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【全年齢版】異世界イチャラブ冒険譚  作者: りっち
2章 強さを求めて3 孤児と修道女
142/637

142 ※閑話 開かれた未来

コットン視点。

時系列は030でムーリと出会った所から、143の夕食後、ダンたちが帰ったあとの会話というイメージです。

 少しずつ気温が上がってきたある日のこと、シスターが大慌てで教会に戻ってきた。



「コットンっ。今いるみんなを急いで集めてもらえますかっ? 井戸のお家のことで、みんなに話があるんですっ」


「う、うん。すぐにみんな呼んでくるねっ……」



 昨日から井戸のお家に大工さんが出入りしていて、嫌な予感がしていた。


 シスターのこの慌てようだと、もしかしてあの井戸が使えなくなったりするの……?



 急いで全員を集めて、シスターの話を聞く。



「みんな。いつも水を汲んでいる井戸のお家に、今度から人が住むことになりました。住人は1組の男女。男性はダンさん、女性はニーナさんといいます」



 あの家に、人が住む……? あ、あんなボロボロの家、人が住めるの……?



「たった今、直接お話をさせていただきましたが、2人ともとても良い人みたいですよっ。今まで通りに井戸を使うことも許してくださいましたし、私たちに仕事を依頼してくれたんですっ」



 最近では珍しいくらいにシスターの声が弾んでいる。



 井戸も使わせてくれるし、私たちに仕事もくれるの? よっぽどのお金持ちでも住むのかなぁ?


 でもあんなボロボロの家、お金持ちが住みたがるの?



 お庭の除草を依頼されたと言うので、手が空いていたみんなで井戸のお家に向かう。


 そして私は魔物狩りの怖そうなダンと、とても綺麗な奴隷のニーナに、初めて顔を合わせることになった。



 ニーナも戦うって聞いてびっくりしたけど、2人はいつも一緒で、魔物狩りも一緒にしているんだって。


 どんなお金持ちかと思ったのに、ダンもニーナも全然お金持ちでもなんでもなかった。



 お金なんて持ってなくて、ボロボロの家を2人で頑張って修理していった。


 お金なんて持ってないのに教会に依頼して、お金を払って修理を手伝わせたりもした。



 お庭の草取りやお家の修理を手伝った日はいつもお腹いっぱいになるまでご飯を出してくれて、教会で待つ子供たちにとお土産まで持たせてくれる。


 ダンもニーナも今まで見てきた大人の人とは全然違う。なんだか随分変わった人たちみたいだった。






「ダンさんにはいつもお世話になっていますからね。失礼があってはいけません」



 ある日、大切な話がありますとシスターに呼び出された。


 シスターは真剣な表情をしながらも、とても申し訳無さそうに用件を告げてくる。



「だけど貴女の態度を変えるのは難しいと思うので、貴女の事情をダンさんにお伝えしておきたいと思うんです。……構いませんかコットン?」



 私の事情、男性恐怖症。



 確かに、ダンにもニーナにも凄く良くしてもらってるのに、私はダンに近づくことも出来ないし、話しかけるのも絶対ムリ……。



 そんな私を見て、ダンが気分を悪くしてしまって、教会への付き合い方を考え直してしまったりしたら……。


 私の事情をあまり話して欲しくはないけど、教会の為には伝えておくべきなのかな……。



 悩んだけれどシスターの言う通りに、2人には私の事情を知ってもらうことにした。


 それ以来、ダンは私に近づいてこなくなった気がする。






「あのお屋敷の庭に、畑と花壇を作るつもりなんだそうです」



 ダンとニーナの家にティムルという同居人が増えた頃、新しい仕事を打診されたとシスターが私を呼び出した。


 畑と花壇かぁ。確かにあのお家のお庭、すっごく広いもんなぁ。



「ですがあの3人は魔物狩りで家を空けてしまうので、私たちに管理を依頼したいそうです。花壇も畑も自由に扱って良いということなので、コットンに管理をお願いしたいんですよ」



 えっ!? あんな広いお庭に、私が花壇を作ってもいいの!? お手伝いじゃなくって、私が自由にしていいの!?


 私の自由に花壇を作れて、それでお金まで貰えるなんて信じられないっ! 自分だけの花壇なんて夢みたいっ!



