196 魅力
……未亡人ラトリアさんからの求愛を受けたまではいいとして、これマジでどうすれば良いんだろうな?
みんなとも顔を見合わせるけど、全員何を言って良いのか分からず混乱した表情をしている。恐らく俺もみんなと同じ顔をしている事だろうね。
そんな中唯一、ソクトルーナ母娘だけがふーっ! ふーっ! とお互いを威嚇しあっている。
いや、君ら2人とも竜人族だよね? 猫の喧嘩じゃないんだからさぁ……。
「母上ーーっ! 先ほど父上を誇れと言ってくださったばかりではないかーっ! なんでその流れでダンに抱かれたいという話になるのじゃーーっ!!」
「フラッタだって竜人族なら分かるでしょーっ!! 強い男性に組み敷かれるより幸せなことなんて、竜人族の女にはないのよーっ!」
「分からぬのじゃーっ! 妾がダンを好きになったのは、優しいダンが好きだからなのじゃーっ!」
「フラッタが分かってくれなくたって、竜人族ってそういうものなのーっ! 私はもうダンさんに抱かれたくて抱かれたくて仕方なくなってるのーっ!!」
なんで俺、母娘に同時に告白……、いや求愛されてんだろうね?
2人ともよく似た美人さんなのは良いんだけど、状況がカオス過ぎてついていけないよぉ。
「……リーチェから見て、今回ダンに落ち度ってあったのかな?」
ニーナっ! 落ち度ってなによ落ち度ってぇ!
国難を人知れず解決したって言うのに、なんでそれを責められる流れになるわけぇ!? もうやだヴァルハール!
「難しいかなぁ。ダンが剣を合わせたのだって、ラトリアさんが襲ってきたからだしさ」
「フラッタよりも強い人が魔物に支配されて襲ってきたら、ダンだって対応しないわけにはいかないよね……」
「ダンが指で舌を扱いたのも、他に拘束する方法が無かったからなんだ。あれ以外にラトリアさんを無傷で止める方法って、ぼくも思いつかないよ」
リーチェ。ナイスな弁護だ。これは全て事故なんです。不可抗力なんですぅ。
実際のところ、ラトリアさんが強すぎたのでマジで余裕無かったんだよね。剣の技術だけで言えばリーチェに迫れる……どころかリーチェより上なんじゃないかなぁラトリアさんって。
フラッタは、リーチェには及ばないって言ってたけど、とてもそうは思えなかったよ。
「リーチェと同等以上の剣術を持った竜人が竜化してるのに、それを捌きながらマインドロードを滅ぼしちゃったのぉ? そんなの、私も現場にいたら惚れちゃいそうな気がするわねぇ?」
しなを作って俺にもたれかかり、色っぽく流し目を送ってくれるティムル。
ティムルお姉さんに惚れてもらえるならなんの問題ないんだけどねー。よしよしなでなで。
「え、えええ…………。ダンさんってデーモン種に続いて、ロード種まで討伐しちゃったんですかぁ……」
ムーリ、俺って何気に40以上も職業が浸透してるから。対魔物戦ならまず負けないんだよ。
今の俺にとっては、アウターエフェクトよりもラトリアさんの方が何倍も手強かったんだ。ラトリアさんがアウターエフェクトに不覚を取ったのが信じられないよ。
「それで、ダン的にはどうなの? ラトリアさんを抱こうって気はあるのかな?」
「…………えーと、ちょっとだけ待ってね……」
毎回だけど、ニーナにこういうこと聞かれるの、未だに慣れないわぁ……。
でもまぁ聞かれた以上は、一応ちゃんと考えてみよう。
40を過ぎているラトリアさんだけど、外見的にはフラッタをそのまま大人にした感じだし、俺としては一切問題が無くお相手できそうではある。
……だけど、家族を守って死んでいったというフラッタの父親が浮かばれないでしょ、流石に。
それに領主であるラトリアさんを嫁に迎えるわけにもいかないだろうし、ラトリアさんも領主の仕事があるからこの家に住むことも出来ないよなぁ?
総合すると……肉体関係はウェルカムだけど、受け入れちゃうとめんどくさそうって感じかな?
「うんうんなるほど。抱いてもいいって感じだね。でも他の要因が引っかかってるんだ」
「引っかかってるって言うか、流石に無しでしょ? 未亡人と娘を一緒に相手するとか鬼畜過ぎてさぁ……」
「フラッタ、ラトリアさん、聞いてた? 抱いてもいいけど、受け入れると色々めんどくさそうだから渋ってるんだって」
「ちょーーーっ!?」
なにそのまま伝えてんの!? オブラート! オブラートに包んでニーナ!
そもそも同じ場所で話してるんだから、筒抜けだったんでしょうけどぉぉっ!
