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【全年齢版】異世界イチャラブ冒険譚  作者: りっち
5章 王国に潜む悪意3 世界を呪う者
349/637

349 対話

 メナスが待っているという、エルフェリア精霊国に存在するアウター『宿り木の根』。


 その最深部だと思われるこの場所には、1人の女性が立っている。



 ……目の前に立っているこの女がメナスの正体なのか?



「ようこそ諸君。待ち焦がれていたよ」


「……こっちはこんな深くて暗いところに来たくはなかったけどね」



 女は俺達の姿を目にすると、笑顔を浮かべて歓迎の意を表した。


 俺は軽口で応対しながら、まずは目の前の女を鑑定する。




 ノーリッテ

 女 51歳 人間族 召喚士LV100

 装備 トラベラーコート エレメンタルブーツ 魔神皇の腕輪




 ……召喚士。


 やっぱりコイツがメナスに違いない。ノーリッテは本名か?



 始界の王笏を俺が奪ったせいなのか現在は丸腰のようだ。


 確かに造魔に武器は必要ないけど、これから決着をつけようって時に手ぶらで待ってるとはねぇ……。



「で、一応確認させてもらうけど、おたくがメナスの正体で合ってる?」


「む? ……っとそうか、済まない。無貌の仮面無しで対面するのは初めてだったな」



 俺の問いに姿勢を正し、こほんと小さく咳払いをして俺達に真っ直ぐ視線を向ける女。



「改めて自己紹介させていただこう。私の名はノーリッテ。今代のメナスを名乗らせてもらっていた者だ」



 会釈のようにぎこちないカーテシーと共に、自分がメナスだと認めるノーリッテ。


 その表情はどこまでも明るく、まるで俺に自分の名を告げられたのが嬉しくて仕方ないみたいに見えた。



「尤も、そちらのダン君に始界の王笏を奪われ、無貌の仮面を叩き割られた今、私にはもうメナスを名乗る資格が無いだろうけどね」


「…………」



 嘲るように肩を竦めて見せるノーリッテ。


 一見して丸腰で隙だらけにしか見えないけど、俺達が到着するまでにいくらでも時間はあったはず。気を抜くわけにはいかない。



「しかし意外だね? ダン君のことだから問答無用で切り捨てにかかってくると思っていたよ。君の動きに反応できないのは先日見せてしまっているしね」


「移魂の命石、怨魂スキルのように魂に作用し死が引き金となる能力、貪汚の呪具のように破壊することで暴走するマジックアイテムの存在を知ってて、そんな軽率な真似できる訳ないだろ。俺達よりも早く到着していたお前が、何の準備もしてないとも思わないしな」


「確かに私の体内には貪汚の呪具、サモニングパイル、呼び声の命石が埋め込まれていて現在発動中だ。今ここで私が絶命したらこれらのマジックアイテムは暴走し、どんな自体を引き起こすか分からないだろう」



