356 マグナトネリコ⑥ ノーリッテ
※R18シーンに該当する表現を若干カットしております。
「終わった……のか? ぐっ!? うぁぁ……!」
目の前の巨大なクレーターを見て力が抜けた俺は、魔力枯渇の体調不良も相まってその場に膝をついてしまう。
みんなの様子を見に行きたいけど、今まで体験した魔力枯渇の症状よりも酷い体調不良を感じて、とても立っていられなかった。
限界以上の魔力を込めた絶空と、魔法を切り裂くウェポンスキルである断空を重ね合わせた俺の新必殺技『ヴァンダライズ』。
この世の全てを破却し否定する為の、神も呪いも全てを滅ぼす白十字。
剣に魔力も心も全てを乗せて、己の魂全てをぶつける必殺の剣。
……本当は俺の個人技として使用するつもりだったけれど、みんなとの合体技ってことでいいやもう。
「ぐぅぅ……! はぁっ……! はぁっ……!」
いつも以上に酷い吐き気と酩酊感。
不調は鮮明なのに視界は定まらず音は遠く、体の力も入らない。
三半規管はその役割を放棄し、自分が膝を着いている地面が本当に地面なのかすら分からない。
いつも以上の体調不良を感じるのは、きっと魔力以上のものを込めて放ってしまったからなんだろう。
俺の存在全てを捧げたような1撃であるヴァンダライズは、まるで俺の魂を消費して放たれたかのように俺の内部を空にしてくれたようだ。
気持ち悪くて脂汗が止まらない。
なのに全身から体温が奪われ、凍えるほどの寒さを感じる。
歯を食い縛る力すら入らずに、まるで俺は世界に独りぼっちになってしまったかのような孤独感に苛まれる。
……孤独感?
なんで? 俺はみんなと魂で繋がっているんだ。孤独なんか感じるはずが……。
「はぁっ……! はぁっ……! みんな……、みんなは……!?」
違和感を覚えた瞬間気付いてしまう。
みんなとの魂の繋がりが感じられない事に。
みんなとの繋がりが感じられない……?
なんで!? 俺達は魂で繋がっているんだ! そんなみんなの存在が感じられないはずがない……!
ヴァンダライズの白い世界の中で、みんなとの繋がりだけが感じられていた。
だっていうのにどうして今、みんなとの繋がりを感じることが出来ないんだっ……!?
「嘘だ……。嘘だ嘘だ、嘘に決まってる……!」
寒さと体調不良とは別の理由で体が震える。
奥歯が震え、ガチガチと耳障りな音を立て始める。
嫌だ……! 嫌だ嫌だ嫌だっ……! みんながいなくなるなんて嫌だよっ!!
動けっ! 動けよ俺っ!! 今すぐ立ち上がってみんなを探しに行くんだよっ!!
みんながいなくちゃ何の意味も無いんだよっ……。世界を救おうが滅ぼそうが、みんながいなくちゃダメなんだよっ……!!
「うあ……、あああああああっ……!」
全身の悲鳴と不調を無視して、ふらつく頭と涙で滲んだ視界のままで無理矢理立ち上がる。
目を開いているのに視界は真っ暗で、音も聞こえず足元も覚束ない。
呼吸する毎に俺の内部から魂が抜け落ち、自分が少しずつ死に向かっていくのが分かる。
けどみんながいなくちゃ生きてる意味なんて無い……! だから早くみんなを探さないと……!
