169 信仰
テネシスさんが落ち着くのを待ってから、改めて細かい話を決めていく。
まず現在14歳の孤児たちは全員マグエルの孤児院で預かって、俺が直接納税を行うことになった。
ぶっちゃけ面倒なんだけど、テネシスさんは絶対にお金を受け取る気はないし、それどころかマグエルに孤児を集める為のポータル代を教会で負担すると言ってくれた。
資金難の教会からあまりお金は受け取りたくないけど、テネシスさんだって少しでも協力したいと思ってくれているんだろう。
「子供達に魔物狩りをさせるんですかっ……!? そ、それはいくらなんでも危険ではありませんか……!?」
「いえ、逆なんですよ。無力でいるままの方が危険なんです」
案の定、子供達への魔物狩り指導に難色を示したテネシスさん。
そこに最近起こった騒動を実例として交えて、なるべく分かりやすく俺の考えを説明する。
「ガリアの1件も、孤児の中に1人でも商人がいたらあの男の悪意を看破できたんです。子供達を守るのは大切ですが、村人のままで保護し続けることこそ子供達の為にならないと俺は思うんです」
この世界において村人ってのは弱者の代名詞だ。
その村人が大きくなるまで過保護に育てられている現在のトライラム教会は、ガリアや悪意ある奴隷商人にとっては、全自動の奴隷培養施設みたいなもんだ。
教会の教義も、信仰している人のやっている事も間違ってないけど、悪意に対して無防備すぎる。
「大体にして、村人からの転職は無料なんですよ? なんで孤児たちに転職を許していないんですか? 転職させた方が孤児たち自身で稼げるお金も増えるでしょう?」
「それです。稼げるお金が増える事が危険なんです」
「……お金が稼げるようになるのが危険?」
「孤児のみんなは本当にいい子ばかりで、転職を許すと少しでもお金を稼ごうと無茶をする子が後を絶たないんですよ。なので教会で保護している子には、原則転職を許可しないようになったと聞いております」
あーそういうことかぁ……! 転職が無料なせいで、装備や技術が無くても魔物狩りを始めて、そして命を落としてしまうって……。
うわぁダメだ。酷過ぎるだろうこれ……。教会周りってみんな善人しかいないのに、その善意が完全に空回りして悪循環してるんだ……。
みんながみんな、自分以外の誰かを思い続けた為に雁字搦めになって、弱ったところを食い物にされてる状態なのか……!
「うん。教会と孤児の事情は理解したつもりです。これから変えていきましょう」
……あまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。みんなが優しいせいで起こった悲劇なんて、絶対にここで終わらせないといけないな。
14歳の孤児の受け入れはなるべく早くにしてもらう。
年末が近づくほどに危険なのはテネシスさんもよく理解しているようで、話の途中だったけど別の人を呼び出して、すぐに世界中の教会に連絡するようだ。
現在14歳の30人……、既にマグエルに居る7名を除いた23人の受け入れはなるべく早く、その際に兄弟姉妹が居る子は一緒に連れてくることを許可する。
今まで不幸と悪意に晒されていた子供達に、これ以上のストレスを与える気はない。
来年以降も14歳の孤児が納税出来ない場合は、今年と同じ手順で俺が借金を肩代わりして払う事になった。
正直に言えば来年の心配はしてない。けど取り決めは必要だろうね。13歳の孤児だっているんだから。
肩代わりした金額は、トライラム教会に対して俺が貸し出した教会の借金として扱われる。ただし返済は教会ではなく子供達自身に科し、教会の経済的負担の軽減と、子供達の社会的自立を目指していく。
な、なんか奨学金みたいだな?
