222 ※閑話 手紙
※スペルディアでお世話になっている孤児のチャール(初登場)視点。
時系列は本編とほぼ同時期です。
「えっ!? シーズも別の教会に行っちゃうのっ!?」
親友のシーズがスペルディアを離れてしまうと聞かされて、私はびっくりして思わず叫んでしまう。
最近……、年が明けてからかな?
スペルディアの教会から子供が少しずつ減っている。
なんだかずっとニコニコしているシスター達に話を聞くと、国中の教会で人手が足りなくなっているから、10歳以上で兄弟がいない子供達を各地に派遣しているんだって。
「ありがとうございます。本当にありがとうございますトライラム様……」
去年の納税日から毎日行なわれている、シスターたちの感謝の祈り。
今年は孤児から1人も奴隷を出さずに済んだって、年末年始のシスターたちは物凄い喜びようだった。
それ以来食事の量も増えてきて、お腹いっぱい食べられる日も増えて、教会全体が喜びに包まれているようにも感じられる。
だけど騙されちゃダメなの。あんなに資金難に陥っていたこの教会が、いきなり羽振りが良くなるなんてありえないんだからっ。
居なくなる子供たち。羽振りが良くなるトライラム教会……。
お世話になっている教会のことを疑いたくはないけど、きっと孤児達を奴隷に売って、そのお金で食べ物を買っているに違いないのっ!
だからシーズを必死になって止めたの! 行っちゃダメだって!
「あっははははは! 何言ってんだよチャール! 馬鹿馬鹿しいっ!」
だけど私の話を聞いたシーズは、思い切り私の話を笑い飛ばしてしまったの。
もうっ! 笑い事じゃないんだってば!
「なぁチャール。派遣の話は俺からお願いしたことなんだ」
「えっ、自分から?」
「年末から告知されてたろ? 希望者はスペルディアの外で働けるってさ」
それって各地の教会の人手不足を解消するため、希望者は各地の教会に派遣してもらえるって話だよね?
シーズの言ってるお手伝い募集の告知は私も知ってるよっ!? でも資金難だったトライラム教会が、嘘をついてるかもしれないじゃないっ!
孤児から奴隷を出さずに済んだって話も、どこまで本当なんだかっ……!
そんな風に憤る私を、不思議そうに眺めるシーズ。
「あれ? チャールはピレーネからの手紙、読んでないの?」
「えっ?」
「あ~。あの日お前、斡旋所からの仕事で教会に居なかったんだっけ」
相変わらずだなぁと肩を竦めるシーズだけど、私はそれどころじゃなかった。
ピレ姉から連絡が来てたなんて聞いてないよっ!? 詳しく教えなさいよーっ!
「俺が教えるよりも、シスターに手紙を見せてもらった方がいいと思うけどなぁ」
なんて渋りながらも、結局最後には説明してくれるシーズ。
なんだかんだ言って面倒見がいい奴っ。
スペルディアの教会の孤児の中でも最年長で、今年15歳を迎えたはずのピレ姉。
11月に他の教会からも集められた14歳の孤児と一緒に、どこかに行っちゃったピレ姉。
あれが普段より早い奴隷販売で、今生の別れだと覚悟していたっていうのに、年末に1度、年が明けてからもう1度、ピレ姉から手紙が届いていたみたい。
んもーっ! タイミング悪いんだからーっ!
ストームヴァルチャーの死体の運搬、お賃金の他にお肉も貰えたから、いい仕事だったんだけどさぁ。
「だははっ! 2通とも知らないってのがなんともチャールらしいぜっ!」
「んもう! 私の事はいいから早く続きを話しなさいよーっ!」
納税日のすぐ後に届けられた手紙には、集められた30人の子供達全員の税金が支払われたことが、それはそれは事細かに書かれていたみたい。
そして年明けの方の連絡には、修道士に転職してマグエルって街の孤児院で働きながら、新しく出来た友達と一緒にお花の世話をして暮らしていると書いてあったんだって。
……って、私が仕事で教会を空けている時にピレ姉がここに顔出したの!? 修道士に転職する為にスペルディアに来たついで!?
あーもう! なんって間が悪いの私ーーっ!
そんな風にバタバタと暴れる私とは対照的に、シーズは笑いを止めて慎重な口調になっていった。
「俺もその場にいたんだけどさ。あれは本当に衝撃的だったぜ……」
「衝撃的って?」
「あの日のピレーネは、借金が無くなって、修道士にもなれたステータスプレートをみんなに見せてくれたんだよ」
「借金が無くなった、ステータスプレート……」
「手紙の内容だって疑っちゃいなかったけど、それでも衝撃的だったんだ……」
まるでその時の興奮がぶり返してきたように、自分の体をぎゅっと抱き締めるシーズ。
私たち孤児は漏れなく全員が人頭税を滞納している。
だからシーズが借金が無いステータスプレートを見て衝撃を受けたのは無理もないと思う。
私自身、こうして聞いていてもとても信じられないもの……。
「そのマグエルで孤児院を設立した人たちがな。既に100人くらいの孤児を受け入れてるらしいんだけど、各地の教会の人手が足りなくなってるんじゃないかって心配したんだってさ」
「あ、それってシーズが参加するっていう……」
「ああ。だから人手に余裕のあるマグエルの孤児院でなるべく小さい子を引き受けて、他の教会に10歳以上の動ける子供を多く派遣する流れになったらしいぜ」
小さい子をなるべく引きうける?