「大丈夫だよダン。みんな無事なの。全員ここにいるよ……」
「……あ」
だけど孤独と絶望感に彷徨う俺は、穏やかな声と共に優しく抱きしめられる。
抱かれた頭に届く、とくんとくんと脈打つ鼓動が、ニーナの存在を俺に伝えてくれる。
ニーナの体温が鼓動と一緒に伝わってくる。
空っぽだった俺の中にニーナの想いが流れ込んでくる。
気付くと凍えるような寒さはどこかに消えて、視界と音が少しずつ戻ってくる。
衰弱しきった俺の魂を、ニーナの想いが満たしてくれているように感じられる。
「怖かった……! 怖かったよニーナ……!」
まだ力の入らない両手を無理矢理動かして、俺からもニーナを抱きしめる。
「みんなを、ニーナを感じられなくて、この世界に独りぼっちになったんじゃないかって……!」
「ふふ。ステイルークを飛び出したあの日も、ダンは私の胸で泣いちゃってたね。でも安心していいの。ダンが失ったものなんてなんにもないんだからっ」
ニーナは力の入らない俺の体から手を離す。
だけどニーナが離れた事を不安に思うより早く、別の誰かに抱きしめられる。
「お疲れ様ダン。お姉さんのおっぱいで好きなだけ泣いていいからねー」
わざと茶化すような明るい声で、ティムルが俺の顔を胸に抱いてくれる。
ティムルのおっぱいの向こう側から伝わってくる鼓動に、ティムルの命を実感して安心する。
「ダンが大好きな妾のおっぱいで好きなだけ泣くが良いのじゃ。ダンはいつも泣いている妾を抱きしめてくれているのじゃ。だからたまには妾の胸でも泣いていいのじゃ」
ティムルに代わって、精一杯背伸びして俺の頭を胸に抱いてくれるフラッタ。
フラッタの鼓動と一緒に俺への好意が伝わってきて、俺の中の想いも溢れ出してくる。
「あはっ。おっぱい大好きなダンが、されるがままにおっぱいに抱かれてるなんて珍しいね。そんなに死力を尽くしてみんなを愛してくれるダンのことが、好きで好きで堪らないよぉ……!」
フラッタの次はリーチェのおっぱいに顔を沈められる。
お前のおっぱいは大好きなんだけど、今はちょっとだけ手加減してくれないかな? 息が出来ないよ。
……でもそんなリーチェのおかげで、いつもの調子が戻ってきたような気がする。
「旦那様をも凌駕して世界最強を目指す自信が無くなってしまいますねぇ。諦める気はありませんけど。でもそんな最強の旦那様を胸に抱きしめることが出来るのは、なんとも言えない幸福感がありますよ」
最後にヴァルゴがわざわざ巫女装束をはだけさせて、素肌で俺の頭を抱きしめてくれる。
ヴァルゴの肌の感触を感じても、エロいよりも心地いいと感じてしまうなぁ。
まだ魔力枯渇の体調不良は続いている。だけどみんなのおかげで不安が無くなった。
吐き気と酩酊感は続いているけれど、寒さは感じず体に力も戻り、自分の足が地面を踏みしめる感覚が戻ってきた。
「……あ」
心が落ち着きを取り戻すと、いつも通りパーティメンバーの存在を感覚で感じられるようになった。
さっきまでは消耗が激しすぎて、いつもの感覚すら感じ取る余裕が無かっただけなのかな?
