491 異動
「俺たち以外全員合流済みか。急がないとな」
ステータスプレートの繋がりを意識すると、他のみんなは既に同じ場所に集まっている事が分かる。
夢の一夜亭も予約済みだし、早いところ合流してしまわないとなっ。
お姫様抱っこした状態のリーチェのおっぱいに顔を突っ込んだまま、サーチで得られるアウターの情報と五感から得られる感覚だけを頼りに聖域の樹海を駆け抜けた。
「ダンってもう誰の先導が無くても、目を瞑ったまま全力で走れちゃうんだねー?」
リーチェのおっぱいに顔を埋めたままで合流した俺を見たニーナが、呆れとも感心ともつかないような感想を洩らす。
合流してみると、みんなが居たのは思ったよりも樹海の奥地だった。
世界樹の葉と宿り木の枝の生成に思った以上に時間がかかってしまったことで、予定よりも探索が進んだみたいだね。
最後にもう1度ぎゅーっと抱きしめてから、静かにリーチェを下ろす。
「遅くなってごめんね。みんなの方は問題なかったかな?」
「問題ないの。私とフラッタとティムルはそれぞれ聖域の端まで行けたし、ムーリたちも全員無事っ。アウラだけはヘトヘトだけどねー」
ニーナに促されてアウラのほうに視線を向けると、悔しそうに頬を膨らませているアウラと、そのアウラを抱きしめて宥めているエマの姿が目に入った。
大変微笑ましい光景だけど、どうしてアウラはあんなにご機嫌ナナメなの?
「いくらアウラが天才でも、今の職業浸透数でヴァルゴに敵うわけないの。でもアウラ、意外と負けず嫌いだったみたいですっごく頑張っちゃったんだー」
「へぇ~、アウラって負けず嫌いなんだ?」
毎日ベッタリしてたのに、今まで負けず嫌いはあまり気にならなかったなー?
そう言えば暴王のゆりかごで戦って以来、アウラと本気で手合わせしたことってなかったんだっけ。
悔しそうなアウラと違って、ヴァルゴはニコニコと大変機嫌が良さそうだ。
「ふふ。流石にまだ負けてあげるわけにはいきません。アウラは本当に素晴らしい才能を宿していますけど、私が積んできた研鑽の日々も決して軽くは無いのですから」
「ママたちに敵わないのは分かってるよーっ! でもなんにも出来なくていいわけないじゃないーっ! んもーっ! んもーーっ!」
「アウラはとってもがんばり屋さんですね。この調子で毎日少しずつでもママたちを追いかけましょうね」
おお、スパルタヴァルゴと甘やかしエマにサンドされてるな。アメとムチが両方全開状態だ。
しっかし、戦うようになってから1ヶ月も経ってないだろうに、その段階でヴァルゴに手も足も出ない事を悔しがる時点で凄いよ。
俺なんかフラッタやリーチェに手も足も出なくても、それを悔しいと思うことさえなかったもんなぁ。実力差がありすぎて。
「このあとはどうするのダン? アウターの外を確認してから帰る? それとも今日は夢の一夜亭優先なのかな?」
「夢の一夜亭優先に決まってます! アウターの外って何も問題なかったんだよね?」
「ううん。それは分からないの。私もフラッタもティムルも1人で見るのは嫌だなって思ったから、3人ともまだ外は確認してないんだ。端まで行っただけなの」
みんなといっしょに初めての景色を見たかったんだね。3人とも可愛いなぁもうっ。
アウターの出口を確かめにいった3人を抱きしめて、頬ずり頬ずりよしよしなでなで。
3人とも、今日はお疲れ様だよー。
「夜空を見るのも悪くないけど、せっかくだし明るくなってから改めて行こうか。恐らくは森続きになってるとは思うんだけどね」
「んふー、了解なのじゃー。割とあっさり到達できてしまったからの。妾たちにはそれほど思い入れは無いのじゃ。ダンの好きにするが良いのじゃ」
「今夜も可愛いフラッタを好きにさせてもらうからねー。ヴァルゴのほうはどうだった?」
「先ほどニーナが言った通り、特に問題ありませんでした。みんな聖域で戦う実力は既に備わっておりますから、おかげでアウラとずっと手合わせ出来ましたよ。なかなか刺激的でしたね」
ニコニコと上機嫌にアウラの事を語るヴァルゴ。
研鑽を積み上げてきた守人たちの槍と違い、身体能力だけでヴァルゴに迫るアウラの動きは新鮮だったらしい。
「旦那様のように私の技術を盗もうとするのでは無く、虎視眈々と、ただ純粋に私の隙を突こうとする鋭い眼光。技術は無くとも圧倒されそうになりますよ」
「圧倒されてなかったよーーっ!? うふうふニコニコと、めっちゃ笑顔で捌いてくれちゃってたじゃないのーっ!」
「私は劣勢に慣れておりますから。アウラに気圧されていたけど気付かれない様に振舞っていただけですよ。笑顔の裏では冷や汗をかいてましたっ」
「嘘だーっ! 絶対嘘だよーっ! 楽しそうだった! 滅茶苦茶楽しそうだったーーっ!」
おお? ヴァルゴがアウラをからかってる。こんなヴァルゴ見たことないなぁ。こっちが素のヴァルゴだったり?
