500 圧迫
「何思いっ切り素通りしてやがるんだテメェはぁぁぁっ!?」
アウター管理局の皆さんがフリーズしてしまったので、今日のところは出直そうとアウター管理局を出たところ、残念ながら待機していた『山脈の産声』とかいう工房の連中に引き止められてしまった。
正直面倒な事この上ないんだけど、この機会にクラクラットで力を持っているらしい職人連合と渡りを付けられればラッキーかもしれない。
面倒臭がってないで、ちゃんと話を聞いてみるかぁ。
「ええっと、山脈の産声のマイスさんとタリクさんだったっけ? お待たせして悪かった」
血管が切れそうな形相で俺達を睨みつけている2人のドワーフに向かって、振り返り様に軽く頭を下げる。
さっきまでは話をする気がなかったので、無視していたことは謝らない。
でも話をする気になったので、待たせて悪かったと謝罪する。
たった今無視されたばかりの俺から頭を下げられて、マイスとタリクは困惑気味のようだ。
「お、おう……? さっきまで完全スルーだったくせにいきなり態度を変えてきたな……?」
「俺はダン。人間族って呼び方はよして欲しいな。で、俺になんの用?」
「あ、ああ。うちの親方がテメェに会いたがってる。ちょっくらツラ貸しな」
態度を軟化させつつも顎でクイッと出口を示すマイス。
仕草1つ1つがチンピラ風なのが気になるけど、この2人はただの使いで本命は別の場所に居るのか。
さて、このまま2人についていっても大丈夫だろうか? 罠を張られていても食い破る自信はあるけど荒事は避けたいな。
「親方さんにこっち来てもらうわけにはいかないの? 初対面のアンタらに知らない場所に連れて行かれるのは流石に不安なんだけど」
「安心しろ。行く先は俺達の工房だ。俺達ドワーフは工房を血で汚すようなことは絶対にしねぇ。安全は保証してやるよ」
へぇ? ガラは悪いけど意外と話せるな? 目的地もゲロってくれたし信用してもいいか?
目的地が未知の場所なので知らない場所に連れて行かれるということに変わりはないけど、少なくとも会話に応じる気はあるらしい。
小声でニーナにも確認を取る。
「……ニーナ。コイツらについていってみても構わない?」
「私は構わないのー。話に加わる気もないから、ダンの好きにしていいのっ」
えっ! ニーナを好きにしていいんですかっ!
……というくだりは家に帰ってから楽しむとして、俺の危機に過剰に反応するニーナがまったりしているから危険は少なそうかな。
「分かった。アンタらについて行くよ」
「お、おう……。アウター管理局に入る前後で態度が違いすぎるのが気になるが、まぁ殊勝な心がけだぜ」
「ん? そこが気になるなら態度を改めても構わないけど」
「改めんなっ! せっかく改めた態度を元に戻すんじゃねーよっ!」
俺の軽めのボケにも全力でツッコミを入れてくる使いのドワーフ。
ふむ? このツッコミのノリなら悪い相手では無いのかな? 根拠なんてまったく無いけど。
「ちなみに、用があるのは親方さんにしてもさ。何の話かくらいは聞いてないの?」
「あぁ? んなもんお前らの装備について聞きてぇに決まってんだろ?」
あ~、そう言えば前回来た時も装備品が騒がれてたっぽかったっけ……。
俺達全員神鉄装備に身を包んでいるからなぁ。ドワーフ族としては見逃せないってか。
歩き出したマイスとタリクの後に続いて、今度こそアウター管理局を後にした。
「以前テメェらの事を見かけた職人が居てな。それ以来色々話し合われてたんだよ」
「うん。俺達も微妙に騒がれてたのには気付いてたよ」
俺達を案内しながらも、2人は普通に話しかけてくる。
俺が普通に応対し始めたから気を許してくれたのかな。ここで突然転移して帰ったらちょっと笑えそう。
「テメェらはほぼ毎日クラクラットに来てやがったし、悠長に様子見してたんだが……」
「ああ。そう言えばここ数日はクラクラットに来てなかったんだっけ」
「そうそう。だから親方連中が焦ってな。次見かけたら必ず引っ張って来いってそりゃもうおかんむりでよぉ。ホントおっかねぇんだわ……」
ぶるりと体を震わせるタリク。話していると素直な印象を受ける相手だな。
なんだろうな? 第一印象は悪かったけど、話してみると憎めないタイプだ。ガラが悪すぎて話しかけるまでがちょっとハードル高いけども。
2人と話しながら周囲の様子を窺うと、俺達の方に微妙に視線が集まっている事に気付いた。
でもその視線に敵意は感じられない気がするな。単純に注目してるだけっぽい?
