344 不和
ゴブトゴさんに渡されたメナスからの招待状。
エルフェリア精霊国の危機と、メナスが女性であった事実。
俺達が寝室にこもっている間に色々と動いていて、色々と衝撃的だよぉ。
「……これが本日皆さんにご足労願った事情だ」
俺達全員が手紙に目を通した事を確認して、ゴブトゴさんが話を進める。
「エルフェリア精霊国の保有戦力では襲撃者に全く歯が立たなかったようだし、マーガレット殿下とガルシア殿からは断魔の煌きでも対処できないと明言されてしまってな。皆さんばかりに負担をかけてしまって申し訳ないが、どうか対応してもらえないだろうか?」
「この国の王女として私からもお願いするわ。どうかエルフェリア精霊国に赴いて、彼の地を助けてあげて欲しいのよ」
俺達に向かって頭を下げるゴブトゴさんと、それに合わせて自らも頭を下げるマーガレット殿下。
変に威圧的に来られないだけでも好感を抱いてしまうなぁ。
2人に頭を上げてもらってから、ゴブトゴさんに質問をする。
「エルフェリアに現れた相手は恐らく2日前に俺が戦った相手だと思うんだけど、怪我はしていなかったのかな? 少なくとも右腕は切り捨ててやったんだけど」
「そのような報告は受けていないな。エルフェリアも混乱の極みにあるようだが、流石に右腕が欠損していれば特徴として伝えられると思う。恐らくは目立った怪我は無かったのではないだろうか」
確かに右腕が無ければそれは大きな特徴だからな。報告が無いとは思えない。
俺の魔法攻撃力でキュアライトを使っても部位欠損の治療は出来ないっぽいんだけど、イントルーダーであるアポリトボルボロスのキュアライトなら可能なのかもしれない。
エンシェントヒュドラの首もニョキニョキ生えてきてたしね。
「エルフェリアには行ったことが無いけど、送ってはもらえるのかな?」
「勿論エルフェリアまではこちらのポータルで送迎させてもらう予定だ。安心して欲しい」
「じゃあ次。エルフ族は俺達がエルフェリア精霊国に足を踏み入れる事にちゃんと納得してくれてるの? 行ったら行ったで門前払いされたくはないんだけど」
「エルフ族の対応の方も心配は無いだろう。高圧的な態度を取っている余裕が無いほど沢山の命が失われたらしいからな。そうでもなければ我々にコンタクトを取ってきたりはしないのだ、エルフという種族はな」
ああ、くっだらねぇ見栄を張った種族だったね。
そんな奴等が恥も外聞も捨ててスペルドに救援を求めてきたなら、俺達に突っかかってくる余裕も無いか?
思案する俺に続いて、ティムルからゴブトゴさんに質問が飛ぶ。
「私はエルフ族と仲の悪いドワーフ族ですし、リーチェもエルフェリア精霊国に入国するのを禁じられていると聞き及んでおります。エルフ族の皆様は私やリーチェの入国を把握されていらっしゃるんでしょうか?」
「む……。それがあったか……」
ティムルの問いかけに、少し渋い顔表情を浮かべるゴブトゴさん。
この反応的に、ティムルとリーチェの話は伝わってないっぽいね。
「緊急時に下らぬことを言ってくる者はいないと思うが、仕合わせの暴君の事はエルフ族は全く知らないだろうな。ドワーフ族やリーチェ殿が来訪するとは思っていないだろう」
「う~ん。面倒臭そうな気配がぷんぷんしてきたよぉ……」
「というか、皆さんはスペルド王国内でもあまりに知られていない気がするぞ? 活動と名声があまりにも噛みあってないのではないか?」
「王国中に悪評は立ってるらしいけどねー」
ゴブトゴさんの疑問を適当に茶化して流す。
名声なんてどうでもいいもの、必要以上に得たくないんだよ。
「結局は行ってみるまで何も分からない、出たとこ勝負ってことだね。了解したよ」
「……その通りだ。殆ど力になれずに申し訳ない」
「気にしない気にしない。でも期限的にも余裕が無いみたいだし、直ぐに出発したほうがいいのかな?」
