202 ※閑話 幸福な日々
※R18シーンに該当する表現をカットしております。
※ラトリア視点。時系列はラトリアの幼少期から本編に至るまでです。
ソクトルーナ家に嫁ぐこと。それは私の物心が付く前から決められていたことでした。
ソクトヴェルナ家の3女として生まれた私、ラトリア・ターム・ソクトヴェルナは、ちょうど同じ年に生まれたソクトルーナ家の長男であるゴルディア・モーノ・ソクトルーナと、産まれたその日に婚約者として定められました。
幸いにもゴルディアも私もお互いを気に入り、婚約者としてくださった両親には感謝したものです。
ルーナ家とヴェルナ家は親戚関係に当たり、7歳の時に私たちは顔を合わせる事になります。初めて会ったゴルディアは少し人見知りで、竜人族としては少し気弱で、心優しい少年でした。
その様子になんとなく、ゴルディアなんてゴツゴツした名前は似合わないなと、ディアと呼ぶようになったのを覚えています。
心優しく内気で大人しい少年だったディアとは対照的に、私自身は竜人族らしい性格です。物心ついた時には剣を握り、兄や姉に混じって稽古をし、強くなるのが好きでした。
正反対だったからこそ、私たち2人は惹かれ合ったのかもしれませんね。
今まで会った事のないタイプの人間だったディアに私は庇護欲を駆り立てられ、ルーナ家では素直に甘える事のできなかったディアは私の後ろについて歩くようになりました。
正反対の私たちはいつも一緒にいて、2人で過ごすのが自然になっていきました。
しかしディアの家はソクトルーナ竜爵家。伝統ある武人の家系で、スペルド王国最強との呼び声高い戦士の名門です。
私と出会ったころには既に剣の稽古は始められており、8歳の頃から竜王のカタコンベに潜り、魔物を狩らねばなりませんでした。
人見知りのディアにパーティ結成のお願いをされた時は、これで一緒にいられる時間が増えると喜んだものです。
私が必ず、ディアのことを守ってみせるからねっ!
そう宣言する私に、ありがとうラト! と嬉しそうに笑ってくれたディアの顔は今でも忘れられません。
同じパーティのメンバーとして竜王のカタコンベに挑むようになって、私たちは殆ど毎日一緒にいるようになりました。
竜人族として強さを信奉する私は、気弱なディアを度々叱責しました。だけどそんな時はディアが私に1歩譲ってくれたので、私たちは大きな衝突もせずに仲良く過ごすことができました。
ディアは気弱で引っ込み思案な少年だったけれど、根は真面目で芯のしっかりした人でした。9歳、10歳と年を重ね、新たな職業を浸透させていく度に、竜爵家の嫡男としての才能を開花させていきます。
竜爵家の次期当主としての教育も順調で、気弱な少年だったディアの面影も無いような、頼りがいのある立派な戦士に成長していきました。
元々好意を抱いていたディアが逞しく成長していく度に、彼のことがもっともっと好きになっていくみたいでした。
竜人族は子供が生まれにくい種族です。だから子作りは早ければ早いほどいい。私とディアが好き合っているのならばちょうど良いと、私は12歳の時にエマと一緒にルーナ家に嫁ぎ、ディアと正式な夫婦となりました。
正式に婚姻契約をしたのは16になってからでしたけれど、12歳という最速のタイミングでルーナ家に嫁いだのは、当然一刻も早く跡継ぎを産むためです。
正式な婚姻を16まで待ったのは、貴族家として子作りに苦労しているところを他家に知られない為と説明されました。
種族的に出生率の低い事実は知れ渡っていますが、だからと言って貴族として喧伝すべきことではないことなのです。
せっかく大好きなディアと婚姻契約を結んだのに、それを隠さないといけないなんて。貴族って、本当に面倒くさいです。
竜爵家の次期当主夫婦としての教育を受けながら、ディアと跡継ぎを作るために色々なことを試す日々。とても立派な戦士に成長したディアが、2人きりになった時だけ気弱な少年に戻るのが、なんだか凄く愛おしかったです。
しかし……、分かっていたつもりではありましたが、毎日肌を合わせても、懐妊する気配は全くありませんでした。
シルヴァをこの身に宿すまでは、本当に試行錯誤の繰り返しでしたよ。ソクトヴェルナ家のように、跡継ぎの為に側室を何人も受け入れるような生活は、私たちは望んでいませんでしたから。
