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【全年齢版】異世界イチャラブ冒険譚  作者: りっち
5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い
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319 ドリームスティーラー① 呪い

※ニーナ視点。vsイントルーダー第3戦です。

 戦場はステイルーク南西の森。ダンとニーナが初めて一緒に魔物を狩った、2人の始まりの場所です。

 狂った父さんが変異して誕生したイントルーダー、『ドリームスティーラー』と対峙する。


 巨大な人型の外見をしており、その全身は長い体毛に覆われ、細くて長くて関節の数が変に多い人間の腕が、あらゆる所から不規則に無数に生えている。



 体毛に覆われた頭部には目も鼻も口も耳も無く、頭部ではあるけれど顔と呼べる場所はどこにも見当たらない。


 巨躯に似合わない細長い歪な腕が無数に生えるその姿は、どこか植物を思わせる。



 ……だけど声無き嘆きが周囲に轟き、視線無き眼差しが私に注がれているのが分かった。



「ふぅぅぅ……」



 嫌悪感と拒絶感を必死に押し殺し、呪物の短剣とアサシンダガーを強く握り締める。


 行くよ父さん。せめて貴方の娘として、貴方が外道を歩むのを止めてあげる。



「……重連撃」



 両手の短剣が魔力を纏う。


 これで私が自分でスキルを解除しない限り、私の斬撃は2重になって父さんを切り裂く。



 ……ううん。


 あれはもう父さんじゃない。覚悟を決めるの。



「絶影……!」



 スキルを発動して短剣を振るう。


 絶影を発動した私の振るった刃は、距離を無視してドリームスティーラーを切り裂いていく。



 突然の斬撃に、体から生えた無数の腕は驚いたように震え、そして身を守るように私の斬撃を受け止めはじめる。



「防御なんて関係ないのっ!」



 仕合わせの暴君でも、アウターレア武器2種類を同時に扱うのは私だけ。


 その私の斬撃、腕で遮った程度で耐えられると思わないでっ!



 私の斬撃に、慌てたように腕を伸ばして反撃してくるドリームスティーラーの腕を躱し、移動しながら腕の隙間を探し絶影で斬りつけていく。


 絶影と重連撃の同時発動はそれなりに魔力を消費するけれど、絶影による斬撃にもちゃんと魔力吸収と魔法妨害の効果は乗ってくれている。



 ダンは『距離を無視して魔法を妨害しながら一方的に攻撃できるなんて、いくらなんでもチート武器過ぎるでしょ』なんて言ってたの。


 対人戦で使えないんだから、ヴァルゴやダンには通じないんだけどなぁ。



「絶影絶影、絶影ーーっ!!」



 止まない斬撃に埒が明かないと判断したのか、腕を伸ばすだけではなくて場所を移動しながら私に向かって腕を伸ばしてくるドリームスティーラー。


 伸びてくる腕の動きは不規則で変則的で、まるで1本1本が意志を持って私を狙ってきているように感じられる。



 大きく弧を描いて頭上から伸ばされる腕。


 真っ直ぐに最短距離を移動して、最速で私に伸ばされる腕。


 地面に潜って地中から私に迫る腕。


 他の腕の援護をするように、私の移動を妨害しようと動く腕。



 敵は1体だけなのに、まるで無数の魔物に襲われているみたいなの。



「……どうやら母さんには興味無いみたいだね」



 少し離れた場所で戦いを見守る母さんには目もくれず、私だけに襲い掛かってくるドリームスティーラー。



 戦いに参加していない母さんは後回しで、脅威になりそうな私を優先して排除するつもりなのかな?


 相手の意図は分からないけど、母さんに興味を持たれるよりは助かるよっ!



「おっそいのっ! そんな動きで捕えられると思わないでっ!!」



 職業浸透がほぼ終了した私の敏捷性は、イントルーダーの無数の腕でも捕らえることが出来ないみたいで、今のところ一方的に攻撃することが出来ている。


 変則的な動きにも余裕を持って対処できているし、このまま何もさせずに滅ぼしてあげるのっ、絶影ーーっ!!



