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【全年齢版】異世界イチャラブ冒険譚  作者: りっち
5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い
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310 貪汚

※ティムル視点。舞台はステイルークから、ステイルークの先の開拓村に移ります。

 

 竜爵家邸でみんなに指示を出し終えてから、私も自分の担当になった開拓村に転移する。


 みんなに偉そうに指図しておいて、自分の担当箇所が壊滅なんてされたらみんなに合わせる顔がないわ。



「うわ……。ここまで戦いの音が聞こえるなんて……!」



 開拓村の広場に転移すると、既に戦いが始まっているのか、侵食の森の方向から怒号が響いている。


 素早く建物の屋根に上がって騒ぎが聞こえてくる方向を見ると、開拓村に押し寄せている魔物の大群と、それを食い止めるこの村の住人とペネトレイターの姿が見えた。



 オディ様かトーレ様と合流して情報共有したいところだけれど、魔物の密度が濃すぎるわね。


 先に少し散らしていかないと前線に負担がかかりすぎるかしら。



「人的被害をゼロにすることが、私たちの勝利条件、よねっ!」



 全力で前線に向かって走ると、瞬く間に到着してしまった。


 獣化したニーナちゃんみたいなスピードで走れるようになった自分に呆れちゃうわね。



「其は悠久の狭間に囚われし、真理と聖賢を司る者。無間の回廊開きし鍵は、無限の覚悟と夢幻の魂。神威の扉解き放ち、今轟くは摂理の衝撃。クルセイドロア」



 到着後すかさずクルセイドロアを発動し、魔物の群れを吹き飛ばしていく。


 目の前の魔物の群れが消し飛んで、前線で戦っていた人たちが歓声をあげてくれる。



「ティムル様だ! ティムル様が来てくださったぞ! 守人達よ! 女神ティムル様の前でだらしない姿は晒せんぞ! 今1度奮起しろぉっ!!」


「「「うおおおおっ!! ティムル様!! ティムル様!!」」」



 なぜか私の姿を見て士気を上げる、ペネトレイターの皆さん。


 それは別に構わないんだけど、出来ればティムル様って呼ぶのは止めて欲しいわねぇ……。



 ざっと見渡した感じだと、怪我をしている人はいないみたい。


 ペネトレイターの人たちには回復魔法が使える人が多いから安定感があるわ。



「……にしても、女神ティムルってなんの話? 私はただのドワーフなんですけどぉ?」


「へ? ダン様が仰っていたのですよ? ティムル様は女神だと」


「…………へぇ~?」



 ダン……。後でたぁっぷりお仕置きしてあげるからねぇ?


 さて、今はダンへのお仕置きなんか放っておいて、この場を何とかしなくっちゃ。



「私は指揮を執っている人と合流して情報共有したいんだけど、この場は皆さんにお任せしても大丈夫かしら?」


「勿論です! 我らもフレイムフィールドが使えますからね。我らの魔法はティムル様のように1撃で魔物を蹴散らすことこそ出来ませんが、魔物の足止めに使用するには充分な性能です。そして足さえ止められれば、我々には()()がありますから」



 不敵に笑いながら私に槍を掲げて見せる魔人族の男。



 職業の加護無しで、アウターの奥地で数百年もの間暮らしてきたという守人の魔人族。


 そんな彼らの戦闘技術は、スペルド王国の戦闘技術とは次元が違う。



 それに彼らはダンと死なない約束をしているらしいから、無茶なことは無茶だと判断するでしょう。


 こんなに自信満々に笑ってくれるってことは、問題なく戦えると判断していいはず。



「それじゃこの場は任せます。1人も死んじゃダメだからねっ!」


「はっ! ダン様と女神ティムル様に誓って、絶対に犠牲者を出さないとお約束します!」


「そんな女神はいないから、誓ってもご利益は無いわよ~? それじゃお互い頑張りましょっ」



 魔人族の男にウィンクをしてから踵を返す。



 イントルーダーらしき巨大な魔物も今のところ見ていないということだから、私は1度下がってオディ様とトーレ様に合流する事にしましょう。


 2人とも非戦闘員だけど、あの人たちはきっと逃げたりしないでしょうからね。



 魔力を温存する為に走って開拓村に戻り、シュパイン商会が開拓村の事務所として使っている建物に到着する。



「……っ! …………っ。……!」


「……あら? なんだか中が騒がしいわね?」



 今は非常事態だから、開拓村の中心的な施設であるこの場所が騒がしくても不思議じゃないんだけど……。


 なんだか指示を出しているんじゃなくて、誰かを罵倒しているように思えるわね……?