「ダンさんに抱いてもらったからって、主人への愛が揺らぐわけではありませんっ! 見縊らないでくださいっ!」
「え、えええ……? 父上を愛しているのは変わらないのに、ダンに抱かれたいって、なにぃ……?」
「私と主人が結ばれたのも、お互いの強さに惹かれたからなんですっ! 竜人族ってそういう種族なんだから……、仕方ないじゃないですかーっ!」
いわゆる、心と体は別って奴ね。なんとも爛れた感じがして、ちょっと惹かれるなっ。
俺に抱かれる事と、旦那さんへの愛は別枠ってことなのかぁ。俺にはちょっとイメージできないんだけど、ラトリアさんの中では矛盾してないんだろうなぁ。
うーん……。竜化したラトリアさんを真っ向からねじ伏せたのが悪かったのかもしれない? でもあの状況じゃ他に取れる選択肢ってあったかなぁ……?
「母上ぇ……。ほんとに、ほんとに父上のこと、愛してるぅ……? 父上の事嫌いになったから、ダンに抱かれたくなっているのじゃないのかのぅ……?」
「フラッタ! 私とディアは婚姻を結んで25年も一緒にいたのですよっ! そして結ばれる前からずっと一緒に育った幼馴染だったのですっ! ディアへの愛を疑うのは、私への侮辱と見做しますよっ!?」
なにキレてんすか。アンタがややこしいこと言ってんだってばぁ。
至極真っ当な感性を持っているフラッタに逆ギレしないであげてもらえませんかねぇ。
「ダンさん。竜人族は種族的に強者であるからこそ、圧倒的強者の前には服従してしまうんですよ」
「ごめんラトリアさん。竜人族が俺に服従してきた経験が無いから説得力ゼロなんだよ?」
「これはもう竜人族の本能のようなもので、自分では止められないんです。人間族風に言えば、体が発情して火照っちゃってるんですーっ!」
俺の言葉を意図的にスルーしたラトリアさん。
美人の未亡人が体の疼きを何とかして欲しいって迫ってくるシチュエーション。本来なら大歓迎でいただきまーすしたいところなんだけどさぁ……。
強さを信仰しているからこそ、強者に頭を垂れるっていうわけぇ? 竜人族って知れば知るほどめんどくせぇなぁもう!
そう言えばフラッタも始めは大分めんどくさかったなぁ! 今はもう、ひたすら可愛いとしか思わないけど。
「母上の言ってること、子供の妾にはいまいちよく理解できないのじゃ……」
大丈夫だフラッタ。大人も理解できてないから。困惑してるのはこの場に居る全員だから。
家族みんなお前と同じ気持ちだから。心配しないでフラッタ。
「でも父上への想いが変わらぬのであれば、妾は構わぬのじゃ……」
あ、ダメだフラッタ。その流れはいけないよ。
俺もう5人も可愛いお嫁さんがいるのに、娶ることも出来ない愛人みたいな女性まで必要無いんだって。
「ダン。妾からもお願いするのじゃ。母上を抱いてやって欲しいのじゃ……!」
「え、ええ……? マジで言ってんのフラッタ……?」
……なんで俺、満年齢12歳の娘に、母親を抱いてくださいってお願いされてんの?
正直この世界に来て1番異世界を感じるのって、性に関する倫理観なんだけど?
「竜化状態で剣を合わせた妾だから、同じことをした母上の気持ちも少しは分かるつもりなのじゃ……。もう母上の体は、ダンを求めて仕方無いと思うのじゃ」
「娘のお前がなんてことお願いしてくるんだよぉ。お前、俺に対するご都合主義の塊かよぉ」
「ダンは何をそんなに渋ってるのかしら? お姉さん分からないわー」
これまで黙って話を聞いていたティムルも、YOUヤっちゃいなよと俺の背中を押してくる。
でもねティムル。押された先は崖なんだよ?
「ラトリアさん、フラッタちゃんとそっくりな物凄い美人じゃないの。普通の男ならラトリアさんに迫られたら、1も2もなく押し倒すと思うけど?」
「ラトリアさんは領主だし、他のみんなと違って俺と婚姻は結べないんだよ? 体だけの関係なんて俺には必要無いよ。みんながいるのにさぁ」
体力的には問題ないかもしれないけど、俺の体は1つしかないんだよぉ。そんな手当たり次第に女性に手を出していったら、手が回らなくなるってばぁ。
「ダンさんって凄くえっちなのに、受け入れるまでが長いんですよねぇ。私の時もそうでしたけど、受け入れてくれたら手加減無しで愛してくれるのに」
「なんで受け入れるのを拒む方向で批判されてるの? 俺はみんなだけを愛したいって言ってるはずなのにさぁ」
「ああそっか。ダン的には、ラトリアさんには絶望が足りてないのかもしれないね?」
「……は? ニーナ、絶望が足りてないって何?」
そこだけ切り取ると、俺が物凄く特殊な性癖をしているように聞こえちゃうんだよ?
「私もティムルもフラッタもリーチェもムーリも、ダンがいないともう死ぬしかなかったじゃない? 教会の子供達だって、ダンがいなかったら死ぬしかなかった」
「ん、確かにそういうこともあったかもしれないけどさ……」
「でもダンから見てラトリアさんは、そこまで絶望してるようには見えないんだね」
え、なんかその評価、微妙じゃない? まるで俺が不幸な女性につけこんで悪さしてるみたいに聞こえない?