10歳になった孤児から魔物狩りのサポートを始め、1ヶ月間スポットで訓練させたら1度目の転職。戦士、旅人、商人、修道士までを全員に浸透させたら後は自由だ。
そのまま魔物狩りを続けてもいいし、違う職業についてもいい。マグエルから離れ、自分の世話になった教会の手助けをするのもいいかもしれない。
この世界は歪なバトルシステムがあるからこそ、逆に弱者に優しく出来ている。HPが無ければ子供達に戦いなんてさせられないけど、HPがあるからどんどん戦わせて強くしていくべきなんだ。
「恐らくですが、1ヶ月前に初めて魔物狩りをした6人の孤児は、既に魔玉を1つずつは発光させていると思うんですよね。それまで武器を握ったこともなかった孤児6人が、1ヶ月で30万リーフ以上の稼ぎを叩きだせるんです」
「いい、1ヶ月で30万リーフを……!?」
「ええ。来年はきっと、孤児の人頭税で悩んでいたのが信じられなくなると思いますよ」
あいつら多分、半年もしたらブルーメタル装備を買ってる気がするんだよなぁ。泊まり込みのスポット遠征が出来る様になったら、元々マグエルにいた子達の税金なんかあいつらだけで払ってしまえそうだ。
孤児が救われる事が分かれば、教会関係者のストレスもかなり緩和されるはず。金で解決できることなんか、金で解決してしまうべきだ。
今の教会が教義に拘っても、誰も救われないのだから。
「先ほどテネシスさんが仰った通り、寄付や過保護が子供達に腐敗や堕落を齎す可能性もあります。だからこそ自分達で金を稼がせ、自分達で借金を返してもらうんです」
与えるだけじゃ腐敗するっては同感だけどね。自分達で何とか出来るよう、猶予と手段くらいは大人が用意してやらないと。
「俺が子供達に齎したいのは時間的な猶予と、自立して生きていく強さです。だから孤児に払ったお金は、必ず回収するつもりなんです」
俺の言葉に、テネシスさんは目を閉じて天井を仰いだ。
「……自立。自立です。トライラム教会の本質も、本来は自立であったはずなんです……」
それはまるで懺悔のような独白。
「お金や余裕は人を堕落させ、そしていつしか心を腐らせていきます。教会が腐ってしまっては子供達を世話出来ない……。子供を奴隷に落とし、子供を死地に送り……、仕方ないのだと目を逸らして……」
「……司教様」
「奴隷に落として未来を奪い、死地に送って命を奪い、保護する事で子供達から自立する強さを、教会こそが奪ってしまっていたなんて……!」
「……子供を保護することが間違っているとは思いませんよ。孤児じゃなくても15歳まで転職しない人は普通ですしね」
……子供達を保護する事が悪いわけじゃないんだよテネシスさん。保護する事にしか手が回らなくなったから悪循環が起こってしまったんだよ。
教会が孤児を保護していた事が間違いだったなんで、俺が絶対に言わせない。
「教会は1人で生きていけない孤児達に命を与え、食べ物を与え、住む場所を与え、同じ境遇の家族を与え、優しく強い心を与えてくれたと思っています」
間違ってるのは教会じゃない。教会と子供達を苦しめる、悪意や現実の方が間違ってるんだよ。
「俺にも覚えがあるんですけどね。守るべき存在を、無意識に弱者だと決め付ける事があるんです」
「……え?」
「でも孤児たちは、教会の役に立ちたいって気持ちでいっぱいなんですよ。だから子供達と一緒に教会を盛り立てていったって、いいんです」
何も乳幼児まで戦わせようって言ってるんじゃない。そのための年齢制限だし。
今回ワンダたち……、孤児パーティを結成してみて改めて思うのが、誰だって戦う意志を持ってるってことだ。魔物と戦うという意味じゃなくて、現実や不幸と戦い、大切な誰かを守ろうとする意志を、誰もが持ってるんだ。
守ってあげなきゃ生きていけないなんて、そんなの守る側の押し付けでしかない。
「トライラム教会の教義と行動は絶対に間違ってません。だけどちょっと今は負担が大きすぎるんですよ」
「私達のやってきたことは……。間違っては、いなかった……」
「子供達は守られるばかりの弱者ではありませんよ。トライラム教会で思いやりと誠実さを学んだ、1人の人間なんです。それこそ、テネシスさんのようにね」
天を仰いだまま動かずに、テネシスさんは静かに泣き続けていた。
細かい取り決めは後日、ムーリを窓口に教会にお任せして、いい加減マグエルに戻る事にする。
流石にみんな、お腹空かしちゃってるよなぁ。きっとみんな俺とムーリが揃わないうちは、食事をしてくれないだろう。
長引いちゃったし、早く帰らなきゃね。
「まさか司教様まで真っ向から説き伏せちゃうとは思いませんでしたよぉ……。教会丸ごと幸せにしちゃった後は、どれだけえっちなことをされちゃうのか不安ですぅ……」
「えっちなムーリにはいっぱいえっちなことをしてあげるつもりだけど、まずは早く帰ろうか。俺もお腹空いちゃったし、きっとみんなもお腹を空かして待ってるからさ」
ムーリを抱き寄せて、ポータルでマグエルの教会に飛んだ。
教会についた俺たちは、案の定めっちゃめちゃ怒られた。
遅いよー! お腹空いたよー! シスターと2人なのに帰ってくるのが早すぎだよーっ! なんて色々な理由で、笑顔の子供達に怒られてしまった。
新しくきた子供達と俺達とは初顔合わせだったけど、お腹が空いてそれどころじゃなかったので、挨拶は抜きにして夕食をスタートした。
ニーナ、ティムル、ムーリと一緒に、スペルディアでの話を共有する。
フラッタは子供達と料理の取り合いをしているので不参加だ。
ていうかリーチェはさぁ……。自分が作った料理を子供が食べる度にニヤニヤすんなってば。この英雄、反応が可愛すぎるよぉ。
「あれ? そう言えばニーナさんもティムルさんも、ダンさんを所有者扱いするのやめたんですね?」
所有者扱いってなんだよぉ。正式に2人の所有者ですけどぉ?