 丸腰で姿を晒し、造魔による護衛もなく、まるで殺してくださいと言わんばかりの状況だ。その手には乗れないね。


 ……時間稼ぎに付き合うのも悪手だろうけどさぁ。



「だが、暴走を覚悟してでも、今私を殺すべきじゃないかな?」



 メナス改めノーリッテは、俺の言葉に窺うような反応を見せる。



 貪汚の呪具は確かティムルの相手が、サモニングパイルはガレルさん、呼び声の命石はフラッタの相手が使用したマジックアイテムだったっけ。


 そのいずれのマジックアイテムも最終的に使用者を魔物に堕とし、イントルーダーをこの世界に産み落とした。



 それらを複合して使われたら、いったいどんな魔物が生み出されるか分かったもんじゃない。


 ノーリッテの言う通り、リスク覚悟でノーリッテを切り捨てることが最善手なのかもしれないけど……。



「心配すんな。お前が何をしようとも全部滅ぼしてやるからさ。お前のおかげでリーチェの問題は片付いたからな。その報酬代わりに、お前の準備が整うまで待ってやるさ」



 ……ごめんみんな。俺今馬鹿なことをしてると思う。



 ノーリッテがメナスとしてやってきたことは絶対に肯定できない。


 けどこいつがいなきゃニーナとも出会えず、リーチェの誓約を破棄することも出来なかった。



 みんなを不幸にしたコイツを受け入れることは絶対に出来ない。


 ……だからせめて、コイツの全力を正面から否定してやりたいんだ。



「あはっ! あはははははっ!! それでこそダン君だ! それでこそ私が認めた唯一の男だよっ! だが奥様たちはいいのかい? この先どんな魔物が生まれるかは私にも想像できないくらいなんだがね」



 狂ったように笑ったかと思えば、意識の矛先を俺からみんなに向けるノーリッテ。


 しかしノーリッテに見詰められたみんなも動じる様子はない。



「ノーリッテ。貴女のやってきたことは絶対に許されないことだけど、貴女がいたから私はダンと出会うことが出来たの。だから報酬代わりに、貴女の準備が整うまで待ってあげるのっ」



 恐らく意図的に俺と同じ事を口にして、不敵に笑うニーナ。



「貴女を肯定することは私たちには絶対に出来ないから……。だけど私たちが否定してあげるね、貴女のやっている事は間違ってるって」



 俺が言葉に出来なかった思いを言語化してくれたニーナ。


 コイツに感謝することは絶対に出来ないから、せめてコイツの過ちを受け止めてやりたんだ。



「……私は貴女との因縁は殆ど無いのよねぇ。だけど貴女は私の愛しい家族の敵だから全力でお相手させていただくわ。貴女に恨みは無いけど、貴女に家族を壊されたくないからね」



 黒い瞳を青色に染め、油断なく周囲に目線を送るティムル。



「同じ女として、ダンに惹かれる気持ちは凄く良く分かるけどねぇ。でも貴女はダンに手を伸ばすには罪を犯しすぎてる。もう貴女を受け入れることは出来ないわ」



 ノーリッテに共感を示しつつも、それでもはっきりと拒絶するティムル。


 コイツがいくら俺に興味を示そうと、コイツが伸ばした手は斬り飛ばして拒絶しちゃったからな。もう和解の余地は無いんだ。



「……兄上を陥れ、父上を殺した貴様を、妾は絶対に許すことは出来ぬ……! じゃが貴様の気紛れのおかげで、マルドック商会に飼われていた大量の竜人族を救出することもできたのじゃ……」



 フラッタもまた、ノーリッテにどんな感情をぶつけていいのか判断が付かず、困ったように表情を曇らせている。


 

「言葉に出来ぬ妾の想い……。その全てを剣に乗せ、余さず貴様に届けてやるのじゃっ!」



 けれど迷いは一瞬だけで、フラッタは直ぐにその燃えるような赤い瞳に雌雄を決する覚悟を宿す。


 ドラゴンイーターの切っ先をノーリッテに向けて、高らかに宣戦を布告した。



「……君の存在もレガリアも、エルフ族の狂気が生み出した存在だと思ってる。でもぼくの誓約は消え、エルフ族の意識も変わった。レガリアも君も、もうこの時代には必要ない」



