443 制圧
「ありとあらゆる方法を用いて侵入者を排除、抹殺するんだぁっ!!」
ドワーフたちの研究施設に突入した俺達に対し、排除を試みる研究者達。
そりゃそうだよなぁ。天井をぶち抜いて入ってきたお客さんに友好的に接する奴なんて居るわけがない。
「悪いけど、遅すぎるのっ!」
「ぐあっ!?」「ぎゃあっ!」「ごふっ……!」
しかし迎撃を試みる研究者たちに先んじて機動性に秀でたニーナ、フラッタ、ヴァルゴが飛び出し、研究員達を次々に無力化している。
ちゃんと手加減して柄の方で殴ってて偉い!
殴られた方は骨折くらいはしてるだろうけど、殺されるよりはマシだろう。
「対人戦であの3人とまともにやりあえる人物なんて、ウチのメンバー以外には居る訳ないよねー」
「ただ、未知のマジックアイテムの可能性は捨てきれないわね。周囲の魔力確認は任せてちょうだい」
3人と比べると機動性に欠けるティムルとリーチェが、俺の傍で3人の戦いを見守っている。
ティムルは碧眼となって戦場全体を油断なく観察し、リーチェもまた弓を番えて全体を注視している。磐石だな。
「なっ、何だコイツらは……!? 強すぎる……!? なっ、なんとしても止めろぉ! 手段は問わんっ!!」
叫び声を上げながら、地面に向かって何かを叩きつけるカイメン。
地面に叩きつけられる前に鑑定すると『偽竜の蛹』と表示される。
鑑定が通ったって事はマジックアイテムかな? ティムルの懸念が早速的中したようだ。
偽竜の蛹は地面に触れると弾け飛び、そこから巨大な爬虫類が飛び出してきた。
出てきた爬虫類を鑑定すると『サンダードレイク』と表示されている。
「なるほど、出てくるのがドレイク種だから偽竜ってわけ?」
そして鑑定が通ったってことは、偽竜は魔物であって生物では無いようだ。
そんな風に感心している俺に構わず、リーチェの放った牙竜点星がサンダードレイクの頭部を1撃で吹き飛ばす。強すぎでは?
そして他の研究員も取り出した偽竜の蛹を、地面に接触する前に次々に撃ち抜いていくリーチェ。
しかし残念ながら、撃ち抜いてもドレイク種は発生するらしい。
発生&デストロイ状態で即殺されてるから一緒だけど?
「ぎ……偽竜たちでも全く歯が立たないだと……!? こ、こんなはずでは……」
俺達の戦闘力に呆気に取られているカイメン。
ドレイク種って劣化アウターエフェクトだからなぁ。ここまで一方的に殲滅されるのは想定外だったんだろうね。
どうやら偽竜の蛹は品切れらしいので、ここでもう1度だけ声をかけてみる。
「俺達の戦闘力は理解してくれたかな? 理解してくれたら、素直にアウラのところに案内してくれると助かるんだけど」
「……っ! 黙れ黙れ黙れぇっ! アウラは渡さん! 絶対に渡してなるものか! 間もなく455年の悲願が成就されようとしているのだっ。絶対に邪魔はさせんぞぉぉぉ!!」
雄叫びを上げながら、しかし踵を返して逃げ出そうとするカイメン。
だけど残念。こっちには弓の名手がいるんだよっと。
「ぐああああああっ……!?」
俺が指示を出すまでも無く、逃げ出そうとしているカイメンの足をリーチェが撃ち抜く。
しかしカイメンはそれでも逃走を諦めてはいないようだった。
「く、くそ……! 間もなく、間もなく全てが報われるというのに……!」
「その報われる全ての中にアウラは入ってんの? お前らの身勝手な言い分で何も知らない少女を利用してるだけなんじゃないの? そこんとこどうなのよカイメンさん?」
「ぐぅぅ……! この研究の披検体になれるのだ……。アウラだって本望だろう……! この研究は全ドワーフの悲願なのだからな……!」
「居るよな、お前みたいに自分の意見を全体の代表みたいに言う奴。だけどそのドワーフにまで隠れて、アウラの意思も無視して行なっている事を全体の総意みたいに言ってんじゃないよ」
俺と会話をしながら他の研究員に目配せしているカイメン。この会話は時間稼ぎかな?