「親方連中ってことは、俺って山脈の産声の親方さんだけじゃなくて、もしかして職人連合に突き出されたりするの?」
「あ~? お前人間族の癖に、よく職人連合の事を知ってんな?」
「今アウター管理局で聞いてきたばっかりなんだ。クラクラットの職人連中は組織化されてるって」
「ああ。外がどうかは知らねぇがクラクラットではそうなんだよ。暴王のゆりかごからしか素材が取れないのに、職人同士で対立してたらクラクラットが簡単に滅びちまうからな。競争が失われない程度に距離を保って連携してんのさ」
「へぇ~」
クラメトーラって食い物はおろか飲み水にすら事欠く場所の癖に、職人関係のルールばっかりめちゃくちゃしっかりしてるのな。
ドワーフ族は職人に敬意を払う。
つまり職人を最優先し、職人が絶える事のないように取り計らっているわけかぁ。
う~ん。ティムルからしか話を聞いていなかったせいで、ドワーフ族って短絡的で感情的なアホしかいないような先入観を持っちゃっていたかもしれないな。
実際に会った事のあるドワーフってティムルを筆頭に、カラソルさんやレイブンさん、サウザーに至るまで全員が冷静で落ち着きのある人間かもしれない。良くないイメージだったか。
「つうかダンも反応くらいしてくれよ! 俺の声が聞こえてないのかと思ってマジで焦ったんだからな!?」
「いやぁ、俺って以前似た様なパターンで決闘を申し込まれたことがあるからさ。警戒してたんだよ」
2人との会話が雑談から談笑に切り替わりつつも、足は止めずに歩き続ける。
周囲は段々と大きい建物……恐らく工房であろう建物が増えてきていて、道行く人も厳つい体つきのドワーフ男性が増えてきている。
恐らくは工房が集まった工業地帯みたいな場所に案内されて居るんだろうけど……。さっきから本当に女性の姿が見当たらないなぁ。
女性は工房に入るなみたいな、女性蔑視の価値観でも持ってるのかね?
「見えてきたぜ。あそこが目的地の、職人連合の集会場だ」
相変わらず顎でクイッと視線を誘導するマイス。
20分前後歩き続けて辿り着いたのは、工房が立ち並ぶ区画の中にぽつんと立てられた、寄り合い所のような大きい平屋の建物だった。
「早速行くぞ。もう既に職人連合の親方連中は集まってるはずだからな」
「ふぅん。穏便に話が進めば良いんだけどねぇ……」
「あー……どうだろうなぁ? 親方連中は頑固者ばかりだし、口より先に手が出るような乱暴者ばかりだから……って今のは絶対に言うなよっ!? 絶対だぞっ!?」
おおっとぉ前振りかなぁっ!?
押すなよ押すなよと言われたら、押しちゃうのが日本人のDNAに刻まれたお約束の文化なんですよーっ?
