242 ※閑話 侍女のお願い
※R18シーンに該当する表現をカットしております。
閑話ですがダン視点。時系列は本編と少々前後しておりまして、本編246話で今回の話が語られます。
「ダンさん。ちょっと宜しいでしょうか?」
数日間ラトリアと愛し合っていなかったのでヴァルハールに赴くと、ラトリアから用事があると声をかけられた。
ラトリアの表情は真剣味を帯びている。それでいてなんとなく俺に申し訳なさそうな雰囲気だ。
またなにかやらかしちゃったのかな? でもそこまで深刻そうではないか?
とりあえず話を聞かないと始まらないので、ラトリアと手を繋いで屋敷の中に入った。
先日ラトリアに悪戯した執務室に通されると、中では1人の使用人が待っていた。
「あっ、おっ、おはようございますっ……!」
「あれ? エマーソンさん? おはよう」
ラトリアの幼馴染にして専属侍女のエマーソンさんだ。
ラトリアが話があるっていうからついてきたのに、なんでエマーソンさんがここにいるの? というか主人であるラトリアが侍女のエマーソンさんのところにお客を案内してくるってカオス過ぎない?
エマーソンさんの姿を確認したことで、はてなマークを浮かべる俺。
「無茶な話であることは承知のうえでお願いします……」
そんな俺をフラッタそっくりの赤い瞳で真っ直ぐに見詰めながら、意を決したように口を開くラトリア。
「ダンさん。エマのことも愛してあげてもらえないでしょうか……!?」
「………………はぁ?」
言ってる意味が分からなくて、素で聞き返してしまったじゃないか。
なに言ってんのラトリア? 無茶って言うか、流石に意味が分からないんだけど?
愛してと言われて思わず、頬を赤らめながら俯いているエマーソンさんを見てしまう。
おかっぱくらいの髪の長さで、スタイルは普通。容姿は悪くないと思う。
喪心の時に骨と皮になった姿を見ているから、健康な姿を見るのは嬉しいね。
エマーソンさんはラトリアよりも1歳年上の42、いや年が明けたから43歳か。外見的には年齢を感じさせられないな。30代前半くらいでも通りそう。
この世界には普通に老婆もいるんだけど、若い人は若いんだよなー。
ラトリアもティムルも、容姿に加齢を感じさせるところが一切無い。リーチェはエルフだから例外なんだけどさぁ。
「……んー、でもごめん。無茶以前に、話の流れが全く分からないよ?」
エマーソンさんとは使用人と客人以上の関係で接した記憶は無いし、大体俺はみんなに内緒で誰かを抱く気は絶対に無いよ?
それを言うとラトリアは、1枚の封筒を俺に見せてきた。
「承知してます。なのでダンさんの奥様全員から既に了承は取ってあります」
「……えぇ? 全員から了承を得られてるって、マジでぇ……?」
「マジです。こちら、ティムルさんからお預かりした手紙になります」
ティムルからの手紙って。そこはニーナじゃないのかよっ。
ラトリアから受け取った封筒を開くと、そこにはなんの文章も書いてなくて、別々のキスマークが5個並べられていた。
「……うん。ティムルがやりそうな手紙だね」
事情は本人達から聞けってかぁ?
あ、この手紙は勿論大切に保管させていただきますね。
5人のキスマークレターを厳重にしまってから、ラトリアに説明を求める。
「ダンさんが困惑されているのは当然ですが、こちらにも言い分があるんです。まずはこちらの事情を話させてください」
「うんお願い。言い分や事情が無かったら何事だって話だからね」
ラトリアだけなら意味が分からないけど、なんで他のみんなが了承したのか気になって仕方ない。
最近ラトリアとトラブったばかりだっていうのに、誰も立ち会いにすら来ないなんて。
エマーソンさんは元々はトライラム教会の孤児出身だったそうで、ラトリアと年齢が近いという理由で、専属侍女にさせるべくソクトヴェルナ家に雇用された。
そしてラトリアがソクトルーナ家に……、つまりゴルディアさんに嫁ぐ時にソクトヴェルナ家の養子として迎えられ、ラトリアと一緒にソクトルーナ家に出向いていった。
ここまでは以前ラトリアにも聞いた通りなので知っている。
「エマがルーナ家に出向いたのは私付きの侍女としてなのですけど……。実は、ディアの側室候補の1人として出向いたという側面もあるんですよ」
「……側室かぁ」
一瞬だけ、現代日本にいた頃の倫理観が疼くのを感じた。
けれど俺こそ倫理観が破綻してるんだから、今更どうこう言える立場じゃなかったっすね。
竜人族は出生率が非常に低い。
竜爵家の跡取りが生まれないとなったら大問題だ。なので竜人族の貴族は複数のお嫁さんを同時に娶ることが少なくないという。
実際にラトリアのお父さんも5人ほどお嫁さんを迎えていて、ラトリアは竜人族にしては兄弟の多い家系に育ったのだそうだ。
