440 暴王のゆりかご
「ここがスペルド王国北端のアウター、『暴王のゆりかご』か……」
転移魔法陣に飛び込んだ俺達の目の前に広がる、岩で出来た大きい通路。
その構造は坑道、もしくは鍾乳洞を連想させた。
もしかして、グルトヴェーダ山岳地帯と繋がっているのかな? 全体が岩で構成されたアウターのようだ。
「旦那様。転移の際に魔法陣が発光したように思えました。直ぐに移動しましょう」
「了解だヴァルゴ。みんな、探索魔法は移動しながら使ってね」
同時詠唱スキルで無詠唱のトーチを発動し視界を確保。
すぐさま移動を開始しながら、みんなそれぞれサーチとスキャンを使用する。
「……やっぱり突入には気付かれたみたいだね」
生体察知を発動しながら、ニーナが慎重な口調で呟いた。
俺達が移動し始めておよそ30秒ほど経った頃、転移場所に次々と生体反応が現れ始めたのを感知した。
「ダンが気配遮断してるから見つかることはないと思うけど、中に居る人達に警戒はされちゃうかもなの」
「仕方ないと割り切りましょう。どちらにしても最終的に敵対しそうなことには変わりないのですから」
ニーナの呟きを切り捨てるヴァルゴ。
敵対はしたくない……けど無理だよなぁ。450年に及ぶドワーフの研究をぶっ潰そうってんだから。
まだ子供であるアウラを大人の都合で魔改造するなんて、そんなの絶対に許せるはずがない。
もしもアウラ本人が望んで志願したことなら話も変わってくるけど、直接話した印象だとアウラからは使命感みたいなものは感じなかったからな。
眠らされている間に勝手に披検体にされた、と考えるのが妥当だろう。
まったく、この世界はガルクーザの登場から随分とおかしくなっちゃったみたいだよなぁ。
その歪みを助長するレガリアの存在こそが癌だったわけだけど、歪みの根本はやっぱり邪神ガルクーザのような気がするよ。
「……邪神となんて会いたくないんだけどなぁ」
ガルクーザが生み出した歪みを矯正していった先に、邪神が待ち構えている気がして仕方ない。
少し気分が落ち込むのを自覚しながら、ティムルを先頭に奥へと足を進めていく。
俺達は全員が探索魔法を使えるけれど、今回は魔力視の可能なティムルに案内を任せている。
サーチだと人工的な構造物には対応できないけど、ティムルの瞳は誤魔化せないはずだ。
察知スキルで周囲に人が居ない事を確認しながら進むこと数分、暴王のゆりかごの違和感に全員が気付き始める。
「探索魔法が機能しておるのじゃから、ここは間違いなくアウター内部のはず……。であるのに、魔物の反応が一切無いのじゃ……」
「ええ。やっぱりここも外と同じで魔力が薄いわ。魔物が発生するほどの魔力が確保出来ていないんでしょうね」
フラッタの疑問に前を向いたままで答えるティムル。
アウターの外ならまだ分かるけど、別の世界からこの世界に魔力を流入させているらしいアウターの内部の魔力すら枯渇気味なのかよ。
いったいアウラにどれほどの魔力をつぎ込んでいるのやら……。
「でも潜入中のぼくたちにとってはありがたい話だね。戦闘の痕跡が無ければ気配の無いぼくたちを追ってこれる相手は居ないはずだよ」
「そうだね。私達を追って転移したきた反応も入り口から動いてないみたいなの。探索中に後ろから発見される可能性はまず無くなったかな?」
リーチェとニーナが言っているように、隠密任務中の俺達にとっては魔物とのエンカウントが回避できるのはありがたい。
だけどここまで魔物が出ないアウターで、クラメトーラ全体の生活を支えるなんて出来ていたんだろうか?