働くことも手伝いも出来ない子は、物凄く手がかかるのに……。
そんな子たちを優先的に引き受けられるほどに、マグエルの教会は余裕があるの?
「この前来た時、ピレーネが言ってたんだ。まぁピレーネもマグエルで言われたらしいんだけどさ」
戸惑う私に気付かずに、シーズは得意げに語りだす。
「もう俺達孤児は15歳で奴隷に落ちることはなくなったんだって。15歳以降の、大人になった時の自分の姿を想像していいんだってさ」
15歳。
それは絶望の象徴で、死と同じ意味を持つ言葉だった。
少なくとも今までは、そうだったはずなのに。
「俺は大人になったら色んなところを旅してみたいんだ。だから色んな街の教会の手伝いをして、今のうちに旅に慣れておきたいんだよっ!」
大人になったら。
そう語るシーズの顔に、絶望なんてひと欠片も含まれていない。
その目には、大人になった自分自身の姿が、はっきりと見えているみたい。
「それになチャール! それだけじゃないんだよ! マグエルでの孤児の受け入れが落ち着いたら、マグエルで転職もさせてくれるし、戦い方も教えてくれるっていうんだぜ!?」
「えっ……! 私たち孤児に、戦い方を……!?」
「既にマグエルでは30人くらいの孤児が魔物狩りになって、しかもすっげぇ稼いでるらしいんだ! それも1人も死なずにだぜ!? 信じられるかっ!?」
今までは危険だという理由で禁じられていた魔物狩り。
なのにこれからは逆に、子供達をどんどん魔物狩りとして送り出してくれるって事?
シーズの目には希望と野心に満ちて、キラキラと輝いている。
その瞳はまるで炎のように燃えてるみたいに思えた。
「ピレーネが言ってたよ。春頃までには孤児の中にも冒険者が生まれるってさ」
「えっ!? ぼ、冒険者なんて、魔物狩りの中でもひと握りしか……!」
「孤児の中に冒険者が誕生したら、そいつに送ってもらって、毎月みんなに会いに来るって言ってたぜ」
ま、俺はそんなのをただ待ってるだけなんて嫌だから、各地の教会の手伝いをすることにしたんだけどなっ。
そう言ってシーズは、スペルディアを去ってしまった。
そのワクワクとした背中を見て、私の中にも何か疼く物を感じた。
シーズの背中を見送った私は居ても立ってもいられなくなって、直ぐにピレ姉の手紙の話をシスターに確認しにいった。
「え? チャールはピレーネの手紙を読んでないし、本人とも会ってなかったのっ!?」
どうやらピレ姉の手紙は私以外みんな知っている事らしく、私に問いかけられたシスターは信じられないといった様子で凄く驚いてしまった。
「あっはははっ! 貴女って、ほんっとうに間が悪いわよねーっ!」
と思ったら次の瞬間、お腹を抱えて爆笑し始めるシスター。
ちょっとシスター! 笑ってないでピレ姉の手紙見せてよーっ!
ごめんごめんと笑いながら1度引っ込んだシスターは、倉庫から何か持ってきてくれたみたいだった。
「月に1度だけ、教会兵の冒険者が手紙のやり取りを手伝ってくれてるんだけど……。手紙はピレーネの分だけじゃなく、いっぱいあるのよー?」
そう言ってシスターに見せられたのは、木箱いっぱいに詰まった手紙の山。
丁寧に箱に収められているのに、それでも収まりきらないほどの大量の手紙だった。
「え……。こ、こんなに……!?」
手紙なんてお金がかかる物、そう簡単に出すわけにはいかないのに……。
いくら教会兵の人が協力してくれても、紙だってタダじゃないのに……!
「せっかくだし好きなだけ読んでもいいわよ。でも扱いには気をつけてね?」
「う、うん……。絶対汚したりしないよ……」
「ピレーネ以外にもスペルディアからマグエルに行った子もいるし、チャールの知った名前もあると思うわ。みんなのお手紙、読んであげてね?」
シスターの言葉に、手紙の差出人を確認してみると、確かに知っている名前が幾つもあった。
ああ……。シスターの読み書きの勉強、ちゃんとやっておいてよかったぁ……!
木箱の中身は区切られていて、年末に来た手紙と年が明けてから届いた手紙で分けてあるんだって。
なら順番的に、去年届いた方の手紙から読んでいこうかな?
