282 ※閑話 準備
※閑話。メナスの視点です。
崩界を使わされたのは痛手だったけれど、あのままでは殺されていたのだから仕方ない。
それに崩界のおかげで無事にイントルーダーの討伐に成功した今、別のイントルーダーを狩ることも可能になったのだから、トータルで見れば大幅なプラスだろう。
……しかし2体、3体とイントルーダーを狩るうちに、イントルーダーと造魔スキルの相性の悪さに気付く。
確かにイントルーダーは強大な存在だ。1体居ればこの国を滅ぼす事だって不可能ではないだろう。
古の邪神ガルクーザの脅威も、あながち誇張表現ではなかったのだろうと思える。
しかしその強大さゆえに小回りが利かない。
造魔に必要な魔力は膨大、巨体ゆえに移動魔法は適用されない、人目を避けて運用することが難しいので奇襲や潜伏はまず不可能。
イントルーダーを使役したことで、アウターエフェクトがどれだけ使いやすい魔物だったのかと再認識させられた気分だ。
「……これは、運用方法を少し慎重に練る必要があるか」
予め呼び出しておくことが出来ないなら、数を揃える意味は殆どない。
必要魔力も膨大で、緊急時に複数を同時に呼び出すこともまず無理だ。イントルーダー狩りはもう充分か。
長年あれほど追い求めたイントルーダーだというのに、いざ手にしてみると粗ばかり目立ってしまう。
くくく……。本当にままならないものだ。
「……ふぅ。まだまだ万全には程遠い、か」
崩界を使った反動で、未だに体が不調続きだ。
自分が動くのは少し控えて、体調を万全に整えるべきか。
いざリーチェのパーティと相対した時に万全でいられないなど、相手にも申し訳ないというものだ。
自宅で養生し回復に努めながら、レガリアからの調査報告に耳を傾ける。
「リーチェのパーティは仕合わせの暴君という名らしい。面白い事にリーダーはリーチェではなく、ダンという人間族の男のようだ」
「それは実に興味部深い。まさか建国の英雄リーチェを差し置いてパーティを率いているのが、人間族の男とはね」
「人間族がリーダーを務め、獣人、ドワーフ、竜人、エルフ、魔人で構成された、非常に珍しい構成をしているぞ。くくく……。6種族が揃うなど、蒼穹の盟約を思い出してしまうな?」
先代メナスが意地の悪い笑顔を浮かべている。
リーチェのパーティがかつての英雄、蒼穹の盟約と同じ構成をしていることが面白くて仕方ないのだろう。
そんなこと、自分にはどうでもいいという感想しか抱けないが。
「結成されたのは昨年の後半頃らしいな。その前からリーチェはメンバーと行動を共にしていたようだが、パーティ登録をせずに活動していたらしい」
パーティ登録はされていなかったものの、昨年の夏頃にはリーチェとリーダーの男の接触が確認されているようだ。
「しばらくは5人で活動していたようだが、今年になって6人目の魔人族が加わったようだな。タラム以外の魔人族など、いったい何処から見つけてきたのやら。バロールの生き残りかも知れぬ」
「バロール? タラム? 魔人族は魔人族じゃないのか?」
「くくく……。自分の手で皆殺しにしたバロールの名前など、貴方にとっては記憶する価値すら無いのだな」
……相変わらず、何を言っても嬉しそうな顔をする男だ。
分からない事を素直に聞いただけだというのに、何がそんなに嬉しいのやら。
「タラムは現在スペルドと交流のある魔人族たちの事で、バロールは呼び水の鏡を持っていた者たちのことだ。以前貴方が拾ってきたではないか」
「……ああ、確かにそんなこともあったな。なんせ呼び水の鏡の印象の方が強くてね」
「くく、確かにな。神器の発見に比べたら、魔人族の部族などどうでも良い情報だ」
機嫌よさそうに持ってきた書類に目を落とし、そして改めて感心したように息を吐く先代の男。
「しかし調べてみて知ったんだが、随分と手広く活動しているパーティらしいな。トライラム教会と協力関係を築き、ルーナ竜爵家のマインドロードを滅ぼし、果ては開拓村の再建にまで取り組んでいるようだ」
「へぇ。ルーナ家と開拓村の件は知っていたけれど、あの堅物の教会とまで協力関係を?」
「なんでも教主イザベルと一緒のところも目撃されているそうだぞ? 教会の腐敗司祭を摘発した縁で知り合ったらしいな」
「ふむ。随分と面白い話じゃないか。まるで建国神話の英雄リーチェのように、人に寄り添って生きている人物のようだ」
しかし、組織の情報収集能力に驚かされてしまうな。
かのトライラム教会は清廉潔白で有名な場所だというのに、どうやってそこまで詳細な情報を得ているのだろう?