「……かと言って、オディ様たちと合流しないわけにもいかない、かぁ」



 嫌な予感しかしないけれど、ここで中に入らないわけにもいかないのよねぇ。


 意を決して建物に足を踏み入れる。



「今はアンタらの妄想に構ってる暇は無いの。叩き出されたくなければさっさと出てって」


「ふん、人が下手に出ておれば調子に乗りおって。これでこの村の命運は尽きたようじゃな。この村が壊滅した後に国中に知らしめてやるぞ。魔物の襲撃を止める方法があったのに、シュパイン商会がそれを蹴ったせいで多くの命が失われたとなぁ?」



 静かな怒りを秘めたオディ様の声と、不快感を煽る聞き覚えのあるしわがれた男性の声。



 ……聞き覚えがあるなんてものじゃない。忘れられるわけがないっ……!


 私の人生を弄んだ挙句、首輪をつけて放置した、あのクソジジイの声じゃないっ……!



「……落ち着け。落ち着くのよティムル。今更あんなジジイに惑わされたりしないんだから……」



 私の頭の中を色々な記憶が駆け巡る。


 この男に弄ばれた記憶と、その全てを受け入れてくれたダンとの日々。



 うん。私はもう大丈夫。ジジイを前にしたって冷静で……。



「あらぁ? そこにつっ立ってるのはティムルじゃないのぉ。以前は本当にお世話になったわねぇ……!」



 ジジイに気を取られていた私に声をかけてくる、若い女の声。



 ……この声にも勿論聞き覚えがあった。


 毎日毎日ギャーギャーと捲し立ててきて、耳障りで仕方なかったあの女の声……!



「……ネフネリじゃない。何でアンタがここにいるワケ? 私を嵌めようと勝手に自滅して、投獄された盗人のアンタがなんでここに?」


「はっ! そんなのお前に復讐する為に決まってるだろうがっ!! 私の人生を狂わせてくれたお礼に、お前の全てを奪いに来てやったのよぉっ!!」



 私に向かって激昂するネフネリ。



 ……どうしてここにいるのかじゃなくて、どうやってここにいるのかが聞きたかったんだけど?


 ほんっと、相変わらず察しの悪い女ねぇ。



「私は何もしてないわよ? ジジイの金にたかって、自分で稼ぎもせずに商会の金をバカみたいに浪費して、挙句盗みを働いて投獄されたんだから全部自業自得じゃない」


「フザけんじゃないわよぉっ!! お前が……、お前が邪魔したんだろうがぁっ!!」


「あーら? 前々から馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ここまで馬鹿だったのアンタ? アンタが破滅したとき、私は誰かさんのせいで投獄されてたんですけどー?」


「うるさいうるさいうるさいっ! お前があのまま罪を被っていれば、エルフの秘宝は私の物だった!! 私は投獄されることもなく、エルフしか持っていないアクセサリーを持つ唯一の存在として、誰もが羨む生活を送れるはずだったんだぁ!!」


「あはーっ。逆恨みもそこまでいくといっそ清々しいわねぇ。でもざーんねんっ。アンタの人生が狂った原因に、私は一切関与してないわよー?」



 ネフネリが激昂して私を罵倒してくる。


 でもこんな女が怒り狂ったところで怖くもなんともないわねぇ。



「大体さぁ、世界樹の護りなんて身につけて人前に出たら、私が何もしなくてもアンタの犯行は明るみに出るじゃない。ちょっと時期が早まっただけで、やっぱりアンタの人生には破滅しか待ってなかったのよ?」


「なぁんですってぇ……!!」



 世界樹の護りの希少性を知っておきながら、それを身に付ける危険性に考えが及ばないのかしら?


