004 バトルシステム
「フロイさん。俺に戦い方を教えてくれないかな?」
ステイルークに向かう途中、何度目かの魔物の襲撃が終わった後、思い切ってフロイさんにお願いしてみた。
敬語はやめろと言われたのでタメ口だ。
「あ~……。村人のまんまじゃ戦い方を覚える意味があるとは思えないが、それでもまともな働き口も期待できないなら魔物を狩るしかない、か……」
断られる可能性が高いとダメで元々頼んでみたところ、意外とフロイさんは真剣に考えてくれたようだ。
守ってもらえるのはありがたいけれど、一生面倒を見てもらえるわけでもない。
守ってもらえているこの2日間をただ黙って過ごすのは勿体無さ過ぎるから、守られている間に身を守る術を学びたいところだ。
「ステイルークへの到着を遅らせるわけにはいかねぇから実戦は無し。休憩の時に剣の振り方を教えるくらいなら、ってとこか」
なんだかんだで俺を心配してくれているフロイさん。
ここは彼の厚意に甘えて、戦い方を教えてもらおうと思う。
「うん。それで構わないよ。ありがとう」
本当は護衛の人たちが居るうちに実戦を経験してみたかったんだけれど、俺のわがままで皆さんに迷惑をかけるわけにもいかない。
武器の取り扱いを教えてもらえるだけでもありがたいと思わないとね。
それにしてもこの世界。
地球の常識が全然通用しなくて驚くことが多い。
まず、魔物は死ぬと煙のように消えて、魔物の死体が残らないのだ。
死体が残らない代わりに、その魔物に対応したアイテムがドロップする。
いやぁ……解体しろと言われたって困るんだけどさぁ。
だからと言って、このゲーム的ドロップシステムはありなんだろうかと、毎度目を疑いたくなる光景だよ。
そして魔物との戦闘は、なんとHP制が採用されている模様。
可視化されてないので正確にはHP制(仮)なんだけど。
護衛の人が魔物の首を一刀で切り捨てたとしても、HPを削りきれなければ首はくっついたままだ。
HPが残っている限り部位の欠損が起こらず、与えたダメージは『ダメージ』という概念で体全体に衝撃として伝わるらしい。
これはどういうことかと言うと、気付かれないように近付いて急所をひと突き、のような戦法が取れないことを意味する。
要するに、暗殺等のズルが出来ない。
魔物と戦う場合には、狙う部分は急所でなくても構わない。
装甲として認識されている部分でなければ、どこを切りつけても相手に伝わるダメージは変わらないらしいのだ。
そしてHPが0になって初めて、魔物を絶命させることができるようになるらしい。
分かりやすくイメージするなら、HPは装甲みたいなものなのかな?
これは魔物だけではなく人間側も同じで、戦闘で部位欠損する心配はないが、HPが尽きたらあっさり殺されるんだそうだ。
マジでゲームみたいな仕様だな。
いや、最近では部位によるダメージ差があるゲームも多い。
ゲームより大雑把な戦闘システムってどうなのよ?
「魔物は確かに怖ぇけどよ。本当に怖いのは人間が相手の時なんだ」
そして非常に重要な要素なのだが、このバトルシステムが適用されるのは人間vs魔物の場合に限るらしい。
つまり対人戦だとHPは適用されず、普通に即死してしまうのだ。
このチグハグなシステムのせいで、歴戦の兵士が盗賊に簡単に殺されてしまう事も少なくなく、盗賊なんかの犯罪者に身を落とす者が後を絶たないらしい。
断魔の煌きのような一流と呼ばれる戦士達は対人技術も疎かにしてないらしいけど、魔物との戦闘に慣れ始め、装備品にお金をかけ始める中堅クラスが盗賊に殺されるケースが凄く多いそうだ。
「結局のところ、相手が魔物だろうが人間だろうが攻撃を受けなきゃいいだけの話なんだよ。防御が無駄とは言わねぇが基本は回避だ。下手に受けると状態異常になることだってあるからな」
フロイさん。当たらなきゃセーフって理論は力技過ぎて参考にならないよ?
