359 始まりの村
※R18シーンに該当する表現を若干カットしております。
固まるリーチェ。泣きながら笑うライオネルさん。そして様々な反応を見せる周囲のエルフ族。
うん。大分カオスな状況だな。
でも、停滞していた時間が動き出す時なんてこんなもんだろ、きっと。
さぁリーチェも固まったままだし、ティムルはさっきから俺を問い詰めるような視線で見詰めてくるし、これ以上の長居は無用だろう。
出来れば今日中に、キャリアさんとゴブトゴさんに話を通しておきたいしな。
「それじゃ今度こそ帰るよライオネルさん。エルフェリアの地の発展は好きにしていいけど、エルフ族の繁栄は約束してもらうから覚悟しといてね」
「あははっ、あはははははっ! はっ、繁栄を覚悟しろだなんて、言ってる意味が分からない、分からないよっ!? あははははっ!」
なんかノーリッテと言いライオネルさんと言い、最近爆笑されてばっかだな?
ま、しかめっ面してるよりは健全でしょ。
また来るねと言い残して、固まるリーチェと興奮気味のティムルの肩を抱いて、みんな一緒にマグエルに転移した。
「うわわわ……? ティ、ティムル……?」
マグエルに転移すると、ティムルに凄い勢いで家の中に引っ張り込まれた。
食堂までティムルに腕を引っ張られ、食堂に居たムーリたち4人と合流する。
「皆さんおか……って、どうしたんですかティムルさん?」
「どうしたもこうしたもないわよムーリ! さぁダン! 洗いざらい喋ってもらうからねっ! 喋るまで寝かせないんだからっ!」
「またまたぁ~。喋っても寝かせてくれない癖にぃ~」
詰め寄るティムルにちゅっとキスをして、ムーリにお茶を用意するようお願いする。
未だ固まったままのリーチェは、説明の間の抱き枕として活用させてもらおう。
「ちゃんと説明するから落ち着いてねティムル。まずは1つ1つ話を済ませよう」
「う~……! ちゃんと説明してよ~っ! 約束だからね~っ?」
物資輸送路の話は半分趣味みたいなものなので、同時多発テロの被害を確認しに行ったムーリたちの報告を優先させてもらう事にした。
自分への説明を後回しにされてむくれるティムルをよしよしなでなでしながら、ムーリに問いかける。
「ムーリ。各地の被害状況はどうだったかな? 何か大きな問題が起きたところは?」
「はい。今回襲撃があったのはスペルディア、マグエル、ステイルーク、開拓村、ヴァルハールの5箇所で、最も被害が大きかったのはスペルディアですね。他の場所では幸いにも人的被害はゼロだったみたいです。備えていた甲斐がありましたねっ」
おっぱいを肘でぎゅっと圧縮しながら、嬉しそうにムーリが報告してくれる。
マグエルとヴァルハールは襲撃が行われる前に敵と接触出来たので被害は無し。
ステイルークと開拓村は俺達の警告がちゃんと受け取ってもらえていたため、ペネトレイター到着まで被害ゼロで持ち堪えられたのが大きかったそうだ。
逆にスペルディアの被害が大きかったのは、俺達の影響力が全く無かった王城内からの襲撃だったからだ。
それでも始まりの黒からの魔物発生は常に想定されていた事態だったので、警備にあたっていた衛兵さんがその身を挺して持ち堪えてくれたおかげで街への被害は皆無だった。
……スペルディアで命を懸けて城と街の住人を守った彼らこそ、英雄と呼ぶに相応しい人たちだろうね。
「それでは次は私から……」
各地の被害報告を終えたムーリに続いて、ラトリアが続きを報告してくれる。
「ステイルークでの報告ですが……。また後日に改めて来て欲しいとの話ですね」
「へ? フロイさんとラスティさんとは連携できたのに、なんでまた後日行かなきゃいけなくなったの?」
「獣爵家現当主のレオデック様が、ターニア様の存命と解呪の事実を知って大変混乱してしまったみたいで……。幸いにも悪感情はなさそうですけど」
後日ステイルークに行くのは面倒だけど……。悪感情が無いなら問題ないか?
……でもターニアの父親でニーナのお爺ちゃんって関係なんだよなぁその人。
娘と孫を一緒に娶ってる俺に対して、殺意くらい向けてきてもおかしくなさそうな気がするよ。
行きたくないなぁ? ターニアも行きたくなさそうだな?