 唯一の存在なんて目立っちゃったら、1発で犯行が露見しちゃうってば。



「前からお前の事は目障り……」


「黙れネフネリ!! これ以上騒ぎ立てるなっ!!」


「……っ!」



 呆れる私にまだ何かを叫ぼうとしたネフネリを、意外にもジジイが遮った。



「……お前はティムルか。拾ってやった恩も忘れて、キャリアどもと共謀してワシを追放した報い、必ず受けさせてやるからなぁ……!」


「アンタに恩なんか感じてないわよ。感じてるのは嫌悪感だけね。私を拾ってくれたのはキャリア様と今の旦那よ。アンタには奪われた記憶しかないわ」



 まったく、アンタのせいで異性との交わりが最低のものだって思いながら死んじゃうところだったわよ。


 ダンに抱かれて分かったけど、単にアンタがヘタクソだったってだけじゃないの。



 女を玩具としてしか認識できないアンタには、女を悦ばせるって発想が無いんでしょうね。



「奪われた記憶しかない、か。くくく……、確かにワシは貴様の様々な物を奪ってやったなぁ?」



 私を睨みつけていたかと思えば、突然意地汚い笑みを浮かべるジジイ。



「上も下も、貴様の初めては全てワシが奪ってやった。貴様の体は、いったいどれだけのものをワシに差し出してしまったんだろうなぁ……?」


「……やっすい挑発ねぇ。で? その奪ったものって何処にあるの? 奪ったものの管理も出来ないなんて、アンタ本当に商人だったの? ダッサ」


「なっ……! なななっ、なにをぉ……!」



 残念だけど、そんな挑発に揺さぶられるほど私はもう不幸じゃないの。 


 アンタに奪われた物はダンが全部取り返してくれたんだから。



 言い返した私に言葉を詰まらせるジジイだったけど、直ぐに気を取り直したように下品に笑い始めた。



「くかかっ! 無くしたのならまた奪うまでよぉっ! 今回も奪ってやるぞ……。貴様らが築き上げたもの、その全てをなぁ!」


「そ? また失敗して全部失って、小汚い姿で独り路頭に迷わなきゃいいわねー?」


「ふんっ! 減らず口を叩けるのも今だけだっ! 行くぞネフネリ。交渉は決裂した。この村はもう滅びを待つだけよ」


「そうね。もうこんな場所に居ても仕方ないわ。行きましょ」



 ニヤリと笑顔を浮かべながらも目だけは笑っていない2人。


 その瞳は爛々と、私に対する憎悪で輝いているように見えた。



 しかしそのまま退室するかと思いきや、ネフネリが私にニタリと笑いかける。



「逃げるんじゃないわよティムルぅ……? お前は私の手で地獄に落としてやるんだからねぇ……?」


「はいはい。私を引き摺り落とす前に、自分で勝手に足を滑らせて地獄に落ちないよう精々気を付けなさいな。前回みたいにねぇ?」


「なんだとっぉぉ!? もう1度言って……」


「行くぞネフネリ! 時間を無駄にするでないわっ!!」


「…………ちっ!」



 私との舌戦は分が悪いと判断したのか、ネフネリを制して席を立つジジイ。


 そして2人は特に何をするでもなく部屋を出て、ジジイが唱えたポータルでどこかに転移していった。



 へぇ~。あのジジイもポータルを使えたのねぇ。



「……ふぅ。ティムルが来てくれたおかげでようやく出ていってくれたわ」



 心底うんざりした様子で吐き捨てるオディ様。


 あの2人に居座られたらウンザリする気持ちも分かるわねぇ……。



「……オディ様。あの2人は何をしにここへ来たんです? 交渉って?」


「ええ。なんでもあいつらにはこの魔物の襲撃を食い止める方法があるんですって。だから魔物の襲撃から守ってやる代わりに、シュパイン商会の会長職に復帰させろと迫ってきたのよ。勿論突っぱねてやったけどね」



 ……ジジイとネフネリがこの魔物の襲撃を食い止められるですって?


