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【全年齢版】異世界イチャラブ冒険譚  作者: りっち
5章 王国に潜む悪意4 戦いの後
375/637

375 継承

「ようこそいらっしゃいました。今日は是非楽しんでいってくださいね」



 シルヴァの当主就任お披露目パーティの翌日。


 ヴァルハールの領主邸で、笑顔のシルヴァが迎えてくれた。



「ふははーっ! 昨日のお堅い席と違って、今日はみんな一緒で嬉しいのじゃーっ」


「こらフラッタ。今日はディアの弔いもあるのですから、あまりはしゃぎ過ぎては駄目ですよ。尤も、ディアなら笑顔の貴女を見たがるでしょうけどね」



 家族と一緒なのではしゃぐフラッタと、そのフラッタを見てやれやれと苦笑するラトリア。



 昨日が公的な行事だったのに対し、今日は身内向けのささやかなパーティが行われる。


 今日の参加者は竜爵家の家族とその使用人、そして俺とその家族みんなだ。



「うう~……。代理の皆さんを信用していないわけじゃないんですけど……。こういう場で働かないのは落ち着きませんよ~……」


「今日はルーナ家の全員でお祝いする席だからね。それでなくてもエマは俺を通してフラッタとラトリアと家族になってるんだから、家族として堂々と参加して欲しいなー」



 使用人としての意識が抜けずに縮こまるエマを、よしよしなでなでしてあげる。



 今日のパーティの間は竜爵家で保護している元違法奴隷の竜人族達が日常業務を代行してくれる事になったので、以前からルーナ家に仕えていた使用人達も可能な限り参加してもらい、竜爵家の明るい未来を共に喜び合った。


 支配からの喪心状態を経験してもルーナ竜爵家を離れなかったこの人達こそ、シルヴァの当主就任を心から喜んでいるようだった。



 あの時はありがとうございましたと、代わる代わる改めてお礼を告げられるのだけは若干恥ずかしいけどね……。



「義姉上たちも昨日はお疲れ様なのじゃーっ! 今日は細かい礼節なんぞ忘れて気楽に楽しんで欲しいのじゃーっ!」



 俺達とはあまり交流の無いシルヴァの奥さんたちも、笑顔のフラッタに話しかけられて肩の力を抜いている。



 フラッタによるとシルヴァと5人の奥さん達との仲も良好で、5人の妻と共にシルヴァは無事好色家を得ることが出来たようだった。


 これで竜爵家と竜人族の将来は安泰だと思う。



「先代の剣がシルヴァが、私の双剣はフラッタが継いでくれましたからね。貴女達はまずは心と体を休ませ、ゆっくりとヴァルハールでの暮らしを楽しんでくれればいいですよー」