「……っ! やったのっ」



 余裕を持って斬撃を繰り返していると、とうとうドリームスティーラーの腕に切り傷が刻まれた。


 どうやら相手の体力を削り終えたみたいなの!



 だけどダンは、イントルーダーはそこからが恐ろしいんだって言っていた。


 体力を削り切ったその時からが、イントルーダー戦の本番だよって。



「ダンが言ってた通り、一筋縄じゃいかないみたいなの……!」



 まるでダンの言葉を証明するかのように、ドリームスティーラーの様子が変わっていく。


 全身から生えていた腕がボトボトと地面に抜け落ちていき、ただの突起でしかなかった頭部に裂けるように巨大な口が現れ、口だけでニタリとした不気味な笑みを浮かべている。



「……何を隠していようと、何もさせなければいいだけなのっ! 絶影ーーっ!!」



 その不気味な雰囲気に一瞬怯んだ体を奮い立たせて、距離を無視する絶影の斬撃を繰り出していく。


 しかし絶影の斬撃はドリームスティーラーを切り裂く前に、ドリームスティーラーから抜け落ちた無数の腕によって阻まれる。



「なっ!? 体から抜けた腕も動かせるのっ!?」



 私が驚いて動きををとめている間も、ドリームスティーラーから無数の腕が生えては抜け落ちている。


 抜け落ちた無数の腕は私を完全に無視し、ドリームスティーラーと私の間に入って絶影を阻んでくる。



 アウターレア武器から放たれる多重の斬撃に腕は瞬く間にボロボロになっていくけれど、その間にもドリームスティーラーから新たな腕が生えては抜け落ち、私と魔物の間を固めてくる……!


 そして攻めあぐねる私の目の前で展開される、攻撃魔法発動の魔法陣。



「なっ!? 魔法妨害が効いてないっ!?」



 腕と体を切り離したことで、魔法妨害の効果に対抗したのっ!?


 なにがくるか分からないけど、魔法障壁展開っ!



「さ……む……! これ、は……!」



 周囲に霜が下り、気温が一気に低下する。


 衝撃に備えた私の予想を裏切り放たれたのは、中級攻撃魔法のアークティクブリザード。



 竜王が上級攻撃魔法を使ってきたのだから、インパクトノヴァやサンダースパークを覚悟していたんだけど、この場面でアークティクブリザード?


 今の私の魔法耐性なら、低威力広範囲魔法なら殆どダメージは入らないのに。



 戸惑う私に構わず、アークティクブリザードを重ねて放つドリームステイーラー。


 次第に吐く息は白く染まり、私の体温は奪われていき……。



「って、そういうことなのっ!? まずいっ!」



 こいつ、私の体温を奪って運動能力を阻害し、私の敏捷性を下げる気なのっ!


 状態異常じゃなくて、こんな方法で私の機動力を奪いにくるなんて厄介な……!



「絶影絶影っ! くっ、邪魔なのーっ!」



 敵に狙いに気付き、焦って切りかかる私の斬撃を腕で阻みながら、大げさなくらいの広範囲にアークティクブリザードを展開していくドリームスティーラー。



 重ねがけによる更なる温度低下が無いのはダンが検証済みだけど、魔物を凍らせるほどの温度低下は人間の体力なんて容易に奪い去ってしまう。


 魔法耐性があるからダメージは殆ど通ってないけど、耐性じゃ寒さまでは防ぐことが出来ない……!!



「なっ……!? こいつ、続いてアイスコフィンまで……!?」



 アークティクブリザードを展開し終えたドリームスティーラーは、続けてアイスコフィンで氷塊を設置し始めた。


 アークティクブリザードの気温低下の限界を、氷塊を設置することで超えようとしてるの!?



 フレイムフィールドを展開しても体温を上げることも氷を溶かすことも出来ないし……、魔法妨害も無数の腕に阻まれて全然効果を発揮できないし……!



