236 廃屋
ニーナの両親の話を聞きにステイルークに戻ってきたら、まさかのラスティさんが、自分はニーナの母親の妹だと告白してきた。
予想外の展開に反応が遅れる俺とニーナに構わず、語り続けるターニアさん。
「ニーナさんを見た時に、すぐにターニア姉さんの娘だと分かりました。呪われた子なんて他に居ませんし、ニーナさんはターニア姉さんがステイルークを出ていった時の姿にそっくりだったもので……」
「そ、そうだったんだ……?」
う~ん……。凄く話し辛そうにしてるラスティさんには悪いけど……。比較的どうでもいいな?
ニーナの様子を窺うも、ラスティさんの話に興味なさそうにしている。
両親の話なら興味あるけど、両親とは関係ない実家の話なんて興味ないよねぇ? ニーナとラスティさんは、1年前も殆ど絡んでないわけだし。
ラスティさんには悪いけど、ここは話を切り上げさせてもらおうかな。
「ごめんラスティさん。俺はニーナをグラフィム家に戻す気もないし、グラフィム家にも興味ないんだ」
「………………へ?」
「せっかく情報を握り潰してくれてたんだったら、今後も握り潰しておいてくれないかな? 俺もニーナもステイルークに戻る気は無いからね」
俺の言葉に固まるラスティさん。
でもニーナの家族を見捨てたグラフィム家の事情なんて知りたくもないよ。ニーナも隣りでウンウン頷いてくれてるし。
「ラスティさんには申し訳無いけど、ガレルさんとターニアさんに関係ない話まで聞く気は無いよ?」
「え……えっとですね……」
「グラフィム家も貴族として、領主として辛い立場と選択だったのかもしれないけど、ニーナの両親はもういない。残されたニーナとグラフィム家には、もう何の接点も無いはずだよね?」
百歩譲って、両親の話は仕方ないと思うよ? 自分の足で飛び出していって、呪いを受けて帰ってきたんだからさぁ。
でもニーナは何も悪くなかったでしょ? なのに見捨てたんだから、今更事情を知ってくれってのは虫が良すぎでしょ。
しかもそれを語るのが解呪されてからってんじゃねぇ。馬鹿にすんなっての。
「ターニアさん達はもうこの世に居なくて、2人の呪われた子もいなくなった。それでいいでしょ。ニーナはグラフィム家の人間でもステイルークの住人でもない。だから話はこれで終わり」
ニーナの両親の出自も分かったし、これ以上の情報は必要ない。
俺とニーナは共に席を立つ。
「ま、待ってください! 私はダンさんとニーナさんにひと言謝りたくてっ……!」
「ええ? じゃあ聞くからさっさと済ませてくれる?」
「は、はいぃっ!?」
「ほらほらっ。このあと防具屋にも行かなきゃいけないから早くしてっ」
「え、えっと……! ダンさん、ニーナさんを押し付けて済みませんでしたっ!? ニーナさん、ターニア姉さんのことを黙っていて済みませんでしたっ!?」
焦って謝罪したせいか、全部ちょっと疑問系になっちゃってるよラスティさん。
ま、これで用件は済んだよね。
防具屋に行って買い物をした後は、ニーナと一緒にフロイさんのところにも顔出そうかな。
「ラスティさん。ニーナを押し付けてくれてありがとう。おかげで俺はこんなに可愛いお嫁さんと幸せに暮らしてるよ。これは皮肉じゃなくて、本当に感謝してるんだ」
「ラスティさん。母さんのことならともかく、母さんの実家のことまでは興味ないの。だから黙ってたこと、気にしなくていいから。それじゃあね」
この場を用意してくれたゴールさんにひと言お礼を言って、この場を解散してもらった。
これでもうニーナに関しては何も心配事はないかなー?
