194 専用職業
今回の件を国に報告したいというラトリアさんとリーチェに、俺の存在は伏せてくれるようにお願いする。
ロード種の撃退も、フラッタとリーチェの2人なら達成できても不思議じゃない。だが8ヶ月前まで間違いなく村人だった俺がロード種撃退に参加しているのは明らかに不自然だろう。
「俺は4月に村人であることをステイルークでバッチリ見られてるんだ。その俺がマインドロードの討伐に参加なんてしてたら変に勘ぐられちゃうでしょ」
「でもさっ、城への報告に上げなかったとしても、ぼくとダンがパーティを組んでいるのは調べればすぐに分かることなんじゃないの?」
「調べなきゃ分からないだけでも報告しない意味はあるでしょ?」
不満げなリーチェの耳元で、俺とニーナのことを思い出してと囁く。
俺とニーナは呪いが原因でステイルークから逃げ出してきた身だからね。あまり大っぴらに存在を喧伝するのは不味いでしょ。
「ニーナの呪いが解けた後なら俺も気にしないんだけどさぁ。今はあんまり目立ちたくないんだよ」
「呪い、ですか? 呪いを解く……?」
ラトリアさんが怪訝な顔をしている。
そう言えばこの場にニーナを知らないラトリアさんがいるのを忘れていたぜ。
せっかくなのでニーナの事情を伝え、解呪の心当たりが無いか聞いてみる。
「それは……、残念です。宝物庫には霊薬エリクシールが1瓶納められていたのですが……」
「くっ……! ニアミスかっ……!」
僅差で解呪の霊薬を入手し損ねた事に思わず歯噛みしてしまう。
でも今回のタイミングじゃなければラトリアさんに負けてた可能性も高いし、間に合わなかったのは仕方ない。切り替えろ。
「宝物庫にあったって事は、過去にエリクシールを入手したってことだよね。なら入手方法については教えてもらえないかな?」
「……いいえ。残念ですがそれも無理です」
本当に申し訳無さそうに首を振って見せるラトリアさん。
エリクシールは所持していたのに、その入手方法を教えてくれないっていうのはなんでなんだ?
「エリクシールは数年に1度アウターの奥深くで見つかる、大変貴重な霊薬なんです。それゆえにその扱いも国に厳重に管理されていて、無断で所持するだけで厳罰が下されるほどの品なんです」
「……所持するだけで厳罰かぁ」
散々名前だけ聞いていたエリクシール。貴重なアイテムなのは分かっていたけど、俺の想像を遥かに超える貴重品だったようだ。
でも、その分効果は期待できそうではあるな。
「我が屋敷にあったのは、数代前に国王から恩賜の品として授与されたものだと聞いています。手に入れるのは容易ではないかと……」
「なるほど。国から賜るものなのかぁ」
別にエリクシールだけに拘るつもりもないけど、確実に解呪出来そうな手段を見逃すのもなぁ……。
何とかしてエリクシールを賜れないものだろうか?
「あ、今回のルーナ家の騒動を解決した褒美にもらえたりしないかな?」
「うーん……。確かにロード種を打ち破ったわけですし、皆さんの功績は決して小さくないものだとは思いますが……」
ラトリアさんの反応は芳しくないな。
ラトリアさんやリーチェの反応から、今回の件は国を揺るがすほどの大問題だったはずだ。それを人知れず解決したんだから、褒美の1つや2つくれてもいいんだよ?
「ドロップアイテムが残らなかったのが問題ですね。討伐の証明が出来ません。ステータスプレートに宣誓しても、やはり物証ほどの説得力はありませんから」
「ドロップアイテムかぁ……」
今回マインドロードを撃破したのに、なぜかドロップアイテムを得ることが出来なかった。
その理由は分からなかったんだけど、先ほどのラトリアさんの話を聞いて、なんとなくだけどドロップアイテムが残らなかった理由にも見当がついた。
恐らく、今回のマインドロードは誰かに使役されていた魔物だった。つまり自然発生した魔物じゃなかったから、倒してもドロップアイテムが出なかったのではないだろうか?