 あの2人にそんな大それたことが出来るはずがないじゃない。



 もしできるとするなら、それは2人の背後に居る強大な存在……!



「でも……。仮にあの2人が敵に利用されているとしても、あの2人って利用されるだけの価値がある存在なのかしら?」



 あの2人がメナスに与していたとして、あんな奴らを自陣に迎え入れるメリットって、なに……?


 ジジイもネフネリも、これといって出来る事があるわけでもないのに。



 あの2人と敵との関係に頭を悩ませていると、そんな私をオディ様が抱きしめてくれた。



「来てくれて嬉しいわティムル。と再会を喜びたいところだけれど、まずは襲撃を乗り切る事を考えましょう」


「……そうですね。再会を喜ぶほど久しぶりでもないですしっ」



 確かにそうねと、オディ様と笑い合う。


 さっきまでの剣呑とした雰囲気が無くなって、緊張感は残しつつもリラックスできる空気が漂い始める。



 あの2人のせいですっかり忘れちゃってたけど、私がここを訪れたのはオディ様と情報を刷り合わせるためだったわね。


 当初の目的、オディ様との情報の共有を済ませちゃわないと。



「開拓村の防衛戦力に不安は無さそうですね。では私はこの襲撃の元凶の方を追ってみる事にします」



 防衛戦力の配置を確認し、私は攻撃魔法で魔物の数を減らしながらイントルーダーの発見を優先する事になった。



「気をつけてねティムル! 終わったらみんなでまた騒ぎましょっ!」



 オディ様に見送られて前線に戻ると、村の人たちとペネトレイターの人たちは1人の犠牲者も出すことなく持ち堪えていてくれた。


 みんなの力を借りながらクルセイドロアで魔物を蹴散らし、オリハルコンダガーで魔物を切り刻んでいく。



 ……けど、おかしい。


 どれだけ殲滅しても、魔物の数が全然減らない?



 造魔と従属魔法で用意された魔物であるなら、これだけ吹き飛ばせば補充が間に合わないはず……。


 滅ぼしても滅ぼしても、まるで侵食の森から生み出されているかのように魔物の数に変化が見られないわ。



 自分と周囲の人を鑑定してみるけれど職業浸透はやっぱり進んでいない。


 だから今戦っている魔物は自然発生した魔物ではない。なのに数に限りが感じられない。



「……前提が違う? 私もダンも、まだ何かを見落としている?」



 魔物を生み出す方法は、造魔スキル限定じゃなかったりするの?


 それとも召喚士は複数存在していて、今も造魔を行使し続けているとか?



 そう言えば、ジジイとネフネリがメナス側に回ったとするなら、あの2人がこの襲撃の糸を引いている可能性が高いのよね。


 あいつらはこの魔物の襲撃を止める術を知っている風だったし。



 あの2人が召喚士の職業を得ていた?


 いや、それは多分ないわね。あの2人が職業浸透のために努力する姿は想像できないもの。



 なら逆に、努力無しでも扱えるものと言えば…………。



「ま、さか……。造魔スキルを発揮できるマジックアイテムがあるっ……!?」



 メナスがいつから造魔を使えたなんて分からないけど、少なくとも数年前から使えたとしてもおかしくはないわ。


 そして相手は国家機密のマジックアイテム開発の技術を盗んでいた、と考えると……。



 数年間の研究と開発期間があれば、造魔スキルの再現に成功していてもおかしくは、ない……?



「マズいわね……! マジックアイテムはマズいわ……!」



 スキルだけならメナスを倒して終わる話なのに、マジックアイテムで誰でも気軽に魔物を生み出せるようになっていたなら話は変わってくる。


 ネフネリやジジイのような非戦闘員でさえ、マジックアイテムさえあればどこでも魔物の襲撃を行えるなんて、王国中がパニックを起こしかねない……!