寄り合い所を出た俺達は、早速防具屋さんに移動して、革防具を在庫の限り購入した。
「良かったのかい? グラフィム家ってのは名家だよ?」
買い物を終えた俺に、探るような口調で話しかけてくる防具屋さん。
俺達にガレルさんとターニアさんの話をしてくれた手前、俺達とグラフィム家が袂を分かつのは気まずい想いをしているのかもしれない。
「領主様のお孫さんの解呪に成功したんだ。思いのままの褒賞を貰えるかもしれないだろうに」
「ニーナの代わりに、でしょ? だったら要らないよ」
褒賞も社会的地位も要らないっての。
最近それでラトリアと喧嘩したばっかりなんだから、むしろ煩わしくって仕方ないよ……。
「もう俺とニーナは大切な家族だし、他にも大切な家族がいるんだよ。だから余計なしがらみは要らないんだ」
「はぁ……。領主様には同情するねぇ。娘が恋人と出ていったように、孫もまた恋人と共にステイルークを去るのかい……」
「呪われた孫の手を払ったのは領主様の方でしょ? 母さんは駆け落ちだったのかもしれないけど、私はグラフィム家に捨てられたんでしょ? 1年前にさっ」
そんなことを言うニーナに怒りは感じられない。
自分とは無関係なところで、無関係な人たちが騒いでいるだけのことだもんね。
他人のゴシップって楽しいもんね。口だけ出して自分には関係ないし。でもそんなのに付き合ってあげる義理はないんだよ。ごめんね防具屋さん。
「話をしてくれてありがとう。領主様と和解する気は無いけど、俺もニーナも領主様を恨んではいないからね」
「うんうんっ。おばあちゃんは気にしなくていいのっ。母さんと父さんのことを聞けて嬉しかったからっ。じゃあねっ」
笑顔でお礼を言って防具屋を出た俺とニーナは、その足で警備隊詰め所に向かいフロイさんに取り次いでもらう。
「いやぁよ。去年の時点でお前らが好き合ってるのはバレバレだったからなぁ……」
再会したフロイさんにニーナの呪いが解けたこと、俺達が婚姻契約を結んだことを報告したけど、思ったよりもリアクションが薄かった。
ふふ。ニーナと好き合ってると言われると悪い気はしないなっ。
約束通り酒場で食事を奢ってもらいながら、ステイルークを出た後の話を掻い摘んで説明した。
「ダンが年末会いにきてくれた時、なんとなく直感したんだよ。嬢ちゃんはもう心配ねぇんだってな」
「さっすがフロイさんなのっ。その通り、私はこんなに幸せになったんだよーっ!」
「くっくっく……! ダンは去年と変わってねぇけど、嬢ちゃんは別人みたいになっちまったなぁ?」
フロイさんは俺達の話を肴に軽くお酒を飲んで……。ってアンタ休憩中だろうがっ! 普通に飲んでんじゃねぇよ!
……まったく。だらしなく見せて面倒見が良くて、意外と真面目なくせにさぁ。
フロイさんの休憩時間いっぱいまで会話をして、最後にひと言だけ伝えておく。
「俺、騎士の人に会った事あるけど、多分もうフロイさんは騎士になれるよ。俺が会った騎士の人より、フロイさんの方が強いと思うもん」
休暇中にもソロで魔物狩りをしてお小遣い稼ぎしてたもんね。
フロイさんの兵士の浸透、もう終わってるみたいだよ。
「はっ。そりゃお前が会ったその騎士の奴がヘボかっただけだっての。30になったばかりで騎士になれる奴なんざ、そうそういないんだぜぇ?」
ぶっきらぼうに手を振って、じゃあなと去っていったフロイさん。
でもねフロイさん。数え年13歳で騎士を浸透させた無双将軍もいるんですよ? 30で騎士なんて余裕余裕。
「それじゃダン。これから私の家に招待するからねっ」
2人で手を繋いでフロイさんの背中が見えなくなるまで見送ったあと、ニーナが笑顔で抱きついてきた。
だけどニーナは直ぐに俺の胸に顔を埋めて表情を隠してしまった。
「でも本当に何も無いしすっごくボロボロだし、期待はしないでくれると嬉しいの……」
「はは。構わないよ。お母さんを弔うの、俺にも手伝わせて欲しいしさ」
恥ずかしそうな様子のニーナをよしよしなでなで。
そんなに恥ずかしいなら、みんなを招待する前に軽く掃除でもしようか。
ニーナが発動したポータルに、手を繋いで飛び込んだ。
「ここが、ニーナの育った家かぁ……」
ポータルの先には、小さく寂れたボロ屋が建っていた。
家の後ろには森が迫っていて、森側にはボロ屋に似つかわしくないほどの、高くて厳重な木製のバリケードが築かれている。
「森の方から魔物が出てくることもあるから、森側の囲いは厳重にしてあるの。もし魔物が出ても、父さんか母さんが倒してくれたんだけどね」
「ニーナのお父さんとお母さんは優秀な魔物狩りだったんだねぇ」
世界を股にかけるリーパー、いやルインで呪いを受けたってことだし、ステイルークを旅立った後は各地のアウターを調査・発掘する、サルべージャーとして活動していたのかもしれないなぁ。
まぁどちらにしても、戦闘能力は高いんだろう。アウターの入り口付近から漏れ出てくる魔物程度に後れは取らないか。
「じゃあ中に入ろっか。森に入った母さんがどこで死んでしまったのかは分からないから、遺体の代わりになるようなものを捜さないとね」
……そうなんだよなぁ。弔うと言ってもご遺体があるわけじゃない。
1年も前に亡くなった人の遺体を探すなんてまず無理だし、そもそもフレイムロードに殺された犠牲者たちは、フレイムサークルで骨も残さず焼き殺されていたからな……。
アウター内で無くなったワケじゃないだろうから、もしかしたら森の中に何か残っている可能性も無くはないけど……。
せめて遺品を見つけて、墓だけでも作ってあげないとな……。
死の瞬間まで娘のために食べ物を探し、そして不幸にもアウターエフェクトに遭遇してしまったターニアさんが報われなさ過ぎるよ。
「マグエルの家と比べると恥ずかしいけど……。どうぞダンっ」
「比べなくてもいいと思うけどね。お邪魔します」
木製の囲いの間を潜って、囲いの内側に入る。
囲いの内側には、ニーナが世話していたという花壇や畑などがあったけど、今は冬だからなのか、花壇も畑も綺麗さっぱり何も無くなって……。
……え? これっておかしくないか?
