006
「今日はモンスターと戦ってもらうよ。朝食は戦いでとれた物になるからね。もし一つも取れなかったら、朝食が水になるよ。」
俺が二人を起こしてすぐ、ミサキが言った。
「でも、まだ戦い方を教えてもらってないぞ?」
昨日のミサキの戦い方を見ただけで戦える訳がない。もしそんな事ができるなら、とっくにモンスターを倒してるよ。
「戦い方?そんなもん、自分たちで身に着けてきてくるに決まってるでしょう。危なくなったら私が援護するから。さ、行った行った。」
そうして、俺とフジコは、平原の中に駆け出し、いやミサキに無理やり押されて行った。スライムを倒すのなんか、昨日のミサキを見た感じ、簡単そうだったけどな。
しばらく行くと、あのスライムがいっぱいいた川が見えてきた。遠くから見ても、スライムがたくさん見える。
「レオン!左!」
あわてて左を見ると、そこにお目当てのモンスター、スライムがいた。昨日ミサキが斬った水色のスライムだ。すぐ倒せるだろうと思い、早速俺はスライムに斬りかかった。
しかし、俺の剣の振るスピードが遅いせいで、避けられてしまった。まるで液体のように、別の場所へ流れていく。俺が振り下ろした剣は虚空を斬って地面にぶつかる。手に振動がはっきり伝わる。かなり大きい。
「うわぁぁぁ」
フジコは、スライムの攻撃を必死に防いでいた。だが、フジコも俺と同じように、動かすスピードが遅い。なりより、盾を持っているのに怖がって腰がすくんでいる(俺とフジコにとっては初めての戦闘なのでしょうがないが)。あのままでは、二人ともいずれやられてしまう。そう思った俺は、フジコの加勢にいった。
しかし、致命的なことをやらかしてしまったことに俺はすぐに気づくことになる。そう、俺はさっき斬りかかったスライムを放置してしまったのだ。背を向けた状態で。
気付いた時にはすでに遅く、急に俺の足が動かなくなった。正確には、足を固められていた。スライムが足にまとわりついて硬化している。動けない。フジコはまだスライムを盾で防いでいるが、もう囲まれている。俺は必死に剣を振り下ろすが、傷ひとつつかない。スライムが、意外と固い。
ーーースライム毒に侵されましたーーー
システムメッセージから、俺は毒にかかったらしい。徐々に、足以外も体が動かなくなっていく。
スライムがこんなに強いとは思わなかった。少なくとも、武器さえあれば倒せるものとばかり思っていた。腕が動かない。剣が振れない。スライムがだんだん上へと昇ってくる。窒息させるつもりだろう。だめだ、死ぬ。俺は観念した。
「全く、敵に背中を見せるなんて、バカだよ、レオン。私がいなかったら、あなたたち二人、もう死んでたよ。」
その声が聞こえると同時に、俺とフジコの体に張り付いていたスライムが斬られ、地面に落ちた。ミサキだ。ありがとうと言いたいが、声が出ない。
「声は出ないと思うよ。スライムが出す毒は、弱い麻痺系の毒だから。弱いって言ったって、声が出せないぐらい麻痺はするけどね。」
俺たちは、ミサキに抱えられて、あの洞窟に戻ってきた。
「スライムの毒は、時間がたてば治るから、安心して。」
それを聞いて安心し、まだ起きて一、二時間しか経っていないのに、寝てしまった。
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俺とフジコの目が覚めると、ミサキが早速毒の事とさっきの戦いについての話をしてくれた。
まず毒には、出血性のもの、神経性のものの二種類があって、麻痺毒は神経性の方らしい。スライムがだす麻痺毒はまだかわいい方で、強い敵になると心臓や呼吸まで麻痺して死んでしまうものがほとんどだという。
また、出血性の毒は、激しい痛みや大量出血で意識を失うなどの危険があるそうだ。いきなり強そうな敵と戦わなくて本当に良かったと思っている。