 すぐに事実を確認して、もしもマジックアイテムが存在するならみんなに最優先で伝えなきゃダメ。


 他の人達は防衛に手一杯で、自由に動けるのは私自身だけ、か。



「私が動くしかない、かぁ……。まったくもう、本当に嫌になってくるわねぇ」



 ……でも、ダンはいつもこんな気持ちだったのかしら?


 そう思ったら、少しだけ肩の力が抜けてくれたような気がした。



「……ふぅ。落ち着け。落ち着くのよ私」



 現在イントルーダーの反応は確認出来てなくて、開発村の防衛は安定している。決して状況は悪くないの。


 焦らずに1つ1つ確実に対処すれば何も問題は起こらないわ。



 イントルーダーが確認されていない今なら、私が自由に動いても大丈夫。


 なら今のうちにマジックアイテムの存在を確認すべきよね。



 マジックアイテムがあるかどうか分からないけれど、あるという前提の下で捜索しましょう。



「問題はマジックアイテムの在り処。魔物の群れの先にあるのは間違いないと思うけど……」



 ジジイとネフネリが開拓村に訪問している間も襲撃は続いていたのだから、あの2人がマジックアイテムを携帯していたとは思えない。


 設置型のマジックアイテムで、半自動的に魔物を生み出し続けていると考えるのが妥当ね。



 それにあの2人は魔物の襲撃を食い止める方法、と言っていたはず。


 完全に魔物を制御下においているわけではないのでしょう。



 魔物は森の奥から襲撃してきているのだから、魔物たちのやってくる先を確認しないわけにはいかないわね。


 恐らくはプライミングポストが大地の魔力から水を生み出すのと同じように、アウターから魔力を吸い取って魔物を産み出し続けるタイプのマジックアイテム。


 産み出されている魔物の量を考えれば、大量に設置してあるのか、もしくはかなりの大型マジックアイテムのはず!



 うんっ! ここまで考えたら、もう迷ってる場合じゃないわね。とにかく動かないと!



「道を開けなさい! 叫喚静刻!」



 オリハルコンダガーを掲げてスキルを発動する。


 一瞬で周囲の魔物が消し飛んでいき、クルセイドロアの連発で失ったはずの魔力が漲ってくる。



「……まったく、本当に凄まじいウェポンスキルよねこれ。ありがとっ、ダン」



 叫喚静刻の凶悪すぎる性能を体験して、思わずオリハルコンダガーに向かって感謝の言葉が零れてしまう。


 ……っと、感心してる場合じゃないわ。奥に進まないと。






「クルセイドロアーッ! 轟け叫喚静刻! ……ん、あれは?」



 叫喚静刻とクルセイドロアを交互に放ちながら、森の奥に突き進んで行くこと数分。


 侵食の森が普通の森からアウターに切り替わったくらいの場所に、魔玉のように黒く発光しながら魔物を吐き出している巨大魔法陣と、その魔法陣の中心に魔玉ほどの球体が浮かんでいるのが見えた。




 貪汚の呪具




 貪汚(たんお)の呪具……?


 聞いたことがないマジックアイテムね……。



 ともかく、鑑定が通ったってことはマジックアイテムに間違いないわ!


 魔物を生み出すマジックアイテムなんてすぐに破壊して……!



「ほほぉ? これは驚いた。まさか本当にここまで来るとな、ティムルよ」


「きゃはははっ! 必死な顔しちゃって笑えるわぁ! ほらほら頑張らないと、お前が再建した村が壊滅しちゃうわよぉっ!?」



 耳に届く不快な声。


 魔方陣の中央で浮遊している球体の両側に立つ、目障りな2人組……!