ニーナが保護されたのは4月だよね? 4月以降、ほぼ丸1年放置された花壇と畑が、綺麗さっぱりなにも無くなってって、おかしくない?
反射的に生体察知を発動する。
「…………っ!?」
喉元まで出かかった声を何とか堪える。
……分かりにくいけど、家の中に間違いなく生体反応があるのだ。
前を歩くニーナの腕を掴んで止まらせる。
「えっ? ど、どうしたのダン? いきなり腕を引っ張ったりし……」
「ニーナ。家の中に生体反応がある。数は恐らく1人だ。ニーナも確認してみて」
戸惑った様子のニーナが、俺の言葉で一気に表情が引き締まる。
そして生体察知で中の反応も確認できたようで、真剣な眼差しを向けてきた。
「……ここには隠れ住んでたわけだけど、私が救助された時に存在が明るみになったから……。もしかしたら、誰かが黙って隠れ住んでるのかも……?」
「野盗の類いじゃなきゃ良いんだけどねぇ……」
インベントリからロングソードを取り出す。
あまり物騒な事態は避けたいけど、家の中に居る相手はまずワケ有りだと思うべきだ。
「俺とニーナなら負ける事はないだろうけど、油断せずにいこう。家の扉は、気配遮断して俺が開けるよ」
「了解なの。気をつけてね」
扉が開いたことには気付かれるだろうけれど、俺たちを視認しない限り姿を認識することは出来ないはずだ。
しかし家の中の反応もさっきから動かないし、こっちに気付いて警戒している可能性が高い。
こっちに怯えて隠れてるだけ、とかだったら平和で良いんだけど、どうかなぁ?
身体操作性補正を最大限に動員して家に近づくも、生粋のボロ屋はどう頑張ってもギシギシと大きな音を立ててくれて隠れようもなさそうだ。
生体察知によると、中の人間は横になっているようだな。伏してるのか?
ニーナと頷き合って、一気に扉を開けて中に踏み込む。
「……あれ。これってどういう状況?」
室内に踏み込んだけれど、襲い掛かられるどころか何のリアクションもなくて、思わず首を傾げてしまう。
誇りっぽい室内にあった生体反応を確認すると、枯れた草を集めた場所に1人の女性が横になっていた。
その女性は、まるでヴァルハールの領主邸で喪心状態にされた使用人達のようにガリガリに痩せていて、どう見ても戦える状態ではない。
しかし次の瞬間、ニーナの口から予想もしていなかった言葉が飛び出てきた。
「……母さん? えっ……!? なな、なんで、なんで母さんがっ……!?」
「はぁっ!? 母さんって……。えっ、この人ターニアさんなの!?」
「母さん! 大丈夫母さんっ!? 母さぁんっ!」
ニーナは泣きそうになりながら、寝ている女性に駆け寄っていく。
なななななんで、なんで死んだはずのターニアさんが……!?
ってそうだ、鑑定すりゃいいんだよ!
ターニア
女 33歳 獣人族 獣化解放 騎士LV38
状態異常 呪い(移動阻害) 衰弱
呪いもあるし、偽物でもなんでもなく、ガチでターニアさんじゃねぇかぁ!?
って衰弱!? ってことはやっぱりヴァルハールの時と同じで、バイタルポーションの出番かっ!?