教えてもらってる立場で文句は言えないけどさぁ。
でも、バトルシステムの変な仕様は常に意識しておかないといけないだろうね。
この国最強と呼ばれる断魔の煌きのメンバーでさえ、不意を突かれれば即死してしまうのだから。
「それと意外と多いのが、家畜だったり野生動物だったりっつう、要するに魔物じゃない生き物に殺される事故だな。能力的には魔物の方が圧倒的に上だが、事故が多いのは動物のほうなんだよ」
「なるほど。魔物と野生動物は明確に違うんだね」
魔物じゃないから、野生動物にもHP制のバトルシステムが適用されないと。
というか、魔物の闊歩する世界でも野生動物って普通に生存しているんだね。
「厄介なのが、魔物にも動物にも似たような姿がいる奴らなんだよなぁ。狼だったりイノシシだったり蛇だったりな」
「うぇぇ……。見た目じゃ判断出来ないんだ?」
「慣れた魔物狩りなら判断できるだろうが、駆け出しの魔物狩りや初見の場合はかなり難しいぜ。魔物だと思って攻撃を受けたら喉笛を噛み千切られたー、なんて事故はいくらでもあるからな」
魔物との戦闘では怪我をしにくいバトルシステムを利用して、あえて攻撃を受けつつ反撃を行なうといった戦法も無くはないらしい。
けどそれをやった相手が魔物じゃなくて、そのままご臨終と……。
弱い魔物を捕食する野生動物なんかもいるそうだ。
こえーよっ、この世界!
「じゃあさっ。ステイルーク周辺で、俺1人でも狩れる魔物っているかな?」
「何の装備も無い村人1人で、ってことだとかなり厳しいぜぇ? 最低限武器だけでも用意できなきゃ魔物狩りは無理だと思うんだな」
「武器は必須か。了解」
俺だって素手で魔物と戦いたくないしな。
まずは素直に武器の調達を目指そう。
でも村人のままだと仕事もままならないって言うし、助成金で武器が用意できなかったらどうやってお金を稼げばいいんだろうなぁ……。
「ステイルーク周辺で弱いって言やぁキューブスライムとかホワイトラビット辺りだが、どっちもそれなりにリスクはある。油断はするなよ」
「キューブスライム。それにホワイトラビットね」
ステイルーク警備隊に所属しているだけあって、フロイさんは周辺の魔物に関して詳しそうだ。
俺だってリスクを無視したくないけど、仕事に就けそうもないならやるしかない。
「安全を優先するなら、タフだが攻撃力の低いキューブスライムだ。儲けも少ないがな」
「儲けは少ないけど、比較的安全なキューブスライム……」
「ホワイトラビットは動きが早くて、その速度を活かした突進の威力は侮れないところがある。その代わり体力が低くて、ある程度戦闘に慣れた奴なら1撃で倒せる程度の魔物だぜ」
「そして、危険な代わりに効率よく稼げるホワイトラビットかぁ……」
ある程度戦闘に慣れた奴なら……かぁ。つまり俺が相手するには荷が重そうだ。
ということで、武器を調達できたらまずはキューブスライムを狙おう。
「あ、そう言えば仕事ってどうやって探せばいいの? あと魔物のドロップアイテムとかの売却先も知りたいんだけど」
「職業ごとにギルドが存在してるから、各種ギルドから仕事を斡旋される場合が多いな。あ、村人のギルドは無ぇぞ?」
職業ごとに個別ギルドがあるんだ?
それだとめっちゃスペース食うんじゃないかって心配になるのは、俺が日本人だからなのかなぁ?
「職業を問わない仕事は総合斡旋所で募集される場合が多い。単純労働とか荷運びとか、街の掃除や雑用だったり、特殊な技能や戦闘力が必要ない仕事だな」
基本は各種ギルドから職業毎に仕事を割り振られるんだけど、どんな職業の人でもこなせるような仕事はギルドとは別の場所で紹介されるってことか。
総合斡旋所ね。俺がお世話になるべきはそこかな?
