013 インベントリ
ニーナと一緒に兎狩りをするようになって数日。来る日も来る日も白兎を狩って村人がLV5になった時、とうとう待ち望んでいた瞬間が訪れてくれた。
村人LV5
補正
スキル 経験値自動取得-
商人LV1
補正 幸運上昇-
スキル 目利き
戦士LV1
補正 体力上昇-
スキル 装備品強度上昇-
旅人LV1
補正 持久力上昇-
スキル インベントリ
つ、ついにキターーー! ようやく転職の権利を得られたみたいだよぉっ。
商人。戦士。旅人。現在転職可能な3つの職業はどれも魅力的に見えちゃうけど、ステイルークから出て行く事が確定している現状、やはりインベントリを試してみたいっ。
ということで早速職業設定オープン! 旅人くんっ、君に決めたぁっ!
ダン
男 25歳 人間族 旅人LV1
装備 ナイフ 木の盾 皮の靴
よっし! 鑑定した結果間違いなく旅人に転職出来ているぞぉっ!
転職したてだから当然LV1なんだけど、ステータスプレートではレベルまでは確認できないからね。これで村人だからと侮られることはなくなっただろう。
ま、装備品を見れば駆け出しだってモロバレですけどねぇ。
それにしても、う~ん……。せっかく転職してみたけど、持久力上昇-の効果は実感できないなぁ? レベルが上がれば変わってくるんだろうか?
ま、今は補正よりもスキルだ。
えっと、インベントリの詠唱は……、うん。勝手に頭に浮かんでくるな。問題なさそうだ。
それじゃ早速……。
「ダンったら!」
「うおおっ!?」
今まさに詠唱を始めようとした瞬間にいきなり耳元で大声が聞こえ、ビビって飛び上がってしまった。
って不味い不味い。ついテンションが上がって自分の世界に没入してしまった。慌ててニーナに頭を下げる。
「ご、ごめんごめん! なにか用かなっ!?」
「なにかな、じゃないよ。ダンの方こそどうかしたの? 突然ブツブツ言い出して、私が声をかけても全然気付いてくれないし……」
俺を咎めているわけじゃなくて、俺の様子を本気で心配しているニーナ。
馬鹿か俺は。浮かれたせいでニーナに心配をかけてどうするんだよ。
「あー、ごめん。ちょっと考え事してたんだ。気付かなくてホントごめん」
「謝らなくてもいいけど、大丈夫なの? どこか痛めたとか具合が悪いとか、何か隠してない?」
隠してないかと聞かれたら、転職したのを隠してるんだけど、転職の話はステイルークを出てから話したほうがいいと思うんだよね。
今話すのはちょっと危険な気がする。考えすぎかなぁ。
「ニーナはインベントリってスキルを知ってますか? 昨日ギルドで買取の時に小耳に挟んだんですけど」
転職の件から話題を逸らすため、ニーナにインベントリについて訊ねてみる。インベントリについて考えていたのは嘘じゃないしね。
「話を聞いてみると、間もなくステイルークから出る俺たちには便利なスキルに思えたので、出来たら欲しいなぁって考えてたんですよ」
「あー、話し方戻さなくていいのに、もうっ」
不満げに頬を膨らませるニーナ。ちょっとだけバツが悪いけど、彼女の心配は払拭できたかな?
「インベントリは知ってるよ。ドロップアイテムを仕舞える、収納の魔法でしょ? 父さん達のパーティにも使える仲間が居て、凄く便利で羨ましいって言ってたよ。」
サラッと教えてくれるニーナだけど……、インベントリに収納できる物ってドロップアイテム限定だったりするの? それだと結構評価が落ちるんだけど、便利は便利なのね?
インベントリの評価が定まらない俺を余所に、ニーナが追加で重要な情報を教えてくれる。
「なんでもね? インベントリに入れたドロップアイテムは、まるで時間が止まるみたいに、品質が劣化しなくなるんだって」
おおっ!? この世界の収納魔法は時間停止タイプなのね。それはマジでありがたいわぁ。
時間停止タイプの収納魔法と聞いてロマンが爆発する俺。今すぐ旅人になってスキルを試してみたいけど……、どうしよう?