 翠の双眸に決意を宿し、真っ直ぐな視線でノーリッテを射抜くリーチェ。



「ダンにぼくの事情を伝えてくれたお礼に、ぼくも待っててあげるよ。全力でおいで」



 敵に向かって、全力で来いと大胆不敵に笑ってみせるリーチェ。


 その頼もしい姿からは、本当の英雄の風格を感じさせられるようだった。



「貴女にはバロールの民を皆殺しにされてしまったようですが、守人として散ったバロールの民の仇討ちをするわけには参りません」



 自然体のままで、ノーリッテに恨みは無いと告げるヴァルゴ。



「……ですが、守人たる者が敗北したままでいるわけには参りませんからね。バロールの民に代わって、全力の貴女に雪辱を晴らさせていただきますよ、ノーリッテ」



 恨みではなく、雪辱を晴らす為。


 世界の脅威から聖域を守る力を示す為にノーリッテを討つと宣言するヴァルゴ。



 ノーリッテがどんな魔物を生み出そうとも、みんなと一緒なら何の問題も無い。


 俺達はお互いのためなら、神様だって滅ぼしてみせる。



「ふ、ふふ……! あはっ! あははははっ!」



 みんなの返答がお気に召したのか、先ほどと同じように上機嫌に笑い出すノーリッテ。


 コイツ、スポットで会った時といい、よく笑う奴なんだよなぁ……。



「諸君を見縊った事を謝罪しよう! 流石はダン君に寄りそう者たち、流石は仕合わせの暴君だよっ!」


「分かったらさっさと準備を済ませろよ。俺は決着を先延ばしにするつもりは無いからな」


「その意見には同意するよっ。それではお言葉に甘えて、諸君には私の全身全霊を受け止めてもらうことにしようじゃないかっ。もう少しだけ時間をくれたまえっ」



 な~んて油断させて一刀両断! ……とかしても良いんだけどな。


 ま、変身シーン中は攻撃せずに待機するのが暗黙のルールって奴でしょ。



 ……でも、ただ黙って待ってるのは暇だなぁ。



「なぁノーリッテ。まだ時間がかかるなら話でもしない? それとも準備中は会話も出来ないかな?」


「…………は?」



 スペルド王国と違って、レガリアには色々な知識が伝わってるっぽいからな。


 戦いが終わったらノーリッテはこの世にいなくなってるんだから、聞ける時に聞いてしまおう。



「……ぶっ! あははっ、あーっはっはっはっはっ!」



 俺の言葉を聞いたノーリッテは、一瞬戸惑うような表情を見せた後に盛大に噴き出した。



「こ、これから世界の命運をかけて、死力を尽くして殺し合いをしようって時にっ……! あははははっ! な、なんて気軽に話しかけてくるんだ、君はっ!」


「お前にもう逃げる気が無いなら、俺と敵対したお前の死は絶対だからな。話せるうちに会話しておこうと思っただけだよ。暇だし?」


「ひっ、暇っ……! 暇だしって……! あはっ、あはははははははっ!!」



 俺の言い分がツボに入ってしまったらしく、呼吸困難になるほど笑い転げるノーリッテ。



 ……こんな風に会話だけで満足してたら平和で良かったんだけどな。


 けれど和解が可能な段階は、もうとっくの昔に通り過ぎちまってるんだ。



 たとえどんなに笑い合っても……。


 確実にここで決着をつけさせて貰うよ、ノーリッテ。



「はぁー……。はぁー……。いや、済まない済まない。お見苦しいところを見せてしまったね……」



 まだ微妙に頬がひくついている気がするけれど、なんとか会話出来る程度には笑いが収まったようだ。


 これから死ぬって時に爆笑してんじゃないよ、まったく。



「すぅぅ……、はぁぁ……。うん、もう大丈夫だ。待たせたね。それで何を話そうって言うんだい?」


「そうだな……。あ、お前らって異種族間で子供が作れるマジックアイテムとか開発してない?」


「ぶふぉっ!?」



 俺の投げかけた質問に、1度収まった笑いがぶり返した様子のノーリッテ。


 レガリアは魂に干渉するマジックアイテムの開発に成功してるわけだし、異種族間での子作りなんかも実験してたりするんじゃないかと思ったんだけどなー?



 両手で口を押さえて笑いを押し殺し、肩を震わせながら辛うじて返答するノーリッテ。



「く、くく……。け、決戦前に聞くことが……、ぶふ……、そ、それでいいのかい……?」


「エルフ族の人口が減っててね。俺とリーチェの間に子供が生せれば一気に解決できる話だからな。聞いとこうと思ってね」



 エルフ族の人口問題は、俺とリーチェの間に子供が出来ればそれだけで解決できる気がする。


 俺が死ぬまでに30人くらいリーチェに子供を産んでもらったり出来れば、みたいな?



