035 強者
結局、スポットの奥で出会った少女フラッタと一緒に、マグエルに帰還する事になってしまった。戦闘力は申し分ないし、びっくりするほど友好的になってくれたから問題はないんだけどさぁ……。
「せいっ! はぁっ! ほれほれっ! どんどんかかってくるのじゃっ!」
わざと声を出して魔物の注意を引き付け、その手に握った大型の剣で返り討ちにしているフラッタ。
凄いな。まさにフラッタ無双って感じだ。
襲いかかってくる魔物を切っては捨て、切っては捨ての大活躍だ。
フラッタの加入で戦闘が一気に楽になった。
……けどうるさくもなった。おかげでちょいちょい敵の増援が発生する。
増援がきても本人が余裕で蹴散らしてしまうので、文句も言えないよぉ。
「昨日の今日ですぐ本調子とまではいかぬが、2人のおかげで体調に不安はないの。これなら魔物如きに不覚を取る心配もないのじゃ」
しかもこれでまだ本調子ではないそうだ。信じられねぇ……。
凄く重そうな全身金属鎧の重量を全く感じさせない動きで、襲い掛かってくる魔物を次々に両断していく。敏捷性も持久力も攻撃力も、どれを取っても俺より遥か高みにあるのに、戦闘技術すら洗練されている。
……フラッタなら野盗団を1人で、それも真っ向から壊滅させられるんじゃないの?
戦闘力には申し分のないフラッタだけど、扱いはやはり難しい。出発前にもこんなやり取りがあった。
「2人とも、妾とパーティを組んでもらえぬかのっ?」
パタパタと尻尾を振りながら懐いてくるフラッタ。
「む、呪い? 移動阻害? ならば徒歩の移動では問題なかろうっ」
ニーナの呪いよりも俺達とパーティを組みたくて仕方のない様子のフラッタ。
「不安は無いのかじゃと? ダンも既にパーティーを組んでおるではないか。なら呪いの影響はなかろうよ」
かと思えば、意外と論理的な理由で呪いを気にしないと宣言するフラッタ。
こんなひと悶着があって、今はフラッタと3人でパーティを組んでいる。なので経験値的に考えると、増援に関してはむしろありがたいんだけどさぁ。
「……それとも、出会ったときに無礼を働いた妾とパーティーを組んでくれる気は、ないのかのぅ……?」
呪いを理由にパーティ結成を断る俺達に対して、コイツ上目遣いの涙目で訴えてきやがったんだよなぁ。絶世の美貌と相まって破壊力ありすぎなんだよっ。
3人の中じゃ突出した戦闘力を持ち、全身に金属の鎧をまとい、俺のロングソードよりも長くて幅広な剣、バスタードソードを片手で軽々と扱える膂力に、洗練された戦闘技術でもって魔物を蹂躙するような奴の癖に……!
子供のような身長、透き通るような白い肌、太股くらいまである流れるような銀髪、燃えるような赤い瞳、神が作り出したとしか言えないような完璧な造形をしておきながら、捨てられた子犬みたいな顔しやがってぇ……!
俺は隣りにニーナがいたことでなんとか耐え切ったけど、そのニーナが陥落してしまった。
ティムルの時といい今回のフラッタといい、ニーナって案外女の子にも弱くないかなぁっ!?
……ま、フラッタの場合は、呪いを気にせず踏み込んできたのが嬉しかったのかもしれないけど。
「2人ともそれなりに戦い慣れておるようじゃが、正式に剣を習った事は無いようじゃの。どれ、街までの手慰みに、妾が少し手解きをしてやるのじゃ」
パーティを組んだことで更に距離感を縮めてきたフラッタは、俺とニーナに剣の指導まで申し出てきた。でも流石にスポットの中で訓練なんてしてられないってば。
「なに、細かいコツを少し教えてやるだけじゃ。左様に構えぬでも良い」
だけど話を聞かないフラッタは、独自の解釈で渋る俺の態度をスルーして、剣の指導を始めてしまった。
フラッタの振るう剣は本当に美しい。その洗練された剣に思わず見惚れてしまいそうになるほどだ。
だから指導自体はありがたいんだけどぉ。休憩の時に指導してくれるだけでなく、戦闘中にも色々ダメ出しをされてしまうのは微妙にイラッとするんだよぉ……!