生贄を捧げて魔物を召喚しているのか。もしくは生贄を捧げる事で魔物を使役しているのか。
この2つは本質的には変わらないか? 出来る事は変わってきそうだけど。
ただどっちにしても、これって知られてないだけで明らかに職業スキルの能力だよねぇ。
「んー……。デーモン種のドロップアイテムなら持ってるけど、それをマインドロードのドロップアイテムだとするのは苦しいよね?」
「…………なんでそんなアイテムがあっさり出てくるのかは分かりませんが、ドロップアイテム鑑定にかけられたらすぐに偽装が発覚してしまいますよ?」
「流石に無理かぁ……」
「貴重なアウターエフェクトのドロップアイテムですが、今回は献上するわけではなく事件の証拠とするわけですから。報告と食い違うのは避けるべきでしょう」
だねぇ。嘘なんてどこから綻びるか分かったもんじゃない。今回の件に対する褒賞に期待するのはやめておこう。
はっ! 俺の名前は伏せろとか言いながら、褒賞を貰う気満々だった自分に笑うわ。
「……でもダン。ダンは今回ヴァルハールで妾たちと一緒のところを見られておるのじゃ」
「あ」
「それを踏まえると、ダンのことを報告しない方がむしろ痛くもない腹を探られるのではないのかのぅ?」
復活したフラッタからの強烈なカウンターブロー!
そうかぁ。ヴァルハールで不特定多数の人に目撃されてるから、今更俺の存在を隠すとかえって不自然なのかぁ……。
「報告は書面で上げる事になりますけど、事が事だけに登城を命じられるかもしれません」
俺がフラッタの言葉で一瞬迷ったところで強引に話を進めてくるラトリアさん。
支配すら無視する脳筋貴族ではあるけど、思ったよりもちゃんと貴族してるみたいだね。
「ダンさんとフラッタ、リーチェさんの3人は、謁見の可能性もあると思ってくださいね」
「げっ。謁見って王様に会うってことだよね? 勘弁してよぉ……」
いや、でもこれは逆にチャンスか? 王侯貴族になんて関わりたくないけど、スペルド王国建国史について調べられる良い機会かもしれない。
それに俺には鑑定がある。召喚士とか死霊使いとかがいれば、逆算して真相に辿り着ける気がする。
「ダン。出来ればぼくも君に同行して欲しいと思ってるんだ」
「いや、行かないとは言ってないけどさぁ……」
「今回みたいなことが出来るような、とてつもない悪意を持った相手が城に潜んでいるかもしれないと思うと……。流石にぼくも登城には不安を覚えちゃうよ……」
「……リーチェを1人にする気は無いよ。安心して」
不安げなリーチェをよしよしなでなでする……けどちょっと待て。
なんで、登城は決定事項みたいな話の流れになってるわけぇ? 命じられるかも、ってレベルの話じゃなかったっけ?
アウターエフェクトを使役するような相手が潜んでるかもしれない場所に、リーチェとフラッタだけを送り込むわけにはいかないけどさぁ。よしよしなでなで。
「はぁ~。登城する可能性については了承したよ。礼儀も何も知らないから、失礼しても知ったこっちゃないけどね」
「……ダン。それは貴族連中にとっても同じことなんだよ」
投げやりな俺の言葉をリーチェが少し厳しく窘めてくる。
「貴族たちは儀礼や礼節を身につけているのが当たり前だから、ダンが物を知らずに粗相をしたとしても、ダンの都合などお構いなしに糾弾してくるだろうね」
「はっ、そりゃそうか」
俺が貴族なんか知ったこっちゃないと思うのと一緒で、貴族連中も俺の都合なんかお構いなしか。
貴族なんて年がら年中足の引っ張り合いをしているイメージだし、付け入る隙を与えるのは危険そうだねぇ。
……家のセキュリティ、少し強化しておこうかなぁ?
「今のダンなら、下手をすると10体を超えるアウターエフェクトを1人で滅ぼしてしまうかもしれないのじゃ」
「……流石にそれは言いすぎだと思うけどね? インパクトンヴァは単体指定魔法だし」
「そんなダンの不興を買うなど自殺行為も甚だしいが、貴族というのは理性的な者ばかりではないからのぅ。登城するとなったら多少の勉強は必要かもしれぬな」
フラッタさん。不安になるようなことを言わないでもらえますかねぇ?