「どうなんでしょうね? 最終調整のために普段以上に魔力をつぎ込んでいるのか、別のアウターからドロップ品を持って来て偽装しているのか……。しかしアウター管理局の人達は何も知らなそうでしたし、普段は魔物が発生していたのではないでしょうか」
ヴァルゴの言うようなドロップ品の産地偽装なんて、里全体で協力しないと出来る筈が無い。
しかも冒険者の数が圧倒的に少ないクラメトーラでそれをするのは、他の場所で同じ事をするより何倍も大変なはずだ。
アウター内部なのに魔物すら発生しない今の状況は、暴王のゆりかごにとっても異常事態に違いない。
「大量の魔力を必要としている以上、アウラが居るのは最深部だと思う。だからこの辺を隈なく探すのはやめて、まずは最深部への到達を優先しようか。ってことでティムル、走っていいよ」
「ん、了解よ。一応熱視は続けておくけど、多分最深部までは何も無いと私も思うわ」
道中の探索を切り上げて最深部を目指そうという提案に、先頭を行くティムルも賛成してくれる。
奈落で竜人族が監禁されていた場所は最深部じゃなかった。
だから今回もアウターの内部を隅々まで探索して行こうと思っていたけれど、よくよく考えればあの時とは状況が違うのだ。
人が訪れない広大な土地さえ確保で切ればよかったであろう奈落の1件と、膨大な魔力が必要な今回の件を一緒くたに考えるのが間違っていた。
魔力を用いた研究を行うのなら、当然最も魔力が濃い場所で行われるはずなのだ。ならば入り口付近から調査していく意味合いは薄いだろう。
俺の指示を聞いてすぐに走り出したティムルを先頭に、最深部に向かって最短距離で突っ走る事にした。
サーチの情報から察するに、暴王のゆりかごと竜王のカタコンベは同じくらいの規模のアウターのようだ。
だけど暴王のゆりかごは奥に進むほどに天然洞窟っぽい内装に変化していって、地面もゴツゴツとした岩肌になって少々走りにくい。
魔物も出ないし、気分はケイビング……。天然洞窟を観光しているように思えてしまうなぁ。
勿論ケイビングなってやったことありませんけどね?
最深部では何が起こるか分からないので、気配遮断と察知スキルの使用者を交代して全員の魔力を確保しながら奥に進む。
そうして3時間程度走り続けることで、最下層らしきフロアに到着することが出来た。
……はず、なんだけど。
「最深部の魔力壁がどこにも見当たらないな? そんなこと有り得るのか?」
サーチの情報的に、このフロアが最下層で間違いないはずなんだけど……。
周囲を見渡した限りでは、最深部とそれ以外を隔てる魔力の壁がどこにも見当たらない。
ひと通り探索してみたけれどそれらしいものは一切無かったし、サーチにも隠し部屋の反応は見つけられなかった。
「ティムル。熱視で何か分からない?」
「ん~……。ごめんなさい。魔力が薄いことは分かるけれど、魔力が薄すぎて流れすら見えないわ」
ふむ、熱視でなんでもかんでも分かるわけじゃないか。頼りすぎるのも考えものだね。
申し訳無さそうなティムルに大丈夫だよとキスをしてから、1度全員で手分けしてフロア全体を虱潰しに探索してみる。
けれどやっぱりサーチの情報的にはここが最深部のある最下層で間違いなくて、だけど最深部そのものも、最深部に繋がる通路も発見できなかった。
フロアの中心、本来ならば最深部のあるはずの場所に集まって、何も見つけられなかったと報告し合う俺達。
「これってどういうことだと思う? 俺は人工物で通路を遮断しているか、もしくはここから更に最深部に転移する魔法陣でも存在してる可能性を疑ってるけど」
「う~ん、私はちょっと見当がつかないの。でもサーチで情報が得られないのだから、やっぱり人の手で隠蔽されていると考えるのが妥当だよね」
頭を悩ませながら、ニーナが俺の意見に同調してくれる。
このフロアに何が隠されているのかは不明だけれど、それが人の手によって行われている事なのはまず間違い無いだろう。
「最深部なのに魔物も出ないなんてねぇ……。まさか熱視でも見えないほどに魔力が枯渇状態にあるとは思わなかったわ。ここまで魔力を引っ張って、アウターエフェクトとか出現したりしないのかしらね?」
「アウターエフェクトが出現しないのは、魔物を撃破することによって起きる魔力の大気還元が行われていないせいじゃろうな。アウターエフェクトもイントルーダーも、大量の魔物の撃破の果てに出現した存在じゃからの」
アウターの魔力を枯渇させた事によるカウンターで、アウターエフェクトが出現しないのだろうか?