スポット内の戦闘なんてフラッタにとっては、片手間でこなせる程度の難易度ということなんだろう。
今の俺の実力では、フラッタと断魔の煌きのどちらが上なのかを推し量ることすら出来そうにない。
そう、この世界は職業の補正が非常に強力であるがゆえに、その補正の適応されない対人戦こそが恐ろしい。だから真の強者は対人戦闘技術も疎かにする事はないと、確かに以前聞いた覚えがある。
職業補正に頼らない真の強者。フラッタはそういう存在なんだ。
「いやぁまさかスポットの中で、これほどの食事にありつけるとはのぅ! 流石に進退窮まったかと覚悟を決めたのじゃが、人生分からぬものじゃなぁ」
口の周りが汚れるのも気にせず、俺とニーナが用意した食事を口いっぱいに頬張るフラッタ。
戦闘能力が突出している弊害なのか、それとも本人が興味を持たないせいなのか、フラッタは戦闘以外ではだいぶポンコツだった。
夜営の準備や食事の用意などもほとんどできない。やる気はあって、教えを乞う気もあるのだけど、どうにも覚えられない。
焚き火用に乾いた枝を拾い集める、くらいのことしか覚えられなかった。
パーティーメンバーとして見れば、その容姿と戦闘能力でお釣りがくるんだけどさぁ。
ちなみに食事代と案内の対価として、ドロップアイテムは全てこちらに譲ってくれた。お金には困っていないらしいので、やっぱりフラッタは貴族なんだろうね。
フラッタが加入したおかげで、予定よりもかなり多くの魔物を狩ることが出来た。
そのおかげで、3人パーティになって分配される経験値が減っているはずなのに、スポットの出口よりだいぶ手前で俺の旅人がLV30に到達した。
……うん。インベントリに荷物がある状態でも職業設定が反応するね。インベントリが継承できたのは間違いないだろう。早速商人に変更する。
「……ん? ダン、お主何か雰囲気が……。いや、気のせいかの……? 済まぬな。気にせんで欲しいのじゃ」
俺の職業を商人に設定した途端、フラッタが首を傾げながら話しかけてきた。
こっわ! フラッタさんこっわぁ!
コイツ、鑑定とかスキルとかじゃなく、なんとなくで職業変更に勘付きやがったんだけど!?
そしてもっと怖いのが、フラッタが俺たちに悪意の欠片も抱いてないという事実。
商人になったので早速目利きを試してみたんだけど、フラッタが俺に向ける悪意は、ニーナが俺に向ける悪意と同じだった。つまり皆無ってことだ。
やばい、こいつ簡単に騙せそう……! そして微妙に目利きスキルの試用に失敗した気がする。おのれフラッタ。
魔物に目利きを試してみるも、魔物には反応しないようだ。目利きは対人専用スキルってことか。
この世界、対人と対魔物の扱いがきっぱりと線引きされてる感じなのかねぇ。
……って、あれ? 俺の鑑定は魔物も人も、なんならアイテムも装備品も鑑定できるよな? なにが違うんだ?
色々新たな疑問も発生してしまったわけだけど、フラッタのおかげで予定より少し早く、予定より大幅に稼いでマグエルに帰還する事が出来たのだった。
スポット遠征として見るなら、報酬としては大成功。難易度としてはちょっと甘すぎになってしまった。イレギュラーな出会いがあったので仕方ないか。
「ほっほぅ。ここがマグエルか。なかなかの賑わいであるの」
マグエルに到着したフラッタが、感心したように呟いた。
「さて、これから如何するのじゃ?」
何をするか、かぁ。どうしよう? 普通だったらまずは冒険者ギルドで換金を済ますところなんだけど。
思い悩んで返事をしなかったのが悪かったのか、フラッタはこちらを振り返り、赤い瞳を不安そうに揺らして俺とニーナを見詰めてくる。
「……ま、まさかとは思うが、このまますぐ解散などとつれないことは、言わぬ、よな……?」
……お前、それはズルいだろうよぉまったく。今更邪険にするつもりはないけどさぁ。
「はぁ~……。今日はうちでひと晩休んで、明日冒険者ギルドで解散。これでいいかフラッタ?」
「うむっ! 話が分かるではないかっ! それでは今すぐにお主たちの家に案内するのじゃっ。妾も流石に少し休みたいのじゃっ」
俺の提案に、飛び上がって喜びを表現するフラッタ。
あーもう、大きく横に振られた尻尾が見えるような喜び方しやがってぇ。見てるこっちまで嬉しくなってきちゃうじゃないかよぉ。
「勝手に決めてごめんニーナ。でも流石に放り出すのは後味がさぁ……」
「いえ、私も同感ですから。ここまで来ると最後まで面倒をみないと落ち着きませんよ」
ニーナもやれやれといった感じで、喜ぶフラッタを眺めていた。
なーんか憎めないんだよねぇフラッタってさぁ。
「ただ、ウチには寝具が1つしかないのですよね。今晩はフラッタに譲るべきでしょう。高貴な身分のようですし」
んーそうか。うちって意味もなく広いんだから、客間でも用意しておくべきだったか?