王都スペルディアにリーチェと同じパーティのメンバーとして赴く以上、騒動とトラブルは間違いなく起こるだろうけどねー。
お隣の、ヴェルモート帝国だっけ? そっちにも拠点用意しようかなぁ。緊急時の避難場所として。
「では国への報告については以上で宜しいでしょうか? ダンさんのことも含めて報告させてもらっても?」
「あーもういいよ。諦めたわ。ご自由にどうぞー」
これ以上ごねても意味が無さそうなので、報告の件はラトリアさんの好きにしてもらう。
ラトリアさんが報告を上げるのも数日後の予定だし、年末年始は納税処理や各種更新手続き等で国側も非常に忙しいらしく、実際に呼び出しがかかるのは結構先の話なのだそうだ。
……もう完全に呼び出される体で話が進められているけど、多分確信犯なんだろうなぁ。これがこの国の貴族か。
でもこっちだって国の都合に配慮してやる義理もない。俺達がマグエルを経つ前に呼び出しがこなかったら普通に無視しよ。
さぁて、この話は止め止め。どうせ先の話なんだしこれ以上考えても無駄だ。
登城命令なんてどうでもいい話はコレで終わりにして、ラトリアさんに気になることをいくつか確認していこう。
「ラトリアさんのロングソードって重銀だよね? これってダマスカスのこと?」
「……良くお分かりですね?」
俺の質問に驚いた風もなく頷いてくれるラトリアさん。
あれだけ打ち合えば、装備品の品質について言及されても不思議じゃないか。
「俺たちってミスリル製の装備品しか持ってないんだけどさ。ダマスカスやオリハルコンって、どうやって入手すればいいのかな?」
「済みません。それは私も存じ上げませんわ」
静かに首を横に振るラトリアさん。知らないか。
重銀武器は実家のソクトヴェルナ家に伝わっていたもので、嫁入りの際に持参したものらしい。ラトリアさんが生まれる何代も前から既に存在していたそうで、伝わった経緯については分からないとのこと。
ソクトヴェルナ家と言えば、食堂にもソクトヴェルナ姓の人がいたなぁ。年齢もラトリアさんの1つ上だったっけ?
「それはエマ……、エマーソンのことですね」
「あ、そうそう。確かエマーソン・ソクトヴェルナさんだった」
「エマは私付きの侍女です。物心ついた時には既に私個人に仕えてくれていた、ヴェルナ家からついてきてくれた大切な使用人なんです」
エマーソンさんの無事を改めて喜ぶラトリアさん。
エマーソンさんは、ラトリアさんがソクトルーナ家に嫁ぐ際にソクトヴェルナ家の養子に迎えられ、そのままラトリアさんと一緒にルーナ家に赴いたのね。
……ってこれ、めっちゃ脱線してるから。
次の質問は、ずっと気になっていたアレしかないよなぁ?
「ラトリアさん。竜騎士ってなにか、詳しく教えてくれない?」
「っ!? なぜ人間族のダンさんが、竜騎士の事をご存知なのですかっ……!?」
俺の質問に血相を変えるラトリアさん。
どうして竜騎士を知っているかって? それは勿論、ラトリアさんを鑑定したからでーす!
けどこれから城への報告書を上げるらしいラトリアさんに、鑑定のことは教えられないね。
「ラトリアさん。質問してるのはこっちだよ? 竜騎士の事を詳しく教えて欲しいんだけど、ダメなのかな?」
「も、申し訳ありません……。そのことは、いくらダンさんにでも申し上げられません……!」
エリクシールやダマスカスの時と違って、本当に焦った様子のラトリアさん。
竜爵家の当主夫人がここまで頑なに口を閉ざす情報か。ひょっとしたらフラッタも知らないのかな?
「竜人族専用職業だから、他種族に知られるとまずいって?」
「……っ。言えま、せん……! 申し訳ありません……!」
どうしても言えないと、俯いて俺から視線をそらすラトリアさん。種族の専用職業の事は公にしてないのかな?
名前的に、どう考えても竜人族の種族専用職っぽいよねぇ。
人間族さんにだって好事家、複業家、蒐集家があったわけだし、他種族に無いと考えるのはちょっとね。
好事家は職業浸透数が10個になった途端に現れた職業だ。職業浸透面で優遇されている人間族らしい専用職業だと言えるだろう。
となると、竜人族の専用職業である竜騎士になる条件として考えられるのは……。
「……聖騎士を浸透させたらなれるんじゃないかとは思うんだ。騎士繋がりで。竜人族専用職業だとするならば、もしかして竜化解放も条件かな?」
「なんっ……でっ!? ダンさん……! 貴方、いったい何者なんですかっ…………!?」
「なるほど。ありがとう」
大体ビンゴかな。
鑑定でラトリアさんの浸透させている職業状況を見て転職条件を適当に予想してみたんだけど、ラトリアさんのリアクション的に大きく外してはいないっぽい。
俺が何者かって? 竜騎士の情報を出さなかった人には教えませーん。
「それじゃあ話は以上かな。国への報告は好きにしてよ」
「あっ……! は、話は以上って……!」
「多分今日のニーナたちはこっちで夕食を食べると思うから、そろそろ準備しようか。ラトリアさんが帰る時はポータルで送るから、遠慮なく言ってね」
「ままま、待って……! 待ってください……! ダンさん、貴方はっ……!?」
待ちませーん。これから夕食作りで急がしいんでーす。
むっちりリーチェを抱きかかえ、ルーナ家の母娘を食堂に置き去りにして炊事場に向かった。
リーチェと2人で手早く夕食の準備をしながら、ラトリアさんとの情報交換を振り返る。
種族専用職業かぁ。好事家がティムルにもフラッタにも現れなかった時にその可能性を考えてはいたけど、実際にその存在を確認出来たのはかなりの朗報だなぁ。
ラトリアさんの竜騎士はLV100を超えていた。恐らく竜騎士にはレベル上限が無いのではないだろうか。
最速で竜騎士の職業を得るために、戦士、兵士、騎士、聖騎士と進んでいったのだとすれば、ルーナ家というか竜人族の貴族が全て脳筋になるのも頷ける話だ。
そして、生産スキルの魔力消費が軽いっぽい、生産職に特化しているドワーフ族。そんなドワーフ族に種族専用職業があるとしたら、それはやっぱり生産職になるんじゃないのか?
