422 ※閑話 お飾り
※閑話。
王国最強の魔物狩りパーティ『断魔の煌き』の前衛、救世主の二つ名を持つ魔物狩り、ガルシア・ハーネット視点です。
時系列は本編から少し遡り、竜王が重機としてトンネル工事に従事していた頃です。
「それでは決を取ります」
王族の集められた会議室で、宰相であるゴブトゴ様が高らかに宣言する。
「今は亡きシモン陛下の後を継いで王となられるのは、スペルド王国第2王女、マーガレット・アクラ・トゥル・スペルディア殿下で宜しいですな?」
「認めん!! 我は絶対に認めんぞぉっ!!」
第1王子であらせられるハーロイル殿下が、怒声をあげて宰相様を否定する。
しかし権力欲に溺れたハーロイル殿下が口を挟んでくるのは想定済みだ。宰相様は涼しい顔をしてハーロイル殿下を無視してしまった。
「お前が王になる方が認められないんだよこの豚。鏡見てから出直せって」
そんな宰相様に代わって口を開いたのは、最近真面目に職業浸透を進めていると噂のバルバロイ殿下だ。
彼はハートロイル殿下の容姿を痛烈に批判しながらも、畳み掛けるように言葉を続ける。
「実績も能力も、オマケに人気すら無いお前が王になれる訳ないだろ? その無能さから、レガリアの連中には持ち上げられてたみたいだけど?」
「バルバロイ……! 貴様、自分が何を言っているのか分かっているのだろうなぁっ……!」
「これからのスペルド王国には無能者の席は無いのですよ、ハーロイル殿下。王となりたいのであれば、まずは実績と能力を示されることですな」
一触即発の空気を無視して、宰相様がハーロイル殿下を一刀両断する。
いったい何があったのかは分からねぇが、つい先日から宰相様は王族に対して何の遠慮も無くなってしまったんだよな……。
「最低限マーガレット殿下と同じか、もしくはその婚約者であるガルシア殿と同程度の職業浸透を進めると良いでしょう。その醜く肥え太った体では国民は納得しませんからな」
「ゴブトゴ、貴様ぁ……! 宰相の分際で、王族たる我になんと言う口を……!」
悔しそうに宰相様を睨みつけるハーロイル殿下。
そんな憎悪の篭った視線を、我関せずと涼しい顔で受け流す宰相様。
宰相様の他にこの国の運営を担える者などマギーくらいしか居ないので、今や宰相様に逆らえる者が誰も居なくなってしまった。
こんな時に真っ先に口を挟んできそうな第3王子のコッコマ殿下や第3王女のクミン殿下でさえ、宰相様に口で勝てる見込みが無いと判断したのか、黙って事の成り行きを見守っている。
「……前王シモンが急逝した為に突然任された王の座。未だ私の身に余る大任だとは思っていますが、それでも能力の無い者に譲る気はありませんよ? ハーロイル兄様」
「マギーの即位は暫定的なものです。もしもその決定にご不満があるのでしたら、先ほどゴブトゴが言ったように実績と能力を国民に知らしめれば良いのです」
宣戦布告のようなマギーの言葉に、シャーロット殿下も辛辣な口調で後に続いた。
「少なくともこの場で喚き散らしていても貴方が王位を継承することはありませんから。まずはお痩せになったらいかがですか? みっともない」
「黙れアバズレがぁっ! 女の分際で王に意見をするんじゃないっ!」
「その女であるマギーに貴方は敗北したのですよ、ハーロイル兄様。無能が担がれる時代はもう終わったのです。無能を重宝していたレガリアが滅んだ時点でね」
感情を爆発させるハーロイル殿下と、何処までも淡々としたシャーロット殿下。
舌戦のイニシアチブをどちらが握っているのかは議論の余地も無いな。
先日のスペルディア襲撃の際に命を落とした、前王シモン陛下。
空席となった王位に誰を据えるかで相当揉めるかと思われた王族達だったが、意外にもマギーの即位に反対する者はハーロイル殿下だけだった。
マギーの能力と人気がそれだけ磐石であったとも言えるが、それ以上に王族達を萎縮させたのはやはり宰相様だった。
「レガリアのお話は伝わっておりますな? であれば理解できましょう? スペルディア家の血になどなんの価値も無いのだと」
今まではどれほどの不満を抱いても決して逆らわなかった宰相様が、スペルディア襲撃事件から人が変わったように強気な態度を取り始めたのだ。
元々ほぼ全ての政務を宰相様に丸投げしていた王族の皆さんには、当然自分で国を運営していく能力など無く、王族と宰相様の立場は完全に逆転してしまったのだった。
「これ以上駄々をこねるようであれば、この場で切り捨ててしまっても構わないのですぞ? ハーロイル殿下」
「ちっ……! いいか、俺は絶対に認めんからなっ……!」
脅迫のような宰相様の言葉に強く舌打ちしつつも、小声で恨み言を囁きながら大人しく席に座るハーロイル殿下。
だからよぉ。そういうところが器じゃないって言われてるんだぜ?