恐らくこのままアウラの完成を待とうって魂胆なんだろうけれど、そうは問屋が卸さないってね。悪いけど邪魔させてもらおう。
「……えーと、アウラはあっちの部屋に居るみたいだね」
「なっ!?」
生体察知を使用すると、別室に少数の生体反応をキャッチできた。
そのうちの1つは全く動いておらず、その周辺では複数の反応がバタバタと忙しそうに動き回っている。
恐らく、この全く動いていない反応がアウラだろうね。
倒れているカイメンを放置して、アウラだと思われる反応に向かって歩き出す俺達。
「待って、待ってくれぇ! まだアウラは外に出せる状態じゃないんだ! 今彼女を外に出したら、455年に及ぶ研究の全てが失われてしまうかもしれないんだぁ! 頼むから待ってくれえええ!」
俺達が一直線にアウラの居る方向に向かい始めた事に気付いたカイメンは、強気だったさっきとは打って変わって必死な態度で懇願してくる。
その必死な様子に嘘をついている印象は抱けないけど、その研究を完成させる気は無いんだよなぁ。
「待って欲しいなら、俺達が足を止めたくなるような説明をするんだね。今のところ、ただアウラを連れ出されたくないと駄々こねてるようにしか感じないけど?」
「駄々をこねているわけでは断じて無い! アウラの体はまだ魔力が定着しきっていないんだ! 今外に出したらアウラの肉体は長時間維持出来ないのだよぉぉ!」
「長時間維持出来ないのに、なんでこの前は外を歩かせてたんだ? お前の説明は矛盾してるだろ」
「あの時はどの程度外で活動できるかを試していたんだ! その結果、まだ肉体と魔力の定着が不十分だと判断されたのだよ! 事実あの日以来1度も外出させておらんわっ!」
隣りのリーチェとティムルの表情を窺うと、2人からは頷きが返ってくる。
どうやら2人とも、カイメンの言葉に嘘は感じていないようだな。
俺達と会った時は試験的な散歩だった。そしてその時に問題点が発覚したから、あれ以降1度も会うことは出来なかったと。
事前に想定していた可能性の1つがぴったり当てはまっているし、ここは本当だと判断して良さそうだ。
ただなぁ。
ここまで必死なカイメンが俺達を陥れる嘘を咄嗟に思いつけるとは思えないけど、コイツの話を鵜呑みにするのも危険な気がする。
仮にカイメンの言っている通りにアウラを外に連れ出す事は出来ないにしても、このまま時間が経てばアウラの調整も終わってしまいかねない。
研究の完成を促すべきか、邪魔するべきか……。
「お前の説明が本当かどうか判断する材料が足りてない。が、とりあえずアウラを外に出さなければいいんだろ? まずは彼女に会わせてもらうぞ」
「くっ……。彼女を外に出さないのであれば会うがいいさ……!」
自分の言い分が通じたと思ったのか、アウラとの面会を認めるカイメン。
ここまで暴れ回った俺達だけど、会話が成立する相手だと思ったのかな? それとも止められないから諦めただけ?