 ニーナとお話しすると、ニーナもお花に興味があるんだって言ってくれて、花壇のお世話を通してニーナとは凄く仲良くなっちゃった。


 花壇のために青い顔をしてスポットの土を運んでくれたダンにも、何とか頑張ってお礼だけは伝えられた。



 2人があの家に住むようになってから、みんながなんだかよく笑うようになった。


 お腹いっぱい食べられる日もあるし、お金だって今までとは比べ物にならないくらい稼げている。



 ……だけどやっぱり、年末までに今まで滞納し続けた私の人頭税を稼ぐのはどう考えても不可能なの。


 毎日みんなで笑いあって、お腹いっぱい食べれて、大きな花壇で大好きな花を育てることが出来る夢のような生活も、後もう少しの間で終わっちゃうんだ……。



 だけど、ニーナと仲良くなれたおかげでお花のことを引き継げることだけが嬉しい。


 ダンが運んだあの土のおかげで、年末までにお花が咲いてくれるかもしれないことも楽しみ。



 私の人生はもうすぐ終わっちゃうけれど、終わるまではきっと楽しい日々を送れる。


 そう思えば、最後に残された時間を精一杯楽しもうって気になれた。






 ……だけど、私に残された時間はもしかしたら、私が思っているよりもっと長いのかもしれない。



 ある日シスターに呼び出され、突然シスターに抱きしめられてしまった。



「コットン。これはまだ本決まりではありません……。もしかしたらご破算になる可能性もあります……」



 戸惑う私を抱きしめながら、シスターは震える声で私に告げる。



「ですがコットン。もしかしたら……、もしかしたら貴女の人頭税、工面できるかもしれませんっ……!」



 シスターの興奮とは裏腹に、私はシスターから告げられた言葉が直ぐには理解できなかった。


 えっ……と? 私に必要なお金って、総額148万リーフだよ……? そんなお金、いったいどうやって……?



「まだ貴女にはなにも告げられませんけれど、絶対に自棄なんて起こさないでくださいね。絶対に、希望を捨てないでくださいねっ……!」



 希望? そんなの、あるの? 私達が大金を稼ぐ方法なんて、そんなものがあるとすれば……。



 一瞬嫌な想像が頭をよぎったけれど、シスターの様子に悲壮感は全然ない。


 むしろ嬉しくて嬉しくて仕方ないみたいに、まるでもう私が奴隷に売られることはないのだと確信しているかのように、最後まで諦めるなって言ってくれたんだ。



 

 シスターの言葉の意味に頭を悩ませていると、突然ワンダたちが魔物狩りになることになった。



 子供達だけでスポットに入るなんて自殺行為だよっ!


 そうシスターに訴えると、ダンも一緒に入って戦い方を教えてくれることになっているらしい。



 けれどダンが一緒でも、魔物狩りが危険なことは変わらない。


 そう訴えてもシスターはダンを完全に信用しているみたいで、ニコニコしながら大丈夫ですよと繰り返すだけだった。



 ……ってシスター、いくらなんでもご機嫌すぎない? ダンの話をすると頬が緩みっぱなしだよ?


 シスターがダンを好きなことなんてもうとっくにみんな知ってるけど、そのせいでみんなを危険に晒すのは違うと思うのっ。



 そんな私の心配なんてどこ吹く風と、お調子者のワンダと元気すぎるコテン、お目付け役のドレッドに、頭脳担当のサウザーの4人は魔物狩りとして活動をし始めた。


 みんなは魔物狩りを始めたばかりなのに、たった1日で1500リーフくらい稼いでくる。しかも毎日の稼ぎはどんどん増えているみたいなんだ。


 すぐにリオンとビリーの2人も参加して、みんなの魔物狩りはとっても順調みたいだった。



 日に日に大金を稼いでいくみんなの姿に、もしかしてこれがシスターの言っていた希望なのかな? と思い当たった。


 だからワンダ達の手を煩わせないように、畑と花壇のお世話を今まで以上に頑張った。





 ダンのお嫁さんになったシスターは、毎日毎日うっとりとした顔で過ごすようになった。



 ……だけどなんだかこの前の礼拝日から、シスターの様子がちょっとおかしいんだよね。


 今まではダンの名前を出すと楽しそうに会話に混ざってきたのに、今はなんだかダンの名前を出すとビクッとしてるの。


 かと言って顔はうっとりしてるし、なんなんだろう?



 うっとりしているシスターの顔を見ると、本当にシスターはダンのことが好きなんだなぁって思う。


 私だってダンには感謝しているし、とても良い人だと思う。だからシスターがダンのお嫁さんになるのは、みんなと一緒で私も賛成なんだけど。



 男の人を、好きになる。


 それがどういうことなのか、私には分からない。



 シスターを見てると、誰かを好きになるって、とっても素敵なことに見える。


 だけど私はダンにだって恐ろしくて、どうしても近寄れない。


 教会のみんなだけが、安心して近寄れる私の家族なの。



 シスターがダンのお嫁さんになったってことは、ダンも私の家族になるの?

 

 でもやっぱり、私はダンに歩み寄る自信がないよ……。






「コットン。貴女に1つお話があります」



 また今日もニコニコと上機嫌のシスターに呼び出された。


 ダンのお嫁さんになってから、シスターはいつもニコニコしてる。



 もしかしたら私の人頭税が工面できたのかもって思ったけど、全然違う話だったの。



「実はこのマグエルの教会に併設する形で、孤児院を建設する計画があるんです。恐らく今月のうちに、20名前後の孤児が新たにここに送られてくるでしょう」



 孤児院? 新しい子達?


 この教会で預かるんじゃなくて、教会とは別の建物を新しく建てる……?



「そこで提案なんですけど。コットン。貴女シスターになって、孤児院で働いてみる気はありませんか?」


「…………えっ?」



 聞かされた話の内容に戸惑う私に、更にシスターが思ってもいなかった提案を持ちかけてきた。


 シスター。まだ税金の話がどうなるかも分からないのに、どうして私の勤め先の話なんてするの……?