「この潤沢な資金を考えると、間違いなくどこかのアウターの最深部で活動しているのだろうな。妻の1人は大商会の元関係者らしいが、今は商売をしている様子は無いらしい」
「英雄リーチェと竜爵家の娘がいる時点で、アウターの最深部で活動する戦力は充分だろうね」
「そしてこれには驚いたのだが、どうやらリーチェもパーティリーダーの男と婚姻契約を結んでいるらしいのだ。婚姻を結ぶなど、ダミーの誓約はいったいどうなっているのやら」
「へぇ? 450年以上も孤独に彷徨っていたリーチェが、人間族の男と? それは興味深いね」
先代の男……、いやレガリアという組織がリーチェにどういう感情を抱いているのか自分は分からない。
同情でもしているのか、憎むべき対象として憎悪しているのか。
そして自分は特に思うところはない。遊び相手になってくれたら嬉しいくらいか。
「リーダーの男の戦闘力は不明だ。ただ以前ヴァルハールで、竜人族のフルパーティを1人で撃退したことがあるそうだ。パールソバータで貴方が飼っている銀翼の大鷲を撃退した時には、女に戦わせていたという話だがな」
女の後ろに隠れている臆病者……、という事はないだろうな。
そんな男にアウターの最深部で活動する度胸があるとは思えないから。
パールソバータの牧場を護っていたのは5体のアウターエフェクトだった。
それを撃退したと思われる時も、男はメンバーと一緒に活動していたらしい。
少なくとも、アウターエフェクトに殺気を向けられても動じない実力があるということだ。
「……仕合わせの暴君を調べていて、1つだけ気がかりな情報があった」
「聞かせてくれ」
「奴らはマインドロードを撃破した後、一定期間ヴァルハールに滞在し、竜王のカタコンベに潜っていたらしいのだが……。恐らくその滞在期間中に、竜王のカタコンベで魔物の消失現象が確認されているのだ」
「……へぇ、それはそれは」
アウターでの魔物の消失現象は、イントルーダーを撃破した事によって引き起こされる現象だと思われる。
となると、リーチェのパーティは竜王のカタコンベでイントルーダーに遭遇し、しかし誰1人欠けることなく撃破に成功しているということだ。
「は、はは……! それは信じ難い情報だな。いくら英雄リーチェを擁するパーティであっても、俄かには信じ難い……!」
自分もイントルーダーに遭遇した今だからこそ、余計に信じがたい情報だ。
あの化け物相手に誰1人犠牲者を出すこともなく、しかも誰に悟られることも無く討伐を成功させているなどとは……!
もし本当にイントルーダーを撃破しているとしたら、遊び相手なんてものじゃない。
自分にとっての好敵手と言ってもいいんじゃないのか?
相手にとって不足ないどころではないな。こちらの方が挑戦者であると自覚せねばなるまい。
であるなら、こんなにボロボロな状態で相手するわけにはいくまいよ。
「イントルーダーを正面から撃破した可能性があると言うなら、戦闘力はこちらより上だと思ったほうがいいな。崩界無しにイントルーダーを撃破するなど、自分には考えられないからな」
「……崩界を使わされたのは痛かったな。崩界のおかげでイントルーダーを使役できるようになったのだから無駄ではなかったが……。やはり崩界は代償が重過ぎる」
使わなければ殺される状況だったんだ。仕方ないだろう。
使ってしまったことを嘆くより、崩界で得られた力をどう活用すべきか考えるべきだ。
調査報告の続きを促す。
「エルフの王女であるリーチェを筆頭に、ニーナという獣人族の娘は獣爵家の血筋、フラッタという竜人族は竜爵家の血筋と、かなりの血統だな」
テーブルに広げられた資料を見ながら、パーティメンバーの情報を1人1人確認していく。
「ティムルというドワーフは奴隷出身で、商人として長く過ごしてきた女だ。孤児院の建設や開拓村の再建などを任され、かなりの大金を動かしているらしい。ヴァルゴという魔人族については流石に情報が無いな。槍使いであるということくらいか」
「……? リーダーの男は?」
「……ああ。それがリーダーの男だけは、どれだけ調査しても良く分からないのだよ」
饒舌に語っていた先代の男は、リーダーの男の話になった途端に眉を顰めて怪訝な表情を浮かべた。
組織の諜報能力でもよく分からない……?