まぁいいや。面会の許可が出たんだからまずは彼女に会おう。
会話が出来る状態なら良いんだけどな。アウラから話を聞けないと判断材料に困りそうだ。
項垂れるカイメンの脇を通り過ぎ、生体察知に反応がある隣室の扉を開けた。
「ぐふぉ!?」「ぎゃっ!」「かはぁっ……!」
隣室に潜んでいた3名の研究員は、ニーナたち機動性トリオに一瞬で制圧される。
そしてその部屋の奥には、液体に満たされた巨大な試験管のような物に入って浮かんでいる、全裸のアウラの姿があった。
さて、こっちの声が届くか分からないけど、コミュニケーションを望むなら自分から声をかけないとな。
「よっ。お前がなかなか会いに来ないから、こっちから出向いてやったぜアウラ。だけど、随分と目のやり場に困る格好をしてるな?」
「……っ!? ……っ!」
恐らく俺の言葉が届いたアウラは、液体に浮かんだままで慌てて体を隠そうともがいている。つまり俺の声が届いたってことだ。
口も忙しなく動かしているみたいだけど何も聞こえない。どうやらあっちからの声は聞こえないみたいだな。
直接会話が出来ないのはちょっと手間だけど、こっちの声が聞こえてアウラも身動きが出来るなら意思の疎通は可能だろ。
「落ち着いてくれアウラ。俺達はアウラと話をしに来たんだよ。もし見られるのが恥ずかしいなら俺は後ろを向くから、まずは話を聞いてくれないかな?」
「……っ。……っ」
俺の言葉を聞いたアウラは、俺を指差しながら必死に顎をしゃくって、俺に後ろを向けとジェスチャーしてくる。
見た目的にはムーリやリーチェと同じくらいの年齢に見えるけど、まだ10歳の少女の裸を見ながら会話するのはいただけないよな。犯罪臭が半端じゃない。
「ティムル。リーチェ。俺は後ろを向くからアウラの反応を教えてね。それとも会話も2人に任せちゃったほうがいいかな?」
「ん~そうね。ここは私たちに任せてもらおうかしら? アウラの裸はうちに迎えた後に好きなだけ見てちょうだい」
「……ティムル~? アウラの面倒は見るつもりだけど、嫁に迎えるとは言ってないからね~?」
「ごめんねダン。液体に阻まれて彼女の声は拾えないみたいなんだ。彼女のリアクションは伝えるから君は後ろを見ててくれるかい?」
「気にしないでリーチェ。普段から頼りすぎてるくらいだからね。それじゃ任せたよ2人とも」
しかし、リーチェの精霊魔法でも直接の会話が出来ないみたいなのに、アウラがこっちの声を拾えているのはどうしてなんだろう?
単純にアウラが水中にいるせいで、拾うべき声が発声されていないだけか?
そんなことを考えながら後ろを向いて、少し手持ち無沙汰なのでニーナとフラッタを抱きしめる。ぎゅーっ。
「それじゃアウラ。まずは1つ1つ確認させてもらえるかしら?」
先ほどまで戦闘していたとは思えないほど穏やかな声で、ティムルがアウラに声をかける。
アウラの反応は見れないけれど、ティムルの声には安心感を覚えてしまうね。
「今カイメンに、アウラを外に連れ出す事は出来ないって言われたんだけど、これってほんと?」
「アウラは何度も頷いてる。本当みたいだね」
ティムルの優しげな問いかけに、1拍遅れてリーチェがアウラの反応を報告してくれる。通訳みたいだな?
なんにしても、アウラ本人までカイメンの言葉を肯定する以上、強引な手段に訴えるのは難しそうだ。
「私達は出来ればアウラを外に出してあげたいと思ってるんだけど……。貴女をここから出してあげる方法は分からない?」
リーチェが俺に首を振って見せる。
これはアウラも首を振ってるってこと……つまりアウラも分からないってことか。
「カイメンはもうすぐ貴女の調整が終わると言ってるの。だけど私達はそれを終わらせていいものかどうか迷ってる。貴女にどんな影響が出るか分からないからね」
判断に迷っている事を素直に打ち明けるティムル。
状況が良く分かっていないなりにもアウラを助けたいんだと訴える。
「アウラはどうかしら? 貴女が望むなら無理矢理にでも出してあげたいんだけど……って、ごめんなさい! 貴女だって分からないわよねっ!?」
「……アウラが泣きそうな顔になってリアクションに困ってる。アウラは研究の事について何も知らされてないのかもしれないね」
……くそ。当事者であるはずのアウラが何の判断材料も与えられていないってのは厄介だな。
アウラに与える情報を最低限に絞ることで、彼女の選べる選択肢を狭める狙いか? クソみたいなことしやがって。
「う~ん、ちょっと判断に困るわねぇ。このままアウラの調整が終わるのを待つべきか、それとも調整を中断させるべきか……」
「ねぇアウラ。ぼく達は君をぼく達の家に迎えようって思ってるんだけど、どうかな?」
判断に窮したティムルに変わって、明るい声でアウラに声をかけるリーチェ。
俺達とここの研究者、アウラがどちらを信用しているのか確認するのが狙いか?