俺の言葉に頷きを返すゴブトゴさん。
事件は会議室じゃなくて現場で起きてるってね。とっとと行くとしましょうか。
俺としても取り逃してしまったメナスの行方が知れたことはありがたいし、その流れでエルフの里に入ることが出来るのも幸運だった。
せっかくの機会だし、俺達が抱える問題を全て解決しておきたいところだ。
「貴方達の準備が良ければ直ぐに向かいましょう。私達が送ってあげるわ」
どうやら断魔の煌きがエルフェリア精霊国まで案内してくれるようだ。
王女であるマーガレット殿下が直々に送ってくれるとは、それほどの緊急事態だと思うべきか。
「あっ、そうそう。王国各地で魔物の襲撃を食い止めてくれた魔人族の人たち。彼らもエルフェリアに連れていけないかしら? エルフ族の戦士達は大きくその数を減らしてしまったようだから」
「……彼らに連絡を取っている間にエルフェリア精霊国が滅びても構わないのであれば、話を通しておきますけど?」
マーガレット殿下の言葉を遠まわしに拒絶する。
俺にも守人たちにもエルフ族を守る義理は無いし、命がけで慈善事業などさせるわけにはいかない。
彼らは俺のお願いに応えてくれただけで、本来スペルド王国の為に戦う理由すら無かったんだから。
「……貴方には守る力がありながら、それでも苦しむ多くのエルフ族を見捨てると言うの?」
明らかに敵意の篭った眼差しを向けてくるマーガレット殿下。
悪いね殿下。俺は多くの苦しむエルフ族よりも、我が家のたった1人のエルフを優先するって決めてるんですよ。
「なら彼らの居場所だけでも教えなさい。私が直接交渉するわ」
「居場所を教える気はありません。彼らを王国に利用されたくはないですからね。交渉はどうぞご自由に。ご自身で見つけてご自身で話をされる分には邪魔しませんよ」
「……貴方ねぇ」
俺の返答が気に食わないのか、こちらを睨みつけるマーガレット殿下。
殿下の志は立派だけど、無関係な魔人族たちを死地に送り込もうとするのは止めていただきたいですね?
……っていうか話が進まないな。こんな悠長なことしてていいのかね?
俺としてはエルフ族なんか滅びればいいとしか思わないけど。
「マギー。今はこんなことで時間を浪費していられる状況じゃない。頭を冷やせ」
俺を睨み付けるだけで動かないマーガレット殿下に辟易し初めてきた頃、殿下の隣に座っていたガルシアさんが話を引き継いでくれた。
ガルシアさんに言われて状況を思い出したのか、特に反発することなく押し黙るマーガレット殿下。
「悪いなダン。今すぐ送ってやるから外に移動してくれっか」
「了解です。正門側でいいんですかね?」
この場に留まる意味も無さそうなので、ガルシアさんの言葉に従ってさっさと立ち上がる。
殿下を放って退室しようとした背中に、ガルシアさんの言葉が届く。
「……ダンよ。今は引いてやるけど俺もマギーと同じ気分だぜ。俺もお前のことは認められないし、好きになれそうもねぇわ」
「そうですか。ではお互い2度と関わらないようにしたいものですね」
これで今後は登城の要請も来なくなったら嬉しいなぁ。
サークルストラクチャーが入用になる事態も想定されるけど……。その時はゴブトゴさんと手紙のやり取りで済ませるとしよう。
「リーチェ! どうして、どうしてそんな男を選んだのよっ!? その男はっ……、その男は貴女に相応しくなんかないわっ!」
マーガレット殿下が叫び声をあげる。
リーチェに相応しくない? そんなことは俺自身が1番よく分かってるよ。リーチェに限らず俺なんかがみんなの夫に相応しいなんて思わないさ。
でもみんなに相応しい相手ってのはいつまで経っても現れてくれなくて、みんなはいつまで経っても不幸なままだった。
だから俺が手を伸ばすしかなかったんじゃねぇかよ。
俺がみんなに相応しくないと言うのなら、俺よりみんなに相応しい相手とやらを連れてきてから言いやがれ……!!