うん。話し合いが険悪になってきたらタリクを人身御供に召喚しよう。
怯えるタリクに案内されて中に入ると、広い部屋の中央に椅子が1脚だけ置かれていて、その体面に厳つい顔をしたドワーフのオッサン・ジーサンどもが8名ほど座っている、
オッサンたちは俺を睨みつけたりニヤニヤと馬鹿にしたような視線を送ってきたりと、居心地の悪さはまるで圧迫面接のようだ。
「ダン。お前の席は親方たちの正面のアレだ。それじゃ俺は下がっからよっ!」
「くれぐれも失礼の無いようになっ……!」
俺をここまで案内してきたタリクとマイスは、部屋の中央の椅子を指差したあと逃げるように去っていった。
「あ、椅子って1つしか……おーい!」
……行っちゃったよ。どんだけ親方連中が怖いんだか。
対面に座っているオッサンたちも何か言ってくるわけでもないし、このまま踵を返して帰ったらウケが狙えるかな? やらないけどさ。
ニーナと手を繋いで部屋の中央まで行き、椅子が1脚しかないので手を繋いだままニーナを座らせる。
これから真面目な話をしようって時に、流石にニーナを膝の上に座らせるわけにはいくまいよ。
「おうおう! そりゃあお前さんの為に用意した椅子だぜぇ!? 女なんかにゃ勿体ねぇよ!」
ニーナを椅子に座らせた途端、正面の数人から野次が飛んでくる。
ふむ。街中で女性を見かけないからもしやとは思っていたけど、やっぱり男尊女卑の価値観が根強そうだな。
男女関係なく職業補正で強くなれるこの世界で、性差別って逆にどうやったら生まれるんだろう?
ニーナを揶揄されて気分が悪くないわけじゃないけど、価値観の違う相手にムキになっても仕方ない。まずは対話から始めないとな。
「アンタらドワーフが職人を大切にしているように、俺は愛する家族を大切にしてるんだ。気にしないで話を始めてくれるかな?」
「駄目だねぇ! クラクラットじゃ女子供は工房にゃ入れないしきたりなんだよ! 女の居るところで話なんざ出来ねぇなぁ!?」
「そ? じゃ帰らせてもらうだけだよ。じゃあね」
親方連中に背を向けて、座っているニーナをドワーフたちに見せ付けるようにお姫様抱っこで抱きかかえる。
別に俺はこいつらに用事なんて無いんだから、話が出来ないなら帰るだけだ。
「なっ!? フザケんなよテメェ!! ここまで来て話もせずに帰れると思うなぁっ!」
後ろからなんか雑音が聞こえるけど、無視してスタスタと出口に向かう。
すると部屋の出口からゾロゾロと、比較的若いドワーフたちが入り口を塞ぐように現れた。マイスとタリクもいるようだ。
さてどうしようかと思案していると、タリクが少しバツが悪そうにしながら俺に声をかけてくる。
「ダン。悪い事は言わねぇから席に戻ってくれ……! 今ならまだ親方連中も怒ってねぇからよ……!」
「んー? その親方連中がニーナの居るところじゃ話が出来ないって言うから帰るんだよ? そこどいて貰えないかなぁ?」
「頼むダン……! これはお前のためを思って言ってんだ……! 俺達にお前を拘束させないでくれ……!」
なんかタリクが必死で笑いそうになってしまうな。お前第一印象とキャラ違いすぎるっての。
お前って昔のヤンキーみたいな奴だなぁ。喧嘩っ早くて口が悪くてぶっきらぼう。だけど本当は優しくて……って?
「いや、俺は話をしてもいいんだよ。でも親方連中が嫌だって言うから仕方ないじゃん?」
ほれほら、あのハゲが言ったんだよーっとニーナの着席を拒絶したジジイを指差してやる。
その様子に正面の若い連中は、ひぃぃ……! と小さく悲鳴を上げている。怖い人なのかな?
「それにさ。仮に今ニーナを退室させても意味無いって。俺が家族と一緒じゃない瞬間なんて皆無だもん。女子供がいるところじゃ話せないって言うんだから、俺と会話するのは諦めてよ」
交渉決裂だよタリク。俺は会話に応じる気でいるのに、呼び出した側のドワーフたちが拒絶したんだから話は終わりだ。
……話は終わりだから退けよお前ら。このままじゃ帰れないだろ?