「すぅぅ……、はぁぁ……。ざ、残念だけど異種族間に子を生すマジックアイテムは存在していないね。レガリアは人口を増やす事に興味は無かっただろうし」


「ああ、そういやレガリアって嫌がらせ特化の組織だったな。ったく使えねぇ」


「ぶはぁっ! あはっ、あははははは! じっ、自分で壊滅に追い込んでおきながら、つ、使えないとか……、あははははは! ゼ、ゼノンが聞いたら絶対泣くよ!? ぷっ、あははははは!」



 ん? レガリアってやっぱ壊滅したのか。



 当代のメナスはこんなだし、組織の運営を担っていた先代メナスのゼノンとやらもヴァルゴが倒したしな。


 構成員を全員始末したわけじゃないけど、指導者がいなければ自然に瓦解するのかもしれない。



「はーっ。はーっ。はぁぁぁ……。こほんっ」



 ようやく笑いの波が引いたらしいノーリッテが、仕切りなおすように咳払いをする。


 時間が無いってのに、いったいどれだけ笑い続ける気なんだよ。



「そもそもの話、各種族に肉体的に大きな差異は見られないのに、異種族観で子供が作れないのは何故か。それは各種族の祖先が元々別の世界からこの世界にやってきた、異世界人同士であるからなんだよ」


「……別の世界? 異世界人同士、だって?」



 異世界からやってきたのは俺だけじゃなくて……。


 この世界の人類全てが、元々は別の世界の住人だった……?



「筋力や寿命に差はあれど、肉体的構造は殆ど同じなのに異種族間では子供を生せない理由。それは各種族を構成する魔力が異なるからなんだ」


「魔力の違い?」


「各種族毎に竜化や獣化などの特性の違いがあるだろう? あれも魔力が異なるが故に起こる種族差なのさ」



 種族毎に身体能力や特殊能力に差がある理由は、それぞれが体に宿す魔力が異なるから……?


 だから同じ職業システムの加護を得ているのに、各種族しかなれない専用職業があるってことなんだろうか。



「この世界では魔力とは万物を司る力だからね。魔力の質が異なる者同士が混ざり合うことは無いんだよ」


「……待て。お前が嘘をついていないとしても、なんでお前はそんなことまで知ってる!?」



 ノーリッテの説明に違和感を覚えた俺は、堪えきれずに声を荒げてしまう。


 元々異世界から転移して来た俺だからこそノーリッテの説明をすんなり理解できるけど、こんなのこの世界の住人が語っていい知識じゃないはずだっ!



「今お前が語った情報って、まるでこの世界を創った神様の視点の話じゃ……!」


「そうっ! 正に神の視点での情報なんだよ!」



 今度はノーリッテが声を荒げて俺の言葉を遮った。


 俺のように動揺したわけではなく、酷く興奮した嬉しそうな声だったけれどな。



「かつて異種族が共に暮らしていたというアルフェッカ。そこでは外見的な差異の少ない異種族同士が結ばれることも少なくなかったのだろう。だから問いかけた者がいるのさ、神にね」


「……神に? かつてのアルフェッカには本物の神様がいたとでも言うのか?」



 邪神ガルクーザでさえ、神の如き力を持つ魔物だと言われているってのに。


 俺の問いかけに、ノーリッテは肯定とも否定とも取れない曖昧な笑みを浮かべて続きを語る。



「3種の神器の1つ。触れた者のあらゆる疑問に答えてくれるという識の水晶。そこから齎された情報だと伝わっているよ」



 ああ、神ってそういうこと……。


 神器から齎された情報は、そのまま神から齎された情報って扱いになるわけね。この世界においては。



「当時のアルフェッカには3種の神器が揃っていたからね。識の水晶が齎した世界の真実というものがいくつかレガリアに伝わっていたみたいだよ」


「ふ~ん。……って、それなら識の水晶に更に問えば良かったんじゃないのか? 異種族間での子供の生し方を」


「ふむ。尤もな言い分だね。だが済まない、私にもそこまでは分からないな」



 異種族間で子供が作れない理由は伝わっているのに、それに対する解決策は伝わっていないのか?