 非戦闘員の癖に魔物を生み出し続けていたのは、エロジジイのロジィと馬鹿女ネフネリだった。



「魔物を産み出し人を襲うなんて、アンタたち自分が何をしてるのか分かってるの!? もう投獄や放逐なんて生易しい処罰じゃ許されないと思いなさいっ!」



 ジジイとネフネリに怒りのままに声をぶつけて、そのまま浮遊している球体を両断する。


 球体は特に抵抗もなく、アッサリと真っ二つになって地面に落ちた。



 ニヤニヤと癇に障るけど、非戦闘員の2人は私の動きに反応すらしていなかった。



「魔物の発生は無事に止まってくれたみたいね……。後はこの2人を……」



 球体が落ちると魔法陣も消失し、魔物の発生も止まってくれた。


 もしかしたら複数個同じものを所持している可能性があるから、さっさと2人を拘束してしまいましょう。



 そう思った矢先に私の耳に届く、ジジイの不快な笑い声。



「ふはははははっ!! ワシらが視界に入っていれば、感情のままに破壊に走るだろうと睨んだ通りだぁ!!」



 私の目に飛び込んできたのは高笑いするジジイの姿。


 その全身は魔力と思われる黒い霧のようなもので覆われてた。



 っていうかアンタらがいなくても、魔物を発生させているマジックアイテムがあったら最優先で狙うんですけどー?



「お前こそ、私に何をしたのか思い知れぇぇぇぇっ! 生易しい処罰じゃ許さないだってぇ!? お前こそ八つ裂きにしたって許されると思うんじゃないわよぉぉぉっ!!」



 怒りに満ちたネフネリの声。


 ジジイから彼女に視線を移すと、両断した球体の片割れが彼女の胸の中に融けていくところだった。



「なっ!? 私が切った貪汚の呪具が……!?」


「きたきたきたぁぁっ! これがお前を、八つ裂きにする力よぉぉぉぉっ!!」



 皮膚を裂き、骨を砕きながら肥大していくネフネリ。


 全身から真っ赤な鮮血を噴出しながらも、その瞳だけは色を失っていなかった。



「この球体は貪汚の呪具というマジックアイテムでな。ステータスプレートを登録すると、登録者の寿命を代償に異界の扉を開くことが出来るそうだ」


「異界の扉を……!? そんなことできるはずが……!」


「なんでも、似たようなスキルとマジックアイテムを参考にして開発されたらしいぞ? 詳しいことは知らんし、興味も無いがなぁ」



 得意げに語るジジイの胸にも、私に両断された球体が融けていく。


 全身の血管が大きく波打ち、内側から体が膨れ上がっていくその凄惨な光景の中で、ジジイの表情だけがどこまでも上機嫌だ。



「そんな凄まじい性能のマジックアイテムなのだが、当然欠点……、というかリスクがある。マジックアイテムが破壊された場合、出口を失った異界からの力が、登録者の肉体に限界を超えて注ぎ込まれてしまうのだ。その結果はご覧の有様よ」



 膨れ上がるジジイとネフネリの肉体は、触れ合ったところから融合していき1つになっていく。


 魔物化していく2人の姿と、どこまでも機嫌よく笑うジジイが全く理解できずに、私は動くことが出来ない。



「いったい……、いったい何の意味があるって言うの!? 欲望のままに女を弄ぶのは分かる。またのし上がる為に他人から何かを奪おうとしていたのも分かる……! でも自分の命を投げ打ち魔物に落ちてまで、アンタたちはいったいなにがしたいのよ……!?」


「くくく。意味など無い、意味など無いのだよティムル」



 戸惑う私の姿が愉快で仕方が無いといった様子で、己の肉体が壊れていくのも気にせず上機嫌なジジイ。


 その姿にはもう正気は感じられなかった。



「ワシらの人生は狂い、既に壊されてしまったのだからな。奪われ破壊された未来になど興味が無い。我々はそういう人種なのだ」


「未来に興味が無い、ですって……?」


「ワシもネフネリも返り咲くつもりなど毛頭無い。ただ我らの未来を奪い、狂わせ、破壊した者たちにも同じ目に遭って欲しいだけなのだよぉぉぉぉ!!」


「――――うっ!」



 ジジイの叫びと共に現れる4本の足。


 ネフネリが獣人だった為か、獅子を思わせる巨大な四足獣の足が出現する。



 その下半身は獣のような体毛に覆われていて、しかし腰から上は体毛が少なく、まるで人のような外見をしている。


 けれどその上半身には、4本の巨大な腕が生えていた。



 横に並んだ4つの瞳が、怒りの篭った視線を私に向ける。




 マモンキマイラ




「マモン、キマイラ……。こいつが私と戦う、イントルーダー……!」



 半人半獣の巨大なイントルーダーが、人の身から生み出されてしまった……!