「それでは本日付で、マーガレット・アクラ・トゥル・スペルディア殿下には女王となっていただきます」
ハーロイル殿下が着席したのを確認して、再度宰相様が全員に宣言する。
今度は誰も口を挟まず、宰相様の宣言は事実上受け入れられた形になった。
「ガルシア殿と婚姻を結んだ後はガルシア殿にも王となっていただき、スペルド王国の為に尽力していただきたい」
「……ああ。全力で務めさせてもらうさ」
「各種手続きの為、王国民への周知はまだ先となりますが、ガルシア殿とマーガレット陛下の即位は正式に決定されました。もしもこの決定に不服の者は、まずは国民の理解を得られるよう努力していただきたい」
宰相様の宣言に、思わずため息が零れてしまう。
はぁ……。俺もとうとう王になっちまうのかぁ。
マギーと婚約した時からある程度は覚悟していたことだが、最強の魔物狩りとしてこのまま活動し続けるのも悪くねぇと思ってたんだがねぇ。
「他の皆様は、足を引っ張らなければ生活は保障します。贅沢も許します。ですが王国に仇なす行為をした場合は容赦なく断罪させていただきますのでお覚悟を。王家の血を絶やすことなど、無能どもを支え続けるよりよほど簡単ですからな」
宰相様の死刑宣告のような宣言で会議は締め括られた。
こうしてマギーは王女から女王になり、その婚約者である俺も王となるのが確約されちまったってわけだ。
「くそっ……! このままで済むと思うなぁっ!?」
会議が終わるとハーロイル殿下が部屋を飛び出し、手続きがあるからと宰相様も忙しなく部屋を出ていった。
このままでは済ませないと息巻くハーロイル殿下だけど、あの人に協力してくれる相手なんているのかねぇ?
「やぁガル。ちょっといいかい?」
「なんでしょうか? バルバロイ殿下」
1人、また1人と部屋を出て行く中、意外にもバルバロイ殿下は部屋に残って俺に話し掛けてきた。
「とうとう君と義兄弟になってしまったみたいだねぇ。ま、よろしく頼むよ」
「気が早いですね。あくまで俺は婚約者であって、まだ婚姻は済ませていませんよ」
「時間の問題でしょ? 他に婚約者の候補が居る訳でもないくせにっ。あ、それとこれからはロイと呼び捨ててくれていいからね」
「い、いやいや。流石にそんなすぐには変われませんって」
えげつない距離の縮め方してくるなこの人!?
色狂いと言うだけあって、人と距離を縮めるのはお手の物ってかぁ?
「ですがお気遣い感謝しますよ。これからはお言葉に甘えてロイ殿下と呼ばせていただきましょう」
「さっきゴブトゴも言ってたけど、この血には何の価値も無いんだ。君に殿下なんて言われても何の感慨も無いんだよなぁ」
「仮にその血には意味が無かったとしても、スペルディア家が王国を繁栄させて来たのは間違いありませんからね。縁あってその血に関わる事になった以上、最善を尽くしたいと思ってますよ」
お堅いねぇと言いながら俺と肩を組んでくるロイ殿下。
そしてそのまま俺の耳元で、俺だけに聞こえる声で静かに鋭く囁いてくる。
「……こうやってガルと話をする機会を設けたのは、君に警告しておきたかったからなんだ」
「警告、ですか?」
「うん。君の行動で王家を滅ぼされるわけにはいかないからね。素直に俺の言う事を聞いてくれるとありがたいかな?」
「……随分と物騒な物言いですね。俺達が何かをしでかしてしまいましたか?」
「既に大分やらかしちゃってるよ? まだ手遅れではないけど。今後は君がマギーの手綱をしっかり握ってくれれば大丈夫だとは思うけどさぁ」
既にやらかしていた? そして王家が……滅ぼされるぅ?
ロイ殿下はいったいなにを言ってるんだ?
