418 クラクラット
「ここがクラメトーラの中心、クラクラットかぁ」
抱き上げているムーリとリーチェのおっぱいに挟まれたまま、ドワーフの里の中心であるクラクラットに到着した。
軽く見渡してみると、ボロ布で作った住居が目立っていたクラマイルとは違って、クラクラットでは石造りの頑丈そうな建物が多く目に付いた。
けれどやっぱり木材の調達は難しいのか、木造建築物は1つも見当たらないな。
「はぁ、はぁ、ふぅ~……。それでは今回は私についてきてくださいね」
案内してくれたドワーフが言うには、まずはクラクラットの行政を司っている機関に顔を出さなければいけないらしい。
逆らっても仕方が無いので、ここは素直に案内してもらおう。
道行くクラクラットの住人たちは、クラマイルの住人と比べて多少は身なりが良く見える。けれど最近笑顔が増えてきたクラマイルに比べると、些か表情が暗い気がするなぁ。
暴王のゆりかごを管理している場所の割には、ここも生活に余裕は無さそうだ。
相変わらず巨乳コンビを抱っこしたまま、案内人の後ろをついていく。
そして弾むおっぱいの合間を縫ってティムルの様子を窺うと、ティムルは顎に拳を当てながら小さく何度も頷いている。
「この石造りの街並みには覚えがあるわ。私の出身地はクラクラットで間違いなさそうね。自分でもびっくりするくらい記憶が曖昧なんだけど」
「クラマイルの集落には石造りの建物なんて無かったから間違いなさそうだね。でもこんな風に簡単には足を踏み入れられないクラクラットに外部から奴隷商人が来たのは、ちょっと違和感があるね?」
出奔を許さないドワーフ族の考え方的に、里の中心地であるクラクラットに奴隷商人が居るのは矛盾してないか?
里から逃げ出す為に、奴隷商人に自分を売り込むが奴がいてもおかしくない気がするけど。
俺の疑問にティムルもお手上げといった風に首を振ったが、意外なことにクラマイルから同行している案内人のドワーフが回答してくれた。
「クラメトーラはその中心であるクラクラットも含め、全域が貧困に喘いでいますからね。口減らしや食料の買い付けの対価として、女、子供を売り払うのは良くあることなんです」
「よくあること……。つまりその奴隷商人達を招き入れているのは、クラクラット側だってこと?」
俺の問いに頷きで答える案内人。
確かに移動魔法が適用される奴隷なら、冒険者1人いれば運搬には苦労しない。クラクラットに生活必需品を持ち込むよりもずっと簡単に連れ出すことが可能だ。
奴隷商人側としては、ココでの取引にはメリットしか無いのかもしれない。
「いやでも、クラメトーラの人間ってこの地を去ることを極端に嫌ってるでしょ? 土地を捨てて逃げ出す者は許さないのに、女・子供の売り飛ばすことには躊躇いは無いわけ?」
「奴隷の選定基準は明確にされていませんが、ドワーフとしての誇りが無い者、この地を守り抜く意思の無い者を選出していると聞いたことがあります」
「…………ふぅん」
あまりにも平然と語る案内人に一瞬怒りが沸騰しかけたけど、この人に怒りをぶつけても仕方が無いと息を吐く。
そんな俺の様子に気付かない案内人は、口を止めずに説明を続ける。
「資質や才能が伴わない者、技術の習得に遅れが生じた者などはクラクラットに住まう資格無しと見做され、クラマイルの地に追放されます。そしてクラマイルで生を受けたドワーフは、基本的にクラクラットに住むことは許されないんですよ」
「……才能が足りない家系の血は要らないって? 選民思想ここに極まれり、だね」
「奴隷として売り払われるのは、思考や精神的な面で問題がある者だと聞いております。この地に生れ落ちながらも外に憧れる軟弱者は後を絶ちませんから」
胸の奥にチリチリと燻るものを感じながらティムルの様子を窺うと、呆れた様子で俺に向かって肩を竦めて見せてくれた。
うん。お姉さん自身が怒っていないのなら俺が怒る筋でもない。この場所はこういう場所なのだと割り切ろう。
「クラクラットだけでは奴隷の選出が充分出ないと判断されたときは、クラマイルの各集落からも奴隷用のドワーフを募ることがあります。希望者が居ればその者を優先、希望者が居なければ比較的高値で売れる若い女が選出されることが多いですね」
「あーもう説明はいいよ。クラメトーラの考え方ってのが良く分かったから」
強引に案内人の説明を打ち切る。聞けば聞くほど胸糞悪くなりそうだ。
案内人の説明を聞くに、苛酷なクラメトーラの生活から抜け出したいと自分から奴隷になることを望む者も居るみたいだ。