「だけどそういった仕事ですら、村人は避けられるかも分からねぇ。身体能力が低いからな、村人は」
「ぐっ……」
しかしここで足枷になるのは、俺が村人であるという事実か。
まさかのステータス補正なしだもんなぁ。そりゃ避けられても仕方ない。
事前に分かってれば俺だって多分避けるわ。
「魔物のドロップアイテムは、冒険者ギルドに持っていけば大体買い取ってくれると思うぜ。少なくとも適切な卸先の案内くらいはしてくれるはずだ」
ぼぼぼ、冒険者ギルドきたーーー!
異世界! テンプレ! 冒険者ギルドーっ!
「冒険者ギルドはちょっと特殊でな。戦闘職の総合ギルドみたいな扱いになってんだ。冒険者の数が少ないってのもあるんだろうが、迷ったらとりあえず冒険者ギルドに顔を出しゃあいいはずだ」
ああ、冒険者っていう職業もあるのか。
冒険者を生業に活動している者が利用する場所じゃなくて、あくまでジョブ的な意味の冒険者のギルドなのね。
よくある冒険者証発行的な手続きも、ステータスプレートがあるから必要無いのね。
職業ごとにギルドがあるのは少し面倒臭そうだけど、職業設定のある俺が各種ギルドのお世話になる事はないのかなぁ?
記憶喪失とフロイさんの面倒見の良さ、移動中退屈なことを利用して気になることをどんどん聞いていく。
ステータスプレートのことさえ覚えていない俺が何を聞いても、フロイさんは不審がらずに答えてくれた。
「この国の通貨は銅貨、銀貨、金貨、王金貨の4種類だ。単位はリーフ。銅貨1枚1リーフってな」
まずはこの世界の貨幣について聞いてみる。
流通しているのは硬貨4種類ね。紙幣が無いと嵩張りそうだなぁ。
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚で王金貨1枚と同じ価値があるそうだ。
100枚で上の硬貨1枚と同じ価値になるわけだ。これは分かりやすい。
転移ボーナスCの金貨1万枚スタートっていうのは、この国に流通している最も高価な貨幣である王金貨を100枚持った状態でスタートするってことかぁ。
所持金がリーフにして1億。更には初期職業も村人ではなく豪商だっけ。
相当な好条件だったんだな……。今更だけどさ。
休憩の時は剣を習い、魔物の襲撃の時は戦闘を観察した。
素人の俺が見ても警備隊の人達の動きは参考に出来そうもないけど、魔物との戦闘の雰囲気に慣れたかった。
移動中はフロイさんだけではなく、俺と一緒に救助された人たちとも積極的に話して交流する。
少しでも情報を得たいってのもあるけど、仲良くなったら村人の俺とも一緒に仕事をしてくれる人が出るかもしれないしね?
出来る事は少ないけれど、出来る限りのことをしてステイルークまでの時間を過ごした。
そんなもんだから、ステイルークに到着する頃にはすっかりクタクタに疲れ果ててしまっていた。
「皆さんお疲れ様でした。間もなくステイルークに到着します」
目的地が近いことを感じ取ったフロイさんが、仕事用の事務的な口調でステイルークへの到着を告げる。
「我々はこのまま開拓村に引き返しますが、皆さんは馬車に乗ったままでお待ちください。引き継いだ者が宿まで案内してくれますので」
馬車に揺られて丸2日。ようやく目的の街に到着するようだ。
けれど街に入るのは俺達だけで、フロイさんたちは街に入らずすぐに開拓村に戻るらしい。
ブ、ブラック過ぎません……? 死ぬ危険だってあるだろうに……。
「休憩も無しにすぐ戻るの? キツくない?」
「はは。確かに多少キツい日程ではあるけど、非戦闘員を護衛しながらの移動に比べりゃ楽でもあんだよ。向こうに合流しちまえば大人数での現場になるから危険性もねぇしよ」
心配すんなと笑顔を見せてくれるフロイさん。
そっか。むしろ俺達の護送のほうが面倒で危険だったのね。
それにもうフレイムロードも討伐済みって話だし、人が多ければ危険もないのか。
「むしろ俺よりダンのほうが心配で仕方ねぇよ。俺がステイルークに戻る前にくたばんじゃねぇぞ?」
「縁起でもないこと言わないでよぉ。不安しかないんだからさぁ」
本気なのか冗談なのか分からないフロイさん。
なら当面の目標は、この人との再会って事にでもしておくかぁ。
街に到着すると、俺たちの乗っている馬車の操縦を街にいた警備隊員? が引き継ぎ、フロイさんを含めた6名の護衛の人たちは、小型の馬車に乗り換えてすっ飛んで戻っていった。
慌しいお別れだったけど、非常時だから仕方ないか。
俺たちの保護を引き継いだ兵士さんの1人が、説明のために馬車に入ってきた。
「宿と食事を用意してありますので、まずは1度ゆっくりとお休みください」
見た目はフロイさんと変わらず清潔感は余り無いけど、口調だけは本当に丁寧だ。
街の警備隊って、どこもこんなにしっかり教育が行き届いているのかな?