あーでも、ラスティさんと食事の約束もしてたんだった……。普通にステイルークに行く用事があるじゃんかぁ。
「ごめんダンさん。私も行きたくないけど付き合って欲しいの。ラスティに姿を見せちゃった以上、お父様に会わないわけにもいかないからさ~」
「ターニアのお父さんで、ニーナのお祖父ちゃんに当たる人なんでしょ? 俺こそ会わないわけにはいかないよ。本音を言えば会いたくないけどぉ」
はぁ~~……、っとターニアと溜め息を吐いて、ちょっとだけ気が紛れた。
よくよく考えたら、10人を超える奥さんをもらっているのに、相手方の両親に挨拶するような機会って今まで無かったんだよなぁ。
挨拶どころか、ニーナとフラッタの母親なんか娘と一緒にもらっちゃってるし?
各地の防衛にあたってくれたペネトレイターの人たちは誰1人怪我しておらず、もう全員が帰還して聖域の樹海で魔物狩りを再開しているそうだ。タフすぎぃ。
「結果論ですが、私たちが手を伸ばせた範囲での被害は限りなくゼロに近く、私たちが協力出来なかったところに被害が集中してしまった、ということですね」
報告は以上ですと、エマがサクッとまとめてくれた。
守ろうとした場所を守れた事を誇れば良いのか、守れなかった場所に手を伸ばせなかったことを恥じればいいのか分からないなぁ……。
「4人ともお疲れ様。それじゃ今度はこっちで起こった事を説明していくね」
未だ固まったままのリーチェと、興奮してどんどん距離を詰めてきたティムルを胸に捕獲して、エルフェリアであった出来事、ノーリッテとの戦い、リーチェとリュートの誓約破棄のことなどを説明した。
「「「……ア、アウターを消滅させた上に、マグエルと同じくらいの規模の範囲を陥没させたって……」」」
ヴァンダライズで出来たマグエルくらいの広さがあるクレーターの話をしたら、なんか4人にどん引きされてしまったよ。
別に俺1人で作り出したわけじゃないからね? 仕合わせの暴君全員での合作だから、あのクレーターは。
「これで報告は終わったわよねっ! それじゃダン! 早く説明しなさいっ!」
両手で俺の服の中を激しく弄りながら、俺の首筋に無数のキスマークを付けているティムルが詰め寄ってくる。
……お姉さん、本当に話を聞く気ありますぅ?
「今まで話さなかったのは具体的なプランが固まってなかったからで、お姉さんに秘密にするつもりじゃなかったんだ」
俺はいつでも思いついた事を思いついた時にやってるだけだからね。計画性とか無いんだよー。
リーチェとティムルの頭を抱きながら、新しい街作りのことを話す。
「ティムルからドワーフの話を聞いてからさ。ドワーフ族は頑固で土地を離れる気が無い、だけど若いドワーフは困窮し、貧困に喘いでいる状況を打破する方法は何かなって、ずっと考えてたんだよね」
先祖代々の土地云々って話も、ノーリッテの話を聞いた後だとかなりキナ臭くはなって来てるんだけどね。
だけどティムルがなにも知らなかったように、多くのドワーフはただ毎日を必死に生きているだけなんだろう。
少数のアホを見て種族全体を滅ぼすのは流石に悪手すぎる。毎回やりたくなっちゃうんだけど?
「リーチェとティムルとアイテム開発を試してみて痛感したけど、移動魔法で運べない物って凄く多いじゃん? だから移動魔法に頼らずドワーフ族の困窮を改善する方法は何かなって考えてさぁ」
「それが輸送路の建設ってわけね……」
「うん。物資を運ぶ道を作る以外に方法は無いと思ったんだよ。輸送路があれば移動自体が楽になるから、距離があってもピストン輸送で対応できると思うしさ」
「……道さえあれば。馬車が安全に通れる道があれば、次々に輸送隊を組むことでいくらでも物資を送り込めるっていうことね。水に関しては今はレインメイカーがあるから、食料や生活必需品を送り込めるようになれれば……」
そう。ドワーフの里の1番深刻な問題である飲み水の不足は、ティムルお姉さんのおかげで解決の目処が立ったんだよ。
魔物すら出ない大地では魔玉を光らせることすら難しいかもしれないし、輸送物資の対価を支払うのはドワーフ族には難しいかもしれない。
けど、そういうことは全部やってみてから考える事にしたんだ。
「輸送路を作る方法も少し考えがあるんだ。だからキャリアさんの協力とゴブトゴさんの許可さえあれば、今日にでも道作りを始めたっていいんだよね。始めるなら早いほうがいいだろうし」
「ふふ。やっぱりダンは寝室に篭る気なんてないじゃないっ。こーんな可愛いお嫁さんたちを放っておくなんて、ダンったら酷い男なのっ」
ニーナがニコニコしながら、からかうような口調で俺を責めてくる。
ふふふ。安心していいよニーナ。その点もバッチリ考えてあるんだ!