そういう人は奴隷に落ちてもそこまで悲劇的じゃないんだろうけれど、問題は望まずに奴隷になったティムルのような境遇のドワーフたちだろう。
比較的高値で売れるから若い女を率先して売りに出してます、なんて事も無げに言う場所だ。
いったい今までどれだけの女性が食い物にされてきたんだろうなぁ……。
「今まで……ダンに会うまではさ。奴隷に対して何か思うことなんて無かったんだ。他人に関心なんて持てなかったから。だけど今改めてこの世界の仕組みを聞かされると……反吐が出るね……」
「せっかく教会の孤児たちは未来を開かれたっていうのに、どうしてこんなにも当たり前に未来を閉ざされる人が居るんでしょう……。しかもこの地に生きる人々は、悪意を持たずにそれをしているんですね……」
両側から俺の頭を抱きしめて憤るリーチェとムーリ。
そのおっぱいの感触以上に伝わってくる怒りと悲しみに、流石の俺もエロい気分になることは出来なかった。
「2人とも。出会う前のことにまで責任を持つことはないよ。俺達には今この瞬間から先のことを変えることしか出来ないんだからさ」
俺も殆ど2人と同感なんだけど、負の感情に同調して膨れさせても意味は無い。
だから俺は内心の怒りと呆れを投げ捨てて、2人にかけるべき前向きな言葉を探す。
「俺たちはもうこの地の状況を変え始めているよね。大切なのはそこでしょ? こんなこと、もう繰り返させない事が大切なんだ」
「あはっ。それってダンがいっつも言われてることなのっ。それを自分で言えるようになったなんて偉いねーっ」
「自分は過去に失われたものまであっさりと取り戻すくせにのう? ダンは責任を持たなくていいことまで絶対に諦める気が無いのじゃ」
ニーナとフラッタが巨乳に挟まれた俺の耳元で、からかうように俺の言葉を茶化していく。
あっはっは。2人のほうこそ自分の発言には責任を持とうね? 今晩は思いっきりお仕置きだぁ!
ニーナとフラッタのおかげで軽くなった空気の中、クラクラットの中でも比較的大きそうな建物に案内される。
「目的地はここです。どうぞお進みください」
躊躇なく足を踏み入れる案内人に続いて中に入ると、中は装備品を身にまとった人達で賑っていた。
俺達が中に入っても特に反応は見せなかったけれど、何人かが静かに鋭い視線を送ってきている。
戦える人も多そうだし、冒険者ギルドのような建物なのかもしれない。
少々お待ちくださいと、案内人は俺達を残して別のドワーフと会話し始めた。
どうやらもう少し時間かかりそうかな? なら今のうちに皆と話をしておこう。
「ここって冒険者ギルドみたいな施設なのかな?」
「だと思うなー。でも周りに居るのはみんなドワーフ族で、獣人も人間も居ないみたいなのー」
「暴王のゆりかごはクラクラットで管理しているという話でしたからね。私達も自由に入れそうもありませんし、潜っている人達はみなクラクラットの管理下に置かれているのかもしれませんね」
俺の問いかけに、ターニアとヴァルゴが周囲を見渡しながら感想を零す。
なるほど。この人たちってフリーの魔物狩りじゃなくて、公務員みたいなものなのかもしれないのか。
……ここまで困窮しているっていうのに、徹底的に魔物狩りを管理してドロップアイテムの産出を抑えている理由ってなんなんだろうね? きな臭すぎるよぉ。
「リーチェさんとムーリさんのおっぱいに挟まれているダンさんを見ても、羨望や嫉妬の視線を向けてくる者は居ませんね? こちらに送られてくる視線から感じるのは、純粋な警戒心だけのように思えます」
「それに……どうやら女性が見当たりませんね? 職業の加護は男女関係なく齎されるものだというのに、クラクラットでは女性に魔物狩りをさせていないんでしょうか?」
エマの言う通り嫉妬の視線を感じることもないし、ラトリアの言う通り女性ドワーフの姿も見当たらない。
高値がつく若い女性を率先して売り払う場所だからなぁ。そもそも女性の数が減ってるんじゃないの?
「ん? 何だあいつら?」
ふと建物の奥のほうで、俺達を指差しながら小さく騒いでいる集団の姿が目に入った。
俺達のことをしきりに気にしているようだけど、決して近づいて来ようとはしない。
みんなに欲情した様子でもなければ、俺に殺意を向けているようにも見えない。驚き慌てているといった感じだね。なんなんだ?
「あー……。私達、ちょっとマズっちゃったかもぉ……?」
「へ?」
小さく呟かれた声に視線を向けると、やっちまったと言わんばかりに頭を抱えるティムルお姉さんの姿が目に入った。
え、俺達って案内人に従ってここで待ってるだけだよね? なのになにをやらかしたって言うのさ?
