284 風評
ワンダの将来設計にずっこけながらも、トライラムフォロワーへの説明を終える。
「孤児じゃなくてもトライラムフォロワーに入っていいのか!?」
「そこはお前らが話し合って決めりゃ良いんだよ。お前らのアライアンスなんだからさ」
アライアンス参加者を孤児に限定してるのはお前らなんだし、子供のトライラムフォロワー参加については、将来的には縛りを緩くしていけばいいんじゃないかな。
きっとこれからは孤児の数も減っていくと思うし、臨機応変に対応すればいいさ。
子供をアライアンスに参加させる為に両親が命を絶つとか、流石に意味不明すぎだからね?
子供も困るわ。両親の死因は子供がアライアンス参加資格を得るため、とか言われても。
「俺達のアライアンス、かぁ……!」
「自分たちで自分たちの事を考えて、そして決めていかなきゃいけないんだね。大変だぁ……」
「うん。だから選択肢を狭めないように、今は職業浸透を頑張ろう。私たちが強くなるほど、私たちが選べる未来って増えていくと思うから」
強くなるほどに選べる未来は増えていく。
コテンのセリフが耳に残る。
トライラムフォロワーやペネトレイターの参加者を見ていて思うのは、職業浸透速度のことだ。
確かに俺はニーナに比べて浸透が早かったけれど、ワンダ達やカランさん達と比べると、職業浸透速度の極端な差は無い気がするんだよね。
ワンダやカランさん達だって、強い魔物を沢山倒せばちゃんと職業は浸透していく。
散々早い早い言われ続けてきたけど、俺だけが異常に職業浸透が早いわけじゃないんだと思う。
それならばなぜ竜爵家が1年に1つなんてスローペースで職業浸透を進めていたかと言えば、恐らくは目安が無かったからなんだ。
浸透に失敗するとお金はかかるし、聖騎士みたいに転職ギルドが存在していない職業だと取り返しがつかないのだから。
旅人のように、インベントリが使える職業であれば浸透は分かりやすい。
けれど戦闘職も、商人、職人ルートも職業の浸透は非常に分かりにくいので、急がば回れの精神で1年かけて浸透させていったんだろう。
ティムルが旅人の浸透に失敗してしまったのは、職業浸透の知識が全く無かったからだ。
浸透のことを知らず、運が良ければ転職してもスキルを引き継げることもある、という認識しかなかった一般人のティムルは、インベントリという目安を活かす事が出来なかったということだなぁ。
「貴族の職業浸透に関しては、正直警戒しすぎてしまった感があるよなぁ……」
1年毎に1つの職業浸透だとしたら、高齢者になれば30も40も浸透が終わっているかもしれない。
そんな風に警戒したけれど、実際には竜爵家当主夫人のラトリアでさえも10個も職業浸透が済んでいなかった。
獣爵家や竜爵家の職業浸透数が少ないのは種族専用職業にレベル上限が無いせいなのもあるだろうけど、フォアーク神殿でのランダム幅を少しでも減らす為なのかもしれないなぁ。
あとただ単に、脳筋だから戦闘職以外上げる気が無いとか?
「う~ん……。行動の優先順位を決めにくい状況なんだよなぁ……」
敵がアクションを起こすまでどの程度の時間的猶予があるか、現時点では全く読めない。
仮に1年も時間的猶予があれば、トライラムフォロワーとペネトレイターたちはアウターエフェクトの撃破も可能になっていると思う。
けれどひと月も準備期間が無いとするなら、装備品すらまともに揃ってないかもしれないのだ。
だから守人たちが利用する予定の開拓村に、なるべく早く転職魔法陣を設置したいんだけど……。
維持出来ないと言われちゃあ意味無いもんなぁ。
マグエルでトライラムフォロワーに話を伝えた後は、ポータルで開拓村に転移する。
現状で開拓村のみんなに協力してもらえることは無いと思うけれど、情報は知らしめてこそ意味があるものだ。
召喚士や造魔スキルのことは流石に言えないけれど、近い将来王国が何者かに襲われるかもしれないことはキャリアさん達にも伝えておく。
「ダンさんとティムルの警告を無視するわけにはいかないからね。こっちでも注意をしておくよ」
「うん。直接戦えないにしても、危険そうな雰囲気とかを感じ取ったら近づかないようにして欲しいな」
「あー……。それとは直接関係無いかもしれない話なんだけどさぁ」
少し言い辛そうに話を切り出すキャリアさん。
関係無いかもしれないって言い方から察するに、キャリアさんはメナスと関係が有る話だと思ってるのかな?