ニーナには俺が村人の状態のステータスプレートを見せてるから、今インベントリを試すのは不自然すぎる。でも今後ずっと一緒なのに、いつまでも隠し事しても仕方ない……、というか隠し続けられる事でもないだろう。
それにあとで1人で試そうとしても、1人になれる時間ってあるかなぁ? ぶっちゃけ無い気がするんだよね。昨日宿に帰ってからは、ニーナと一緒じゃなかった時間は皆無だったから?
う~ん、色々考えるのめんどくさいな。もうカミングアウトしようか。
心はもう、そんなことよりインベントリだ! て叫んでるもん。我慢とかムリムリ。
「ニーナ。ちょっと今から変わったことするけど、気にしないで下さいね?」
「え? うん。でもダンは今まで、変わったことしかしてないよ?」
きょとんとした表情で毒を吐くニーナはスルーして、頭の中でインベントリの詠唱を確認。浮かんだ文章をそのまま口にする。
「不可視の箱。不可侵の聖域。魔で繋がりて乖離せよ。インベントリ」
「え? ええっ……?」
突然魔法の詠唱を始める俺に、状況が分からず慌てるニーナ。戸惑う姿も可愛いなぁ。
ニーナの姿にほっこりしながら詠唱を終えると、頭の中に正方形の入れ物みたいなイメージが浮かび上がる。どうやらこれが収納魔法らしい。
収納空間は他人には見えずに、スキルの操作は全て脳内でする感じなのかなぁ?
それにしても……。人前で詠唱するの、めちゃ恥ずかしいんですけど? 詠唱破棄とか……、詠唱短縮ってスキルはあったっけ? 切実に欲しいよぉ。
ま、今はインベントリの確認だ。ドロップアイテム限定って話だったけど、硬貨とか入れられるのかなぁ?
ワクワクしながらインベントリの検証を始めた俺だったけど、1枚の銅貨をインベントリに収納してみて驚愕の事実を知る。
「……え、ウッソだろ?」
「どうしたの? 気にしないの無理なくらい様子がおかしいよ?」
次第に遠慮がなくなってきたニーナはおいといて。
魔法だからなのか、インベントリの性能が感覚的に理解できる。そこまではいい、そこまでは良いんだけど……。
インベントリの容量、1辺が10cmしかない正方形なんだけど……?
「いや……、いくらなんでも無能すぎでしょインベントリ」
なにこれ? 小さすぎ。こんなんじゃ財布代わりにもならないんだけど?
「ニーナ。今インベントリを試してみたんですけど、大きさがこれくらいしかないんですよ」
両手でジェスチャーして、インベントリのサイズをニーナにも報告。
「え、そんなちっちゃいんだ?」
ニーナもインベントリのサイズを聞いて驚きを隠せないでいる。イメージしていたスキルと比べてあまりにもしょぼいように感じるのは俺だけじゃないらしい。
「っていうか、なんでインベントリが使えるの? パーティ登録のときは村人だったし、そのあとずっと一緒だったから旅人ギルドにも行ってないよね?」
「済みませんニーナ。それについてはステイルークを出てから話させてください。今はインベントリの話をしましょう」
少し不満そうな顔をしたけど、後で話すつもりだと伝えたおかげかニーナは素直に引き下がってくれた。
……経験値の問題もあるから、ニーナには早くカミングアウトしたいんだけどなぁ。でもまだ何が起こるか分からない。せめてステイルークを出るまでは我慢しなきゃね。
気を取り直して、インベントリの話を続ける。
「ニーナのお父さんが言っていたのと同じスキルとは思えないくらい不便に思えるんですけど……、これってどうやって使えばいいんでしょう?」
この容量じゃ、水玉と兎の毛くらいしか入れられない。装備品は勿論、兎肉だって入らないんだけど? なんなんだこの無能スキルは?