 仮に解決策なんて無いにしても、問いかけた結果そんな方法は無いという知識が齎された、みたいな情報は伝わっていても良いと思うんだけどなぁ。



 こんなどうでもいいところでノーリッテが情報を秘匿するとも思えないし……。



「……真相は分からないが、始界の王笏の崩界のリスク、呼び水の鏡のリスクなんかを考えるとね、恐らく識の水晶を乱用できない理由があったんじゃないかと推測するよ」


「……なるほどね」



 使用者の寿命の半分を削って相手を確実に殺す、回避不能の即死ウェポンスキル崩界。


 新たなアウターを発生させる可能性があるけど、使用者に無尽の魔力を齎す呼び水の鏡。



 今のところ3種の神器には、その圧倒的な性能に見合ったリスクってのが存在している。


 それらを参考に考えるのならば、識の水晶がノーリスクで使えたと考えるのは虫が良すぎるか。



 ……って。ノーリッテって50超えてたよな?


  崩界を使って半分の寿命が無くなっても未だに生きてるってことは、コイツの素の寿命って100歳超えだったのか?



 50歳台で崩界を使用してしまったら、そりゃ刹那的な生き方しか出来ないだろうな。1秒後に寿命を迎えて死んでも不思議じゃないから。


 ある意味、ノーリッテとエルフ族って似たような状況なのかもしれない。



 いや、残りの寿命から半分を消費すると考えれば、もう少し余命が残っていても不思議じゃないのか?


 だけど2度目を使用したら確実に死ぬと言っていた気がするし、失った魂を取り戻す方法は無いとも言ってたはずだ。



 う~ん……、ノーリッテの説明だけだと、崩界の使用条件がちょっと曖昧だなぁ? 安易に検証するわけにもいかないのにぃ。


 いや、使う予定もつもりも全く無いですけどね?



「ただ……、そうだね。私の準備が整うまで待ってくれた礼に、君達に1つ希望を与えようじゃないか」


「希望?」



 これ以上ノーリッテから聞ける事は無いかと思ったところで、意外にもノーリッテの方から語りかけてきた。



 この流れで言う希望ってことは、異種族間で子供を作る方法のヒントってことでいいんだよなっ!?


 と詰め寄りたい気持ちをぐっと堪えて、ノーリッテが自ら語り始めるのを待つ。



「ガルクーザ討伐後にアルフェッカは瓦解し、各種族がバラバラになったのは既に話したと思うけど、ガルクーザの脅威を目にした各種族は、次にガルクーザ級の魔物が出た時に備えてそれぞれ対策に乗り出したんだ」


「あ~、そりゃそうだろうなぁ」



 災害を経験すれば人々は備える。当たり前だ。



 ましてレガリアに始界の王笏を奪われてしまったってことは、それ以降は崩界に頼ることが出来ない事を意味するわけだからな。


 ガルクーザをリアルタイムで経験した世代は気が気じゃなかっただろう。



「当時獣人族は数が圧倒的に少なくてね。ガルクーザの脅威を知った獣人族は自分たちだけで生きていく自信を失くし、支配者となった人間族に寄り添うことでその庇護を受ける道を選択したんだ」


「へぇ~」 



 ノーリッテの言葉の意図は分からないけれど、その内容に思わず感心の声を漏らしてしまう。



 当時の獣人族は数が少なかったのか。


 道理で身体能力でも人口でも人間族を上回っていそうな獣人族が、脆弱な人間族さんの下なんかについているわけだよ。



「そしてやはり人口の少なかった竜人族もスペルドで人間族と生きる事を選んだけれど、彼らは一方的に庇護を受ける事を由とせず、個人の武を突き詰める道を選んだんだ」


「あ~。基本的に脳筋だもんね、竜人族って」


「現代に於いて竜爵家がスペルド王国最強と呼ばれている背景には、次にガルクーザが出た時には正面から捻じ伏せようと力を求めた、竜人族の覚悟と研鑽の歴史があったというわけだね」