「……くっだらないね。マギーはダンの何を知ってそんな事をのたまってるの?」
「なっ……!? リーチェ、貴女っ……!」
殿下に返答するリーチェの声は、今まで聞いたことがないほどの冷たさを孕んでいた。
そしてその冷たさとは裏腹に、背中から抱きついてきてくれたリーチェの暖かな体温が伝わってくる。
「僕は、いや僕達はスペルド王国全ての民よりもお互いのことが大切なんだよ。僕はダンのためならこの場の人間全てを今すぐ皆殺しにだって出来るし、エルフの里を見捨ててエルフ族を滅亡に導いても構わないんだ」
「何を……、なにを言ってるのよ!? 貴女が興したこの国を、貴女が生まれたエルフェリアを見捨てるって言うのっ!?」
「僕はダンを認めない人と友人ではいられない。だから……さよなら、マギー」
俺の背から離れて室内に振り返り、そして静かに決別を宣告するリーチェ。
それは冷たく無感情で、それでいて全く容赦の無い言葉だった。
「僕の事は死んだとでも思って欲しい。どうせもう直ぐ『リーチェ』は居なくなっちゃうかもしれないしさ」
「なに、を……。何を言ってるの……? 貴女はいったい何を言ってるのよ!? 分からない、さっぱり分からない! 貴女の言ってることが何にも分からないわよぉっ!」
「もう君と語るべき事は無いよ。君に理解してもらわなくても、ぼくには愛する家族さえいてくれればそれでいいんだ」
気が触れたように喚き始めるマーガレット殿下に背を向けて、背中越しにガルシアさんに声をかけるリーチェ。
「ガルシア様。早く僕達を送り出してもらえませんか? 僕達はここに長居すべきではないようですので」
それだけ言って、ガルシアさんの返事を待たずに部屋を出るリーチェ。
背後で叫び続けるマーガレット殿下の声を風で遮断し、俺に正面から抱きついてくる。
「ぼくの……、ぼく達の相手はダンしかいないんだからね? マギーの言葉なんか真に受けないで……。君に相応しくないって思われるのは辛いんだ……」
「ははっ。リーチェこそ気にしなくていいんだよ。俺はたとえみんなに相応しくなかったとしても、それでもみんなを愛すると決めたんだから」
最高に素敵なみんなに相応しい男なんて、俺じゃなくても見つからないってば。
でも俺はみんなを愛し、生涯放してやらないと決めたんだ。
世界中の誰に否定されようと、俺自身が否定しようとも、みんなが受け入れてくれる限りはみんなを愛するんだ。
少しだけリーチェと抱き合った後、正門に向かって歩き出す。
これ以上俺達が城で長居すると碌な事にならなそうだからな。
「でも……ごめんリーチェ。俺のせいで友達と絶縁するようなことになっちゃって……」
「ううん。気にしなくていいよ。マギーとは気が合って気安い関係を続けてはこれたけど、ダンやみんなと秤にかけるほどの関係じゃないから」
まるで俺への依存度を上げる為に、リーチェの交友関係を絶ったようだ……。
以前ならそういう風に悩んでいたかもしれないな。
でも今はもうそんなことは気にしない。
友人よりも家族を選んでくれたリーチェの気持ちを素直に喜ぼう。
「……おっそいなぁ」
正門前に到着してから、既に30分程度待たされている。
随分悠長なことだよ。
そして長時間待たされた挙句、正門前に現れたのはゴブトゴさんと冒険者の男性1名のみ。
送ってくれると言っていた断魔の煌きは、この場に姿を現しもしなかった。
「マーガレット殿下が無礼を働いたこと、殿下に代わって私が謝罪しよう。済まなかった。皆さんにも思うところはあるだろうが、どうかこれで収めていただけないだろうか……!」
「そういうのはもういいよ。早く送ってくれたらそれで充分だから」
頭を下げるゴブトゴさんを慌てて制する。
苦労人だなぁこの人。
「それで、向こうに着いたら俺達はどうすればいいのかな? エルフ族に対応を期待するのは無駄だと思う?」
「……エルフ族が対応してくれるかは五分五分だろうな」
「じゃあ独断で動く事を想定して、俺達は現地でどう動くべき?」
「皆さんには速やかに宿り木の根を攻略してもらいたいところだが、エルフェリアの地理はエルフ族以外には知られておらず、私から教えることは出来ないからな……。皆さんには苦労をかけることになるだろう」
う~ん……。リーチェの誓約破棄のこともあるし、メナスに会う前にエルフ族とは話をつけておきたいところなんだけどな。
ま、そうそう上手い話は無いかぁ。
「だが皆さんに先んじて、断魔の煌きがエルフェリアに先行して話を進めておいてくれるはずだ。向こうに着いたら確認してみてくれ」
「えええ……? 断魔の煌きが先行してるのぉ……?」
送ってくれるって言うから正門前で待機してたっていうのに、そんな俺達を無視して自分たちだけで先行?