そんな疑問を呟いたティムルに、フラッタが答える。
魔物を倒すと魔物の体を構成されていた魔力は、経験値、ドロップアイテムなどに変換され、しかし大部分は大気に還って世界に還元される、というのがこの世界での魔力の捉えられ方だ。
この考え方が合っているかどうかは分からないけれど、魔物を虐殺した果てにアウターエフェクトを召喚可能な魔力がアウターに蓄積されると考えると、あながち間違っているとも思えない。
「通常の魔物を生み出す魔力さえ無いから、アウターエフェクトを生み出す膨大な魔力も用意できないってことだね。多分同じ理由で最深部の魔力壁も発生していないんだと思うな」
「最深部の強力な魔物を外に出さない為の、ある意味隔離壁の役割を果たしている最深部の魔力壁。魔物自体が発生していないのですから、魔力壁を生み出す魔力も尽きているということですね」
リーチェとヴァルゴの見解に俺も賛成だ。
やっぱりここは最深部には違いなくて、だけど魔力が奪われている為に最深部の特徴が全て失われてしまっているのだろう。
「だけど、これって結局どういうことなの? ここで何らかの実験が行われているとするなら、そこに出入りする必要があるでしょ? 現にアウラだって外出してたんだし。なのにティムルの熱視でもサーチの情報でもその痕跡が見つけられないなんて、こんなことありえるのかな?」
「むう……。確かにニーナの言う通りなのじゃ。サーチだけじゃなく五感補正も最大限に活用して探索してみたものの、このフロアに異変は見つけられなかった。しかし魔力が枯渇している事からこのアウター内で何かが行われている事は間違いない……。ぐぬぬ……、分からぬのじゃあっ!」
好色家姉妹が唸りながら首を捻っている。
ニーナが言う通り、このアウター内部に研究施設のような場所があるのなら、そこに出入りする通路が無いとおかしいわけだ。
少なくともアウラは1度外に出てきているわけだし、出入り出来るのはほぼ間違いない。
アウラに関する考察が外れている可能性も無くはないけど……。
魔力枯渇状態の暴王のゆりかご、探索の一方的な禁止命令なんかを考えても、アウラの事が無くてもここで何かが行われている事は間違い無いと思うんだよな。
しかしフラッタの言う通り、俺達全員が五感補正を最大限に駆使して調査、探索をしたのに何も見つけられなかった。
ティムルの熱視でも、リーチェの精霊魔法でも異変が見つけられないなんて信じられない。
あの2人にすら何も見つけられないんだったら、このフロアには本当に何も無いとしか思えない。
だけど異変は確実に起こっていて、何も無いはずがないのだ。となると、俺はいったいなにを見落としているんだ?
「……待てよ? このフロアには何も無い?」
もしもこのフロアに何も無ければ、存在するはずの研究施設に出入りすることは不可能だと思っていたけれど……。
実はそんなこと、ないんじゃないのか……?
「そうだよ、ここはアウターの内部なんだよ……! 外とは移動魔法の仕様が違うんだったっ……!」
「何かに気付いたようじゃな。早く説明するのじゃ」
問い詰めてくるフラッタを、#どうどう__・__#と宥める。ちゃんと説明するってば。
いつかリーチェに聞いた、アナザーポータルの仕様について思い出す。
確かアナザーポータルは魔法扉で閉じられた場所でない限り、小部屋にも直接転移が出来ると言っていなかったか?
それってつまり、魔法扉以外の壁なら全てを無視して、人工物で隔たれた場所にも直接転移できるってことにならないか……?