その話より問題だったのが、俺達の戦い方についてだった。まず、スライムを倒せないのはミサキも想定内だったらしい。それはまだ実力や武器を振り下ろせるだけの力がまだないからということらしい。
問題なのは、その次の行動だった。敵に背中を向けるのは弱くても絶対にやってはいけないことだと強く言われた。背後を襲われたら対処がしにくいのは俺だってそれくらいは頭の中で分かっているつもりだった。が、さっきの戦いでは、ピンチになったときにそのことが頭の中から抜け落ちていていた。頭の中で分かっていることと、実戦で実践できることは大きく違うことなのだ、とよく覚えさせられた。にしても、スライムなんかに負けるなんて。
「レオン、スライムに負けるなんておかしいって思ったでしょ?その考えは捨てたほうがいいよ。あなたたちは弱い。だから、どんな敵に出会っても、(自分はこの敵よりも弱い)って思ってなくちゃダメ。たとえスライムでもね」
ミサキの言っていることはズバリ、スライムと戦う前の俺の心の中と一緒だった。
「フジコは、盾を持っているのに臆病になりすぎ。盾役は攻撃役の方に敵をひきつけないと。」
「だって、スライムでもめっちゃこわい・・・」
「じゃ、盾役やめる?攻撃役はもっと怖いと思うよ?」
フジコ、それは嘘だ。近くに行って防御する分、タンクのほうが敵に近い。ま、このことに気づかないフジコは論破される訳だけれども。
「スライムが斬ったとき固くて傷がつかなかったんだけど、何で?移動するときは液体みたいに動いていたのに。」
「スライムとかのモンスターは、自分の意志でいろいろな事ができるのよ。スライムは、自身の体を液体のようにすることもできるし、固体のようにして固めることもできる。そして、敵を仕留めるために呼吸器を自分の体で塞いで窒息させる。レオンがやられたみたいにね。モンスターには意志が無いとでも思った?」
うん、ないと思ってた。
「今日の相手はスライムだったけれど、このウィーク平原といえど、そこそこ強いモンスターはいるよ。そんなモンスターに遭遇したら、そんな考えじゃ一生倒せない。少なくとも基本ができてないと。」
ウィーク平原って、スライムみたいな敵ばっかりじゃないの?俺たちの村ではそう聞いたけど。
「基本一つ目 敵に背後を向けないこと
これはさっきも言った通りの理由だよ。二つ目 傷口に敵の攻撃を当てさせない もし毒があったら、毒になっちゃうからね。次、三つ目・・・」
長い。長いけど重要なことばかりだ。でも全部覚えきれない。何で数十個を一気に言うんだよ。
「ちなみに、これはステータスのやつに書かれてる初心者用マニュアルをそのまま読んだだけだから。忘れたら確認できるよ。」
おかしいな、そんなものが載ってたら真っ先に気づくはずだけどな。
「ミサキ、その初心者用マニュアルっていうやつが載ってないんだけど。」
「え?ちょっとプレート見して」
俺はミサキに、ステータスプレートをみっせた。
「やっぱり・・・。これ、身分が村人だと非表示になっちゃってるみたい。城にいた時に他の勇者が言ってたからね、「村人は強くなろうとしてもすぐ死ぬさ。戦い方を知ってる奴がいない限りな」って。」
「じゃあ、表示してよ」
「残念ながら、その方法は私も知らないんだ。ごめんね!」
そこは知ってるんじゃないのかよ・・・
「とにかく、レオンとフジコは、これで自分たちが勇者に比べてどれだけハンデがあるかわかったでしょ?今から昨日と同じ、レオンはひたすら剣の素振り。フジコは盾の構えをやるよ。時間は、三時間くらい。」
俺とフジコは、(「それは勘弁してください。せめて時間を短くしてください」)と目で訴えるが、そんなことが通るはずもない。第一、俺とフジコが弱いのが原因でやらされそうになっているんだから。
「レオン!素振り!はい、一回、二回・・・」
地獄の練習が、また始まったのであった。
※この作品はエタ作品です