「開拓村の生き残りとしてステイルークに保護されたらしいが、本人は記憶喪失で何も覚えていなかったそうだ。保護された時も村人で財産も無く、戦える人物には見えなかったらしいのだがな」
「開拓村の生き残り……。つまり去年の4月はまだ村人だったのか」
「現在はスポットの東のマグエルに拠点を築き、リーパーとして生計を立てているようだが……。ギルドも利用した記録が無いし、フラッタやリーチェとどうやって交流を深めていったのか、その接点が不明だな」
リーチェとの出会いはティムルの窃盗疑惑だと分かっているが、建国以来人との交流を避け気味だったリーチェとどうしてここまで仲良くなったのか、それは流石に分からなかったらしい。
リーダーの男がステイルークに滞在している間、キューブスライムやホワイトラビット相手に苦戦している姿は何人にも目撃されていて、記憶喪失も村人であった事も嘘だとは思えない、と先代の男は締め括った。
開拓村を滅ぼしたのは確か去年の春先。つまりそれからまだ1年も経っていないということになる。
元々村人であった者が、1年も経たずにアウターの最深部で戦えるようになった?
「リーダーの男の戦闘力も職業も不明だ。ただし数十人に対して治療魔法を行使しても平然としていたという報告がある。少なくとも司祭を浸透させてあるのは間違いないし、魔力の増加する職業の浸透数も少なくないのだろう」
「……1年前は村人だった者が司祭まで浸透を済ませて、更には他の魔法職も浸透している? リーチェを筆頭に他のメンバーが優秀だったとしても、あまりにも職業浸透が早すぎないか?」
「……ああ。それとリーチェと言えば、ここ最近随分とフォワーク神殿に通いつめているらしいぞ? 多いときは同じ日に数回転職をしているらしい。何かなりたい職業でもあるのかもしれんな」
フォワーク神殿に通いつめるリーチェと、異常な速度で職業浸透しているリーダーの男。
……なんだろうな。この事実、無視したら危険な気がするぞ。
「どうやらリーチェだけに注目するのは危ないようだな。今後も彼女たちの動向には気を配ってくれ。ただし直接監視をして警戒されるようなヘマはするな」
「……貴方に警戒心を抱かせるほどのパーティなのだな。了承した。徹底させよう」
「戦闘力以外の面はどうだ? 周囲との関係、なんらかのトラブル、メンバー間での不仲など、なにか使えそうな要素は?」
イントルーダーを従えた事で少し天狗になっていたかもしれない。
まさか崩界無しでイントルーダーを撃破できる人間が居るなど、想像したこともなかったからな。
話を聞いていると、イントルーダーの撃破は真偽不明だが、イントルーダーを撃破していてもおかしくない雰囲気を感じるパーティだ。
イントルーダーをぶつければ終わるような楽な相手では無いと思うべきだろう。
「メンバー間の仲はすこぶる良いらしい。彼らが泊まった宿の後始末が大変らしいからな。周囲との関係も基本的に良好と報告を受けている」
「まぁ……あの教会と懇意になっているくらいだからね。難しいか」
「しかし、トラブルに巻き込まれることも少なくないようだ。リーチェを筆頭に美人揃いのパーティらしいからな。この前はシモンまで魅了したらしいぞ?」
彼女らが旅をすると、その美貌に釣られて男どもが寄ってくるらしい。
そして国王は相変わらずだな。こちらが特に何もせずとも周囲の足を引っ張ってくれる、まさに獅子身中の虫だ。
「大きい相手だと、カリュモードという巨大な商会とトラブルを起こしているな。それと各地で彼女たちに近寄って撃退され、逆恨みしている者も少なくない。銀翼の大鷲も撃退後は放置され、憎悪を募らせているらしいからな」