「ニーナ! 落ち着いて! 生体反応があるんだからターニアさんは無事だよ! 逆に揺さぶったりして刺激をするほうが危ない! 落ち着いて!」
「ダン……! ダン……! 私、私っ、どうすればいいのっ……! このままじゃ、母さんが、母さんがっ……!」
「落ち着いてニーナ。ターニアさんはまだ生きてる。助けられるよ」
俺も混乱してるけど、まっすぐニーナの目を見て、助けられると断言する。
細かい事情は後回しにして、まずはターニアさんを助けることだけ考えよう。
「俺は今すぐステイルークでバイタルポーションを買ってくるから待ってて」
「うんっ……。うんっ……」
「ニーナはお母さんの傍で、お母さんに声をかけ続けて欲しい。でも決して揺さぶったりして、ターニアさんに負担をかけちゃダメだよ」
俺の言葉に何度も頷きながら、ニーナは俺に縋りついて懇願してくる。
「ダン、お願いっ……。母さんを、母さんを助けてっ……」
「任せて! せっかく再会できたのに、ここでお別れなんてさせないってぇっ!」
せっかくお母さんと再会できたんだ! せっかく婚姻を結んだばかりなんだ!
ここでターニアさんを助けられなかったらニーナは一生幸せになんてなれないぞ! 正念場だぞ俺ぇっ!
大急ぎでボロ屋を飛び出し、ポータルを発動する。
焦りすぎたのか、転移先はステイルークじゃなくてマグエルのポーション屋だったけど、バイタルポーションが買えればどこでもいいわっ!
大急ぎでバイタルポーションを購入し、釣りは要らないと多めに払ってすぐにニーナの家に転移。
生体察知にはまだ2つの反応がある! 大丈夫だ!
「永久の鹽花。清浄なる薫香。聖なる水と浄き土。洗い清めて禊を済ませ、受けし穢れを雪いで流せ。ピュリフィケーション」
家に駆け込みながら浄化魔法をターニアさんに放つ。
ダメだ! 呪いは消えたけど、やっぱり衰弱はピュリフィケーションでは消せない!
「ニーナ! これがバイタルポーションだよ! すぐに飲ませてあげて! ルーナ邸の使用人はもっと酷い状態だったから、きっとターニアさんにも効果あるはずだ!」
「う、うんっ……! 分かった、分かったよっ……!」
ターニアさんの体を抱き起こし、バイタルポーションを口の中に流し込むニーナ。
でも意識の無いターニアさんの口からダラダラと、バイタルポーションが流れてしまう。
「母さんっ……! 母さんっ……! お願いだから、これ、飲んでよぅ……!」
く、これじゃダメかっ!? せっかくのバイタルポーションも、飲んでもらえないと意味が……!
「…………コク」
「――――っ!!」
とその時俺の聴覚が、ターニアさんの喉が鳴らした、こくりという微かな音をキャッチする。
「ニーナ! 飲んだよ! 間違いなく飲んだ!」
「ほっ、ほんと!? ほんとに飲んだっ!?」
「体力の無い今のターニアさんは、一気に流し込まれても飲めないみたいだっ……! だから今よりも、もっとゆっくり流し込んであげて……!」
「う、うんっ! もっとゆっくり、ゆっくりだねっ……!」
俺の指示に従って、小さじでスープを飲むようなペースで、ゆっくり時間をかけてターニアさんにバイタルポーションを飲ませていくニーナ。
「コク…………。コク…………」
「母さん……! ゆっくりで良いの。ゆっくりでいいから出来るだけ沢山飲んでね……!」
ニーナが根気強くバイタルポーションを口に流し込んでいくと、少しずつではあるけれど、飲むペースが早くなってきたように感じられる。
そして2本目のバイタルポーションを飲み始めて少しした頃、ターニアさんがゆっくりと目を開けてくれた。
「ニー……ナ? ニーナ、なの……?」
「うんっ……! うんっ……! ニーナだよ、ニーナだよ母さんっ……!」
開口一番にニーナの名を呼ぶターニアさん。
そんなターニアさんを力いっぱい抱き締めるニーナ。
「良かった……! 母さん、本当に良かったよぅ……!」
「ニー……ナ? どうして、泣いてるの……?」
泣きながらターニアさんを抱き締めるニーナと、そんなニーナを不思議そうに眺めるターニアさん。
あ、あっぶなー……! これで間に合わなかったら、フロイさんとの食事を一生後悔するところだったよぉ。間にあって良かったぁ……。
ニーナにはもう、なに1つ失わせたくないからな。
でもこうして生きてるのに、なんでターニアさんは死亡扱いされたんだろ?
……詳しく話を聞いてみたいけど、今はちょっと水をさせる雰囲気じゃないかなぁ。