「ダンさんたちってカリュモード商会とモメてるんだよね? なんか少し面倒なことが起こりそうだよ」
おおっと、キャリアさんの口からまさかその名を聞く事になるとはねぇ……。
まーたカリュモード商会がなにか吹っ掛けてきてるわけぇ?
「カリュモード商会が一方的に迷惑をかけてきたんだけどねぇ。面倒ってなに?」
「今までもスペルディアを中心に大きな力を持った商会だったけれど、なんだか最近更に勢いづいてきたみたいでね。私達シュパイン商会の排除に乗り出てきたのよ」
「はぁ? シュパイン商会の排除ぉ?」
王国の商売を独占でもする気なのかなぁ?
やり手の商会だとは聞いていたけれど、随分と強引な手段で勢力を伸ばしてるみたいだね。
「いやそれがさぁ。カリュモード商会はここまで強引な手を使うトコじゃなかったはずなんだけどねぇ」
「ありゃ? 排除されそうになってるキャリアさんが意外に感じるんだ?」
「そりゃあね。元々スペルド最大手の商会だし、今更無理矢理勢力を拡大するメリットがあるとは思えない。それに今までシュパイン商会は勿論、他の商会を排除するような動きは取ったことが無いハズなんだけどねぇ」
今まではそこまで問題のある商会ではなかったと。
じゃあなんでこのタイミングで……、と質問しかけた時に、キャリアさんが俺を見詰めているのに気付いた。
「思うことがあるなら、遠慮無く言ってもらった方がありがたいよ?」
「……あくまで可能性の域を出ないけど、狙いはシュパイン商会じゃなくて仕合わせの暴君……、かもしれないわ」
「へ? なんで?」
「カリュモード商会とモメたダンさん達と関わったから、私たちを排除しようとしてるのかなってね」
シュパイン商会じゃなくて、俺達のほうがターゲットだってぇ?
スペルディアでは確かに迷惑をかけられたけど、そこまで俺達に執着するかなぁ?
「最近私達はダンさんのおかげで、開拓村の復興事業を筆頭に相当稼がせてもらっている。少し調べれば私達とダンさん達が繋がってることは分かるでしょう。カリュモード商会としちゃあ面白くないんじゃない?」
「自分たちが得るはずだった利益を横取りしやがってー、みたいな? 馬鹿馬鹿しいにも程があるよ。こっちは完全に被害者だったっていうのにさぁ」
「ま、商人なんて腹に一物抱えてるような人間ばかりだからね。逆恨みの1つや2つでいちいち目くじら立てても仕方ないわ。その結果、もうちょっと面倒なことが起き始めてるの」
「面倒事かぁ……。聞きたくないなぁ」
話の続きを聞きたくない俺をスルーして、キャリアさんは言葉を続ける。
「実は最近、ダンさんに対してあまり良くない噂が流されているみたいなのよね。出所が特定できないくらいの沢山の街で、ほぼ同時期に流され始めたようなの」
「良くない噂ぁ? 良い噂だって立たないようにひっそり生きてるのに?」
「ダンさんのどこがひっそりしてるのかは今は置いておくよ」
置いておかないでよ! そこ大事なところだからぁっ!
ボケたつもりじゃないんだから、そんなに華麗にしないでくれませんかねぇっ!?
「大量の奴隷を購入して強制的に労働させているとか、沢山の女性を囲っているとか、トライラム教会の孤児を買い取って好き放題しているとか、自分は戦わずに女性の後ろに隠れているとか。建国の英雄リーチェをかどわかした詐欺師、みたいな風聞が流れているの」
リーチェをかどわかした詐欺師っすかぁ。
うん。カリュモード商会の関与が疑われるなっ!
「でも、う~ん……」
そんなの全て嘘だー! と一蹴できない程度に事実が混ざってるのが厄介かな?
大量の奴隷に労働をさせているのも、みんなとイチャイチャしてるのも、孤児の人頭税を肩代わりしたのも嘘じゃないわけだし。
「俺の風聞はどうでもいいけど、シュパイン商会としてはどうなのかな? カリュモード商会に睨まれると危険だって言うなら、開拓村から手を引いてくれても怒らないけど」
「ははっ。この私に、随分と安い挑発してくれるじゃないの」
俺の言葉を挑発と受け取ったらしいキャリアさんは、不敵な笑顔を俺に向ける。
いや、普通に訊ねたつもりだったんですけどぉ……?