困惑する俺の耳元で、驚くほど真剣な口調で囁いてくるロイ殿下。
「いいかいガル。仕合わせの暴君と敵対するような真似は金輪際してはいけないよ。もしもマギーが暴走しそうになったら、君が力ずくにでも止めてやってくれるかな?」
「仕合わせの暴君……」
その名を聞いて、先日晒した醜態が思い起こされる。
名実共に王国最強の魔物狩りとして名を馳せていた俺達が、なにも出来ずにただ右往左往することしか出来なかった王国滅亡の危機。
それを瞬く間に解決してしまった、リーチェ様の所属している種族混成パーティ、仕合わせの暴君。
なるほど。確かに仕合わせの暴君相手には色々やらかしちまってるわな。
正直言って俺自身、彼らに対して友好的な態度は取れてなかった自覚はある。
「こちらから敵対するつもりは無いですが……。なぜロイ殿下の口から彼らの名が出るんですか?」
ロイ殿下と彼らにどんな接点があるんだ?
リーチェ様経由で……? でもこの人色狂いだから、確かリーチェ様には嫌われてるって話だよな?
「彼らと敵対する事が王国の滅亡を招くとはどういうことです? 確かに彼らの戦闘力は認めますが、それにしたって大袈裟では?」
「大袈裟なもんかい。彼は王国を滅ぼす事なんかになんの躊躇いも持ってはくれないよ。そして彼の妻たちはそんな彼の決定に異を挟まないだろう。実際に会ってみて彼らの危険性は骨身に沁みてしまったよ」
「え、ロイ殿下。彼らと実際にお会いになったのですか?」
まぁねと俺に肯定を示しながら、深いため息を吐くロイ殿下。
詳細は分からないが、少なくとも良い出会いではなかったらしいな?
「彼らとスペルディア家の人間は相性が悪い。その中で比較的にマギーは相性がいい方だ。自己顕示欲の強いマギーと、周囲の評価に無頓着な彼らが競合する事は少ないからね。ただそれも、こちらからちょっかいを出さなければ……の話なんだよ」
「……エルフェリアでマギーが起こした騒動の話ですか。あの時はマギーも冷静さを欠いていましたし、騒動が治まった今、あの時と同じようなことをするとは……」
「ガルには悪いけどね、マギーは暴走しながらも冷静な部分はちゃんと残ってたんだよ」
神妙な面持ちで、俺の言葉を即座に否定してくるロイ殿下。
その真剣な様子に、色狂いの無能者という評判は欠片も感じることはできない。
「協力してくれるエルフの選定、事の露見を防ぐ為にポータルの出口での襲撃、万が一に備えてギリギリまで自分は身を隠していた判断。そして君達パーティメンバーにはひと言も相談せずに襲撃を決めたんだ。考え無しに出来る行動じゃないよ」
「……仮にロイ殿下の言う通りだったとしても、もう騒動は治まったのです。また同じ事が起きるとは思いませんが」
「甘いね。報告による又聞きからの推測でしか無いけれど、あの時マギーを突き動かしていたのは『建国の英雄であるリーチェに自分より評価される者が居るのは許せない』という感情だ。騒動は関係ないんだよ」
ロイ殿下の指摘に少し思い当たるところはあった。
幼少の頃からマギーとは顔見知りだったが、彼女と顔を合わせる度にリーチェ様の話に付き合わされた記憶がある。
それはまるで、リーチェ様と自分はこれほどまでに親しいのだと周知するかのように。
実際に先日マギーが仕合わせの暴君を襲撃した際にも、どうしてリーチェは私の言うことを聞いてくれないんだ、なんでリーチェはあんな男の言うことを聞くんだと、まるでうわ言のように繰り返していた。
ロイ殿下の指摘が全て当たっているとは思いたくないが、それでもマギーがリーチェ様に並々ならぬ執着心を見せている事、そして伴侶であるダンに強い憎悪を抱いていることは間違いない。
「リーチェ様に評価されたい……ですか」
「むしろ騒動を利用して責任の所在を誤魔化そうとした小賢しさすらあるね。あの時のマギーは、暴走しつつも冷静だったと思うべきだ」
暴走しつつも頭は冷静、か。それもまた少し思い当たる。
リーチェ様からの伝言を伝えた後のマギーは取り乱すどころか、仕合わせの暴君がエルフの長と話をしているうちにエルフェリアの騒動を解決してしまいましょうと、直ぐに装備を整え始めたからな……。
「彼らに敵認定されたら終わりだよ。彼らの戦闘力はこの世界では突出し切っているからね。だけどマギーが国民にとって良い王であろうとする限り、彼らはマギーと敵対する事は無いだろう。彼らは他者への迷惑を何よりも嫌うから」
「……ロイ殿下の言葉に全て頷くことは出来ませんが、マギーが良い王たろうとすることは間違いないでしょうね」
「多少の自己顕示欲は王には必要な資質だとは思う。人に良く思われたいと思う気持ちが善政に繋がったりするからね。だけどマギーのリーチェへの執着は異常だ。決して油断しちゃダメだよ」
期待してるよ新王ガルシア様っ、と俺の肩を叩いて去っていくロイ殿下。
……新王? たった1つの魔物狩りパーティに配慮するのが王の態度なのか?