「はぁっ……はぁっ……絶影……! はぁっ……はぁっ……ぜつ、えい……!」



 重くなる動きと思考に鞭打って、動き回りながらドリームスティーラーに絶影を放っていく。


 遠隔で動いているせいなのか、私の移動速度に付いてこれない腕の動きの隙をついて斬撃を届けることは出来るけれど、すぐに回り込んでくる腕に阻まれて詠唱を再開されてしまう。



「はぁっ……はぁっ……このままじゃ……まずいの……」



 武器を握る手の感覚は無くなり、足の動きは段々鈍り、思考に靄がかかっていく。


 状況を打破しようともがけばもがくほどに、どうしようもない状況に焦りと絶望が忍び寄る。



「ニーナは充分頑張った。だからもう休んだらどうだ?」


「…………え?」



 突如私に届けられる優しげな声。


 その声は昔何度も聞いた、私を愛してくれていた頃の父さんの声……。



「あっ!? しまっ……!」



 その声に思わず動きを止めてしまった私の脚を掴む、巨大な腕。


 恐怖心と焦燥感で、頭にかかったモヤが一瞬晴れた。



「神代より誘われし浄命の旋律。精練されし破滅の鉾。純然たる消滅の一矢。汝、我が盟約に応じ、万難砕く神気を孕め! インパクトノヴァーっ!!」



 私の足を捕らえた腕に向かってインパクトノヴァを放ち、吹き飛ばして拘束から逃れる。



「くっ……! はぁっ……はぁっ……!」



 なんとか他の腕に捕らえられる前に脱出できたのはいいけれど、詠唱する時の呼吸で喉の奥が痛みを感じてくる。


 ただでさえ手足が重いのに、呼吸すらも満足に出来なくなってきたの……!



「抗う事はない。寒さを受け入れ瞼を閉じ、ゆっくりと眠るといい。父さんがいるから怖くないぞニーナ。いい子だから早く寝なさい」



 悪くなる状況。重くなる体。鈍くなる思考。


 そこに優しげに語り掛けてくる、諦めるという甘い誘惑の言葉。



 ふざけないでと歯を食い縛っても、そのあまりにも優しげな父さんの声に、私の心は甘えたくて仕方なくなってしまう。



「ニーナがこれ以上頑張る必要はないさ。もうニーナは休んでいい。なんでニーナはそんなに眠いのを我慢して、これ以上起きていようとしているんだ?」


「……なんでって、そんなの決まってるの……!」



 私が死んだらダンも生きていけない。私の命はもう私だけのものじゃないの。


 ダンに死んで欲しくないなら、私が命を捨てるわけにはいかないのっ!



 口に出していなかった私の想いを読み取ったかのように、優しげな父さんの声は私に語りかけてくる。



「ダンに死んで欲しくないからニーナが諦めるわけにはいかない? そんなはずなだろう? ニーナだって気付いているはずだ。目を逸らすんじゃない」



 優しげだった声は少しずつ変わり、まるで私を責めるような声色になっていく。



 目を逸らすな?


 私がいったいなにから目を逸らしているって……。



「彼にはもう他に沢山の愛する女性がいる。ニーナはもう彼の全てではない。9人の妻のうちの1人でしかない存在になってしまったんだ」


「はぁっ……はぁっ……?」



 そんなこと分かってるの。



 むしろダンにお嫁さんを増やすように働きかけているのは私のほうなの。


 空っぽになったダンの中身を、みんなの愛で満たしてあげるために、私はむしろ積極的に……。



「ニーナはもう彼の全てではない。お前がいなくても彼は死ぬこともなく、幸せになれないこともないんだよ」


「…………え」


「ここでお前が死んでも、もう彼は他の妻の為に死ぬことは出来ない。お前が死んでも他の女が彼に幸せを注いでくれる。お前はもう……、彼には必要ないんだ。ニーナ」


「…………っ」



 ダンにとって、私はもう必要の無い存在。


 そんなことは分かってると言おうとしたけれど、理性で制御できないくらいに心が止まってしまった……。



 私以外の女と……、ティムルと、フラッタと、リーチェと、ヴァルゴと、ムーリと、ラトリアと、エマと、母さんと愛し合うダンの姿がフラッシュバックする。


 私の愛する人は愛する女性に優劣も区別もつけず、みんなを同じだけ愛してくれる。



 みんなを私と同じように愛してくれるなら、私がいなくてもみんながいればダンは幸せになれる……?