「は、はい……! お気遣いありがとうございますお義母様」



 ラトリアとエマの2人とシルヴァの奥さん達も仲が良さそうで、楽しげに話しているように見える。


 パーティに参加したみんな、眩しいくらいの笑顔だった。



 フラッタとラトリアの身内になるという事で、うちの家族は積極的にシルヴァの奥さんと交流しているみたいだ。



「ダンさん。パーティを楽しんでくれていますか?」


「あれ、シルヴァ?」



 笑顔のみんなを眺めながら適当に料理を摘んでいると、放置された旦那同士で何かシンパシーを感じたのか、シルヴァが話しかけてきた。



「心配しなくても楽しんでるよ。そっちも夫婦仲が良さそうで何よりだ」


「奈落に幽閉された僕や妻がこんなに穏やかで幸福な日々を過ごせるなんて、夢にも思いませんでした。改めてお礼を言わせください。本当にありがとうございました」



 今日この日を迎えられたお礼を告げられたあと、最近のヴァルハールについて雑談する。



「魔人族とエルフ族をヴァルハールに送ってもらえたのは幸運でしたよ。彼らの戦闘力の高さは予想以上でしたからね」


「エルフは長いこと魔物と戦ってきた経験があるし、魔人族たちの技量なんか異常だったでしょ?」


「ええ。技量でも職業浸透数でも、竜人族は彼らに遠く及びませんでした。おかげでヴァルハールに長く蔓延していた選民思想を払拭する、良いきっかけになりました」



 今の竜人族が他種族に及ばないと、嬉しそうに語るシルヴァ。



 ノーリッテの話では個人の武を追求する道を選んだという竜人族だけど、実際に戦闘技術を磨いている竜人族はそんなに多くない。


 竜爵家を筆頭に、各街の領主を任せられている幾つかの貴族家が腕を磨いているそうで、一般の竜人族は優れた身体能力に胡坐をかいて研鑽を怠る者が多いのだとか。


 それゆえに、身体能力で劣る他種族の戦闘力で負けるのは、ヴァルハールの住人たちにとって小さくない衝撃だったようだ。



 今までのスペルド王国の常識だと、竜人族との身体能力差を覆すほどの職業浸透は一般的じゃなかったからなぁ。


 でも今後は種族の基本スペックなんて、大した差じゃなくなっていくだろう。



「自分たちより格上の相手が現れたタイミングで、自分たちも強くなれる方法が示されたんです。今のヴァルハールは活気に満ち溢れてますよっ」



 どうやら魔法使いの転職条件が一般層にも開示されたことで、竜化で魔力枯渇を起こした経験者の多い竜人族たちは、挙って魔法使いに転職したらしい。


 それに加えて魔玉を用いた浸透の目安、そして探索魔法士の存在が広まりつつあり、竜王のカタコンベの攻略速度が飛躍的に上がっているのだそうだ。



「僕自身も探索魔法は試してみましたが……本当に衝撃でしたよ。今まで探索魔法無しでアウターに潜っていた自分が馬鹿馬鹿しく感じるほどに、アウターでの活動には探索魔法が必須であると痛感しましたね……」


「知られてなかったんだから仕方ないよ。でもこれからは常識になるだろうね。アルフェッカかクラメトーラへの中継都市のどっちかに、各種魔法士の転職魔法陣を用意するつもりだし」



 アルフェッカは魔人族の玄関口として想定しているし、あまりスペルドの人間が殺到するようなことは避けるべきかな?


 となれば中継都市の方に転職魔法陣を用意すればいいだろう。クラメトーラへの道中が賑えば物資輸送も捗る気がするし。



「それとシルヴァ。お前達夫婦は全員が好色家を得られたみたいだから、なるべく早く転職した方がいいよ。竜人族に最も必要な病気耐性が得られるからね」


「……はは。妻に思ってもらえていると分かるのは、こんなに嬉しいものなんですね……」



 夫婦揃って好色家を得られたと聞いたシルヴァが、安心したように胸を撫で下ろしている。


 お前、天にニ物も三物も与えられたようなイケメン貴族の癖に、妻に嫌われる心配なんかしてんじゃないよ。



「ただ、転職魔法陣の設置は迷ってるんだよねぇ……。好色家に転職出来ないことが家庭内トラブルに繋がりそうでさぁ~……」


「……考えただけでも恐ろしいですね。転職に失敗したら、それがきっかけで家庭崩壊を起こしてもおかしくなさそうです」



 シルヴァが難色を示すように、心から想い合っている男女が3人以上で愛し合うって、結構ハードルが高いと思うんだよ。


 仮に男女間で転職に成功した人と失敗した人に分かれたりしてしまったら、物凄い修羅場になりそうで怖いわぁ……。



「なんて、僕達はダンさんが確認してくれるから問題ないですけどね。今の職業の浸透が済んだらみんなでフォアーク神殿にいくことにしますよ」


「だね。なれるならさっさとなるべきだよ。奥さんたちも長らく苛酷な環境での生活を強いられていたわけだしさ」



 いくら頑強な竜人族とは言え、劣悪な環境での長期間の監禁生活で免疫機能も低下しているはずだ。


 ただでさえ短命な竜人族が更に寿命を削る前に、好色家先生の病気耐性を獲得しておくべきなんだよねー。



 それに、好色家は精力増進と病気耐性に目を奪われがちだけど、全職業中最大の持久力補正は強力無比のひと言に尽きる。



 何をしても疲労が残らず、1日の活動時間が飛躍的に伸びるからね。


 日常生活においても魔物狩りにおいても、そしてエロ方面においても最高に優秀な職業だったりするのだ。



 フォアーク神殿でのランダム転職も、転職可能な職業を強く意識することでコントロールできることをリーチェが証明してくれた。


 鑑定が無ければギャンブルだけど、好色家を得ているのが分かった上でフォアーク神殿を利用すれば、まず間違いなく好色家に転職することが出来るだろう。



 シルヴァは妻と母と妹が仲良く笑い合っているのを、眩しそうにして眺めている。



「パーティメンバーと父を喪ってしまったのは辛いですが……。竜人族とルーナ家の将来はとても明るいものとなってくれると確信しています。このあと父にも良い報告が出来そうでホッとしてますよ」