「なるほど。付け入る隙はありそうか」
盤外戦術など邪道と罵る者もいるだろうが、自分はそこまで合わせて真剣勝負の範疇だと思っている。
ましてやイントルーダーを正面から打倒するような者たちに、遠慮も躊躇もしている場合では無い。
「自分は暫く休養に専念させてもらう。その間に仕合わせの暴君についてもう少し調査してくれ。主に周囲との人間関係を、メンバー個人単位まで細かく調査して欲しい」
実際、竜爵家の娘は婚約者に懸想されていたからな。
美人揃いのパーティだというのであれば、調べれば色々と出てきそうだ。
了解したとだけ言い残し、先代の男は去っていった。
「さて、面白くなってきたのはいいが、簡単な相手ではなさそうだな」
実際にどうやって相手取るかは、メンバーを調査してから良く作戦を練らなければいけないが、少なくとも正面から当たれる相手ではなさそうだな。
最低限、パーティ分断は必須。その為にはなるべく多くの手駒が必要だ。
従属魔法と造魔で魔物を増やすことは出来るが、魔物は街中に潜ませられないし奇襲には使いにくい。使えたとしても精々1度だけだ。
イントルーダーを倒せるようなパーティに半端な魔物は意味を成さないだろう。
ならば本人達にぶつけるのではなく、陽動に使うほうが効率的だな。
「くくく……。こんなに楽しいのはいつ以来だろう……? もしかして初めてかもしれないな?」
崩界の反動でボロボロになった我が身が憎らしい。
こんなにも興奮が止まらないというのに、体は安静にしておかないといけないとは。
さて、どうしてあげるのが1番良いかな。
彼女達と協力関係にあるというトライラム教会や、彼女達が復興を手掛けている開発村をもう1度壊滅させてみるのもいいだろう。
婚姻を結んだばかりらしい男を、本人達の目の前で八つ裂きにしてみるのも面白そうだ。
正直、リーチェたちには少し申し訳ない気持ちはある。
彼女達は積極的に社会貢献をしているらしいし、自分は彼女たちに何かされたわけでもない。
レガリアとしては彼女達の行動に歯痒い想いをしているかもしれないが、レガリアの思惑なんて自分には知った事ではない。
彼女達は、ただ自分の相手が出来るかもしれないという理由だけで自分に目を付けられてしまったのだ。
彼女達には何の非もなく、全面的に自分が悪い。
だがやはり、挑戦の昂揚というのはいいものだ。
彼女達には悪いが、この興奮を手放そうとは到底思えない。
脅威というのは突然理不尽に降りかかるものだ。
自分に目を付けられたのは不運だったと諦めて欲しい。
療養と調査に専念しながら、少しずつ魔物の従属も進めていく。
従属した魔物には、人目を避けて来るべき日まで生き残り続けるように命令しておく。
通常の魔物なんて役に立たないだろうが、彼女達を分断するのには使えるだろう。
何よりイントルーダーの召喚・使役を行う為には、捧げられる魔力はいくらあってもいいのだから。
レガリアからの調査報告を聞きながら、少しずつ魔物を増やしていきながら、いつか作戦を決行する日を夢見て準備を続ける日々。
寝ても覚めても、考えることは仕合わせの暴君のことだけ。
「くくく……。我ながら、まるで恋する乙女のようだな?」
くだらない一生を終えると思っていたのに、こんなに興奮できるなんて思わなかった。
自分は本当に幸せ者だと思う。
リーチェたち仕合わせの暴君には、どれだけ感謝しても感謝し足りない気がしてしまう。
仕合わせの暴君よ。いつかこの想い、直接届けようじゃないか。
だからその日まで、もう少しだけ待って欲しい。
君たちに必ず満足してもらう為に、祭りの準備を怠る気は無いからね?