「自分が死んだら彼が生きていけない? 自惚れるなニーナ」



 瞳無き眼差しで私を見据えながら、父さんの声は止まらない。



「お前は常に彼の負担でしかなかっただろう。お前が居なければ彼はステイルークを追われることはなく、ボロボロになってマグエルを目指すこともなかった」


「そっ……そん……!」


「多くの人を助けるために無茶をすることもなく、巨大な敵に立ち向かう必要だって無かったんだ」



 そんなことない!


 私とダンは心から愛し合って、2人じゃなかったら生きてこれなかった!



 そう反論したいのに、その言葉は喉でつっかえるように止まってしまい、口から出ることはなかった。



 急速に体の熱が奪われていくように感じるのは、アークティクブリザードだけのせいなのかな……?



「お前がいたから彼は無理をしなければいけなかった。お前がいたから彼は傷つかなければいけなかった。お前がいるから彼は強さを追い求め続けなければいけなくなった」



 私がダンを縛り付けていたことは分かってる!


 私はダンの負担でしかなかったことも分かってる!



 だけど私たちは愛し合って、お互いが居なければこうやって生きていることもできなかった!



「それはただの結果論だニーナ。彼はお前と出会わなくても他の女性と愛し合い、幸せに、そして彼の望むように平凡に暮らしていたかもしれないじゃないか」



 それこそたらればの話じゃないっ!


 実際に訪れなかった現実に思いを馳せても何の意味もないはずなのっ!



「彼は1度だって妻を増やそうとはしなかった。彼は1度だって必要以上に強くなろうとはしなかった。……そう。お前さえいなければなぁ?」


「う……、うぅぅ……!」



 視界がぼやける。頬を伝う涙が凍る。


 私がダンの負担になっていたことなんて、始めから分かっていたはずなのに……。



 なんでそれを今更指摘されるのが、こんなにも苦しいの……?



「お前さえいなければ、俺がターニアを捨てることもなかった。お前という存在が居なければ、呪われてしまったターニアに留守を任せて、外に稼ぎにいくだけでも良かったんだ」


「…………っ」


「だけどお前が生まれちまった。生まれながらに呪いを受け継いだお前が生まれちまったから、俺とターニアの生活は、どん底からの更に底まで落とされちまったんだよぉ」



 ドリームスティーラーは詠唱を止め攻撃を止め、ただ私に言葉をぶつけてくる。



 この言葉を語るのは本当にドリームスティーラーなの?


 これが父さんの本音じゃないなんて……。父さんは私なんて生まれて来なければ良かったなんて思ってないなんて、誰がそんなことを言えるの……?



「呪いは伝染する。それが分かってからは心休まる日なんて1日たりともなかった。いつ俺に呪いが移るか不安で、あの家でお前と一緒にいる間、俺は1度たりともまともに寝ることが出来なかった」


