405 解説
会議室を出た俺達はゴブトゴさんを先頭にして、スペルド王国が管理しているルイン型アウター『始まりの黒』に向かっている。
今回は呼び水の鏡を取り出すためだけに侵入が許可されたというだけなので攻略は出来ないけれど、ガルクーザの血溜りから発生したというアウターを見学できるのは素直に嬉しい。
そしてそれは、歴史学者を名乗るキュールさんも同じようだ。
「いやー神器を見られるだけに留まらず、一般公開されていない始まりの黒に入れてもらえるなんて感激だよっ! これだけでもスペルドに来た甲斐があったというものだねっ!」
言葉が崩れている事にも気付かず、己の興奮を共有してもらおうと身振り手振りで自分のテンションを表現するキュールさん。
その表情はもうニヤニヤが抑えきれないといった感じに緩みっぱなしだ。どれだけ嬉しいのさ?
「俺も初めて見るアウターだから少し楽しみだけど、それにしたってキュールさん喜びすぎじゃない? 始まりの黒に入れるのが何でそんなに嬉しいの?」
「はぁっ!? 君は始まりの黒という存在をその程度にしか考えていないのかい!? まったく、実に嘆かわしい……!」
顔に手を当てながらフルフルと首を横に振って、深い嘆きを表現するキュールさん。
オーバーリアクション過ぎない? 舞台役者じゃないんだから。
「宜しい。移動はまだ続きそうだし、今のうちに私が少し語ってあげようじゃないか。始まりの黒の特殊性をねっ!」
「あっはい。おねがいします?」
思い切り語りたそうなキュールさんに逆らうのはとても面倒臭そうなので、ここは素直に彼女にご教授賜ろう。
それに特殊性って聞くと、やっぱり興味出ちゃうしさ。
以前リーチェを迎えに始黒門に行った時のことを考えると、目的地まではまだ10数分は歩かないといけないはずだ。
キュールさんのお話はその間のいい暇潰しになるだろ。
「始まりの黒の特殊性は色々あるけれど……。やはり特筆すべきは、現在確認済みのアウターの中では最も新しく発生したアウターという点だろうね! しかも発生した時期と原因がほぼ判明しているアウターなんて他には無いんだっ!」
「へ? 始まりの黒って発生したのは455年前辺りなんだろ? それ以降新しいアウターは一切発生してないわけ?」
「その通りだ! 時期までしっかり把握しているとは、流石は組織の方のレガリアを壊滅させただけはあるねっ」
「……!?」
キュールさんは大袈裟に頷いて感心してくれているが、正直こっちはそれどころじゃない。
この人、組織レガリアの存在を知っているだけじゃなく、俺がノーリッテを滅ぼしたことまで知っているのか?
スペルド王国宰相のゴブトゴさんすら知らなかった組織レガリアを、他国の人間が何故知ってる?
「そもそもアウターというのがどんな存在なのか、未だに分かっている事は殆ど無いのだけどね? こことは異なる世界から魔力を取り込み、その魔力を用いて魔物やドロップアイテムを生み出す存在。その程度の認識なんだよ」
「ちょっと待ってキュールさん。始まりの黒の解説の前に教えて欲しい。何で貴女は組織レガリアのことを知っている?」
キュールさんの言葉を遮って、レガリアとの関わりを彼女に問う。
気持ちよく喋っていたのを邪魔されて気分を害したのか、少し不満気な表情を浮かべるキュールさんだったけど、悪いがそんなものに構っていられない。敵か味方かも分からない相手との情報交換なんて危険すぎる。
「何で貴女は俺がアイツらを壊滅させたことを……、そしてそもそもの話なんだけど、どうして俺が神器を持っていると知っているんだ?」
「はぁ~……。詰まらない問いかけだけれど、君の立場なら当然の疑問か。出来れば後回しにしたいところだけど仕方ないね、説明しようじゃないか」
面白く無さそうに肩を落すキュールさんだけど、一応後で説明してくれるつもりではあったらしいね。
始まりの黒に入る許可は突発的にもらえたものだったし、本来すべき説明をすっ飛ばしてしまったのかな。
「先に断っておくけど、私もヴェルモート帝国も君達と敵対する気は一切無い。強引な手段を取っても勝てるとも思えないしね。だから私の話を聞いて突然敵対したりしないでくれると助かるよ」
「……随分と不穏な前置きするねぇ? 敵対するかどうかは話を聞いてみないと判断できないけど、一応キュールさん達が俺達に敵意を持っていないって事は頭に入れておくよ」
話を聞く前に迂闊に返答は出来ない。貴族連中は他人の揚げ足取りが得意なイメージあるしな。
勿論それで構わないよと、キュールさんは緊張した面持ちで話し始める。
「私はこの世界の過去を追いかけるのが好きでね。各地を回って様々な資料を読み漁っていたんだが、どうもスペルド王国建国の前後からおかしな記述が増えている事に気付いたんだ。その理由はここにいる人間ならみんな知っているだろうけど」
偽りの英雄譚の成立と、それを利用した組織レガリアの暗躍のことだな。
嘘を広めたいスペルディア、エルフェリアの人間と、真実を覆い隠して牙を抜いていきたい組織レガリアの目的が一致した為に起きた、なんとも皮肉な現象だよ。
「歴史の改竄と真実の隠蔽が行われたのならば、それは由々しき事態だと思った。だから私が秘密を暴き、真実を白日の下に晒そうと躍起になったんだが……。皮肉にもその私の行動がレガリアの目に留まってしまってね、スカウトされたんだよ」
「そりゃ確かに皮肉な話だけど……。歴史の改竄を暴こうとするキュールさんと、真実を覆い隠そうとする組織レガリア。両者は相容れない存在に思えるけれど、どうして歩み寄れたんだ?」
家族や友人を人質に取られたとか?