みんなにかっこ悪いところを見せちゃったけど、その代わりにみんなに抱きしめてもらえたんだから良しとしよう。
「ありがとうみんな。おかげさまで落ち着いたよ」
抱きしめてくれたお礼に、力が戻った両手でちょっとずつみんなをぎゅーっと抱きしめ返してあげた。
「それじゃみんなでこのクレーターの中心を確認しに行こうか。跡形も無く消し飛ばしてやったとは思うけど、念のためにね」
まだ完全に決着したという確証は無い。
死体も痕跡も残ってないかもしれないけど、確認だけはしておかないと。
「それならダンはお姉さんが抱っこしてあげるわねーっ! 他のみんなは魔力枯渇を起こしているけど、お姉さんだけ新技が無かったから元気なのよーっ!」
抵抗も拒否もする間も与えず、俺の体をひょいっとお姫様抱っこしてしまうティムル。
言葉を発しようとした俺の口をキスで塞いで、俺の抵抗の意志を完全に奪い去ってからゆっくりと口を離した。
「ダン。いい子だから今は大人しく抱っこされてて。私以外の全員が魔力枯渇状態なんだけど、その中でもダンの魔力が本当に空っぽで、お姉さん凄く心配なの……」
瞳を青く変えながら、お姉さんが泣きそうな顔で見詰めてくる。
お姉さんにそんな顔されたら文句も言えないじゃないかぁ。
それに熱視で魔力を見た上で言っている事なら、普通に従ったほうが良さそうだ。
「心配させてごめん。でも心配してくれていつもありがとうお姉さん」
首を伸ばして、お願いしますとティムルの頬にキスをした。
キスされたティムルはぱぁっと弾けるような笑顔になって、俺の頬にキスを返してから歩き始めた。
大人しくティムルに抱かれてクレーターの中心に向かう。
「……凄い広さねぇ。目の前で見せられてたけど、この光景を人が作り出したなんて信じられないわぁ」
ティムルの顔が近いのですりすりとティムルに頬ずりしたり、くんくんと匂いを嗅いだりして逆お姫様抱っこを最大限に楽しむ。
ティムルも好きにさせてくれるので、逆お姫様抱っこは思ったよりも凄く楽しかった。
魔力枯渇を起こしたみんなも俺の職業スキルによって数分で復調し、ティムルに抱っこされている俺に代わる代わる悪戯してきてくれる。
あーもうこのイチャイチャ感、堪らないわぁ。
そんな中、抱っこ役だけは頑として譲らないお姉さん可愛すぎるぅ。すりすり。
「ティムル。ぼくもみんなももう大丈夫だよ。後はティムルの目で見て大丈夫そうなら、少し急いだ方が良くないかな?」
「了解よリーチェ。じゃあみんな、ちょっとだけ診させてねー」
リーチェの進言に応え、熱視で全員の魔力状態を注意深く観察するティムル。
その結果、みんなも復調し、俺の体力も少しずつ戻ってきていると判断したティムルは、俺を抱いたままで走って移動し始めた。
「ちょっと揺らしちゃうけど我慢してね。どうしても我慢出来ない時はおっぱい触っていいからねー」
「まだ戦闘中だからおっぱいは我慢しておくよ。揺れの方は全然感じないから大丈夫」
身体操作性補正を駆使したティムルお姫様抱っこは快適そのもので、間近で見るティムルの真剣な横顔に思わずときめいてしまう俺。
はっ!? これって女子の心境じゃ!? ティムルにメロメロなのは元からだから別にいいのか!?
みんなが高速で移動し始めたら巨大クレーターも大した広さではなく、1分もかからず中心付近まで到達することができた。
「……生体反応も魔物の反応も無いけど、居るわね」
そうして辿り着いた中心部分には、腰から下が千切れて無くなったノーリッテが横たわっていた。
警戒しながら近付く俺達を見て、横たわったまま笑うノーリッテ。
「は……はは……。本当に、君は最期の最後まで楽しませてくれるね……。まさか自分を滅ぼした相手が女性に抱えられてやってくるなんて、想像もしていなかったよ……?」
ノーリッテは下半身を失いながらも、まだ死んではいなかった。
出血や内臓なども見られないし、魔物に堕ちたことで人間の体の構造とは少し事情が変わっているのかもしれない。
「我が家を象徴する光景だと思うけどね。俺は家族に支えられてなきゃこの世界で1人で立つことも出来ない、本当に情けない男なんだよ」
「くく……。本心で言っているのだから始末に負えないよ……。君が情けない男なら、情けなくない男など世界に1人だっていやしないさ……」
皮肉でも自嘲でもなく、本当に面白そうに笑うノーリッテからは力も敵意も感じない。
ただなんとなく、彼女に迫ってくる死の気配だけは明確に感じられた。
「……なぁノーリッテ。お前が死ぬ前に1つ聞いておきたいんだけどさ」
「ははっ……。君は本当に容赦が無いね……? 死に行く私を静かに送ろうとは思わないのかい……?」
死に行くノーリッテを静かに見送る義理なんてない。
死ぬ前に洗い浚い吐いていけばいい。
言葉とは裏腹にノーリッテの方も、己に残された僅かな時間を俺との会話で消化する事に異論は無いようだしな。
「お前とガレルさん、ニーナの父親とはどこに接点があったんだ? 俺達がガレルさんと接触したのって凄く最近だったのに、どうやってガレルさんを今回の襲撃に関わらせた?」
「ガレル……というと、ニーナ君の父親のことで間違いなかったかな……?」
確認するように問いかけてくるノーリッテに頷きを返す。
たった今ニーナの父親とも言ったはずなんだけど、ガレルという名前とニーナの父親という情報が結びつかなかったのか?