念願の第一子、シルヴァの誕生にルーナ家は大いに沸きました。
ディアは先代当主夫妻が高齢になってから授かった子で、次代の当主候補であるシルヴァが思った以上に早く誕生した事を、ルーナ竜爵家は本当に盛大に祝福してくださいました。
のちに聞かされて知りましたが、先代当主夫妻は自分たちの存命中に次代の当主候補が誕生するのを、半ば諦めていたそうです。
それくらい竜人族というのは子供が出来にくいのです。実家のソクトヴェルナ家のように兄も姉もいる家系というのは、本当に稀なんですよね。
異母兄弟であっても稀なくらい、竜人族は子供が出来ない種族なんです。
そして産まれたシルヴァは、それはそれは本当に出来た息子で、ディアのように優しく勤勉で頭が良いのに、私のように物怖じをしないという、両親の良いところだけを引き継いで生まれたような、まさに理想の跡継ぎでした。
愛する夫と愛する息子。3人で幸せな日々を過ごしてたというのに、幸せはこれで終わりではありませんでした。
私が28歳の時。竜人族として出産が可能な限界年齢とされる30歳を目前にして、娘のフラッタが誕生したのです。
竜人族である私達が男女の子宝に恵まれるなんて、信じられないほどに幸運なことでした。
自慢の息子であるシルヴァは優しくも逞しく育ち、可愛い娘であるフラッタは元気に素直に成長していきます。
私はこの幸福な日々が生涯続いてくれるのだろうと、信じて疑っていませんでした。
ある日齎された凶報。竜人族の飼育と、違法奴隷販売。更には息子シルヴァによる凶行と、シルヴァ本人の失踪……。
幸せだった日々は一瞬にして、絶望の日々に変わってしまいました。
現場のブレス痕を確認して欲しいと頼まれ向かった先では、私たちに更なる絶望が待ち受けていました。
「全身骨のローブ姿は、ロード種!? 角の生えた半人半獣の姿はデーモン種!? そんな馬鹿なっ!? 何だこの数はっ!? 何だこの状況はぁっ!?」
案内された先にはブレス痕など無く、待っていたのはデーモン種とロード種で構成された、10体以上の魔物の群れ……。
竜騎士として研鑽を積んできた私とディアの2人をもってしても、太刀打ちできる相手ではありませんでした。
次第に押されていく私たち。一瞬の隙を突かれてデーモン種に背後に回りこまれた私が死を覚悟した時、私はディアに突き飛ばされました。
庇われたことに気付いて振り返った私が見たものは、背後からデーモン種に胸を貫かれているディアの姿でした。
「ディア……。ディアーーーーっ!!」
ディアを助けようと踏み込む私の前に、魔物たちが立ち塞がります。
邪魔しないでっ! ディアがっ! ディアが死んじゃうっ……!
ディアを助けたい一心で剣を振るいますが、デーモン種とロード種に行く手を阻まれた私がディアの元に辿り着くことは出来ませんでした。
「ラ……トっ……! 2人を……、シルヴァと、フラッタを……、お願いっ……!」
まるで幼少期の気弱な少年だったころのディアのように、私にしか甘えられなかった真面目な子供だったころのディアのように、頼れるのはラトだけだよと、そんな顔をしながら子供達のことを私に託したディアは、地面に崩れ落ちていきました。
その光景を見て、私の力が抜けていきます。
ディアに託されたのに。子供達を守れるのは、もう私しかいないのに。
私の足は立ち上がる力を失い、私の手は剣を握る力を失い、私の心は立ち向かう強さを失ってしまいました。
茫然自失となった私の目の前では更に、ディアの遺体からロード種、マインドロードが生み出され、私は抵抗する間もなく支配状態に置かれました。
支配状態のときのことは、殆ど何も覚えていません。
だけどフラッタの姿を目にする度に、ディアの最後の言葉を思い出して、できる限りの言葉をフラッタに伝えました。
いつしかフラッタの姿を屋敷で見かけることがなくなり、せめてフラッタだけはこの屋敷から脱出させることが出来たのだと安堵しました。
けど私は我が娘を甘く見ていたんです。
あの優しくて真面目で勇敢だったディアの娘が、お転婆でがさつで好奇心旺盛だった私の娘が、私の言うことなんて、素直に聞くはずがなかった……!