「つまり私と次代当主を作れなかった場合の保険も兼ねて、エマはこの家に一緒にきたんです。ですが幸いな事に、私が20歳の時にシルヴァを生むことができました」
これで跡継ぎ問題から解放されたルーナ家は、側室を取る必要性がなくなった。
夫婦仲の良かったゴルディアさんがエマーソンさんを抱く必要は無くなり、エマーソンさんもラトリアの旦那と肌を重ねる必要が無くなって、内心ホッとしたらしい。
「ホッとしたの? ゴルディアさんって優良物件にしか思えないけど」
「ゴルディア様のことを嫌っていたわけでは決してありませんが……。私は幼い頃からずっと、ゴルディア様とラトリア様を見て育ってきましたので。2人の間に挟まるようなことはしたくなかったんですよ、本当に」
エマーソンさんも双竜の顎のパーティメンバーで、ゴルディアさんから求められたり、状況的に必要であれば体を許してもいいくらいには考えていたんだそうだ。
けれど出来ればラトリアとゴルディアさんの邪魔はしたくなかったってことなのね。
シルヴァが産まれた時点で、エマーソンさんは侍女を辞めて誰かに嫁ぐこともできた。だけどエマーソンさん本人が、侍女を続けることを強く希望したのだという。
幼い頃からずっとラトリアと一緒に育ったエマーソンさんは、今更全く知らない誰かの元に嫁ぐ事に言い知れぬ不安を抱いてしまったのだそうだ。
そして、フラッタが生まれた頃にはエマーソンさんは29歳。
竜人族は30歳が出産のリミットだと思われている為、この時点で誰かに嫁ぐという選択肢はほぼ無くなってしまったのだった。
「私は殿方を愛することなく、ラトリア様に生涯お仕え出来ればそれで満足だったのですが……、その、先日の1件でですね……」
「先日の1件っすかぁ……」
赤面しながら目を逸らすエマーソンさんは明言しなかったけれど、この間ラトリアを執務室で弄んだ時の話だろうな。
あの時はラトリアが元気に意識を飛ばしていたので俺がエマーソンさんの応対をしたんだけど、ラトリアの体臭がこびり付いた俺に、今まで感じたことのない体の疼きを感じてしまったのだという。
……って、なんでよ? その理屈だと、もしかしてラトリアの方に興味があるのでは? あらー展開くるー?
「ゴルディアさんとだって、同じシチュエーションで接する機会はあったでしょ? なんで俺に限ってそんなことになるのさ?」
「ゴルディア様とラトリア様は寄り添うといった関係でしたけど、ダンさんはラトリア様を完全に屈服させたんだなぁって思ったら、何と言いますか、こう……。体が火照ってしまいまして……」
モジモジしながら説明するエマーソンさん。
ゴルディアさんとラトリアとは同じパーティの仲間として長年共に戦ってきた。
だからこそ2人の実力を誰よりも正しく理解しているエマーソンさんは、そのラトリアを屈服させた俺に発情してしまった、と?
うん。竜人族らしい、めんどくさい話だわぁ。
「それに、私が死にそうになった時に、胸に抱いて運んでくださったでしょう?」
「胸に抱いてって……。あの時って要救助者全員に同じ対応をしたんだけどなぁ……」
「しかし私の胸の奥底が確かに疼いたのを感じたんです……。おぼろげにしか覚えておりませんが、死ぬ間際であったからか、あの時のことは今でも夢に見るほどなのです……」
散漫からの喪心状態であの時のことはあまり記憶していないけれど、サンクチュアリのおかげか本人の生存本能のおかげか、お姫様抱っこで外に運んでやった時のことだけは鮮烈に覚えていると。
「エマはもう43歳。竜人族としては老人扱いで、愛玩目的でも貰い手はいません。ですがダンさんは42になった私のことも貪ってくださってますし、エマのことも愛してくださるんじゃないかなって……」
「……人を熟女趣味みたいに言わないでくれるかなぁ? エマーソンさんを愛せるかどうかと言ったら、余裕で愛しちゃえるけどさぁ」
俺にとっては実年齢よりも容姿の方が重要なので、若々しく見えるエマーソンさんも全然セーフではある。
「ラトリア様のついででも構いません。どうか私のことも愛していただけませんか?」
「いやいや、ついでって言われても……」
「私はこのまま生涯をラトリア様に捧げるつもりでいたのですが、あの時、自分の体の疼きを初めて知ってしまったんです……。もう疼きを知らなかった自分には戻れないんです……!」
「私からもお願いします。どうかエマを愛してあげてもらえませんか? 私に生涯仕えてくれたエマが、誰にも愛されずにその一生を終えるなんて、そんなの悲しすぎますから……」
……う~ん。日本では全くモテなかったのに、なんでこの世界ではこんなにモテるんだろうな? 割と本気で疑問だ。