2人の所有者だって自覚はないけど、手放す気だってないんだからねっ。
「うん。ちょっと私もティムルもダンの事が好きすぎてね……。形式上だけでも奴隷として振舞うのは、もう限界かなって思ったんだ」
「ホントよねぇ……。ダンの物だって自覚できる奴隷扱いも捨てがたいんだけどねぇ。ダンってば私たちを完全に自分の物だと思ってるくせに、奴隷だとは全く思ってくれなくってさぁ」
済みませんね、我が侭な所有者で。みんなのエロボディを一方的に貪るだけじゃ我慢できないんだよねぇ。
「あっと、今回納税の話で疑問に思ったんだけど、ステータスプレートの年齢表記ってさ、産まれた瞬間って0歳なの? 1歳なの?」
俺の年齢が25歳表記なので0歳表記はある気がするんだけど、それだと微妙に納税の回数が合わない気がするんだよなぁ?
「ん? ああ、ダンは知らないのよね。この世界で生まれた人は、生まれた瞬間から1歳表記よ」
ティムルの説明に、納得いく部分といかない部分があるな。
1歳から14歳の滞納分と、15歳になったタイミングで納税義務が生じる人頭税の合計金額が148万リーフ、これは辻褄が合う。
じゃあ日本で25歳だった俺は、26歳表記にならないとおかしいと思うんだけど……。
……もしかして、俺が25歳だと完全に認識しているから、ステータスプレートも25歳表記なのかな?
「赤ちゃんのステータスプレートは、何故か母親だけが取り出せるのよ。子供に触れながら詠唱すると、自分のと一緒に赤ちゃんのステータスプレートも取り出せるの。なぜか父親じゃダメなのよねー」
赤ちゃんは母親のお腹の中に長期間いるわけですしね。父親とは結びつきに差があってもおかしくはない。
なんとなくだけど、男親からは呪いが感染することはないような気がするねぇ。
……ん? 産まれた瞬間から1歳表記? つまり俺の認識とステータスプレートの認識には、1歳ずつズレがあったって、こと……?
え、ええっと……。ニーナは16歳表記だから、日本じゃ15歳。ティムルは32歳表記だから、日本では31歳。
フ、フフフフ、フラッタは13歳表記だから……。
にににに、日本じゃ、12歳……? え、フラッタって、もしかして日本だったら小が……。
いやっ! この問題に深く足を踏み入れるのは危険すぎる! ここは異世界なので、日本での常識なんて通用しない世界なんですっ!
うんっ! この情報は一旦忘れようっ! フラッタは13歳だ! 13歳の可愛いお嫁さんだ!
そしてこの事実は、寝室のベッドの上だけでは思い出すことにしようじゃないかっ!
「そそそそそう言えばっ! ワンダ達って魔玉光ったのかなっ!?」
「なんでそんなに動揺してるの? なんだかえっちなこと考えてそうっ」
「ソソ、ソンナコトナイヨー……?」
「えっと、2日前にギリギリ1回目の魔玉発光があったって言ってたよ」
ニーナが訝しげな顔をしながらも答えてくれる。
んー。魔玉6個で30万リーフと考えると、俺達の時より稼ぐペースが断然早い。だけどフラッタと会った頃に5個の魔玉が光っていた俺たちと比べると、回数的には少ないな。
魔玉が光ったってことは、浸透が済んでる可能性はある。あとで全員鑑定しておかないとな。
「まさかたった1ヶ月でワンダ達が30万リーフ以上稼いでくるなんて、本当にびっくりですよ。今はワンダのインベントリに保管してますけど、ダンさんたちが必要でしたらお渡し出来ますよ?」
「いや、その魔玉はあいつらの転職費用に取っといて。魔玉が光ったなら、職業の浸透が終わってる可能性もあるからね」
「職業の浸透? ……って、なんですか?」
あ、そうか。ムーリは知らないんだった。というか俺自身フラッタに言われるまで知らなかったのに、なにを常識みたく語っちゃってるんだよ。恥ずかしい奴だなぁもう。
職業の浸透のことをムーリに説明する。
「職業スキルを失わずに済むことを浸透って言うんですかぁ。一般にはあまり知られていませんよね、その言葉」
うん。恐らく弱者を食い物にしてる誰かが、意図的に情報を遮断してるからね。
この世界は弱者に厳しい世界、ってワケじゃない。誰かが悪意を持ってこの世界のルールを利用して、弱者を弱者のままで食い物にしてるんだ。
まだ見ぬそいつを許してやる気はないけど、まずは1つ1つ変えていかないとね。