「外に出られるようになってもここの人たちと一緒に居たいなら、僕たちはその意志を尊重するつも……。ええっと、その反応はどっちかな? ぼく達と一緒に暮らしたい? うんうん、大歓迎だよっ」
ふむ。リーチェの言葉から察するに、アウラを我が家に迎える話はスムーズに決まりそうかな?
450年も眠っていたアウラとしては、ここの研究員に好意を抱いていないのならば、リーチェの妹であるリュートが最も信用できる相手なのかもしれない。
「……やはり貴様らの狙いはアウラか! アウラを連れ去ってどうするつもりだ!?」
アウラとの会話に、研究員を引き連れたカイメンが割り込んでくる。
その目は憎悪に燃えていて、とてもこちらの話を冷静に聞いてくれそうもない。
こっちの話を聞いてくれそうもないなら、いっそ相手の話を聞こうかな?
「逆に訊くけど、お前らってアウラを完成させて何がしたいわけ? この世界にはもうガルクーザなんて居ないんだけど?」
「今居ないという理由で備えないなど馬鹿のやることだ! 来るべき脅威に備えて対策を講じるのは当然だろうが!?」
「はっ! 自分のやってることが正しい行ないだと思ってるなら、コソコソしてねぇで堂々とやれよ?」
全ドワーフに勝手に貧困を強いて、10歳の少女を勝手に455年も生き永らえさせて、それを正当化しようなんて寝惚けんなって話だ。
アウラが被検体に選ばれた理由は分からない。
けれどもアウラが事情を分かっていない時点で、アウラの同意無く研究が進められたのは明白だ。
「後ろめたかったんだろ? 間違ってるって分かってたんだろ? だからこんな場所でコソコソと細々と隠れて研究してたんだろうが」
「ドワーフでもない者が知った風な口を利くなぁ!! アウラの完成は全ドワーフの悲願!! 他の種族の者に理解してもらう必要など無いわぁっ!!」
「……殆どのドワーフがこの事実を知らずに貧困に喘いでる時点で、貴方の言ってる事は独りよがりでしかないわ、カイメンさん」
俺とカイメンの会話にティムルが割り込んでくる。
その口調は穏やかで、だけど隠しきれない怒りを宿している。
「殆どのドワーフは、この土地が先祖から受け継いだものであるということに誇りを持っているの。貴方達のことなんてだぁれも知らないのに、何をドワーフの代表面してるわけぇ?」
「女ぁ……! 貴様それでもドワーフか!? この研究の重要性が理解出来ぬなど、ドワーフの面汚しもいい所だ! 恥を知れぇっ!!」
「恥を知るのは貴方よカイメン!! 貴方達はドワーフをこの地に縛りつけ、彼らに困窮を強いながら、本来彼らが享受するはずだった物を掠め取っているだけじゃない!!」
そう。ティムルの言う通りなんだよ。
アウラの研究の是非は置いておくとしても、コイツらは研究のためにドワーフ族をこの地に縛りつけ、ドワーフ族が得られるはずのドロップアイテムを奪い、ドワーフたちが住む土地の魔力を奪い不毛の土地に変えていたんだ。
……しかもその事実を、全てのドワーフに隠したままで。
「私が面汚しなら貴方達は寄生虫でしょ! 貴方達が居るからドワーフがここまで衰退したんじゃないのっ、このスネかじりの極潰し共ーーーっ!!」
「ぶっ」
ティムルの言い分に思わず吹き出してしまった。
お姉さんはシュパイン商会に居た頃も、寄生虫のスネかじりの極潰しに悩まされていたからなぁ。
今の叫びには魂が込められていたように思えたんだよ?
「なぁにがドワーフの悲願よ! アンタたちのせいでドワーフが苦しんでいたんじゃない! そんな貴方達の研究で誰かを幸せにすることなんて出来やしないわ! ドワーフ族もアウラも、アンタたちなんかに任せておくわけにはいかないんだからっ!!」
ビシィッ! っとオリハルコンダガーをカイメンたちに突きつけるティムル。
あっはっは。なーにがドワーフの落ち零れで面汚しなんだか。
コイツらにドワーフ族を任せておけないと、この地に住まう全ての人たちのために怒れるお姉さんは、やっぱり女神にしか見えないんだよー?