「日が落ちる頃に担当の者が宿に顔を出しますので、皆さんの今後の話……仕事や助成金の話などをさせていただくことになると思います」
お、助成金だけじゃなくて仕事の相談にも乗ってくれるのか。
金だけ出して支援終わり、なんて薄情な話じゃなくて助かった。大いに活用させてもらおう。
「それまではなにも考えずに、少しでも心と体を休めてください」
優しげな口調で説明を終えると、説明してくれた男は馬車の外に出ていった。
俺達が休みやすい様に気を使ってくれたのかもしれない。
確かに疲労困憊の状態じゃ落ち着いて話なんて出来ない。
だから話をする前に1度休めってことか。
馬車で案内された宿は、宿って言うか公民館みたいな場所で、どうやら大部屋に全員で雑魚寝する形になるようだ。
支援と言うにはちょっと雑な気がしなくもないけど、急遽用意した避難所と考えれば当然か。救助できる人数も不明だっただろうしね。
宿に用意されていた食事はお肉多めのシチューと固めのパンで、こちらのほうは意外にも悪くない味だった。
シチューの方はスパイスも塩味も充分で、パンも思ったよりは硬くない。
シチューと一緒に食べることを考えたら、ちょうどいいくらいだったかも。
食事が終わると疲労もあってか、自分でも気付かないうちに寝てしまった。
「……っと。やべっ、寝過ごし……てはいないか?」
目が覚めると、既に夕方近くのようだ。
慌てて周囲を確認したけど、担当者ってのはまだ来てないみたいかな? まだ寝てる人もちらほらいるね。
水を飲みながら自分を鑑定してみたけれど、特に成長している部分は無かった。経験値自動獲得-の効果は、本当に微々たるものなんだろうな。
レベルを上げるには、どうしたって魔物を倒さなきゃならないらしい。
「大変お待たせいたしました。それではこれより皆さんと今後の話をしていきたいと思います」
辺りが暗くなりかけた頃、被災者支援の担当だという人たちがなんと8人くらい顔を出した。
えっ、多くない?
どうやらフロイさんたち護衛の警備隊員がステイルークに向かう道中で俺たちの報告書を作成してくれていたらしく、事情を把握した人が世帯毎に個別で担当してくれるらしい。
思ったより支援が手厚い。ありがたく享受させていただこう。
俺の担当さんは、俺と同世代か少し年上に見える、細身で水色の髪をした綺麗な女性だった。
鑑定をしようと思ったけど、妙齢の女性の個人情報を抜く事になんとなく罪悪感があって躊躇ってしまった。
「ダンさんを担当させていただくラスティです。一応確認のために、ステータスプレートを拝見させてもらって良いですか?」
ラスティさんね。覚えたぞ。
美人さんだし担当さんだし、ラスティさんの名前は記憶に刻み込んでおこう。
ラスティさんにステータスプレートの提示を求められたので、馬車ですっかり暗記した呪文を詠唱しステータスプレートを手渡した。
「はい。ありがとうございます。……本当に村人なのですね」
既に報告を受けていたからだろう。俺が村人であることを知っても動揺は少なそうだ。
それでも信じられないといった様子は隠しきれていなかったけど。
「えっと……報告には、被害にあったショックで記憶に混乱が見られるとありましたが、今もまだ?」
「はい。開拓村が燃える前の記憶が一切ありません。一般的な常識も分からなくなってしまったみたいで……」
俺の言葉を聞きながら手元の書類に視線を落すラスティさん。
報告書との差異が無いか確認してるのかな?