でもエマーソンさんの想いと事情は、思ったよりもずっと切実なようだ。ぶっちゃけ、ラトリアよりも深刻さを感じるくらいだ。
「はぁ~……」
ゴチャゴチャした余計な考えを、ため息と一緒に体外に吐き出す。
みんなから了承も得てるんだったら、迷うこともないかぁ。
据え膳喰わぬはなんとやらってわけじゃないけど、ラトリアと比べれば受け入れやすいし……。
「エマーソンさん」
エマーソンさんの前に立ち、彼女の頬に手を当てる。
期待と不安で潤んだ彼女の瞳を真っ直ぐに見詰めて、俺の事情と気持ちを正直に伝える。
「俺は独占欲が強いから、1度でも愛した女は独占する主義なんだ。独占するし束縛するし強要するし、貴女のことを都合よく扱うと思うよ。それでも貴女は、残された人生を俺に捧げるって言うんだね?」
「はい」
俺の問いかけに即答で了承を返したエマーソンさんは、頬に添えられている俺の手の上から自身の手を重ねて微笑んだ。
「今まで私は、ラトリア様に人生の全てを捧げて生きてきたつもりです。ですので残った人生も、誰かに捧げて生きたっていいのかなって思うんですよ」
「捧げていいのかなって……。そんなに笑顔で言うことなのかなぁ?」
「ふふ。これが私ですから」
他人に人生を捧げてきた今までの人生と、他人である俺に人生を捧げるこれからの人生を、これが自分だからと笑って受け入れるエマーソンさん。
口調は軽めだけど、彼女の言葉にはしっかりとした芯が感じられた。
「ダンさん。残りの私の人生、貴方に捧げさせてくれませんか?」
「……それは殺し文句すぎるって。これが返事だよエマーソンさん」
「あっ……」
返事の代わりにエマーソンさんの顔を引き寄せ、誓いのキスをする。
唇を重ねるだけの誓いのキスを果たした後、1度離れて見詰め合う。
「俺もエマって呼ばせてもらうね? エマ。ステータスプレートを出してくれるかな?」
「え……? あ、はい。分かりました」
エマにステータスプレートを用意してもらい、俺も自分のプレートを取り出す。
「エマ。俺はお前に婚姻を申し込むよ。お前の人生を残らず受け取ってやるから、お前にも俺の人生を受け取ってもらいたいんだ」
「ここ、婚姻……!? わわ、私がダンさんと、婚姻を結ばせてもらえるんですか……!?」
戸惑うエマを両手で抱き締め、その瞳を真っ直ぐに見詰めながら結婚を申し込む。
「エマ。俺と婚姻契約を結んで、俺と夫婦になってくれるかな?」
お前の人生を俺が一方的に受け取るわけにはいかないよ。
お前が俺に人生を捧げるなら、俺もお前に人生を捧げるさ。
「はいっ……! はいっ……!」
俺の言葉を聞いたエマは、驚いた顔をした後に、涙を零しながら頷いてくれた。
その頷きと共に2枚のステータスプレートが発光し、婚姻契約が成立する。
エマと抱き合ったまま、お互いのステータスプレートを一緒に眺める。
「エマ。これで俺たちは正式に夫婦になったからね」
「まさか……、まさか婚姻まで結んでいただけるなんて、夢にも思っていませんでしたぁっ……!」
「お前が俺に人生を捧げてくれるように、俺も生涯をかけてエマを愛すると誓うよ。今までの43年間分も、残りの生涯も、エマを愛して愛して愛し抜くからね」
エマの返事を待たずに彼女を両手でぎゅっと抱きしめてキスをする。
自分が仕える主人に見られながら、主人の仕事場である執務室でキスをするというシチュエーション。エマは楽しんでくれてるかな?
「エマが43年持て余してきた体、これから貪ってあげるからね。エマもめいっぱい楽しんで」
「ダン、さん……。こ、ここでされるのはぁ……。お願いです、せめて、せめてベッドの上でぇ……」
「ダァメ。誠心誠意仕えてきたルーナ家の執務室で、侍女の服を着たままで、主人であるラトリアに見られながら俺に愛されてもらうよ。エマの今までの人生、丸ごと俺に捧げてもらうから」
エマの過ごしてきた43年という歳月に報いるために、全身全霊を持ってエマを愛する。
ラトリアにも協力してもらってエマを可愛がり、逆にエマと協力してラトリアを可愛がる。
長年主従として過ごしてきた2人の人生を楽しむように、2人をひたすら愛し続けた。
43年間も本当にお疲れ様。残りの人生全てを、愛に満ちたドロドロの日々に変えてあげるからね。
エマとキスを交わしながら、6人の名前が入った自分のステータスプレートを思い返す。
流石に44人はないと思うけど……。
この先どこまで増えるのか、自分でも恐ろしくなってきたなぁ。
エマ1人を愛してあげられる男じゃなくてごめん。
だけど絶対に溢れるくらいに愛で満たしてあげるから、これからずっと宜しくね。
※書き直しの際に話の順番を変更するか迷いましたが、そのままにすることにしました。
時系列を混乱させるようなことをしてしまって済みません。