 今回シルヴァがルーナ竜爵家の当主を継いだことで、ゴルディアさんの死も公のこととなった。



 しかし、家族を守って散ったゴルディアさんは勇敢な戦士として称えられ、昨日のお披露目パーティの席では沢山の杯がゴルディアさんに捧げられたそうだ。


 散った戦士を悲しむことなく称えるのが、短命である竜人族の死生観らしい。



「ゴルディアさんへの報告なら、俺の方が怒られそうで不安だけどねぇ……」



 ゴルディアさんの話が出たことで、自然とこのあとの弔いのことが頭をよぎる。



 遺体も装備品も残らなかったゴルディアさんだけど、彼にお墓は用意されないらしい。


 これもまた短命で脳筋な竜人族の死生観の1つで、戦場で散った英霊の魂は、墓石ではなく遺された者の心に刻んで生きろ、ということなんだそうだ。



 他の種族よりも短命で、戦闘力が高いゆえに戦地に赴く者が多かった竜人族は、死者を祀るのではなく生者の糧とする弔い方を選んだということなのかもしれない。



「シルヴァ様。ダンさん。そろそろお時間です。出かける準備を」


「っと、もうそんな時間か」



 シルヴァと一緒にフラッタたちを眺めていると、エマが呼びに来てくれた。


 これからルーナ家の家族とその使用人、そこに俺を含めたメンバーが竜王のカタコンベに向かう事になっている。



 脳筋のルーナ竜爵家は、ゴルディアさんの弔いをアウターの最深部で行う事にしてしまったのだ。


 戦士として散ったゴルディアさんの魂は、竜王と共にカタコンベに眠っているはずだから、と。



 アウターに魂が囚われると信じるエルフ族と、戦士の魂はアウターに還ると信じる竜人族の死生観が真逆なのが少し面白い。



「ダン。フラッタ。いってらっしゃいなのっ。留守番は任せていいからねーっ」


「いってくるのじゃーっ! 義姉上たちのこと、宜しく頼むのじゃーっ」



 ニーナとフラッタが、お互い両手をブンブンと振って出発の挨拶を交している。



 今回は竜爵家の使用人も全員竜王のカタコンベに潜るので、その間の留守番役は我が家の愛しい家族達だ。


 それに加えてシルヴァの奥さん達も今回の弔いへの参加は辞退したので、ヴァルゴやターニアに戦闘の手解きを受けながら家で待っているそうだ。



 自分たちは未だ保護された立場。当主の妻として紹介される資格は無いと先代の弔いを断る奥さんたちの姿は、既に脳筋ルーナ家にどっぷり使っている感じがしなくもない。


 ……まぁやる気があるのは良いことだろ、うん。



「みんなファミリアに加入してくれたかな? それじゃ行くよー」



 竜王のカタコンベ最深部までは、俺のポータルとアナザーポータルの移動魔法コンボで一気に転移してしまう。



 情緒もへったくれも無いけれど、竜王を倒してしまった俺とフラッタがいると竜王のカタコンベでは魔物は襲ってこないし、トラップも発動しないのだ。


 なので徒歩で移動する意味が全く無い。



「こ……ここが竜王のカタコンベの最深部、ですか……!」


「まさか自力では到達できなかったこの場所に、ゴルディア様の弔いで訪れる事になるなんて……」



 シルヴァは来たことがあるみたいだけれど、使用人の皆さんは最深部に到達したことはなかったようだ。


 物珍しそうに周囲を見渡しては、魔物が襲ってこない事に首を傾げている。



 魔物が襲って来ないのは最深部でも同じなんだよねー。


 初めて最深部に来た使用人の人も一緒に居るんだけど、俺達と一緒なら魔物は襲ってこないようだ。



 つまり今に限って言えば、竜王のカタコンベの最深部は外よりも安全な空間だったりする。



「……ディア。家族想いの貴方の魂は竜王と共にこのカタコンベに眠り、未来永劫ヴァルハールを見守ってくれていると信じています」



 察知スキルを発動して一応周囲を警戒している俺を余所に、ラトリアの言葉からゴルディアさんの弔いが始まる。