「護衛の人にも相談に乗ってもらってましたけど、村人のままだと仕事をするのはやはり難しいでしょうか?」
俺の問いかけに、表情を引き締めながら俺に視線を向けるラスティさん。
「……気休めを言っても仕方ないのではっきりと言いますが、やはり厳しいかと思います」
かなり気を使った口調だったけれど、それでもきっぱりと断言するラスティさん。
支援を担当してくれる人がこんな様子では、村人のままで仕事をするのは厳しいどころか不可能って認識なのかもしれない。
「斡旋所の方には今回の難民の方に優先して仕事を回すように通達されているはずですが……、いくら優先するといっても、仕事に必要な水準に満たない者を雇えとは言えません」
村人って、最低水準にすら満たない存在だという認識なのか。難民であっても融通してもらえないくらい役に立たないと。
とにかくまずは転職をしなければ、普通の仕事は任せてもらえないらしい。
「この年齢で村人のダンさんが斡旋所で仕事を得るのは……、正直言ってかなり厳しいでしょう」
容赦ねぇなこの人! 俺のことをはっきりと、仕事に必要な水準に満たない者扱いしてくれちゃったよ!
聞こえのいい言葉を並べられて、いざ斡旋所に行ったら話が違う! ってなるよりはマシだけどさぁ。
「今回の襲撃に対して特別予算が組まれているのですが、残念なことに想定していたよりも生存者の数がずっと少なくて……。その分生存者の皆さんに回せる額は少し増やせると思います」
言い辛そうな様子のラスティさん。
生存者が少なかったから貰える額が増えるのか……。
余裕が無いから受け取るしかないけど、なんだかなぁ……。
「具体的には、1人あたり金貨10枚前後になるかと思います。支援らしい支援が出来なくて恐縮なのですが、それを元手になんとか生活の基盤を築いていただければと……」
申し訳なさそうに語るラスティさん。
俺の置かれている状況を正しく把握した上で、俺のことを純粋に心配してくれているようだ。
金貨10枚、10万リーフかぁ。
この世界の物価が分からないから、充分な額なのかどうかは分からないよぉ。
だが少なくとも、定職に就けなければどんな大金もいずれ無くなる。
支援金のことよりも収入のアテを確認しなければ。
「俺がここで雇ってもらうのは難しいのは理解しました。では収入を得る為に、俺にはどのような手段が取れると思いますか?」
はっきり俺を無能扱いしたラスティさんにアイディアを募る。
この人なら変に耳障りの良いことは言わないだろう。
「記憶が戻らないこともありますが、俺にはあまり良い案が浮かばなくて。今のところ、戴いたお金で装備を整え魔物を狩って生計を立てる、くらいしか思いつかないんです」
戦闘どころか、まともに運動もしてこなかったのが悔やまれるよ、本当に。
俺の問いかけに対し、ラスティさんは本当に小さく息を吐いた。
観念したような、覚悟を決めたような、そんな小さなため息の後、静かに口を開くラスティさん。
「……本当は危険なのでお勧めしたくないんですが、正直言えば私もその案しかないと思っています。村人から転職さえ出来れば、斡旋所でも仕事を回してもらえるはずですが」
村人って子供くらいしかいなかったもんなぁ。無能の代名詞みたいになっちゃってない?