でもそんなもの用意すると、ティムルが本格的に同居しそうで怖い。
「フラッタ。俺たちは貧乏人だからもてなしには期待すんなよー?」
なんだかどっと疲れてしまった。
俺も凄く休みたくなってきたので、俺が疲れた原因であるフラッタに声をかけて家に向かう事にする。
「ちょっと市場に寄って夕飯の食材を買っていこうか。予定通り帰ってきたから、多分子供たちも夕飯に来るだろ」
「あぁ、そうですね。出発前は凄く心配してくれてましたものね。なら夕飯は少し張り切らせてもらいましょうか」
「なんじゃ? お主らかなり若そうに見えるのに、沢山子供がいるのかの?」
俺とニーナの会話に、フラッタが首を傾げながら混ざってくる。
流石に我が子じゃねぇっつの。
俺とニーナの種族が同じだったらちょっと反応し辛い話題ですけどぉ。
市場で大量の食材を購入する。明日は家に居るつもりなので少し多めに見積もってみた。
遠征で余った食材も夕飯で消化してしまおう。フラッタのおかげで殆ど食べきってしまってはいるけど。
大量の食材を抱えて帰宅すると、我が家の庭に教会の子供達がいるのが見えた。
「あ、ダン! ニーナお姉ちゃん! おかえりなさーい! って、増えてる!? 増えてるよ!? シスターに報告だーっ!」
「ただいま……、って逃げんなー! おーい!」
家に入る前に子供レーダーに補足されてしまう。俺達を補足した子供達は、意味不明なことを叫びながら教会のほうに走っていく。
つかなんでニーナはお姉ちゃんで俺は呼び捨てなんだよぉ。
教会のみんなとは割と仲良く付き合っているので、柵の中まではいつでも自由に入って遊んでいいことにした。まだ庭でなにかを育てたりしてないしね。
将来的にはここで何かを育てて、それを子供たちに手伝ってもらうといった事も考えているんだけど。
っと、子供達に逃げられる前に夕食の話を伝えないとっ!
「夕食は用意しておくから、夜はうちでみんなで食おうって言っておいてくれー!」
「えっ、ホントっ!? やったー! すぐにみんな呼んで来るーっ!」
「すぐ来たって夕食出来てねぇよ! 話聞けや、こらーーー!」
俺の声すら振り切るように、風のように去っていく子供達。
くそ、逃げ足が速い。早く来たら適当に遊んでてもらうか。フラッタはいい弄り相手だろう。
「今のが夕食を共にする子らか。話を聞くにまだ居るようじゃがの」
フラッタが目をパチパチさせながら呟いた。
流石のフラッタも子供達の勢いに圧され気味のようだな。
「それにしてもダンよ、なにが貧乏人じゃ。このような屋敷、貧乏人が住めるような家ではあるまい」
「今でこそ多少見られるようになってますけど、荒れ放題だったので私たちで修繕もしたんですよ。運が良かった事もあって、かなりお安く借りてるんです」
フラッタの感想に、ニーナがニッコニコになって嬉しそうに応えている。
修繕で一番頑張ってたのニーナだもんね。褒められたら嬉しいか。
玄関にステータスプレートを認証っと。家の鍵が開く。
家に踏み込むと、なんだか心から安心して気が抜けてしまう。
あ~、帰ってきたぁ! やっぱり我が家が1番だよぉ!
「なるほどのう。調度品や家具の類はまだないのか」
背伸びする俺をスルーして何の遠慮もなく家の中に入ったフラッタは、早速家の中を物色している。
「壁や床の修繕は済んでおるようじゃな。これなら卑下するほどでもないのじゃ」
「えへへー。中は特にがんばりましたからねー」
ニーナが満面の笑みでフラッタをナデナデしている。
めっちゃ嬉しそう。フラッタってお世辞とか言いそうにないもんね。
ニーナとフラッタって相性良すぎて相性悪いな。仲良くはなっても敵対はできなそう。そもそもフラッタと敵対なんてしたくないけど。
荷物を置いて、久しぶりの我が家の中を見て回る。
んー、たった4日間空けただけなのに、少し埃が気になるなぁ。
日本に居た時はそこまで綺麗好きでもなかったけど、この家はニーナと2人でゼロから環境を整えた家だ。どうしても細かいところまで気になって仕方ない。
俺とニーナは魔物狩りで家を空けがちになるし、留守の間に家を管理する人は必要かもなぁ。
家のチェックを済ませて食事の準備をしていると、子供達を連れてムーリさんがやってきた。帰還の挨拶もそこそこにムーリさんも調理の手伝いに参加してくれる。
子供達はフラッタが相手しているけど、初対面とは思えない馴染みようだ。多分俺達よりも、子供達の方がフラッタとの年齢が近いんだろうね。
「ちょっとニーナさん、なんで増えてるんですか! しかも凄い美人じゃないですか! ニーナさんがついていながら、どうしてこんなにことになったんですかっ」
「いやぁそれがもう成り行きとしか? 決して悪い子じゃないんですよ。というかびっくりするくらい良い子でして、なんというかその、無下に扱えなくてですね……」
ニーナとムーリさんがコソコソと話をしている。この2人も随分仲良くなったんだなぁ。
しかし主人に隠し事をする奴隷とはいったい。
家の外からは子供達とフラッタの笑い声が聞こえる。
フラッタさぁ。子供達の中にも人間族は混ざっているんですけど? 出会った時のお前の人間族嫌いはいったいどこに行ったのさ?