「今日は貴方が守り抜いた家族と一緒に、新たなソクトルーナ竜爵家の話をしに来たんですよ」



 魔物の出ない静かな空間に向かって語りかけるラトリア。


 戦いを神聖視している竜人族にとって、アウターもまた神聖な場所という認識なのかもしれない。魔人族もアウターを聖域として認識しているけどね。



「貴方に見せてあげられなかったのは残念だけど、シルヴァもフラッタも生涯の伴侶を見つけてくれたんです。貴方が守ってくれたおかげで、私の子供達は幸せになることが出来たんですよーっ」



 最近のヴァルハールのことを楽しそうに語るラトリア。


 その声は慈しみに満ちていて、ヴァルハールのことをゴルディアさんに報告できるのが嬉しくて堪らないみたいだね。



「……私だけじゃ、シルヴァもフラッタも守ってあげられなかったけど……。だけど2人とも、こんなに立派に成長してくれました。だからディアも安心して、ゆっくり休んでくださいね」



 労いの言葉を最後にラトリアが口を閉ざし、シルヴァがラトリアのあとに続いて語り始める。



「父上、今日まで母上と僕とフラッタを守り抜いてくださったこと、本当にありがとうございましたっ……!」



 アウターの最深部の何も無い空間に向かって、深々と頭を下げるシルヴァ。


 彼の滲んだ視線の先には、亡き父親の姿がハッキリと見えているかのようだ。



「偉大な戦士である貴方に及ぶべくもありませんが、僕なりに精一杯ヴァルハールと竜人族達を支えていこうと思います。これよりシルヴァ・ム・ソクトルーナは、竜爵家の当主として全力で励んで参りたいと思います。ですからどうか安心してお休みくださいね……」



 決意表明を終えて頭を上げたシルヴァは、強い覚悟に満ちた表情をしていた。


 その赤い瞳はもう滲んだりしていなかった。



「大好きな父上……。今まで本当にありがとうなのじゃ……」



 男の顔になったシルヴァが下がり、フラッタが静かに前に出る。



「……本音を言えば父上がいなくて寂しいし、父上を喪って悲しいし、父上を救えなくて悔しくて仕方が無いのじゃ。竜人族として恥ずべきことかもしれぬが……、どうか今日だけは父上の死を悲しませて欲しいのじゃ」



 悲しませて欲しいと語るフラッタは、言葉とは裏腹にすっきりとした表情をしている。



 恥ずべき事と知っていてなお、父の死を正面から受け止めると宣言するフラッタ。


 素直なフラッタが父の死を悲しむのは弱さではなく、自分の心に正直に向き合う強さゆえなのだろう。



「父上が育ててくれたおかげで妾はこんなにも幸せなのじゃ。父上が母上を守ってくれたおかげで、今のルーナ家には笑顔が溢れておるのじゃ。父上が居なくて寂しいし悲しいし悔しいけど……。フラッタ・ム・ソクトルーナはゴルディア・モーノ・ソクトルーナの娘であることを、生涯誇りに思うのじゃ」



 ドレスの裾を軽く持ち上げ、優雅にカーテシーをするフラッタ。


 礼を終えたフラッタは優しげに微笑み、シルヴァとラトリアの間に収まった。



 家族が語り終えると、今度は使用人達が語る番だ。


 まずは執事である男性がゴルディアさんへの感謝を口にして、続いてエマが口を開く。



「ゴルディア様。シルヴァ様もフラッタ様もなにも心配は要りませんよ。シルヴァ様はこれから立派な当主になってくれると確信しておりますし、フラッタ様はどの竜人族よりも高みへと至ることが出来るでしょう。……1番心配なのはラトリア様ですよ?」



 エマの言葉を聞いて、ぶーっ! と頬を膨らませているラトリア。



 今すぐ抱きしめてあげたいくらい可愛いけど……。


 今この場で、ゴルディアさんの前で彼女を抱きしめるわけにはいかないよね。



「……ゴルディア様。ただの侍女でしかなかった私をここまで取り立てていただいて、感謝の言葉もありません。ゴルディア様に受けた恩は、ルーナ家の皆様に尽くすことで返させてくださいね」