コイツ、多分興味の無い相手の名前をほとんど覚えてないんだろうなぁ。
「彼はアウターの存在を秘匿して占有していたつもりだったんだけど、レガリアにはその事実は筒抜けでね……。ダン君とニーナ君の母親が彼に会いに行ったことで、改めて素性が調査され直したのさ……」
「ガレルさんのアウター占有は、レガリアにはバレバレだったわけかぁ」
「その時の調査でニーナ君との因縁が判明してね……。君達にぶつけるのにちょうど良いと思ったのさ……」
アウターを占有していたガレルさんは、もしかしたら常にレガリアに監視でもされてたのかもしれないなぁ。
というかアウターの占有を秘匿できると思うほうがおかしい。儲かっている商人の商材なんて真っ先に調査されるはずだ。
ドロップアイテムの出所が分からないのなら、アウターの占有は真っ先に疑われるだろうね。
……アウターの占有が可能であると知っている人間からすれば、の話だけど。
「彼は捨てた妻子に倒錯した思いを抱いていたようだったからね……。それに加えて、故郷で感じていたであろう疎外感を煽ってあげたら喜んで手を貸してくれたよ……」
「……そっか」
俺とターニアが会いに行ったことでガレルさんを巻き込んでしまった。そう思わなくもない。
けれどガレルさんとニーナ、ターニアの2人の決別にノーリッテは影響を及ぼしていないからなぁ。
娘であるニーナも、今の話にはあまり興味が無さそうな顔をしている。
「そんじゃもう1個聞いておこうかな。神判で俺を襲ってきた俺の幻影。アレってお前だったりする?」
「はは……。その節は無様を晒してしまったね……。でも君に名を呼ばれるまでは、私も私である自覚が無かったんだよ……」
自分である自覚は無かった、か。
世界呪と化して、呪いに取り込まれてしまってたってことかな?
……じゃあ逆に、なんであの時俺の前にコイツは現れたんだろう?