フロイさんも、今までどんな生活してたんだよ? って言ってたし……。
この年までに殆どの人間が転職しているのが普通のため、現在村人の俺は転職に失敗した人間だという認識なのだろう。
ラスティさんは転職を勧めてくる気配もなかった。
「助成金を使って装備を整え、転職を目指して魔物を狩る。出来ればお勧めしたくないのですが、私も他には思いつきません」
生存者の支援をしてくれる人がこう言う以上、恐らく本当に他に手段はないんだろうなぁ。
元手となる資金。頼れる友人知人。圧倒的な戦闘能力。
どれか1つでも持っていれば話は変わってくるのにぃ。
「ま、仕方ないですね。フロイさんにも相談してましたし、覚悟はしてましたよ。はぁ~……」
覚悟、決めるしかないかぁ。
俺なんかがどこまで戦えるか分かったものじゃないけど、他に方法が無いんじゃ仕方ない。
ここから思考を切り替えて、魔物を狩ることを前提にラスティさんに相談していく。
「それじゃ装備品を用意する方法と、転職する方法を教えてもらえますか? あとキューブスライムとホワイトラビットの生息地も知りたいです」
死体が残らない、解体もしなくていい世界なんだ。命のやり取りのハードルは比較的低いはず。
生き延びる為なら魔物くらい狩ってやる……!
俺の質問を手元の書類にスラスラとメモしているラスティさん。
「武器屋、防具店の場所。それとキューブスライムとホワイトラビットの生息地ですね、分かりました。あとで簡単な地図をご用意します」
支援してくれると言うだけあって、こっちの要望にはすぐに応えてくれるようだ。
お先真っ暗だけど、支援が受けられるのは心強いね。
「転職の仕方は簡単で、転職したい職業のギルドに行けば儀式を受けることが出来ます。村人の場合は無料、村人以外の職業からの転職の場合は金貨3枚が必要となりますので、ご注意ください」
1度の転職で金貨3枚もするのか。
被災支援金が金貨10枚ってことを考えると、安い値段じゃなさそうだ。
幸いというべきか、俺は鑑定によって転職可能なタイミングを確認できるからな。無駄金を使う心配はない。
「また、村人の場合は転職手続きの利用料は無料ではありますが、1度利用したギルドを再度利用する際には正規の料金が必要となります」
2回目からは有料っていうシステムは、考え無しにギルドを利用する人間に対する措置なんだろうなぁ。
「その年齢で村人であるダンさんは、以前に転職に失敗した可能性も否定できません。転職を行なう際は良く考えてから行動してくださいね」
「了解です。記憶が無くても記録は残っているというわけですね。気をつけます」
異世界転移した俺には転職に失敗した経験なんて無いけど、そもそも転職できる状態じゃないからな。
ラスティさんの忠告を素直に受け入れるとしよう。
転職に関する話を終えたけど、補足ですがと付け加えてくれるラスティさん。
「転職の際にギルドへの入会を選択できますが、入会するかどうかは完全に個人の自由です。登録料や利用料などが必要になりますので、興味がある場合はギルド員に問い合わせてみてくださいね」
ふぅむ。各種ギルドは職業に合った仕事を斡旋してくれるんだっけ?
今の俺には魅力的に感じるけど、利用するためにお金がかかるんじゃ近づけないかな?
「ただし、同時期に複数のギルドに所属するのは違法行為として罰せられます。所属ギルドを変える場合は、必ず所属しているギルドの退会処理を済ませてからにしてください」
「なるほど。丁寧な説明ありがとうございます」
ん~と、通常転職する場合は必ずどこかのギルドを利用しなきゃいけなくて、複数のギルドに同時に所属することは禁止されていると。
でも俺の場合は自力で転職が可能だから、1つのギルドに所属するメリットはあまり無いような気がするなぁ。
「済みません。各種ギルドに所属するメリットってなんなんでしょう?」
「1番のメリットは職業に見合った仕事の斡旋です。それと職業についての情報交換、ギルドによっては素材の融通であったりとか、所属するメリットは小さくないと思いますよ」
村人のままでどこかのギルドに所属する意味はありませんけどね、とひと言余計なラスティさん。
要するに、何を目指すにしても、まずは転職を成功させないと始まらないわけだ。
なるほど。分かりやすい。
ラスティさんにステイルークの各種施設の簡単な案内や、魔物狩りについて分かる範囲で教えてもらった。
状況は良くないけどやる事は明確だ。頑張ろう。