でもキュールさんはスカウトされたと言っている。活動の妨害や協力の強要をされたとは言っていない。
つまり組織レガリアにとって、キュールさんは必要な人材だと判断されたというわけだ。でも、その理由はなんだろう?
そして歴史の改竄を暴こうと思っていたキュールさんが、その改竄を行なっていた組織レガリアに組することを決意した理由って?
「単純な話さ。互いの利益が一致したんだよ。互いが相容れない存在であると知っていながらも、自分の求めるものを手に入れるために私達は手を取り合ったのさ……」
過去を懐かしむように静かに語るキュールさん。
長年各地を巡って古い資料を漁り、偽りの英雄譚の存在に気付いたキュールさん。
若く純粋な歴史好きだった当時の彼女は、単純な正義感に燃えて歴史の改竄の調査に乗り出した。
しかし彼女の調査はそこからなかなか進展することはなかった。
けど、そんなの当たり前だ。古くて巨大な組織が歴史の裏で暗躍し続けていたのだから。
若くて未熟な個人でしかなかったキュールさんの歴史研究は、完全に行き詰まってしまった。
しかし、そんなキュールさんに転機が訪れる。
歴史を改竄している張本人であるはずの組織レガリアから、ある日スカウトされたのだ。
レガリアからすれば、たった1人で真実を暴こうとしているキュールさんの存在は取るに足らないものだっただろうし、なによりも建国当時生きていたエルフたちがキュールさんの調査結果を否定すればそれでお終いだ。
キュールさんの活動に対して、レガリア側は何のリスクも感じていなかったことだろう。
キュールさんの方も歴史研究に行き詰っていたところに、改竄前の資料が多く残っていると思われる組織レガリアへの加入は非常に魅力的に映った。
世界中を巡っても成果の上がらない歴史研究に見切りをつけた彼女は、あえてレガリアに所属して真実の歴史を学ぶ決意をしたそうだ。
「私の加入を勧めたのは今代のメナスでね。あの人はイントルーダーの召喚の仕方を突き止めるように言ってきたんだ。結局召喚方法は最後まで分からなかったけれど、ね」
あ~ノーリッテかぁ……。
アイツだったらリスクとか何にも考えずに、歴史に詳しい奴がいたから自分の研究に参加させてしまえって感じで適当に決めてそうだわぁ……。
数年間組織レガリアに所属しながら、イントルーダーのことを中心に研究に協力してきたキュールさんだったけど、何年も成果の上がらない研究に先に根を上げたのはノーリッテの方だったようだ。
面倒臭いと言わんばかりに研究を放り投げてしまったノーリッテのせいで、キュールさんも組織レガリアに所属している理由は無くなった。
その時には既にレガリアに残されていた資料を粗方読み終えていたキュールさんは、これ幸いにとレガリアから距離を置いたそうだ。
「正直、口封じも覚悟していたんだけどね。メナスが私の勝手にすればいいと判断してくれたみたいでさ。おかげで一緒にいた年配の男も私に興味を無くしてくれてね、運よく殺されずに済んだってわけだよ」
ふぅん? ノーリッテらしいと言えばらしいのかな?