建国の英雄譚でもドワーフが英雄たちの装備を用意したと伝えられているし、ダマスカスやオリハルコンを製作できるドワーフ族専用生産職。恐らくあるはずだ。
でももしそれが見つかったら…………。
ドワーフ族先祖代々の土地が、本格的に無意味なものになっちゃうなぁ……。
無意味と言えば、今回マインドロードを塵に変えてやったのに、なぜか職業の浸透が一切進んでいなかったんだよな。
これって恐らくドロップアイテムが出なかった理由と同じで、使役された魔物を倒しても経験値は得られないってことなんじゃないかな?
まったく、なんて傍迷惑な話なんだ。めちゃくちゃ周囲に面倒をばら撒いておいて、解決しても報酬が無いとかクソゲーにも程があるよ。
その面倒の皺寄せがめちゃくちゃ俺に来てんだよぉ。絶対に許さないからなぁ?
「ダン。ラトリアさんをあのまま放置して良かったの?」
まだ見ぬ誰かに呪詛を送り込んでいると、リーチェが少し言い辛そうに問いかけてくる。
リーチェとラトリアさんは意見が一致している部分も多そうだったからな。話を途中で切り上げたのを少し不満に思っているのかもしれない。
「あれ以上言えること無くない? ラトリアさんって別に俺の家族じゃないしさ」
フラッタの母であり俺のお義母さんでもあるけれど、それでも決して家族ではないからね。
ムーリにすら教えていない鑑定と職業設定を、ラトリアさんになんて教えるわけにはいかないよ。
「それにこれからラトリアさんは国に報告を上げるって言ってるんだよ? そんな人に余計な情報は渡せないかなぁ」
「それは……っ。そうかも、しれないけどさぁ……」
俺とニーナには隠しておかなきゃいけない爆弾が幾つもあるからね。あまり情報を公開できないんだよ。
それにあの人は、登城を渋る俺を強引に登城させる流れに乗せてしまったからな。味方には違いないかもしれないけど、あの人は間違いなく貴族なんだ。俺が心を許せる相手ではないね。
「……ダンは彼女のことを被害者だとは思ってるけど、味方とは思ってないんだね」
「味方だとは思ってるけど、俺達家族を最優先してくれない人に心を許す気にはならないかな」
「ぼくには彼女の話に嘘は感じられなかったけどなぁ。君はどこで引っかかったのさ?」
「無理矢理俺の登城を決めたこと。俺達より竜人族を優先したこと。この2点かな。俺の家族なら絶対にこんな事はしてこないだろうからね」
竜人族と俺らを天秤にかけた時に竜人族を優先する可能性がある人に、俺の秘密は明かせないよ。
俺はフラッタのためならヴァルハールを滅ぼすことも出来るし、リーチェの為ならスペルドを滅ぼしたっていいと思ってるからな。
「この会話、どうせ風に乗せて食堂に運んでるんだろリーチェ?」
「…………っ!」
「別に隠す気なんて無いから、つまんない小細工なんて要らないよ」
「ご、ごめんダンっ! ぼくは決して君を裏切るつもンンっ!?」
焦るリーチェの唇を塞ぐ。
安心してよリーチェ、別に怒ってないって。言葉通りの意味で、直接聞かれたら答えるってだけの話さ。
優しいリーチェは、ラトリアさんのほうに親身になってくれてたんだよな。よしよしなでなで。そんな優しいリーチェが大好きだよ。
「リーチェが俺を裏切るなんて思ってないし、仮に裏切ったとしても大好きだからそんなに焦らないでくれよ」
「う、裏切っても大好きなんてぇ……。そんなこと言われたらぁ、裏切れないってばぁ……」
翠の瞳を潤ませて、トロンとした眼差しを向けてくるリーチェ。
くくく、でもリーチェ。俺の五感が囁いてるぞぉ?
お前が風の操作を解除し忘れてるってなぁ!
これから食堂の2人には、俺とリーチェのキスの音をたっぷりじっくりと聞かせて差し上げましょうねー?