「あはぁ……。ねぇダン……。私達の装備品って何で出来てるか、覚えてるかしらぁ……?」
「……神鉄! 失われたオリハルコン装備かっ……!」
こ、これは確かにやっちまったかもぉ……!?
ある意味アウターレアよりも貴重な神鉄装備を全身に身にまとった集団なんて、職人が多いらしいドワーフ族の集団の中に違和感なく紛れ込めるはずが無かったぜ!?
今まで鑑定をすることはあっても、されることはなかったもんなぁ……!
防具職人が居れば俺達が神鉄装備に身を包んでいるのは1発で分かる。そしてここは生産職に強いドワーフ族の本拠地だ。迂闊すぎたぁ……!
「……どうしようか? まだ武器は見せてないから、気付かれたのは防具類だけだよな? リーチェのは自前で用意してあるものだし、知らぬ存ぜぬで押し通す?」
「……そう、ね。相手の出方が分からない以上は、しらばっくれましょ」
「全員の防具を揃えちゃってるから偶然と言い張るのは少し苦しいかもしれないけど……。素直に手の内を明かす必要も無いよな?」
リーチェが声を遮断した中で、すぐにティムルと方針を話し合う。
店で購入した。アウターで手に入れた。
理由はなんでもいいけど、とりあえず自作したことは隠し通す事にする。
「仮にクラクラットに神鉄装備の製法が伝わっているなら、この中で唯一のドワーフである私が真っ先に疑われるでしょうけどね」
「名匠の存在が伝わっていなければ平気じゃない? ぼくの装備のように種族に伝えられたものと主張してもいいと思う。幸いぼくたちはみんな別種族だし、竜爵家、獣爵家に連なるメンバーも居るから。神鉄装備を新たに作り上げたというよりはまだ信じやすいと思うよ」
ティムルとリーチェの言葉に全員が頷く。
相手から何らかの反応が無い限りはスルー。もしも聞かれたら知らぬ存ぜぬで押し通そう。
ティムルを落ち零れ扱いして里から追い出した奴らに、名匠の存在も転職条件も教える気にはならないしなっ。
しっかし、クラマイルの人達の職業浸透が進んでいなかったせいで完全に油断しちゃってたよ。
この装備品はもう俺達の普段着みたくなっちゃってるしなぁ。
種族に伝わる装備という話も、竜爵家の令嬢フラッタ、獣爵家に連なるニーナ、そしてエルフェリアの姫君であるリーチェを擁するうちのパーティなら、多少は説得力もあるだろ。
もしもティムルの装備を指して、ドワーフ族にそんな装備は伝わっていないとか言われても無視しよう。
「お待たせしました。アウター管理局の方がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
「っと、助かった。ひとまずこの場からさっさと移動しようか」
俺達の会話など知らない案内人のドワーフが、ようやくアポが取れたと戻ってきて、そのまま俺達を建物の奥へと誘った。
……建物の奥でいきなり襲われたりしないだろうなぁ? 襲われても返り討ちに出来るけどさぁ。
案内された部屋には、中年男性が1名座っていた。
ティムルと同じように色黒なので、この人もドワーフで間違いないんだろうな。
どうぞ、と着席を促されたので、空いている椅子に適当に腰掛けた。
「お待たせして申し訳無い。アウター管理局のレイブンだ。なんでも暴王のゆりかごに入りたいそうだな?」
「まぁね。こっちは魔物狩りパーティ、仕合わせの暴君のダンだ」
レイブンさんの問いに頷きながら、軽く自己紹介を済ませる。
「魔物狩りとしちゃあアウターを見過ごすわけにはいかないからね。なんでも入るには許可が要るんだって?」
「その通りだ。暴王のゆりかごはクラメトーラの生活を支える大切な場所だからな、余所者に好き勝手に荒らされては困るからな」
「クラメトーラの皆さんに迷惑をかける気は無いよ。だからこうしてクラマイルの人を通して、正式に許可を貰いに来てるわけだしね」
「……ふむ。殊勝な心がけと言っておこうか」
高圧的な態度ではないレイブンさんだけど、決して友好的な態度でも無いみたいだ。
余所者である俺達を単純に警戒しているように感じる。
さっきまで俺達に警戒の視線を送ってきていた奴ら然り、なんでこんなに警戒心が強いんだろう? 排他的という感じでも無さそうなのに。
さて……。これだけ警戒心が強い中、暴王のゆりかごの探索許可は下りるかな?
「クラマイルの者からも信用に値する者たちだと聞いている。だから普段であれば探索の許可を出しても良いところだったのだがな……」
む? どうやら許可は下りないみたいだけど、気になる言い回しだな?