ここまで考えて、俺はようやくある可能性に思い至った。
「ひょっとして、旅人のレベルが上がればインベントリも拡張するのか? いや、むしろそうじゃないと使えないよな……?」
今のところ職業レベルの効果は実感出来ていない。そしてスキルにはレベル表記がない。
この2点を踏まえると、職業レベルの上昇によってスキルが成長していく可能性は低くないんじゃないだろうか?
「ねぇニーナ。職業レベルが上がるとスキルが成長するような話って聞いたことあります?」
「……ごめんダン。れべる? って何のことか分からない」
俺の問いに対して、申し訳無さそうに首を振るニーナ。
レベルの概念は浸透してないのかぁ。考えてみれば当然か? ステータスプレートにも表示されてないんだもんね。
……って、一般常識に鑑定の情報が浸透してないってことは、ひょっとして鑑定スキル持ちって、殆ど居ない?
「あっ! でもでもっ、スキルや魔法は本人と共に成長していくものだって聞いたよっ?」
「なるほど。やっぱり成長していくものなんですね、ありがとうございます」
インベントリの仕様にがっかりしてしまったことが伝わったのだろう。ニーナが俺を励ますように追加情報を伝えてくれる。可愛いなぁもう。
スキルや魔法は成長していくという認識が一般的なら、インベントリの初期容量がこれっぽっちでも納得はいくね。
インベントリさんっ、無能スキルとか言って済みませんでしたーーっ! これからじっくり育成しますのでどうか許してっ。
旅人に転職してから3日後、旅人がLV2になったのでインベントリの性能を確かめてみると、1辺の長さが10cm伸びて容量が倍になっていた。スキルが職業LVと共に成長していくのはこれで確定したなっ。
1辺20cmの正方形だと容量は8000c㎥? つまり8リッターかな。結構色々な物が入りそうだ。勿論財布代わりにもなるだろう。これでお金の持ち運びに不安は無くなったかな?
しかしまだまだ分からないことも多いので、ニーナと一緒にインベントリの検証をした。
まず、財布は収納できない。だけど硬貨だけなら収納できる。服や食器、料理なんかは収納できない。水もダメだった。
ナイフや木の盾、皮の靴は収納できそうだけれど中に入っていかない。これは容量不足かも?
兎の毛を収納する場合、入れる前に潰して小さくすれば数個は入る模様。
「これはつまり、装備品やドロップアイテムならインベントリに収納できるってことだね。そして加工した物は入れられないって感じかな?」
インベントリの仕様をまとめてくれたニーナに頷きながら、実際に使用した俺の印象も付け加えていく。
「収納したアイテムの重量は感じませんね。そして兎の毛で検証した結果を考えると、判定は容量じゃなくて体積っぽいです」
重さを感じなくなるのはありがたい。容量が余っているのに重くて運べないなんて収納魔法だったら、何の役にも立たないところだった。
「収納空間内では時間が止まる。つまりアイテムは固定されて動かなくなる。だからいっぱい入れたいなら、入れる前にひと工夫しなきゃダメなんですね」
アイテムの出し入れが出来るのは基本的に手だけのようだ。手で触れてないアイテムは収納できないし、手以外の場所に取り出す事もできなかった。
1度スキルを発動すると、意識して解除するまでは常にインベントリの操作が可能。
同じアイテム、例えば硬貨ならば1度に複数個取り出せるけど、別種のアイテムを同時に取り出すことは出来ない。
出し入れできるアイテムの簡単な判断基準は鑑定だ。今のところ鑑定できないアイテムは収納できていない。
それに加えて、収納空間の体積を上回るものもダメ。ちょっとはみ出るだけでもアウト。判定が厳しい。
検証した結果、成長と共に便利なスキルになりそうでひと安心だ。