「カリュモード商会が勢いづいた理由は分からないけど、そんなものにビビるとは思われたくないわ。というかダンさんが齎す利益って、王国を敵に回しても惜しくない程度には魅力的なんだってこと、そろそろ自覚してくれないかしら?」
「いやぁそんな事言われても。もう利益にはあんまり興味無いし?」
「はっ! ダンさんらしい回答だねぇ? だけどウチとしちゃあ興味津々なの。この先装備品を扱えるようになったら、カリュモード商会なんて真っ向から捻じ伏せてあげられるわよ」
カリュモード商会なんて眼中に御座いません、とばかりに啖呵を切るキャリアさん。
現在聖域の樹海のドロップアイテムは、シュパイン商会がほぼ独占していると言っていい状況だろう。
アウターの独占は竜人族の本拠地であるヴァルハールや、スペルド王国の王都スペルディアなどでも行われている、この世界では珍しくない行為だ。
つまりはそれだけ価値があり、権力者達が独占すべき資源として扱われているわけだ。
この世界の生活は、魔物のドロップアイテムで成り立っていると言っても過言ではない。
そんな世界でアウターを独占する事の意味を、俺は少し軽く考えすぎていたのかもしれない。
アウターを独占するという事は、地球基準で考えると石油産出国になったようなものなのかもなぁ。
「充分な利益が見込めるし、仮に正面からやりあっても勝算がある私達のことはいいの。ダンさんこそこのまま風評が広まったら困るんじゃないのかしら? 情報の真偽なんて気にしない人間というのも一定数は居るものよ?」
「俺も別に困らないかなぁ。全部嘘って話でもないし?」
むしろリーチェのかどわかしは積極的に肯定したいんですよ。
実際にはまだ最後の一線を越えられてないけど、リーチェは俺の嫁! って世界中に知らしめたいんですよね。
「それに極端な話、俺達は俺達だけでも生きていける状況だからね。国から追われる事になってもそんなに困らないような気がする。刺客が放たれたら奈落の奥にでも隠れてたらいいだけだし」
「……実際に話してみないとイメージ出来なくても仕方ないのだけれど。カリュモード商会はダンさんを軽視しすぎちゃってるわねぇ。今までの王国の常識でダンさんを推し量るのは無謀すぎるわ……」
人を非常識みたいに言わないで欲しいなぁ。
ちょっと他のみんなと出身地が違うだけの、か弱い人間族さんですよーだ。
カリュモード商会への対応は、相手の動きに警戒しつつも静観することになった。
こちら側の資金は潤沢で、護衛の魔物狩りを雇うのも容易だ。
建材を買い占められたばかりの王国はシュパイン商会が捌く聖域の樹海の木材が欲しくて堪らないだろうし、聖域の樹海で得られるドロップアイテムも独占状態。
物流の根っこを押さえている状態のシュパイン商会に怖いものはない。
「……さて。他に俺に知り合いっていたっけな?」
そんなことを思った結果、シュパイン商会の次に向かった先はステイルークだった。
「信じる信じないは自由にしていいよ。俺の戯言だと思って忘れてくれてもいいし、災害に備えるつもりで準備してくれてもいい。みんなに任せる。別段なにか協力を要請する気も無いから」
ゴールさんとラスティさん、そしてフロイさんの3人に、王国に危機が迫っている事を報告する。
「でも、もしも俺の懸念が現実化した場合、大量の強力な魔物が王国中で暴れ回る事になると思う。起きないのが1案だけど起こるかもしれないから、一応こうして報告に来たんだよ
「……ダンの話を警備隊に話しても信じてはもらえねぇだろうが、魔物の襲撃の可能性を臭わされて何の対策もしないってワケにはいかねぇんだよなぁ。時期も何も分かってないってのは、説明するのに苦労しそうだぜ……」
フロイさんは始めから俺の話を鵜呑みにしてくれているようだった。
自分で言うのもなんだけど、そんなにアッサリ信用していいのかねぇ?