「……ふん。父上を殺した貴様に竜人族を語ってもらいたくないのじゃ」



 ノーリッテの言葉に、フラッタが複雑な表情を浮かべている。


 父を殺し、兄を陥れた相手に竜人族を称えられても微妙だよなぁ……。



「エルフ族は自分たちの生活圏であるエルフェリアの地を発展させる道を選び、魔人族はアルフェッカを去り人知れず生きる道を選んだ。数百年に渡って人目を避けて生きてきた魔人族を見つけてきたダン君は、流石としか言いようがないよ」


「……茶化さなくていい。つまりドワーフ族の選んだ道の先に異種族出産の鍵があるって言いたいのか?」


「その通りだ。尤もドワーフ族の選んだ方法は、個人的にはあまり好みではないのだがね」



 静かに語るノーリッテの体が高濃度の魔力で包まれていく。


 会話の時間は残り少なそうだ。なら邪魔せずに最後まで語らせよう。



「他の種族と比べ戦闘能力に乏しいドワーフ族は、自分たちの力には限界があると判断した。ここまでは良いと思うんだが、その先が好きになれなくてねぇ……」


「お前の好みなんてどうでもいい。当時のドワーフたちはいったいどんな道を選んだんだ?」


「ドワーフ族に限界があると判断した当時のドワーフ族たちは、世界の脅威に対抗できる戦力を自分たちの手で作り出そうとしたんだよ。物作りには自信があったんだろうね」



 異種族出産の鍵を握るドワーフ族。


 そんな彼らが取った、新たな戦力を作り出すという行為の意味……。



「まっ、さか……! ドワーフたちは人工的に新たな命をっ……!?」


「素晴らしいっ! 君の想像力は賞賛に値するよ!」



 ざっけんな! 異世界ファンタジーにSF要素を取り入れるんじゃねぇよ!


 人工生命体なんて、大体暴走して世界を滅ぼす存在になるじゃないかよぉっ!



「己の種族を見限り、そしてこの世界の種族全てが手を取り合っても敗北したガルクーザという脅威が、ドワーフ族を狂気へと走らせたのさ」


「人々が手を取りあっても敗北した……。だから新たな力を求めたってのか……!?」


「450年の時を経てなお、ドワーフ族たちはその研究を続けているらしいねぇ。私は興味が無かったのでこれ以上は知らないが」


「先祖代々の土地……。あの土地を離れられない理由って……!!」



 ティムルの声で思い至る。


 不毛の大地にドワーフ族が住み続ける理由に。



 450年も続けられている研究。先祖代々の土地。あの土地を捨てることは、ドワーフ族の歴史を否定する事に他ならないという言葉の意味……!



「この話が君の希望になって、全力で私を滅ぼしに来てくれることを願うよ」


「なっ……! 話はまだ……」



 たった今聞かされたドワーフ族の研究について食い下がろうとするも、目の前の光景が会話の終了を告げてくる。



 色々な想いが入り乱れ混乱する俺の目の前で、ノーリッテの全身から植物の枝が生えてくる。


 全身の表皮を突き破って無数の枝が生えてきて、その枝はどんどんその数と長さと太さを増していく。



「はははっ。君達とは全力で殺し合いをしたくて仕方ないのに、それと同じくらいに殺し合うのが惜しく感じてしまっている自分がいるよ」


「これは……宿り木、なのか……!?」


「私達は間違いなく敵でしかないけれど、私は君達の事を大切な大切な友人のように思っているよ。尤も、友人なんて出来た試しは無いけどね」



 ノーリッテの体から伸びた枝は地面に刺さり、壁に刺さり、天井に刺さり、そしてまるで根っこのように周囲からドクドクと何かを吸い上げるように波打ち始める。


 周囲から何かを、恐らく魔力を吸い続けるノーリッテの体は根に覆われて見えなくなって、最深部の広い空間の中央で、地面から天井までを貫く巨大な1本の木にその姿を変えてしまった。