ヴァルゴってうちに迎えたの遅いもんな。ターニアとほぼ同時に知り合ったし。
新参者として、少し遠慮していたのかな? 無意識にだと思うけど。
「残念だけど職業浸透のほうはあまり進まなかったみたい。エマがインパクトノヴァまで覚えたけれど浸透までは出来なかったの。ターニアさんは無事に浸透したんだけどね」
ティムルの報告を受けてみんなを鑑定すると、ムーリとラトリアが魔導師LV86、エマがLV95だった。惜しいな。
ターニアは報告通り飛脚LV50で浸透に成功しているけれど、意外な事にアウラの荷運び人はLV34と浸透しきっていなかった。
キュールさんの行商人、チャールの戦士、シーズの商人はそれぞれしっかり浸透が済んでいたけれど。
「魔女っ娘の3人は明日浸透が終わりそうだね。ターニアとキュールさんたちは転職してから帰ろうか」
「わ、私たちとムーリさんをひとまとめに括って呼称するのは、なんだか年齢的に違和感がありますね……?」
この世界には魔女っ娘なんて言葉は無いはずなのに、俺の発した言葉のニュアンスを鋭敏に察するラトリア。
こんなどうでもいいことに達人級の直感を発揮しないでください。
「飛脚が終わってるなら私も魔導師になれるね。みんなには出遅れちゃったけど、これで私も上級攻撃魔法が覚えられそうなのーっ」
「ターニアは魔導師になりたいんだね。了解。チャールとシーズは修道士かな。守人の集落に転職魔法陣があるし」
大変遺憾なんですけど、守人の集落にはどこも修道士の転職魔法陣が完備されてるんですよねー。
ターニアの職業設定を済ませつつ、キュールさんにも転職先を問いかける。
「キュールさんはどうする? そのまま荷運び人になるのかな? 荷運び人ギルドならこれから向かうスペルディアにあるしね」
「……ねぇダンさん。昨晩2人に聞いたんだけど、魔法使いを得る条件って魔力枯渇を起こすことで間違いないのかい?」
「ん? 間違いないと思うよ。貴族連中もマインドディプリートを使って魔力枯渇を起こしてるわけだからね」
「ふむ……。それならば私は魔法使いへの転職を試してみようと思う。触心で何度か魔力枯渇を起こした事はあるから、条件が合っていればなれるはずだ」
おや、ちょっとだけ意外な選択だな?
確かにキュールさんは魔法使いを既に得ているようだけど、いくら後衛職とは言え、魔法使いって戦闘職なのに。
「魔法使いの転職魔法陣も守人の集落にあるんだけど、ちょっと意外だね? 戦闘職には興味無いのかと思ってたよ」
「……なんでアウターの中にそんなに転職魔法陣が充実してるんだい。そっちの方がよっぽど意外だよ……?」
がっくりと両肩を落として大きく息を吐くキュールさん。
言われてみれば、ここってアウターの中でしたね。
だけどスペルド王国内ってアウターを活用してるケースが多かったからなぁ。奈落しかり、暴王のゆりかごしかり。
そのせいもあって、アウターで生活している守人に違和感を抱けなくなってきちゃってるよ。
「興味が無いというのは誤解だよ。無いのは興味じゃなくって適正さ。私は職業の加護を得ても魔物と戦うのは難しいと思う。だから戦士は必要ないと判断したんだ」
「なるほど。それで魔法使いを必要だと思ったのはなんで?」
「ムーリさんが攻撃魔法を駆使しているのを見てね。これなら私でも役に立てるのでは無いかと思ったんだよ。誤射をしても仲間を傷つける心配は無いし、魔物に近づく必要も無いからね」
「私が魔法使いを選んだ時も似た様な理由でしたからね。覚えたての槍ではターニアさんの足を引っ張りそうだったのでと。なのでキュールさんのお気持ちは良く理解できるんです」
俺に抱き付きながら、キュールさんの選択に理解を示すムーリ。
キュールさんって学者としてドライな考え方をしてるかと思ってたんだけど、戦闘時に役に立てない事を思ったよりも気にしていたのかな?