「財布が入れられなかったのは残念でしたけど、硬貨の取り出しは簡単だったので問題ないでしょう。ステイルークを出るまでにもう少し成長させておきたいですね」
何でもかんでも収納出来るわけじゃないけど、高価な装備品やお金を収納可能な時点で有用だ。レベル5くらいになれば相当量の荷物を収納出来ることだろう。
ニーナも俺の言葉に頷いてくれる。
「少しでも荷物が減らせれば移動も楽になるよね。私のせいで、徒歩でしか移動できないから……」
「まぁまぁそこはのんびり行きましょうよ。どうせ急ぐ旅でもないんですから」
申し訳無さそうに俯くニーナを慌てて否定する。
逃避行という意味では急ぐ必要あるのかもしれないけど、お金の無い俺達じゃあ呪いが無くても徒歩移動しか出来なかったってば。
逃避行と言えば、ここ数日、役人さんは食事の準備くらいしか宿に来なくなって、監視されてるような雰囲気は一切感じない。
忍者みたいな存在に影から見張られてるのかもしれないけど、少なくとも監視されている自覚は無い。
食事の準備をしてくれる人の反応も、ニーナが怖くて目を離さない様に監視するんじゃなくて、出来るだけ近寄りたくないという感じに思える。
……もしかしたら奴隷商人とのやり取りも警戒しすぎだったかもしれないな。でもまぁ油断はしないでおこう。
少なくとも、ステイルークを離れるまでは。
ニーナとの話も終わり、今日も2人きりの真っ暗な大部屋で、ニーナと2人で眠りにつく。
「おやすみダン」
「おやすみなさいニーナ」
耳元で囁かれるニーナの声がこそばゆい。
ニーナとパーティを組んだ日以降、俺達はずっと寄り添って眠るようになった。今のところ手は出してませんがね?
1度手を出すと歯止めが利かなくなりそうで怖いし、この宿が監視されている可能性もやっぱり捨てきれないし?
宿の中は真っ暗でニーナの顔は殆ど見えないけど、寄り添っていると安心する。
本音を言えば手を出したいっ……!
でもそういった経験の無い俺には手の出し方なんて分からない。だから今は、この穏やかな寝息が聞けるだけで良しとしましょうかね。
女の子といっしょに寝るなんて、興奮して眠れないものだとばかり思ってたのになぁ。興奮どころか、もうニーナと一緒じゃないと眠れなくなりそうだよぉ。
ニーナの寝息を聞きながら、俺の意識もゆっくりと落ちていった。
翌朝、目覚めたニーナと朝食を取り、身支度を整えて宿を出る。
ステイルーク出発までに出来る限り旅人のLVを上げて、インベントリの容量を拡張したい。その為には毎日元気に兎狩りをするしかないんだよなぁ。
狩場までジョギングで移動をすることにしたら狩りに使える時間が増えて、日当が170~200リーフくらいになってくれたけど……、正直まだまだ辛い稼ぎだ。
俺の装備品すら揃ってないのに、ニーナの分の装備品も必要だし、俺とニーナは来年の納税は免除されてないからなぁ。
滞在費がかかってない今だからこのペースでもお金は貯まっているけど、ステイルークを出た後にどうやってお金を稼ぐかを考える必要がありそうだ。
とりあえずニーナを旅人にしてインベントリを拡張してもらい、俺は戦士にして戦闘力を強化するとかかねぇ?
毎日飽きずに兎狩りをして、旅人のLVも4に到達。
1辺40cmの正方形のインベントリは、かなり使い勝手が良くなってくれた。
支援が打ち切られステイルークを出発する日が5日後に迫っているので、この調子で出来ればLV5まで上げておきたいね。LV5でまた新しい職業が見つかるかもしれないしさ。
右も左も分からない世界で、ニーナと共に生きる準備を少しずつ進めるような毎日。
「おうダン! 頑張ってるみたいだな!」
そんな真っ暗な海の中でもがく様な日々の中、警備隊所属のフロイさんがステイルークに戻ってきて、俺とニーナに人懐っこい笑顔を向けてくれたのだった。