「貴女は年上の男性に近づけないので、普通の働き口を探すのは難しいでしょう? ですが孤児院でしたら貴女より年上の男性と接する機会は殆ど無いはずです」



 えっ? えっ? ちょちょ、ちょっと待ってシスター……!


 孤児院って……、シスターになるって……、私もうすぐ15歳になっちゃうんだよっ……!?



 戸惑う私に構わず、ニコニコしながら具体的な話をしてくるシスターに頭が追いついてこない。



「教会に併設する形なのでこのまま教会で寝泊りできますし、ダンさんのお家の花壇の管理もしやすいでしょう。預かる子供達も、孤児出身のシスターになら甘えやすいと思うんですよね」



 待って……。お願いだから待ってよシスター……!


 だって私、もうすぐ15歳になるんだよ……!? 15歳になったあとのことなんて、考えても仕方が……。


 

「ですからコットン。15歳になったら修道士になって、孤児院で働いてくれませんか?」



 15に、なったら……?


 なんでもう、15歳になった後の話をしてるの? シスター。



 これじゃ……、これじゃまるで、15歳になったあとも……。



「……ねぇシスター。私……、奴隷にならなくて……、いい、の……?」



 つい我慢出来なくて、口に出してしまった。



 絶対に言っちゃいけない言葉で、言っちゃったらもう自分の心に蓋を出来なくなっちゃう。


 だからずっと我慢してた言葉を、つい零してしまった……。



「ふふ。まだ何も決まってないんですけどねっ。だけど私はもう、コットンが奴隷になるとは全く思っていませんよ」



 シスターの表情に強がりや誤魔化しは一切感じられない。


 シスターの表情は晴れやかで、年末が来る事を恐れている様子はどこにもなかった。



「来年の春、あのお屋敷の花壇をお花でいっぱいにしてくれるのはコットンだと思ってます」



 来年の話。花壇の話。


 ずっと諦めてて、絶対に考えないようにしてたのに。



 ……私、来年もあの花壇、お世話できるの?



「奴隷にならなくて済むくらいで、そんなに信じられないような顔をしていちゃダメですよっ。どうやらトライラム様は力加減が苦手みたいでしてね? いきなりとてつもない幸せを私たちに齎してくださるんです」



 え? 神様が、加減が下手……?


 ってなに? いきなり何の話?



「もうですね。これ以上ないってくらい幸せなのに、それよりもっともっと強い幸せを無理矢理! 一方的に! 延々と! 強制的に! 授けてくださるんですっ」



 真っ赤な顔をしながら、怒っているのか喜んでいるのか良く分からない表情でシスターが暴れ始めた。



「もうですね。やめてって言ってもダメって言っても、ぐりぐりと押し付けて、魂にまで流し込んで、染み渡らせちゃうんですよぉっ!」


「シ、シスター? ちょっと落ち着いて? 段々何の話だか分からなくなってるよ?」



 私の戸惑いに気付いたシスターは、こほんっとわざとらしく咳払いしていつものシスターに戻ってくれた。



「もうとっくに笑顔に包まれたこの教会ですけど、これからもどんどん笑顔が広がっていきますよ。だからコットンには、みんなを笑顔にするお手伝いがして欲しいと思ってるんです」



 これからも笑顔が広がって、そして私がそれをお手伝いするの……?



 その時ふっと、いつか夢見た光景が私の頭をよぎった気がした。


 私がお世話をしたあのお屋敷の花壇がお花でいっぱいになって、みんな水を汲むのも忘れてお花の香りに夢中になって、今日も良いことがありそうだねってみんな笑って……。



「孤児院で働く話、ゆっくり考えてみてくださいね。時間はきっと、沢山ありますから……」



 時間がある……。


 私の未来が、閉ざされていない……?



 明日が来るのが憂鬱だった。


 毎日、陽が落ちるのが怖かった。



 時間が経つのが、月日が進むのが、怖くて怖くて仕方なかった。


 毎日1歩1歩、切り立った崖に向かって歩かされるような気がしていた。



 15歳を迎えたら、そこで人生は終わるんだと思っていた。



 だけど15になったら、シスターとして子供の世話をする?


 来年の春になったら、あの花壇をお花でいっぱいにする?



 来年の話……、して、いいの?


 15歳になった私を想像しても、いい、の……?



 孤児院に勤めた私は、毎日沢山の子供たちに囲まれながら、大好きなお花のお世話をして。


 お賃金を貰ったら、みんなで美味しいものを食べて、シスターにもプレゼントしたい。



 15歳までをなるべく悔いなく楽しもうと思うんじゃなくて、15歳から先も、生きてていいの……!?




 15歳になったら――――。


 そう思ったらやりたいことがいっぱいあって、想像しても想像しても止まらなくて、楽しい気持ちが両目からいっぱい溢れて零れて止まらなくなっちゃった。



 そんな私を、シスターは優しく抱きしめてくれた。



「……ねぇコットン。来年はあの花壇にどんなお花を植えましょうね?」



 うん。シスター……。


 実は私ね。まだまだいっぱいいっぱい、育てたいお花があるんだよっ。

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