そのままの言葉でノーリッテに問う。
「何でと言われると……、少し答えにくいな……。私の意思で君の前に姿を現したわけじゃ……。いや、やっぱり君の前に現れたのは……、私の意志、だったのか……」
「……ティムル。下ろしてくれないかな?」
なんとなくティムルに抱かれたまま聞く話ではないような気がして、ティムルにお伺いを立ててから自分の足で立って、ノーリッテの声に耳を傾ける。
俺とティムルのやり取りに気付いても居ないようなノーリッテは、独白のように言葉を紡ぐ。
「ノーリッテとは古い言葉で『望むな』という意味らしくてね……? 無欲とも違う、もっと命令的で強制的な意味合いを持つ言葉なんだ……。幼い頃は、そんな名前を娘に贈った母の神経を疑ったものだよ……」
「望むな、ねぇ……」
コイツに同意するのは癪だけど、確かに子供に付ける名前とは思えないなぁ。
懐かしむように語るノーリッテ。
その体はどんどん生気が失って、少しずつ崩れて消滅していっている。
それでも彼女は、決して口を閉じようとはしない。
「別に、母の願い通りに生きようとは思ってなかったけど……、私には欲望や執着心といったものが乏しくてね……。図らずも母の願い通りに……、何も欲しがらない人生を歩んできたんだ……」
何も欲しがらない。何にも執着することが出来ない。
だからコイツは人の物をあっさりと奪い、壊すことが出来たのかもしれない。
欲しがらないということは、失うものが無いという事でもあると思うから。
「神判で君の深淵を覗いた時……、君の本質は空っぽなのだと知った……。私と同じ、空っぽな人間だったのだとね……」
「…………」
「だから私は呪いに飲み込まれながらも君の本質に近寄り……、そして君自身を否定したかったのかもしれないなぁ……。空っぽの人間が幸福になるなんてありえない、とね……」
自分と同じ空っぽの俺が、幸福になるなんてあり得ない。許せない。
それがノーリッテが見せた、俺への執着の本質だったのかもしれない。
何も望まずただ過ごすだけの時間が空虚なことは、程度の差はあれど俺にも覚えがある。
だから自分と同じように空っぽのはずの俺が幸せになれるはずがないと、ノーリッテは俺に興味を持ち、そして否定したかったのかもしれない。
ノーリッテの言葉に、俺がニーナと共に生きると決めたあの時の気持ちを思い返す。
空っぽの俺は、きっと幸せになりたいと思ったわけじゃなくて――――。
「……俺は多分、ニーナが不幸のまま死んでいくのを否定したかったんだよ。ニーナもティムルもフラッタもリーチェもヴァルゴも、不幸になるのが許せなかっただけなんだよ。多分ね」
みんなと出会った時には意識していなかったけれど……。
俺は自分が空っぽだから、まだ空っぽになっていないみんなの幸福が失われるのがどうしても許せなかったんじゃないかな。
自分の幸福も、みんなの幸福すら俺は願ってなかったのかもしれない。
……ただ、誰かが不幸になるのが許せなかったんだ。
「は……ははっ……。同じ空っぽでも、私と君とでは全く別の空っぽだったようだ……。私たちの中身はまさに正反対だったというわけか……」
「空っぽに、別も反対も無いと思うけどな?」
「始めから何も持たない私と、奪われて失くしたダン君とでは……。同じ望まないという言葉でも、その意味と方向性が全く違ってしまっていたんだね……」
俺の言葉は届かなかったのか、納得がいったように清々しく笑うノーリッテ。
俺とお前が同じように空っぽの人間で、だけど逆の方向を見ることが出来た理由。
それはきっと、ノーリッテがずっと独りぼっちだったから空っぽのままで、俺の中にはみんなの想いが詰まってるってことなんだろう。
「ありがとうダン君……。そして仕合わせの暴君よ……。私は許されない人生を送ってきた自覚はあるけれど、君達に出会い、そして全力で戦えたことを幸せに思うよ……」
「……はっ。傍迷惑な話だな」
「世界を乱し呪った私が……、こんなことを言うべきではないかもしれないけれど……」
もう首の下まで消失したノーリッテが、それでも1度言葉を切ってまで俺達に視線を向ける。
その瞳には濁りが感じられず、真っ直ぐな意思だけが感じられた。