「…………」


「なぁニーナ。もう充分だろう? 俺とターニアの幸せをぶち壊しておきながら、また同じ事を繰り返して、愛する彼の幸せもぶち壊すつもりなのか?」



 これは父さんの言葉じゃない。


 魔物が私の心を折ろうと捏造しているだけだ。



 頭ではそう思っても、心ではコイツの言葉を否定出来ない。



 幼い私の頭を撫でながら、いつか必ず2人の呪いを解いてやるからなと力強く笑いかけてくれた父さん。


 世の中にはこんなに凄い人もいるんだぞと、私を膝に乗せて英雄譚を語ってくれた笑顔の父さん。



 私の記憶が、父さんが私を愛してくれたのは嘘じゃないと叫んでいる。


 だけど笑顔の裏で、父さんは別の場所で別の家族と暮らしていたという事実が、コイツの言葉を肯定してしまう。



 ドリームスティーラーはその巨大な口を私の前に見せ付けて、死刑を宣告するように言い放った。



「お前さえ生まれて来なければ、俺もターニアも幸せなままでいられたんだ。お前と出会わなければ、彼はもっと簡単に幸せになることが出来たんだ」


「ぜん、ぶ……。わ、たしが……。私が、悪かっ……た……?」


「彼はお前の呪いまで解いてくれたというのに、お前はまるで呪いのように、彼の負担となって彼を苦しめ続けているだけだ」


「ちが、う……! ダンは…… ダンはぁ……!」


「お前は呪われた不幸な女なんかじゃない。お前こそが人を不幸にする呪いなんだよ、ニーナァァァァァ……!」


「――――そんなわけっ、あるかーーーーーっ!!」



 心折られた私の耳に届く、力強い否定の叫び声。



 私の目の前で大きく開かれていたドリームスティーラーの口の中に、槍が深く突き込まれる。


 いくらイントルーダーでも、体力が無くなった状態で体内を直接攻撃されては防ぎようがなかったようで、語るのを中断して大きく後ろに飛んで私から距離を取った。



「かあ……さ、ん……?」



 残されたのはへたり込む私の隣で槍を突き出す、獣化した母さんの姿だった。


 母さんは素早くポータルを詠唱し、いつでも離脱できる体勢を整えてから、へたり込む私を抱きしめてくれる。



「ニーナが生まれてくれて幸せしかないわよっ! この馬鹿ガレル!」



 冷え切った私の体に、母さんの体温が伝わってくる。暖かいなぁ……。



「自分が勝手に出て行ったくせに、その理由を娘に押し付けないでっ! 自分の不幸を誰かのせいにしてるから、アンタは最期の最期まで幸せになれたかったんじゃないっ!」



 母さんはドリームスティーラーを思いきり罵倒した後、私の頬にキスしてくれた。



「あの馬鹿の言うことなんて無視していいからねニーナ」



 そのくすぐったい感触が嬉しくて、体の奥に熱が戻ってくるみたいに思える。



「私にとってニーナの存在は、幸せをそのまま形にしたようなものなの。貴女がいたから私は今も幸せで、貴女を守るためならあんな化け物に立ち向かうことも出来るんだから」



 不快げにこちらを睨みつけたまま動かないドリームスティーラー。



 下手に襲い掛かってポータルで逃げられる事を警戒しているの?


 それとも、母さんの言葉に動揺してる?



 ドリームスティーラーから視線を外さないようにしながら、少し意地悪く笑う母さんの笑顔が視界に入る。



「ニーナの事を人を不幸にする呪いだなんて思わないんだけどね。どっちかって言うとさぁ、ダンさんのほうが呪いみたいなものじゃないのー?」


「……ダンのほうが、呪い?」



 にひひと笑う母さんが、悪い意味で言っているのではないのは分かるけど……。



「人の不幸を許さない呪い。本人の意思に関係なく、誰彼構わず幸せにしてしまう幸せの呪い。1度呪われてしまったら、世界中の誰より幸せにならないと決して解放してもらえない、強くて素敵な呪いなのっ」


「幸せの……呪い……?」


「悪意も理不尽も全て飲み込み蹂躙する、この世界の常識すら覆す自分勝手な暴君。この世界では当たり前なことでも、自分の手で全てを壊してでも不幸を否定する仕合わせの暴君じゃないのーっ」



 仕合わせの暴君。


 巡り合って幸せになれた私たちにピッタリの、私たちを繋ぎ止めくれたダンにぴったりのパーティ名。



「もしもニーナが人を不幸にする呪いだったとしても、ダンさんがそんなニーナを許すはずがないわ。どんな手段を使っても、どんな犠牲を払っても、世界中の誰よりも幸せにしなきゃ気が済まない人なんですもの」