「普段であれば? 今何か問題が起きてるの?」
「問題と言うかな、現在暴王のゆりかごの探索が上の者に禁じられているのだよ。理由も伝えられずにな。お前たちはおろか、普段から潜っている者たちすら締め出されている状態なのだ」
「え、それって大丈夫なの? クラメトーラの生活を支える大切な場所に入れないとか」
「当面はな。探索できない代わりに充分な量の食料は配られたから今のところは問題ない。しかし長引かれては困るのだが続報も無くてなぁ。我々としても頭を抱えているのだよ」
やれやれと息を吐いてみせるレイブンさん。嘘を吐いているようには見えないな。
他のみんなの様子も確認してみたけれど、レイブンさんに不信感を抱いている者は誰も居ないみたいだ。
「そういう事情なのでな。今すぐに探索の許可を出すことは出来ない」
「う~ん。現地の人さえ入れないなら、あまり無理は言えないかぁ……」
「済まんな。どうしても探索を望むのであれば、ある程度日を置いてからまた顔を出してもらいたい。その際には案内人を立てずに、直接俺を訪ねてきて構わない」
「了解。とりあえず、今日は諦めるしかなさそうだねぇ」
正規の手続きでも許可が下りそうだし、ここはゴネる場面じゃ無さそうだ。
下手に騒ぎ立てると仲介してくれたクラマイルの人達に迷惑がかかりそうだし、更にそこからカラソルさんにまで迷惑がかかる可能性もあるからな。
レイブンさんに応対してくれた礼を述べて、今日のところはお暇させていただいた。
先ほど騒いでいた集団は、どうやらレイブンさんと話しているうちに居なくなったみたいだ。
帰りはポータルがあるからと案内人のドワーフとも別れ、家族だけでこの後どうするか話し合う。
「少し堅物な印象は受けたけど、レイブンさんが不信感を抱いてる様子は無かったよね?」
「うんうん。レイブンさんも本当に困っているように見えたの。私たちを騙す気は無さそうだよね」
「平和的に話が進みそうじゃったのに、何ともタイミングが悪かったのじゃ。クラクラットの住人にすら探索が禁じられているのであれば、妾たちに許可が下りるはずが……む?」
言葉を中断して、少し警戒心を顕わにするフラッタ。
真っ直ぐこちらに近づいてくる1つの気配に、みんなから緊張感が漂い始める。
警戒しながら気配の方に目を向けると、ムーリと同じくらいの年齢に見えるドワーフ族っぽい女性が、俺達に向かって手を振りながら近づいてきた。
……誰だ? 見覚え……無いよな?
「ねぇねぇ! 貴方達ってアルフェッカから来たんだよね!? リーチェお姉ちゃんって元気にしてるっ?」
満面の笑みで捲し立てるドワーフの女性。
アルフェッカのことって、もうクラメトーラまで伝わってるのかな? というか、リーチェの知り合いなの?
ちらりとリーチェの様子を窺うと、困惑したように俺に向けて首を横に振っている。
どうやらリーチェの身に覚えがない相手らしい。
いつぞやの商会の少女みたいに一方的なファンか?
でもそれだったら、リーチェお姉ちゃん、なんて言い方するかな?
「えっとごめん。俺達がアルフェッカから来たのは間違ってないけど、そもそも君って誰なのさ? リーチェに何の用?」
「ああごめんごめんっ。私はアウラ、見ての通りドワーフ族よ人間族さん。リーチェお姉ちゃんとは家族みたいなものかなー?」
「……リーチェの、家族?」
「そうそう。って言っても、長いこと会ってなかったみたいなんだけどね~」
エルフェリアを追放されてから、今までずっと独りで旅をしてきたリーチェの家族だと?
リーチェがエルフェリアを追放されたのは450年以上前で、ドワーフ族の知り合いが生きているはずもないけど……。
当のリーチェにも覚えが無いようだし、この娘はいったいなにを言っているんだ?
「どうしたのー? 大丈夫ー? 出来ればアルフェッカのお話、聞かせて欲しいんだけどなー?」
混乱しながら訝しむ俺達に、アウラと名乗った少女は不思議そうに首を傾けて微笑むのだった。
※こっそり設定公開
アウター管理局内に居たドワーフやレイブンがダン達を警戒していたのは、暴王のゆりかごまで来れる魔物狩りにクラメトーラのドワーフが連れ去られることを危惧していたからです。
天険の地グルトヴェーダを越えてクラメトーラを訪れる魔物狩りは、まず間違いなく移動魔法を習得しています。そして荒事にも慣れている為、力ずくで言う事を聞かせるのも難しい相手です。
なので彼らはダン達を警戒していたというより、里から逃げ出す為にダンたちに近づこうとするドワーフが居ないかと、相互監視していたのでした。