナがため息混じりに呟いた。
だけど俺にはニーナの言っていることが良く分からなくて、彼女の次の言葉を待つことしか出来ない。
「ティムルとドワーフの話ってさ、誰が悪くて誰のせいで不幸が連鎖しているのか分かりにくいの。被害者も加害者も絡み合ってて、いったい誰に対して怒ればいいのか分からないんだ……」
「俺も同じ気持ちだよニーナ。アルケミストの研究も、元々はガルクーザ級の脅威に備えることが目的で始まったものだしね。その想いが100%悪意だったってわけじゃないんだよなぁ……」
人の悪意に触れたドワーフは、その悪意から種族を守るためにドワーフだけで孤立し、ドワーフだけで戦う力を求めたのだ。
その想いの全てが悪意で彩られていたとは思わないけど……。
「……でもさニーナ。やっぱりドワーフ族がしたことって、『逃げ』だったんだと思うんだ」
「逃げ? それってどういう意味なの?」
「人の悪意を恐れ、他種族と手を取り合う事を嫌ったドワーフ族は、自分達が抱えた恐怖心や猜疑心を勝手に増幅させてしまったんだ。ドワーフ族の先祖は、人と真摯に向き合うことから逃げてしまったんだよ」
この世界に来て何度も痛感させられるのは、家族が居なければ俺なんて呼吸することも出来ないってことだ。
それは魔力制御に限った話ではなく、家族が居なければ俺は心も魂も俺として保てない。そんな気がしている。
強さを求める時、恐怖に抗う時、理不尽に怒る時……。
もしも不幸な運命に逆らう時に自分の心しか持ち合わせていなかったら、1度抱いたマイナスの感情を反転することも克服することも出来ないよ。少なくとも、俺は。
「人と関わるのって勇気が要る事だと思う。他人は自分の思う通りに動いてくれないし、もしかしたら足を引っ張られたり負担を強いられてしまうこともあるかもしれない。だから1人の方がマシだって思いたくもなるのも分かるんだけどさぁ……」
「……ダンと出会う前の……ううん、出会った頃の私がそうだったかな……」
「ニーナの場合は俺に迷惑をかけたくないからって独りになろうとしてたよね? そんな優しいニーナが好きになったんだよ?」
「そんな私を放っておけなくて、無理矢理手を掴んでくれたダンのことを好きになったのーっ」
ニーナが首にぎゅーと抱き付いてきてくれる。よしよしなでなで。
人に迷惑をかけたくない。
これはきっと多くの人が抱えている不安で、程度の差はあれど誰だって抱いている感情のはずだ。
だけどそんな不安を乗り越えて他者と関わりを持たないと、意外と人間って沈み続ける一方なんだよなぁ……。
ソースは俺……いや、俺達家族全員だ。
……ちょっと脱線してしまった。
でも改めてニーナを好きになった気持ちを思い出せて良かったかな? ぎゅー。
「世の中って不思議なものでさ。意外と独りだと上手くいくことって少ないんだよね。人と関わって変化を起こさないと、感情ってのは停滞して澱んでいくものなんだと俺は思ってるんだ」
「……それも覚えがあるよ。家族だけで暮らしていた私は、いつからか帰ってこない父さんを恨んで、呪いを私に引き継いだ母さんを憎んで……」
「幸せってさ。自分の中に見つけるものだと思うんだ。だけど厄介な事に、幸せって他人を通してじゃないと見つけられないものなんじゃないかな。仕合わせの先にしか幸せって見つけられない、俺はそんな風に思ってるんだよ」
自分の中にある幸せは、他者という鏡を通してじゃないと見つけられない。
ニーナと出会って、家族のみんなと出会って幸せになれたように、きっと独りのままでは幸せになることなんて出来なかったと思ってる。
「……ダンに出会って、ティムルに出会ってムーリに出会ってフラッタに出会って、そんな風にみんなと出会うほど私達は幸せになっていったもんね。私達は本当に仕合わせが良かったの」
幸せについてなんて、随分と偉そうに語ってしまった。
けれどどうやらニーナも、俺と同じような思いを抱いてくれているようだった。
「思えば俺達と他の家族の縁を繋いでくれたのってティムルだったね。そんなティムルが最高のドワーフだなんて当たり前のことだったよ」
ティムルは女神って呼ばれる事を嫌がるけどさぁ。
ティムルは俺とニーナにとって幸運の女神で幸福の女神で、みんなと出会わせてくれた縁結びの女神様でもあるんだよなぁ。
しかも彼女との出会いって、彼女の方から俺達に踏み込んできてくれたんだもんなぁ。頭が上がらないよ。
「あははっ。ドワーフが人の悪意から目を逸らして他人と向き合うことから逃げ出した結果が今の困窮なら、ティムルが名匠になって誰よりも幸せになったのも頷けるの」
「ん? どういうことニーナ?」
「だってティムル、いつも私とダンに自分から踏み込んできてくれたの。悪意に翻弄され運命に傷つけられても、それでもティムルは自分から私たちに関わろうとしてくれたでしょ? だからティムルは幸せになったんじゃないかなーっ」
「……ははっ! 確かにそうだねっ。ドワーフ族がビビって引き篭もる中で、ティムルは悪意に怯まず俺達に歩み寄ってきてくれた。だから幸せになれたんだねっ」
ニーナと抱き合いながらティムルの事を褒め合う。
なんだよ。やっぱりティムルは最高のドワーフで間違いないんじゃないか。俺の目利きも大したもんだね。
「なんだかティムルに会いたくなっちゃったのっ。ダンには悪いけど、デートを切り上げて今日はもう戻らない?」
「俺も同感だよ。ニーナと2人きりで過ごすのも最高だけど、今はニーナと2人でティムルを抱きしめたい気分だ。一緒にティムルをぎゅーってしようね」
「うんっ! 思いっきりぎゅーっ! ってしてあげるんだーっ!」
移動魔法をコンボ発動し、ニーナと抱き合ったままで聖域の樹海に転移する。
職人連合と話した時はちょっと気分が悪くなっちゃったけど、結果的には話が出来て良かったかもしれないな。
なんだかティムルのことがより一層愛しく思えるようになったからさっ。
※こっそり設定公開
ティムルが常に自分から歩み寄ってきてくれたから幸せになれた。これは完全に後付です。
職人連合とティムルの過去と関係性、それぞれの行動を対比してみた結果、ティムルがドワーフの頂点に到った理由はこれだろうと結論付けることが出来ました。
もしもティムルが居なければ、ダンとニーナはずっと2人だけの世界で満足し、完結していたかもしれません。そんな2人の殻を抉じ開け世界を広げてみせたティムルは、作中における運命の女神そのものであると言えるのかもしれません。