「ドワーフ族に移動魔法を使う者が少なかったから失念してたけど……。アナザーポータルさえあれば、道が途切れた場所にも転移できたり、するんじゃないか?」
「……そう、か! 人工物はアウターにとって異物扱い、アウターに取り込まれたり変化する事が無いのは奈落でも証明済みよね! つまりアウター内に人工的に空間を作りだし、その後アウターが変化、再生してその通路部分を覆い隠してしまったとしたら……!」
「アナザーポータルによる転移でしか移動不可能になり、これ以上無い秘密基地になるってわけかっ……! とんでもない事を思いつくね……!」
俺がひと言呟いただけで、ティムルとリーチェが俺の言いたい事を全て読み取り代弁してくれた。
この世界の常識を上手く利用した、とんでもない隠蔽方法だ。
この悪辣さ、やっぱりレガリアと関わっていたのは間違い無さそうだな……!
「……けれど、もしそれが真実だったとしてもどうすれば良いのですか? 手当たり次第に掘削などしていては、異変に気付いた者たちに逃げられてしまうかと」
「むぅ、確かにの……! 妾のブレスで地面をぶち抜くことは出来ると思うが、人が通れるほどの穴を空けるのは骨が折れるのじゃ。しかも正確な場所も分からぬワケじゃし……」
クラマイルで職人たちの職場環境改善工事を担当したヴァルゴとフラッタだからこそ、アウター内の掘削工事の困難さに悩んでいるようだ。
だけど問題ない。俺達には重機があるからなっ!
「大丈夫だ2人とも。魔力を必要としている以上、研究施設はアウターの中心部分から大きく離れた場所には無いはずだからね。そして掘削作業ならこの方の出番だろぉ!?」
言いながら造魔召喚で竜王を呼び出す。
我等が建設重機、ブラックカイザードラゴン先生のお出ましだぁい!
「ちょっとダン!? 確かに竜王ならアウターの壁ぐらい簡単に撃ち抜いちゃうと思うけど、竜王の極大ブレスなんか放ったら下手したらアウラまで消し飛んじゃうよっ!?」
「それも大丈夫だニーナ。察知スキルは薄い壁なら壁の向こうまで感知できるからな。生体察知を使用しながらここの地面をぶち抜けば、人に被害が出る前にブレスを止めることが出来るはずだ」
造魔召喚ではオリジナル竜王のような細かい芸当をこなすことは難しい。
けれど近くで直接操作をするなら、自動操縦よりもずっと精密に動かすことが出来る。
ブレスの出力を変えたりすることは難しくても、瞬間的にオンオフを切り替えることは造作も無い。
「……そうね。察知スキルにもサーチにも反応が無いという事は、それなりに深い距離まで掘らないといけない可能性が高いわ。フラッタちゃんのブレスですら出力不足の可能性が高い。なら他に方法は無さそうかしら」
「アナザーポータルのみで出入りしている事を考えるなら、直線距離はどれだけ離れていても関係ないもんね。秘匿性を上げる為に、なるべく深くまで掘って基地を建設したかもしれない……。うん、ぼくもダンの案でいいと思う」
我が家のブレイン担当であるティムルとリーチェが賛同してくれたことで、他の3人も覚悟を決めてくれたようだ。
まずは竜王の召喚で失った魔力を回復する為に横になり、ニーナに膝枕をしてもらいながらティムルとヴァルゴのおっぱいをもみもみする。
他人から見たら最低の行動に見えるだろうけれど、俺が1番リラックスできるのはみんなのおっぱいを触っている時だからなっ!
誰がなんと言おうと、これが最速の魔力回復方法なんだいっ!
待ってろよアウラ。お前がどんな境遇でどんな選択を選んだとしても、俺はお前を不幸になんかしてやる気は一切無いからな。
……いや、俺達は、だなっ!
不幸が大嫌いな仕合わせの暴君様が、ドワーフの狂気に囚われたお前を絶対に救い出してみせるよっ!
※最後のシーンは、多分年齢制限に引っかからない程度かなと判断し、あえて残してみました。もしもレーティングに引っかかりそうなら後からカットします。
『いつかリーチェに聞いたアナザーポータルの仕様』とは、192『※閑話 移動魔法談義』で語られた話のことです。