「君達と出会ってから、私の人生からも不幸は逃げ出していったみたいだ……。こんな結末になったけれど……。私自身はこの結末を……、心から幸福なものであったと思っているよ……」
「…………」
その言葉を最後に、ノーリッテの肉体は完全に消失してしまった。
魔物に堕ちた人間は、この世界の大気に還ることは出来ないらしい。
きっと世界呪と化したノーリッテの魂もこの世界の魔力として循環されることを許されず、永遠の苦しみが待ち受けているのかもしれない。
それでもノーリッテは幸福だと言った。
だからその苦しみは俺の知ったことじゃない。
世界中の人間を散々弄んでおきながら、自分は幸福な最期を迎えるなんて最悪もいいところだ。
「……永遠に苦しんでろ、バーカ」
自分がなにも欲しがらないからと、他人の持ち物を壊して回ったノーリッテ。
自分が全てを失ったから、世界に捨てられたみんなを拾って回った俺。
またしてもノーリッテの言葉に同意するのは癪だけど、確かに正反対だったのかもな。
人に迷惑さえかけずに生きていれば、ノーリッテの人生にもきっとなにか良いことだって起きたかもしれなかったのに。
俺がみんなと出会えたみたいに、さ……。
※こっそり設定公開
ステータスプレートを介したパーティメンバーの所在確認機能は、ステータスプレートで繋がりあった者の魔力を感じることで成立している機能です。ヴァンダライズで完全に魔力を失ったダンは、ステータスプレートの機能も機能しなくなるくらいに消耗していました。
ヴァンダライズの白い魔力が弾けていた時は、空っぽになった体内の魔力に代わって、世界に広がった白い魔力がみんなとの繋がりを感じさせていたのかもしれません。
ステータスプレートの機能が回復したのは単にダンの魔力が回復したからで、みんなに抱き締められたタイミングで機能が回復したのはただの偶然です。
ですが家族と合流できなければダンは消耗した体を休めることが出来ず、魔力が回復しないままで彷徨い、絶命していた可能性が非常に高いです。そういう意味ではやはり、家族のおかげで正常な機能を取り戻したと言えるのかもしれません。
ヴァンダライズで消し飛ばされた世界呪マグナトネリコですが、ノーリッテの体だけが最後まで残されていたのは、彼女もまたヴァンダライズの魔力の中でダンへと手を伸ばしていたからなのかもしれません。
宿り木に弄ばれていた数多のエルフの魂は、ヴァンダライズの光に導かれて進んで浄化されていきましたが、そんな中でノーリッテはただ1人、ダンに強い執着を見せて生に強くしがみ付きました。その結果一時的にとはいえ、ダンと会話するだけの猶予を勝ち取れたのかもしれません。
ニーナがガレルの話に興味を示さないのは、今更何を語られても自分がガレルを手にかけた事実は変わらないからです。ニーナは父殺しの事実を受け入れ、生涯背負っていく覚悟は既に出来ています。
神判で対峙したダンと、その幻影を見た本物のダンに酷い温度差があったのは、神判側のダンにノーリッテの意志が混ざりこんでいた為です。ノーリッテの抱いているダンへの強い執着心が、神判側のダンに色濃く反映されてしまった結果温度差が生じてしまいました。
ニーナはダンに迷惑をかけている事実も父を殺した事実も受け止め、そんな自分をちゃんと受け入れている為に笑顔を返すことができ、ティムルは男性に弄ばれた事実を完全に克服しているから、それがどうしたと突っ撥ねることが出来ました。
リーチェは幻影の言っていることなどどうでもいいというくらいダンのことしか考えておらず、フラッタとヴァルゴだけが正面からぶつかり合っていた感じでしょうか。
ノーリッテの母親が娘に『望むな』という名前を名付けた理由は、自身が欲望に満ちた人生を送ったからこそ、娘には過ぎた欲望で身を滅ぼすことが無いようにと願ったからです。
偶然得た奴隷商人の職業で違法に奴隷売買を繰り返したノーリッテの母親は、死の直前まで心休まらない波乱に満ちた人生を送りました。娘には平穏な人生を送って欲しいと名付けられた名は正しく伝わる事は無く、ノーリッテは母の愛情を疑ってしまいました。
生まれた直後に何も望むなと名付けられたノーリッテは、母に取ってきっと自分は厄介者だったのだろうと解釈し、産まれた時から世界に拒絶されてしまったと思い込み、自分を拒絶する世界を愛することが出来なくなったのでした。