「ダ、ン……? う、あぁぁ……!?」
正面の若い衆に向かってゆっくりと歩を進めながら、ドワーフたちをアウターエフェクトだと思って殺意を飛ばす。
タリクとマイスに免じて手加減したつもりだけど、正面の若い衆は冷や汗を噴出しながらみんな床に膝を着いたり失神したりしている。
「なっ……! テ、テメェっ、何を……!」
「黙れ」
「ひっ……」
地面に崩れ落ちる若い衆を見て、先ほどから突っかかってくる禿げたジジイが叫ぶ。
けど対話する気の無い相手に遠慮しても仕方ないので、ハゲの言葉を遮って殺意を飛ばしてやった。
「俺達を呼びつけておきながら話が出来ないと言ったのはお前らだ。だから帰らせてもらうんだよ。邪魔すんな」
「…………」
静まり返った室内に、誰かがごくりと生唾を飲み込む音が響いた。
うん。これ以上話しかけてくる相手も居なさそうだからとっとと帰ろう。
「……ねぇダン」
「ん? なぁにニーナ」
「別にこのまま帰っても構わないんだけどさ……。ドワーフの人たち、ちょっと返事できる状態じゃないみたいなのー」
「へ? それってどういう……」
問い掛けたニーナが指差した方向、親方連中が座っていた場所を見る。
すると先ほどまで偉そうに座っていた8名のおっさん達が、まるでコントでズッコケたみたいに椅子からずり落ちて泡を吹いていた。
泡を吹かずに意識を保っているのは……2人しか居ないな。
「ダンー。貴方の殺気に耐えられる人なんてそうそう居ないんだからねー? もうちょっと加減しないと危ないのっ」
「あ、あれー? 加減したつもりだったんだけど……」
ニーナをぎゅーっと抱きしめながら、しどろもどろになって弁明する。
確かにアウターエフェクトに向ける程度の殺気を飛ばしたつもりではあるけど、それでも全員が失神するほどではないと思ったんだけどなぁ。
「ニーナのことを邪魔扱いされて、自分でも思っている以上にイラついてたのかな? ちょっとやりすぎちゃったかも」
「ふふ。私はこうやってダンに抱っこされたんだから、なーんにも怒ってないのっ。だからダンも怒らなくていいんだよー?」
俺のほっぺにちゅっちゅっとキスを繰り返してくれるニーナのおかげで、俺の胸の中がニーナ大好きという感情だけで満たされる。
おかげでドワーフたちへのイラつきなんて一切無くなったけど、その反面1秒でも早くニーナと愛し合いたくなって仕方ない。早く帰らないとなっ!
「おーい。まだ意識のあるそこの2人。俺もう帰っていい? それともアンタらだけで話する?」
「ま、待って……くれ! か、帰るのは待ってくれぇ……!」
「ファ、ファルゲンの無礼は謝る……。だから話をさせてくれ……。話をするのは俺たちだけでいいから、頼、む……!」
意識のある2人は俺との会話をご所望のようだ。
話をするのは2人だけでいいってことだし、この場の後片付けとかは放置でいいか。
ニーナをお姫様抱っこしたまま部屋の中央の席に戻り、ニーナをお姫様抱っこしたまま席につく。
「さて。それじゃ話って何かな? 随分と無駄な時間を取らされたからね。なるべく手短に頼むよ?」
ニーナをぎゅーっと抱き締め、頬ずり頬ずり。
もうコイツらに礼儀も遠慮も必要ないから、思う存分イチャイチャさせてもらおうじゃないか。
うん。そういう意味ではグッジョブだったよ。ハゲのファルゲンさん。
気絶したアンタに俺の感謝の言葉は聞こえてないと思うけどね。