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます……か」
去年届いたピレ姉の手紙には、もうずーっと神様と教会と、そして税金を払ってくれた人に対する感謝が綴られていた。
紙の端ギリギリまで使って、1字でも多く感謝を綴らないと気が済まないみたいに。
去年届いた方の手紙は、誰の手紙も殆ど同じような内容だった。
全ての手紙には神様とトライラム教会と、そして孤児院を作った人への尽きない感謝の言葉が詰まっている。
弟妹を残して奴隷に落ちずに済んだ幸福。
兄姉を奴隷として見送らずに済んだ幸福。
お腹いっぱい食べられて、仕事をすることも出来て、未来が閉ざされないことへの感謝の言葉で満ちていた。
「あ……。今ので去年分は最後か……」
まるで手紙から送られてくる感謝の気持ちにあてられてしまったみたいに、なんだか信じられないような、少しフワフワとした気持ちで年明けに届いた手紙を読み始めた。
ピレ姉の手紙には、奴隷に落ちずに済んだ同い年の女の子と凄く仲良くなって、孤児院の手伝いをしながら花壇のお世話をするのが楽しくて仕方ないって書かれていた。
年末、1枚の紙にギリギリまで綴られていた言葉は、年明けの手紙では数枚の紙に分かれて、丁寧で綺麗な字の手紙になっていた。
『孤児院ではお賃金も出ていて、マグエルの教会ではお金を預かってくれるけど、絶対に受け取ってはくれないの。だからそのまま貯めておいて、スペルディアに送ってもらえるようになったら、みんなに何かお土産を買っていくからね』
ピレ姉の手紙はこんな言葉で終わっていた。
他の手紙も読んでいく。
知っている名前、知らない名前、書いてある内容もバラバラなんだけど、そんな中どの手紙にも書かれていたのは、こんなことがしたい、あんなことがしたいって言葉だった。
マグエルではもう何人も孤児出身の魔物狩りがお金を稼いでいて、自分も魔物狩りになって自分の人頭税を払いたい。
マグエルで戦い方を学んで教会兵になりたい。生まれ育ってお世話になった教会の助けになりたい。
したい。なりたい。
去年の年末に届いた手紙に満ちていたのが感謝なら、年明けに届いた手紙に満ちていたのは希望と未来。
「チャール。泣いてもいいけど、手紙は濡らさないようにね?」
「……え?」
シスターの声に、自分の視界が滲んでいる事に初めて気が付く。
あれ? なんで? 別に悲しくも痛くもないのに、なんで私、泣いてるの?
「あっははは! この手紙を初めて読むと、みんなそうなっちゃうのよねー」
戸惑う私に反して、シスターの対応は慣れたものだった。
この手紙を読むと、みんなこうなっちゃうの? 私に何が起きてるの?
「チャール。その涙は、ワクワクが貴女の体から溢れてきちゃってるの。だから泣いても全然いいのっ! でもお手紙だけは汚しちゃダメよー?」
私は手紙を濡らさないように、抱きしめてくれたシスターの胸に顔をうずめて泣き続けた。
「あっはははは! 確かに! 確かに子供を奴隷として売り払ってたら、トライラム教会はもっとずっと楽できてたんでしょうけどねー!」
教会とシスターを疑ってごめんなさいって謝ったら、怒られるどころか大笑いされちゃったの……。
でもシスター! スペルディアの教会中に広めるのは酷いよーっ!?
「いいのよチャール。今はもうそんな話、笑い飛ばせちゃうんだものっ」
私を抱きしめてくれたシスターは、おかしくて仕方が無いように私の頭を乱暴に撫でてくれた。
そのシスターの仕草に、シスターたちは本当に怒ってないって事が伝わってくる。
「……今までだったらきっと、みんな凄く怒ったかもしれないわ。でも今の教会には、そんな話は冗談にしか聞こえなくなっちゃったのよねぇ」
今までだったら、笑い飛ばす余裕なんてなかった。
今の教会だったら、そんなはずないだろうって笑って流せる。
去年と今年で、いったい何が変わったんだろう?
「それでチャール。貴女には何かしたい事はないのかしら? あの手紙を読んで、大人になった貴女は何をしたいと思ったの?」
「あ、聞いてくれるシスターっ!?」
シスターからの問いかけに、思わず身を乗り出して答えてしまう。
私も魔物狩りの訓練を受けて、将来は教会兵になりたくてっ……!
私も早くマグエルに行きたいんだけど、いつになったらいけるのかなっ!?
「え? これからは小さい子が優先されて行くから、貴女は当分先じゃない?」
「えっ、ええええっ!?」
「あはは。これまた貴女らしいというか……。ほんっとチャールは、昔っから間が悪いわよねぇ……」
シスター……! 焚きつけておいてそれはないよぉ……!
あー、そっかぁ……。これだからシーズはスペルディアを出ていったんだなぁ……。
やりたいことが見つかったのにじっとしているなんて、堪えられないもんねっ!
※チャール、シーズ、ピレーネのネーミングの由来は犬です。