俺が可愛いみんなを放っておくなんてありえないからねっ! 寝室に篭る気満々だからっ!
「そういうことで、出来れば今日中にキャリアさんには輸送する商品の用意と中継地点の村作りの相談、ゴブトゴさんに開発の許可を貰いたいところだったんだけど……」
一旦言葉を切って自分の胸元に目を落とす。
そこには俺の話なんて全く聞いている素振りも無く、ただただにやけながら俺に頬ずりしているリーチェの姿があった。
「……この状況じゃ、今日動くのは無理そうかな?」
まるでフラッタのように、俺の胸の中で丸くなってぎゅーっと抱きついているリーチェを引き剥がすなんて出来ないしなぁ。
からかってきたニーナにも、こんな可愛いお嫁さんを放っておくわけないってことを思い切り思い知らせてやらなきゃいけないし……。
そんなことを考えていると、ティムルが耳元で囁いてくる。
「ダン。今日、明日すぐに物資や人手が必要になるわけじゃないのよね? なら大雑把な話で良ければ私からキャリア様に話してくるわ。構わない?」
「あ、それならゴブトゴ様には私が話をしに行きましょう。王国北側の山岳地帯グルトヴェーダに、スペルド王国からドワーフの里を繋ぐ輸送路の開発する許可をいただいてくればいいんですよね?」
ティムルの提案を聞いて、はいっと元気良く右手を挙げてラトリアが立候補する。
……なんだこの可愛い42歳は。フラッタも幾つになっても可愛いままなんだろうな。
って、そうじゃなくて。
「うん。2人が行ってくれるなら助かるよ。キャリアさんには建材を多めに用意しておいて欲しいかな? あとは大工連中に行商人まで浸透させておいてくれるとありがたいけど……、こっちは無理しなくていいよ」
「んっ、了解よーっ。帰ったらいっぱいご褒美くれたらお姉さん嬉しいわー」
大工さんが必要になるのは少し経ってからだと思うから、その間に行商人を浸透してもらえれば作業効率はめちゃくちゃ上がると思うんだけど……。
魔物との戦闘が関わってくる要素だから、無理強いは出来ないよね。
「ゴブトゴさんには開発の許可と、あと急ぎじゃなくていいからサークルストラクチャーを多めに用意してもらうように伝えてくれる? 出来れば追加で30は欲しいって。その分の発光魔玉は今日渡してきていいからね」
「了解しましたっ。ふふ、インベントリもポータルも自分で使えるようになったから、なんだかおつかいさえ楽しく感じちゃいますねっ」
双竜姫と言うだけあって、ラトリアは年齢を感じさせない絶世の美人っぷりだなぁ。
その横で微笑を浮かべながらウンウン頷いているエマがラトリアを見る目が完全にお姉ちゃんだ。
ティムルとラトリアをキスで送り出してから、夕食の……、いや夜食かな? とにかく食事の準備をしながら2人の帰りを待つ事にする。
リーチェに抱き付かれた俺は戦力外なんだけどね。
しかし持久力補正のせいで忘れてたけど、今は深夜と言っていい時間だったなぁ。キャリアさんとゴブトゴさんには今度会った時に謝ろう。
普段から多忙なあの2人なら気にしないかもだけど。
みんなが食事の準備をしてくれる中、未だに戦力外状態のリーチェと料理の出来ないフラッタを胸に抱きながら、ティムルとラトリアの帰りを待つ。
……ちょいちょい思うけど、なんだか俺って王様みたいな生活してるよなぁ?