一緒にいた年配の男は、スペルディアでヴァルゴと対峙したっていう槍使いなんだろうか? 実質的に組織を率いていたとかいう。
「スペルド王国内の資料は粗方読み終えた自信があったし、なによりもレガリア側の気がいつ変わるか分かったものじゃない。なのでヴェルモート帝国へ移り住み、そこで運良く登用していただいたってわけさ」
「なるほど。組織レガリアとの関係と、俺達に敵意を持ってないって事は納得出来たよ」
組織に協力していたと言うよりは、ノーリッテの個人研究につき合わされていたって感じに聞こえるな。
スペルド王国に対しても特に思い入れは無さそうだ。キュールさんに王国を呪っている様子は無い。
ちらりと他のメンバーの顔を確認するも、みんなも特に思うところは無いようだった。キュールの話に嘘を感じた人は誰もいないか。
「じゃあ次は神器の話だ。どうしてキュールさんは俺が神器を持っていると知っていた? しかも数まで正確に」
「うむ、それも簡単だ。ダンさんが神器を持っている事は教えてもらったんだよ。……神様にね」
「…………っ」
先頭で聞き耳を立てているゴブトゴさんは何のことか分からなかったようだけど、俺達家族はキュールさんの言葉を正確に理解した。
神から齎される知識というフレーズは、エルフェリアでの決戦前にノーリッテからも告げられたから。
「……つまり、ヴェルモート帝国には最後のレガリア、識の水晶が存在していると?」
「その通り。流石はレガリアの現所有者なだけのことはあるよ。たったこれだけで識の水晶に思い至れるとはね」
意外とあっさり俺の言葉を肯定したキュールさん。
まぁ自分の方から匂わせてきたわけだし、元々教えてくれる予定の情報だったのかもしれない。
しかし、とうとう3つ目のレガリアまで俺に関わってきてしまったかぁ……。
手放したい手放したいって言っている間に、全部揃っちゃいそうな勢いだよぉ。
「識の水晶の現所有者が他のレガリアの所在を尋ねてみたところ、貴方が2つ所持している事が分かったんだ。納得してもらえたかな?」
「インベントリから殆ど取り出した覚えもないのにどうして知られてるのかと思ったけど……。神器レガリアの力なら隠し通すのは無理ってわけね。本当に厄介な力だなレガリアってさぁ」
防御不能の即死スキルを放つ始界の王笏。
扱いを間違えると全世界がアウターに沈む呼び水の鏡。
この2つのリスクを思えば、識の水晶にも何らかのリスク、もしくは代償が存在しているはずだ。
だけどそれにしたって、会ったことも見たことも無いはずの俺がインベントリに仕舞ってあるアイテムまで看破してくるあたり、使い方次第では1番厄介な代物かもしれないな、識の水晶って。
そして気になるのが、識の水晶の所有者が他のレガリアの所在を求めた理由だ。
額面通りに受け取るならば、識の水晶の所有者は他2つのレガリアも欲しがっているとしか思えないけど……。
「キュールさんは敵対の意志が無いみたいだけど、識の水晶の所有者はその限りでは無いの? レガリアの所在を確認したってことは、その人は俺の持ってる2つのレガリアも欲しがってるってことだよね?」
「その認識で構わない。識の水晶の所有者が君の持っている2つのレガリアを求めているのは間違いないからね。けれどあの人も本当に敵対する気は無いんだよ。君達と敵対する力が無いと自覚していらっしゃるからね」
敵対できないから敵対しない、ねぇ。
バルバロイ殿下やシャーロット殿下と同じ、合理的な理由だこと。
つまり俺達が無力そうであれば強引な手段を取ることも厭わなかったけれど、どうやっても単純な戦闘力では敵わないと判断して、別の角度から接触してきたわけか。
「今回私が君達にコンタクトを取ったのはそれが理由だよ。敵対は出来ないけど神器は欲しい。だからとりあえず対話するために私を顔繋ぎに使ったんだ」
「んー、そこでなんでキュールさんを挟む必要があるんだ? 敵対の意志が無くて対話を望むなら本人が来ればいいのに。俺達の人柄を信用できないって理由はあるかもしれないけど」
間にキュールさんを挟んだら二度手間じゃないかなぁ。
もしかして歴史好きのキュールさんがレガリアを見たくて強引に間に挟まったとか?
でも話した感じ、キュールさんはそこまで暴走するような人とも思えない。
「ダンさんの仰る通り用心の為だね。あの人もそれなりに戦えるだろうけど君達には遠く及ばない。こんな状況で識の水晶を持って人となりの分からない相手に会いにいくことなど出来ないさ。簡単に動けない人でもあるし」
キュールさんの話を聞いていると、識の水晶の所有者は社会的地位の高い人物のような印象を受けるな。
恐らくキュールさんは意図的に情報をボカしてはいるんだろうけど。
「考えてもみてくれ。もしもダンさんが神器を欲しがった場合、他の人にそれを防ぐ手立てはないんだ。だから面倒ではあっても、私という第三者に仲介を頼んだのは仕方のないことだと思うよ」
「あ~……」
既に2つの神器を所有している俺だからこそ、目の前に識の水晶の所有者が現れたら豹変してしまう可能性も考えられちゃうわけか。
言われてみれば、確かに警戒するなって方が無理だったね。
「その面倒に付き合わされる形になった君達には申し訳ないけどね。悪気は無いんだと理解してくれたらありがたいよ」
「敵対されないなら多少の面倒は気にしないよ。移動魔法だってあるしさ」
「そう言ってもらえると助かる……っと、残念ながら話はここまでのようだ。続きはまた後で」
会話を打ち切ったキュールさんの視線に釣られて前方に目を向けると、既に始黒門の前に到着していたようだ。
俺とキュールさんの会話が途切れたところを見計らってゴブトゴさんがステータスプレートを認証し、大きな音を立てて開いていく巨大な門。
さぁて、今回は見学することしか出来ないけれど、いったいどんな場所なんだろうね。
少しワクワクした気持ちを自覚しながら、先頭を歩くゴブトゴさんの背中を追って歩を進めるのだった。