「どうやら会話の時間は終っちまったようだ! 全員戦闘準備っ!」


「「「はいっ!」」」



 目の前の巨木からは目を離さずに、背中越しにみんなに警戒を促す。


 返ってきたみんなの声にも若干の緊張が感じられた。



「…………約束通り受け止めて、その上でお前の全力を否定してやるよ。ノーリッテ」



 俺達の目の前で、ノーリッテも完全に魔物化してしまったようだ。



 イントルーダーを正面から捻じ伏せた俺達の実力を知っているノーリッテが、俺達を殺すために全力で用意した魔物か……。


 その実力はオリジナルのイントルーダーをも大きく上回っている事だろう。



 戦いを始める前に、最早人間ではなくなった目の前の巨木を鑑定する。




 マグナトネリコ




「(待たせたね。これが私の全身全霊をかけて召喚した魔物、『マグナトネリコ』だ。その性能は、恐らく古の邪神ガルクーザさえも凌駕していると自負しているよ)」



 耳に届いているのか直接脳内に叩き込まれているのか、空間全てに響き渡るノーリッテだった者の声。


 この場に響き渡る言葉を証明するかのように、目の前の巨木からは世界を飲み込みかねないほどの死の気配が垂れ流されている。



「「「…………っ」」」



 みんなが武器を構える気配がする。


 俺も右手にロングソードを、左手にショートソードを握り締め、この世界に寄生する悪意の宿り木、マグナトネリコと対峙する。



 ……行くぜノーリッテ。


 6人揃った仕合わせの暴君の初の全力戦闘、心行くまで堪能しやがれぇっ!

※こっそり設定公開。

 崩界の使用に関してですが、明確に余命の半分を差し出すと言うわけではなく、自身の魂を半分神器に捧げることで、その結果余命が半分になってしまうということです。51歳のノーリッテが崩界を使用したと言っても、使用直後に絶命してしまうような事はありません。


 2度目の崩界を使用した場合、既に半分失った魂を更に半分差し出す事になりますが、本来の25%の魂量では生命活動を維持出来ないので結果的に絶命してしまう、というのが真相です。



 このお話に於ける魂とは魔力とは似て非なる存在で、万物の根源である魔力を己の内側から生み出す生命の炉みたいなものです。魔力が枯渇しても魂が無事ならいずれ自然に回復できますが、魂の方を消費したり傷つけてしまった場合は魔力で補填することは出来ません。

 崩界で失った魂を回復する方法は無く、万能の霊薬エリクシールでも魂を修復することは出来ません。霊薬エリクシールも結局は魔力によって肉体を修復している為です。魂の表面に付着した汚れのような呪いというバッドステータスを除去することは可能ですが、魂を修復する方法は存在しません。



 重いコストを支払う代わりに非常に強力なウェポンスキルの崩界ですが、その使用には幾つかの重い制限が課せられています。


 まず第1に、使用者がこの世界の住人で、職業の加護を得ている事。

 これは必ずしも浸透を済ませている必要性は無く、単純に人型の魔物や野生動物に崩界を使われないよう、崩界の発動には職業の加護を介する必要があるということです。

 そして第2に、人間相手に使用する場合は使用者は必ず絶命してしまう事。

 これは実は人間を殺害する為に崩界の効果を2回発揮する必要があるためで、1度目に人間の纏っている職業の加護を貫き、2度目の効果で相手を滅ぼしています。

 職業の加護を受けていない魔物相手に発動する場合は1度でいいということです。

 邪神ガルクーザを滅ぼす為に職業浸透が最も進んだ6人もの魂を要求されたのは、かの邪神がそれほど多くの何らかの要素に身を包んでいたからだと思います。


 崩界の使用制限はまだまだありますが、それはまたの機会に公開したいと思います。


 ちなみに人から魔物化した場合も職業の加護は失われていないので、崩界のコストは倍になっていたりします。

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