モヤモヤした気持ちのままロイ殿下が去っていった方を眺めていると、マギーとシャーロット殿下が俺の方に近づいてきた。
「相変わらずロイ兄様は馴れ馴れしいわね。もし不快だったら怒っていいわよガル」
「……いや、嫌われるよりマシさ。今も激励してくださったしな」
どうやら俺とロイ殿下の会話は聞こえていなかったらしい。
俺とロイ殿下が話している間、マギーは以前から仲の悪くないシャーロット殿下と雑談で盛り上がっていたようだ。
「ガルシア様。少し宜しいでしょうか?」
「ん? 勿論構いませんよ。なんですか?」
マギーに続いて、シャーロット殿下も俺にひと言声をかけてくる。
「ロイ兄様も私も今までの行ないを反省して、今では真面目にお金を稼いでいます。今まで使い込んでしまったお金も近いうちに利子をつけて払い戻すと約束します。今まで申し訳ありませんでした」
「い、いえいえっ。まだ俺は王じゃないんですからっ、俺に頭を下げられても……!」
突然俺に頭を下げたシャーロット殿下に、頭を上げてもらうように懇願する。
どうやら今までの行ないを反省する為のケジメとして、王となる事が内定した俺に頭を下げたかったようだ。
話を聞くと、俺とロイ殿下が話している間にマギーにも頭を下げたらしい。
「私もロイ兄様も2人の即位を祝福します。ガルシア様、マギーのことをよろしく。困った事があれば私達を頼ってくださいね」
「あ、ありがとう、ございます……」
柔らかく微笑みかけてくださるシャーロット殿下の言葉に、俺は言葉の裏にあるものを感じ取ってしまう。
マギーをよろしく。マギーの暴走を許さないようにしっかりと手綱を握ってくれ。
これって、ついさっきロイ殿下に言われたことそのものじゃないか。
他人に迷惑をかけていた行ないを反省し、過去を償い更生する。
色狂いと名高いロイ殿下とシャーロット殿下が揃って生き方を見直した理由って、『彼らは他者への迷惑を何よりも嫌うから』じゃないのか……?
「では失礼致しますね。マギーもごきげんよう」
「ありがとうラズ姉様。またねっ」
俺に声をかけたシャーロット殿下は、もう用は無いとばかりに淀みない足取りで会議室を出て行く。
そうして部屋には俺とマギーの2人だけが取り残された。
「……まさかこの歳で王を任されるとは思ってなかったけど、ゴブトゴに加えてロイ兄様とラズ姉様が協力的なのは心強いわねっ?」
やる気の炎を灯した瞳で、俺をまっすぐ見つめてくるマギー。
「……あ、ああそうだな」
「んー? なんか元気無いわね? もしかして緊張しちゃってるーっ?」
「はは。かもな……」
人懐っこい笑顔を向けてくるマギーだが、正直俺はそれどころじゃなかった。
不審に思われないよう精一杯冷静さを取り繕って、なんとか曖昧に返事を返す。
スペルディア家の成り立ちと建国の英雄譚の嘘、そして暗躍していたレガリアという組織のことは宰相様に聞いている。
無能であった前王シモン陛下はレガリアに取り込まれ、与えられた玉座に最後までしがみ付いて見せた。
だから俺はマギーと共に、玉座に囚われずに国民の為に精一杯働ける良い王になろうと思っていた。
王国民に迎えられ、宰相様やロイ殿下、シャーロット殿下にも受け入れられて、名誉ある地位を任されたのだと思っていた。
しかし実際は宰相様もロイ殿下たちも、俺達に期待していることはただ1つ。『仕合わせの暴君と敵対するな』ということだけだった。
宰相様もロイ殿下たちも、俺達のことなんか見ていない。
なのにそれを自分に都合よく解釈して張り切るマギーの姿が、与えられた玉座に満足していたシモン陛下と重なった。
人の為、国の為に働くことを不満に思うつもりはないが……。
マギーも結局お飾りの王で、他者に与えられた玉座に座らされる存在なんじゃないのか……?
「勿論貴方にも期待してるわっ。国民を正しく導ける王家を目指しましょうね、ガルっ!」
「あ、ああ……。これからもよろしくな、マギー」
使命感と高揚感でいっぱいの声で、嬉しそうに語りかけてくるマギー。
そんなマギーに笑顔を返しながらも、約束されたスペルド王国国王という立場が、妙に空々しい物に思えて仕方がなかった。