お客さんなんだから、あまり気にしなくていいと思うんだけど。
でも。魔法使いに進むのは正直アリかもな。
フレンドリーファイアの心配も無いし、フレイムサークルやフレイムフィールドは狙いをつける必要も無い。運動神経や反射神経に自信が無くても活躍できるだろう。
それに魔力補正を積んでいけば、キュールさんの魔技である触心が更に使いやすくなるってことでもある。
帝国の人間であるキュールさんの成長を促すのは、ゴブトゴさんあたりは嫌がったりするかなぁ?
でも王国と帝国ってあんまり関わってるイメージ無いし、キュールさんの世話を俺に丸投げしてても気にしてないし、考えるだけ無駄か?
「それじゃ転職してからスペルディアにいこっか。あっと……今日の宿なんだけど、キュールさんはチャールとシーズと同室にしちゃったけどいいよね?」
「1人部屋だと暇だし、ダンさん達と同室というわけにもいかないからね。チャール君とシーズ君には悪いけどお邪魔させてもらうよ」
「お邪魔なんてこと全然ないよっ。キュールさんは色々な事を知ってるから、お話しててすっごく勉強になるんだよねーっ」
「実際に帝国に住んでいる人から帝国の話を聞けるのも新鮮だしな。こっちの方がありがたいよ」
3人とも離れで寝泊りしているからか、思った以上に仲良くなってくれているようだ。確認の必要もなかったかな?
って、もしかして離れで寝泊りしてる時も同室で寝てたりするのか? 遅くまで話し込んでるなぁとは思ってたけど。
確認が済んだので守人の集落に転移して、キュールさんを魔法使いに、チャールとシーズを修道士に転職させる。
その間に俺とヴァルゴとティムルが散開して、種族代表会議の開催時期や参加について問い合わせた事を各集落に伝達しておいた。
連絡が済んだらスペルディアに転移し、アウラとムーリの腰を抱いて夢の一夜亭にチェックインだぁいっ。
既に夢の一夜は始まっている気がして仕方ないけれど、本番はこれからだ。
もうみんな夢の中に居るんじゃないかってくらい気持ちよくしてあげるからねっ! 実際夢の中に行っちゃうと思うけどっ。
「お、俺達は別室なんだよな……? こ、この人について行けばいいんだな……?」
「それじゃみんなまた明日っ。おやすみなさーいっ」
高級宿にビビるシーズと、全く動じずに普段と変わらないチャールを見送る。
シーズって口調だけガサツだけど、気配りできたり気が小さかったりと、意外とチャールより女の子っぽいよな。
っとそうだ。修道士になったって事は2人とも回復魔法が使えるんだよな? ならもう魔力枯渇を起こすことも可能ってことだ。
立ち去りかけた2人に声をかけて呼び止める。
「もしも2人が魔法使いもやってみたいなら、今日覚えたヒールライトを使って魔力枯渇を起こしておいてね。別に今晩しなくてもいいけど、明日で修道士も浸透しちゃうと思うから一応ね」
「んー、魔法使いかぁ。魔物狩りをするなら有用だけど、私達がしたいのって調査や研究なんだよなぁ」
「だがよチャール。もしも今後アウターに潜って調査をするなら探索魔法は必須だと思うぜ。トーチが無けりゃ今潜ってる聖域の樹海なんか何にも見えてねぇんだぞ?」
「そりゃーそうかもしれないけどさぁ。私はポータルとアナザーポータルの方を優先すべきだと思ってるんだよねぇ……」
あーでもないこーでもないと議論を交わしながら歩いていく2人を見送る。
俺としては最低限、どっちか1人でも魔導師までは浸透させて欲しいんだよな。
インパクトノヴァまで使えれば、アウターエフェクトに遭遇しても一方的にやられるって事はないだろうし。
……て、あれ? 見送ったのはチャールとシーズだけ? キュールさんは……。