 ラトリア付きの侍女としてではなく、1人の人間としてゴルディアさんに語りかけるエマ。


 ずっとラトリアと共に人生を歩んできた彼女にとっても、ゴルディアさんは特別な存在だったんだろう。



「エマーソン・ソクトヴェルナは、ソクトルーナ竜爵家の皆様と共に歩むことが出来て、信じられないほど幸せな人生を送らせていただきました。本当にありがとうございます」



 両手を腰の前に組んで、ゆっくりと丁寧な仕草で頭を下げるエマ。


 彼女の笑顔には溢れんばかりの感謝の想いと、ひと欠片の寂しさが込められているように思えた。



 エマが下がったあとにも使用人たちの言葉は続けられた。


 みんなゴルディアさんへ感謝の言葉と、ソクトルーナ家を生涯支える決意を表明してみせた。



「……さぁダン。お主も父上に語りかけて欲しいのじゃ」



 使用人達が全員言葉を贈り終えたあと、俺の番がやってくる。


 他のみんなのようにゴルディアさんの姿を見ることは俺には出来ないようだけど、ルーナ家のみんなに見えているのだから、ゴルディアさんがここにいるのはきっと間違いないハズだ。



 フラッタが笑顔で導いてくれた方向を向いて、お義父さんへの挨拶を始める。



「初めましてゴルディアさん。貴方の妻であるラトリアと、貴方の娘であるフラッタを娶ったダンです。……言いたい事は沢山あると思いますから、いつかそちらでお会いできたら沢山お話しましょう」



 俺の言葉を聞いて、ゴルディアさんは怒り狂っているだろうか? それとも2人のことを笑顔で俺に託してくれるだろうか?


 その答えは永久に失われてしまった。お会いできなくて本当に残念です。



 結果的に、俺は貴方の守ったものを奪ってしまう形になったかもしれません。


 許せとは言いません。許さなくてもいい。許されなくてもいい。



 ……これからやることは、俺が勝手にやるだけのことだ。



「シルヴァ。ちょっと来てもらえる?」


「え? はい、分かりました」



 シルヴァを呼び寄せて、以前ティムルに用意してもらった神鉄のロングソードをインベントリから取り出す。



「フラッタとラトリアには伝えてあったんだけど、当主就任祝いにこれを贈るよ。ゴルディアさんの持っていたものではないけれど、これ神鉄のロングソードな」


「――――はぁっ!? し、神鉄のっ!? しかも父の持っていたものではないって、それってつまりオリハルコン製の装備品を新たにっ……!?」



 ああ、ウチではすっかり当たり前になってしまったけど、重銀と神鉄装備の製法って失われてたんだっけ。


 こういう反応、久しぶりすぎて逆に新鮮だ。



 シルヴァの反応に少し笑いながら剣を差し出しているんだけど、動揺したシルヴァはなかなか受け取ってくれない。



「……ラトリアの双剣は俺とフラッタが引き継げた。だからシルヴァ、ゴルディアさんの剣はお前に引き継いで欲しいんだよ」



 でもお前に受け取ってもらわなきゃ困るんだよ。


 ゴルディアさんに代わって竜爵家の新しい当主となった、お前にこの剣を使って欲しいんだ。



「この剣はゴルディアさんのものじゃないけど、ゴルディアさんの剣はお前の中で生きていると思ってる。だから代用品で申し訳ないけど、お前に神鉄の剣を贈りたいんだ」


「父上の剣が、僕の中で生きている……?」


「うん。俺はゴルディアさんと会ったことがないから継ぐことは出来ない。フラッタはラトリアの双剣を引き継いだ。だからゴルディアさんの剣を引き継ぎ伝えることが出来るのはシルヴァ、お前しかいないんだ」



 この剣はただの剣じゃない。お前が握ることでゴルディアさんの剣になるんだよシルヴァ。


 ソクトルーナ家を守り抜いた竜爵家の剣、どうか受け取ってくれ。



「俺はゴルディアさんの宝物を2つも受け取ってしまったから……。これ以上ゴルディアさんに失って欲しくないんだよ。ゴルディアさんの剣、シルヴァが守ってくれないかな?」