 その4つの瞳から放たれる眼光に晒された私の体は、小さく震えて止まらない。



 オリハルコンダガーを握る両手がギシリと軋む。


 ギリリと不快な音を立てるのは、食い縛った自分の口。



 私の体を震わせているのは恐怖じゃなくて、押さえきれないほどの怒りだった。



「自分が不幸になったから、他の人にも同じ目に遭ってもらいたい、ですって……?」



 メナスが引き起こした開拓村の惨劇。


 その場に降り立ったダンがどれ程悩み、引き摺り、悔んでいたのかニーナちゃんに教えられた。



 その場に居合わせただけだったのに。


 誰かを救うほどの力を持たなかっただけなのに。



 この場で失われた命全てを自分で背負い、誰かの為にしか生きることが出来なくなってしまったダン。



「ふっざけんじゃないわよっ!! アンタたちの今の姿は、全部全部自業自得でしかないじゃないっ!!」



 まるで魂が燃え盛っているみたいに、体の内側が熱くて熱くて仕方ない。


 熱視が発現したあの日、ダンは私のために世界を滅ぼしてしまうんじゃないかと思えるくらいの怒りを見せてくれた。



 ……あの時のダンの気持ち、今の私には良く分かる。


 愛する人が下らない理由で苦しめられているのを知ったら、あまりの馬鹿馬鹿しさに世界の1つや2つ、滅ぼしてやりたくなっちゃうのね……!



「未来に興味が持てないなら、独りで勝手に死んでなさいっ!! 幸せを望み不幸に抗う全ての人の足を、自分勝手な理由で引っ張ってんじゃないわよぉっ!!」



 ジジイもネフネリも元々大嫌いだったけれど、もう嫌いなんて言葉じゃ絶対に済ませられないわ……!


 ダンがあえてこの場所に村を再建した意味を何も知らずに、他人の足を引っ張りたいだけでこの場所を襲撃したなんて……。



 八つ裂きにしたって足りないですって? 上等じゃないっ……!


 アンタ達なんて塵1つ残さず、この手で完全に殺しきってあげようじゃないのっ!!

※こっそり設定公開

 書き直しの際にティムルのレスバトルを増やしました。前verだとなんとなく言い負けちゃってると読み取れなくもなかったので。


 ロジィとネフネリは、ティムルを待って開拓村に居座っていました。オディとの交渉も本気ではなく、ただティムルがあの場に現れるまでの時間稼ぎでしかありません。ロジィの由来は文字通りエロジジイからです。


 サモニングパイルと貪汚の呪具は似たような効果を持つマジックアイテムです。両方とも呼び水の鏡と造魔スキルを参考に開発されたマジックアイテムなので、似ているのも当然かもしれません。


 両者の決定的な違いは使用時のリスクで、サモニングパイルは大地と発光魔玉を通して魔物を召喚するのに対し、貪汚の呪具は生贄召喚のように使用者の命を担保に擬似的なアウターを発生させるマジックアイテムです。


 本来サモニングパイルは使用者が魔物化するようなことは起こり得ないはずなのですが、ガレルとロジィ、そしてネフネリも呼び声の命石を所持していたことで想定外の事態が発生してしまったようです。


 ガレルは自分の手で自分を捨て去った者たちに復讐しようとサモニングパイルを取り込んでしまい、ロジィとネフネリは目の前のティムルを弄びたいという感情が重なってしまったことで、1つの存在として統合されてしまいました。


 人間族と獣人族の融合した魔物なのでキマイラ、強欲な2人の性質を引き継いだのでマモンと名付けられています。

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