「……決めたっ! 私は決めたよダンさんっ!」
「うわっ!? なんでまだ残ってんのさキュールさん!?」
予想外に近くから大声で呼びかけられてびっくりしてしまった。
胸の前で両拳をぐっと握りながら、何かを決心したらしいキュールさん。
何を決めたか知らないけど、とりあえず明日にしてもらっていいかな? これから夫婦の時間なんで。
しかしそんな後にしてくれオーラ全開の俺に気付くことなく、キュールさんは力強く宣言する。
「帝国にいるよりもこの環境に身を置く方が遥かに有意義だ! 私は帝国を離れ、みなさんと行動を共にするっ!」
「…………は?」
「せっかくだからこのまま2人のパーティに参加させてもらおうかなっ!? そうと決まれば……! おーい、2人ともーっ……!」
るんるんっとスキップするような軽い足取りで、チャールとシーズを追っていくキュールさん。
……えーっと、これって大丈夫、なのかなぁ?
帝国とかゴブトゴさんから怒られる案件の気がするけどぉ……。
「キュールさんには敵意が無さそうだし、私は構わないの。でも家族に迎える時は教えてね?」
そんな気無い! そんな気無いんですよニーナさぁぁん!
関係が一足飛び過ぎますからね!? ビジネスライクな関係ですからっ!
「キュールさんって肩書きには拘ってなさそうだものねぇ。興味が湧いたら一直線って感じ。若いわぁ」
いやいやティムル。キュールさんって俺より年上だからね?
でもキュールさん本人が肩書きに拘っていなかったとしても、キュールさんに振り回される周囲の人たちは堪ったものじゃないんだよ?
「若いと言うよりは幼くすら感じるのじゃー。学者というのは皆あんな感じなのかのう?」
14歳のフラッタに幼いと言われる歴史学者とはいったい。
自由奔放に生きている人って、確かに若々しく感じるかもしれないなぁ。
「これは初めてのパターンだねー? ダンに惹かれたんじゃなくて、ダンと一緒にいる事で齎させる情報に惹かれたって感じかな? でもこれから色んな場所を調査しなきゃいけないわけだし、どんどんダンにのめり込みそうだね?」
ええい、縁起でもない事を言うんじゃないよっ、このエロ女神がぁ!
ニーナとリーチェって俺の家族を増やす事に積極的過ぎるんだよ!
他のみんなはそうでもない感じなのに、この2人はどんどん増やそうとしてくるんだよぉっ!
「ふふ。袂を分かったとは言え彼女も魔人族ということですね。自身の不甲斐なさを恥じ研鑽の場に身を置くなど、とても素晴らしい志です」
ヴァルゴ。お前だけ言ってることがちょっとズレてるからね?
物事を突き詰めるって一点に置いては、ヴァルゴの槍とキュールさんの研究って通じるものがあるのかもしれないけどぉ。
「まぁまぁダンさんっ。そういう話は後にしましょうっ? せっかく宿に居るのに、いつまでこんなところで立ち話してる気なんですかっ」
周囲に俺たち以外誰も居なくなったことで、最早遠慮は要らぬとばかりに正面から抱き付き俺の唇を奪うムーリ。
思い切り押し付けられる唇とおっぱいの柔らかい感触に、キュールさんの今後のことなんて頭の中から弾き出されてしまったぜっ。
「ムーリの言う通りなの。いつもより時間も遅いんだからさっさとするのーっ!」
「みんなー。予約した部屋はこっち。ぼくが案内するねー」
ムーリとキスしたままの俺の背中をニーナがグイグイと押してきて、リーチェの先導で予約した部屋に連れ込まれてしまう。
んー。確かにキュールさんの判断なんて俺が責任を取る話でもないよなぁ。
俺が責任を取るべきは、愛する家族のことだけだぁいっ!
みんな、今晩は責任を持って滅茶苦茶にしてあげるからねーっ!