「あっ、そうそうダンさんっ」
リーチェとフラッタの頭をよしよしなでなでしていると、料理を運んできたターニアが思い出したように聞いてきた。
「新しい村作りを始めるなら、いい加減開拓村の名前も考えた方が良くない? 今までは開拓村でも良かったけど、これからはどの開拓村? ってなっちゃうんじゃないかなぁ」
ニーナそっくりな顔で首を傾げるターニア。超可愛いな。
しかし、開拓村の名前かぁ。
フレイムロードに壊滅させられた時ですら『開拓村』で通ってたらしいからなぁ。この世界はあまり開拓が進んでないんだよね。
魔人族とエルフ族とドワーフ族は、引き篭もった上に人口は減少の一途を辿り、竜人族は子供の生まれにくい種族。
だから人口が伸びているのは、人間族と獣人族だけっていう状況だったんだよな、この世界って。
人間族さんは年がら年中発情してるけど、種族的に戦闘能力が低くて死亡率も高そうだし、獣人族は450年前は物凄く人口が少なかったらしいし……。
人口密度、スッカスカなんだろうなぁ。多分だけど、土地が余りまくってんだろうね。
そう考えると、この家が長年放置されていたのも納得がいくよ。
あえて郊外の不便な家を選ぶ変人なんて、そう多くはないだろうから。
「開拓村の名前ですかぁ……。そうですねぇ……」
ターニアと入れ替わりで配膳に来たエマにも相談してみる。
俺のダンゴモチセンスには期待せずに、家族のみんなもどんどん巻き込んでしまおう。
「あっ! ダンさんが開発に深く関わっている村ですし、ダンさんの名前をつけるのもいいんじゃないですか!?」
「残念。エマ、アウトーっ」
輝くような笑顔で提案してくれたエマを一刀両断に切り捨てる。
なに名案ですって顔してるんだよ。却下だ却下。自分の名前の村なんて恥ずかしすぎるってば。
「う~……。こんなにあっさり却下するなら、はじめから聞かないでくださいよぉ~……!」
「ごめんごめん。でも自分の名前の村なんて恥ずかしくて行けないってば」
あっさり却下されて思いのほかしょんぼりしたエマに、優しくキスして慰めてあげた。
キスのおかげでゴキゲンにスキップしながら炊事場に戻るエマの背中を見送りながら、開拓村の名前を考える。
恐らく他のみんなに相談しても、エマに近い答えが返ってきそうだからな。諦めて自分で考えるしかなさそうだ。
開拓村は俺がこの世界で始めて降り立った、言わば始まりの村だ。
だからそれに相応しい名前をつけてあげたいけど……、なにがいいかなぁ?
開拓村のことを考えたおかげで、フレイムロードと対峙して、ニーナと一緒にステイルークを出て、ティムルに会って……。
この世界で過ごした日々が思い起こされる。
間もなくこの世界に来て、丸1年が経過することになるのか。
早かったような長かったような……、なんとも不思議な気分だ。
あの日開拓村に降り立ち、なにも考えずにニーナの手を握った俺が、450年以上に渡って王国を蝕んでいた呪いと因縁を解決する事になるなんてなぁ。
レガリアもメナスも、偽りの英雄ももういない。
これからはスペルド建国前のように、各種族が寄り添って……。
「……あ、そうか。そうだよ」
良い名前、あったじゃないか。
あの開拓村は俺にとっての始まりの場所で、俺とメナスの因縁が始まった場所で……。
そして今日、スペルド王国に巣食っていた禍根を断ってきたわけだ。
なら、もう1度あそこから始めれば良いんじゃないかな。
「ねぇリーチェ。開拓村の名前さ、『アルフェッカ』はどうだろう?」
「…………えっ?」
「今は亡き古の英雄達が護りたかった、だけど殆どの人たちが忘れてしまった、かつて異種族が仲良く暮らしていた場所にあやかろうと思うんだ」
かつてのアルフェッカを知るリーチェに、1番最初に提案してみる。
俺の提案を聞いたリーチェは、その美しい翠の双眸を大きく見開いて俺を見詰め、そして微笑みながらひと筋の涙を零した。
「はは……。本当に君は、自分がまだ生まれてもいない頃に失くしてしまったものさえ、あっさりと取り戻してみせるんだからぁ……」
そう言って、ゆっくりと俺の胸に頭をこすり付けるリーチェ。
えーっと……? これは賛成ってことでいいのかな?
「ふははっ! ダンには困ったものじゃろうリーチェよ? ニーナの母親も、ティムルの心も、妾の家族も、ヴァルゴたち魔人族の未来もあっさりと取り返してみせておきながら、本当になんとも思っていないのじゃからなぁ?」
リーチェに続いて、俺の胸元に頬ずりするフラッタ。
なんとも思ってないとか言われても困るんだよなぁ。
だってフラッタもリーチェも可愛すぎて、もちろん他のみんなだって可愛すぎて、みんなが可愛いってことしか頭に思い浮かべられないだけなんだよ?
人間族の俺に、エルフ族のリーチェと竜人族のフラッタが寄り添ってくれる。
そんな2人の頭を撫でながら、やっぱりあの村の名前にはアルフェッカがピッタリなんじゃないかなと思うのだった。