 …………ああ、そうだ。ダンはそういう人だった。



 きっとダンは、あの日出会ったのが私じゃなくても、その手を取って救い上げてしまったと思う。


 でも逆に、私が人を不幸にする呪いでも、世界を滅ぼしかねない存在であっても、そんなことは関係ないと幸せにしてくれる人だった。



「……私の都合なんて全部無視して、それでも私を愛してくれたんだったね、貴方は」



 私のせいでダンに負担や苦労をかけているのは分かってる。


 だけどそれでも、ダンは私を幸せにしなきゃ気が済まない人だってことも忘れちゃダメなのっ。



 たとえ私のせいで自分が不幸になったとしても、それでも私を幸せにしなきゃ気が済まない、本当にしょうがなくて……、愛しい人。



「……うん。ありがと母さん。魔物の言葉に踊らされるなんて、自分でも気付かないうちに動揺してたみたいなの」



 母さんの温もりが、ダンへの想いが、私の体に熱を取り戻してくれる。


 母さんの腕からゆっくりと抜け出し、ドリームスティーラーと改めて対峙する。



「母さんが居てくれて助かっちゃった。でももう大丈夫だから母さんは下がって。私はもうあの醜悪な魔物に惑わされたりはしないから」



 落ち着いた体に熱が戻り、そして体の奥から怒りが湧いてくる。



「私が居なければダンは幸せになれたなんて……。よくもダンを侮辱してくれたね……!」



 ダンは私に手を振り払われても、それでも私を不幸にするのは我慢できなかった人なのに……!



 私が呪いでも負担でも、そんなのどうでもいいの。


 他ならぬダンが、そんなのどうでもいいって言ってくれたんだから。



 私たちにとって大切なのは、お互いがお互いにとって大切だってことだけなの。


 大好きだから、愛しているから、呪われていても負担になっても、それでも一緒にいる事を選んだだけ。



「……幸せのために私と母さんを捨てた貴方には分からないよ。幸せのために呪われた私を受け入れたダンの気持ちはね」



 自分の幸せのために私たちから逃げ出した貴方が、私たちの幸せの為に踏み込んできてくれたダンを語るな……!



「貴方の言葉はダンへの侮辱だよ。貴方がダンを語る事が最早彼への侮辱なの。愛するダンを侮辱した貴方を、私は絶対に許してあげないから……!」



 私の様子を見てもう大丈夫と判断した母さんが、ポータルで離れた場所に転移していく。



 まったく、我ながら恥ずかしいよぅ。


 コイツに言われたことなんて、ステイルークでダンに会った時に自分でダンに伝えたことじゃない。



 不幸になって、嫌われて、苦労ばっかりの毎日になっちゃうよって言ったのに、それでも私と生きたいと言ってくれたあの人の言葉を……。


 そんな毎日が嫌で逃げ出した貴方にだけは、絶対に否定させないんだからっ!!

※こっそり設定公開

 ドリームスティーラーは、単純な戦闘能力は低めですが、精神攻撃から魔法の応用まで、搦め手を得意とするかなり厄介なイントルーダーです。

 相性が良いのは、直接戦闘能力で搦め手を正面から突破できるフラッタとヴァルゴくらいでしょう。そして本編で描いた通り、ニーナに特効持ちです。


 射程無限の斬撃に対抗するために本体とは切り離した分体を生成して盾にしたり、ダメージを度外視して体温を奪う戦法を取ったりかなり狡猾で、孤児でありながらあの手この手で人頭税を返済し成り上がったガレルの内面が色濃く反映されているイントルーダーです。


 メタ的な視点では、今まで全体的に甘やかされがちだったニーナの成長の為の試練という側面が強い戦闘です。

 世界中に拒絶されながらも、隔離されたことである意味守られ、父に守られ母に守られ、そして本編ではずっとダンに守られてきたニーナが、自分の過去と向き合って成長する為のイベントバトルです。


 ドリームスティーラーの言葉は自分で書いていてムカムカしてきましたけれど、ガレルはダンの正反対のキャラクターとして描かれているので、当然と言えば当然でした。


 ドリームスティーラーがターニアを狙わなかった理由については諸説あると思いますが、ターニアに再会した時のガレルの反応、ニーナを追い詰めた時のドリームスティーラーの言葉を参考にするならば、多分ガレルはターニアに未練タラタラだったのではないでしょうか。

 そんなガレルの内面が色濃く反映されたドリームスティーラーは、ターニアに懸想する反面、ターニアとの決別のきっかけとなった娘ニーナに強い憎悪を募らせていたのかもしれません。

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