これじゃあいったいどんな話をしにいくんだか分かったもんじゃないな。
……まぁいいや。ここでこうしていても時間の無駄だ。とっととエルフェリアに入っちゃおう。
「それでは参ります。虚ろな経路。点と線。見えざる流れ。空と実。求めし彼方へ繋いで到れ。ポータル」
ゴブトゴさんと一緒に来た男性に一時的にアライアンスに加入してもらい、ポータルの効果範囲を拡張して送り出してもらった。
そうして転移した先は、森深い場所だった。
俺達を送り出してくれた冒険者にお礼を言って、彼がアライアンスから脱退して帰って行った後、改めて周囲の様子を確認する。
「ここがエルフェリア精霊国……」
「とうとう……、とうとうここまで来たのね、私たちって……」
森深い場所という意味では聖域の樹海に近いものを感じるけれど、エルフェリア精霊国は日差しもちゃんと入ってきて、真っ暗闇の中というわけではない。
木の高さは聖域の樹海とも引けを取らないレベルなので、もしかしたら光が入るように管理と手入れがされているのかもしれないなぁ。
空気が綺麗で、周囲に漂う魔力まで清浄であるように感じられる。
これがエルフの生存圏、エルフェリア精霊国なのか。
「ああ、懐かしいなぁ……。そう、確かにこんな場所だった気がするよ……」
ゆっくりと周囲を見回しながら、何度も深呼吸しているリーチェ。
エルフェリア精霊国が建国される前に追放されたんだと思ったんだけど、勘違いだったのかな?
「ねぇリーチェ。エルフェリア精霊国ってアルフェッカよりも前からあったの?」
「ああ、エルフェリア精霊国自体は英雄譚と共に誕生した国なんだけど、国が興る前からこの場所には沢山のエルフが暮らしていたんだよ。エルフ族は森と共に生きる種族だからね」
「あーっ。だからリーチェはエルフェリアの事を『エルフの里』って呼んでいたのかぁ!」
「うんうん。この世界には移動魔法があるから、アルフェッカで暮らしながらこの森の中で活動することも難しくなかったのさ」
「へ~? 生活の拠点が2つあったんだ?」
エルフ族はアルフェッカで暮らしつつ、同時にこの森でも生活していたわけかぁ。
自分達が暮らしていく場所にアテがあったからこそ、当時のエルフ族はあっさりとアルフェッカを去る決断をしたのかもしれないな。
「侵食の森……じゃなくて聖域の樹海みたいな場所だね。あっちと比べると明るくて暮らしやすい感じなの」
ニーナがキョロキョロしながら俺と似たようなことを言っている。
呪いのせいで魔物狩りこそ出来なかったけれど、ニーナは聖域の樹海の傍で暮らしていたんだもんな。そりゃ連想するか。
「ふむ。エルフ族は森をしっかりと手入れしているようです。職業補正の有無と精霊魔法の差でしょうかねぇ?」
「あはーっ。ヴァルゴたちが住んでた場所はアウターじゃないの。エルフェリアにはポータルで来てるんだからここはアウターじゃないでしょ? 同じ森でも全然環境が違うじゃ……あら?」
ヴァルゴの言葉に笑っていたティムルが何かに気付く。
どうやらこの場所に向かってきている生体反応があるみたいだ。エルフ族の迎えかな?
この場に留まって、相手が現れるのを待つことにする。
ほどなくして現れたのは、武装した10名程度のエルフの集団だった。
「貴様らが仕合わせの暴君か! 貴様らは今すぐ連行させてもらうぞっ!」
「……あ?」
「此度の騒動の責任は重いぞ、精々覚悟すぐへぇ!?」
先頭の中年エルフが槍を構えながら寝言をほざき始めたので、好きなだけ寝言を言えるようにキュアライトブローで意識を刈り取って差し上げた。
ただでさえエルフ族なんてこの手で滅ぼしてやろうって思ってるのにそんな敵対的に対応されたら、次からはキュアライトの詠唱に失敗しちゃいそうなんだよ?