せっかくこの屋敷を離れたフラッタは、2人の仲間を連れてこの屋敷に戻ってきてしまったのです。この屋敷が脅威に晒されているのを知りながら、私とディアを助ける為に……!
支配状態の私は、フラッタのことを意識すればするほどに、フラッタに殺意を向けてしまいます。
しかし私がフラッタに向かって切りかかる前に、訓練場にサンクチュアリを展開した男がいました。そのおかげで、マインドロードの警戒心がその男に向けられ、私もフラッタから意識を逸らす事が出来ました。
男が左手をマインドロードに翳しながら、なにやら目で追えないほどの速さで口を動かしたと思った瞬間、最優先でその男を殺せと指令を受けて、男との殺し合いが始まりました。
あっさりと、剣も盾も使わずに私の剣を躱し続けるその男。私の剣を躱しながらも、マインドロードに攻撃魔法を撃ち込む余裕さえ見せてくれます。
凄まじい反応速度、恐ろしい敏捷性です。私やディアはおろか、かつて見た先代当主夫妻よりも、もしかしたら……?
しかし剣を振るっていると、男の動きが少しずつ変わり始めていくのが分かりました。
私の剣を隅々までつぶさに観察し、私の剣を盗み、それを自分の動きにどんどん取り入れていくのです。
始めから私を遥かに上回っていた男の動きが、私の見ている前で無限に加速していきます。
やがて男が剣を振り始めます。品質に勝る私の剣を正面から受け止めることはせずに、速度と技量を持って私の剣の一切を殺して御する男。
久しく自分より強い相手と手合わせをしていなかった私の、強者に挑みたいという竜人族の本能が支配を超えて、魂の奥から湧きあがってくるのを感じました。
竜化した私を見ても、男は一切動じる素振りを見せません。それどころか私に不敵に笑って見せる始末。
男の笑顔は雄弁に、私に本気でかかってこいと語りかけてくるようでした。
竜化して数段速くなった私の剣に、やはりそれ以上の速度で対応してくる男。
何よりも凄まじいのが、私と剣を合わせる前と今とでは、明らかに男の技量が変わっていることです。
たった数分間私の剣を観察し、ほんの少し剣を合わせただけで私の剣を盗んだばかりに留まらず、盗んだ物を咀嚼して消化し己の血肉へと変えてしまったのです。
その凄まじい集中力と、果てしない強さへの執着心に、人間族のはずの男に畏敬の念すら抱きます。
竜化した私の剣すらあっさりといなし、更に腕を上げ続けていく男の姿に、このまま剣を振るい続けてもこの男は倒せないと悟ります。
竜化した私と打ち合いながらも男は汗1つかいておらず、息1つ乱していないのですから。
私がブレスの準備に入ると、男の集中力が1段深まったことが分かります。
そしてわざわざ自分の背中を誰もいない方向に向けてくれます。
『遠慮なく撃ってこい』
そう言われた気がして、私はこの時、自分が支配状態であることも完全に忘れてしまいました。
ブレスの最大の弱点は、その予備動作の大きさにあります。
だからこそその弱点を補う為の、全力で剣を振るいながらのブレス発射……!