「父さ……、領主様に説明するのも少し難しいですね。ですがダンさん達は今開拓村の復興事業を手がけています。それに関連付けて、侵食の森で魔物の大量発生の予兆を感じ取ったとでも報告すれば、少なくとも無視は出来ないんじゃないでしょうか?」
「なるほどね。ラスティさんナイスアイディア。それでいこう」
スペルド王国の南の防衛を任されている獣爵家としては、侵食の森で異変があったと報告されたら絶対に無視だけは出来ないと。
実際にどの程度の対応をされるかは分からないけれど、領主の判断次第ではフロイさんも動きやすくなるかも。
「ふぅむ。私に出来ることはあまり無いような気がしますが、何か出来る事を探してみましょう。あまり期待はしないで頂きたいですがね」
「助かるよゴールさん。俺の杞憂で済めばいいんだけどねぇ」
街の役員でも警備隊でもないゴールさんを同席させた意味はあまり無かったかもしれないけれど、戦えなくてもいつでも避難できるよう心がけていくだけでもいいからね。
いざという時に奴隷という人手が扱えるゴールさんは、王国の危機を知っておくべきでしょ。
「ま、俺達も微力ながら協力してやるさ。ニーナの解呪に成功したダンの事を侮る奴なんて、ステイルークには残っちゃいないからなぁ!」
「いててっ! フロイさん強い強い! 獣人族が人間族を思いっきりぶっ叩かないでよぉっ!」
俺の背中にバンバンと平手を打ちつけながら、任せろと笑顔で槍を持ち上げるフロイさん。
初めて会った時のフロイさんは後方支援に回されていたけれど、騎士になった今のフロイさんなら最前線にだって立てるかもしれない。
1年前にお世話になった借りをこの程度で返せたとは思わないけれど、出来る範囲で情報を役立ててくれたら嬉しいな。
さて、それじゃ挨拶回りは終了かな?
早くみんなと合流したいところだけれど……。何か差し入れでも持って行こうかな?
「ああダンさん。合流出来て良かったの……!」
「ターニアさん? 俺に何か用かな?」
ステイルークからマグエルに転移し、ホットサンドメーカーさんに無双してもらおうと家に入ると、自宅でターニアさんが俺を待っていた。
「今日ってダンさんとニーナは別行動してるのよね? ちょっとお話できないかな? ニーナには内緒で」
「え、えぇ……? なんか不穏な雰囲気なんだけどぉ……?」
母親のターニアさんと、娘のニーナに内緒でする話って何よ。
エロ方面の話題なら大歓迎です!
と言いたいところなんだけど、ニーナに内緒でターニアさんとエロ方面の話をするわけにはいかないな。
まぁまずは話を聞いてみようか。
「残念だけどえっちな話ではないかな? どちらかというと面倒事だねー」
あっさりと俺の表情を読みきって、きっぱりと否定してくるターニアさん。
残念なようなホッとしたような、とても複雑な心境ですね。
ニーナに内緒の面倒事ってなんだろう。獣爵家関係?
「ほら、以前約束したじゃない? 私が冒険者になったら、呪いを受けたアウターに連れていってあげるってさ。そっちの話なの」
「あ、その話かー。うんうんそれで?」
「浸透はまだ終わってないけど、私って冒険者になってポータルも使えるようになったじゃない? だからみんなを招待する前に、ちょっとポータルを試してみたんだけど……。転移、できなかったのよねー」
「ポータルで転移できなかった……」
移動魔法ポータルで転移できなくなる条件は確か……。
記憶している地形と比べて、実際の地形が大きく変化してしまった場合だっけ?
「呪いを受けたのは、確か17年以上前の話なんでしょ? それだけ年月が経過していれば環境が変わって、ポータルを使えなくなっても不思議じゃないんじゃ?」
「私もそう思って、ある程度離れた場所に転移してから徒歩で確認に向かったの。そしたらさぁ……。こんな厄介事ってある? って感じになっちゃってね」
当時未発見だったアウター。そして厄介事か。
呼び水の鏡を置いた時みたいにアウターが広がっていたとか……?
あ、もしかして誰かに発見されて独占されているから、無断で挑戦できないとかかな?
「半分正解かな。でもその程度ならニーナがいる時に話すからね」
「ん、まぁ確かに。ニーナに伝えられない話ではないか」
「今回の話をニーナにするべきかどうか、私1人じゃ判断できなくて……。悪いけどダンさんを頼らせてもらったの」
「思ったよりも深刻そうだね? 半分正解ってことは、誰かがアウターを非公式に独占しているって事? ニーナに聞かせられないのは、呪いが何か関係しているからかな?」
力なく首を横に振るターニアさん。
その表情は険しく、俺への報告を口に出したくないみたいな雰囲気だ。
1度息を吐いて、意を決したように口を開くターニアさん。
「……アウターの存在を秘匿して、個人で独占している男がいるの。そしてその男の名前は……、ガレルっていうらしいのよねぇ」
「…………え? ガレル、って、たしか……」
「……私の主人であり、ニーナの父親だった男よ。うん。生きてたみたいなの、あの人……」
ターニアさんから告げられた言葉に、俺の思考が停止する。
「………………え~っと、マジで?」
停止した俺の思考では、IQが低い返答をするので精一杯だった。
って、父親が生きていたなら迷わずニーナに知らせるべきじゃないの?
父親の生存をニーナに伝えるのを躊躇する状況ってなに?
た、確かにこれは面倒って意味合いが強い案件だなぁ……。