「父上の剣を……僕、が……!」



 差し出された剣を前に、シルヴァがごくりと唾を飲み込む。


 そして静かに息を吐いた後、ゆっくりと剣に手を伸ばしてくる。



「……双竜の半身、双竜鬼ゴルディアの剣を僕如きが継ぐなど恐れ多いにも程がありますが……。この剣、受け取らないわけにいきません……!」



 先ほどよりも更に決意に満ちた表情をしたシルヴァが、震える手で剣を受け取ってくれた。



「――――重い。なんて重い剣なんでしょう。この剣を受け取る資格が僕にあるのかさえ自信が無くなりますよ……」


「その剣はお前にしか受け取れないよ。こんなことでラトリアとフラッタの代わりにはならないし、剣を用意してくれたのはティムルなんだけどね。ま、いつもの俺の我が侭って奴だよ」



 みんなは俺のことを凄いって褒めてくれるけど、どうやっても失った命は取り戻すことは出来ない。


 だから、これが俺に出来る精一杯だ。



 剣を受け取ったシルヴァは、その剣を握ったままで俺に向かって頭を下げた。



「……ダンさん。父上の剣を取り戻してくれて、本当にありがとうございますっ……!」


「俺は受け取れなかったからさ。ゴルディアさんの剣はお前に頼んだよ、シルヴァ」



 ゴルディアさんの命だけは取り戻せないのなら……。


 せめて彼が守ろうとしていたものは全て取り戻してやりたかったんだ。



 ゴルディアさんへの言葉は俺で最後。


 シルヴァへの剣の継承も済んだことだし、本日の弔いはこれで終了だ。



 けれど帰る前に、ラトリアから待ったがかかった。



「ダンさん。フラッタ。最後にディアの前で全力で手合わせをして見せてくれませんか?」


「む? 妾とダンが?」


「手合わせするのは構わないけど、どうして今このタイミングで?」


「竜爵家の当主であったゴルディア・モーノ・ソクトルーナを送るのが言葉だけでは、勇敢に戦い抜いた彼に申し訳が立ちません。私の知る限り最強の使い手である2人の剣で、彼を送って欲しいんです」



 戦士を送るは剣戟の音ってか?


 さっすが脳筋ルーナ家。脳筋ここに極まれり、ってね。



「ふははっ! 妾の剣で父上を送ることが出来るなど、今まで腕を磨いてきた甲斐があったというものじゃーっ!」


「俺の半分我流の剣が餞になるかは微妙だけどね……」



 弾けるような笑顔のフラッタと、お互い双剣を握って対峙する。


 初めて会った頃から、フラッタとはいつも笑顔で剣を交えていた気がするなぁ。



 ラトリアの開始の合図で、世界一可愛い無双将軍の双剣を迎え撃つ。



「……ディア。これが竜人族の頂点の剣です。貴方を送るのにこれ以上相応しいものはないでしょう?」


「これがダンさんとフラッタの本気の剣……! フラッタ、お前はいつのまにかこんなに腕を上げていたんだね……」


「シルヴァ。2人の剣は現在の世界最高峰の剣です。貴方が継いだディアの剣が目指すべき場所でもあります。焼き付けなさい」


「……はい! いつか必ず父上の剣でも到達してみせます……!」



 俺とフラッタはお互いへの気持ちを剣に込め、ゴルディアさんに見せ付けるように全力で想いをぶつけ合う。


 お互いへの愛情の他に、ゴルディアさんへの弔いと労いの気持ちが混ざった俺達の剣舞は、フラッタが俺にアズールブラスターを放って魔力枯渇を起こすまで続けられた。



 ……全力でとは言われたけど、限度があるんじゃないかなフラッタ?


 1歩間違えたら、ゴルディアさんの弔いの席が俺の葬式に早変わりするところだったんだよ?

※こっそり補足。

 この世界ではアウターの最深部に到達している人は極僅かで、脳筋ルーナ竜爵家の使用人たちにも最深部に到達した者は居ませんでした。

 そして最深部に到達した事があってもアウターエフェクトに遭遇したことがあるものは更に絞られ、シルヴァや先代のゴルディア夫妻は1度もアウターエフェクトに遭遇したことがありません。


 竜人族にとってヴァルハールの生活を支える竜王のカタコンベに悪印象は無く、死者の魂は竜王と共にアウターの最奥で眠ると信じられています。

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