私のブレスは地下訓練場の分厚くて頑丈な壁を撃ち抜き、訓練場に大きくて深い穴を穿ちました。
しかし男はブレスが発射される時に発生するブレス光に私の視界が眩んだ瞬間、あっさりと私の背後に回ってブレスを回避してしまっていたようです。
全力でブレスを放った私に、魔力枯渇が起こります。最早全く戦える状態ではありませんが、支配状態の私はそれでも往生際悪く剣を握り締めます。
そんな私を、やれやれといった様子で眺める男。
そんな男の姿が消えたと思った瞬間、口の中に異物感。そのまま舌を掴まれ引っ張り出され、超高速で男の指に根元から扱かれる私の舌。
予想外の衝撃と暴力的な刺激に、支配状態の私ですらロングソードを取り落としてしまいます。
右腕で私を抱きかかえて私の舌を丹念に扱きあげながらも、一方で男はマインドロードに左手を翳し超高速で攻撃魔法を撃ち込んでいきます。
私が負けた相手を難なく塵に変えてしまったその男の横顔に、竜人族の体が疼きます。
剣でも魔法でも、そして快楽でも私の肉体を屈服させたこの強い雄の子を孕みたい、と……。
もしかしたら本能の他にも、私とディアでは護りきれなかったシルヴァとフラッタを、この男性に守って欲しかったのかもしれません。
全てを話し終えた後、散々渋られたけれど、なんとかその男、ダンさんに抱いてもらえる事になりました。
竜人族の女として、圧倒的に強いオスに抱かれる幸福感に頭を痺れさせながらも、ディアを思うと心が軋むようでした。
だけどやっぱり私は見縊っていたんです。剣でも魔法でもない、ダンさんの本質的な強さというものを。
寝室で裸で触れ合っているというのに、ダンさんはディアのことが知りたいと私に問いかけてきました。
少なからずディアに対して罪悪感のあった私はディアのことを口にしたくなかったはずなのに、ダンさんがあまりに優しく語り掛けてくるものだから……。
つい堪えきれずに、ディアのことを語り始めてしまいました。
1度語りだしたら、もう止まれません。ダンさんも聞きだすのが上手くて、フラッタとキスをしながらなのに、的確に相槌を返してくれます。
裸でディアではない男の腕に抱かれながら、ディアと家族との幸せだった日々を語る私。その話を、ダンさんは嬉しそうに聞いてくれました。
話しているうちに、思い至ってしまいます。
こんなに幸福をくれた、こんなに愛したディアが、もうこの世にいないということに。
夫の死を悲しむ私と、父を亡くした悲しみに暮れるフラッタを抱きしめながら、ディアのことを偉大な戦士だったと、素晴らしい人物だったと褒めてくれるダンさん。
こんなに強い男に認められるほど、ディアは素晴らしい男だったんだと、何故だか救われた気になりました。
落ち着いた後、ダンさんは私を真っ直ぐに見詰めます。
その表情は、竜化した私と打ち合っていたときよりも、よほど真剣に見えました。
「ラトリアさん。俺は貴女の体を生涯愛すと誓う。だから貴女にも誓って欲しい。ラトリア・ターム・ソクトルーナの愛は、永遠にゴルディア・モーノ・ソクトルーナと共にあるって」
ダンさんはこれから抱く女に、自分じゃない男に愛を誓えと言ってきました。
ディアから私を奪うことは絶対に許さない。たとえ私自身の意思でも、ディアから私の愛を奪うことは許さない。
これから抱く女に、自分を好きになることは絶対に許さないと、ダンさんは言い放ちました。
私以上にダンさんは、ディアの死に心を痛めてくれていました。私以上にディアを亡くした私の心を理解してくれていました。
私がディアに生涯の愛を誓うと、私とフラッタを撫でながら優しく微笑むダンさん。
その優しい手付きと笑顔に、きっと私達の不幸は終わったのだと、何故か確信できました。
だけどダンさんが優しかったのはここまでで……。
ベッドの上でのダンさんはなんの容赦もなく、貪るように私の体を愛してくれました。
私とフラッタをお互いに見せ付けるように愛し、負けず嫌いの私がしてしまった反撃に、それ以上の凄まじい反撃を返してきました……。
脳が焼き切れるような朦朧とした意識の中、ここまで蹂躙しておきながら、自分を愛することは許さないと告げるダンさん。
は、始めは優しい人だと思ってたんですけど、これってやっぱり拷問なんじゃっ……!?
優しい人なのか厳しい人なのか、よく分からないんですけどぉ……。