みんなに関してはもうそんなこと思わないけどね。
「ダンは今まで、救いを求められたことしかないから戸惑ってるんだよ。ラトリアさんがダンに純粋に抱かれたいって言ってるの、理解できないんだね」
足の上のニーナが、身軽にクルっと反対を向いて、俺の頭を平らなおっぱいに抱きしめてくれた。
「ダンー? 貴方もいい加減に自覚しなきゃダメなんだよ?」
「自覚……?」
「前の貴方がどうだったかなんて知らないけど、私と出会ってからの貴方は、いつだって最高に魅力的な男性なの。ダンの周りに女性が集まっちゃうのは、ダンがとーってもかっこいいからなのっ」
「俺が、かっこいい……?」
ニーナにそう言ってもらえるのは最高に嬉しいけど、流石に色眼鏡だよ。
「あはーっ。本当にピンと来てなくて可愛いわぁ。そんな可愛いところも最高に魅力的なのよー、可愛い可愛い私達のダンー」
可愛い可愛いって、言ってるティムルの方が最高に可愛いじゃん! 最高に魅力的なのはどっちだって話だよっ。
「妾も優しいダンが大好きなのじゃ。絶対に誰も見捨てない、優しいところが魅力的なのじゃーっ!」
優しいのはフラッタでしょ。家族の事で心を痛めていたのに、俺達の為に元気に振舞ってさ。
そんな可愛くて優しいフラッタこそ世界一魅力的だよ。
「僕の都合なんか全部無視して踏み込んできて、ぼくを孤独から救ってくれたね。そんな強引なところも、ダンの魅力の1つだと思うよ」
リ、リーチェにだけは強引って言われたくないんですけどぉ? 強引に押しかけてきて、強引に押し付けてきて、あんなことされたら我慢できる訳ないじゃん?
ただでさえリーチェって、最高に魅力的な女性なのにさぁ。
「私のことも子供達のことも、教会全体でさえ助けてくれた、不幸が大嫌いなダンさん。もうちょっと手加減を覚えてくれたら、もーっと魅力的なんですけどねー?」
不幸が嫌いだったのは教会のみんなでしょ。子供のため、シスターのため、教会のためって、みんないつだって頑張ってたじゃない。
つうか手加減して欲しいのはこっちなんですけどぉ? 遠征から帰ってきてから、ムーリのせいでエロいことしまくってるじゃんかぁ。
「竜化した私を正面から、真っ向から打ち負かした貴方の強さに惹かれました。ダンさん。どうか私を抱いていただけないでしょうか……!」
フラッタそっくりの真っ赤な瞳で俺を真っ直ぐに見詰め、そして深々と頭を下げるラトリアさん。
強さって意味ではラトリアさんも相当だと思うけどね。
単純な技量だけでなく、支配に逆らってまでフラッタを逃がした母としての精神的な強さだって最高じゃないか。
「我が侭なダンが好きだよ。ごちゃごちゃと余計な事で勝手に落ち込むダンが好き。凄くえっちなのに、私たち以外には絶対手を出そうとしない真面目なダンが好き」
「……ニーナ?」
ニーナは胸に抱いた俺の頭を解放し、俺を真っ直ぐに見詰めながら笑ってくれた。
「ダンが強くなっちゃったから、世界もどんどんダンの魅力に気付いちゃったの。だからダンがモテモテなのは仕方ないの。いい加減諦めなさいっ」
満面の笑顔で俺に諦めろと宣言して抱きついてくるニーナ。
ぎゅーっと強く抱きしめられるニーナからは、なぜか喜んでいるような雰囲気が伝わってくる。
「モテモテだから諦めろなんて、どんな言い分なんだよまったく……」
俺もニーナを抱きしめ返す。
この世界に来てからずっと感じている、ニーナの体温と鼓動。これを感じると凄く落ち着く。でも少しでも離れちゃうと、不安で不安で仕方ない。
「俺にはこんなに魅力的なお嫁さんが5人もいるのに、まだ増やさなきゃダメなのかなぁ?」
「うん。ごめんねダン。ダンがかっこよすぎるから、勝手に増えちゃうの」
……言うほど勝手にかなぁ? 俺の嫁を増やそうとしている勢力が存在してる気がするんだけどぉ?
「ダンはもう何人でも受け入れられるでしょ? 貴方を好きになった女性を不幸にしちゃダメだよ。責任を持って全員漏れなく受け入れて、全員を幸せで満たしてあげなきゃ、ダーメっ」
「今回の件って不可抗力だと思うんだけどなぁ。何の責任を持たないといけないんだよぅ……」
なんだかアベコベだなぁ。俺の方が嫁を増やしたくなくて、ニーナが受け入れろって言ってくるなんてさ。
まぁ、深く考えても仕方ないのかぁ。ここは異世界。現代日本とは価値観が違う世界なのだから。
なんだか疲れてしまった俺はゴチャゴチャ考えるのを放棄して、今はただ静かにニーナを抱き締め、その体温と鼓動を感じることにしたのだった。




